あの後、交代でユウヤも風呂に入り、今は就寝前でくつろいでいるところだ。
「あのさ、今日は良くしてもらってありがとう。
それで言いにくいんだけど、私は自分の都合で君達といつも一緒にはいられないんだ。ごめん。」
「知ってるよ、エリス。女神としての勤めがあるんだろう?」
盗賊少女は愕然とした。今この少年は何と言った?
「何言ってるのさ?私の名前はクリスだよ。
私は熱心なエリス教徒だけど、むやみに女神様のお名前を呼んじゃいけないんだよ?」
「クリス、どうしてそんなに動揺してるんだい?
さっきからなんかおかしいね。」
あるえの指摘にクリスは脂汗をかいている。
黙ってしまったクリスをユウヤと同じソファに座った三人の紅魔の少女達もいぶかしげに見ている。
沈黙が続くかと思われた時、ため息をついたユウヤが指をならした。
「ユウヤ………この家の周りを障壁で囲いましたね。
秘密の話ですか?」
頷いたユウヤが立ち上がる
「あぁ、めぐみんの言う通りだ。
ここにいるみんなはよく聞いとけよ。
“我が名はユウヤ。紅魔族随一の究極戦士にして、前世の記憶を持つ者。そして幸運の女神に導かれて、この世界に転生せし者”。」
一同絶句していた。めぐみん以外は、ユウヤに関して前世云々の話は全く聞いていなかったからだ。
「どう言うことなの?」
「それを今から説明するよ。」
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漆黒の闇に包まれた空間。
そこにポツンと二つの椅子がおいてある。
一方の椅子には病人が着るような衣装をまとった少年が座っていた。
病身からくる細身な体は、けれど決して不潔な印象ではなく、意思の強さを表す瞳を秘めていた。
もう一方には輝く銀髪の少女が、司祭のような服装で座って少年を見つめている。
「はじめまして、草薙優也さん。
私は幸運の女神エリスと申します。大変残念ですが、貴方の人生は終わってしまったのです。」
「俺は死んだのか………。」
「ずいぶん冷静ですね。ここにこられた方は大抵の人がひどく動揺するものですが?」
「いやまあ、突然倒れて入院したけど、最期はずいぶん痩せて体にも力入んなかったからね。
どう見てもありゃ、むりだろう。」
「あなたは、白血病だったのです。病院も治療に手を尽くしたのですが、残念な結果になりました。」
「しょうがないよ、あんたのせいじゃないし。」
「厳密に言うと、優也さんはまだ一ヶ月以上は生きられるはずだったのですが、看護師が点滴の作業を間違えてしまい、手遅れに‥…。」
「まさか、あんたが原因か?」
「いえ、本来はここは、私の先輩で水の女神のアクアが担当なのですが、お菓子を食べながら宴会芸を練習してて道具を落としてしまったのです。」
「まさかそれが、点滴作業中の看護師に当たったなんて言わないだろうな?」
「………………申し訳ありません。」
「はあ~医療ミス、実は女神の失敗のせいとはなあ………。それで、俺はこれからどうしたらいいんだ?」
「あの、私や先輩を責めないんですか?あなたは、理不尽にも死ななければならなかったんですよ?
「責めて俺が生き返れるんなら責めてるよ。
でもそれが可能なら、とうに俺は生き返ってる。
俺がここにいるってことはそういうことだろ?」
「本当にすみません。それでは優也さんには三つの選択肢の中から道を選んでいただきます。
一つ目は天国に行ってそこにいる魂の住人達と日向ぼっこしながら、世間話をしてずっと穏やかにすごすこと。二つ目はあなたのいた地球で、記憶をリセットして赤ん坊から生まれ直して新たな人生を歩むこと。」
「うーん。天国がそういうとこなら、あんまり行きたいとは思わないかな。
地球で生まれ直すのも、記憶がリセットされた時点で別人になるってことだろう………❗
もしかして、三つ目があんたのお薦めなのか?」
「はい。私が本来、管理している世界では、魔王軍の侵攻により、人間の数がどんどん減ってしまっているんです。魔王軍に殺された人達は、その世界での転生を拒否する人が大部分で、減った人口を別世界からの転生者で補おうと言う政策です。」
「待て待て。俺みたいな一般人がそんなところに行っても、すぐに死んでしまうだろが。」
「えぇ。ですので何か一つ、伝説の武器や防具、それか凄い才能やスキルなど、どれでも一つ選んでもらってます。今回は、大変ご迷惑をかけてしまったので、特別に二つの要望を受け入れます。」
「………苦労性の女神エリスに格好つけてみるか。」
「それじゃあ?」
「うん、俺は異世界に行ってみるよ。」
「ありがとうございます。それじゃあ。」
「あー、その分厚いカタログみたいなものはいいや。俺が要望を言ってみるから、可能な範囲で実行してくれ。その中にあるかもしれないからな。」
「はい分かりました。」
「そうだな……魔法は使いたいが……いや、仲間がすぐにできない場合は、魔力切れの魔法使いは無力だ。剣も魔法も最強を目指せる究極の魔法戦士が希望だな。最初から無敵じゃなくていい。
ただ鍛練を続けていけばどこまでも能力が上昇する才能が欲しい。これがひとつ目だが、できるか?」
「確認してみます。………………………お待たせしました。初めから高水準の能力値でなければ可能です。
カタログにある能力上昇限界突破というものに、パラメータを少しいじるだけですので。
それでもう一つは?」
「俺がこんな感じで死んだのは、たぶん運の悪さもあるかもしれない。だから、幸運の女神であるエリスに困ったときに手助けして欲しいんだ。」
そう言われたエリスは真剣な表情になり、その片手を優也の胸の辺りに当てた。
「確かに素の状態だと、優也さんの幸運値は低いです。女神エリスの祝福をここに授けます。
“ブレッシング” 直接、魂に刻み込みましたから、毒や呪いなどの全状態異常も無効になりましたよ。
貴方が大変なときは、必ず私が力になります。
頼ってくれてありがとうございます。」
エリスが穏やかに微笑むと、優也の全身が白銀の光に包まれた。
「その光は、普段は他人には見えません。
貴方が危機に陥った時、全力を出す状態になったら光輝きます。ありがとう、エリスの白銀の使徒よ。」
「それでは、いよいよ貴方をあちらに送ります。
魔方陣より出ないでください。」
そうやって、魔方陣が作動を始めたときにドタドタと無遠慮な足音が空間に近づいてきた。
「あ~ら、エリス~何やってるの~?」
「何ってアクア先輩がさぼって押し付けてきたから、死者の方の転生のお世話をしているんです。
うわっ酒臭い!ちょっと抱きつかないでください!」
「ふふん、エリスはイイコちゃんだもんねー。
何よアンタ!何も知らない転生者に自分の信者になるように強制したの?」
「強制なんかしてません!彼が困ったときに助けてあげられるように目印をつけただけです!」
「何よ何よ色目使っちゃって!アタシもやるわよ!“ブレッシング”」
優也の背中が青白く光耀き、集束して翼の形に形成された。
「やめて、先輩暴れないで~」
“魔方陣に異常発生。転送先と時間軸が大幅にずれています。修正は不可能です。”
「ヤバー私知らないっと」
「あぁ、ごめんなさい優也さん。
いつか、必ず合流してずっと一緒にいます。
あなたを支えます。いつか必ず探し出します。
優也さーん。」
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「………とまあ、これがことの顛末だ。
本来なら、転生ではなく転移。年齢や外見はそのままでアクセルに送られるはずだったんだけどな。
赤ん坊からやり直し、気づいたら親父は殺されてて、紅魔族の母親と片田舎で二人暮らしだったよ。その母親も死んじまって、やっと戦える年齢になって形見の剣を抱えて紅魔の里までやって来たわけさ。」
「そんな大変だったんだ。よく生きてここにたどり着けたね………。」
ユウヤの述懐にねりまきが気遣いを見せる。
「しかし、貴方は一度死んで紅魔族としてこの世界で新たな生を受けたのです。
私たちと違うのは、前世の記憶があるかないか、それだけです。
ユウヤ、今の貴方は草薙優也ではなく、この私、“紅魔族最強の魔法使いめぐみん”の夫のユウヤです。」
「ありがとう、めぐみん。」
「話の途中みたいだから、いちゃつかないでくれるかい。」
めぐみんとユウヤが二人の世界をつくろうとするのをすかさずあるえが阻止する。
「それで、ここにいるクリスが女神エリスご本人なのかい?」
皆から見つめられたクリスは覚悟した表情をすると身体全体が白銀の光を帯びる。
光の中の人影が二体に別れ、盗賊少女の隣には白銀の髪の女神が微笑んでいた。
「私はさ、孤児だったんだ。アクセルのエリス協会の前に捨てられていてね、孤児院で世話になってたんだけど、小さい頃に熱病にかかって死にかけた。
ううん、実際は、一度心臓が止まったんだって。
生き返る時にエリス様の声を聞いたんだ。
命を助ける代わりに、エリス様が地上で活動する時に体を共有させてほしいってね。
私はそれを受けたんだ。だから、エリス様が天界にいる時にも、パスのようなものが繋がっていて、意思疏通もできる。
今みたいな時は、盗賊のクリスでもあるし、意識はエリスでもあるんだ。
ただ地上では、女神エリスの能力は使えないんだよ。」
盗賊少女を気遣いながら、女神が口を開く。
「この娘は、確かに一度死んでいます。
私が見つけた時
には、息が止まっていました。
当時在籍していたエリスの神官では、生き返らせるのは困難でした。けれど、私なら可能でした。
幼少から孤児院で過ごしていたクリスは、私との波長がぴったり合っていました。
私ことエリスは、この娘と意識のパスを繋ぎました。そして、地上で活動するときは一体化してクリスとして動いていました。
でもこの頃は、地上で活動するのが長くなっていました。」
「あのクルセイダー、ダクネスとは、どうやって知り合ったんだ?」
「あの娘は、有力貴族の娘です。
冒険者にはなったんですが、あの性癖で受け入れられず、いつも一人でした。
友人ができるように教会で祈りを捧げていたのです。」
「で、どうするんだい?」
あるえが尋ねると間髪いれずにユウヤが答える。
「もちろん、このままパーティーにいてもらう。
人間のクリスとしてな。
どうせ地上では、女神の能力は使えないんだろう?」
「ええ、例外的に悪魔を滅したりする場合、天上から直接降臨する時がありますが、この姿だと極端に活動時間が短いのです。」
「この家に間借りして、基本クリスは一緒に活動してもらう。合流できるときは、エリスにも参加してもらいたい。」
それを受けてエリスは困惑している。
「先程のこちらの都合と言うのは、女神である私のお仕事に関して地上で動かなければならない場合があるのです。」
「その時は、そちらの都合を優先してかまわない。
ただ合流する時に、ベルゼルグ国内の情報を仕入れてくれると助かるかな。」
動かなくなってしまった銀髪女神の背中を盗賊少女が勢いよく叩いた。
「何をためらってるのかな?
責任感じてたんでしょ?会いたかったんだよね?
ユウヤの手伝いがしたかったんだよね?
ほら!」
背中を押されてエリスはユウヤにしがみついてしまった。遅れてクリスも飛び込むと、女神と、盗賊少女が一体化して少年の胸にすっぽりと収まる。
「私を、私たちをよろしくね。」
頬を紅くして挨拶したクリスだが、次の瞬間に力任せに引き剥がされた。
「ふふふ………やっぱり怪しいと思ったのですよ。
おい、私の夫に色目を使うのはやめてもらおうか?
クリス、あなたはあくまでパーティーの一員と言うだけですからね。わきまえてもらいましょうか。」
そこには、瞳を爛々と光らせためぐみんが威嚇していた。
「そんなことより、クリスだけここに住むなんてズルくない?私も住みたい!」
「できれば私も希望したいねえ。」
「いや、今日はしょうがない。
たまに泊まるのはかまわないが、あるえもねりまきも里に家があるんだから自分家に帰れ。」
話が終わって案内された部屋のドアに各自ネームプレートをつけてユウヤに向かって笑いかけた。
二人の寝室に入るとユウヤがさっさとベッドに入る。それを見ためぐみんは、すばやくユウヤの懐に潜り込み自分の頭を少年の胸にすり付けた。
「おい、めぐみん?」
「私は負けませんよ。ええ、負けませんとも!」
「………もう少し先にしようと思ったけど、お前が14歳になったら、すぐに式を挙げるか?」
「その約束、忘れないでくださいね。」
やがて、部屋に規則正しい寝息が聞こえてきた。
女神エリスの設定はオリジナル仕様です。