86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか 作:ぺこぽん
こっちの方がカッコ良さそう。
総数二十三機のジャガーノートが、廃墟ビルの陰に身を潜めている。
スピアヘッド戦隊の全機だ。
今は他部隊の救援任務中であり、こちらを捕捉したレギオンと間もなく会敵する時刻だ。
『今日はハンドラーがいないから、気楽だよなあ』
『それな。耳元で喚かれると集中削がれるんだよねえ』
『次の着任なんてこなきゃいいのにさ』
戦闘が始まるで各々、体を楽にし、雑談に興じている。
『残念なお知らせだ、ラフィングフォックス。すでにハンドラー交代の通達が届いているそうだ』
『えぇー、まじかよ、キルシュブリューテ。それ誰情報よ』
『アンダーテイカーからだよ、ファルケ』
すぐにほぼ全員から、嫌そうな声が上がり、カイエは苦笑した。
『本当だ』
シンからは短く、それを保証する声が届く。
『べっつに、どんな白豚が来ようとさあ、すぐに潰れて終わりだよな』
ハルトが挑みかける様な声を上げ、カイエはふむ、と呟く。
『しかし、今度は以外と気骨のある者が担当になるやもしれぬぞ。ウルフスベーンはどう思う?』
カイエは隣に並び立つ僚機の操縦者に、質問を飛ばしてみる。
そして、それには半ば予想していた返答が返ってきた。
『誰だろうと一緒よ、白豚なんて皆死ねばいい』
凛とした透き通る声に反し、汚物を吐き捨てるようない方だ。
声の主は、第四小隊隊長リア、パーソナルネーム"ウルフスベーン"だ。
『おお、未だ我らの歌姫の心意気は相変わらずか』
『そうだー、そうだー』
クジョーの茶化した物言いをし、それにクレナが同意の声を上げる。
そして、歌姫と呼ばれたリアは、ただ一声だけ発した。
『……来た』
視力の良さで真っ先に気づいたリアの声に、全員が意識を切り替える。
接敵するのは、救援先の部隊を壊滅させたレギオンの軍勢だ。
恐らくすでに、救援対象は戦闘継続が不可能となったのだろう。
生存者が生きていればいいが、この戦闘の意味はすでに失われているかもしれない。
それでもなお、命令は絶対であり、レギオンがいなくなる事はない。
防衛線を死守する事が、スピアヘッド戦隊に課せられた任務なのだから。
『撃て』
十分にレギオンを引き付けた後、シンの合図で一斉射撃を開始する。
斥候型、戦車型の崩れ落ち、レギオンの隊列に乱れが生じた。
すぐに初段発射位置から、全機体は退く。
レギオンからの反撃が始まるが、彼らはすでにそこにはいない。
各小隊がそれぞれ、別の隊の援護に周りながら、各々の連携を取る。
その指揮を執るのが戦隊長シン、パーソナルネーム"アンダーテイカー"。
『第四小隊、北西の小隊を誘引して、第五小隊射程内まで後退』
シンからの指示で、リア率いる第四小隊は移動方向を変更する。
『了解』
ワイヤーアンカーを使い、廃墟から飛び降りると、指定されたポイントまで向かう。
スクリーンはすでに、敵性ユニットを示すブリップで埋め尽くされていた。
だが、止まる謂れなどない。
中隊規模に成長しつつある集団を分離すべき、第四小隊は突撃する。
レギオンの攻撃に、遮蔽物を利用しつつ反撃。
レギオンの優先破壊対象を、第四小隊に変更する事に成功した。
斥候型が釣られ、動きに乱れるが、奴らもそう単純ではない。
隊列を整え、集結体勢を取るのを見て、リアは舌打ちをした。
『先に戦車歩兵型を潰しておく。キルシュブリューテ、後の指揮はまかせた』
『了解した。だが、無茶だけはしないでくれよ、ウルフスベーン』
機体に二輪の紫色な花を描いたリアが、廃墟から飛び出す。
無理無茶無謀な特攻行為に、カイエは苦笑を零すのみだ。
戦車型の砲撃を機体すれすれで回避し、さらに高速移動。
砲撃の雨を交わしながら、戦車型に肉薄し、至近距離での徹甲弾をぶち込む。
すぐさま飛び退き、次の敵機を攻撃すべく、移動を開始。
シン以外ではリアしか装備していない高周波ブレードは、戦車型の脚部を叩き切った。
一瞬の停止。
そこに戦車型に付き従う斥候型が、機銃を掃射してきた。
歩く棺桶と揶揄される通り、対人兵器でもジャガーノートには命取りだ。
アルミ合金の操縦席は、豆鉄砲でも中の操縦者を簡単に挽肉に変える。
リアは獣じみた反射神経で飛び退くと、すぐさま反撃に移った。
『相変わらず我らが小隊長は、すっげぇな』
クジョーが、感嘆の声を上げた。
今、第四小隊はカイエの指示の元、当初の狙い通り、レギオンを引き付ける事に成功している。
リアの攻撃で切り離されたレギオンは、迷子の羊だ。
羊飼いがいない羊など、まさに鴨そのもの。
後は砲撃で第五小隊の攻撃地点まで、誘導してやるだけの簡単なお仕事だ。
『あんな真似、出来るのはアンダーテイカーとウルフスベーン位なものだよ』
自分では射撃も前衛も、オールマイティにこなせると思っているカイエだ。
だが、それでも彼らと同じ事をしろと言われたら、数秒と持たず戦死だ。
その事に、称賛はあれど羨ましがる声はない。
全員が同じ思いを抱いているのだろう。
あれは、全員がパーソナルネーム持ちのスピアヘッド戦隊の中でも、別格。
――化け物と呼ばれる存在なのだと。
会敵から数十分。
間延びした体感時間が過ぎる中、戦闘の終了が見えてきた。
各機が散開しつつ、レギオンを防衛範囲から追い出していく。
『ウルフスベーン、報告だ。さっき右奥の廃墟に、何か人らしきものが見えた』
射撃位置を変更途中、突然クジョーが声を上げた。
『負傷者かもしれない。確認してみるぞ』
敵味方識別信号にも、パラレイドにも反応はない。
だが、無視するわけにはいかない。
リアは警戒の声を飛ばしつつ、クジョーに許可を出した。
『了解、気を付けて。私もすぐに向かうから』
時刻は夜だ。
そして、人に見間違う可能性のある自走地雷が闊歩する戦場。
だが、任務は救援であり、同胞を見捨てる選択肢など元よりない。
条件としは、最悪の部類だった。
だから、
『うお、くっそ!!』
クジョーの叫び声が聞こえ、その、最悪の事態を迎えたのだと全員が理解した。
『シリウス、逃げて!!』
リアは機体を回頭し、急いでクジョーの元に走る。
だが、いくら最大速度で移動しようと、自走地雷の起爆時間には到底間に合うはずもない。
また、助ける事が出来ない。
『ああぁああああッ!!』
リアが悲痛な声を上げるが、手は届かない。
だから、せめてもとリアはワイヤーアンカーを発射した。
そして、届いた。
届いて、自走地雷をクジョーの機体から弾き飛ばす事に成功した。
奇跡だ。
まず、もう一度成功させろと言われても、リアですら二度と再現不可能な奇跡。
―――だが、遅すぎた。
『来んな、リア!』
そして、覚悟を決めた声が響き、自走地雷が爆発した。
もし自走地雷の種類が対戦車地雷であったなら、この距離なら助かる可能性もあった。
だが、違った。
対人目的としても設計されたそれは、別の損害をクジョーに与える。
内部に仕込まれた直径3.2mmの鉄球が襲ったのだ。
『ああああ!痛ってえええ!!ぐあああっ、くっそぉぉッ!!』
被弾してしまった。
重要な血管であったり、臓器を傷つけてさえいなければ、まだ助かる可能性はある。
まともな医療設備がない前線でも、簡単な摘出手術位なら行えるからだ。
戦闘さえ終われば、すぐにでも手当が出来る。
『死にたくねえよぉ……』
だが、クジョーの喉の奥に血が溜まった声を聞いて、全員が悟ってしまった。
ああ、……この声は助からない。
戦場で何度も聞いた死ぬ前の声色。
そしてパラレイド越しに伝わってくる死への恐怖。
それらが全てクジョーの命が、残りあと僅かだと告げていた。
『死にたく、ねぇ……けどタダで死んでやんねえ……』
クジョーが決死の声を上げるのがわかった。
何をするのかは、すぐに分かった。
機体に備え付けられた救難信号を発信したのだ。
これもまた数年前に改造された機能だ。
戦場で孤立無援した部隊が救出を求める目的で、周囲に見境なしに強力な電波を発信するもの。
パラレイドがある今となっては、必須というものではない。
だが、別の目的での使用価値が上がったのだ。
発信された電波は当然の如く、レギオンも感知するわけで。
そして感知されたそれは、レギオンが敵性を誤認識する様に改造されているのだ。
さらに強力な電波を発信する元となる通信装置の電磁波が、彼らを引き付ける。
演算能力の低い阻電攪乱型が、ジェット機のエンジンだと誤認識するほどに。
つまりは、迷子の羊達を導くものを呼び寄せる犬笛。
―――囮役だ。
空を埋め尽くしていた阻電攪乱型が、一斉に降下を始める。
普段攻撃に転じるはずがない、阻電攪乱型が襲い掛かってくる様は悪夢そのものだ。
そして、その動きに釣られ、他のレギオン達もクジョーの機体に集結していく。
電波の発信源を破壊する目的でだ。
当然、中にいる者が無事であるはずもなく、
『約束、忘れんなよ、……シン』
電波を介さないパラレイドは、阻電攪乱型に埋め尽くされた中でも、クジョーの言葉を全員に届かせた。
『ああ』
そしてシンの声と共に、連続で二発の砲弾が発射された。
『待っ……』
助けられないとわかっていても、リアは声を上げずにはいられなかった。
向かう先はすでにレギオンに取り囲まれ、醜悪なオブジェとなったクジョーの機体だ。
一発目は群がる阻電攪乱型を蹴散らし、二発目がすぐに続く。
そのまま二発目は、唯一確認出来るクジョーの機体の一箇所。
その、弾薬格納庫に着弾した。
そして中の砲弾を巻き込み、多数のレギオンを巻き込んだまま爆発する。
死ぬ前の数舜、クジョーの最後の言葉は、彼に届いていた。
『跡は頼んだぜ……死神』
整備音が鳴り響く格納庫に、負けじと怒り声が響ている。
「まいど、まいど、お前らはなぁ!!」
アルドレヒトが肩をいからせ、一人の少女にサングラス越しの視線を向けている。
「シンほどじゃねえが、お前も出撃の度に足回りを壊しやがってよお!」
リアは落ち込んだ様に、アルドレヒトの毎度のお小言に頭が上がらないままだ。
夜黒種の長い綺麗な漆黒の髪を、幽鬼の様に垂らしている。
瞳も同じく漆黒、山猫の様に大きな瞳が、今はしおらしく伏せられていた。
「毎度すまないと思っています。いつも無茶をするなと言い聞かせてはいるんだが」
そこにカイエが庇う様に、リアの隣に立った。
「なら、ついでに操縦桿を壊す癖もやめるように言っといてくれ!一体全体、どんな握力してるんだ、お前さんの小隊長は!」
「あ、あはは、善処します」
カイエが苦笑いをして、リアの肩を軽く叩く。
それでも相変わらず、普段の苛烈な気概が消えたリアの様子に、アルドレヒトは気が削がれてしまった。
「たくっ、この事は、シンの野郎にがつんとぶつけてやる」
アルドレヒトも、いつも機体の扱いについて優等生なカイエには強くは当たれず、怒りはもう一人の方に向ける事に決めた様だ。
「だが、シンの機体もそうだが。リア、お前の機体まで壊れたとなりゃ、補給まで全然、間に合わないぞ」
それはまさしく切実な現実だ。
彼が口うるさくなるのも、当然というものだろう。
命を預ける機体を整備する者として、補修せず戦場に送り出すなどプライドが許せたものではないはずだ。
「私の分をシンに回してください。もう余り無理はしませんから」
リアはカイエからもらったヘアゴムで、乱雑に髪をまとめ、そう答えた。
戦死者の機体の部品を使う事に忌避はないが、クジョーの機体も完全に砕け散り、何一つ回収出来なかった。
となれば、優先順位を考えるべきだろう。
「私が前に出すぎたから……それにシンなら、十分対処可能だったから。だから……」
そこにライデンがジャガーノートから飛び降りてきた。
「悪い、アルドレヒトのおっさん。今日はこいつちょっと思い詰めてる所があるみたいだからさ、この辺で」
「……ああ」
ライデンに目配せされたカイエは、さっとリアの手を引いて歩き出す。
「さあ、行こう。リア」
夜の兵舎をぐるりと回ると、カイエとリアが世話をしている花壇がある。
毎日の世話の成果はあってか、幾つかの花は綺麗な大輪を咲かせている。
その中の一つを手折り、リアは胸に抱いた。
花の名はウルフスベーン。
リアのパーソナルネームであり、機体にも描かれている花だ。
それを持って向かうのは、兵舎の前の草原。
エイティシックスには墓標を作る事が許されていない。
だから、この戦場が彼らの眠る地だ。
「クジョーは、リアの歌う歌が好きだったな」
「そうだったね……」
カイエは、花をそっと草原に置いている友人を横目で見る。
「きっとまた歌ってあげれば、クジョーも喜ぶ事だろう。それにいつまでも暗い顔をしていたら勿体ないぞ」
「何が?」
「リアの笑顔がだ。私ももっと見てみたいな」
普段日本人形の様に整った顔を、激情以外変化させる事が少ないリアだ。
それは本人も自覚していた。
「……また、そんな事を臆面もなく」
カイエという少女は突然、人を困惑させる突拍子もない事を言いだす事が多いのだ。
リアとしては妙に気恥ずかしい。
「今夜は星が綺麗だな。こういう夜は皆と過すのが一番だ」
確かに綺麗だ。
以前見た流星雨ほどではないだろうが、流れ星の一つ位は見つけれそうだ。
「あ、流れ星!早く願い事を三回言わなくては、ほらリアも!」
少し大袈裟な物言いは、カイエなりの気遣いなのだろう。
いつまでも悔やんでいても、何も解決はしないのだ。
それに悲しいのは私だけではないはずだ。
彼女も他の仲間も同じ様に悲しんでいるのだ。
いつまでも私だけがこうしているわけにもいかない。
「クジョーも、一緒に見ている事だろう」
シンとの約束。
きっとシンが、皆を行き着く所まで連れて行ってくれる。
それがここに来て、私達の救いとなった。
行ける所まで、行って見たいのは本心だ。
それこそが、復讐となるのだから。
でも、それ以外にも別の気持ちがある。
行く所があるのなら、帰る場所もあっていいはずだ。
今までの、そして彼らとの思い出が、かけがえのないものである様に。
守りたい。
きっといつか、あの子も帰ってこられる場所を。
クジョーは囮役にて最適!
……いえ、毎度死に方が違うクジョーさん、ホントすみません。
救難信号は適当すぎるかもしれませんね。
死に設定になりそうです。
やぱっりガメラ2に引きずられる。