旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~ 作:愛川蓮
正直な話を言えば、俺達はこの時楽をしようと考えていた。
考えれば当然だ。ゴリラ様や鬼月旭を中心に四人も正規の退魔士がいるんだ、幾ら百近くもいるとはいえ、妖の群れなぞ敵ではない。戦闘と気負いする必要もなく、適当に戦えばあっという間に皆殺しに出来るだろう。ゴリラ様達が橘商会に恩を売るならば本人達が目立つ方が良いこともある。俺達がでしゃばる必要はない。
だが、だがである。俺達はこの時点で油断していた。少しでも考えれば簡単な事なのだ。あの加虐趣味の気紛れ屋な妹ゴリラが可愛がっている義妹の頼みとはいえ、素直に申し出に従ってくれる訳が無いことを。つまり……
「遊んでやがる……」
「遊んでるわねぇ……」
俺達は唯人の従者や雑役達に襲い掛かる中妖クラスの狐やミノタウロス、小妖を夜や鳥谷有吾、橘商会の護衛達と一緒に相手にしながら小さく呟いた。
白虎の妹達と共に激しく鬼と打ち合う鬼月旭、大妖クラスのミノタウロスと義妹や白虎と連携を取りながら斬り結ぶ赤穂紫に比べれば、ゴリラ様は圧倒的であった。
扇をふわりと振れば嵐が巻き起こり化物達を吹き飛ばす光景は圧倒的ではある。あるが……それだけだ。本当ならばあくびしながらその風の刃だけで化物を細切れに出来るだろうに、やる事は文字通り吹き飛ばすだけであった。明らかに適当に……いや、寧ろ彼女の実力ならば適当にしてももっと凄まじい破壊を生み出せるだろう。彼女にとってはあれほど手加減するとなると適当にやるよりも遥かに力加減が難しい。
「とっとと始末してくれたら俺達も楽なのにな……って、おい。マジかよ!?」
「まっず……!」
俺達はそれを視界に収めると顔をしかめた。俺の視線の先には横転した馬車、それに恐らくは怪我をして動けない身なりの良い夫婦、人型の姿をした化け物、そして首飾りを握りしめてそれに向かって走り出す少女とそんな少女に呆然となる少女……おい、馬鹿! 何で佳世ちゃん馬車の中隠れてないの!? あと、あいつは誰だ!?
「沙世!? 一体、何…を? 嘘、あれって……」
「あれが三人目か……って、おい。どうした?」
「……設定集や一族の資料で読んだことがあるわ。あれは『
……化け物に特攻して佳世ちゃん達を救おうってのか!? そんなん、佳世ちゃんに余計なトラウマを残すだけだろうが!
「沙世姉! 駄目っす!」
「逃げるな、この野郎! 俺の体の火照りを冷まさせろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「邪魔っすよぉ!」
鬼月旭は首飾りに気が付いたのか慌てて助けようとするが、戦闘に興奮している鬼に阻まれて助けられない。
「沙世! ダメ!」
「白虎、まだ牛頭を倒せてない!」
「抜ければ被害が出ます!」
「く、うう……!」
白虎も一族を雇ってもらっている恩があるからか助けに行こうとするが、大妖クラスのミノタウロスと打ち合っている赤穂義姉妹に正論を言われ、助けに向かえなかった。
「ちぃ、姫さんはっ……!!?」
「……なんか、あんたの方を見て笑ってるんだけど?」
視界をゴリラ姫に向ける。はは、まだ遊んでやがるわ。というか、あの笑みであいつの企み読めて来たわ。
「あーはいはい! いいさ、やりますよ! やればいいんだろう……!!?」
「沙世は大切な転生者仲間だもの、助けないとね!」
俺はゴリラの意地の悪い御要望通り、葛葉唯は転生者仲間を助けるために近くにいた狐を蹴り飛ばすと槍と刀を構えて化け狐と橘沙世の間に躍り出て化け狐の顎の一撃を寸前で槍で受け止めた。
「ぐおっ……!? 重っ!!?」
同時に来る激しい圧力に俺は歯を食い縛り必死に耐える。が、次の瞬間に化け物の牙の一撃を前に鉄製で出来ている筈の槍がゴキ、という嫌な音と共に捻曲がっていた。
「糞こら、こいつ、一発で柄が捻じ曲がってるじゃねぇかよ。これ本当に下っぱの時の物よりも上等な代物なんだよな……?」
「一応はね! てか、なにやってんですか沙世様!」
はは、ウケルウケル。班長支給の装備は下っぱよりは質が良い筈なのにな。洒落にならねぇぞ……!!?
噛み付きを防がれた化け狐は一端引き下がったと思えば今度は鋭い爪の生えた前足を振り上げて……
「どおりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おうわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「飛っべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
『ブモオぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』
「ぐべぁ!?」
殴りかかろうとして、着物の襟を掴んだ鬼月旭に投げ飛ばされた鬼と白虎の全力の蹴りを受けて吹っ飛んできたミノタウロスが激突して団子状態になった。
「沙世姉、大丈夫っすか!?」
「あ……うん。なんとか」
「伴部、唯! 今の内に沙世様達を!」
「わかった!」
「今のうちに商会長方をお助けしろ……!!」
慌てて駆け付けて来た鬼月旭が無事を確認すると、緊張感が途切れたのか腰を抜かす橘沙世。それを見た白虎の指示で俺は戦闘に気付いて駆けつけて来た数名の商会所属の退魔士や人足に橘沙世の避難と会長達の救助を命じる。本来ならば俺に命令権なぞ皆無で反発されそうではあるが……この非常時、しかも相手が三下とは言え大妖相手ともなれば呆気ないくらいに簡単に俺の申し出に従い彼らは上司を助けに向かう。うん、あんな化け物と戦いたくないよね、凄く分かる。
「よし、これで……うおっ!?」
「こんのぉ!」
「!? これは……」
「さっきの牛頭の首!?」
次の瞬間に感じた殺気に俺は咄嗟に折れかけた槍を捨てて腰元から短刀を抜いて身体の左側で構えていた。コンマ数秒後に影が見えたと思えば鬼月旭が薙刀を振るってそれを吹き飛ばし……そこにあったのは鬼や化け狐と一緒に団子になっていたミノタウロスの首だった。
「鬼や狐は何処……ぐう!?」
「が……!?」
次の瞬間、俺と白虎は近場に止まっていた馬車の荷台に叩きつけられていた。
「ひぐっ……あがっ…!? おうぇ!!?」
「かふ、けふ…ぐう……!」
強烈な衝撃と激痛に俺達は胃液と血を同時に吐いていた。そのまま地面に倒れる俺は、痛みと衝撃によって脳震盪を起こして暫しの間何が起きたのか把握すら出来なかった。
「くぅ……化け狐!」
すぐに立ち上がった白虎はトンファーを構えながら化け狐に向き直る。って、事は……
「中々やるじゃねえか! それじゃあ、今度は此方の番だあぁぁぁぁぁ!」
「上等っすよぉ! さっきも言ったけど、赤髪碧童子を倒すための予行演習にしてやるっすよ!」
「ああ、もう! やれば良いんでしょう、やれば!」
俺が目線だけで周囲を見渡すと、そこには身の丈程もある刀を豪快に振り回す鬼と斬り結ぶ鬼月旭と葛葉唯の姿があった。
「死ね!」
「伴部!」
そう言って白虎が俺の体を抱えると、横に転がって降り下ろされた化け狐の尾を避けた。
「すまん!」
「気にしない。婿を助けるのは妻の役目」
「だから、俺はお前の婿じゃない!」
このやり取りを後何回すれば良いんだ、俺は……
「って、考えている場合じゃないか……行け!」
次の瞬間、俺がゴリラ様の式神を降りた際に出していた式神の鷲が二羽、俺の命に従って高度から一気に、そして垂直に化け狐に向けて爪を立てながら急降下する。
式神が狙うのは化け狐の頭部、正確には眼球部分である。他の場所は妖力と毛皮と脂肪で防がれる。俺の召喚出来る雑魚い式神程度では相手にダメージを与えるにはそこを狙う以外に選択肢はなかった。
「ふん、小賢し……「はあ!」ぐうお!?」
尾の一振りは、次の瞬間には直上から襲いかかった二羽の式神を引き裂き……その瞬間に合わせて肉薄した白虎の一撃が化け狐の喉に炸裂した。
喉に突き刺さるように叩きつけられたトンファーの打撃は厚い毛皮と脂肪に阻まれて対した痛手は与えられなかったが……化け狐を咳き込ませて怯ませるには十分だった。
「ゴホ……」
「せあぁぁぁぁぁ!」
「ぐ、が……ぎい、あ……!?」
数歩下がってゴホゴホと苦しそうに咳を吐き、目に涙を浮かべる化け狐に更なる連撃を叩き込む白虎。
「ゴ………くう! お、おのれぇ!」
「正直こいつを使うのは不本意なんだけどな……!!」
「な……!?」
そう言って尾の一撃を食らわそうとする化け狐だが、隠行術やクロイツ家経由で仕込まれた魔術等を活用して忍び寄っていた俺のゴリラ様製の短刀による不意打ちが尾の全てを根本から切り落とした。
「ぎ……ぎいぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 尾が……妾の尾がぁぁぁぁぁ!? 雑魚風情が! 許さぬぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「隙ありっすよぉ!」
「げびぃ!?」
化け狐は下人である俺風情に尾を全て切り落とされた事に激怒しながら後ろ足で俺を蹴ろうとして……鬼月旭の飛び蹴りを横っ面にもらい、ひっくり返った。
「旭、鬼は?」
「夜やアリシア達が引き受けてくれたっす。あたいとしてはもう少し戦いたかったんだけど……夜達が『不意打ちの危険もあるあの化け狐を仕留めろ。それからじっくりとやれば良い』って、言われたんで」
そう言って鬼月旭は薙刀を化け狐に向けながらそう言う。
「こ、この……猿ごとき、があぁぁぁぁぁ!」
「隙だらけ!」
「王家封式三型、影縫い!」
「ぬあ……!?」
周囲に狐火を従え、殺意に満ち溢れた目で俺達を見ていた化け狐だったが……白虎の妹である龍姉妹の影縫いで体の動きを封じ込められる。
「これで終わりっすよぉ!」
「覚悟!」
「くたばりやがれ……!」
そのまま鬼月旭が薙刀で首を、白虎がトンファーに霊力の刃を纏わせて眉間を、俺が短刀を構えて心臓を狙って武器を繰り出し……
『させるかよぉ!』
『この……下人にイレギュラー風情がぁ! よくも佳世ちゃんとのフラグ建てを邪魔してくれたなぁ!』
『……はぁ。仕方ない、か』
烏天狗と白鷺の式神といきなり現れた燕の式神によってその全てが弾かれた。
「な……!?」
「え……!?」
(まさか、コイツら……!?)
「死ね……!」
俺がコイツらの正体を察するも、血走った目の化け狐の狐火による一撃が致命的な隙をさらした俺達を……
「あら駄目じゃないの。そんなことをしちゃあ」
「ギャ……!?」
焼き尽くす寸前、恐らく術式も使わず、ただ単に力学的に運動エネルギーを付与された……つまりは蹴りあげられただけの握り拳大の石が音速を超える速度で化け狐の顔面に激突した。仰け反る妖はそれにより妖術の展開を阻害され、火の玉が幻のように消え失せる。
「それと……邪魔をしてくれたお邪魔虫は退場しなさいな」
『な……』
『へ……』
『く……!』
更に、俺達を狙って攻撃しようとした式神達が風の刃によって塵一つ残さずに切り刻まれる。
余りに突然の事で場の目撃者は唖然としていた。俺と鬼月旭だけがその実行犯が誰なのかを察しており、声の方向に視線を向ける。
「葵姉!」
そこにはニコニコと心底楽しそうな顔で扇を扇ぐゴリラ様がいらっしゃった。それだけならば着込む和服と本人の美貌、それを照らし出す月明かりも相まって幻想的だろう。
尤も、足下には文字通り原型すら留めぬ血塗れの肉塊と化した化け物どもの死骸が散乱しているのを無視する必要があったがね……
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鬼月葵は扇子を振り回して、化物共を吹き飛ばし、弄びつつその光景に満足していた。
「別に狙った訳ではないでしょうけれど、相変わらず絶妙な瞬間に顔を突っ込むなんて愉快な事ねぇ」
遠目に見える伴部達と狐の相対を鑑賞しながら葵はくすくすくす、と楽し気に声を漏らす。彼からすれば予め恩を着せるためなのだから商会の家族を助けるのを優先すると思っていたのかも知れないが……とんでもない。彼女にとっては商会に対する恩着せなぞオマケでしかない。彼女にとってはそれよりも遥かに優先するべき事があり、そしてそれは正に目の前で起こっていた。
「あらあら、罪作りな事。妬けちゃうわ。あんなちっちゃい子達までたぶらかすなんて、悪い男」
葵は目を細めて見据えるのは護衛らしい雇われ退魔士や人足に助けられ、避難する少女達の姿。黒髪の少女は文字通り命の危険しかなく、今まさに現在進行形で破壊が生み出されている恐ろしいそれを、しかし熱に浮かされたように凝視していた。その目には見覚えがあった。それと良く似た目をしていた事が彼女にもあるのだから。
金髪の少女は恋い焦がれ、思い慕う人を見るような目で伴部を凝視していた。その目にも見覚えがあった。それと良く似た目を、不愉快だが義妹のお陰で(彼女が賭けに勝利した時には側室にしようかと思う程度には)大切になりつつある腹違いの姉の目を彼女は知っていたからだ。
「ふふふ、これはまた成長が楽しみ」
鬼月葵は嘲るようにも、慈しむようにも聞こえる声で誰にも聞こえない程に小さく彼女の『英雄』の一人に向けて囁いた。(彼女にとってのもう一人の『英雄』は彼女が不快に思っている鬼と闘うための予行演習として別の鬼と激しく斬り結んでいる)
(そうよ、そうやって成長しなさい。名声を手に入れなさい。英雄へと至りなさい。そうする事で貴方は漸く私が傍らに控えるに値する存在に昇華出来るのだから。ほら、観客の皆様方、とくとご覧なさいな。たかが下人が知恵と工夫を凝らして、紙一重で死を回避しつつ必死に戦い、勝利を掴み取ろうとする姿を!)
……内心でそう宣う彼女は明らかに上機嫌であっただろう。
最も……
(……相変わらず憎たらしい女。まあ、思いの強さは認めてやらないでもないけど……彼は私の夫よ)
伴部の隣に立って共に戦う彼の妻を自称する大陸の少女には殺意混じりの思いを向けていたが。
「……いつも詰めは甘い人だから、こうやって見守らないとね?」
恋人に向けてのようにも、子供に向けてのようにも思える言い草で鬼月葵は言葉を締めくくった。そして、そこで一旦顔を険しくするのは事態が変わったためだ。白虎の妹達によって隙を作った化け狐を伴部達が仕留めようとして……その瞬間に身の程知らずのお邪魔虫達が彼らの攻撃を弾いた事で逆に彼らが隙をさらしてしまったからだ。
「仕方無いわね。今回はここまで、ね」
……少々物足りないが、取り敢えず今回はこれで見納めだろう。欲をかくと元も子もなくなるのだから。他者がどう思っているかは兎も角、彼女は自分が控えめな性格だと信じていた。
彼女は足元に転がっていた手頃な大きさの石っころを見つければそれを蹴りあげた。霊力を調整して、あの狐が死なない程度に手加減して蹴り飛ばす。石は弧を描いて狐の頭に命中、その片目を吹き飛ばした。悲鳴を上げる化け狐。
「あら駄目じゃないの。そんなことをしちゃあ」
最愛の彼と可愛い義妹を二人とも焼き払う積もりか? ……声に出さずに彼女は宣う。全く、雑魚の分際で此方を困らせないで欲しい。
そして……
「それと……邪魔をしてくれたお邪魔虫は退場しなさいな」
身の程を知らずに彼らを邪魔してくれた五月蝿い蝿達をこの世から抹消する。近くに術者がいなかった為に式神を消し飛ばすだけで済ませたが、今後も邪魔をするようなら地の果てまで追い詰めて殺そう……と、彼女は内心でそう思っていた。
「葵姉!」
「ウグ……グウウゥゥゥゥ……!!」
喜びと気恥ずかしさの混ざったような顔で此方を見る義妹に続いて片目が潰れて血を流しながら狐は葵を鋭い形相で睨み付ける。殺意を込めた視線は、しかし彼女にとっては一欠片の恐怖も感じられない。当然だ、あの程度の眼光なぞこれまで幾度も見てきた。いや、もっと恐ろしく、悪意と憎しみに満ちたものすら……ならば何故あんな可愛らしい視線に怯えよう?
「ふふふ、そんなに潤んだ瞳で見ないで頂戴。可愛がりたくなるでしょうに」
「死ね、雌が!!」
次の瞬間放たれたのは咆哮だった。いや、咆哮というのには少々物騒かも知れない。それは音の暴風だった。咆哮の衝撃波は真っ直ぐに鬼月の次女に向けて放たれて、途中にあった壊れた馬車は文字通りバラバラに砕け散る。たかが音と思って油断すれば唯人であればその衝撃だけで肉片と化すだろう。
「『
「な……」
しかし……その言葉と共に鏡と見紛う様な刀に音の暴風は飲み込まれた。驚愕する狐にそれを成した少女は気だるげに刀を振るう。
「御返し」
「な……ギャイン!?」
その刀……赤穂
「相変わらず無茶苦茶な刀だな……」
「まあ、刀が写した妖術とかを刀に封印した上でそれを射った本人に向けて確実に打ち返す絶対反射の妖刀っすからね……しかも、所有者の霊力も付与して威力も跳ね上げるし……」
義妹と伴部が刀の事でひそひそと話していたが、葵はふんと鼻を鳴らす。
(興味は無いわね)
心底興味のなさそうな様子の葵に気付いたのか、旭は苦笑いをしていた。
「ぎ、が……!!」
「食らい付きなさい、『
「ぎゃあ!?」
今度は喧しい従妹の持つ妖刀であるこれも赤穂討魔十本刀の一振りである『
「グ、お、おのれぇぇぇぇ……!!」
化け狐は苦渋に満ちた咆哮を上げる。同時に周囲の戦場から数頭の化け狐が音もなく踊り出て……
「そうはさせないっすよぉ!」
義妹の渾身の一撃でその全てが一掃された。義妹は瞬時に殲滅の為の攻撃は出来ないが、溜めを行う時間があれば、この程度の化け物など一掃できるだけの攻撃は出来るのだ。それを信じていたからこそ、葵は指一本たりとも迎撃に動かなかった。
「葵様、旭様……!!」
直後、伴部から投擲された短刀と折れた槍の穂先が隠行術で彼女と旭の目の前まで迫ってきていた化け狐の頭を貫いてこれを一撃で絶命させた。
「伴部さん、ありがとうっす」
「………余計な御世話よ? あの程度の雑魚相手に、私が手傷を負うと思った?」
「そこは素直にお礼を言ってほしいんすけどねぇ……」
呆れた表情の義妹を目で制しながら、不敵で不遜な態度で彼女は横入りの一撃を放った伴部に声をかける。能面を被った伴部は膝を折って口を開く。
「姫様達の実力は承知しております。差し出がましい真似を致しました事お許し下さいませ。……しかし、妖相手に油断は禁物ですので」
淡々と、事務的な口調で伴部は答える。
「そう。……逃げたわね」
「牛頭と鬼の方の群れはアリスさんやリリシアさんの大技で掃討したっぽいんすけど……狐と鬼には逃げられたぽいっすね」
扇子で口元を隠しながら葵は指摘し、旭は頭を抱えながらそう言う。先程の三下の化け狐の襲撃はあの(元)四尾の大妖が逃げるための目眩ましであったらしく、あの巨体はいつの間にか消え失せていた。狐らしく逃げ隠れはたかが大妖の癖に達者なようであった。
鬼の方は身体能力に任せて全速力で逃げ出したらしく、遠くに走り去る豆粒の様な影が見えていた。
「従姉様、追いますか?」
「逃げに徹した妖を追うのは隠行衆でも難しいわ。捨て置きなさい」
血気に逸る従妹を嗜めながら葵は旭を見る。旭は溜め息を吐きながら、空を見ていた。
「夜が明けて来たっすねぇ……」
気付けば夜の闇は夜明けの光が昇り始めていた。青紫色に染まり始める空、山の合間から日の光が僅かに頭を出して戦いが終わった街道を照らし始める。
どうやら、他の三下の化け狐共も逃げ出したようでもう周囲で戦闘の音は聞こえない。
「……行きましょう。会長も流石に怪我の手当てくらいは終わっている筈よ。荷物の管理について色々と言いたい事もあるし、顔を見せてお話をしなくちゃね?」
「あたいも、沙世姉に文句を言いに行くっす。……でも、荷物の件は多分だけどあの式神達の仕業っすよ?」
意地悪そうに笑みを浮かべた葵に旭はそう注意し、二人は空に待機させていた霊獣達にそのまま周辺警戒を命じると踵を返す。
「旭様。お供致します」
「伴部さん、佳世ちゃんのお世話を頼むっす。 あたいは沙世姉に文句を言うんで」
「……承知いたしました」
投擲した短刀を回収した後、歩き始めた義妹の後ろに控えるも命令された事にげんなりとする伴部。
そんな会話をする旭に若干の嫉妬と羨望、伴部の本当の名前を知る腹違いの姉に対する何とも言えぬ苛立ちと劣等感、自身が愛する男の本当の名前を知らない事に対する悲しみの感情を抱くが、葵はそんな事は露とも見せない。
だが、葵はこうも考える。
(今は良いわ。今はまだこの関係で……この距離感で良いの。距離を縮めるまでまだまだ何年も時間はあるもの。本物の名前を識る機会も、その名前を呼ぶ機会も、だから……)
「お礼は纏めていつか……そのうちに、ね?」
「葵姉、何か言ったっすか?」
「いいえ、別に」
旭の問いを扇子で隠して誤魔化した彼女の口元はこれまでとは違い優しく、柔らかそうにつり上がっていた。
次回もお楽しみに!
因みに、紫(むらさき)が首削ぎ丸の捕食形態を使いこなせているのは紫(ゆかり)と色々あった際に伴部や旭と共に首削ぎ丸をわからせ(物理)したからです。