86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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ちょっと変えました。


36話 罪悪感

 そこは暗く閉ざされている。

 光の当たらない一室の壁に、人工の照明に照らされた人影が写る。

 その人物は血の混じった唾液を垂らし項垂れるも、倒れ込む事は出来ない。

 ただ、その暗闇を切り取った様な瞳で、虚空を見つめている。

 

「そろそろ吐く気になったか?―――エイティシックス」

 

 部屋に据え付けられた机の反対側。

 椅子にどっかりと座り、爪を鑢でいじっていた男が声を掛けてきた。

 相手は両腕を上げる形で、捕らわれている虜囚に向けてだ。

 

「何とか言え、この劣等種!」

 

 両脇に立つ男の一人から、背中に棍棒が振るわれる。

 先程から死人の様に身動ぎ一つ取らなかった虜囚が、久方ぶりに自ら顔を上げた。

 

「…………」

 

 虜囚の肩を大きく動かす動作は、言葉を吐くためかと思われる呼吸の動作。

 しかし、男が期待した言葉は一向に出てこない。

 ただ、ヨナは大きな溜息を、長々と吐き捨てた。

 

 ―――なぜ、こんな所にいるのだったか。

 

 

 思い出すのは2日と13時間前。

 ギアーデ連邦の援軍で共和国の首都を取り戻し、避難民が仮設のプレハブで少しは落ち着きを取り戻し始めていた頃。

 ヨナはシュタット家の者と共に、怪我人の救護をしていたのだ。

 そこを、数人の武装した集団に取り囲まれた。

 

 それも連邦の目が届かない時間帯、さらに集団は正体を隠す為に避難民の格好に紛れた者達だった。

 疲れ果てた悲壮感漂う様相は本物、にこやかな表情は演技。

 そして気迫だけは狂気を逸していた。

 

 周囲の安全を優先したヨナは、大人しく連れ去られる他なかった。

 身包みを剥がされ、目隠しと猿轡をされた後、あちこち連れ回された挙げ句、現在の一室に連れ込まれたのだ。

 

 恐らく首都の政府銀行の跡地だろう。

 堅牢な地下が幸いして、倒壊した地上部ともかく未だ人が踏み入れられる場所を有しているらしい。

 

 難なく足取りだけで居場所を把握したヨナだったが、特に出来る事もなく椅子に乱暴に座らさせれる。

 後ろ手に手錠をされ、身動きを取れない様に両肩を押さえ付けられた。

 

「さて……」

 

 言葉を掛けられる。

 目の前でにこやかに手を組んでいるのは、共和国の軍服を着た中佐階級の若い男だ。

 それから、いきなりの鉄拳制裁。

 

「尋問といこうか」

 

 顎を砕かんばかりに拳を振るうのは、立場を分からせる為。

 人と家畜を区別せんとばかり振るわれる暴力の嵐だ。

 

 まさか、紅茶でもご馳走してくれるとは思ってはいなかったが、少々不愉快ではある。

 難なく能力を使用し、額で相手の拳を砕く。

 

 それを二度程繰り返しただろうか、流石にこいつらも馬鹿ではないようだった。

 あっという間に、素手から棍棒にと装備を変えてしまった。

 

「貴様の様な豚が、何故栄えある共和国軍人の服を着ている? 何故リードルフ・シュタットの名を語り、首都でこそこそと鼠の様に動き回っている?」

 

 尋問は軽い質問からだった。

 名前を聞かれ、生まれ育った場所、収容所の場所。

 

 ―――そしてリードルフ・シュタットについて。

  

 答えられる質問には答えてやる。

 どうせこいつが聞きたい事はわかっている。

 何せ、俺の事を知らない筈がないのだから。

 

 既に思い出していた。

 いつだったか白系種の優劣性を問う討論会で、やけに白熱した理論を繰り広げていた奴だ。

 その後も何度か、舞踏会や賭場で言葉を交わした事がある。

 

 だから、例え髪と目の色が変わっていても、俺のこの顔を忘れる筈がないだろう。

 たが、こいつは決して、それを認めようとせず核心に迫ってきた。

 

「あの自立無人戦闘機のシステムについて教えろ!」

 

 やはりそういう事か。

 レギオンを撃退するに至らずも、今となっては共和国が唯一保有すると思われている戦力。

 あのハリボテを、有難くもこの集団は血走った目で欲していたのだ。

 

 だから、

 

「優越種様より劣った卑しいエイティシックスなどが、そんな事を知る筈がないでしょう」

 

 と笑ってやった。

 

 ―――意識が飛んだ。

 

 どうやら頭を後ろから、思いっきり棍棒で殴られたらしい。

 目覚めると腕に点滴をされ、薬物を投与されていた。

 浴びせられた水を滴り落としながら、ヨナは至って普通に頭を振るう。

 

 男達の立ち位置は変わらず。

 袖元から覗く時計を見るも、殆ど時間は経っていない。

  

 期待の眼差しを向けられる所悪いが、笑うしかない。

 溢れた笑いを聞き、男共は相好を崩す。

 どうやら薬物が効いたと思った様だ。

 

 残念。

 生憎無駄に働くこの脳味噌は、この程度の薬では平生と変わらない。

 ペンローズ大尉の人体実験、もとい検診の方がよっぽど堪えたぐらいだ。

 

「あの……、あれ何です?」

 

 そこでヨナが口を開いた。

 まさか尋問を開始する前に、平然と出た質問に男達は目を丸くする。

 

 もう少し時間稼ぎをしても良かったのだが、つい魔が差した。

 ヨナの目線の先にはなんてことはない、ただ部屋の隅に掲げられた旗。

 どうしても気になってしまったのだ。

 

 ―――薄暗い部屋で見るには、唯の白い旗。

 

 まあ、こっから先の言葉がいけなかった。

 あの旗に何の意味が、レギオンに降伏の意味など通じませんよ。

 と、皮肉ったのが殊更悪かったのだろう。

 

「これは白ではない!純銀だ!我らが神聖サンマグノリア共和国の新たな国旗なのだッ!」

 

 顔を真っ赤にして怒られてしまった。 

 

「他の色などもう必要ないと判断したのだッ!!」

 

 なんだ、そのパチモン国家はなどと、笑っていられたのは数瞬。

 直ぐ様こうして吊るし上げられ、今のおもてなしを受ける有様となってしまった。

 そして、そこからは現在に繋がる激しい折檻の始まりだ。

 

「ああ、そういえばシュタット家の者にも話を聞く必要がありそうだなあ。何せこんな溝鼠と行動を共にしていたのだから」

 

「…………」

 

 ルイーゼ達は何をしているだろうか。

 上手く連邦が保護してくれていればいいのだが。

 きっと彼女にはまた心配を掛けてしまっているだろうな。

 だが、……他の人達はどうだろうか。

 

 救護所で向けられた視線を思い出す。

 恐怖と嫌悪が混じった顔。

 自身を色付きだと認識し、見てくる瞳。

 この国で久方ぶりに味わう見えない境界線。

 

「答えろッ!!」 

 

 再び振るわれる暴力に、ヨナは何も抵抗しない。

 停滞した時間、ゆっくりと体に染みわたる暴力を感じ取りながら、ただ耐える。

 

 ―――何を彼らに応えられるといのだろうか。

 

 彼らが望む自立無人戦闘機は、この防衛線だからこそなり得たものなのだ。

 共和国が崩壊した今となっては、量産もシステムの再構築も不可能だ。

 当然、それを言ったところで、彼らは信じないだろう。

 

 嘘を言いこの部屋から連れ出させ、逃げ出すという事も考えた。

 幾通りもの脱出方法を捻りだす時間はあった。

 だが……あっただけで、結局行動には移さなかった。

 

 ―――ただ、疲れた。

 

 抵抗する気力も起きず、ただ項垂れる。 

 こいつらから逃げ出して、その先は……。

 何が残っているというのだろうか。

  

 ―――死ぬ損なってしまったこの身に。

 

 流石に二日も過ぎると、男達も対応を変え始めた。

 薬が効かないとなれば、拷問に移行するには当然の流れだ。

 殺されるまではいかないだろうが、爪を剝がされるだけでは済まないだろう。

 

 指を斬り落とされれば、目を潰されれば、流石に後悔をするだろうか。

 見っとも無く悲鳴を上げて、泣き叫び許しを請うだろうか。 

 

 だが、そうはならなかった。

 部屋の外で断続的な破壊音。

 それから扉が開け放たれ、部屋の中に明かりが差し込まれる。

 

 かつかつと、響く軍靴の音がその明かりの中から現れた。

 光に慣れない瞳がようやく焦点を結ぶ。

 

 

 ―――ヴラディレーナ・ミリーゼがそこにいた。

 

「貴様ら、旧共和国の裏切者が何の用だ!ここは我ら純血純白憂国派が統括する場所だ!」

 

「純潔……?いえ。あなた方こそ、何をしてるのですか」

 

 レーナは中佐の激昂にも眉一つ動かさず、冷たい視線を向ける。

 それからよく通る声で告げた。

 

「レギオンの侵攻が再び始まりました」

 

「なっ!?」

 

 純血純白憂国派の連中はレーナの報告に腰を上げて、驚愕する。

 

「劣勢によりギアーデ連邦は共和国での戦線から後退。現在、共和国の全市民の避難命令が発令されました」

 

 彼らの表情に浮かぶのは恐怖。

 頼るものなどない。

 いくら自分達は隔絶された種などと宣おうと、絶対なる脅威の前には無意味だ。

 だから、彼らは視線を向けてしまった。

 今迄自分達がいたぶっていた相手に縋るように。

 

「……などというとんでもない誤報が流れていたので、その訂正にきました」

 

 レーナがそこで澄ました表情で告げる。

 

「どうやら地下に閉じこもっていた貴方がたには情報が伝わっていなかったようですから」

 

「は……?」

 

 中佐たちその場で腰を落とし、間抜けな顔を披露する。

 それから表情をすぐに変えた。

 だが、怒声を上げようと口を開く前に、部屋に笑い声が響いた。

 

 ヨナが心底可笑しそうに、乾いた声を漏らす。

 しかし、体を痛めたらしく口から掠れたうめき声が出た。

 

 レーナが初めて大きく表情を動かし、唇を噛み締める。

 すぐさま、後ろから連邦の軍人と士官が数名、ヨナの傍に駆け寄ってきた。

 鎖から開放され、手当を受ける。

 

「それで、この非常時に何をしているのですか」

 

「っ、そこの犯罪人を尋問していたのだ。このエイティシックスは事もあろうに、共和国の軍人であると偽り、我らの国家を脅かしたのだ!」

 

 中佐の言葉に、再びレーナの表情が凍る。

 

「何か勘違いされているようですが、彼はエイティシックスなどと呼ばれる筋合いはない!」

 

「何を……!」

 

 レーナが机の上に、大きな音を立て書類の山を叩きつける。

 

「彼の名はヨナイス・ラングレイ。彼はれっきとしたギアーデ連邦に市民権を持つ人間です」

 

 中佐は書類に手を出そうと、わなわなと震えている。

 

「貴方がたは救援に来てくれた連邦の市民を捉え、あまつさえ罪に着せようとしている。それは例え、どんな国家であろうと許される事ではありません」

 

「調子に乗るなよ、少佐風情が!」

 

「生憎軍服の支給が間に合いませんでしたが、先日付けで大佐に昇進いたしました」

 

 レーナは手でどうぞ、と指し示す。

 

「気になられるのでしたら、その書類ともども確認を。中佐殿」

 

 中佐はそれでもレーナに歯向かおうとしている様だった。

 戦力も立場の優位性もすでに失われているというのに。

 何が彼らを支えているのか、是非ともご教授願いたいところではあったが。

 

「……立てますか?」

 

 レーナは中佐の相手をする事を辞め、ヨナの前にしゃがみこんだ。

 

「ええ、なんとか」

 

 連邦の軍人に両脇を支えられながら、怪我の様子を見る。

 打撲はひどいが、死に直結するものではない。

 

「あと少しで人として矜持を失う所でした」

 

「……どうして抵抗されなかったのですが」

 

 ヨナの冗談を無視し、レーナは視線を落とす。

 責めているような言葉に、ヨナは気まずそうに沈黙を続ける他なかった。

 

「どこに連れて行く気だ!答えてもらうぞ。貴様は知っていた筈だ!!」

 

 部屋から出ようとすると中佐がなおも食い掛ってきた。

 

「知らない筈がない!そいつは……リードルフ・シュタット……その名を」

 

「彼は殉職しました」

 

 レーナは振り返って中佐の言葉を遮った。

 

「英雄に祭り上げた貴方がたが知らない筈がないでしょう?」

 

 中佐の顔が歪み、部屋の扉は再び閉ざされた。

 こうしてヨナは救い出された。

 

 

 

 どうやらヨナが助かったのは、ヴァンデュラム社の皆とルイーゼ達が行動してくれたからだったようだ。

 レーナにすぐに連絡を入れてくれたのだ。

 彼が連れ去られてしまったと。

 

 それから途中までレイドデバイスの反応を追いかけ、そこからはペンローズ大尉の力でまだ残っていた監視カメラの映像から怪しい箇所をピックアップ。

 行動パターンからようやく犯人達を突き止め事に数十時間。

 ようやく辿りついたそうだ。

 

 ヨナは今度は自分が患者として救護所に帰ってきた。

 

「俺の市民権の証明書類なんてよく用意出来ましたね」

 

 治療を受けながら、レーナに目を向ける。

 レーナはそこで指を困ったように軽く組み合わせ、薄く笑みを浮かべた。

 

「残念ですが書類は偽造なんです。ギアーデ連邦は戦火のいざこざで大多数の記録を紛失してしまっている様でして」

 

「では、なかなかいう様になりましたね、ミリーゼ少佐」

 

 互いにくすりと笑った所で、ヨナは訂正をした。

 

「すみません、今は大佐でしたね。昇進おめでとうございます」

 

「いえ、こんなのは唯の戦時特例で、それより少佐が……」

 

 レーナはそこで言葉を止めた。

 

「どうしました?」

 

「いえ、その。これから貴方をどうお呼びすればいいのか……」

 

「ああ……」

 

 そこで慌ただしい足音と共に、だれかが飛びついてきた。

 怪我を労る様な優しい抱擁だ。

 

「リード!あんたはまた心配させて……!良かった」

 

「ルイーゼ……」

 

 懐かしい呼び掛けだ。

 幼い頃は迷惑ばかり掛けて彼女に、弟の様に怒られていたものだ。

 

「心配かけて、ごめん」

 

 ルイーゼの背中を軽く叩き、ようやく抱擁から解放される。

 

「それとルイーゼ。……彼はもう死んだんだ。その名を呼び掛ける相手はもうどこにも存在しない」

 

「そう……でしたね」

 

 悲し気に眉を下げる彼女の後ろから、ようやく他の人々が追い付いてきた。

 シュタット家の者と、それからヴァンデュラム社の人達。

 彼らの表情は、一様にヨナを気遣う想いで一杯だった。

 

「皆もありがとう」

 

 彼らが有難くも、重かった。

 未だ自分を想ってくれる人がいる事実に。

 だからこそ、罪悪感を感じずにはいられないのだろう。

 

「そういえば、名乗ってなかったかな。俺の名前」

 

 一度全員の顔を見渡す。 

 それからレーナにも、感謝を伝えるべく軽く頭を下げる。

 

「ヨナイス・ラングレイと言います。初めまして」

 

 名乗ろうと開けた口は覚悟していた程、重く感じなかった。

 あれほど自身を裏切り者だと自覚し、本当の名前を名乗る事を恐れていたというのに。

 

「多分、親しい人はヨナって呼んでいたと思う」

 

 ああ、そうか。

 きっと俺はもう救われているのだろう。

 

 あの時、初めて名乗る事が出来た相手によって。

 名も知らぬ誰かに、もう断罪されていたのだ。

 砲撃音と共に。

 

 ―――お前は死ぬべきだと。

 

 

 




最後の最後まで、面倒くさい主人公です。
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