86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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作者が死んでました。


39話 再会

 二年前。

 

 命尽き果てると覚悟決め、皆で足を踏み出した出発点。

 そこに再び彼女達はいた。

 

「帰ってきたね」

 

 クレナが自然と声を漏らす。

 眼下にある地上を見つめながら。

 アンジュとリアはそれに、一様に小さく頷いた。

 

 どこか見覚えがある廃墟が続く。

 連邦の様な小綺麗な街並みではなく、人生の大部分で慣れ親しんだ場所だ。

 部隊の仲間と過ごしたあの場所、かけがいのないあの時間。

 

 ふと、声が聞こえた気がした。 

 楽し気な声と、響く笑い声。

 あの日々に想いを馳せる。

 

 ―――二度と戻る事の出来ないあの日に。

 

 三人を乗せたヘリはあっという間に地雷原を抜け、グラン・ミュールの崩れ落ちた外壁を飛び越えた。

 そして何の感慨もなく、85区内に降り立った。

 

 そこからは、交代の連邦の兵士と共に車での移動だ。

 サンマグノリア共和国85区内。

 強制収容所に入れられるまで、確かに住んでいた場所だ。

 何一つとして記憶にはないが。

 例えあろうとも、徹底的にレギオンに破壊された街並みに見覚えなどあろうはずもない。

 

 その中。

 まだ無事で残っている建物の前で車は止まった。

 臨時で連邦の駐屯所として使われている場所だ。

 

 車から降りた三人は案内されるまま建物の中に入ろうとする。

 そこに一人の女性が現れ、道を塞いだ。

 入口の前で女性は豊満な胸を張る様に腰に手を当てた。

 

「よう。出戻り共」

 

 浮かべるのは挑発的である獰猛な笑み。

 自然とリアが先頭に立ち、二人は視線を正面からぶつ合う。

 

「ブラッディレジーナ旗下ブリジンガメン隊、隊長シデン・イータだ。いや、今は第八六機動打撃群だったか?」

 

 女性にしては背が高いリアよりも、シデンの方が体躯が上だ。

 少し目線を上げるリアも一部だけは負けてはいないが。

 

「どいてくれない。あんたに用はないんだけど」

 

「なんだ、つれねぇな。……ああ、やっぱ色男は一緒じゃねえか」

 

 シデンの視線の移動はアンジュとクレナを一瞥して終わった。 

 

「てめえから来るならともかく、あたしらの女王陛下に迎えに来させるなんて、なめた真似しやがってあの死神さんはよ」

 

「それってどういう意味!」

 

 クレナが眉を顰め、大声を上げた。

 シンの事となると、口を挟まない訳がない。

 例え、リアの背中に隠れながらでも。

 

「言われなきゃ、わかんねえなら言ってやるよ」

 

 入口に人集りが出来始めていた。

 全員エイティシックスだろうが、どうやら大半はシデンの部隊の仲間なのだろう。

 この騒動に面白そうな表情を一様に浮かべている。

 

「二年前に死んでたはずの奴らが、今更のこのこ出てきて、でかい顔されちゃたまったもんじゃないってことさ」

 

「へぇ……。出ていく事も出来なかった人にしては言うじゃない」

 

 シデンの挑発に、リアが口の端を曲げて薄く笑った。 

 ぴくりとシデンの色違いの双眸が細まる。

 

「シンや私達が辿った道を後からのこのこやってくるのはそちらさんの癖に、よくでかい口が叩けるわね」

 

「ふっ。じゃあ、黙ってやるか。……そらっ!」

  

 シデンの蹴りが一瞬で放たれ、それをリアはスウェーで躱す。

 反撃とばかりに振るわれたリアの突きをシデンは払う。

 

 繰り広げられる拳と蹴りの応酬。

 赤髪と黒髪が軌跡を描き、踊る様に舞う。

 

「あちゃー、始まっちゃった。リアってばカイエがいなからって羽目外しちゃって」

 

「リアちゃん。怪我で動けなかったせいで、だいぶストレス溜ってたからねぇ」

 

 クレナは割と大真面目にリアを応援し、アンジュは半笑いを浮かべている。

 

「でも早く終わって欲しいかも。もう、探したいのに……」

 

「誰を探してるって?」

 

 クレナの不満げな声に、誰かが声を掛けてきた。

 シデンとリアを取り囲む群衆の一人。

 茶褐色の髪の人懐っこい顔を浮かべた少年だ。

 

「「ハルト!」」 

 

「よ、お二人さん。元気だった?」

 

 クレナとアンジュはハルトに近付き、ハルトはそれに動揺、いや喜色を浮かべる。

 

「なになに!?再会のハグ!?それなら大歓迎!」

 

「じゃなくて、その!ハルトがいるってことは!なら!」

 

 クレナはハルトの胸倉を掴み上げ、大粒の涙を堪えて居る。 

 その瞳には期待と懇願が満ち溢れていた。

 

「…………」

 

 クレナと対照的にアンジュは目を逸らす。

 片手で自分の腕を抱き、誰かの宣誓を待つかのようにじっと。

 

「だ~れだ!」

 

 だから。

 誰かが近づいて、目隠しをしてくる相手に気が付かなかった。

 

 目を塞がれたままアンジュは、顔をはっと上げる。

 開かれた口から出る言葉は上擦っていた。

 

「ダイヤ君!」

 

 手を重ね、振り返った先には予想通りの人物の驚いた顔。

 アンジュの顔が余りにも近づいたせいで、ダイヤの顔が真っ赤になった。

 

「お。驚いた?って、アンジュ。な、なんで顔を伏せちゃうの?おーい」

 

 アンジュの伏せた顔から雫が一つ落ちる。

 それからそっと伸ばした手が、ダイヤの顔に優しく触れる。

 首から左頬にまで伸びる引き攣った火傷の跡。

 それをアンジュが愛おしげに眺めた。

 

「そ、そんなに目立つかな。男前になったでしょ!それともアンジュは気になる、かな」

 

「私がそんな事気にするはずないじゃない。ダイヤ君は知ってるでしょ?」

 

「アンジュ……」

 

 二人の視線は互いを写すのみ。

 つまりは二人だけの世界。

 一世一代の機会であるこの時に、ダイヤは乗るしかない。

 

「そ、それでさ。アンジュ。もし俺がアンジュにまた会えたらあの続きを聞いてくれるって言ったよね」

 

「あ……ええ」

 

 アンジュは畏まる様に両手を絡ませる。

 

「え、えっと。俺は君の事を」

 

 ダイヤはごくりと唾を飲み込み、口を開こうとした。

 だが、それにアンジュはくすりと笑い、人差し指をダイヤの唇に当てた。

 

「あら。でも、あれはダイヤ君が私に追い付いたらっていう話だったでしょ?」

 

「え……!?嘘!?っことは」

 

「だから約束はなし、ね」

 

「そ、そんな!」

 

 アンジュは嬉しそうに笑い、涙を拭った。

 いやいやいや!、と慌てふためくダイヤを見て、アンジュはさらに声に出して笑う。

 

「だっさー、ダイヤ」

 

 クレナの上から声がした。

 二人のやりとりを顔を覆った両手の隙間から見ていたクレナに飛び乗る人物がいるからだ

 クレナは目を見開き、飛び乗った相手に叫ぶ。

 

「レッカ!!」

 

「わわっ!」

 

 クレナは上体を捻って、レッカに飛びつき返そうとしてバランスを崩した。

 地面にレッカを押し倒すようにして転がってしまう。

 

「クレナ、見ない間に随分と大きくなったわね」

 

「あ、あた。あたし!レッカに謝らなくちゃって!だって、だって!あの時、置いて行って!」

 

「はいはい。わかったから」

 

 クレナが涙をぽろぽろと零すのを頭を撫で、レッカは宥めている。

 

「もう、鼻水ついちゃってるじゃない!」

 

 大きく鼻を啜るクレナにレッカは困った顔を浮かべた。

 

「二年も経ったっていうのに何も変わっていないんだから。これじゃきっとあっちの方も」

 

 レッカは首をやれやれと振りながら、クレナに抱き着かれるままだ。

 

「何はともあれ、こうしてスピアヘッド戦隊生き残り組の再会だ」

 

 ハルトは手を打ち鳴らし、にししと笑った。

 それから首を伸ばし、未だシデンとやり合っているリアを見つけた。

 

「あれ、野郎連中は来てないの?」

 

 ハルトの質問にクレナは、ずびびと鼻を鳴らした。

 

「うん。野郎を迎えに行く趣味はねぇ。てめぇらで追い付いてこい、だって」

 

 クレナは鼻声でライデンのものまねを披露する。

 なかなかに似ているのが余計に腹が立つ。

 

「あいつら薄情かよおぉ!」

 

「まったくだ!」

 

 ハルトとダイヤが男の友情に嘆いている所で、衝突音が響いた。

 

 どうやらリアとシデンの勝負がついたようだった。

 激しい応酬があったと思わせる汚れと、擦過傷の跡。

 

 近距離で掴み合っていた二人の手が離れ、二人は一歩後ろに下がった。

 そのままシデンがよろめいて、ゆっくりと崩れ落ちた。 

 

 そのシデンの鼻から血が流れ、逆にリアは額から血が流れ落ちる。

 リアはその流れ落ちてきた血を舌で舐め取った。

 どうやらリアの頭突きが決め手となったようだ。

 

「勝った」

 

 そしてリアの勝利宣言が響き渡った。

 取り囲んでいた群衆から歓声が沸き起こる。 

 リアに全員が集まり、健闘を称え合う。

 

「うちの隊長を倒すなんてやるじゃない」

 

「ああ、やっぱり山ゴリ、いやなんでもない」

 

「リアならやってくれると信じてたぜ!」

 

 現ブリジンガメン隊の三人感想は各々だ。

 

「シンの言った通り頭を使ったら勝てたわ」

 

 リアはふふん、と優越感に浸った表情を浮かべている。

 腕組みで立つ姿はいつもよりのけ反っている。

 

「きっとシン君。そいうつもりでいったんじゃないと思うのだけれど」

 

 アンジュはあはは、と笑いながらリアの額に布を当てた。

  

 数瞬後。

 シデンが鼻を抑えながら飛び起きた。

 

「っ、やられた。噂以上にやるなウルフスべーン」

 

「言っとくけどシンはもっと強いよ」

 

 リアの忠告シデンは舌を覗かせる。

 

「そりゃ楽しみだ」

 

「それより聞きたい事があるんだけど……」

 

 リアは珍しく言い澱む。

 

「あ、そうそう。この部隊の副官に会いたいんだけど、えっとリアの……」

 

 クレナの言葉にシデンは男らしく片鼻を抑え、鼻血を吹き飛ばす。

 

「ああ。イスカリオテの事か? 今朝方はいつも以上に陰気な顔してやがったが。そういやあいつ、どこいったんだ」

 

 シデンはそう投げ遣りに答えた。

 

 

 

 首都近づくにつれ、無事な姿を留めている建物が増えてきていた。

 防衛戦の意味があっての事だろうか、ようやく共和国がどんな街並みだったのかを理解する事が出来た。

 

 窓側の座席に座るリアは、伸びた髪を片手でいじりながら物憂げに景色を眺めている。

 

 いつか帰ると誓った場所はここの筈だ。

 それに呆気なく辿り着いてしまった。

 

 ……あの子は約束を覚えているのだろうか。

 

 何故、あの子が生きているのか。

 何故、ハンドラーになっているのか。

 何故、あの場所で死のうとしたのか。

 

 ―――分からない

 

 もう、あの子の事がもう分かってあげられない。

 いや、分かってあげる資格なんてもないのかもしれない。

 

 思い出せるのは僅かな記憶の断片。

 それもたったそれだけを失わない様に、大事に抱えてきたものだ。

 

 それが。

 

「待って!」

 

 ふと、記憶の中の小さな自分が呼び止めてきた気がした。

 

「車を止めて!」

 

「な、何!?」

 

 運転手がリアの声に反応して、車を止めた。

 隣のクレナが驚くのを無視してリアは車外に飛び出る。

 

 眼前あるのは古びた家だ。

 何の変哲もない住宅街の一角。

 

 レギオンとの戦闘の余波で破壊された家だ。

 何も見覚えがあるはずがない。

 

 それでも足は止まらなかった。

 吸い寄せられるように家の前まで辿り着く。

 

 視線は家の玄関に釘付けされたまま。

 誰かが扉を開け、自分を迎え入れてくれようとでもいうのか。

 

 そんなはずがない。

 

「…………っ」

 

 足が止まった。

 止まった理由は分からないが、視線が自然と横を向いた。

 

 壊れた生け垣が目に入る。

 そして当然その向こう側も。

 

 誰かがいた。

 

 腰に手を伸ばしている男、いや少年が。

 頭上にある空の様な瞳を持つ人物。

 自分と同じ黒髪を持つ、よく知った子が。

 

 ―――あの子そこにいた。 

 

 

 

 ―――彼女がそこにいた。

 

 それを理解するの数瞬。

 幻だと否定するのに数秒。

 

 まるで始めて出会ったあの時と同じ様に。

 

 同じ場所。

 同じ情景。

 同じ想い。

 

 ―――なあ、いいだろう。

 

 例え、どれだけ罪を重ねようとも。

 裏切り者と蔑まれ、同胞を利己の為に死に追いやろうとも。

 誰かに恨まれ、明日死を迎えるのだとしても。

 

 それでも。

 この言葉を言う事ぐらい許されていいはずだ。

 許して欲しい。

 

 ―――その為だけに、生きてきたのだから。

 

「……おかえり」

 

 リアの瞳から涙が溢れ出す。

 あれ、と呟いた言葉は小さく、抑える事の出来ないそれは頬を濡らし、止まらない。

 それでも、決して目は閉じず。

 

 ―――目の前のヨナを決して見失わないように。

 

 零れ落ちる涙を拭うことはせず、肩を震えさせるまま、唇を噛み締めた。

 

 もう分からない事などないのかもしれない。

 その言葉だけでリアにはわかってしまった。

 

 どんな想いで彼がここまで辿り着いたか、自分には嫌というほど分かるのだ。

 だから、返すべき言葉は一つしかなかった。

 

「……ただいま」

 

 あの時とは違う。

 時間も姿も。

 二人が抱える想いも。

 

 でも確かに、同じものもあって。

 

 ―――二人は見つめあった。

 




よし。完結、……かな。
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