少女の微睡、泡沫の夢。   作:かなしいな

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何という事だ、頭の震えが止まらない。



※本編との繋がりもちょっぴり。

(薄味なDLC程度の認識で読んで頂けたら幸いです。)


悪夢
鴉の運命、彼の運命。


「ウォォッ!」

「新手かっ!」

 

いつかの夜。

その日もまた、獣狩りの夜だった。

二人の余所者が出会った日であり、二人、或いは大勢の運命が明確に狂うきっかけとなった日でもある。

 

「確かこの方向に……!?」

「また新手────…では、無いか」

 

一人はまだヤーナムに訪れたばかりの男だった。

異邦の服に身を包む姿は、余所者差別が根付いた排他的なこのヤーナムでは珍しいと言える。

歳若い男は狩りに身を置いていた訳では無く、だがヤーナムでの狩りに適応するのは早かった。

ヤーナム産まれの狩人と比べても遜色が無い程に。

 

もう一人の男はこのヤーナムに身を置いて数年が経っていた。

狩人装束に身を包む姿は、外から来た者とは到底思えない程に様になっている。

元は余所者だが数年という期間とそれに伴う夜の経験は、確かにこの男を成長させた。

若年である筈の男の顔は、正しく歴戦と言える風格を備えている。

 

二人が出会ったのは、ただの偶然。

狩りを行った場が同じだったというだけの事。

飛び出して来た獣に異邦の男が杖を振るい、それを追っていた狩人の男が得物を横取りされたと憤慨する。

言ってしまえば、最悪の出会いだ。

 

「…貴公、一つ断っておくが、それは私の獲物だった」

「そうか、残念だったな。今度からは他の狩人に伝わるように絶叫しながら追い立てると良い」

 

売り言葉に買い言葉。

と言うよりは、異邦の男が一方的に吹っ掛けたように見えるが。

兎に角、初邂逅は最悪。

"次に会う事があっても、言葉を交わすような事は無いだろう"

互いがそう思っていたのにも関わらず、二人は会話せざるを得ない状況に放り込まれる。

 

 

 

ビルゲンワース

歴史と考古学を専門とする学舎で、広大な敷地を有する大学だ。

二人が再会を果たしたのは、その学舎の内での事。

二人共が知的好奇心の赴くままに行動する質であり、また二人共がビルゲンワースで学ぶに足る資格を有していた。

 

「また貴公か…」

「こちらの台詞だ」

 

息やウマの合う合わないは別として、趣味と知識欲の対象は大いに合っていた。

二人が特に読み耽っていたのは、"宇宙考古学 上巻"

上中下巻と三冊に渡って宇宙考古学の基本が記されたこの書を、二人は何度も読み返していた。

傍から見れば狂人の類だが、二人が中と下の倍は読んでいるであろう上巻には、確かに知らぬ者をいとも容易く引き込むだけの魅力があった。

 

数年が経ち二人がビルゲンワース内で"余所者"としての侮蔑すら消える程に頭角を現した頃、ある転機が訪れる。

元より知的好奇心の塊のような存在だった二人は、ビルゲンワースでの探究に限界を感じ始めたのだ。

当然、ここより上を二人は知らない。

では何の限界かと言えば、それは学舎では無く学問の限界。

 

欲求に留めを効かせるのも限界になった二人は、考古学では無く今より昔に発見された"聖体"と、それが安置されていた"神の墓"に食指を伸ばした。

ヤーナムの地下に存在する遺跡、神の墓。

そこから持ち出された聖体によって、今ヤーナムで"英雄"と呼ばれている狩人達が所属する"医療教会"が出来上がったらしい。

が、その医療教会がどのようなものなのかは、二人共が理解していた。

 

"あれは本質的に自分達と同じものだ"と。

彼らの言う医療とは、治験であり実験。

言わば探究の一つであり、派生元であるビルゲンワースとそう変わりは無い。

とは言え、今いる学舎よりも"神秘"に近い事は確かだ。

いつの間にやら良き友となっていた二人の足は、自ずと医療教会の総本山である"聖堂街"へと向かっていた。

 

 

 

二人が聖堂街へ辿り着いてからと言うもの、周囲の様子は目まぐるしく変わって行った。

教会所属の狩人となった所までは、まだ良い。

それから得た幾つもの経験こそが、二人のなけなしの良心を苛んだ。

 

まず狩人の男は、処刑隊へと配属された。

何を処刑するのか、その疑念は直ぐに晴れる事となる。

医療教会の血の救いを穢す者共、"血族"。

それらを狩るべし、処断すべしと、彼らは武器を取っていた。

 

部隊が設立され狩人の男が配属されてから一年と経たず、その日は来る。

血族の手によって栄華を誇るカインハースト城に、処刑隊が総出で奇襲を掛けたのだ。

無論狩人の男も駆り出され、多くの血族を手に掛けた。

人とそう変わらない見目、死を迎える直前の絶叫すら、違いは無かった。

 

ならば異邦の男はと言えば、特別な部隊に所属する事は無かった。

だが特筆すべき事が無い訳では無く、語るべきは今は旧市街と呼ばれる街の事。

処刑隊壊滅の報せが届き、だが友が一人帰還したという事を知り不安が晴れたのも束の間。

その後数年を掛けて行われた任こそが、旧市街を焼き払う事だったのだ。

正確に言えば焼却から逃れようとする住民、罹患者達を狩る事だが、加担している時点で同罪だろう。

 

それまで英雄と持て囃されていた狩人達は、一転して大罪人と扱われた。

"穀潰し"や"獣がいなくならないのはお前達のせいだ"と言った罵倒が間違っていない事を、二人は知っている。

あの焼却は、表では病の蔓延を防ぐ為、灰血病によって更に活性化した獣の病が広まる事を防ぐ為のものだった。

だが旧市街の獣の病の蔓延は、どころか灰血病の存在こそが、医療教会の手によって齎されていた。

 

英雄の名を背負い、最前線にて聖剣の御業を振るい続けた教会最初の狩人"ルドウイーク"の失踪も、風当たりが強くなる事の一因だろう。

彼の力によって成していた狩りは、人々が思うよりもずっと多く、彼一人の欠員によって出来る穴もまた大きいものだった。

彼が剣では無く盾となってまで受け止めていた人々の不満が、教会そのものへと向く事で更に痛烈になったのだ。

 

「私達は…正しい事を、出来ているのだろうか」

「お前は正しい事をしたくてここに来たのか?優柔不断は身を滅ぼすと言うが、ここまでやっておいてまだ徹しきれないのなら、もう辞めておけ」

「……いや、そうか。そうだな」

 

 

 

また数年が経ち、二人共が壮年の出で立ちになった頃。

狩人の男は一人、大聖堂の前で黄昏ていた。

手に持つのは大小二振りを柄頭で繋げたような形をした仕掛け武器、"落葉"。

肩には黒い鴉羽のマントを掛けており、白を基調とした処刑隊の装束と合わせて見るとアンバランスな姿をしている。

如何にも"近寄るな"という雰囲気を醸し出しながら佇む男のもとへ無遠慮な足音を鳴らしながら近付いたのは、やはり異邦の男だった。

 

「久しいな、貴公」

「おや、バレてしまった」

「ズカズカと大股で歩いておいて、よく言ったものだ」

 

言いつつ振り返った狩人の男は、直後その瞳に驚愕を浮かべる。

青い瞳の中に、幾つもの光が瞬いている。

赤色、桃色、黄色、緑色。

そう見えているだけかも知れないが、確かに複数の色が存在しているように映るのだ。

各々の光は小さく、だがそれら全てが深い青色を引き立たせるように輝いていた。

 

「貴公、その瞳は…」

「あぁこれか…いや何、ちょっとした実験だ」

 

"宇宙"

進化を齎すものを、あの学舎でそう呼んだ。

狩人の男は、異邦の男の目の中に確かに宇宙を見た。

 

「人は誰でも間違えるものだ。故にこそ自分以外の視点を求め、共有し、議論を行う…だがこの世界は、それらの"準備"を行うには些か流れが急過ぎる」

「…まぁ、そうだな。一々議論をしていては間に合わない事が、多々ある」

「あぁ、だから俺は…次に託す事にした」

 

意味がわからないとばかりに首を傾げる狩人の男に、異邦の男は何も言わずに思考が終わるのを待つ。

男の瞳は、今も爛々と輝いている。

 

「次に託す…後継を育てるという事か?」

「正解だが、不正解だ。育てるというには直接的過ぎるからな」

「……いい加減答えを教えてくれ」

「残念だが、初めから答えを言うつもりは無い」

 

いつも通り、今まで通り。

のらりくらりと躱しては自分の目論見通りに動かそうとする姿に、狩人の男は辟易としながら訊ねる。

 

「では何故私のもとに?」

「少し手伝いが欲しくてな」

「答えは言わないのに手伝いとは、また強引で傲慢だな」

 

肩を竦めながらそう言うと、狩人の男は落葉とマントをしまい始める。

異邦の男は笑顔を崩さず、だが制止するように言葉を続けた。

 

「これから先、今の俺と同じ瞳をした者が現れるだろう」

「……何?」

「だからお前は、お前の尺度でそれらを測り、"目的に不足だ"と判断したのなら狩って欲しい」

「前提からして理解不能だ、それに────」

 

凡そ全てが理解不能と言えるその言葉の中で、唯一今の狩人だからこそ理解が及ぶ言葉。

そして何より、本来は提案すらされないような言葉。

 

「何故、私が人を狩るのだ」

「狩人狩りを継いだのだろう?」

 

狩人の男は、開いた口が塞がらなかった。

"何故知っているのか"、"何処で聞いたのか"

疑問は尽きないが、ハッキリしているのは"それを理解してまず頼むのが、後継であろう人間の剪定"という事のみ。

 

「そうだとして、だ。目的に足るかどうかを私に委ねるのならば、その目的とやらを明かすべきでは無いのか?」

「その必要は無いさ。お前ならきっと正しい者を選ぶ事が出来る」

 

それだけ告げて、異邦の男はその場を去ろうと踵を返す。

意味がわからないのは変わらず、聞きたい事は山程ある。

乾いた声で呼ぼうとも、歩は止まらない。

だが最後に、異邦の男は振り返って言葉を続けた。

 

「どれだけ時を重ねても、謎は尽きるどころか増えるばかり……俺はな、このまま無知で終わりたく無いんだよ。お前もビルゲンワースで学んでいたのだから、理解るだろう?」

 

ずっと感じていた違和感に、狩人の男は答えを見付けた。

今目の前にいるのは、今までの友では無いのだと。

 

「知識欲に抗える者など、この世に居ないのだから」

 

 

 

「んぁ…」

「…お目覚めですか、狩人様」

「あ、おはようございます…またですね、ごめんなさい」

「いえ…魘されておられましたが、起こしても良いものかと」

 

少女は再び、人形の膝で目を覚ました。

胸元と額に置かれた冷たく硬質な、けれど暖かく柔らかい雰囲気を纏った手は、その心配事故に置かれたものだろう。

だが少女にはその心配の理由がわからなかった。

 

「え、魘されてました?悪い夢を見た気はしないんだけどな…」

「では、どのような?」

「うぅん…うぅん…?」

 

答え辛い、と言うよりは答えられない。

そんな唸り声を二つ、三つ…四つと重ねた所で、少女は組んでいた腕を放すと────

 

「忘れちゃいました!って事は悪い夢では無かったんじゃないかなぁ…暑かったとか?」

「…次からは、汗や寝息にも注視しておきます」

「あ、いやいや、そんな事までしなくて良いですって!お膝貸して貰ってた訳ですし!」

 

少女は夢の内容を覚えていないらしい。

だが夢で見たあの光景の幾つかは、少女の深層心理に根付いている。

"泡沫の夢で終わりでは無いのだ"と、他ならぬ少女に叫ぶように。




宇宙の瞳

夢の狩人、その中でもごくごく稀な瞳の色。
輝く夜空を落とし込んだような、深く明るい青だ。
瞳など千差万別と言えばそれまでだが、不思議な事にこの色を持つ狩人は皆一様に業に長けている。

この瞳を持っていた一人の男が、ビルゲンワースに籍を置いていた。
彼の愛読本である"宇宙考古学 上巻"は、彼の望み通りに学び舎へ寄贈されたと言う。
もしかすれば今も、ビルゲンワースの何処かにしまわれているのやも知れない。
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