86-エイティシックス- どこに行き、どこに帰るのか   作:ぺこぽん

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9話 名前

 共同の執務室の一室にレーナとリードは、向きなおっている。

 すぐ傍に椅子があるはずなのだが、お互い立ったままだ。

 紳士らしく椅子を勧めたリードに、レーナが首を振ったからだ。

 

「以前……二年前でしたか、革命祭のパーティーの際、お会いしましたね」

 

「そ、そうですね」

 

 レーナの口調は固い。

 相手があのリードルフ・シュタットだという以前に、全く覚えていなかったからだ。

 

「……ミリーゼ少佐。まさか、覚えてません?」

 

「そ、そんなわけないじゃないですか、シュタット財閥の方を忘れるなんて非礼致しません!」

 

 からかう様に笑うリードに、レーナは勢いよく抗議する。

 

 その時、ふと気がついた事があった。

 シュタット少佐の話し方に、どこか訛りがある事にだ。

 

 スピアヘッド戦隊の、祖父や親が元は様々な国の移民であった彼らと普段会話しているからこそ気付く違和感。

 もしかして、少佐はどこか別の国に住んでいた経験でもあるのだろうか。

 

「ミリーゼ少佐のお噂はかねがね。今はスピアヘッド戦隊のハンドラーを任されておられるそうですね」

 

「ええ、及ばずながら尽力しています」

 

 リードは一歩だけレーナに近づいた。

 本当にアネットは言っていた通り、背は低いようだ。

 レーナとほとんど変わらない。

 

 それに、19という年の割に若く、いや幼く見える顔つきだ。

 未だ成長期を終えていないという感じがする。

 柔和そうに見える顔は少女の様で、レーナも思わず警戒が緩む。

 

「スピアヘッド戦隊といえば、アンダーテイカーはご健在ですか?」

 

「彼をご存じなのですか!?」

 

 思わずレーナは驚いた。

 彼がハンドラーをしていた事は聞いているが、まさかアンダーテイカーの担当でもあったとは。

 

「以前、彼の部隊のハンドラーをしていた事がありまして……そうだ、彼の哨戒報告書の事、知ってます?」

 

 レーナは以前、全く日付も内容も同じ報告書を出してきたアンダーテイカーに小言を言った事がある。

 今では何かしらの理由があって、哨戒任務を行わなくてもいいのだと理解しているが。

 その時の事を思い出し、それを共有出来た事が少し嬉しくなり、笑みが零れた。

 

「ええ! でもシュタット少佐。あなたも見逃していたのですか?」

 

「当然でしょう。今ではミッションレコーダーの方は戦闘後、勝手に管制システムが回収してくれる事になっていますし。哨戒任務など、手を抜く抜かないは彼らの自由です。第一、エイティシックスの言う事など信じられないですしね」

 

 両手を広げ、肩を竦めたリードの姿に、レーナの笑みが消えた。

 エイティシックス。

 

 顔を少し歪めて、放った侮蔑の言葉。

 やはり、あの報告書から読み取った通り、彼も同じなのだ。

 

 レーナの目が鋭くなる。

 その変化を知ってか、知らずかなおもリードは話を続ける。

 

「彼を管制するのはなかなか骨が折れるでしょう」

 

 その通りだ。

 愚痴を言い出せばきりがないかもしれない。

 だが、もうこの人と彼らの事については話したくはなかった。

 

「そうそう、アンダーテイカーといえば……」

 

 ふいに、リードの顔が真顔に戻る。

 

「ミリーゼ少佐は、声を聞かれました?」

 

「声?」

 

 何の事だろうか。

 

「いえ、何でもありません」

 

 何の事か気になったレーナではあったが、リードは別の話題に移ってしまった。

 

「では、ミリーゼ少佐を伺った要件なのですが」

 

 そうだ、何故こうもタイミングよく彼は私に接触してこようとしたのだろうか。

 

「実は、今度の革命祭のパーティでダンスのお相手をお願いしようかと思いまして」

 

「へあっ!!」

 

 思いもよらない言葉にレーナは真っ赤になる。

 それを見て、リードはくすりとと笑い、冗談です、と付け加えてきた。

 

 からかわれたのだとわかり、レーナは帽子のつばを下げて、表情を隠し唸る。

 何なのだこの人は。

 

「本当は知り合いから、貴方が私の報告書にアクセスしていると聞きまして。それに、書庫管理部の方からも、私が所有する会社を熱心に探しておられたと」

 

 そこまで情報が筒抜けな事に、レーナは驚く。

 別にこそこそと嗅ぎ回っていた気はないのだが。

 

「直接言ってもらえれば、すぐに手助けが出来たのですが」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい。ヴァンデュラム社は少佐が所有されているのですか?」

 

「ええ、出資は100%うちの資金からですよ」

 

 そうだったのか。

 ならもっと話しは早いではないか。

 あまり長居はしたくない為、レーナはさっさと要件を切り出す事にする。

 

「あの、出来ればその会社を調査したいと思いまして」

 

「……それまた、どうしてです?」

 

「それは……言えない、です」

 

 レーナは秘密にする事にした。

 出資しているとはいえ、会社の実情を知らない事は多いだろう。

 何よりエイティシックスを蔑視する様な彼が、あの事を知ったらどんな行動に出るか……。

 

「無理は承知です。ですが、是非お願いします」

 

「私もシュタット財閥が所有する企業について、関わりが多い方ではないのですが……ハンドラーとしての業務に関わることなのでしょう? なら、可能か確認を取ってみようと思います」

 

「本当ですか!?」

 

 レーナは顔をぱっと明るくしたが、リードが二本指を突き出してきた。

 

「ただし、お願いが二つだけあります」

 

 その言葉に、レーナは身構える。

 

「私に出来る範囲の事なら……」 

 

 そういえば今頃、自覚する。

 狭い執務室に二人っきり。

 それも年の近い男女だ。

 何を要求されるのだろうか……。

 

「そんなに警戒されなくても……ちょっとしたお願い事を聞いてもらいたいだけですから」

 

 こちらの警戒する動きを察したのだろうか。

 リードは愛嬌のある笑みを浮かべると、窓際の方に視線を向けた。

 

「あれを読んでどう思いましたか?」

 

 あれというのが何を指しているかは、すぐにわかった。

 

「言ってもよろしいので?」

 

「ええ、忌憚のない意見を聞いてみたいのです」

 

「あれは……」

 

 レーナはぎりっと歯をきしませると、声を張り上げる。

 

「あれは、人類史における最低最悪の、決してあってはならない部類の計画です!」

 

 言えるなら言ってやりたいと思っていた言葉が胸から溢れた。

 

「即刻、あの計画は中止すべきです!!」

 

 レーナは腕を振り、全力でリードの考えを否定した。

 

「そうですか?」

 

「……は?」

 

 だから、気に抜けたリードの返答に唖然とする事になった。

 

「人道にもとると言いたいのでしょう。だが彼らは人ではないのですよ。国家から人権を剥奪された人もどきです」

 

「彼らは、彼らは人間です!決してそのような扱いをされていいはずの人達ではありません!」

 

 今もなお戦ってくれているのは、今彼が人もどきと呼んだエイティシックス達だ。

 ハンドラーをやっていたならこの人にも、それがよくわかっているはずだろうに。

 

「貴方は間違っていますっ!」

 

 机を叩き、熱が上がるレーナに比べ、リードは逆に冷めていくようだった。

 

「知っています。だから、それをわかった上で、私はこの計画を進めようとしているのです」

 

「どうして、そんな事を……」

 

 出来るのだろうか。

 どうして平気でいられるのだろう。

 

「我々は知っています。我々自身に戦う力はすでにないと。それどころか、その気概すらすでに失われています」

 

 その通りだ。

 それが兵役を他人に押し付け、高みの見物をしてきた者の末路だ。

 

「レギオンが全機能を停止後、彼らはいとも簡単に我々に反抗せしめるでしょう。それを止めるには余りにも多くの血が流れてしまいます」

 

「すでに多くの彼らの血が流れているんですよ……」

 

 レーナは数多く散っていた彼らの事を知っている。

 エイティシックス達にもう子供世代しかいない事がその証だ。

 

「では、貴方はどうするのですか? 貴方自身の考えはないのですか?」

 

 リードの指摘は正しい。

 否定するならば、ただ無責任に叫ぶだけではあってはならないはずだ。

 

「戦後は強制収容所を閉鎖し、彼らに間違っていたと謝罪すべきです」

 

「それは、今更手遅れでありませんか?」

 

「確かに亡くなった大勢の方は……もう戻りません。でもせめて生き残った彼らに賠償をし、慰霊碑を立てるぐらいはすぐにでもすべきです」

 

 今は死者を回収する事も、ましてや墓を作ることすら禁じられているのだ。

 しかし、リードは否定する様に首を振った。

 

「すでにお金で解決できる程の死者数ではないでしょう。アルバと色付きには決して埋まる事のない溝が出来てしまった」

 

「そんな事はありません! 私は今でも彼らと交流を……」

 

「今更、全て無意味です。九年前、誰かが吐いた毒がこの国を汚してしまったんです。もう後戻りは出来ないのですよ」

 

 冷たく凍えそうな声色のリードは、レーナの言葉を遮った。

 

「だからこそ、ここで断ち切らなければ!」

 

 あの人が、助けてくれた首のない騎士の兵士が語った想いが、今まで散っていった想い全てが無駄となる。

 

「我々に精々出来るのは、人質を取り、背中に銃口を突きつける事だけですよ」

 

「では、……本当に彼らを絶滅させると?」

 

 もしリードが侮蔑の表情で、さらに彼らを貶める事を言っていれば、レーナは感情を抑える事を出来なかったかもしれない。

 だが、リードの表情は能面の様に無表情で、口調も冷静だった。

 

「これが今の共和国の現状です。私が動かなければ、結局は他の誰か同じ事をしたでしょう。そうなればもっと非人道的な計画となっていたかもしれない」

 

 何もわざわざ監獄に連行する必要はないのだ。

 鉄格子越しの銃弾を放つだけ。

 食料供給をを止めるだけ。 

 それで十分だ。

 

「そんなのって……」

 

 無力を感じるしかなかった。

 それを止める手段がないという事に。

 結局は自分もそちら側に立っているのだと、自覚せずにはいられなかった。

 

「……ミリーゼ少佐。一つだけ聞きたい。貴方は慰霊碑を建てるべきだと言いましたよね」

 

 確かにそう言った。

 それくらいしか彼らに報いてあげる方法がないと思ったからだ。

 

「すでにエイティシックスの多くの記録は削除されています。勿論、前線に送られた彼らも」

 

 それはレーナも知っている。

 ただ記号を与えられ、破棄される書類の山。

 一度だけ破棄前のそれを見たことがあった。

 

「貴方は一体、彼らの墓に何を彫るんです?」

 

「そんなの決まって……あ」

 

 衝撃が走った。

 

 ……名前以外、墓に刻むものなどない。

 自分を自分たらしめる、生まれて最初に与えられるものだ。

 

 それを私は……知らない……。

 

 彼らの名を……!

 

「それで、ミリーゼ少佐。もう一つのお願いなんですが」

 

 傍から見ても青ざめているとわかるレーナに、リードは無視をしているのか話を続ける。

 

「今度デートに行きませんか? ちょうど明日もレギオン襲撃の可能性低いという予想を聞いていますし」

 

 焦点が合っていないレーナの前で、リードはスケジュール帳を捲っている。

 

「ちょっと遠出をしましょうか。では、明日の8時にメインストリートの噴水広場の前で待ち合わせをしましょう。あ、軍服で来てくださいね」

 

 そう言うと、予定を殴り書きした紙をレーナの手に押し付けてきた。

 

「え、あ……はい……」

 

 ほとんど操り人形の様に、レーナは答える。

 それに対しリードは、まるで気が付いていないかの様に、最後まで捲し立てた。

 

「では、明日。楽しみにしています」

 

 ようやくリードが部屋から出ていった後、レーナは崩れ落ちた。

 全身がゆっくりと震えだし、それは徐々に嗚咽にと変わる。

 

 何故、聞かなったのだろう。

 自分の名前さえ、名乗らなかったのだろう。

 

 今まで死んでいった人に、弔いの言葉を掛けていた自分は何をしていたのだろう。

 一体、誰と向き合っていたのだろうか。

 

 私も結局は同じ……。

 遠い安全圏でただ、同情している振りをしてるだけの卑怯者だったのだ。

 

「私は……」

 




そろそろ疲れてきたのでペースを落とします……。
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