86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか 作:ぺこぽん
「信っじられない!」
レーナが机にずしんと、音を立てて書類の山を叩きつけた。
振動で紅茶が入ったカップが揺れ動き、慌ててアネットが手を伸ばす。
「ちょっと、レーナ。落ち着きなって」
「これを読んで、落ち着いてなんていられるわけがないでしょう!」
レーナは再び、ばんばんと書類の山を叩く。
アネットが興味なさそうに、視線を下に向けた。
書類の山は、最近発行された軍の機密書類の一部だ。
題名は、"戦後 86区の劣等種たるエイティシックスの最終的解決"
発案者 ディミトリ・クロード中将 以下、共同発案者 リードルフ・シュタット少佐。
シュタット財閥の一人息子。
アネットがお坊ちゃんの名前を思い出し、レーナに伝えたのが数日前。
そこで、本人に会う前に少し情報収集をしようとレーナが動いたのだ。
そして、少佐としての権限で、この書類を見つけてしまったのが運の尽き。
アネットは、お人好しな親友の騒動に付き合わされる羽目となったのであった。
「これも、これも、これも!」
レーナは書類の山を、次々にと捲る。
そのほとんどに発案者、もしくは共同発案者として、彼の名前が存在する。
そして、一々確認するのが面倒なほど、題名の趣旨はほとんど同じ。
アルバの称賛、そしてエイティシックスの対処についてだ。
「これは同じ共和国市民であるはずの、国の為に戦ってくれている彼らを裏切る行為だわ」
特に一番上の書類の内容はレーナにとって、当然許容出来るものではなかった。
「86区の解体……!」
86区は前線とグラン・ミュールに挟まれる形で存在する。
エイティシックスを集める目的で、作られた場所。
強制収容所だ。
それを解体するという事は、彼らを解放するという事ではない。
彼らを……この世から消滅させるという事だ。
つまり、国を挙げての虐殺。
「5年間の兵役で、市民権を手に入れたエイティシックスも、その家族も大勢いるはずなのに。彼らが何て思うか……」
レーナはぎゅっと唇を噛み締める。
「だって終戦まであと二年でしょ?……そろそろ、そういう事を考える輩も現れると思ってたけど。なんというか、うちの国らしいわね」
アネットは、気だるげに紅茶をすすった。
斜め読みしただけでも、あまり気持ちの良い内容ではなかったからだ。
それがエイティシックスという、人以下の存在とされる彼らが対象でもあってもだ。
前線にて今なお戦い、高い戦闘技術を身に着けたエイティシックス。
強制収容所内で、派閥を形成し、徒党を組んだエイティシックス。
どれも、少年少女といっていい若者たち。
そんな彼らは二年後、レギオンの停止した後どうなるのか。
彼らを我々は、どう処理すべきなのか。
この意見書は、それを問い掛けてきていた。
彼らが素直に武器を放棄し、投降してくるのか。
例え、共和国との間に地雷原と迎撃砲があるとはいえ、我々は安心出来るのか。
もし、戦後、我々の末裔がこの所業を発見した際、何を歴史に残すのか。
だからこその 86区の解体。
エイティシックスを分離し、抵抗する機運を削ぎ、我ら高潔なるアルバの血が一滴でも流れる事無きよう、エイティシックスを少しずつ、最終目的地まで移送するのだ。
表現を解体など、最終などと、誤魔化してはいるが、何を意図しているかは明白だった。
「それにグラン・ミュールの爆破ねぇ」
エイティシックの強制労働によって建てられた壁を、彼らの子らによって、破壊させようとする趣旨だ。
グラン・ミュールにはエイティシックによって建造された際、彼らの生きた証があちこちに刻まれている。
証拠隠滅の為の爆破処理。
その爆発物取付作業をエイティシックスの子供達にやらせようというのだ。
「知識も技術もない彼らにそんな事をさせたら、どれだけ犠牲者が出るか……それに処理範囲によっては86区にも被害が出るわ。一体何を考えていたらこんな事を……」
「私としたら、景観の邪魔だから賛成なんだけど。まぁ、だから、その前に彼らを移送しようって話でしょ。行き先は最終目的地……じゃなくて監獄だけど」
「監獄って……彼らは犯罪者じゃないわ!」
憤慨して拳を握り締めるレーナに対し、アネットは冷めた口調だ。
「国家がそうと決めたら、白も黒となるのよ、レーナ。あのお坊ちゃんも、監獄建設の為にわざわざ自分が持ってる第三区の土地を供与するって、大判ぶるまいよね。ほんっと金持ちって嫌い」
書類によると、監獄の着工予定は来月。
つまり、この狂った計画はすでに承認されているという事だった。
「間違ってるわ。こんな計画、今すぐ止めなくちゃ……ジェローム叔父様に」
「無駄、発案者に中将の名前があるのよ。軍の規律は絶対。一応言っておくけどレーナもその対象内なんだからね」
レーナは立ち上がり掛けていた体を、すとんと椅子に戻した。
「頼るならレーナのおば様の方じゃないの。で、その伝手でお坊ちゃんに求婚を申し込むのよ」
「何でそうなるのよ……?」
レーナは睨むように、アネットの方を向く。
何を言っているのか。
お見合いを繰り広げていたのはアネットの方ではないか。
「それで、この私が結婚してあげるんだから、あの計画を中止して~、って懇願するの」
「は、はあ!?そんな事するわけないじゃないっ!第一、結婚は……そんな条件なんかでするものじゃないわ!」
顔を赤くしたレーナは首をぶんぶんと振る。
「それに私なんかじゃ……」
あまり男性経験がない事は、自分でも自覚している。
他の少女達が青春を謳歌している中、自分は士官学校の道を進んだのだ。
だから、パーティーに行っても、何を話題にしたらいいのかわからない。
軍事関連の話題であれば、幾らでも話せるのだが、おそらくほとんどの男性は興味がないだろう。
だから、最近はスピアヘッド戦隊の皆との方が、会話が弾んでいるほどである。
「何言ってるのよ。レーナはもっと自分を見るべきよ」
彼女が謙遜するくらいだと、今だ結婚出来ていない私はどうなるのだろうかと、アネットは頭が痛くなった。
全く、何度レーナに好意を伝える伝書鳩役を頼まれた事か。
「それに、もっと自分を大事にすべきだわ。ちゃんと休暇を取ってる? 若さに頼ってると後で痛い目見るわよ」
「わ、わかってるわよ」
レーナは自分の髪を何度も撫でた。
そういえば、最近スピアヘッド戦隊の為に、詳細な地図情報を送ったり、戦術予報を立てたりと立て続けに夜更かしをしてしまっていた。
実は以前より、枝毛が増えた様な気がしている。
「でも、結局はそういう事なのよ」
「何が?」
アネットが突然脈絡なく、話題を振った。
「本気で計画を止めたいのなら、すでになりふり構わず行動してるはずでしょ。ね、結局はレーナも他人事なのよ」
「それは……」
レーナは押し黙るしかなかった。
本当に止めたいのなら、思いつく事は幾らでもあるのだ。
広場やテレビで演説してもいい、士官会議で上官に盾ついてもいい。
ビラを配り、反政府組織としての活動を始めるのはどうだろうか。
でも、そんな事で今更、人々の意識が変わるわけもなく、全てが徒労に終わる可能性が高い。
そして、結局は行動する事が出来ていない。
今の自分の立場を、地位をかなぐり捨てての行動は……取れない。
これでは、偽善と言われても仕方ない、とレーナは今自覚してしまった。
「じゃあ、お坊ちゃんに会うだけ会ってみる? 今日は来てるんじゃない? ハンドラーやめたから、技術部に来るとかいう話があるくらいだし」
「ハンドラーから、技術部に?」
「そ、むかつく事に、あのお坊ちゃん天才の部類だから。レーナが抜かすまで最年少少佐昇進記録を持ってたし」
「そうだったの?」
レーナの記憶にはない。
年も離れているし、士官学校でも顔を合わせる事はなかっただろう。
「もっとエイティシックス以外にも興味持ちなって。そういえば以前、パラレイドの同調が甘いとか言われた時には、引っ張叩きたくなったくらいだわ。顔に比べて可愛くないったら。研究部配属じゃなくて安心したくらいよ」
前に軍のデータでの写真をアネットに見せてもらった事を思い出す。
年の割に、まだ幼そうな印象を持つ人だったが。
あの可愛げのある顔で、こんな残酷な事を考えているなど到底信じられない。
なら、前に聞いた迎撃砲によるマルグリット隊壊滅の真実は……。
迎撃砲は今の所、レーナは使用した事はない。
スピアヘッド戦隊でも使用すべき場面は何度もあったが、その度に使用申請は却下されたのだ。
どうやら他のハンドラーの間でもそうらしい。
なんでもシステムエラーの原因が、突き止められるまで使用厳禁となっているのだ。
でも、もし、シュタット少佐が犯人だとしたら
彼がその残忍な意図を技術をもって、迎撃砲を不正使用したのだとしたら……。
「で、会うの?会わないの?」
アネットが急かす様に言ってくるが、レーラは首を振った。
会っても恐らく、気分を害するだけだろう。
きっと、彼も堕落してしまった共和国軍人と変わらない、いやもっとひどいかもしれない。
そんな事に時間を浪費するくらいなら、他の事で有意義に使いたい。
「顔を合わせたくもないわ」
アネットは予想していたのだろう。
そう、と言ったきり、この話題は終了となった。
「そういえば、あの管制コンソールのシステム担当者について調べてくれた?」
レーナは以前、アネットに頼んでいた事を口に出す。
もしかしたら、自分の同じ想いを抱いてくれているかもしれない。
その人物と接触してみたいと考えていた。
「調べておいたわよ。ちゃんとディナー奢ってよね」
「はいはい、わかってるから」
PCに向かったアネットを急かす様に、レーナが背中を押す。
「え~と、元々、あのシステムの製造元はエール……長いわね、略すとAIC社。元々、戦前は航空機産業でパイロット養成システムを作ってた会社ね」
資料を捲っていくと九年前の当時の、企業名が表示される。
「きっと戦時特別法で、うちと同じように民間から軍部に徴収された口ね。あ、でもほら、代表者名が削除されてる。エイティシックスだったんだわ」
「じゃあ、今も軍内部に?」
「ううん、七年前に記録の更新はストップしてるし、登録も削除されてるわね。とっくの昔に民営化されたんだわ。どこも予算の削減で軍縮気運だから」
アネットがスクロールする記録は簡易なもので、それぐらいの情報しかわからなかった。
もっと詳細なデータもあるはずなのだが、管理が杜撰な軍部がデータのゴミの中に埋もれさせてしまったのだろう。
「軍縮って……そんな。プロセッサーの管制は最も優先されるべきものだわ」
「別にエイティシックスの為になる事なんて、誰もしやしないわよ」
呆れて物が言えないレーナであった。
どこまで私達は愚かなのだろうか。
しかし、そうだとしたら疑問が湧く。
「じゃあ、システム更新は?誰かがやっているはずよ。私がハンドラーを始めてからも何度か改良されているもの」
詳細な位置情報や、地図の表示機能もその一部だ。
そのお陰で、先日の戦いでも部隊員の命を救えた場面もあったのだから。
「メンテナンスは技術部が受け持っているみたいよ。でも大量の補修部品の在庫が残っているだけで、当時の技術者なんてもういないんじゃない?」
「じゃあ、その会社の人と連絡は……?」
アネットはレーナの疑問に、首をすくめた。
「デジタルが残ってないなら、それを当たってみるしかないんじゃない」
アネットが指さしたのは机の上の紙の束。
レーナ曰く、ヤギのエサにしかならない物を指さしていた。
「え~、ですがミリーゼ少佐殿。何度も申し上げますが、調べ様がないと言いますか……」
気弱そうな若い伍長が、レーナの前で言い訳を繰り広げている。
場所は、軍内部の書庫管理部。
戦時下、巨大な行政機能を軍部に召集すべく、大量の書類をこの場所に移動させたのだ。
しかし、させただけであって、管理も運用もされていないのが実情である。
レーナが求める書類はここにあるはずなのだが。
「いえ、その……せめてその企業の管理番号でもあれば探しようもあるのですが……」
レーナの目線にびくつく様に、伍長は身を屈めている。
他の隊員はレーナの事など、ほったらかしで雑談に興じている始末。
壁際の男女に至っては、レーナが居た堪れないほどの、距離感で囁きあっている。
つまり、この伍長は貧乏くじを引かされたのだろう。
「では、案内して下さい。私が探しますから」
「……本気ですか?」
「ええ」
きっぱりと言い切った言葉をレーナは、後悔する事となった。
伍長に嫌そうに案内されたのは巨大な書庫間。
ジャガーノートが裕に10機は入りそうな空間が広がっていた。
その中には、書類。山の様な書類。
すべてが乱雑に積み込まれ、今にも崩れてきそうだ。
思わずレーナの唇がひくひくと、引き攣った。
「これ、ランチやディナー所の話じゃないんだけどー」
困った時の親友だ。
結局、一週間分の食事を、レーナの給料が吹き飛ぶくらいのお礼をする条件でアネットの手伝いを得る事となった。
「本当にこの中にあるの? もう諦めたら?」
捜索開始からすでに三日目。
探すというよりは、すでに書類を無闇に放り投げているアネットが投げやりに言った。
「きっと彼らを助けようとする人達だわ。それで秘密裏に……」
「聞いてない……って、あった」
放り投げようとした書類が、まさにレーナが求めるものであったのだ。
「本当!」
がっしとレーナがにじり寄ると、アネットの手から資料を奪い取る。
「これでもっと彼らの手助けになれる……!」
蜘蛛の巣を帽子に貼り付けたままのレーナは、書庫係の伍長のもとに、走り戻った。
置いてきたアネットの事などすでに頭にない。
伍長、心底信じられないものを見る目を浮かべながら、書類をレーナから受け取った。
「えっと今、調べますから……」
レーナの落ち着かない身動ぎに、冷や汗を書きながら伍長は、PCに番号を打ち込んだ。
「AIC社は、六年前に倒産してますね」
「倒産っ……!?」
レーナはショックを受けた。
何だったのだろうか私の苦労と、これから消えゆく給料は。
「あ、でも」
そこで伍長の言葉が、遠慮がちに上がった。
「別の企業が事業を引き継いでますね」
「本当ですか!?」
レーナは思わず身を乗り出して、デスクのPCを覗き込んだ。
いきなりレーナが近づいた事により、伍長の顔が赤くなる。
もっと自分を気にしろというアネットの指摘は正しい。
「ヴァンデュラム株主会社……代表者、ベクター・ランドル……所在地84区……」
レーナは声に出してゆっくりと読んでいく。
「主な事業目的は、児童用遊戯道具作成……」
一瞬、頭がフリーズしてしまった。
今、一体何が書いてあった?
「つまり……そのおもちゃ、です」
伍長が真っ赤な顔で告げてきた。
そこでレーナも自分がはしたない格好をしていた事にようやく思い至った。
姿勢を正すも、心の中までは戻らない。
溜息も出したくなるというものだ。
レーナは呆れ果てる他なかった。
この国は本当に終わっている。
あれほどの技術を持っていた企業が、よりによっておもちゃとは。
まさか、おもちゃ会社が今もシステム改良を続けているわでもあるまい。
「お疲れ様」
肩を叩くアネットの顔が、何故か今は憎たらしかった。
文章を切るタイミング悪かったので長くなりました。
独自設定のほどは、お目溢しをお願いいたします。