86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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32話 二枚舌

 ヨナはレイドデバイスに触れ、同調対象者を調整する。

 その対象者とは鮮血女王の、レーナの呼び掛けに答えなかった者だ。

 南部の、レギオンの進行地点から最も離れている為、今なお余力が残る部隊。

 南部戦線第一戦区第一防衛戦隊、レザーエッジの線隊長にだ。

 

『……また鮮血女王からのお誘いと思ったけど、違うようね。どちらさん?』

 

『南部戦線第一戦区第一防衛戦隊"レザーエッジ"線隊長――バルトアンデルス。こちらは……』

 

 ヨナは一瞬、言葉に詰まる。

 どう名乗ったものか、数舜思案し、

 

『ブラッディレジーナ旗下、共和国防衛隊副指揮官リードルフ・シュタット少佐』

 

 そう勝手に名乗り上げた。

 すでに共和国軍は内部統制を欠き、軍隊としての体裁すらもない。

 レーナを指揮官に祭り上げた所で、誰も文句を言う余裕すらないだろう。

 

『少佐……?鮮血女王よりも上の階級が……まあ、どうでもいいか。それで何の用かしら、少佐殿』

 

 バルトアンデルスの一片の興味の無さそうな声がする。

 声色からして男の筈だが、奇妙な言葉遣いをする人だ。

 

『貴方がたに要望が。レザーエッジには南部戦線の他の部隊を率い、南部迎撃砲発射拠点の防衛をお願いしたい』

 

 すでに北部の迎撃砲はレギオンに破壊された。 

 東部も西部は未だ砲撃能力を有してはいるが、次の構成には真っ先に狙われるだろう。

 

 レギオンは学習する。

 当然、先の戦いでこちらの戦術をレギオンはすでに見抜いただろう。

 足止めの後の物量攻撃など真っ先につぶそうとしてくる筈だ。

 だからこその要請。

 

 南部戦線は未だ健在であり、唯一残弾数にも猶予がある南部迎撃砲のみが、次の第二次攻勢において要となる。 

 

『一体、どうして私達がそんなお願いを聞かなきゃいけないのよ。というよりも、そもそも協力する事を拒んだ私達が、そんな危険を冒すわけないでしょう』

 

 呆れと嘲笑を含んだ声が返ってきた。

 当然の反応だが、同調を一方的に切断されないだけ、まだ交渉の余地はある。

 

『……まぁ、だよな』

 

 ヨナは頭を掻き、小さく息を漏らした。

 砕けた口調に相手が訝しげな気配を漏らすのをヨナは感じる。

 

『危険を冒す価値はあるといったら、どうだ。どちらにせよ首都が落ちれば、貴方らも道連れだ。だが、お互いに協力すれば生き残れる道はある』

 

『生き残れる?……ふっ、この状況を招いておきながら、そんな戯言を言う白豚がいるなんて驚きね。いい、少佐殿、死なば諸共よ。でも、死ぬのはあんたらが先。私達はせめてそれだけでも見届けさせてもらうわ』

 

 バルトアンデルスの言葉に恨みは感じ取れない。

 ただ、そうなるであろう結末を淡々と述べているだけだ。

 

『……確かにアルバは滅んで当然の行いをしてきた。だが、本当に断罪すべき人間は他にもいるかもしれないぞ』

 

 十一年前から続く行いが、今の結果を招いた。

 あの時の出来事が、裏切者を誕生させた。

 取り戻せない過ちが、いくつも起きてきた。

 

『強制収容所が解体されているのは聞いているだろう。収容所にいた貴方らの同胞は連行された。どこにだと思う?』

 

『……さあ?』

  

『中央区に建てられた監獄だ。今なお多くの同胞はそこに囚われている。この共和国の首都を見捨てるという事は、貴方らは同胞を見殺しにするという事だ』

 

 我ながら陳腐な脅しだ。

 だが、懇願も恭順も人を動かすには足りえない。

 この国がすでにそれを証明してしまっている。

 大事なものを守るためなら、人はどんな行動にでも出る。

 

『あいにく私は独り身でね。天蓋孤独の身なのよ』

 

『貴方はそうかもしれない。だが、新しくプロセッサーと配属された者達はどうだろう。その子達には妹や、弟は?生き別れた家族や、親族がいるかもしれない』

 

『そう、……人質っていう事ね』

 

『いや?まさか』

 

 白々しい言葉を吐きながらも、ヨナは言葉を途切れさせない。

 交渉の脅迫の余地があるのなら、テーブルに乗せるチップを増やすのみだ。

 

『死守しろとまでは言わない。ただ、総力戦となるからには羽の生えた札束を使い切りたいだけだ。それまででいい』

 

 しばしの沈黙があった。

 それを承諾ととる前に、ヨナはどうせならと言葉を吐き出した。

 

『なぁ、実は俺、アルバじゃないんだ』

 

『はい?』

 

『貴方と俺が生き残れたのなら権利をやるよ。アルバの中で、こそこそと生き抜いてきた裏切者を殺す権利を』

 

『それってどういう……』

 

『貴方がたを救うには、この道しかないと嘘をつき、我欲を貫き通したのがこの俺だ。それが今貴方に選択を強いている……』

 

 裏切者と呼ばれてもなお、その生き方を選んだのは自分。

 そうまでして、あの約束を守りたかったから。

 

『この戦闘を互いに生き抜いて、まみえたのなら俺を殺してくれ。貴方には何の益も価値もないかもしれない。だが、今貴方がたを脅迫しているのは紛れもなくこのリードルフ・シュタットだ』

 

 再び偽りの名を名乗る。

 このまま……偽りの名のまま自分はこの戦いで死ぬつもりだ。

 例え、後ろ髪を引かれようとも、未練があろうとも、後戻りなど許されぬのだから。

 

『散々言っておいて何だが、好きに選べばいい。すでに貴方がたは自由だ』

 

 返答を待つ前に、ヨナは同調を切断した。

   

 

 

 長い廊下を歩き切り、ヨナは足元を見ていた視線を上げる。 

 さて、と呟き目指していた場所に目をやった。

 

 大講堂だ。

 今なお軍本部に残る共和国軍人が最後に集合した場所。

 ある者達は戦いに赴き、ある者達は旧貴族や政府の要人と共に避難を開始し、ある者達はただ、頭を抱えうずくまっている。

 

 到底、軍人とは呼べない者達だ。

 この状況になってまで、自分達で立ち上がって国を守ろうとするものなどごく僅か。

 それでも一応は正規の軍事教育を受けた者達だ。

 外で逃げ惑う一般市民よりは、役に立つだろう。

 

 ―――彼らが立ち上がってくれるならばだが。

 

「正念場か……」

 

 一つ誤算があったのだ。

 いや、あらかじめ予想はしていたが初の実戦で、その影響が如実に数字に表れていた。

 

 ―――無人操縦機の運用効率が悪い。

 

 OSに改良を加え、今までとは大幅な自由行動が可能となった無人機だ。

 だが、それでも結局、行ってしまえば親機に随伴する砲塔でしかない。

 

 そして、その運用を行うのプロセッサー達だ。

 だが彼らにはそもそも、無人機を運用する知識と技術が存在しないのだ。

 

 彼らの主戦場は中距離。

 固定砲台として無人機を運用する訓練もなしに、ぶっつけ本番で戦闘を行おうとするならば当然の結果だった。

 そして、それ以上に彼らは嫌いなのだろう、無人機が。

 敵であるレギオンと同じ機械的意思を嫌悪しているのだろう。 

 

 それがわかっていてなおヨナは、選択肢など他にない為、彼らに押し付けたのだが。

 

 ―――だが、手が足りない。

 

 全無人戦闘機、数千余りの戦力を効率よく運用するには、自身が何人いても足りない。

 ならば手を借りて来ればいい。

 その為に必要な者達は、今なおここに留まっている。

 

 大講堂は騒乱の只中だった。

 扉を開けば、何をするでもなく散らばって集団で集まり、意味もない会話を大声で喚き散らすものが多数。

 中央には将校が集まり、避難の指示を飛ばしているが、果たして指令は行き届いているのかも分からず、混乱極まっている。

 

 それもそうだろう。  

 ヨナが中央から避難を始める前に、全区域に避難警報を発令したからだ。

 放送されているシェルターの実在性や、避難すべき場所を今なお揉めているのだろう。

 

 避難計画を滅茶苦茶にしたのはヨナの仕業だ。

 だが、そもそもヨナの協力者と出資者はすでに避難を始めている。

 そこからも、情報はきっとすでに漏れ出していたはずだ。 

 

 ヨナが入ってきたにも関わらず目を向ける者は僅か。

 だから。

 こちらに注意を向かせる為、ヨナは懐に手を入れた。

 

 銃声が一発。

 

 荘厳な大講堂の天井に穴を穿ち、銃声に喧噪が中断される。

 こちらを振り返る全員の視線を受けながら、ヨナは一歩づつ歩みだした。

 

「こんな所で何をしているのですか?」

 

 全員がヨナの問いに返答を持てずにいる中、将校の一団から声が掛かる。

 

「シュタット少佐……貴様。何のつもりだ、だと」

 

 怒声を上げたのは一人の大佐だ。

 

「先のミリーゼ大尉の呼び掛け、気付かぬと思うか!それに貴様ら勝手に何をしている!?迎撃砲の無断使用、それにエイティシックス共まで85区内に呼び込むとは!」

 

「それにあの無人のジャガーノートの行動!あれは貴様の仕業だろう!」

 

 叫び立てる声をヨナは聞き流す。

 説明してやる時間も、こいつらが理解するだけの時間もない。

 

「俺は貴方達に聞いたのですよ、ここで一体何をしている、と」

 

 ヨナは視線を将校から離し、周囲を見渡した。

 何をするでもなく、ただ上に言われた通りにここに留まっている者達。

 まだ若い。

 

 恐らく十一年前の戦争の経験がある者のほとんどは、すでにここにはいないのだろう。

 自分の家族を守るために、軍務から逃げ出したのだ。

 通ってきた廊下に脱ぎ散らかした軍服がそれを物語っている。

 

「何って……」

 

 ヨナの一番近くにいた者が口ごもる。

 ヨナに対して、額に青筋を立てている将校を気にしての事だろう。

 

「シュタット少佐!貴様!!」

 

「黙っていてもらえませんか?」

 

 こちらに掴み掛ろうとした、将校にヨナは拳銃を向ける。

 全員の動きが止まる。

 上官に対する反逆罪だが、この場に銃器を所持している者は他にはいない。

 

「数時間前、超長距離砲の砲撃により北部グラン・ミュールは崩壊、レギオンの軍勢が地雷原を突破し、共和国北域に進行してきた」

 

 そんな事は知っているとばかり、詰め寄ろうとする者も現れる。

 それをヨナが銃口を振って止め、なおも隙を窺って掴み掛ろうとする者と、これから何をいうつもりなのかと静観する者にと分かれた。

 

「現在、ヴラディレーナ・ミリーゼ大尉の指揮の下、86区のエイティシックス達を共和国に呼び込み、レギオンの第一波攻撃を撃退する事に成功している」

 

 どよめきが上がる。

 現状、共和国全域の正確な情報を知る者はヨナ達だけなのだ。

 だが、些末な勝利に声を上げる者は僅かで、それ以外の事に反応した。

 

「何故、あの下賤な豚どもを我が国に入れた!あれらに与えてやった仕事を果たさぬからこのような事になっているのだ!」

 

「っ、そうだ!あの豚どもがレギオンを招き入れたに違いない!」

 

「今ままで生かしてやっていたというのに!」

 

 この時になっても今もなお、彼らは愚にも付かぬ戯言を吐き出してくる。

 恐らく、この場では無意味な責任の擦り付け合いが行われていたのだろう。

 

「そうかもしれない。だが、今その豚どもに我々は守られ命運を握られている。……滑稽だな」

 

 侮蔑の笑みを浮かべたヨナに、腕を振るわせ反応する者が多数。

 

「違う!俺達はちゃんと劣等種たる奴らに武器を与え、生きる意味を与えてやった。俺達は何も悪くない!」

 

「悪くはない……か。確かにそうだ。だが、エイティシックス共の再三の報告に耳を貸さず、奴らをきちんと管理しきれなかったのは私達共和国民だ!」

 

 植え付けられた選民思想になど意味はない。 

 そうこの場で言い切ってしまえば、彼らからはただ反発が返ってくるだけだ。

 彼らが自分で気づき、間違いを正さない限り未来はない。

 

「そうだろう。私達があの豚どもの管理を怠ったからこそ、この現状なのだ。だが、今ならば取り返しはつく、終わりではない!」

 

 だから、矛先を僅かにずらす。 

 自分達の行いは完全には間違いではなかったと。

 ただ、エイティシックスに対する管理が悪かったのだと。

 だから、レギオンの進行を許してしまったのだと。

 

「諸君の力が必要だ」

 

 ヨナは拳銃を握った反対の手を前に伸ばす。

 

「此度の大攻勢で多大な戦果を挙げた無人戦闘機はこの私が開発してきたものだ。だが、完成には時間が僅かばかり足りなかった」

 

 嘘を吐き、希望を抱かせる。

 

「しかし、それでも諸君らの優れた管制能力の協力があれば国家をレギオンから取り戻せる。純血種たる旧貴族の地を引くこの私が、貴方がたを導いてやろう。さすれば我らサンマグノリア共和国がギアーデ帝国のレギオンなどに後れを取ろうはずもない!」

 

「貴様!ただの少佐風情が舐めた口を効くなッ!」

 

 将校の一人が声を荒げる。

 それに、ヨナは冷めた目を向けるのみ。

 

「政府も軍もすでに当てにはならない。この上官殿はすでに戦おうという意思も能力もない。だが、私に従うのなら、その力を与えよう!真の優性種たる白系種を名乗る者はここにはいるか!」

 

「……し、しかし、共和国内にはすでにエイティシックスが入り込んでいます。この戦闘に勝ったとしても……それならいっそ」

 

 一人の軍曹が手を上げ、小さく声を上げた。

 国内に入り込み、武器を振り上げられればアルバに勝ち目はない。

 この戦場において、自身を守っていた脆弱なシステムが崩壊した事をようやくそれを悟ったのだろう。

 

「案ずる必要はない。強制収容所を解体した折、そこにいたエイティシックスは共和国の監獄に多数捕えている」

 

 その実情を知らなかった者達は目を丸くする。

 そして、その意味にすぐに思い至る。

 

「奴らの同胞の命をこちらが握っている以上、奴らは我々に逆らえない。状況も立場も何一つとして変化はない。我々にこそ主導権がある!」

 

 ヨナの言葉にすぐに動きだした者は数名。

 それからヨナが進みだし、その流れに集合しつつあるのは十数名。

 

 その後、大講堂に集まっていた半数のアルバが、ヨナに付き従った。

 止めようと声を張り上げる者もいるが、希望にすがりつき始めた人の心は止めらるはずもない。

 

「さあ、今こそ五色旗を掲げ、我らの戦場に赴こう」

 

 実際は、本当の戦場ではない。

 管制室や、果ては端末を使用しての画面越しでの戦闘だ。

 レーナの部下の協力を得て、彼らに無人戦闘機の各部隊を振り分ける。

 それら全体を統制するのはレーナとヨナだ。

 

 別に高望みしているわけではない。

 ただ、射撃統制と部隊の移動の指揮を任せるだけだ。

 それだけでも、無人機に全戦闘を任せるよりましだろう。

 

 当然、錯乱してエイティシックスに向け、砲撃する馬鹿がいる事も警戒するが、そいつはすぐにシステムから切り捨てればいい。

 

『只今、戻りました』

 

 ヨナは自身の管制室に戻り、レーナに状況を報告する。

 

『上手く行ったようですね、こんなに大勢が協力してくれるなんて』

 

『今だからですよ』

 

 生き死にが掛かったこの土壇場でなければ協力などなかっただろう。

 平時ならば一蹴され、ヨナは既に営巣入りだ。

 

 全部隊の編成は終了し、所定の位置に各部隊は移動を終了している。

 あとは待ち構えるのみだ。

 

『ミリーゼ大尉、休息は済まされました?』

 

 僅かだが休憩時間はあったはずだ。

 ヨナに取ってはそのことが何よりも気掛かりだったのだが。

 

『いえ、……はい』

 

『どっちですか……』

 

 ヨナの呆れた声に、レーナが長い息を吐いた。

 

『……母に会いました。まだ避難していなくて、ずっと私を探していたと』

 

『東部のシェルターに辿り着ければ数週間は持つはずです』

 

 そのための備えと備蓄は整えてきた。

 それ以上の長期戦となると、その未来は余り考えたくはないが。

 

『ええ、今は……戦いに集中しましょう』

 

 レーナの言葉通りだ。

 既に数え切れないほどの死者は出ている。

 それに心が押し潰され、足を止めてしまえば、もっと多くの死者が出るだけだ。

 

『―――来ます』

 

 再びスクリーンを埋めるのは、レギオンの表示しきれない程の膨大な敵性マーカー。

 先程よりも数倍に膨らんだ軍勢は、共和国を飲み込まんと進撃してくる。

 

 再びの防衛戦が―――共和国の滅亡が始まった。

 




誤字脱字報告ありがとうございます。
もうやる気がある時に書き殴るスタイルになっているので、ノリで書いちゃってます。
なんか格好いい事書こうとしてんだなと思ってくれたら幸いです。
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