旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~   作:愛川蓮

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第1章
第一話


(よる)白虎(バイフー)……どうっすか?」

 あたいは都からの付き合いである側近中の側近の『元』退魔士崩れの男と大陸から権力争いに敗れて流れ着いた所を保護した大陸の退魔士一族の人間の一人である女の子にあたいの考えが当たってるかどうかを訊ねるっす。

 

「……あー、こっから先の林の中にモグリの退魔士崩れとしちゃあ上等な結界が張ってあった。まあ、結界に隙間があって妖気が駄々漏れになってたんだが……わざとらしくな」

「十中八九、そいつらは『クロ』ね。金稼ぎの為に仕留めた『中妖(ちゅうよう)』の死体をわざと放置して他の妖を呼び寄せようとしていたようね……ふざけた奴等」

「……やっぱりっすか」

 二人があたいが考えた中でも最悪の答えを返して来たことにあたいは頭を抱えるっす。

 

 こんなんだから『正規の退魔士(あたいたち)』は民からの信用が薄いんすよねぇ……

 

「大変デース!」

「どうしたっすか、『アリシア』?」

 あたいは血相を変えて走ってきた西方からある妖を殺すために集団移住してきて個人的に交流のある退魔士一族の女の子にそう聞いたっす。

 

「食い荒らされてた中妖の死体に残ってた妖気を確認したデスけど……食い荒らしたのは『大妖(たいよう)』デス!」

「え、ここら辺にいるのって中妖じゃなかったんすか?」

「「「……え?」」」

 あたいの言葉に3人が『どういう事だ?』という顔になるっす。

 

「いや、近くで『伴部(ともべ)』さん達『下人衆(げにんしゅう)』が妖退治をしてるんすよ。退魔士崩れ達を捕まえたら手伝おうと思ったんすけど……」

「数は?」

「四個班だから……20人っすね」

「……それ、嵌められたんじゃねぇか?」

「やっぱり、そうっすよねぇ……」

「因みに退魔士崩れ達も意気揚々と狩りにいってマス」

 ……え~と、つまり大妖にとっては大量の(かも)がネギを背負ってやって来たと。

 

「………………全員、急いで走るっすよぉぉぉぉぉ! アリシア、案内をお願いするっす!」

「了解デス!」

 あたい達はアリシアの先導の下に身の程を知らずに大妖に挑もうとしているバカ達とあたいのお付きもいる下人達を慌てて助けに向かったっす。

 

 ────────────────────

 

 満月の夜だった。青白く真ん丸の大きな月が森に覆われた大山をほんのりと照らし出していた。

 

「………」

 俺達は身体に密着した森に隠れるための香を染み込ませた黒衣に身を包み、顔を隠す仮面を被って殆ど人の手が加えられる事もないその森を駆ける。言葉は発しない。沈黙のまま、足音も立てず、特殊な呼吸法を使う事で息を荒らげる事もなく、まるでトップアスリートの如き速度で舗装もされていない道を進んでいた。

 

 

「……っ!!」

 先頭に立つ仲間がそれに気付き手信号で合図する。同時に俺達は疾走するのを止めて各々物陰に隠れた。そして、見る。その巨大な影を。

 

「………」

 大樹の陰に隠れた俺はゆっくりと『それ』の影を覗きこむ。同時に息を呑んだ。

 

 

 漆黒の巨大な影が月明かりに照らし出されてその姿をはっきりとさせていく。全長は……一〇メートルはあるかも知れない。数人の恐怖に怯えた人間の前で唸り声をあげるは白銀の毛に覆われた巨大な狼だった。

 

 ……明らかにそれが自然界のものでないのは分かった。どうやっても普通に考えれば地上で狼がこれ程巨大になるまで成長出来る筈もない。いや、そんな理屈はどうでも良い。そのような理屈を労さずとも一目で俺には、俺達にはそれがこの世ならざるものである事が分かっていた。

 

 俺達には見えた。奴の身体から溢れるどす黒い光が。あの糞共が言うには『妖気』と言ったか? 禍々しく、吐き気を催すそれを身に纏うは目の前の化け物がただの生物ではなくこの世の摂理から外れた存在……『妖』である事を意味していた。そして……

 

(糞が!! 事前情報と違うじゃねぇか……!! こりゃあ、どう見ても中妖じゃねぇ! 大妖だろが!!)

 俺はそんな『隠行衆(おんぎょうしゅう)』の雑でしかない仕事に舌打ちをしたくなるが抑える。そんな事をすれば確実に俺たちの居場所を把握して襲い掛かってくるからだ。

 もっとも……その前に奴の前にいる連中が襲われるだろうが。

 

(ありゃあ、モグリか……? そういや、モグリが妖退治をしたにもかかわらず行方不明者が出てるからなんとかしてくれって依頼が来たって言ってたな)

 俺はあの糞ったれな一族の何だかんだあって俺がお付きとなることになった原作にはいない『3人目の姫(・・・・・)』が言っていた事を思い出す。

 

「……」

 思い出しながら俺は首にかけた御守りに思わず触れる。主経由であの地雷しかないパワー系ゴリラ姫から受け取ったそれは、受け取った以上着けない訳にはいかないので念のために調べて呪術的な効果はないと事は分かっていたが……癪ではあるがこれなら主に言って本当に効能のある御守りでもねだった方が良かったかも知れない。

 

(運が悪い……いや、もしかして嵌められたか……?)

 その可能性もなくはない。あの糞っ垂れな一族の事だ。原作で主人公にしてきた所業から見てあっても可笑しくない。家柄が良い主人公様ですらあの扱いだったのだ。ましてや身分卑しき俺相手ならこれくらいの事……

 

 

(だとしたら仲間には悪い事をしたな)

 別に同行する下人衆の間で殊更友情がある訳ではない。原作を見れば分かるが心を殺し、冷徹に、機械の如く戦うように『調教』されたのが俺達下人衆である。嵌められなくても消耗も激しいので顔見知りも少ない。実際俺の顔見知りで今も生きているのは三人に一人だ。

 

 だとしても、彼らが俺のせいで巻き添えを受けた事実は変わらないが。

 

 

 最前列の下人組の班長が手信号で新たな指示を出す。……モグリ達は囮に使うみたいだな。

 それに従い俺達は各々に武器を引き抜く。刀に弓矢に槍……それらは月明かりを反射しないように炭を塗って、更に金属と血の臭いがしないように薬草を塗っていた。そしてその上には毒薬、しかも無味無臭のである。これらも全て目の前の化け物対策である。中妖迄ならばこれで誤魔化し切れるのだが……大妖相手は初めてなのでこれで行けるかは分からない。因みに俺の手にする武器は槍だ。

 

 既に他の班も化け物を包囲している筈である。一班五人前後の下人衆が四個班、中妖相手ならばこれでも十分……とは行かぬまでも余程の事がなければ壊滅する事はない。だが……

 

『グオオオォォォ……ッッ!!!』

「う、うあ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 妖が一歩踏み出すと、モグリの一人が恐怖に耐えきれなくなったのか背中を向けて俺達のいる方向に……

 

「っ、散開!」

 班長の言葉とほぼ同時に凄まじい衝撃がモグリ達とその延長線上にいる俺達に襲い掛かる。

 

「ぐっ……糞、こんな所で気絶出来るかっ……!!」

 俺は遠のく意識を無理矢理覚醒させて転がる身体を、その体勢を立て直す。こんな所で意識を失ったらそれこそ死しかない事を俺は分かっていた。

 

 

「痛っ……畜生、一発でこれかよ……!!?」

 俺は立ち上がると共に周囲の惨状に臍を噛む。俺と咄嗟に反応できた班員一名(確か久住(くずみ)だった筈だ)以外の班員とモグリ達は全員死んでいた。それも惨たらしく、人の形を殆ど保っていなかった。恐らくは大狼の尾の一撃によるものだろう。凄まじいその一撃は大狼の前にいたモグリ達と俺達が隠れる木々や岩ごと吹き飛ばしたのだ。

 

 尾に直接触れた者は上半身が消し飛んでおり、奇跡的に尾の直撃を受けなかった者もその余波で飛んできた砕けた岩や木々の破片に体をズタズタに引き裂かれていた。

 俺達が生きていたのは奇跡に近い。……まあ、俺は尾を振られた際の突風で地面に叩き付けられた時に左肩が外れたらしいが。

 

「く……伴部、大丈夫か!?」

「なんとかな……左肩は外れたらしいが……」

 久住が俺の心配をしながら、立ち上がって刀を構える。

 

「奇襲は失敗、か……」

「他の三個班は既に戦ってる。お前も肩をはめたらすぐに……」

「でぇいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 俺達がそんな事を話していると、場違いな程の気合をいれた声が森の中に響き渡る。

 

「この声は……」

 俺が大狼の方を見ると、そこには戦っていた残りの三個班……いや、既に五人が大狼に殺されていて二個班になっていた。その生き残りの班員の一人に振り下ろされた足を薙刀で受け止めて弾き返すオレンジ色の髪を背中で括り、頬に横の線が鼻まで届く十字の傷を負った拳法着を着た少女がいた。

 

「大丈夫っすか!?」

 そこにいたのは、俺の主でありヒロイン達に次ぐ警戒対象である原作ゲームに存在しない『鬼月(おにつき)家』の三の姫……『鬼月(あさひ)』だった。

 

 ──────────────

 

 間に合った。間に合ったけど……! 

 

(八人も犠牲者を出しちゃうなんて……!)

 あたいは自分の勘の鈍さを本気で呪いたくなる。けど……立ち止まってる暇はないっすよね! 

 

「下人衆のみんなはあたいの指揮下に入ってもらうっすよ! 各員は武器と陰陽術で援護を! 『玉鋼(たまがね)』、『呪印(じゅいん)』……出番っすよ!」

 あたいの腰に取り付けてある蝶の形に切り取られた鉄色と紫色のお札が一斉に飛び立ち、鉄色が生き残っている下人達の武器に紫色が同じく腕にくっついていくっす。

 

 するとさっきまで効かなかった下人達の陰陽術が大狼の妖力による中和を無効化して直撃し、武器は大狼の毛皮を易々と切り裂き皮膚に傷を刻み込んでいったっす。

 

 玉鋼と呪印はあたいが中妖でも無効化される時には無効化されちゃう下人達の武器や陰陽術をどうにか強化できないかと頭を捻って考えた際に思い付いた式神でその能力は一定時間の間、あたいの霊力を貸し出すことで下人達の武器や陰陽術を強化する事っす。

 …………まあ、あたいの霊力が義理の姉の一人と同じ位多いから出来る芸当なんすけどね。

 

『グワオォォォ……!?』

「夜、アリシア! 追撃を!」

「おっしゃあ!」

「Kill、Freaks!」

 今まで毛ほども効かなかった攻撃が急に効き始めた事に大狼が驚愕している隙をついてあたいの指示を受けて夜が跳躍をすると、手にはめた籠手で思いっきり大狼の顔を殴り飛ばし、アリシアが鞘から取り出した両刃の剣に光を纏わせて大狼の右前足を豆腐でも斬るかの様に切り飛ばした。

 

『!?!?!?』

「白虎、足止め!」

(わん)家、封式三型……『影縫い(かげぬい)』!」

『グオ!?』

 足の一本を切り飛ばされた事で痛みで声にならない鳴き声をあげながら無茶苦茶に暴れようとした大狼の影に向かって白虎が投げた(ひょう)が呪符を地面に張り付けると、大狼は突如として動きを止めたっす。

 

「霊力がごりごり減ってるから、そう長くは保てないかも……」

「それでも十分っすよ! 全員、総攻撃!」

 あたいの号令一下で下人達とあたい達は全員で攻撃を仕掛けるっす。

 大狼はその時に漸く解放されたのか、すぐさま迎撃をしようとするっすけど……

 

「遅せえんだよぉ!」

 夜の渾身の一撃を鼻っ面に喰らって顔を跳ねあげられ……

 

「大人しく、くたばり、やがれ……デぇぇぇぇぇス!」

 勢いのままに突進してきたアリシアに右後ろ足を切られたことで転倒し、苦し紛れに振るおうとした尾も根本から斬られ……

 

「行くぞ! 旭様に後れをとるな!」

 左肩を無理矢理はめたと思われる伴部さんを先駆けとした下人達の攻撃で更に傷を増やし……

 

「これで……止めっす!」

 あたいが渾身の力を込めて振るった薙刀が呆気なく大狼の首を断ち切った。

 

「…………ふい~」

 あたいは大狼の首が飛んで地面に『ズシン!』と音をたてながら落ちるのを見た後で額の汗を拭うっす。

 ……今思うと半人前の退魔士四人と下人十二人で大妖に挑むって、ちょっと可笑しいっすよね。

 

「旭様、いと貴き貴方様が直々にこの場所に御出向きになり助太刀頂けた事、身に余る光栄。恐縮の至りで御座います」

「そんな事は言わなくても良いんすよ、伴部さん。あたいは相談役様の昔の恩人が紹介してくれたのと当主様の昔の恩人の娘だからって、『お情けで鬼月の姫になった霊力が過剰にあるだけの元村娘の下人擬きや半妖達を率いるお山の大将』に過ぎないっすよ」

 あたいは畏まって礼を述べる伴部さんに前に本家の人間達が言っていた陰口を自嘲気味に言いながら手をヒラヒラと振って……妖気!? 

 

 あたいが慌てて振り向くと、そこには大口を開けて此方に迫る大狼の……頭が上空から降ってきた大剣に貫かれて縫い止められたっす。

 

「あっ……」

 あたいがその剣の主が誰だかを気付くと同時に、気恥ずかしさで顔が熱くなるっす。

 

「旭、油断し過ぎだ」

 完全に息の根の止まった大狼の頭部の上に立っていたのは、伴部さんと同年代の黒髪の幼そうだけど同性のあたいから見ても絶世の美少女……動きやすそうな男物の和服を着込むその人は手に持つその人とほぼ同じ位の大きさの大剣に背後を照らし出す満月も相まって実に幻想的に見えたっす。

 

「……ごめんなさい、(ひな)姉」

 その人の名前は『鬼月雛』。この場にはいないもう一人の義理の姉ともどもあたいが追い付き、隣に立ちたいお人っす。

 

「でも、助けてくれて助かったっす」

「別に、仕事帰りにそれなりに強い妖力を感じたから来ただけだ。……それにしてもこれは酷いものだな。隠行衆の奴ら、伝える情報を間違えたのか? 下人衆だけで挑むにはこの数は少なすぎる」

「そうなんすよねぇ……モグリ達のうっかりでここら辺に住んでた大妖が来ちゃったみたいなんすけど、何処をどうしたら大妖が中妖に見えるんすかね?」

 あたいが周囲にあるモグリ達や下人達だった物に眉を顰める雛姉に隠行衆の情報の間違いを告げると、雛姉は鼻白み、そして何かを察した顔つきになるっす。

 

「……旭、お前のお付きの下人を連れて私に同行しろ。此度の苦戦の原因は隠行衆によるものだと言う証人が必要だから。彼の口から長老方に御報告させなさい」

「了解っす」

 あたいは伴部さんを除いた生き残りの下人達と夜達にモグリ達と大狼、死んでしまった下人達の死体などの処理と残っているなら遺品を回収するように指示を出すと、何故か頭を抱えている伴部さんと一緒に雛姉の近くに行くっす。

 

 あたいが雛姉の近くに行くと次の瞬間には雛姉の傍らには巨大な龍……雛姉の従えている最上級の式神『黄曜(こうよう)』がいたっす。突如、何の前触れもなく現れた強大な神霊力を纏う神々しい神獣にあたいは目を輝かせ、伴部さんは息を呑む。雛姉はそんな龍に当然のように乗り移るっす。

 

「んじゃ、あたいも……『飛鷹(ひよう)』!」

 あたいは巨大な鷹の式神を呼び出すと、その上に伴部さんと一緒に乗るっす。

 

「それでは行くぞ」

「うっす! 飛ばしておくっすよ!」

 ……まあ、格も能力も違いすぎるから飛ばしても置いていかれるだけなんすけどね。

 

(姉御様と仲が良くて、ゴリラ姫に見捨てられないでいるだけの才能に拗らせババアに多少は気に掛けられるだけの性格の善人……こんなハイスペックなキャラクター、『闇夜の蛍(あのゲーム)』にいたか? あの鬱ゲーにこんな奴がいたら速攻でヤンデレ達や妖達に……ん?)

 あたいが式神の能力の差で雛姉に置いていかれていると、伴部さんが青ざめた顔で懐をまさぐっていたっす。

 

「どうしたっすか?」

「……いえ、旭様経由でもらった御守りをなくしたようです」

「もー、ダメっすよなくしちゃあ、あたいが怒られ……あれ?」

 ……………………あたいに、渡されたのも、なくなってるっす。

 

「……夜達が拾ってくれるのを祈るしかないっすね」

「……拾ってなかったら?」

「あたいが矢面に立って怒られるっすよ」

 あたい達は伴部さんに興味を持っているもう一人の義理の姉の顔を思い浮かべながら「「はぁ」」と溜め息を吐いたっす。

 

 ────────────────────

 

「………」

 星星が輝く空、そこを突き進む一頭の龍、そしてその頭にしがみつく一人の凛々しい少女……扶桑国が妖退治の名家『鬼月家』の直系の娘は手元にある2つの御守りを一瞥する。

 

 それが何なのかを彼女は知っている。あの無邪気で天真爛漫で、身勝手で気分屋の妹があの下人に下賜し、義理の妹に手渡したものだ。あの何でも貰えるのを当然と勘違いした、人を見下した女がよりによって……

 

 

「よりによってこんな気味が悪くて品のないものをあいつに………」

 ぼおっ、と次の瞬間には巧妙に偽装を施した精神操作と千里眼の呪いがかけられた下人の持っていた御守りは彼女の手元で生じた青白い炎の前に術式ごと焼き尽くされていた。

 

「旭も旭だ。何故こんな品を……いや、あいつの事だ、どうせ奴があげた品を何時もの調子で受け取ったのだろうな」

 自分と同じ農民出身の無邪気で天真爛漫で、何処までも誰かの為に頑張れるが故に腹違いの妹に騙されやすい義理の妹の顔を思い浮かべながらもう1つの御守り……巧妙に偽装を施した千里眼の呪いと御守りに込められた分の霊力を引き出せる術式がそれを覆い隠すように施されていた旭の分の御守りを弄ぶ。

 

「…………」

 彼女は弄んでいた物を懐に仕舞うと手に残った僅かな灰を汚いものとでも言うように放り捨てた。鬼月家の長女は、そのまま夜空を駆ける。そして、考える。彼を嵌め、謀殺しようとした奴が誰かを、そしてそんな身の程知らずの愚か者をどう処分しようかを。

 

「旭、私は信じているぞ。あいつを……■■を幸せに出来るのは私だと言ってくれると」

 彼女は愚か者の処分方法を考えながら、伴部が旭のお付きの下人になった時に旭が彼女と妹に持ち掛けた『賭け』を思い出して呟く。

 

「『(あおい)』、他のものはこれまで通り幾らでもくれてやる。土地も、金も、家も、全部くれてやる。だから……」

 妹に対する怨念とも呼べるような事を言いながら……最後に一瞬沈黙して、彼女は良く響く声音で呟く。

 

「あいつは私のものだ……! 賭けに勝つのは、私だ……!」

 夜のように静かな声音には、しかしドロドロとした劣情と激情が染み出していた……




次回もお楽しみに!
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