86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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34話 共に

 砲弾は発射された。

 近距離の為、ヨナには砲音とほぼ同時に衝撃が襲い掛かった。

 次の言葉を掛けようと、吸い込んでいた息は衝撃で吐き出され、反射的に瞳を閉じる間もなくその時は終わりを告げた。

 

 痛みも感じる刹那すらもないだろう。

 そう死を覚悟出来てしまった所で、ヨナは自身が無事である事を確信した。

 

 砲弾は外れていたのだ。

 数メートル左を逸れ、ただヨナの軍帽を衝撃で弾け飛ばし、左耳に耳鳴りを残しただけだった。

 

「はは……っ」

 

 漏らした声は震え、膝は今にも崩れ落ちそうに力が入らない。

 とうに覚悟を決めたはずなのに、いざその現実に直面すると未だ生にしがみつきたくなる。

 

 ―――でも、その時が来たのだ。

 

 搭乗者はまず間違いなく、有色種の人々に共和国がしでかした罪を知る者だ。

 もしくはその当の本人かもしれない。

 

 機体が戦闘の余波で歪んでいなければ、間違いなくヨナの体を砲弾は貫いていた。

 

 今もなお、目前の機体の搭乗者は言葉を発する事なく、ただ怨嗟の様に聞こえる軋みを機体が上げるのみだ。

 

 だから。

 ヨナは逸れた砲弾の射線にその身を移動させた。

 草花を衝撃波で散らした道でヨナは足を止め、両手を広げる。

 

 真っ直ぐ機体の中にいる搭乗者に顔を上げ、短く荒い呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと言葉を漏らした。

 

「俺は……」

 

 

 

 リアは砲弾が外れた事にまず放心していた。

 この局面に来て……こんな時でさえなお、自分の射撃能力は自身を裏切るのかと。

 だが、すぐに動揺が取って代わった。

 

 モニター越しに見つめるその男。

 共和国の軍服を纏い、まず間違いなく自分が復讐を誓った相手の筈だった。

 

 だが、砲撃で弾けとんだ軍帽から現れたその髪。

 肩まで届きそうな男にしては長い髪の色は、黒かったのだ。

 ただ先程まで軍帽の下から除いていた毛先だけが、まるで染めていたかの様な白銀。

 

 ―――何故。

 

 動揺が頭から体に、手に次第に伝わり、その震えが操縦桿を揺り動かす。

 すると相手は、ゆっくりとリアが放った射線にまるで撃ってくれとばかりに移動し、その身を晒す。

 

 そこでようやく相手の顔が見えた。

 見掛けた事はない顔だ。

 

 その筈だ。

 その筈なのに、どこか引っ掛かる。

 

 そして相手が遂に顔を上げ、こちらを見詰める瞳は予想していた銀ではなかった。

 

 まるで阻電攪乱型が散った裂け目から覗く、空の色。

 陽光が眩しく照らす、よく晴れた日に覗かせる色だ。

 その空を写し撮ったかのような蒼穹の瞳。

 

 ―――そのどこか懐かしい瞳が真っ直ぐ自分を見ていた。

 

『俺は、貴方に撃たれて当然の人間だ。だから、……撃ってくれて、構わない』

 

 それに……この声。 

 二年前に聞いた覚えがある声だ。

 

 忘れるはずがない。

 共和国に別れを告げた際、最後に会話をした風変わりなハンドラー。

 

 リアは相手と外部通話をしようと、パネルを操作するも機能しない。

 ただ、外部音声を拾って来るのみで、こちらの言葉を届ける術はない。

 苛立つように手を動かしたせいで、負傷した左脚に痛みが走り、呻き声を漏らす。

 

『でも、その前に、聞いて欲しい。貴方がどこの誰だろうと構わない。命乞いをする訳でも、時間稼ぎをしている訳でもない。ただ、……最後に少しだけ聞いて欲しいんだ』

 

 言葉を返す事は出来ない。

 それだというのに、了承など必要ないとばかり、あのハンドラーは言葉を続ける。

 浮かべている表情は悲痛に歪み、言葉には堪えきれない熱が籠もっている。

 

『俺はアルバの身分を偽り、今まで生きてきた。同じ迫害される身でありながら、生き延びてきた裏切り者だ』

 

 あのハンドラー、以前イスカリオテと名乗った男。

 いや、よくよく見ればリアと同い年位の少年だ。

 今更になって、その事にリアは気が付いた。

 

 何故か、目の前に少年が道に迷い、今にも泣き出しそうな子供の様に見えた。

 ふと、目を離せば消えてしまいそうで。

 

 その姿に。

 何故かその姿に既視感を覚えた。

 

『あの子との約束を守る為に、俺は一体……どれ程の罪を重ねたか。そんな俺が一瞬の痛みで死ねるだなんていうのなら上等すぎる位だ』

 

 何を言っているのか、こいつは。

 何故、自分を殺してくれと言いながら、何故そんなにも安堵した表情を浮かべているのか。 

 どうしてそんなにも泣き出しそうなのか。

 

 別に涙が浮かんでいるわけではない。

 ひび割れたモニター越しでは、そこまで鮮明に相手の顔を見れるわけではない。

 でも、何故だろう……わかってしまう。

 険しい表情の後ろに隠された真意を。

 

『だから、撃ってくれ。貴方にはそれをするだけの想いと資格ある。そうだろ……。だから、ここまで来てくれたんだろう?』

  

 少年の願いに反し、リアは操縦桿から手を離してしまった。

 ズキンと傷が原因だけではない鈍痛が頭内で断続的に沸き起こる。 

 

 いつだったか。

 泣いてもいいのに、泣き出さず、ただじっと耐えているそんな男の子の手を引いてやっていた事があったのだ。

 転んで膝を擦りむき、じっとやせ我慢をしていたあの子の事を何故か思い出した。

 

『俺の名は……』

 

 リアは血に濡れた手をモニターに伸ばす。

 思考は否定していても、感情が一つの消えない考えを持ち出してくる。

 そんな筈はないと。

 

 ―――でも。

 

『俺の名前はヨナイス・ラングレイ』

 

「っ……」

 

 その名を忘れる筈がない。

 

『貴方がどれだけ俺を恨んでくれても構わない。でも、どうか。たった一つのお願いだ。俺の名を、忘れないでくれ。覚えていて、欲しい』

 

 ヨナ。

 あの子の名前を名乗った少年の目元に陽光が反射し、モニターを煌めかせる。

 顔を悲痛に歪め、年相応に初めて幼く見えたその表情は泣いている。

 肩を震わせ、ヨナは涙を零している。

 

「ヨナ……?」

 

 どうしてあの子がここに……。

 負傷で鈍い頭はまともな思考など返してはこない。

 

 あの子がこんな所にいるはずがない。

 だって、あの子はあの時、連れて行かれて……。

 

 それがどうして白豚の軍服を着て、自分の前に立っているのか理解出来ない。

 それどころか、二年前のあの日もずっと、あの子の声を聞いていて……。

 

 分かるはずがないのだ。

 声変わりはしているし、今その姿を実際に見ていても、面影を思い出す事すら難しい。

 錆び付いた記憶は色褪せたモノクロ映画の様で……。

 

 自身と同い年だった筈なのだから、成長期を迎えた今のあの子の姿は何一つとして昔の記憶と結び付かないかもしれない。

 第一あの頃、あの子は耳が聞こえなくて、そのせいで満足に自分の名前すら発音する事が難しかった筈なのに。

 

 ―――でも、あの瞳だけは、黒髪だけは。

 

「ヨナ……なの」

 

 確信を持って言葉を吐き出した。

 何にせよ、生きていてくれたのだ。

 

 だけど、どうしてただ、名前を名乗っただけでそんな絶望から救われた様な、安堵した表情を浮かべているのか。

 命を奪おうとしている相手に、何故抵抗もしようとしないのか。

 

「ヨナ!私、リアだよ!ヨナ!!」

 

 声を張り上げようと、共和国製のジャガーノートならともかく連邦制のフェルドレスは声を外には届かせられない。

 それでもリアは叫んだ。

 叫ばずにはいられなかった。

 

「ヨナ!どうして、そんな所にいるのよ!危ないから退いてよ!ヨナっ!!」

 

 聞きたい事は山程ある。

 言いたい事も山程あるのだ。

 

 ―――それが出来ない。

 

 あれ程、あの時から月日が経ち、もう檻の中にはいないというのに自分はまたもや何も出来ない。

 

 ヨナはただ微動だにせず、砲撃を待っている。

 手を広げ、まるで誰かを迎えようとする様に、笑みすらも浮かべて、ただ静かに涙を零す。

 

 リアは機体を拳で叩き、力に任せ、機体に挟まれた左脚を引き抜いた。

 機体の破片が肉を抉り、出血が更に増す。

 それでも今だけは痛みも何も感じなかった。

 

 無事な右足でキャノピーの天井を蹴り上げる。

 リアの力を持ってでさえ、歪んだ機体の操縦席は開く事はない

 

 それでも何もしない訳にはいかなかった。

 

 ―――その時。

 

 少し離れた上空で砲撃音が響いた。

 リアとヨナは同じく意識を空に向け、すぐにヘリコプターのローター音が響いてくる。

 

 木々を抜け、頭上に姿を現したのは、ギアーデ連邦の

国章を印した友軍機だった。

 

『そこまでだ中尉。そこのサンマグノリア共和国の士官殿もだ。こちらに敵対の意思はない』

 

 リアのデバイスの故障を知っているのだろう、拡声器で停戦告げられ、リアは動きを止める。

 ようやく本隊が追いついてきたのだ。

 皆が死んでしまった後では、本当に今更だか……。

 

 少し離れた平原に降り立ったギアーデ連邦の機甲部隊がヨナと接触を果たしている。

 自分の機体にも切断工具を持った部隊が救助に来てくれている。

 何も、もう心配はいらない。

 

 それでもリアは手を伸ばした。

 視界が黒く沈んでいく。

 血を流しすぎたかもしれない。

  

 でも、あの子が。

 自分の側からまたもや離れようとしている。

 また、あの時と同じではないか。

 

「置いて、行かないでよ……っ」

 

 リアの視界は薄れ、抗いようのない意識の消失が訪れる。

 

「ヨナ……」

 

 

 

 ヨナはふと名前を呼ばれた気がして足を止めた。

 機甲部隊の隊長と名乗ったギアーデ連邦の少佐に声を掛ける。

 

「あの機体の搭乗者は大丈夫でしょうか?」

 

「問題ない。彼女はこちらで救護する準備は整っている」

 

「彼女……」

 

 ヨナの呟きは聞こえていなかったのか、無線で連絡を取っていた隊長はヨナに内容を報告してきた。

 

「現在、我が軍の部隊でそちらの指揮官と操縦者1名を保護している。このままその二名はグラン・ミュールにそのまま護送する手筈となった。貴官はどうされる」

 

「そうですか、感謝します。ですか、俺は自機をこのまま放置出来ないので」

 

 ヨナは後ろに鎮座している相棒を指さした。

 何せ譲り受けた機体であり、共和国のものだ。

 

「しかし、共和国外周部には地雷原が存在するという情報だが」

 

 ヨナはその情報に目を張ると共に、軽く笑みを浮かべた。

 

「ちょっと寄りたい所もありますので」

 

 ヨナは敬礼し、彼らと別れ機体に乗り込んだ。

 交戦の意思はない事を示す為、キャノピーは開けたままだ。

 機体を転回する前に、先程別れた機体に視線を向ける。

 

「死にぞこなったな……」

 

 連邦のフェルドレスは機体外壁部を切断され、中の搭乗者の救助はもうすぐ完了するだろう。

 搭乗者は助かるだろうか。

 

 あの時、本当に自分としては死んでも良かったのだ。 

 相手もそのつもりだったのだろう。

 

「まあ、……これから幾らでも機会はあるか」

 

 ギアーデ連邦の軍隊がここまで辿り着いたのだ。

 その全ての意味を理解しないはずもない。

 

 

 ヨナは機体を操縦し、真っ直ぐ超長距離砲が破壊された場所に向かっていく。

 途中、ヘリコプターの一郡がヨナの機体を超えていった。

 きっとレーナはあれに乗っているのだろう。

 

 まるで赤い絨毯の様に咲き誇る彼岸花が見えた。

 その花を踏みつける事に抵抗感を覚えながら、ヨナはそれでも機体を進めていく。

 

 寄り道をした目的はすぐに見つかった。

 大破したフェルドレスが一機。

 首を亡くした騎士のように座り込んでいる。

 

 その操縦席には一人の少年がいた。

 黒髪の赤い瞳。

 そして首元にスカーフを巻いている。

 

 ヨナは自分の操縦席を向かい合うように停止させた。

 互いの顔をしばし見合わせ、向こうの少年は少し困惑しているように見て取れた。

 ヨナは敬礼しようとしていた手を途中で止め、口を開いた。

 

「極秘任務の完遂、感謝します。アンダーテイカー」

 

「どうして俺を……」

 

 アンダーテイカーは驚いた様にヨナを見て、ヨナはそれに苦笑を返した。

 

「貴方の操縦記録に何度泣かされた事か。見間違える筈がないでしょう」

 

「……そうか。イスカリオテ、貴方でしたか。俺も貴方の声を聞き違えるはずがない」

 

 シンと顔を向き合わせ、互いに苦笑する。

 それから、ヨナはグラン・ミュールの視線を向けた。

 

「こちらも約束は守りました。あの三人は今も生き残っています。この先の戦いまでは保証出来かねますが」

 

 シンはそこで初めて大きく表情を動かし、胸ポケットに手を伸ばした。

 

「そうですか。あの三人が」

 

 ヨナは共に防衛戦を戦い抜いた三人を思い出す。

 流石号持ちなだけあり、今も戦っていてくれているだろう。

 

「えっと、時にそこの小動物は何者なのですか?」

 

 ヨナはどうしても尋ねる事を止められず聞いてしまった。 

 先程から機体の影に隠れるようにして長い髪をぴょこぴょこと動かしている少女についてだ。

 

「気にしないで下さい。こいつは唯の密行者なので」

 

「密行者とは何じゃ!わらわは人質としての大事な役割があるといったであろう!」

 

 少女が憤慨した様に飛び出してくる。

 よく見ればアンダーテイカーとこの少女の風貌はよく似ている。

 もしかして生き残りの親族でもギアーデ連邦で見つかったのだろうか。

 

「フレデリカ、黙ってろ。余計ややこしくなる」

 

「成程……ギアーデ連邦も完全にまともとは言い辛い様ですね」

 

 こんな少女が軍服を着ているのは、おかしいとしか言いようがない。

 更に言えばこんな戦場のど真ん中にいるのは異常と言う他ないだろう。

 

「っと、失礼。共和国と比べるまでもないですね」

 

 少なくとも装備はまともで、こうして本隊が合流しているのだ。

 子供に戦わせ、傍観を決め込んでいた共和国とは比べるまでもない。

 

「でも、イスカリオテ。貴方は共に戦われたのでしょう」

 

 シンはヨナの機体に視線をやり、その破損具合から戦闘の歴史を読み取っている様だ。

 

「いつだったか。言いましたよね」

 

 シンは真っ直ぐヨナに目を向けてくる。

 

「共に戦ったのなら名前を聞いてほしいと」

 

 二年前のあの日事をまだ彼は覚えてくれていたのだ。

 その事にヨナは驚き、意味もなく佇まいを直した。

 

「ヨナ、ヨナイス・ラングレイです」

 

「シンエイ・ノウゼン大尉です」

 

 シンの敬礼に対し、ヨナが敬礼を返す事はない。

 それでもシンは察した様に何も言ってこなかった。

 暫しの沈黙の後にヨナは、シンに尋ねる。

 

「ミリーゼ大尉はさぞ驚いたでしょうね。出来ればその現場に居合わせたかったのですが」

 

「……いえ、言っていません」

 

「え、それはまたどうして」

 

 少なくともミリーゼ大尉の努力に対して、シンの存在だけでも充分救いになるはずだ。

 だが、シンは口籠った様に、それはと言葉を選んでいる。

 

「単なる男の児の維持じゃ。そなたならわかるであろう」

 

 フレデリカの言葉になんとなくヨナは分かった様に頷く。

 それにしても偉そうに腕組みをしたこの少女は本当に一体何者なのか。

 

 そこでシンのデバイスに通信が入ったのだろう。

 面倒そうに返答を返している。

 

 ヨナは機体からシンと同じく飛び降りた。

 キュクロプスもここで機体を放棄しているし、自分もそうする他はない。

 

 全く、散々人には機体を大事にしろとか言っておいて、あの女は。

 

「そなた、これからどうするのじゃ」

 

 そこで、いきなりフレデリカが曖昧な質問をぶつけてきた。

 

「これから……?」

 

 別に次の部隊に、共和国まで連れて行って貰うつもりだ。

 だが、そんな分かりきった事をこの少女は聞きたかったのだろうか。

 

 問いに対して答えは出てこない。

 元々、大攻勢で生き残れる可能性は低かったのだ。

 それでも最後まで抵抗するつもりで準備を進めてきた。

 

 その中に自分の生死の勘定は含まれていなかった。

 途中で脳の過負荷で死ぬか、レギオンに殺され、野垂れ死ぬかと考えていたのだ。

 

 だが、こうして生き残ってしまった。

 

「責任を取るべきだ……か」

 

 罪を償うべきだ。

 自分が誰かに放った言葉が跳ね返ってくる。

 安易に逃げる訳には行かない。

 

「共和国に戻ってすべき事をするさ」

 

 ヨナは首をすくめ、フレデリカに答えた。

 

「そなた、シンエイ以上に難儀な性格をしておるな。よいか。いつでもギアーデ連邦の門はそなたに開いておるぞ」

 

 呆れた様にフレデリカは肩を竦めている。

 

「それってどういう……」

 

「逃げたくなったら逃げていいという事じゃ。そなたが背負うべきものの範疇を間違えるなという事じゃ」

 

 そう言うとフレデリカは、走ってシンに追いついていった。

 

 

 

 ―――こうしてサンマグノリア共和国は、国家としての体裁を僅かばかり保ちながら、ギアーデ連邦の救援に救われたのだった。

 




久しぶりですが、息抜きに。
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