少女の微睡、泡沫の夢。 作:かなしいな
午前で終わりなんて、寂し過ぎます。
だって僕達は夜の住人、駆人ですもんね。
※エイプリルフール、ギリギリセーフ。
(時系列は適当ですが、多分これを読む人は気にしないだろうなと思ってます。)
少女の騎馬、バイク駆りの夜。
一寸先は闇、という言葉が似合う暗い夜。
申し訳程度の舗装が成されたその道は、峠と呼ぶに相応しい険しさを孕んでいる。
そんな暗闇を割り裂いて、一筋の光が峠を駆けていた。
光に追従するように響く爆音、怒号とすら呼べる音は機関銃の乱射を疑うようなリズム。
装甲列車でも通っているのか、或いは────
「───────」
何かが声を上げた。
爆音に呑み込まれてろくに聞き取れないが、鈴のような可憐な声が確かに鳴った。
声は自身を呑み込んだ爆音から鳴っているようだ。
一つ、二つ。
爆音の主は震えるような音と共に更に速度を上げて行く。
今夜はバイク駆りの夜、多くの駆人達が己の愛馬、枢の二輪に跨り峠を攻める───近隣の罹患者達からすれば───忌まわしい夜なのだ。
「この馬を駆り、峠を攻めなさい。それが結局は君の目的にかなう」
「そんな訳無いと思うんですけど?」
あの大きな二輪車を駆っているのは、どうやらまだ幼い少女らしい。
鈴を転がしたような声がけらけらと笑っているのは、全身に感じる風の心地良さからか。
然して少女は、思いもよらぬ形でその笑い声を引っ込める事になる。
「おわっ!?」
驚愕の声、理由は直ぐ傍を通った異形の二輪によるもの。
後輪こそ狩人のものとそう変わらないが、目を見張るのは前輪のサイズだ。
二周り程度では済まない程に大きな前輪は、後輪とのアンバランスさをものともせずに地を揺らし、異形の二輪は少女の真横を抜き去って行った。
"あんな巫山戯た格好に"
少女の中にある僅かな対抗心が顔を出す。
二回の吹かしで車輪も温まって来た頃だろう。
もう一度強く吹かし、少女は────否。
駆人は、異形の二輪を追い駆けて行く。
全速力を持ってしても差は縮まりきらず、まだ初心の駆人の前に大きな壁が立ちはだかった。
緩やかなカーブ、曲がる事自体は難度の低いものだが、こうも加速を掛ければその程度ですら苦難の偉業となる。
"どう曲がれば良いのか"、そんな事はまるで知らない駆人の目の前に、小さな光球が現れる。
導くように揺れる光球に合わせて上体を傾ければ、バイクはいとも簡単に斜行を始めた。
「今っ!」
完璧だ。
初挑戦でもそう確信出来るタイミングで、駆人はハンドルを傾ける。
どこか地面に擦ってしまったか、車体からは火花が散るがお構い無しだ。
左右への小さな体重移動を駆使して進む駆人は、その後も何度かカーブを越えて行き。
いよいよ異形の二輪と車体が重なった。
横一列、並んだ二輪に跨るのは駆人よりもずっと体格の良い偉丈夫だ。
トップハットに黒いコート、神父服にも見えるそれはマフラーのような灰色の布地をたなびかせている。
きっと歴戦の駆人なのだろう、だがこの小さな駆人の対抗心は体格程度では怯まない。
更に一つ吹かして速度を上げる駆人の二輪に、異形の二輪は決して抜かせんと合わせて速度を上げる。
"併せ馬"、或いは"デッドヒート"などと、知る者達は言うのだろう。
「邪魔っ!」
言葉と共に駆人は姿勢を低く、より全身に受ける風の抵抗を少なくする。
バイク駆りの夜での理屈や理論など、駆人は知らない。
だがその本能は、確かに駆人としての才能の片鱗を見せていた。
そうして暫くの直線が続くが、両者の速度に差は無く、横並びの様相は全く変化が無い。
いよいよ焦れったくなって来た所で、二つ目の試練が現れた。
その正体は先程のカーブと似通った、けれど全くと言って良い程に難易度が違う、まるで別物の試練だった。
急カーブだ、とてもじゃないが曲がりきれない。
異形の二輪を駆る者は、そう思ったのだろう。
段々と下がって行く異形の速度に対して、駆人の二輪は全く速度を落とさない。
デッドヒートは終わりを迎え、両者の間に差が付き始める。
自殺行為にしか見えない行動は、しかし結果を持って問題など無いと証明して見せた。
「ここだぁぁっ!!」
光球に合わせた唐突な体重移動。
倒れ込んでしまいそうな程に横へ傾いたその姿勢によって、車体は走り屋殺しの急カーブを曲がって行く。
既に車体四つ分は付いた差を覆す術は、もう無いだろう。
だが駆人が曲がりきれなければ、これは無効試合だ。
手に汗握る駆人の挑戦は、先程よりもずっと大きく派手な火花で彩られる。
車体のマフラーは削れ、殆ど色が変わってしまっている。
それでも駆人は、確かに曲がって見せたのだ。
「あっ」
曲がった後の事など考えずに、曲がりきってしまったのだ。
「わぁぁぁっ!?」
道の舗装は申し訳程度、峠の真横は直ぐ崖下。
当然柵など用意されておらず、あったとしてもあの速度では受け止めては貰えないだろう。
急カーブを攻略した駆人は、真に異形の乗り手に差を付けたのだ。
天と地、常世と幽世の差を。
「んぁ…」
「お目覚めですか、狩人様」
「うん、起きました…ごめんなさい、人形さん」
狩人の夢
夜に敗れた夢の狩人達が舞い戻る、工房と言う名の牢獄。
ここに囚われたが最後、最早獣狩りの夜が明けるまで死の目覚めを受け入れる事は出来ない。
そう、獣狩りの夜が明けるまでだ。
「夢の中で、夢を見ておられたのですね」
「────えっ?僕寝言とか言ってました!?」
恥ずかし気に頬を掻きながら体を起こす少女が枕としていたのは、人形の膝だった。
固くはあるが、丁度良い高さ。
寝心地は厚手の布地で作られたスカートもあり良質なものだろう。
「いえ…ですが、愉し気な顔をしておられました」
「そ、そうですか?」
腰に付いた土を払い、少女は一つ伸びをする。
パキパキと音を鳴らす背骨と腰骨は、短くは無い時間を花壇で過ごしたようだ。
肩を回し、腰を回し、さぁ本調子だともう一つ伸びをして。
少女は人形の方をゆっくりと振り返った。
「どんな夢を見てたかはもう覚えて無いんですけど…でも」
「?」
「なんか凄く楽しい夢だった気がします!」
「…きっと、素晴らしい夢だったのでしょうね」
「はい、きっと!」
今夜は獣狩りの夜。
決してバイクを駆るような夜では無い。
駆人のバイク
ゲールマンが少女に、否、駆人に授けた大型二輪車。
跨るのは少々苦労するが、その馬力は折り紙付き。
残念な事に、駆人の初心者ならざる無茶な運転で大破してしまったようだ。
とはいえこれも夢のもの。
縁があれば、またどこかで見掛ける事があるのかも知れない。