86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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35話 希望

「おかえりなさぁーい!!」

 

 陽気な男の声と共に、紙吹雪が玄関に舞う。

 現在シン達、ノルトリヒト戦隊は休息の為、連邦まで帰還しているのだ。

 それを祝うべく、エルンストとテレザは玄関に勢揃いした七名に向け、満面の笑みを浮かべる。

 

「いやあ、嬉しいねえ。連邦に来て二回目の生誕祭。今度こそ、君達にプレゼントを渡せるよ」

 

 全員は苦笑して、各々返事を返す。

 ただいま、と。

 帰る家を持たなかった彼らが、初めてその言葉を口に出す。

 それから、遅れてやってきたリアに向けてエルンストは声を掛けた。

 

「アリシア君、怪我の具合はどうだい。もうすぐ原隊に復帰出来そうとは聞いているけど」

 

 リアは煩わしそうに右腕の松葉杖を突き、かつんと音を立てる。

 

「一応、運動に支障がない位には。もう一生スカートは履けないかもだけど」

 

「そうは言うが、私が何度勧めてもリアは履いたことないくせに」

 

 そこでカイエが進み出て、エルンストから二人分のプレゼントも受け取る。

 それから振り返り、じとっとリアを見返す。

 

「それと、嘘は駄目だぞ。軍医からまだ暫くは運動を控えるように言われただろう」

 

「はいはい」

 

 リアがぶーぶーと文句を垂れ、そこにエルンストが手紙の束を差し出す。

 

「はい。あとはこれは君のファンの人達からだね」

 

「……何それ」

 

 リアは嫌そうな顔を浮かべるが、カイエがさっと受け取り、ほうほうと面白そうに差出人を眺める。

 

「あれ、そっか。前線には情報が行ってないんだね。ほら、アリシア君が前にテレビ番組で歌った事があっただろう。それが今、結構有名になっていてね」

 

「え……っ」

 

「ほら!私の言った通りだったろう」

 

 カイエがドヤ顔で、誇らしげに薄い胸を張る。

 そういえばそんなこともあった、とリアは額を抑えて呻いた。

 

 何時の事だったかテレビの取材で、カメラの前で歌った事があった。

 公園で口ずさんでいると、声を掛けられたのだ。

 確か、歌が上手い素人さん発見みたいな番組だったか。

 カイエに無理やり説得されての事だったが、あの時は軽い気持ちだったのだ。

 

「どうしよ……。ジャガーノートで突撃すれば元データ返してもらえるかな」

 

「リア、落ち着け。もう手遅れというやつだ」

 

 半ば真剣な顔で呟くリアの背中をカイエは押す。

 首を捻りながら抵抗を続けるリアを部屋の中に押し込んで行った。

 

「さあ、何はともあれ君達の帰還をお祝いしよう!」

 

 こうして久しぶりに穏やかな休暇を迎えたのであった。

 

 

 

 朝、軽やかな足取りで雪が降り積もる街並みを一人の少女が走っている。

 肩まで伸びた艷やかな黒髪を軽く後ろで括り、白い息を吐く。

 途中、左脚の調子を確かめる様に軽く飛び跳ね、よし、と小さく頷いた。

 

 医者からの許可が出たリアは運動を開始し、元の体力に徐々に戻しているのだ。

 最初はカイエも様子を見る為に、運動に付き合っていたのだが、体力お化けにはついて行けないという事で今では不定期だ。

 

 本当はすぐに部隊に戻りたかった。

 あの共和国では未だ戦闘は継続していたし、何よりリアは行かなければならなかったのだ。

 

 ―――会いに行かなければならない人がいたのだ。

 

 それでも負傷のせいで医務室に拘束され、その想いは叶わなかった。

 それに仲間からその体では行っても、何の役にも立てないと説得されたからでもある。

 きちんと怪我を癒し、部隊編成を整えてからだと。

 

 一気にラストスパートを掛け、家まで辿り着く。

 息を整えていると、玄関前の花壇で球根を植えているカイエがこちらに気付き、手を振ってくる。

 

 でも……。

 ただ、待つだけの生活もようやくこれで終わりだ。

 

 

 

 その日の夜。

 エルンストからシン達に部隊編成の通達が知らされた。

 

「独立機動部隊……?」

 

 エルンストからエイティシックスのみで構成される部隊編成を提案される。

 

「それって要するに今まで通り、レギオンをぶっ潰せって事だろう」

 

 ライデンの雑な言い方に、エルンストは首肯する。

 

「そう。前線で戦いたいという君達の希望に沿った、あくまでも僕個人の提案だ。問題は、直属の上官となる客員士官についてなんだけど……」

 

 全員でセオが持つタブレットに顔を覗かせる。

 

「まあ……別に」

 

「いんじゃない」

 

「そうね」

 

「ああ」

 

 リアの背中にカイエが飛び乗り、肩越しにタブレットを見る。

 

「うむ」

 

「……う~ん」

 

 苦虫を嚙み潰した様な曖昧な返事をリアはして、最後にシンが残った。

 シンの表情に全員が注視していた所、エルンストが言葉を続ける。

 

「それと、その客員士官の補佐として一名の副官が選出されているんだ。あとは部隊員全員の情報が載ってると思うんだけど」

 

 セオがタブレットの情ページを捲る。

 すると夜黒種と青玉種の混血だろうか、黒髪と透き通った青い瞳をした青年がひどく淀んだ表情で写真に写っている。

 

 奇妙な事は一つだけ。

 その少年は有色種でありながら、共和国正規軍人の少佐階級の軍服を着ていた。

 

「……っ」 

 

 リアが小さく息を吞み、その動きがカイエにも伝わった。

 シン以外の他の全員は知らない顔と名前に、小首を傾げるのみだ。

 

「それで、これはあくまで提案なんだけど。まずは部隊の顔合わせという事で、共和国にこちらの部隊員を数名送ろう、という話が上がっているんだ」

 

 セオが次に捲った情報には全部隊の情報が記されている。

 とはいっても未だにその数は少ない。

 載っている情報も家名がなかったりであったり、ただのパーソナルネームであったり……。

 

「あ……」

 

 ただそこに見知った者の名を見つけ、誰ともなく声が漏れた。

 

「勿論、君達が望まないならこの話はなかった事にするけれど……」

 

 そしてエルンストが反応を伺いながら、言葉を濁した。

 

「行く」

 

 間髪入れず言葉を返したのはリアだ。

 どこか戦場に赴くかのように決意を固めた表情でだ。

 

「やはり……先ほどの少年がリアが探してた人物なのか」 

 

 カイエが手を伸ばし、再び副官の情報を表示させた。

 

「えぇ!?この人がリアが探していた幼馴染……、生きてたの!?」

 

 クレナがセオからタブレットを引っ手繰る勢いで、顔を寄せる。

 

「ついでに言うと、二年前に俺達を送り出したハンドラーの一人だ」

 

「へぇ。こいつがあのハンドラーの亡霊かよ」

 

 シンの捕捉にライデンが興味深そうに笑った。

 それにセオが顔を上げて、ああと声を上げる。

 

「そっか。シンとリアが最後に会ったっていう共和国軍人の事?」

 

「わらわもその時に会っておるぞ!」

 

 フレデリカが立ち上がると、リアに向けしたり顔で隠しきれない笑みを浮かべる。

 

「そうか。そうじゃろうて。行かねばならんじゃろうて。何せそなた、生き別れておった幼馴染に向けて、88ミリ砲を発射しおったのじゃからな。一体どんな顔をして、くしし。ぎゃああああっ!」

 

「フ・レ・デ・リ・カー!」

 

 リアに襟首を掴みあげられたフレデリカが鶏を絞めたような声を上げる。

 悲鳴を上げるフレデリカに向けて、エルンストが真顔で忠告をした。

 

「こら、フレデリカ。あの件は公式には誤射となっているんだ。口を滑らせないようにね」

 

「わ、わかっておるわ!」

 

 エルンストに諭され、フレデリカはリアに吊るされたまま大人しくなる。

 それからエルンストは次に残る6人に顔を向けた。

 

「それで、他に希望する人はいないかい?」

 

「じゃあ、私も」

 

 そこでアンジュが小さく手を上げた。

 

「アンジュも行くの?」

 

 クレナが戸惑う様に声を上げ、瞳を揺らした。

 

「うん。……待ってるって言ったけど、いつまで待っても彼、追い付いてこないから。ね」

 

 小さく笑みを浮かべてアンジュが口を零す。

 それにクレナが顔を伏せ、小さく肩を暫し震わせ、それから決意の表情を浮かべた。 

 

「あたしも!あの時、……レッカを置いてきちゃったから。きっと怒ってるだろうけど、会いに行かなくちゃいけないから!」

 

 クレナはそのまま不安そうにシンの方に視線を向けた。

 

「いいよね、シン……?」

 

「ああ」

 

 シンのそっけない首肯にクレナはうん、と大きく頷く。

 

「じゃあ、この三名で決定かな。まだ時間はあるから希望はいつもで受け付けるよ。あ、でも。わかってはいると思うけど客員士官を迎え入れなきゃいけないから、全員は駄目だからね」

 

 エルンストが満足そうに頷き、話は終わった。

 そしてセオがタブレットを置き、頭の後ろに手をやる。

 

「あ~あ、残留組は野郎ばっかりかー」

 

「セオ、その話は聞き捨てならんぞ。私もいるのだからな」 

 

 カイエが眉を潜めながら、セオを上から覗き込む。

 

「あ、そうだった。ごめん、なんかカイエってあんまり女子っぽい感じしないからさあ」

 

「ほう、それは初耳だな。そうか、そうか。セオはそんな事を考えていたのか」

 

 カイエはぽんぽんと、セオの腕に手を置く。

 

「え、あれ。痛い、いたた!ちょっと、カイエさん!?」

 

 頭の後ろに組んだ腕が痛む事にセオは気付き、慌てて振りほどこうとするが、痛みは増すばかり。

 それを全員で笑っていると、フレデリカがリアの抗議の声を上げた。

 

「アリシア!いつまでわらわを吊るしておくつもりじゃ!」

 

「あ、ごめん。忘れてた」

 

 リアがすとんと、フレデリカを離すと、フレデリカは振り回されて乱れた髪を押さえて直し始める。

 

「リア、私がいないからといって、暴走しては駄目だからな。あと、絶対に拳銃には触れない事」

 

「わ、わかってるわよ」

 

 椅子に撃沈しているセオを放り出し、カイエはリアの傍に寄った。

 思い返せば二人が離れ離れになる事は、ほとんどなかったはずだ。

 その事に一抹の不安をリアは感じるも、それ以上に行かなければならない想いが勝っていた。

 

「あの女にはよろしく伝えといて……あの手紙読んでなかったら殴っちゃうかもしれないけど」

 

「あはは、伝えておく」

 

 カイエは笑い、それから表情を緩めた。

 

「それと、良かったな、リア」

 

「……うん」

 

 珍しく大人しく返事を返すリアをカイエは暫し見つめる。 

 

 この二年。

 自分自身を消し去ろうと追い立てるかのような戦生活を続けていた親友をカイエは想う。

 結局、自分ではリアの支えとなってあげる事は結局出来なかったのだ。

 共にいる事は出来ても、救いとなってあげる事は出来なかった。

 

 だから。

 あの生き別れた幼馴染との再会を、心からカイエは望むのだ。

 いつか彼女が心から安心して、それこそ涙でも零し、自分を赦して上げられる日が来る事を切に願って。

 

「アリシア……じゃが」

 

 フレデリカが少し恨めがましい表情を浮かべながら、リアに声を掛ける。

 見下ろすフレデリカの紅い双眸が微かに揺らめいている。

 

「あの者。早く行ってやらねば危ういかもしれぬぞ」

 

 その瞳の奥は仄暗く淀んでいた。

 

 

 

 サンマグノリア共和国を一人の少女が歩いている。

 崩壊した首都の街並みを雪が降り積もる中、レーナは足取り重く進む。

 

 レギオンの支配域から首都を取り戻し、初めて足を踏み入れたレーナはその惨状に言葉を失う。

 だが。

 それでも、生き残ったのだ。

 

 東になんとか逃げ延びていた共和国民は、ギアーデ連邦の救援軍に救われた。

 そして防衛部隊でなく、なんとかシェルターに逃げ延びていた多くの市民、それに86区の人々も。

 何より囚人として捕らわれていた有色種の大勢の人々は救われたのだ。

 凡そ5万人という、当初予想されていた数字を大きく上回る形でだ。

 

 それでも―――多くの犠牲を払いながら。

 呼び掛けに応じてくれた86区の方々、それに銃を取り立ち上がった数少ないながら賛同してくれた共和国の方々達。

 それに……。

 

『神聖サンマグノリア共和国より、お知らせです。レギオンの支配は終焉を迎えました』

 

 レーナの思考をノイズが掛かった放送音声が打ち切った。

 広場に半ば無許可で設置されたスピーカーから白系種の人々にのみ呼びかける放送が毎日の様に流れているのだ。

 

『我ら神聖サンマグノリア共和国は、ギアーデ連邦なるレギオンを作り出した帝国の血を引く国家の救援を受ける旧サンマグノリア共和国とは違い、我ら自身の力のみで敵を迎撃いたしました』

 

 レーナの顔が歪む。

 毎度毎度この放送は、聞いたことのない国家の名を語り、全くの嘘偽りを垂れ流すのだ。

 

 正体はわかっている。

 東に逃げ延びたレーナ達とは違う集団。

 西に逃げ延びた共和国の人々が主張する新たな新生政権だ。

 

 今現在、共和国は東西に分断されている。

 東側は連邦の救援を受けながら、自ら銃を持ち、戦闘訓練を受け、共和国の力になろうとする白系種の人々が大勢いるなか、西側は違うのだ。

 彼らは救援物資だけを受け取っておきながら、勝手に置いて行くのだから拾っただけだと嘘を吐き、未だエイティシックスを自分達の物だと、戦力として使おうと主張するのだ。

  

 ―――あまりに愚劣すぎる。

 

 何が彼らをこうも分けたのだろうか。

 一度でも自ら戦おうと選択した者達との違いなのだろうか。

 そして、それを焚きつけたのは彼だ。

 彼の行動が全てを変えていったのだろう。

 

『いずれ神聖サンマグノリア共和国が誇る自律無人戦闘機械がエイティシックスの愚鈍な力がなくとも共和国全域を取り戻すでしょう』

 

 その正体はヨナと、彼に賛同した人たちが作り上げた自動操縦システムだ。

 自律とは程遠い代物であるはずのものだ。

 それも、共和国内のインフラが壊滅した今となっては、レギオンの支配域ではハリボテにしかならないはずなのに。

 それを分からないはずがないのだ。

 だからこそ、未だ86区の人々にまだあんな仕打ちをさせようとしているのがその証拠だ。

 

『残念ながら先の戦闘で自律無人戦闘機械の設計に携わり、共和国を救った英雄リードルフ・シュタット大佐は殉職されました。彼の献身と共和国の散っていった白系種の人々に哀悼の誠を捧げます』

 

 その言葉にレーナは足を止めた。

 

『神聖サンマグノリア共和国万歳!五色旗に栄光あれ!』

 

 




またまた主人公が死んでおられるぞ!
評価ありがとうございます。
もう少しお付き合い下さい。
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