86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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37話 絶望

 

 数日後。

 レーナとヨナは連れ立って、共和国軍司令部に呼び出されていた。

 足元にはちょろちょろと動く足先が白い黒猫。

 道中、レーナが飼っていた黒猫と再会出来たのだ。 

 

「こほん。そこで、連邦軍は我々に将校を派遣する事を求められている」

 

 見知った上官の将校が咳払いで、注意を話に戻した。

 

「君達は共和国北域の奪還部隊に志願したとの事だが、間違いないかね」

 

「はい。間違いありません」

 

 レーナの返答に将校は相好を崩す。

 諸手を挙げての喝采だ。

 

 同席している連邦軍の士官達の視線は冷たい。

 清々しいと言っていいほど様変わりした部屋の様相とその態度には、ある種感動さえ覚える。

 

「いやあ、君ならそうすると上官の私にはわかっていたよ!ヴラディレーナ・ミリーゼ大佐。では、ヨナイス・ラングレイ名誉共和国軍少佐も納得済みという事かね」

 

「……ええ」

  

 投げ遣りなヨナの返答だ。

 それに引き攣った笑みを上官は浮かべる。

 

「せ、先日は少々、情報の行き違いでちょっとした諍いがあったようだが」

 

 視線を泳がせながら言葉を濁らせる。

 

「大事はないようで安心したとも。シュ……あ、いやラングレイ名誉少佐」

 

「どーも」

 

 笑みを一つも零さないヨナに、嘗ての共和国の貴族として振る舞っていた所作は何一つとして見られない。

 その名と共に総てを捨て去った様に。

 

「暫定政権の中でも一部の急進派が起こしたものであって、決して我々総意ではない。分かってくれるかね」

 

 言い訳がましい弁明はヨナにというより、同席している連邦軍の人達に向けてだ。

 それを証するかの様に、直ぐ様ヨナから逃げる様に視線を逸らした。

  

 レーナは隣に立つ戦友の姿を見遣る。

 どこに行っても腫物扱いである彼を。

 

 ―――共和国の正式な軍服を着た有色種。

 

 目を疑うような光景がそこある。

 とはいえ上着は、ぞんざいに右肩に掛けている。

 それも薄汚れた、埃まみれの古びた軍服だ。

 司令部の入口で案内の兵士に投げ遣られたもの。

 

 更に異質を際立たせているのは、その様相だ。

 先日負った傷が癒える訳もなく、赤黒く腫れた頬を晒し、包帯を巻いた左腕を吊っている。

 決して大事がないとは言えない大怪我だ。

 よくも言えたものだ。

 何よりその姿に対して、誰も気遣う素振りすらも見せない。

 

 極めつけには、名誉共和国人という蔑称。 

 名目はレギオンの大攻勢に際し、類稀な戦績を見せた有色種に送られる称号。

 

 ―――この局面に至ってなお、神聖共和国とやらは兎も角、レーナが属する共和国もエイティシックに対する扱いは何も変わっていない。

 

「……っ」

 

 レーナは拳を固く握る。

 

 だが、これが……。

 この国を救った英雄に対する仕打ちか。

 彼の行いでどれだけの命が救われたか。

 それを共和国は認めない。

 

 まさかエイティシックスに、間抜けにも共和国の中枢に入り込まれ、自分達がその彼に率いられて戦ったなどと認められようはずがない。

 

 そして、すでに彼は英雄に祭り上げられた。

 聖女マグノリアと同じく、共和国に名と威光を示すだけの過去の偉人と成り果てた。

 共和国の英雄リードルフ・シュタットと、ヨナイス・ラングレイは別人である。

 そう、決定付けられてしまった。

 

 だが、いざという時の為、死なれては困るし生きていても厄介な存在だ。

 だから、保険として首輪を付けておこう。

 そんな浅はかな考えが、先程の蔑称を生んだのだ。

 

 こんな筈ではなかった。

 他でもないレーナ自身がヨナに呼び掛けたのだ。

 再び共に戦って欲しい、と。

 

 それでも、レーナの抵抗など虚しく今の有様だ。

 合わせる顔がないと思いつつ、ヨナを見る。

 だが、彼は表面上は何も変わらなかった。

 

 威嚇の声を上げるテルモピュライを撫で、穏やかな笑みすらも浮かべている。

 その手の中で、自分の飼い猫は嬉しそうに甘え始めた。

 

「せいぜい頑張ってくれたまえ」

 

 そして、最後に有り難くも激励の言葉が送られた。

 

 

 

 

 

 一室にて、連邦と共和国の将校が向き合っている。

 後日、レーナ達は正式な通達と共に、連邦の将校と顔合わせとなっていた。

 

「こ、これは……」

 

 言葉を失っているレーナの隣で、ヨナは正面で柔和な笑みを浮かべている男を見た。

 鋭い鎌を連想させる様な男だ。

 腰の剣は飾りではないと身のこなしから察せられた。

 

「すまない。まだ諸々計画中でね」

 

「しかし……」

 

 ヨナの視界にも黒塗りされた名簿が見えた。

 レーナの動揺もさもありなんだろうが、ヨナはその真意を測りかねいていた。

 するとヴィレム准将が器用にもレーナに弁明しながら、ヨナに一瞬だけ視線を飛ばす。

 口元には軽い笑み。

 

「そういう……」

 

 ヨナは喉元で呟き、軽く頷いた。

 ……連邦にも面白い人物がいるものだ。

 書類に気を取られていたレーナは気が付かない。

 

「それと報告にあった急進派の動向だが、今の所監視の目を付けてはいる」

 

 ヨナを誘拐した一団の件だ。

 共和国を現在管轄しているのは連邦軍だ。

 そのお膝元でテロでも起こされたらたまったものではない。

 

「同時に彼に関わりのある人物の保護も完了した。望むのならば連邦への帰化も認められるだろう」

 

「ありがとうございます」

 

 ヨナが頭を下げ、感謝を述べた。

 何も首輪は名目的なものだけで有るはずがない。

 人質というのは最も、相手を縛る方法だ。

 

 だから、ヨナはヴァンデュラム社やシュタット家の人々を含め、関わりの深い人物の保護を連邦に依頼していたのだ。

 

 だが、いつもでも連邦も共和国に留まり続ける訳ではないだろう。

 その前に彼らを説得するという頭の痛い仕事が残っている。

 

 ヴィレム准将が口を開いた。

 

「さて、感謝ついでといっては何だが、一つ質問に答えて貰っていいだろうか。ラングレイ少佐」

 

「ええ、何でしょうか」

 

 ヴィレムはヨナの姿を一瞥する。

 

「何故、貴君は未だ共和国の軍人であり続ける。その理由は如何に」

 

「それは……」

 

 口を開くも言葉は続かなかった。

 答えが直ぐに出てこない。

 まるで真意を口に出すのを無意識に拒絶している様に。

 

 まさか、着慣れているからなどと答えようものなら失笑ものだろう。

 

「―――贖罪ではあるまいな」

 

 レーナが腰を浮かし掛けた。

 彼女も知らぬヨナの心の内。

 そこに彼は踏み込んだのだ。

 

「現在、凡そ五万人の迫害されていた同胞が連邦に保護されている」

 

「そんなに……!」

 

 レーナの驚愕とは反対に、ヨナは膝の上の拳を握り締めた。

 正確とは言えないまでものの、大体の人数を把握していたヨナにはその数は多いとは言えない。

 言えようはずがない。

 

「リードルフ・シュタット大佐、彼の秘密裏の行いが大勢の命を救った。これは紛れもない事実だ」

 

 ヴィレムは淡々と告げる。

 

「確かにその行いにより、裏では失われた命もあるだろう。だが、数で見るならばその天秤は容易くも傾く」

 

「それは……」

 

 レーナは言葉を挟んだ。

 ヨナの行動の真意を知るレーナには分かってしまう。

 例えどれだけ天秤が傾こうとも、その事で取り零した命に彼は苛まれるのだろう。

 

「そう言えば、例の監獄にも先日調査の手がようやく入ったのだよ」

 

 監獄とはエイティシックスの大多数を収容した施設の事だ。

 

「さぞや凄惨な光景が広がっているかと、数多の地獄を見てきた調査官らも覚悟を決めたらしい」

 

 ヴィレムはそこで一転して、笑みを浮かべた。

 

「所がだ。いざ、処刑室に入るもそこには大量の備蓄があるだけだった」

 

 結局、時間を稼ぎに稼ぎ完成させなかった場所だ。

 

「その時の彼らの顔を、報告書からは窺えないのが残念でならない。是非現場に同席したかったものだ」

 

 孤を描いている笑みを見て、レーナとヨナは視線を交わす。

 趣味が悪いという、目の前の人物の印象は両者で一致した。

 

「何故、……俺を裁かれないのですか」

 

 ヨナは嗄声でヴィレムに問い掛けた。

 今の所、共和国が犯した迫害は罪とはなっていない。

 レギオンの脅威が去っていない今、そこに時間を割く余裕はない。

 あったとしても全てが片付いた後だろう。

 

「胡乱な英雄など、所詮非道な人体実験で手に入れた技術を使用した大罪人としてしまえばいい。事実、その通りなのですから」

 

 だが、収まらない怒りはあるはずだ。

 髪と目の色を元に戻せば英雄は復活する。

 実は生き延びていた英雄が、裁かれたとなれば双方の溜飲は下がるのではないか。

 共和国も仮初めの希望に縋らず、真実を今度こそ直視出来る。

 

「さて、なんの話だか私には判らない。今、私と話しているのは、一介の少佐のはずなのだが」

 

 だが、そこでヴィレムはしれっと白を切った。

 

「兎にも角にも、あの戦場は終わった。それに付随する全てもだ。一時ではあるがな」

 

 ヴィレムは手を組み、二人を真正面から見る。

 

「眼前の脅威は依然として変わらない。参謀長としては次の戦場に注視してくれる事を望むが」

 

 ヴィレムの視線ははレーナをすぐに流れたが、ヨナで暫し止まった。

 

「成る程。鋭く研がれた刃は、場合によっては実に脆く壊れやすい……、いや」

 

 言葉を打ち切ったヴィレムは刀を握り、立ち上がった。

 レーナも合わせて立ち上がったが、ヨナはそのままだ。 

 膝の上で固く握った手が緩むことはない。

 

「この防衛戦の作戦は見事だった。代替のない人材だ。

私達は君達の様な指揮官を歓迎する」

 

 ヴィレムはそこでヨナをを一瞥する。

 

「出来る事ならば、私は彼と轡を並べと共に戦場に立ってみたかったものだが。……では、本国でまた」

 

 そう言い残し、退出していった。

 

 

 

 

 一仕事終え、最後に寄ったのは共和国指令部の一室。 

 政府中枢を失った今、暫定政権樹立までの間、連邦と協力して共和国を管轄している。

 

 その部屋の中央。

 戦闘によって軒並み優秀な人材を失った共和国は、生き残った人達に負担を強いている。

 

 その中の一人。

 山の様な書類に、埋れる様にして座る人物が顔を上げた。

 

「叔父様」

 

 カールシュタールがそこいた。

 指先をペンで汚しながら青白い顔をこちらに向けた。

 

「レーナ……それと貴様か、無事だった様だな」

 

 鼻を鳴らし、ヨナをじろりと睨む。

 震え上がりたくなるような眼光だが、ヨナは挑む様に声を上げる。

 

「お互い死に損ないましたね」

 

「あの時死んでおけばと、既に後悔しそうだがな」

 

 カールシュタールは次の書類の山を崩し、話している間にも仕事を続けている。

 到底、この二月前まで内臓が腹からまろびでていた人間とは思えない回復力だ。

 彼を救ったのは、ヨナが率いたアンダーヘッドと恨みがましく聞かされたが、知った事ではない。

 

「カールシュタール大将。北域奪還作戦に着任した件のご報告に参りました」

 

「ああ、話は聞いている。連邦の指揮に組み込まれる形となるが……レーナ、お前ならば成し遂げられるだろう」

 

「はい、全力を尽くします」

 

 そしてカールシュタールはレーナに向けていた親愛の表情から一変する。

 ヨナに向けられるのは腹立たしさを滲ませる表情だ。

 

「貴様のその腑抜けた顔を何だ。私は確か誰かに言われたはずだが―――責任を取れと」

 

 カールシュタールは自虐げに笑みを零す。

 

「だから生き残った者として、最後までその責務を果たすつもりだ。今の貴様にその想いが到底あるとは思えぬな」

 

 ヨナは口を閉ざしたままだ。

 

「……結局、貴様も何かに囚われていただけと言う事か、滑稽だな。貴様も、騙された我々も」

 

 カールシュタールは吐き捨てる様に言い放つ。

 

「英雄という要らぬ希望を残し、あまつさえレーナまで焚き付けておいてそれか」

 

「……言った事を変えるつもりはありません」

 

 ヨナはレーナに向く。

 いつもと様子が違うヨナの様子に、レーナは一抹の不安を感じずにはいられなかった。 

 

「最後まで贖うつもりです」

 

 それでもヨナの口から、その言葉は出てきたのだ。

 ヨナとカールシュタールは睨みあったまま、数秒が流れた。

 

「ならばいい。下がれ」

 

 カールシュタールは一度瞼を閉じ、直ぐに書類に目を戻した。

 

「お前達に構っている暇はない」

 

 再び書類と格闘し始めたカールシュタールから二人は離れるが、カールシュタールから声が掛けられた。

 

「レーナ、少し話がある」

 

 ヨナが部屋の外に出て、扉が閉まる。

 それを見届けてから、レーナは先に口を開いた。

 

「叔父様。彼は決して責任から逃げ出したりなどしません。ずっとそうやって戦ってきたのですから」

 

 レーナが知るヨナはそうなのだ。

 だからこそ、その彼に導かれてレーナも共に戦う事となったのだ。

 

 きっと少し疲れているだけなのだろう。

 何年も準備してきた全てが終わって。

 

 でも再び立ち上がってくれるはずだ。

 例え、約束が果たされずとも、自分の様に前に。

 その先に、想いと共に進んでいける筈だと。

 

「……何人もあの様な者を見てきた。絶望というものはな希望があって初めて生まれ落ちる。では希望がない絶望はなんと呼ぶ」

 

 カールシュタールの問い掛けにレーナは答えられなかった。

 

「地獄だよ、レーナ」

 

「ッ……」

 

「そして、そこから這い上がれる人間などいない」

 

 彼の希望をレーナは知っている。

 その希望が既に叶わない事も。

 それでも……。

 

「それでも人は前に進める筈です……っ!」

 

 レーナの必死に訴えかける瞳に、カールシュタールは優しい声で言った。

 

「お前がそうであるならばいい」

 

 それから口を開き、何かを言い掛けるようにして中する。

 言い掛けたものを飲み込むよう、一度息を吸う。

 

「例えこれから先、どの様な絶望が待っていようとも……あの時、言った事を今でも曲げるつもりはないか」

 

「はい」

 

 迷いはない返答だった。

 カールシュタールは薄く笑みを浮かべ、告げた。

 

「では、行きなさい」

 

 頭を下げて一礼し、レーナは退出した。

 その背をカールシュタールはずっと見続けていた。

 そこに確かに見える面影を。

 




叔父様、生き残っちゃいました。
もっと苦しんだほうがいいですよね。
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