旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~ 作:愛川蓮
………時は再び遡る事になる。
結界によって先程まで起こっていた轟く轟音も、ましてや粉塵も、灼熱の業火も漏れ出さなかった孤児院……その直ぐ外の戸口前にて三人の人物が相対していた。
「これはこれは彼の高名な北土が旧家鬼月家の、美貌と才能で名高い雛姫様と葵姫様でありましょうか? お初にお目にかかります」
「あらあら、詰まらない世辞を有り難う。此方こそ栄えある陰陽寮の次席にして深淵の知と名高い松重家の翁とお会い出来た事光栄の至りだわ」
「そして、同時に重罪人でもあるな」
一人は雑然とした外街には似合わない豪奢な衣装に身を包み、扇を扇ぎつつ、今一人は質素な男装に身を包み、腰の刀に手をかけて牽制し、最後の一人は周囲に縛呪の札で動きを封じた有象無象の化け狐共に囲まれながら互いを一瞥し。そして微笑む。
「して、此度は何用でこのような都の外れにお越しになられたのでありましょうや? 都見物であれば余程姫君達の興味の引く名所がありましょう。幾つかお教え致しましょうや?」
「御厚意感謝するわ。けれどお生憎様、私はそこらの俗物とは訳が違うの。そんないつでも見られるものよりずっと良い楽しみを先程まで見ていたわ」
「私も先程まで見ていた妹に知らされてね。労いの言葉を義妹達にかけようと思って葵と一緒に来たところさ」
葵はくすくすくす、と小鳥の囀ずりに似た声で笑い、雛は大きな戦いを終えた想い人と義妹を労うということを言いながら微笑む……目の前の老人は姉妹の視線が時折互いを牽制しあう様に交錯しているのに気付いていた。
「ほぅ、ではかような風流もない薄汚い外街なぞ出向かずとも、その楽しみを鑑賞し続けるが宜しいでしょうに。それとも、姫君達にはその装束を土埃で汚してでも此処に来なければ理由でも御座いましたかな?」
「………ほざきなさい。老い耄れが」
「黙れ……!」
余りに小さな呟き……それと同時に周囲の空気がずしん、と明確に重みを増し、周囲の空間に炎が舞い踊った。縛呪の術式で全身が動かない有象無象の狐共が鳴き声も上げずに震え、炎を見て怯える。瞬間、これまで隠行で隠れていた角の生えた大熊と翁の弟子の少女がその姿を現して庇うように翁の前に出た。……どっちもかなり萎縮していたが。
(これはこれは……その歳でこれ程の殺気を放つとはな)
顔にこそ出さぬが翁は内心で深く瞠目していた。精々十も幾らか越えた程度と十代半ばの小娘達、それがここまで膨大な霊力を見えない殺意として同じ人に向けようとは!
(確かに退魔士という存在は身内争いが多いとは言え……やはり北土の輩は怖いものだな)
一般的に都から見て西の地と東の地に居を構える退魔士達は比較的弱小な者が多いとされている。
それは既に土地が切り開かれ開発が進み、それによって強き妖がおらず退魔士達も本業以外に手を出して俗化しているのも一因だが、最大の理由は大乱の時代にまで遡る。
当時から既に開発が進み農工業が発展していたが故にこれらの土地を人間側の生産能力に打撃を与えるべく妖共が大軍で以って侵攻し、現地の退魔士達と激戦を繰り広げた結果、古い家々の多くが一族郎党根刮ぎ断絶したり、あるいは生き残ったとしても末端の者達ばかりとなったためだ。退魔の才能は代を重ねる程により太くなる事を思えば多くの有望な退魔士を失った西土や東土の家々が弱体化するのは当然の結果であろう。
一方で大乱時代辺境であるが故に戦火が比較的及ばなかった北土や南土は大乱の時代こそ田舎者やら若輩者共と嘲られた退魔士一族が封じられた場所であったが、今となっては未だに多くの妖と相対する事で実戦経験の豊富な、大乱以前から続く一族が多くある地である。そして鬼月の一族はそんな北土の一族の中でも特に古い家、その直系ともなればさもありなん。尤も、一番の驚きは……
「ほほほ、余り老人を虐めないで欲しいのですがの。どうやら儂と姫君達の目的は完全にとは言わぬまでも部分的には重なる様子。そう怖い顔をしなくても宜しいでしょう?」
翁は微笑みながらこの場に鬼月の姫達が来た理由、その核心を突く。
「私達のどちらが一言でも口にすれば貴方は追われる身である事は承知よね?」
「勿論ですとも。しかしながらそれは有り得ぬ事でしょうな。……少なくとも当面の間は」
「そうね、当面の間はね」
「いや、旭の方はまだ良いが伴部は……しかし、あいつが苦難を乗り越えるためには必要な事……か」
三人共放出する霊力を抑え、虚飾にまみれた……というよりは殆ど形式しかない……友好的な笑み(雛のみ悩みも混じっていたが)を浮かべる。そうだ、今はまだ敵対するべき時ではない。老人にとってはあの鬼に寵愛されてしまった男と三の姫が碧鬼を殺し切るまでは、姫君達にとっては愛する青年と大切な義妹がより高みに昇るまでは、そしてこの相対を何処かで見ているだろう鬼からしてもそれは好都合なので何らの文句もなかった。
「さてさて。では姫君達、御入場為されるが宜しい。あれらにとってもこのような枯れた爺よりも絶世の美女達が駆け付けた方が嬉しいでしょうな。……どうやら、困難も訪れたようですからな」
そう嘯いて杖をこんこん、と軽快に鳴らせば次の瞬間孤児院の戸口が開く。それは吾妻の張った結界を無理矢理抉じ開けた事を意味していた。
同時に旭と持たせた千里眼付きの御守りと旭に貼り付けた式神を通じて見た景色から翁の言った『困難』について把握した二人は折角、想い人と義妹と義妹の仲間達が綺麗に終わらせた舞台を壊して駄作へと変えようとする不粋な乱入者に殺気を向ける。
翁の行いは本来ならば悪手である。ここまで無理矢理に結界を抉じ開ければ流石に張った者にも分かってしまうのだから。実際問題、この老人が態々寄贈した本に言霊の呪文を仕込んだ理由は奇襲的な意味合いもあるが結界を力づくで開く手間と、それにより吾妻本人に気取られた後の対応を惜しんだからだ。
逆に言えば、翁の行動は最早その必要性が薄いからこその行いでもあった。既に結界の中では相当な騒動になっている。あの狸女も孤児院で何事かが生じている事に勘づいているだろう……というより実際に上空に飛ばした式神からそれは確認済みだ(尤も、嫌がらせの様な遅延策で遅れてさせられていたようだが……)。このまま翁が院内での騒ぎに介入して彼女と出会せば余り愉快でない事態となろう。それよりは……
「貴方のご要望は聞き入れたわ。……これからも良い関係でありたいものね」
「もしも、旭やあいつを裏切ってみろ……その時は生きていることを後悔させてやる。……だからこそ、良い関係であり続けたいな」
「全くですな」
老人の返答を待つ前に桃色と黒髪の少女達は土煙と共に消えていた。同時に老人の周囲で捕縛されていた化け狐共が一斉にその首を切り落とされ、体を焼き尽くされて絶命する。
「……ふむ、やはり化物染みているな」
髭を擦りながら瞬時に血の海と炭の野原と化した周囲を見て呆れ気味に老人はぼやく。膨大な霊力をどか食いしての所業は必ずしも効率的とは言えないが故にそれを力ずくで実現して見せる少女達の力は老人をして驚嘆に値する代物であったのだ。
『………』
……そしてそんな驚き呆れる翁の背後を睨む影が一つ。隠行によって息を潜めて隠れていた生き残りの化け狐であった。どうやら他の個体よりもとりわけ隠行が巧妙なようで、そのまま化け狐は辛うじて燃え残った仲間の死骸に紛れて翁に近付き……一撃の下に老人を食い殺そうと音もなく飛び掛かった。
……同時に翁の弟子が正面に針状に展開させた透明な結界に口から跳び込んで即死したが。
「少々詰めは甘そうだがの。……にしても、随分とまぁ御執心な事じゃて」
「ええ」
結界を解除しながら翁と弟子は件の下人と姫を思い返す。どちゃりと背後から地面に落ちる肉の塊の音が響くがそんなものは彼らにとっては何の関心もない。あるのは自分達が相当面倒な人物達と関わってしまった事に関する嘆息のみである。
鬼に気に入られるだけでも不幸中の不幸であるのに、その上あんな化物染みた娘達にまで……あの幼さと若さであれだけの力と殺気を放てる娘達の人生がまともであろう筈もない。そしてそんな娘達があれほどに執着するとなると……一体何があったのだか。
「鬼だけでも面倒なのだがな。この分だと下手したら他にも厄介事を抱え込んでいても可笑しくないの」
「ですね……特に『鬼月の黒蝶婦』とかを落としていたら面倒どころではありませんね」
「想像したくもないのぅ……」
不用意に扱えばどんな藪蛇をつつく事になるか分かったものではない。とは言え放置しても平和に事が進むとは言えない訳で……となれば結局話は最初に戻る事になろう。
「やれやれ、一体どのような星の下に生まれればあのような業を背負う事になるのだかな」
「……妹の主人とお付きに幸あれ……ね」
老人と少女の呟いた言葉は妙にその場で木霊していた……
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颯爽と、まるで物語の主人公のように最高のタイミングで現れた雛姉と葵姉を見たあたいはこう思ったっす。
(やっぱり、雛姉と葵姉は格好良いっす!)
だって、こんな舞台が最高に整った展開で登場するなんてそれこそ神様が雛姉と葵姉を愛しているとしか思えないっすよ。……何時かは、あたいも同じようなタイミングで登場できる様になりたいっす。
『な、なんで……なんでお前らが、一緒にいるんだよぉぉぉぉぉ……? お前らの仲は、最悪じゃねえかよぉ……!』
「さて……あら、今のじゃあ少し威力が不足したかしら?」
「さっさと倒れておけば、楽になれたのにな……」
『げぱぎゅあ!?』
土壁にめり込んだズタボロの屍狐……その姿は無理矢理繋ぎ合わせた部分から血や妖気がダバダバと流れ落ち、肉はぐじゅぐじゅに腐りつつあるよりグロテスクな姿になってたんすけど……戦意は未だに残ってたっす。
だけど、それも次の瞬間に放たれた風の刃と炎の波によって無に帰されたっす。雛姉と葵姉が離れた場所から振るう刀と扇、それに連動して屍狐の全身を切り裂く不可視の刃とその体を焼き払う紅蓮の炎。
「これで止め、かしら?」
『ち、畜生……! 覚えて、いろよ……!』
葵姉がそう言うと、ひょいと扇を手にした腕を捻る。その動きと同時に屍狐の首がずるりと切り落とされたっす。地面にぼとりと落ちる獣の首、首と泣き別れした身体の断面からは思いの外血は吹き出さなかったっす。既に全身から多くの血が流れていたからっすね。
「腐った物は焼いて清めるに限る」
雛姉がそう言うと、手にした刀の切っ先を倒れ伏した屍狐に向けたっす。切っ先を向けられた屍狐の死体が燃え始めると、そこから妖気が清められる様に消えていって……最後には燃え滓と首以外は屍狐がいた痕跡はなくなっていたっす。
「……さて、旭の方はまだ兎も角……伴部の方は随分とまぁ無残で惨めな姿になったわねぇ?」
「葵、旭も利き腕と肋骨が折れてるんだぞ。……まあ、伴部の方が重症だと言うのは同感だが」
「雛姉、葵姉。唯ちゃんも同じくらいズタボロだってことを忘れてるっすよ!? それと、ごめんなさいっす……」
あたいはごく自然に唯ちゃんを無視して伴部さんの怪我の事を言う雛姉と葵姉に突っ込みつつ、伴部さんに大怪我をさせてしまった事を謝るっす。
「謝るな。伴部の役割を考えれば、こうなるのは予想出来たからな」
「お姉様の言う通りよ。いつもの事だから慣れっこだわ。それはそうと……お土産の見繕いは出来たかしら?」
「あ……」
やばい、全然用意できてないっす……沙世姉や佳世ちゃんの手助けを得て葵姉が満足しそうな物を手に入れようとしたんすけど……正直に言ってどれも葵姉の期待を満たさなそうなんすよねぇ……
「ごめんなさい。葵姉が満足しそうな物がわからなくて、まだ用意を出来てないっす」
(ルート次第ではトラウマ突かれて化物共にプライドへし折りから分からさせプレイ、主人公の目の前でハイライトオフ異種姦プレイ公開させられる癖に……あ、そう言えば俺と鬼月旭のせいでトラウマフラグへし折られてたわ)
「ねぇ、伴部。貴方今私について酷い事考えてなかったかしら?」
「伴部さん、葵姉に対して失礼な事を考えなかったっすか?」
「滅相もないことです」
伴部さんの感情を込めてない言葉に僅かに不愉快そうに目を細めるけど、しかし直ぐに葵姉は視線を別の方向に向けるっす。
「まぁ、良いわ。ならお土産は私の指定のもので良いわね?」
葵姉の視線を辿ると、そこにはズタボロのジェイさんと猫さんを介抱する孤児院の子供達と白ちゃんと花さん、夜と手持ちぶさたな狐璃白綺さんの姿……その視線は花さんと白ちゃんを捉えていたっす。
「葵姉、もしかして……」
「あら? 駄目かしら?」
「駄目と言うよりは、土産物としては斜め上過ぎるぞ葵……」
葵姉のあっけらかんとした言葉に呆れたように突っ込む雛姉。
まあ、一部の人には(腹の立つことに)人間も商品に入るんだけど……また面倒な事になりそうっすね……
あたいは内心で溜め息を吐きながら、今度こそ狐璃白綺さんの調伏をするために立ち上がって……
良く良く考えればここで油断するべきじゃなかったっす。だって、烏野と行動を共にしていた式神が伴部さんを攻撃してから、何処にもいなかったんすから……
『この……腐れイレギュラーがぁぁぁぁぁ! 死ねぇぇぇぇぇ!』
そう言って、式神達の死体の中から刀を持った白鷺を天狗にしたような式神が現れて走り出したっす。
「なぁっ……!?」
「嘘……!?」
あたいと伴部さんがまさかの展開に驚くのも束の間、あたい達はその進行方向から誰を狙っているかを理解したっす。
「おい! 逃げろっ!! 早く……!!」
「夜! 狙いは花さんっす!」
「なんだと……!? 野郎、叩きのめしてやらぁ!」
白鷺天狗の狙いが花さんだとわかったあたい達が夜に警告をすると、夜は狐幻を装備して即座に殴りかかったけど……
「って、こいつは幻術かよ!? 花、そっちに行ったぞ!」
「へ……!?」
夜の攻撃を幻術で回避した白鷺を見て夜が花さんに警告をするけど、花さんと直線上に白ちゃんがいるから避けられそうにないっすね……!
「だったら!」
あたいが身体強化で花さんと白鷺天狗の間に割り込み、伴部さんは最後の力を振り絞って投擲された短刀が背中に深々と刺さったけど……なんか、にやついてないっすか?
『バカめ……! 僕の狙いはお前だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
「バカはあんたっすよ……!」
あたいは折れた腕も無理矢理動かして、両腕で薙刀を握って白鷺天狗を迎撃……
「『
しようとしていたら、流暢な口調が場に響いたっす。同時に白鷺天狗が突きだした刀が空中で止まっていたっす。
「って、これは……」
「これ、師匠の……」
良く見ると、これってあたいと子供達を覆うように展開された水晶のように透き通る結界が白鷺天狗の刀を止めてるんすね。子供達は唖然としてるけど、花さんと夜、ジェイさん、猫さんは『勝った!』と言うような表情で笑っていたっす。
「『
『ば、馬鹿な……』
白鷺天狗はこれから起こる事を察してか何かをしようとしてたっす。けど、次の瞬間には三重の結界に閉じ込められて、次いで火遁の属性が付与された結界は真っ赤に染まるっす。ううん、多分これは地獄の炎が結界の中で渦巻いているんすね。
事は一瞬で終わったっす。焼死どころか死骸すら残らなかったっす。結界が解除された時、そこにあったのは……僅かな灰と白鷺天狗の背中に突き刺さっていた短刀だけで、灰はすぐに風に飛ばされ、短刀はカラン、と地面に落ちて印象的に鳴り響いたっす。
足音がした。静かな足音は、しかし圧倒的な存在感を放っていたっす。
「済まない。遅れた……済まないが、事の顛末を聞いても良いかな?」
「おせえけど、最高のタイミングだったよ。お袋……」
子供らを庇うように現れた人影……鋭い眼光で此方を見据える吾妻さんは、市井の民と変わらぬ服装でありながら、陰陽寮頭の地位に相応しい、堂々とした態度でそうあたい達を追及したっす。
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「成る程、貴女の言い分は理解した。だが……」
戦闘で随分と荒れちゃった孤児院。その庭先で相対する吾妻さんは葵姉の言い分に対して歯切れの悪い表情を浮かべていたっす。
都に上洛した退魔士の義務として化け狐の討伐に動き、その上で分身に引き寄せられて孤児院をモグリや半妖と共に襲い、護衛していた旭衆が危機に陥ったので救出に来た……端的に今回の出来事の主体になっていた葵姉が口にしたのはそういう内容なんすよ。しかしその説明に吾妻さんは納得し切れずにいたっす。
まあ、最初に護衛していたあたい達が白ちゃんが分け身だって事に気付いたのは終わってからだし……嘘は言ってないんすよね、嘘は。
「あら、此方の言い分を信じないの? 彼の元陰陽寮頭も下衆に交じっているせいで何事でも勘繰るようになったのかしら? 証人ならばそこの童達や弟子共に尋ねれば良いでしょうに」
「葵、話がややこしくなるから挑発をするんじゃない……」
何処か嘲るように葵姉が言うと、雛姉がその言葉に頭を抱えたっす。うん、完全に挑発してるっすね……因みに、紫姉とゆかちゃんは烏野に乗っ取られていた男と狐璃白綺さんに利用されていた男の護衛兼監視、アリシアとローランは黒角童子と伊吹童子の監視をしていたっす。
「お前達、どうなんだ?」
伊達に歳は食ってないようで、吾妻さんは自身からすれば赤子同然の葵姉の挑発に乗る事はなかったっす。此方を警戒しつつも子供達に対して同じ視線にまで身を屈めてから優しく(弟子の花さん達も含めて)尋ねたっす。尤も、聞かれた子供らの返答(弟子以外)は少々困ったものだったんすけど……
「えっとね、助けた人がね。がばって破れて中からおっきなきつねがでてきたの」
「そこのね、お顔みえないおにいちゃんとそばにいるおねえちゃんがね。こわいきつねさんとねすっごいはやさでたたかってたの」
「うえぇぇ、はたけやけちゃったぁ……」
「むらさきおねえちゃんとゆかりおねえちゃん、かっこよかったよ!」
「あさひおねえちゃんとおにのおにいちゃんはねすごいたたかいをくりひろげてたの」
「あのきれいなおねえちゃんたちとってもつよかったよ!!」
「マあ、俺達だけじゃBrotherやSister達を守れなかったのは確かダネ……何時かはMamや旭達が居なくても戦エル様にならないとネ」
「悔しいけど、そこはまだまだ独り立ち出来ない身だってことは自覚したよ……でも、諦める気はないさ」
「最後の雛様と葵様に至っちゃ、片手間に倒してたしなぁ……何時かは追い付くけどね」
わいのわいの、先程化物に殺されかけていて、大泣きしていた筈の子供達は吾妻さんの足下に集まっては次々と脈絡なく言葉を口にしていくんすけど……子供達からしたら母親代わりの吾妻さんに必死に説明している積もりなんでしょうけど……やっぱり子供だとその言葉は要領を得ない、または説明不足で、あるいは余りにも脚色が加えられ過ぎていたんすよね。
同時に花さん達は、自分達の無力感を噛み締めながらも前向きに吾妻さんにそう宣言をしていたっす。
「あぁ、そうそう。今回の騒ぎ、随分と迷惑をかけたようね? 家の修理なりなんなりは任せてくれて宜しくてよ? 後で修理費について遣いを送るから。それに、何ならこれからは私達個人として孤児院に寄付しても宜しくてよ?」
「それまでの間は旭衆都組新街支部が押さえてある場所の一つを仮の孤児院として使ってほしいっす」
必死に子供らの話を聞いて要点だけを密かに分析して纏めていた吾妻さんに対して葵姉とあたいは狙ったように申し出るっす。
……これからの事を考えると、気が重いっすけどね。
「それは助かるが……いや待て。何が狙いだ?」
咄嗟に葵姉の言葉に噛みつく吾妻さんだったけど……もう遅いんすよ。と、いうよりも……元より結果は明らかだったのかも知れないっす。
「狙いだなんて失敬な。寧ろ、厄介事を代わりに受け入れて上げようというのに。……ねぇ、そこの狐?」
「葵、私達が悪人の様に見えるからそれはやめろ」
扇を広げて、勝ち誇ったように葵姉が語りかけ、雛姉はそんな葵姉を嗜める。吾妻さんは葵姉の言葉に目を見開き、序でに吾妻さんの足下に群がっていた子供達や事態を見守っていた花さん達も一斉にその方向を見るっす。即ち、吾妻さん達から距離を取るように一人佇んでいた白い狐の少女……白ちゃんっす。
「白、お前………」
「吾妻先生、わたし……」
「……すまぬ、妾のせいだ」
白ちゃんの複雑そうで沈痛な表情とその妖としての大本である狐璃白綺さんの謝罪を見て吾妻さんは全てを察したみたいっす。
「貴様ら、この子に何を吹き込んだ……!?」
「ちげえよ、お袋! いや、葵姫が吹き込んだのは間違いじゃねえけど……でも、選んだのは、白だ」
「夜? 葵姉を擁護するなら、最後までしてほしかったんすけど?」
幾ら自分が嘲笑されようとも意に介さなかった元陰陽寮頭は、この瞬間明確にあたい達に殺意を向けたっす。でも、それを抑えたのは……夜だったっす。
「夜……何を言っている?」
「お袋……さっきの話で聞いてたろ? 俺、花、白……それと狐璃白綺は五百年前で繋がってるってよ」
「よ、夜さんの言うとおりです。お話はおききしたでしょう? わたしの出自は……」
「あぁ。しかし、白はあそこにいる邪悪で残酷な妖の根源であってもそのものではない、そうだろう……?」
「……ああ」
辛い表情を浮かべる白ちゃんと夜に吾妻さんはそう答えるっす。白ちゃんは確かに凶妖の魂の一部ではあるし、根源ではあるっす。しかしながらだからと言って白ちゃんと狐璃白綺さんは別物っす。
だけど……
「危険視は避けられねぇ、妖としての側面は殆ど狐璃白綺の方に持ってかれてるって言っても……こいつが旭の式神になって監視をされてるって言っても根源は根源だ。何時かは狐璃白綺の様になっても可笑しくねえって朝廷がやって来るかもしれないってのは、仕えてたお袋が一番理解してるだろ?」
幾千年も昔から人間を食らう妖達が跋扈するこの世で、扶桑国が尚も続いて来た理由は朝廷が冷酷で卑劣であるが故っす。
大多数の人間は化物よりも遥かに弱いっす。故に人は寄り集まり国を作ったし、そしてその維持のためにはどのような手段も使い、危険の芽はこれを摘んできたっす。都を襲った四凶に対して右大臣はその身を張って罠を仕掛けたし、大乱の際には全体のために一部の民草を生け贄にし、囮にも使ったっす。
ましてや白ちゃんの様な半妖の子供一人を都を襲った化け狐の復活を完全に封じるために白ちゃん処刑する事には何の抵抗も見せずにやるっすね。
「それは……」
「抗議でもする? 陰陽寮頭の頃ならば兎も角、今の貴女は孤児院を開くただの半妖でしょう? 朝廷に助けを求めるだけの伝がおあり? 却って悪い意味で注目されてしまうだろう事は貴女なら分かるでしょう?」
「葵……いや、まあその通りだが……」
「弱味につけ込んでるのに堂々と言えるのは、凄いっす……」
吾妻さんは元から半妖という事で公家衆からの受けは良くはなかったみたいっす。少なくとも殊更親しくはないんすよね。しかも、宮仕えを辞して歳月が経っていて、その上で半妖ばかり集めた孤児院を経営している事が広まれば下手すれば他の子らにまで危害が加えられかねないんすよね……その弱味につけ込んでいる事を考えると、凄い心苦しいっす……
「しろおねーちゃんどこかいっちゃうの?」
一番の甘えん坊である茜ちゃんが舌足らずの口でそう呟くと、そのまま駆け出して白ちゃんの所まで来ると不安そうに抱きつくっす。次いで次々と子供達が同じように近付いて来てわいのわいのと騒ぎ出ちたっす。
「どうしていっちゃうの?」
「そうだよいっしょにいよーよ!」
「そうだよ。どこかいっちゃうなんてだめだよ!!」
「ぼくたちのこときらいになっちゃった?」
皆が皆、心底心配そうに話し出して、白ちゃんは困惑して、困り果てた様子であたい達を見るっす。それを止めたのは子供達の母親代わりである吾妻さんだったっす。
「こら、お前達。白が困っているだろう? ……気持ちは変わらないのか?」
「………先生、ここはとてもよい場所でした。みんなといっしょに過ごせたのは短かったけれど……幸せでした。だけど……」
白ちゃんは先ず自分の側に立っているもう一人の自分である狐璃白綺さんを、次にあたいと伴部さんを一瞥したっす。
「迷惑になると思っているのか?」
「否定はできません。だけど……先生はゆるしてくれるかもしれませんが、わたしは……」
「白……」
「……くそ。権力ってのは……どうして、私から大切なものを奪うんだ……」
白ちゃんは吾妻の言葉を否定はしなかったっす。人は霞を食べて生きてはいけないっす。衣食住がなければ生きていけないし、生きるだけでも楽ではないこの世界では他者の善意だけを頼れないっす。
ましてや半妖を引き取る孤児院なんて助けてくれる変わり者は少ないんすよね。勿論それも理由かもしれないっす。だけど……それだけじゃない、それだけが理由じゃないっす。
たとえ、邪悪で残虐な妖としての側面をあたい達と切り捨てたと言っても、本人からすればそれだけで割り切れるものじゃないし、自責の念を捨てる事も出来やしないっす。
「それに……あの人達についていきたい理由もあるんです。ですから……」
「白………」
「雛姉、葵姉を」
「葵、空気を読め」
「もご……」
空気を読まずに何かを言おうとした葵姉の口をあたいと雛姉で押さえつける。いや、本当に良い所なんで……そういうのは止めてほしいんすけど?
「師匠……あたしも行こうと思います」
「……花? 何言ってんだ、お前は!?」
花さんの言葉に夜が驚くけど、花さんは意にも介さずに吾妻さんにこう言うっす。
「白だけを行かせたら、旭や雛姫に仕えるならまだしも葵姫に仕える事になったらどんな無茶ぶりをされるかわかったもんじゃないでしょ? だったら、あたしも行ってその手助けをするのよ。万が一にも無体な事をされたら逃がせる様にね。それに……あいつに守られた恩を返したいし、ね」
「そうか、そうか……一発ぶん殴らせろ、伴部ぇぇぇぇぇ!」
「なんでそうなる!?」
「……馬鹿者。そこは、相変わらずか」
「ぐえ!?」
花さんの言葉をどう解釈したのか、怒声をあげながら伴部さんに殴りかかろうとした夜を吾妻さんが叩き落としたっす。
「……お前達は、白を拾った際に側にいた者達だな?」
「……以前お会いした際は挨拶もなくその場を去り大変失礼致しました。私は旭姫様……鬼月家の姫君にお仕えする身の者です」
「同じく、旭姫にお仕えする家人です……その節は申し訳ございませんでした。あの時は殺気が凄かったもので……つい、ご無礼をはたらいてしまいました。ですが、その少女に危害を加えるつもりはありませんでした」
……およ? 伴部さんと唯ちゃんって、前に吾妻さんに会った事があるんすか?
「……らしいな。その言葉は信じよう」
「感謝致します。此度の事に関しては様々な疑念もありましょう。ですが……一つ信じて頂きたいのは決して貴女方に対して害意もなければ悪意もないという事です」
「心配と懸念は理解致します。しかしながら此度の弁償、それに姫様達自らが足を運んだ事実、それを思えば決してそこの者達を無下に扱う事はありません。この都に滞在する間は定期的に顔見せもさせましょう。姫様達共々鬼月家の領に戻ってからは文も送らせましょう。如何でしょうか?」
「勿論、あたいも頑張るっすよ。白ちゃんに狐璃白綺さんが何かへんな事をしないように見張るし……まあ、そんな心配はもうないかもしれないっすけど。それから、家人とかに虐めらそうになったら助けるっすよ」
あたい達の提案に吾妻さんは目を閉じて腕組みをした後で目を開きながらこう言ったっす。
「旭姫、あの狐と対峙した際、夜達にこの子らを連れて隠れるように言ったのはあなただったな? 妖退治は綺麗事ではない。ましてやあなたのような退魔士にとってはな。必要ならば囮にだって使うだろう。少なくとも葵姫の目的である白以外は隠れさせる理由はない筈。危険も理解していて何故だ?」
「……そんなの理由は一つだけっすよ。いやなんすよ、誰かを犠牲にして自分を助けるなんて方法は。誰も死なないのが一番最高の終わりかたじゃないっすか。それに、子供達を見捨てるなんて格好の悪い事は出来ないし」
……現実は、そう上手く行くことはないんすけどね。あたいの一番最初の妖退治みたいに。
「分かった。その言葉信じよう。だが……約束しろ。私は白と花の、この子達に限らず世話する子供達や弟子達皆の幸せを願っている。そして彼女達がより良い人生を歩めるようにあなた達に差し出すのだ。だから……説得をした貴様達がこの子が悲しい思いをしないように責任を持て」
吾妻さんがあたい達に半ば脅迫めいた事を言ったっす。まあ、当然と言えば当然すね。吾妻さんからみたら、あたい達は大切な弟子や子供を奪いに来た人間だし。
「……承知致しました。吾妻様」
「……身命を賭して、お引き受けいたします」
「勿論っすよ。どんあ困難があろうとも、白ちゃんと花さんは守り抜くっす」
当てられる殺気に伴部さんと唯ちゃんは緊張をしまくりながら、あたいは決意を新たにしてその言葉を受け入れるっす。
「……そうか。白、花」
「は、はい!」
「ふふ……っと、はい」
吾妻さんの言葉に白ちゃんは慌てながら、花さんはそんな白ちゃんを微笑ましそうに見ながら答えたっす。
「そ、その……えっと……白と申しまひゅ! ふ、ふつつか者ではありますが……どうかよろしくお願いします!!」
「白、噛んでるわよ。あたしは、花。これから宜しくお願いするわ」
モジモジと、子供らしく緊張しながら叫んで頭を下げる白ちゃんとそれに苦笑いをしながらそう言って頭を下げる花さん。白ちゃんの子供らしい初初しい様子に、伴部さんと唯ちゃんは外套越しに花さんと同じく苦笑いをしながら、優しげにこう言ったっす。
その言葉は私ではなく姫様達に申し上げなさい、と。
「あ、『
「狐白?」
「狐璃白綺さんの式神としての名前っすよ。『狐』璃『白』綺だから、狐白。良い名前だと思うんすけど」
「……ふん」
何でもないっていう風に装ってるっすけど、心の底では喜んでるっすね。尻尾が嬉しそうに動いてるんで。
「それじゃあ、黒角や伊吹、白ちゃんに花さん、狐白さんを連れて……帰るっすよ!」
この日以来、あたいの小間使いとして白ちゃんが葵姉の小間使い達の中に花さんの姿が見られる様になり、旭衆には黒角童子と伊吹童子の姿が、あたいの式神として狐白さんの姿が見られる様になったっす。
「……ねえ、伴部」
「……なんだ」
「ゲームとは大幅に展開がずれそうだけど……頑張りましょ」
「ああ。……ここまで展開を変えた責任は持たなきゃな」
そんな会話が帰路でなされていたのをあたいは知らなかったっす。
次回もお楽しみに!