旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~ 作:愛川蓮
雛姉に若干遅れて帰還したあたい達は直ぐ様長老衆が集う和室へと歩いて行くっす。
「伴部さん、取り敢えず手柄はあたいらと下人衆で半分ずつにするっすよ」
「しかし……」
「しかしも糞もないっすよ。どうせ、あたいらも下人衆も等しく嘲るんすから……だったら手柄を半分にしても問題ないっすよ」
「相変わらず大変だね」
それでもなにか言いたげな伴部さんを目で制するとあたいらの側でてくてくと歩く女の子(どういうわけかこの家で見えてんのは子供以外ではあたい位っすけど)に目配せで挨拶をしながら、長老衆が集う部屋の前にやって来たっす。
「……見えてくれるだけでも嬉しいよ」
「……失礼します」
あたいは出来る限り平静な気持ちで襖を開けると、障子は閉じられ、窓もないために昼間なのに異様に薄暗い和室の中で高級そうな和装で身を包む男女……鬼月家の長老衆の皆様方が列を作っていたっす。
上座……当主が座る席もあるにはあるんすけど、今は諸事情で当主が臥せってるんでいないんすよね。(だからこそ、後継者争いがぐだってるんすけど……)
「ちょうどよかった。旭、下人……伴部だったか。お前達からもう一度長老衆に説明をしてくれ」
「……り、んん。いえ、わかりました」
「……は」
あたい達の近くにいた雛姉の言葉にあたいは危うく『了解っす!』と返事しそうになったのを慌てて無難なのに直すと、伴部さんと一緒に昨夜の大狼との対峙から此処に至るまでの経緯を説明したっす。
「『大妖』相手に下人共が二十人で当たって山猿の率いる下人擬きがいなければ、倒せぬとは……それも下人共では殆ど手傷も負わせられんとは情けない」
列の一角から尊大で嗄れた声が響く。それはあたいやあたいの仲間達、果ては伴部さんの死んだ仲間達や生き残った仲間達までも嘲る言葉だった。あたいは室内に充満する霊力の濃度も無視して本気でそいつに怒鳴りたかったすけど……伴部さんも平伏して耐えてるんすから、あたいも耐えないとっすね。
同時に多かれ少なかれ、下人衆に対する侮蔑やあたいの率いる衆……雛姉や葵姉が設立させてくれた『旭衆』に対する苛立ちも多少は見えてるっすね。
なんせ、八百年も続く名家である
……下人擬きなんて言ってるのは下人衆が一族の私生児や人手不足の解消、被支配層からでた霊力持ちや異能持ちを有効活用するためにどっかの退魔士一族が思いついて、あっという間に国中の退魔士達に広がった『道具』だからなんすよね。
精々が『小妖』に対しては単独で、『中妖』相手には集団で相手とする事を主眼として幼少時から一族に忠誠を誓うように教育(洗脳)し、反乱や逃亡を防止するために呪いを掛けて、最低限の霊力と異能、その他の秘技を叩き込んだ消耗品の道具、それが伴部さん達下人衆っす。
……だからこそ、あたいはそんな下人衆達を、消耗されるあの人達を救って幸せにしたいんすよね。(まあ、本当に性格とか罪状がどうしようもなくてあたい達が捕まえて下人衆に叩き込んだモグリ達は除くっすけど)
「旭は本当に昔から変わらないよね」
「そう嘲っている場合ではないでしょう? 長老方は此度の事態の深刻さを御理解頂けないのでしょうか?」
「……貴方がそれを言うの?」
室内を満たす嘲笑を力強く、意志に満ちた声音が掻き消した。跪くあたい達の傍らで佇む雛姉はその禁欲的で生真面目な性格に相応しく深刻な表情を浮かべて言葉を続けるっす。
「幾ら下人衆とは言えそうそう補填出来るものでは無いことは長老方も理解している筈、下手をすれば班を四つとも失うという被害を受けるかもしれませんでした。ましてやそれがたかが『大妖』相手によるものであると思えば一族の被った損失は甚大でしたでしょう。ならば、それを防いだ旭衆や彼らと共に大妖の討伐を果たした彼らを悪し様には言えないでしょう」
雛姉は淡々と、だけど鋭くその事実を長老衆に指摘する。
そうなんすよね、下人衆はそんなにホイホイと育成できるもんじゃないんすよねぇ……費用は兎も角、一定の才能がある人を妖とある程度は戦える様に鍛え上げるのって時間が必要なんすよね。
特に下人衆達を大量に消耗する相手……『
「しかも、この生き残りや旭の言によれば此度の任務の失態は隠行衆の事前調査の不足にあると言わざるを得ません。大妖を中妖と見間違えるなぞ……『
「彼以外を見捨てようとしたくせに」
雛姉が非難するような視線で居並ぶ長老衆の一人を睨み付ける。薄暗くてあんまり見えないけど髪の毛は薄く、でっぷりと太った豚のような男の人は突然の非難に狼狽えるっす。
「ぬっ……雛よ、よりによって儂を非難すると言うのか? 一族切っての忠臣にして御主の叔父であるこの宇右衛門をか?」
「だからこそです。宇右衛門様程のお方とは言え事実は事実、かような事態を繰り返さぬためにもここで有耶無耶には出来ないのです」
「自分の事は棚にあげるのね?」
ん~……毎度思うっすけど、あの子……『座敷わらし』ちゃんって雛姉に対しては何故か冷淡な視線を向けるんすよねぇ……
「儂の指導に問題があったというのか、お前は! なんと言う恩知らずだ! 草葉の陰で兄上が泣いておるわ!」
「っ……!? そのような物言いで煙に巻くのは止めて頂きたい……!!」
あ、ヤバイ。雛姉と宇右衛門義叔父様の口論がそろそろ剣呑な雰囲気に……
「ま、まぁまぁ……二人とも落ち着いて。こんなところで大喧嘩なんて、どこの家が見てるかわからないですよ?」
「旭の言うとおりね……御二人ともみっともないわよぅ?」
「あなただってみっともないわよ」
二人の仲裁をしようとしたあたいに同意したのは鈴の音がなるような声だった。雛姉は不愉快そうに、他の長老衆達はある者は怯え、ある者は軽蔑し、またある者はうっとりとした表情でその声の主に視線を向けてるっす。あたいも緊張しながらその人に視線を向ける。
豪奢な絹地を桔梗色に染め上げた打掛が真っ先に目に入るっす。金糸で鮮やかに彩られた花々の紋様は精密で、それだけで職人の労が忍ばれるっすね。(まあ、あたいは動きやすさ重視っすから要らないんすけどね)
上座の直ぐ左の場所で脇息に肘をつき、漆塗りの煙管を手にした美女がそこにいた。身体の輪郭が分かりにくい服装でありながらその肉感的な体型が良く分かるように見える。長い烏の濡れ羽色の髪は下ろされ、鼈甲の簪を縫っていた。何処か退廃的な雰囲気を醸し出す見た目二十代前半に見える妖艶な美女……
(に、見えるんすよねぇ……)
実際は子供を四人も産んでて孫までいるんすよね……まあ、基本的に退魔士は霊力で肉体の衰えをある程度はコントロール出来るんで年齢と見た目が釣り合わないこともあるみたいなんすけどね。
「誉れある鬼月の者達がそんな声を荒げては良い恥じ晒しというもの。一応結界を張っているとは言え、旭の言うとおり、何処でどんな家に『視』られているか分かったものではないのよぅ? もう少し鬼月の人間である意識を持ちなさい。ね?」
「くすくすくす」
子供を窘めるようにその人は……鬼月家前々当主の妻である『鬼月
「下人、報告御苦労でした。もう結構、下がりなさい」
胡蝶様が煙管を吹きながらそう言って伴部さんを下がらせる。……あたいも下がるべきっすかね?
「では、あ……私もこの辺で」
「あっ、私も」
「雛、貴女にはまだ昨夜与えた仕事について聞く事があるから此処に残りなさい。旭は葵から与えられた仕事の報告でしょう?」
「はい」
「良い気味」
あたいの言葉で一緒に立ち上がろうとした雛姉は胡蝶様の言葉で制止をされたっす。
「……承知しました」
生真面目な雛姉は僅かに沈黙するけど、直ぐに要請を承諾したっす。一瞬、部屋が寒くなった気がするけど……
「あ、そうだ。旭……これ、落としてたぞ」
そう言って雛姉が手渡して来たのは首にかける紐が切れた御守り……って、あたいがなくしたのじゃないっすか!?
「雛姉様、ありがとうございます」
「お礼なんて言わなくても良いのに」
あたいは雛姉に礼を言うと、それを受け取って長老衆に深々とお辞儀をすると、そそくさと退出したっす。
「あ~……緊張した」
(旭、いきなりで悪いが換わってくれ)
あたいが緊張でバクバクと脈打っている心臓を押さえていると、あたいの頭の中から声が聞こえたっす。
(別に良いけど……どうしたっすか?)
(定期的のだよ)
(ああ、なるほど……)
あたいは頭の中の声に合点がいって、すぐに『彼女』に換わるっす。
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「伴部」
「は……ぶ!?」
「あ」
その言葉に俺が振り返ると、べしんと護符が俺の額に叩き付けられた。
「何時もの『厄抜き』だ。少し大人しくしてろ」
そう言ったのは、活発で天真爛漫を地で行く鬼月旭とは別の冷静で何処か研究者然とした表情で俺を観察するような視線……鬼月旭を警戒するもう1つの要因、鬼月旭のもう1つの人格『鬼月
こいつ、何時もは「旭の人生は旭の物だ。所詮、私は旭の辛い記憶を封じる為の寄生虫だからな」と言って出てこないが(イレギュラー気味に介入してきたゴリラ姫の一件等で鬼月旭が意識を失うような危機に陥ればその限りではないが)……どういう訳か俺の事を観察しており時折旭と換わっては『厄抜き』と称して護符を俺の額に叩き付けてくるのだ。
「……終わった。これで暫くは大丈夫だろう」
「……本当に邪魔な寄生虫だね」
鬼月夕陽はどす黒く染まった護符を真ん中に『封』と書かれた包み紙に入れると、すぐに鬼月旭に換わろうとして……「あ~……」と呻き声をあげた。
「……寝てる」
「一晩中寝ないようにしてたからな」
「ああ。今は寝させておいてやろう」
鬼月夕陽は何処か優しそうな笑顔で胸を擦り……ふと何かに気付いたかの様にある一点に目を向ける。
俺もまた漂い始めた香の香りに緊張し、緊張を和らげるために一拍置いて深呼吸をする。ここから先の展開は大体分かっている。だからこれは覚悟を決めるためのある種の気付けである。
「……葵姫か」
「あら、旭……今は夕陽かしら? 伴部共々お帰りなさい。仕事はどうだったかしら?」
鬼月夕陽の言葉と共に俺達の目の前には当然のように背の低い少女が満面の笑みで立っていた。年は十代の半ばより少し下だろうか? 桃色の和服に身を包み、両手を後ろで結んで屈託のないその笑みを見せるその姿は無邪気で汚れを知らぬ無垢な子供を思わせた。ガワだけは。
俺達が今いる廊下は一本道で、隠れるような場所はなにもない。……俺の五感が認知できる範囲ではだが。
「…………」
原作での彼女の被害妄想ぶり妄執ぶり、気性の激しさを思い返した俺は、取り敢えずこの場で一番安全牌な言葉を選び出して俺は口にする。
「御習得中の隠行の術、大変御上達したようで感嘆致しました。葵姫様」
「ああ。私も気付くのに時間がかかって消去法で考えざるをえなかったからな」
膝を屈し、恭しく、俺は今現在のストレスの元凶にそう伝えた。
鬼月葵、恐らくは『闇夜の蛍』を初見のプレイヤーの監禁エンドのお相手第一位であろう、可愛らしい気狂い娘が俺達の目の前にいた……
次回もお楽しみに!