世界の変化に追いつけない   作:ありくい

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第七十六話

 

嗚咽が響く。彼が泣き崩れている。私はそれを見て、罪悪感で胸がいっぱいになっていた。予想は出来ていたんだ。こうなることくらい。でも、そうしないといけないんだ。その想いを我慢して押さえ込むのはダメなんだ。だって、いつかそれは人を壊してしまうから。

 

 

 

 

本当に昔のことだ。お母さんが病気で入院した。命にかかわるような物ではないけど、治すのは難しい厄介な病気だ。私も、お父さんも、お母さんが大好きだったから頑張ってお母さんを元気にしようと頑張ったんだ。

私は毎日お見舞いに行った。

「お母さん!」

「香菜。今日も来てくれたのね」

毎日毎日通うもんだから、お母さんはいつも私に無理しなくていいとか、友達と遊びなさいとかよく言っていた。でも、

「お母さんのためなら、全然辛くないよ!」

「あらあら」

少し困ったように、だけど嬉しそうな笑顔を見たくて、毎日お見舞いに行ってお母さんのお世話をしていた。

お父さんは嵩む入院費をなんとかするために必死で働いていた。だけど、お母さんには秘密で。少しでも心配させたくなかったかららしい。

そんな日々が何年も何年も続いた。だけど、ある日を境にお母さんはどんどんとやつれていった。私を見ると笑ってくれるけど、それまではずっと下を向いたりしていた。

お医者さんにお願いして何度も検査をしてもらうけど、変わっていないと言われて、それでも心配だったから、いつもより速く病院に行ったその日のことだった。

「お母さん?」

お母さんがベッドの上に立っていた。いつも寝ているベッドでだ。これまで、そんなことは一度もなかったのにと不審に思ってカーテンを開けると

 

 

 

 

お母さんの足が中に浮いていた。

 

 

「お母さん!」

思わず叫び、辺りから人が集まってきた。

「天童さん!天童さん!」

看護師さんがお母さんの首元の縄を切って、運び出した。

私は見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「こちら、天童さんの日記です」

お母さんの死亡が確認されて、病院の人から手渡されたお母さんの日記を読んだ。

私がしたこと、お父さんがしたことを嬉しそうなイラストと共に記録されていた。だけど、ある日、こんな一文があった。

 

私の入院だけで、こんなにもお金が必要らしい。

 

この一文から日記の内容ががらりと変わった。

 

香菜の元気がない。わたしのせい?

お父さんの目に隈が。わたしが負担になってしまっているから?

わたしはこのまま生きてていいの?愛する人と子供の負担となるだけの存在なんていらないよね?

 

嬉々としていた日記は見るのも辛くなるくらい、絶望の色に染まっていた。だけど、そうなりはじめたのは、お母さんがまだ元気な時だったんだ。やつれはじめたと感じた辺りの日記はとてもシンプルな物だった。

 

ごめんなさい。

 

毎日毎日ごめんなさいとしかかかれていなかった。いつしか、ごめんなさいは死にたいへと変わっていった。そして、最後の日の日記、いや、遺書にはこう書かれていた。

 

『ごめんなさい。わたしのせいで貴方達を苦しめてしまって。あの時、自分の入院費を見たとき、絶句しました。だって、お父さんの収入の半分近くあったのだから。多分香菜は遊ばないんじゃなくて遊べなかったんだよね。お父さんはわたしのせいでお金がなくなるから遅くまで働いていたんだよね。ごめんなさい。わたしはいないほうがいいよね。さようなら』

 

お母さんは不安だった。病気も、毎日来るわたしのことも、お金も、お父さんのことも。それが積み重なって、こんなことになってしまった。そうお医者さんに話されて、わたしは気づいたんだ。お母さんは一度もわたしの前で笑顔を絶やさなかった。それは我慢していたんだって。

 

 

 

我慢は良くない。我慢した感情は膨れ上がり、良くないことに繋がる。だから、吐き出させないといけないんだ。悲しみを、怒りを、溜め込まないようにしないといけないんだ。

「ごめんなさい」

泣いている彼にむけて、何度目かわからない謝罪を口にした。

 

 

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