86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか 作:ぺこぽん
本当に……本当に……、
『遅れて申し訳ありません、ミリーゼ大尉。状況は』
管制室の一室に飛び込んだヨナは、管制システムを立ち上げる。
この状況にも関わらず、レーナからは冷静な声が返ってきた。
『現在、グラン・ミュールのゲートを解放、地雷原を啓開中です。北部に侵入した敵部隊の第一陣は迎撃砲が順次起動し、今の所は敵の攻勢を防げています』
起動した管制システムには、夥しい数の敵性マーカーが次々と消滅していくのが表示されている。
だが、敵はこちらが観測出来る以上に膨大だ。
、破壊するよりもなお、さらに膨大な敵が押し寄せてきている。
敵の総数は不明。
それに対し、こちらの火力は無限ではない。
『迎撃砲の再装填を急がせます』
数年前から迎撃砲の再装填作業はRMIが、金に目の色を変えて受け持っていた。
だから、金の成る木には水をやるのだろう。
彼らが少し前に完成させた自動装填システムによって、残弾がある限り迎撃砲は稼働し続ける。
―――それでも飲み込まれる間の、時間稼ぎにしかならない。
長距離砲兵型の射程圏内に入れば、唯の案山子と成り果ててしまう。
それでも人の命を天秤に載せずに済む、唯一の生命線だ。
『北部の援護に東西の迎撃砲を向けます』
北部の敵に向け、西部と東部の迎撃砲の狙いを割り当てる。
優先順位を振り分け、出来るだけ高脅威を効率よく破壊する様、砲撃システムに自動プログラムを流す。
すでにレーナとヨナの二人だけでは、管制する許容範囲を超えているからだ。
『……あれから超長距離砲は、沈黙したままですか』
ヨナは訝しむ声で、損害状況を確認した。
既に北部のグラン・ミュールの一部は跡形もない。
だが、それだけだ。
せめて、こちらの地対地兵器を沈黙させてもいい筈なのだが。
連続砲撃は未だ不可能なのか、それとも何かしらの別の理由があっての事なのか……。
『ええ。理由は判りません。既に共和国内部にも阻電攪乱型が浸透していますから、観測も不可能ですし』
『何にせよ、好機ととるしかないですね』
こちらの戦力たる85区外の戦力が一箇所に集まるのを、ただ待っているのだとしたら、それこそ一環の終わりだが。
『避難の方はうまくいっているでしょうか……』
そこでレーナの不安を滲ませた声が上がる。
味方を示すマーカーが続々と85区内に集結しつつあるが、そこは居住区だ。
そして少しばかり色を変えたマーカーも、85区内の市街地を横切り、北部を目指している。
その一軍は自動操縦プログラム、アンダーヘッドが駆る機体達だ。
ヴァンデュラム社が完成さえた第六改改修機、そして製造中の機体、国内外に存在する全無人機。
合わせて凡そ四千機余りのジャガーノートが戦場に赴いている。
そして、アンダーヘッドに避難する人や住居を躱して移動する様な高等な頭脳はない。
―――それでも、その命令を下したのはヨナだ。
すでに街頭には、国民に避難を呼び掛ける放送を流している。
逃げ込める様なシェルターの場所もだ。
それでも犠牲となる人の数は、数字でしか数えられぬものとなるだろう。
そして、当然シェルターに逃げられたとはいえ安全とは言えない。
レギオンの狙いは、この国の滅亡と同時にもう一つあるのだから。
人間の脳だ。
自身の課せられた命令を果たす為のアップデート。
この共和国は絶好の狩場となるだろう。
『全自動操縦機、予定通りに所定の位置に付きます』
ヨナはレーナの呟きには返答せず、ただ事務的に、冷淡にも聞こえる声色で告げた。
戦える力が残っている間は、レギオンも無力な国民を鹵獲する余裕はないだろう。
だからこそ、今目の前に集中しなければならない。
……ただ。
レーナの問い掛けは、この国にいる家族や友人を想っての事であるというのはわかっている。
では自分は……?
確かにこの国には、守りたい人がいる。
そう。確かに守りたいと思える人が出来たのだ。
だが、一番自分が守りたかった人は……。
彼女は未だ見つからない。
もう、彼女はどこにもいないかもしれないというのに。
帰ってくる者などとうにいなくなっているかもしれないというのに……戦う意味は……どこに。
『なぁ、女王陛下!』
そのヨナの当てのない思考は、同調の力強い声で搔き消された。
85区内に突入した女王の家臣団の一員。
シデン・イーダ大尉からだ。
『こっからどうすりゃいいんだ、あたしらは。指示をくれ!』
南部や、他の一部を除き、多くの者がレーナに協力してくれている。
その一段がついに、共和国内に集結し終わったのだ
レーナは大きく息を吸い込み、声を吐き出した。
『傾注!協力してくれた皆さんに、まずは協力に感謝を。―――それでは作戦を説明します!』
レーナとヨナは、前もってずっと準備してきた作戦を展開し始める。
予め決めておいた迎撃地点に、彼らを誘導しながら防衛作戦を伝えていく。
『第三次防衛線を54区以北、第二次防衛線を32区以北、18区以下を絶対防衛ラインをとします』
中央を落とされれば、共和国の、ここにいる人間に未来はない。
人種も、理念も、置かれた状況も存在証明すらも、全て異なる者達が集結する。
それでも、今だけは抱く想いは、ただ一つの筈だ。
『なんとしてでも生き延びましょう』
そして、すべての戦況が始まった。
戦場の音はまだ遠いが、観測出来た映像には市街地を突き進むレギオンが見える。
そこに川岸を挟んだ向かいから砲弾から発射され、前衛部隊を殲滅した。
本来であれば、阻電攪乱型が空を覆い尽くす今は電波そのものが遮断され、遠隔地の情報は届く事もなければ、それに対応する指示を出すことも出来ない。
対抗する手段があるとすれば、阻電攪乱型を焼夷弾で焼き尽くす手があるが、今の現状ではそちらに回す余力はない。
それでも未だ共和国内であれば、観測が出来、なおかつ無人機を遠隔操作可能なのには理由がある。
これは二年前、彼らを特別偵察任務に見送った時に実験済みだ。
空は無理だが、地上ならば中継器を、繋いでいけば信号を送る事が出来るのだ。
では、さらに地下であるならば。
ヨナは85区内の工事の際、協力者を得て、地下に通信アンテナを張り巡らせたのだ。
―――つまり、共和国内であれば電波妨害は無意味となっていた。
『ペンローズ大尉、準備の方は?』
ヨナは無人操縦機を各部隊に配置しながら、アネットに声を飛ばす。
技術部の研究所からの同調だ。
『最終調整はすでに終わってるわよ……いいのね』
再度確認するアネットの声に、ヨナは答える。
『ええ』
とうの昔に覚悟は決めている。
生き残るために、守るためにどんな罪も背負うつもりだと。
『アネット? 少佐、何の話ですか!?』
レーナが疑問の声を上げるが、最終的な承認シークエンスはすでにヨナの手元にある。
『同調開始!……同調対象—――全レイドデバイサー!』
一斉にスクリーンに同調対象者が表示されていく。
その総数は凡そ三万人。
その同調が全て、ヨナのデバイスを起点に集約された。
『なんだこれ……』
『頭が……』
『止まって見える……?』
『誰か説明してくれよ、なんだよこれ!』
レーナの耳に、戦闘中のプロセッサー達からの困惑の声が届いてきた。
それは決して、何か不調から来るものではない。
逆だ。
加速度的に敵の殲滅速度が上昇している。
戦況の変化は何もないにも関わらず、自軍の損耗率が下がってきている。
『何を……したの、ですか?』
レーナの問いに、アネットが答えた。
『思考の同調の応用よ。仮想代理演算ネットワークの構築といった所かしら』
大元は、二年前にヨナがあるプロセッサーと同調したデータだ。
その同調システムをアネットと、ヨナはこの二年で改良したのだ。
同調が繋がる集合無意識に、仮想の演算ネットワークを構築し、余ったリソースを同調対象者に振り分ける。
その振り分けられた対象者は、感じているはずだ。
自身の出し切れる能力が限界値レベルまで調子が良くなっている事に。
そして、そのリソース—――脳の演算部位の思考同調対象者は監獄にいる彼らだ。
全レイドデバイサーとは、首枷に仕込まれたレイドデバイスを付けられた者たちの事。
ヨナが発案し、脱獄防止に作り上げたものだ。
全てはこの為の、仕込みだった。
『そんなの……何か、問題はないのですか!?』
レーナの不安気な疑問にアネットは冷淡な暗い声色で答えを返す。
『……わからないわ。唯でさえ未知数の技術……一応、健康な人に絞って同調しているけど』
『でも……!』
思考の同調といった無茶をして、ヨナがどうなったか。
あれから改良もし、負担も減ってはいるのだろう。
だが、何も影響がないという事はないはずだ。
『俺が決めた事です。ミリーゼ大尉、あなたは知らなかった。裁かれるのは俺一人だけでいいんです』
この戦争が終わり、生き残れたのならその罪を問われる事となるだろう。
いくら負荷は分散しているとはいえ、脳の過負荷で何人、廃人になるかもわからない。
だが、すでにハード面での改良は到底間に合わなかったのだ。
全ての機体を実用レベルに改良し、それを量産するだけの時間は足りない。
だから、アプローチを変え、ソフト面の改良に注力した。
一人一人の能力を底上げするしか、残された手はなかったのだ。
『……私もその罪を背負います。決して、誰も一人にはさせません』
『ミリーゼ大尉……』
レーナは決意の表情でそう言い切った。
戦闘継続から数時間が経過した。
今の所、戦線は後進を繰り返しながらなんとか、維持は出来ている。
だが、その中でも突出して防衛線を抉じ開けてくる敵がいた。
高機動型だ。
二年前に試作段階であったあの機体の量産に成功したのだろうか。
数はすくないが、速度の優位性を誇るジャガーノートに接近し、近距離での攻勢を強いてくる。
『全機、その場で合図があるまで待機』
ヨナは数百といった同時視覚の対象者を切り替えながら、部隊に指示を出した。
視覚同調で、現場の戦況を把握し、指揮をする。
いくら地上の観測システムはまだ生きているとはいえ、リアルタイムで戦況を正確に把握、戦線を維持するのにはヨナの能力が不可欠だった。
そして今、そのヨナの視界にはこちらに向けて接近する三機の高機動型が見える。
名前も知らないプロセッサーが駆るジャガーノートが捉える情報を見ながら、ヨナはシステムに指示を出した。
突如発生した幹線道路の地盤沈下に高機動型は巻き込まれる。
後続のレギオンの部隊も足を止めた。
これもヨナが仕組んでいたレギオンの大攻勢への対策だ。
だが、高機動流石に瓦礫を避け、呼び名の通りの性能を発揮し、生き残った。
だが、そこに頭上から誘導指示をされた飛翔ミサイルが落ちる。
避ける隙などなく、高機動型とさらに後ろに続いていたレギオンも破壊される。
ヨナは合図を出し、待機してた部隊が一斉に砲撃を開始した。
この地区での勝利は目前だ。
だが、喝采を上げる暇などない
すでに視界を切り替えた先では、すでに戦線は崩壊していた。
虫の息のプロセッサーが、無情にも振り下ろされる斥候型の足を見詰めるだけだ。
地盤沈下という切り札も一度使ってしまえば終わりだ。
それでもなんとか、連携し、数えきれないだけの敵を屠った。
だが、それはこちらも同じ。
何度、こちらの味方機のマークが消失しただろう。
先ほどまで、視界を同調していたプロセッサーが一瞬の後に、敵の攻撃で消え去る。
援護が間に合わず、全滅する部隊。
それでも、なんとか拮抗出来たのは備えてきていたからだろう。
ヨナも、レーナも多くの協力も。
そして86区で闘う彼らも。
轟音が響いた。
中央にすら届く、腹の底を揺らす振動音が地面を揺らす。
一斉に東部を占めていた敵性マーカーが消え去る。
東部のグラン・ミュールを爆破したのだ。
レギオンの後方部隊の大部分を巻き込み、グラン・ミュールは崩壊した。
『レギオン、撤退していきます!』
レーナの歓喜を滲ませる声が上がった。
レギオンの前衛部隊が引き上げているのだ。
後方部隊の掩護と補給を失ったレギオンは、これ以上の攻撃は無意味と判断したのだろう。
同調下で大勢が勝利を祝う歓声を上げる声がする。
レーナも労をねぎらう声を掛けて回っている。
それに水を差すとわかっていながら、ヨナは口を開くしかなった。
『大尉、あれは第一陣にすぎません、その前に準備を済ませないと』
『そんな……あれだけ大勢の犠牲を払ったのにですか……』
何百人のプロセッサーが死んだだろうか。
何万人の民間人が巻き込まれて死んだだろうか
『……敵はすぐに来ます。大尉はその間に休息を取って下さい』
『それなら少佐も。私よりも負担は大きいはずですから』
『いえ、俺は10日位なら寝なくても、活動出来る体をしてるので』
レーナをなんとか説得するのに数分。
まずはプロセッサー達の安否と再編の確認をしてからの後の休息を確約をし、ヨナは管制室から立ち上がった。
体と脳は興奮を覚え、戦闘の余韻は休息を取らせてはくれない。
ヨナの丈夫な脳は未だ大丈夫と把握しているが、レーナの方はそうもいかないだろう。
支柱となっている彼女を失えば、きっとこの共和国の防衛線は崩壊する。
一服、睡眠薬でも盛るかと考えながらヨナは、レイドデバイスに触れた。
クオリティが殴り書きレベルに下がっていきます。(予告)
それでも二人が再会するシーンは書きたいですしね。