旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~ 作:愛川蓮
『闇夜の蛍』の前日譚『狐児悲運譚』における物語の流れはこうだ。
都を守る退魔士達によってズタボロにされた所を、自らの魂を何十と切り刻む事でどうにか生き残った妖狐『狐璃白綺』。その分身達は都とその周辺で人食いに精を出す一方で唯一つ、特殊な分身を分けていた。それが自らの存在の根源たる『半妖』としての自分自身である。
狐璃白綺は只の凶妖ではない。より正確には極めて珍しい半妖から凶妖にまで至った存在である。
こればかりは流石に元陰陽寮の頭の吾妻雲雀も想定していなかっただろう。半妖という存在自体が決して多くはないし、半妖は人間に迫害され、妖にも食われやすい存在だ。凶妖どころか完全な妖に至る者すらまず殆んどいないし、そんな存在が分け身をした結果どうなるかなぞこれまで事例の報告もなかった筈だ。何よりも化け狸の半妖として相手の嘘や演技を見抜けるだけの観察眼があるからこそ足を掬われた。
実際問題、白い狐の少女は何一つ嘘はついていなければ邪な考えなぞ全く抱いてもいない。凶妖としての、妖としての邪悪な部分から削ぎ落とされて、自身のこれまでの残虐な所業の記憶も引き継いでいない彼女は本質的に只の無垢な半妖の子供に過ぎない。
しかし、同時に彼女は間違いなく九尾の凶妖狐璃白綺の分け身であった。故に彼女が何処にいるかを他の分身達は把握していた。尤も、残る分身達は当初、この情けない分身を捨て置く積もりでいたのだが……
半妖としての、少女としての記憶と意識を保持するこの根源たる分身を、しかし他の妖としての分身達は疎んでいた。文字通り血反吐を吐く程の困難を切り抜けて凶妖にまで至った彼女らにとって脆弱で臆病で、泣き虫で弱気なただただ搾取されて虐げられるだけだったあの頃の自分は捨て去りたい恥部に過ぎない。本来ならばこの機会に自らの存在から切り離し、何処ぞで野垂れ死にしようと問題もなかった筈なのだ。事実、小説内では分裂したばかりで意識も記憶も曖昧な彼女はふらついた足取りで夜の新街を不用意に歩いた結果破落戸共に見付かりそのまま私刑にあってしまう。そして、本来ならば彼女はそこで死んでいた筈なのだ。
半妖の少女が幼少期のように、初めて人を殺した時同様に謂れのない悪意に晒されて、私刑に遭い、死にかけた所を吾妻雲雀に助けられ孤児院の新しい住民となる……それが新たな悲劇の幕開けだった。
考えても見ろ。そこらの人間と半妖、どちらが力を取り戻そうとしている妖にとって糧として有用か。ましてやそこに様々な理由があるとは言え一時は陰陽寮の頭にまで至った孤児院の院長がいれば一度捨てたこの分身に再び関心も持とうというものだ。
そして、不運は重なる。吾妻雲雀は平和呆けをしていたが、それだけではない。いや、正確にはそれらの不運と状況を観察して狙われた以上考えが甘かったのも事実であるが全体を知る第三者からしてみれば確かにあの悲劇は不運が重なった結果だったのだ。
吾妻雲雀が指定した結界の条件付けは長らく感想スレや考察サイトでも平和呆けしすぎた事によるガバとして指摘され、叩かれたがその後のファンブックや他の外伝作品によって設定が更に公開された後はそれも減った。『闇夜の蛍』及びそれに付随する作品世界においては彼女の行動は少なくとも界隈の一部で指摘された程にはお気楽な考えによるものではなかった事が判明したからだ。
そもそも『闇夜の蛍』の世界においては妖が本当に存在するし、ましてや御守りや藁人形の呪い、おまじないの言葉にすら本当に加護がある世界観である。そんな世界においては誰かを家に上げるという行為は現実世界以上に重要な出来事であり、子供ですらそれくらいの事は理解している。ましてや、迫害やら人身売買や実験の対象になりかねない半妖の子供なら尚更だ。吾妻自身も良く躾をしている事もあり、子供だからといって適当に口八丁だけで家の中に招かれるなぞ到底不可能だ。
同時に吾妻が結界に加えた条件はある意味妥当ではあった。妖力の有無やその容量で出入りの遮断はリスクがあった。前述のように孤児院を害する可能性があるのは妖だけではない。寧ろ、平時に危険なのは人間の方であるし、実際過去には襲撃もあった。人間であれば警戒しなくて良い訳ではない。
それどころか妖力で区別してしまえば何かの拍子に子供達が孤児院から出てしまっては戻れなくなるし、あるいは他の半妖の子供が助けを求めても中に入れられなくなってしまう。実際に吾妻の保護した半妖の中には破落戸に襲われて逃げこんだ者や、人身売買の場から脱出した者もいるのだ。そんな子が吾妻雲雀が留守中に孤児院を頼って逃げこもうとして中に入れられなかったらどうなるか……
何よりも、仮に孤児院に大人がいたとしても化け狐の侵入する策の前では無意味であっただろう。あのような外道過ぎる手段を使われたら大人が何人いても、十中八九侵入を許した筈だ。寧ろしっかりしていて真面目で、倫理観がある者程引っ掛かり易いかも知れない。
「そして誤って化物を招き入れた所で蹂躙されて踊り食い、しかもその後は………」
「口にするのも烏滸がましい事をするのよね……流石は今昏睡している為時に次ぐ『チートオリ主に速攻で処理される登場人物』だわ」
俺と葛葉唯がそんな事を口にする。そう……現実ではなく、小説の文章としてですら嫌悪感を抱かせる内容。ましてやそれがこれから実際に起こり得る状況である事を思えば愉快ではない。
「あーあ……私やあんたがチートや仮面ライダーへの変身能力とかを持ってたらなぁ……」
「無い物ねだりをしてもしょうがないだろ……にしても、誰が俺にあんなに式神を引っ付けたんだ?」
(……どう考えてもあんたに恋をしている女達と……多分、雛に頼まれて旭がくっ付けたわね)
俺は無い物ねだりをする葛葉唯を宥めつつ、ある人物への協力を要請するために屋敷を出る際にこいつが持っている『式神を発見する呪具』で見つけ出された式神達の主について頭を悩ませる。
「ねえ……やっぱり、旭に協力を要請しない? 夜が吾妻雲雀の孤児院の出身者ぽいし、言えば協力をしてくれるんじゃ……」
「それは前にも言ったが、リスクが高過ぎる。あいつは姉御様やゴリラ姫に対する嘘が下手くそ過ぎるからな。協力を要請しても絶対……とは言わないが『なんでそんな事を知ってるんすか?』なんて聞かれてみろ、答えを窮するのは目に見えてるだろ」
「う……あー、もう! ゴリラ姫が遊んでなかったら、原作尊守派の転生者がしゃしゃり出て来なかったら、あの女狐を速攻で始末出来て平和に過ごせたのに~!」
「……だな」
きぃー!と怒る葛葉唯に俺も溜め息を吐く。化け狐との戦いで最後の最後に邪魔をしたのは原作を守る事で自分達の身の安全を守ろうとしている転生者達だろう(白鷺はそれだけじゃないだろうが……)ということは俺と葛葉唯は確信している。
吾妻雲雀達に頼ろうにも、最初に出会したあの時の印象からしてサーチアンドデストロイされる可能性も少なからずあるので気軽に接触出来ない。では、ゴリラ姫に頼むか?という選択肢もない。連座とは言え不祥事で陰陽寮頭を引退させられた半妖を助ける理由なぞない。いや、そこまでなら交渉次第では不可能ではないかも知れないが……しかしながら鬼月家にとっても、ゴリラ姫にとっても孤児院の半妖の子供まで助ける義理はなく、当然ながらそれがなければ吾妻雲雀達と協力するのは不可能だ。
「まぁ、そういう事で選択肢は限られる訳だが……ははは、ある意味これは一番不味い選択をしたかな?」
「……腹をくくるしかないわね」
外套で認識阻害した俺達は肩を竦めて苦笑いを浮かべる。場所は都の新街でも特に治安の悪い悪所、賭場は勿論脱税した塩や酒売り、無認可の屋台にモグリの呪術師の道具屋、舗装もされず、すえた臭いがして時たま死んだ動物や人間の死体が転がるぬかるんだ地面に佇むのは夜鷹の群れに柄の悪い無頼漢共……俺達はそんな町並みを一人の老人を尾行するように歩いていたのだが……
「……此処にいたんすね、松重……道硯! 蔵丸!」
「ふぉふぉふぉ、御客かね? にしては、随分と物騒なものを携えとるがの……」
「なんでいんのよ!?」
「なんでいるんだ!?」
そう言って、老人……松重道硯に向けて薙刀を構えたのは、物凄い怒りの形相をする鬼月旭だった。
待て待て待て! このままだと、最悪交渉が決裂……
「落ち着いて」
「ぐぇ!?」
俺達が焦っていると、松重道硯が入ろうとした古書店から魔法使いが持ちそうな形の杖が飛び出してきて鬼月旭の眉間に直撃した。
「おお、リリシア。施術は終わったのか?」
「ええ。根治は無理だったけど……このまま施術を続けていけば、『
「……そうか」
「リリシアさん、いきなり何をするんすか! それにこいつが何をしたのか、夜経由で知ってるっすよね!?」
「当然知っているわ。けど、初めて会ったときにも言ったはずよ? 私は『探求者』だって。西方式の魔術に大陸式の陰陽術は探求心の赴くままに会得したわ。後は、扶桑式の霊術だけ。で、師を探していたんだけど……たまたま道硯翁と出会ってね。彼の孫の治療をする代わりに、霊術を学んでいるのよ」
「それはそうっすけど……!」
古書店から出てきたリリシアが道硯翁に報告をした後で、怒りの形相で詰め寄るがリリシアはこれをどこ吹く風と受け流す。
「……で、そこにいる二人もいい加減、出てきなさい」
「……でしょうね」
「やっぱり、ばれてたか……」
リリシアが冷たい目で俺達を見ると、俺達も観念して身を隠していた場所から出る。
「え、その外套は……おっと」
「……お初にお目にかかります。彼の有名な陰陽寮の賢人、松重家の道硯翁にお会い出来た事感激の至りで御座います」
「……同じく」
俺は内心の恐怖と動揺を抑えて、両手を組んで挨拶をする。そうだ、大丈夫だ。これくらいの事は元々想定……してないんだよな、畜生。……うぅ、お腹痛い。この前の狐との戦闘で肋骨折れかけてたんだぞ? 薬で痛み誤魔化すのも限界があるってのにな。
「朝廷の刺客、ではなかろうな。ここらの、素人に毛の生えたモグリ共よりかは心得はありそうだが……儂を殺すには全員に実力が無さすぎる。幾ら朝廷の馬鹿共でもよもや貴様達程度の刺客はよこすまいな」
ニヤニヤと自身の考察を口にする老人。それはまるで俺に言い聞かせるような言い様だった。となると……
「「「……」」」
「……ふむ、言霊術を警戒したか。その判断は正しいぞよ? 今答えておればそのまま主は自然と自身の事について口にするように誘導されていたからの」
愉快そうに老人は企みを認めた。言霊とも言うが言葉に力を込めて音から耳に、そして脳に響かせてある種の催眠状態に陥れる言霊術は一度気がつけば意識をはっきりとさせる事でその術中から逃れる事も出来るが、いざその場で使われているかの判断が難しい。相手が妙に長く、そして説明するように、ないし誘導するように会話を仕掛けて来たら最大限警戒が必要だ。俺の場合は口の周りを噛んでその痛みで意識をはっきりとさせる。痛みは脳の覚醒に丁度良い刺激であるし、口の中ならば血の臭いが外に漏れて妖を引き寄せにくい。
……後で口の中が口内炎になって困るけどな。傷口に塩塗っとかないとなぁ。
「……然る一族に仕える者であります。一族の名と、私の名について口にするのは御容赦下さいませ」
「同じく、然る一族で側仕えをしている者です。彼と同じく、一族の名と私の名については御容赦ください」
「そうであろうな。素性を知りながら儂相手に素直に名前を口にするのは阿呆よ」
「……そんな奴にへりくだる必要はないのに」
くくく、とくぐもった笑い声を上げる老人に不満そうな顔で俺達を見る鬼月旭。
……道硯翁こと、元陰陽寮斎宮助兼理究院長である松重道硯は原作のゲーム及び幾つかの外伝作品に登場する悪役であり、助言キャラでもある。その実力は語るまでもない。チートクラスの人外が
「して、何用かな? 鬼月の三の姫に仕える側仕えと下人よ。態態主にすらも話さずに指名手配されておる儂に接触を図るなぞ暇潰しではあるまい?」
「………やっぱり、二人っすか」
「………」
(……バレてんじゃん)
その発言に俺達は一瞬言葉を失った。おい、バレとるやんけ。……気付かない間に幻術にでもかかったか?
俺達の一瞬の沈黙に老人は楽しげに笑い、何時の間にか側に控えていた鬼熊に指で指示をした。ずしんずしんと大きな足音と共に下がる化け熊。
「声を上げたり不用意に否定しないだけマシかな? いやなに、先日商隊が襲われた事件を聞いておってな。式で少し探らせていただけの事よ」
「………翁に一つ、御依頼したい案件がある由にて」
「……師に? 貴方、正気? 普通は朝廷や夜に通報するのが常識の筈よ」
「リリシアさんの言うとおりっすよ! こんな外道に依頼をするとか、正気っすか!?」
俺の言葉にリリシアが眉を潜め、鬼月旭がブチキレる。しかし、同時に鬼月旭達が知らなくて恐らくは俺達が知っているであろう事がひとつだけある。
表向きの設定だけだと只の邪悪で利己的なマッドサイエンティストであるが……それは擬態だ。目の前の老人は実際は彼なりに正義を信じ、民草を愛する退魔士である事を忘れてはならない。
ゲーム内では特に半妖や極一部の善良な妖、更には犯罪者とは言え人間相手にすらその酷い所業から主人公達から敵視される翁であるが彼自身は人間を極めて愛している……らしい。人間を守り、繁栄させる事を至上の目的として規定し、そのためならば自らの命すら惜しまない。
逆に言えば彼にとって妖は当然として半妖、そして社会の足を引っ張る犯罪者等はどうなろうが構わないというスタンスだった。いや、前者二つに至っては将来的に皆殺しにしようとすら目論んでいる程だ。そしてそのための禁術の研究であり、その研究のために多くの半妖や犯罪者を実験の材料として来た。
故に表面的な行いのみを見て只の利己的な外道として交渉したら痛い目にあう。幾ら金を積もうとも、利益を提示しようとも彼は民草の命や財産が脅かされるような事も、ましてや社会を混乱させるような事もしないし許さない。そこを勘違いすれば怒りに触れて呪い殺される事になろう。ある意味ではこいつも地雷キャラだ。ゲーム内でも終盤のルート選択次第で敵にも味方にもなる。
そして、俺達はまさにその設定を利用しようとしていた。
「吾妻雲雀、御名前はご存知でありますね?」
「……ふむ、彼女か。確か今はこの街の外れで化物共を育てているそうだの? くくく、奴が追放された原因が距離があるとは言え同じ街にいようとはよもや奴も思っておるまいだろうな」
「今すぐ引きずって、吾妻さんや孤児院の子供達の目の前で首を切り落としても……!」
「落ち着いて」
仙人を思わせる白い髭を擦りながら、思い出すように翁は答える。その表情は明確に愉悦に満ちていた。……その後ろでは今すぐにでも襲い掛かりそうな鬼月旭をリリシアが羽交い締めにして押さえ込んでいたが。
「はい。しかしながら元陰陽寮頭にてかの大乱を戦い抜いた功労者で御座います。半妖とは言え長年朝廷に、そして民草に尽くしたその功績は否定出来るものではありますまい」
「……人妖大乱の頃のあたいの先祖の事も知ってるんすかね?」
俺は一般論で彼女の事を弁護する。……鬼月旭の先祖の事も(少し)気になるが、今は目の前の老人の事に集中だ。
「して、奴の話題が依頼と何の関係がある?」
「彼女に危険が迫っております。それも、命に関わる類いのものであります」
「………え?」
「………」
俺の言葉に何か考え込むように沈黙する翁と驚愕する鬼月旭。一分程経過しただろうか? 沈黙が場を支配する中、彼は漸く口を開いた。
「鬼月の下人がこの時期に、先日の事件にここ最近街で徘徊する狐共、そして奴が最近拾った化物を思えば大体予想はつくな。しかしながら、あの程度の化物にあの女が不覚を取ると思っているのかな?」
「そうっすよ。そこの外道と同じ意見なのは嫌っすけど、どう考えても大妖の化け狐じゃ、逆立ちしたって吾妻さんには勝てっこないっすよ?」
曲がりなりにも、元陰陽寮頭。凶妖だった時ですら都を守る退魔士達と碌に戦えなかった獣如きが彼女に勝てるのか? まともに考えれば論ずるに値しない戯れ言だ。しかし……
「はっきり申し上げましょう。吾妻雲雀は食われます。そして、あの孤児院の住民も全て。そこまで言えば貴方程聡明なお方であればその危険性は御理解頂ける筈です」
「……!? まさか、誰かの皮を被って擬態を!?」
……鬼月旭が葛葉唯の言葉に正解に一番近いことを言う。正解? 自分は幼少期の頃に化け、配下は孤児院の子供達の皮を被らせて安堵させて近寄らせてからの一斉奇襲だよ。
次いでに言うなら、あの半妖達の中には相当貴重な妖の血を引く者も交ざっている。ましてや陰陽寮の元頭を食らえばどれだけの力が得られるか……下手すれば分け身をする前よりも強大な妖に生まれ変わるかもしれない。そうなればさしもの都の退魔士でも不用意に手を出せまい。
「……あの女が随分と甘かったのは事実であるがな。奴が頭になってから寮の空気は随分と弛緩したものだ」
「……て、事はあの化け狐を逃がした要因ってあんたのせいってことっすよね」
翁は思い出すように口を開く。設定によれば彼女が、吾妻雲雀が陰陽寮頭に就任していた時代、所属する退魔士達の関係はかなり良かった事が設定されている。
鬼月家がそうであるが退魔の一族は内部が殺伐としている事が少なくない。呪いが本当にある世界であり、あからさまに才能と血筋の差がある世界であるのだからさもありなんである。しかも、特に先手必勝とまではいかないが嵌め技や即死技も多いので余計その傾向が強い。(だからこそ姉御様の権能はかなり反則だったりする)
陰陽寮でもその点は変わらず、互いに功績を巡って足の引っ張りあいがあるし、我が強い者も多く、切磋琢磨していると言えば聞こえは良いがかなり職場の空気は悪かったらしい。吾妻雲雀はその点で半妖としての苦い経験や年の功、顔の広さもあって寮内での仲介役、潤滑油役として活躍して寮内部の風紀の改善と協力と協調関係の構築で功績を立てていた。
……尤も、彼女が追放されてからは再び空気が悪くなったらしいが。忌々しい狐を逃したのも巡り巡れば退魔士達が実力は災害クラスなのに連携不足な事が原因だと制作スタッフは指摘していたりする。
「態態化物を肥やしてやり、貴重な戦力を失うのを放置してやる事もありますまい」
「私達は多くは望みません。ただ、ほんの僅かながら
俺達は膝を曲げて恭しく頭を下げる。年長者に対して協力を求める者として。
(ここで素直に協力を取り付けられれば最善なのだが………)
「……師よ、此処は協力をすべきかと。話の真偽はどうであれ、化け物の力を強くすることは貴方も望んでいない筈です」
「……正直、頼ってくれなかったのは気に入らないっすけど……あたいも協力するっす」
鬼月旭とリリシアからの援護射撃に俺は内心でガッツポーズをする。
しかし……
「安易に応じる、訳にはいかぬなぁ」
……そう簡単には問屋が卸さないのは想定していたさ。
「師よ、何故……この気配は!?」
「傍らに化物を侍らせた男の言葉をどこまで信用すると思う? ましてや相手は大嘘つきの鬼となればの」
「……そういや、あたいに地図とかをくれたのも赤髪碧童子っすよね」
「「っ………!!?」」
俺達は外套に隠しつつ視線を横に向けて苦虫を噛む。おいおいおい、よりによってそれかよ……!!
(いや、ある意味当然過ぎるな……!!)
(ちょっと、どーすんのよ!? 最悪、旭に土下座をして頼み込むわよ!?)
一応隠れていないか調べてから出向いたのだが……どうやら、俺の目が節穴だったらしい。これは鍛練をやり直さないといけない、等と目の前に集まるドス黒い妖気を見ながら俺は思う。
「これは少し驚いたね。彼が随分と尾行を気にしていたから俺もかなり入念に隠行したんだけどなぁ。こんなあっさりと見つかるなんてね」
「……腐っても鯛。元とは言え、陰陽寮斎宮助兼理究院長なら出来るんじゃないっすかね?」
「成る程ねぇ……あ、ここからは少ーし恥ずかしいお話になるからね。ちょっと二人とも眠っていて欲しいな?」
「へ……」
「な……」
次の瞬間、鬼月旭の背後に回り込んで首筋に手刀を食らわせた鬼が俺の首筋にも同じものを叩き込み……意識が途絶える直前、最後に見たのはすぐ目の前で楽しげに笑みを浮かべる鬼と、目を見開いて驚いた老人と俺の側に駆けつける鬼月夕陽の姿だった……
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(くぅ!?)
私は意識を失った旭と入れ替わると、身体強化の術式を起動して意識を失った伴部と腰を抜かしている唯を鬼の側から引き離して道硯翁のすぐ後ろに退避する。
「おいおい……そこまで全力で逃げなくても良いだろ?」
「前にも言ったが、信用できるか……!」
「……まさか驚いたな。貴様程の化物が、鬼月の三の姫は兎も角……只の下人相手に彼処まで手加減して慎重に意識を刈り取るとは」
道硯翁が驚くのも無理はない。千年前にこのくそったれな碧鬼が都でどれだけの残虐な行いをしたのか……その記録ははっきりと残っている。民草に対して毎日一町単位で一人生け贄を選ばせる、食い殺した人間の骨で自分の屋敷を造る。内裏の結界が強固過ぎるために門の前に命乞いする民草を人質に並べて帝を脅迫する……そんな事はほんの余興に過ぎない。都を恐怖の底に追い落とした四凶の名は伊達ではないのだ。
「俺の英雄達に後遺症なんて出来たら困るからね。当然の行いさ」
「黙れ……!」
そんな奴が……適当に振るうだけで人体が消し飛ぶ程の腕力を持つ鬼にとって相手の肉も骨も削らず、後遺症も作らずに意識を刈り取る衝撃を与えるのはどれだけ難しい事かは良く知っている。ましてやそうやって倒れた人間が頭を床にぶつけないように優しく抱き支えようとするなぞ、何よりもそんな相手を慈愛に満ちた目で見つめるその表情……到底あの悪名高い鬼と同一の存在とは思えないだろうな。……これも、私達の先祖達に影響された結果か? だとしたら、先祖達はこんな奴を助けるべきじゃなかったんだ!
「やれやれ……そこまで『あいつ』に似た目で睨まれると、悲しくなるね」
「お前があの人を、旭の母親を語るな……!」
「語るさ。俺はあいつの……あの女曰く、『親友』だったらしいからさ。何より……旭の名付け親は俺なんだぜ?」
「痛いところをつくな……!」
鬼は何処か寂しそうな表情でそう言うが、私は最大限の警戒と殺意を保ちつつ逃走の為の経路を探る。
「……その人間達に、随分と御執心なようだな。碧鬼よ」
「当然さ。彼らは俺の一番の御気に入りだからね。こういう時くらいは大切に扱おうとしなきゃ」
翁が旭や伴部と鬼の関係を知ろうとするのは当然だろう。こいつらは地雷だらけで何を切っ掛けに怒り狂うかわからないからな……
「俺の英雄達さ」
鬼は先ずは短くそう言った。
「俺には分かるんだよ。一目で分かった。彼らはきっと偉大な存在になれる。いや、なる。それこそ俺を討ち取れる程に、俺が討たれるに足る程にね。だってそうだろう? 彼らはね、これまで一度だって俺の期待を裏切らなかったんだからさ」
「ふん。それは、お前の身勝手な期待だろうが」
続けて言われた言葉に私は口汚く罵る。少しでも期待から逸れれば殺しにかかる癖にな。
「俺はね、英雄譚の完成を見たいのさ。だからこそ彼らに協力しなきゃ、ね? あぁ、けど三人で昔みたいにはしゃぎまわるのも面白いなぁとか、旭の式神として一緒に英雄譚を完成させたりしたいなぁとか思ったりしてるんだ。まぁ、その辺りは彼らの気分次第だからね。俺が勝手に決めちゃ悪いだろうね」
「……旭は後者の方を選びたいだろうな」
……それが、旭の母親の願いでもあるのだから。
「成る程……」
「……鬼に魅入られたのね。二人とも、大変だわ」
リリシアと翁が憐れみの目を向ける。……まあ、旭は「
「あ、そうだった。はいこれ」
ボキッ、というグロテスクな音が辺りに響く。そして鬼がぽいっと翁に何かを投げつけた。翁が式にした化け猫が口でそれを捕らえて主人の下に持ってくる。
「これは……」
「貴女の……指!?」
「依頼の代金兼彼が俺の手先なぞでない証拠、といった所かな? 普段は血反吐を吐いて頑張っているからねぇ。今回は俺のせいで話がややこしくなったようだから、その代金だよ。腐っても千年生きる鬼の一部だ、それなりに価値があると自負するけど?」
(……そこまでかよ)
私は指を千切ってまで伴部の無実を証明する事に内心で舌打ちをする。
「……たかが人間のためにこれ程の事を。あの悪逆な鬼とは思えんの」
「その言い様は困るな。悪逆で残虐で、悪名高くないといざ衆目で討たれても誰も注目してくれないからね。これは口外無用でお願いさせて欲しいな?」
「私の先祖の事はどうするつもりだ、貴様は」
「そこは信用されてないから大丈夫」
私の飽きれ気味に言った言葉に鬼は苦笑いをするが、何時の間にかすぐ側にいて伴部を私から奪いさると熊の式神に命令をして布団を敷かせると伴部を膝枕する。
「まぁ、そういう事でお願いだ。流石に俺もこれ以上の妥協は誇りのためには出来ないよ。後の細かい話は彼らとしてくれたまえ。どの道今回俺は端役だからね」
「いやいやいや……ええ~……」
片目をつむってそう呑気に言い捨て、鬼はそれきり翁から興味をなくした。そのまま傍らで横たわる伴部の頭を優しく撫で上げ始める。
「……はぁ。しょうがない、道硯翁……話し合いを提案する」
「……これは仕方あるまい、かな?」
道硯翁も髭を擦りながら仕方無く決心したらしい。伴部や旭に協力する事を。せざるを得ない事を。そして、伴部達を鍛え上げなければならぬ事を。それが、それこそが目の前の狂気に満ちた愛を胸に抱いた化物を殺せる数少ない機会である事を理解しただろうから。
旭は道硯翁に鍛えられることを良しとしないだろうが……そこは宥めすかし、あの鬼に殺されるぞと脅してでも鍛練をさせよう。それが、旭が鬼との戦いで生き延びられる道なのだから……
私はそう決意をしながら、唯やリリシアを交えて道硯翁との話し合いを開始したのだった……
次回もお楽しみに!