旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~   作:愛川蓮

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第二十四話

「ごめんなさい……」

 あたいは人の皮を被った妖を切る。

 

「ごめんなさい……」

 また人の皮を被った妖を切る。

 

「ごめんなさい……」

 あたいが無責任な事を言っておいて、守れなかった人達の残骸を切る。

 

「ごめんなさいごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 切って、切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って切って……

 

 

「はー……はー……!」

 あたいは汗をびっしょりとかいた状態で跳ね起きていたっす。

 

(久しぶりだな、『あの時(対魔士としての初仕事)』の夢を見るのは)

「……そう、すね」

 あたいは夕陽の言葉に力なく微笑みながら水飲み場に来て……そこで、何処か険しそうな顔をしたカサンドラさんと鉢合わせしたっす。

 

「カサンドラさん、どうしたんすか?」

「旭……今までの経験上『これ』はしないとは思いますが、聞いてください。今日の下水道の妖退治には参加しないでください」

「? どうしたんすか、急に……もしかして、何か予知したんすか?」

 あたいの言葉にカサンドラさんは弱々しく微笑みながら、その内容を言ってくれたっす。

 

「……太陽と月を覆う二つの黒い影、一つは緑がかった黒でもう一つは黒の中に光る紅い目。それによって黒く染まった太陽と月は不死鳥と桃色の風を消し飛ばし、その後……この都を黒い影達と共に崩壊させていました」

「……滅茶苦茶不吉な予知っすね」

 太陽はあたいだとして月は……伴部さんすかね? それが黒く染まるって事は黒い影達は何らかの洗脳能力を持っていて、それによって操られたあたい達は不死鳥と桃色の風……つまり、雛姉と葵姉を殺して都まで崩壊させると……本当に不吉な予知っすよ。

 

「お願いです。旭、貴方と伴部は参加をしないでください。もしも貴方達が参加してそうなってしまったら、私は私は……」

 あたいは再び誰も予知を信じてくれず孤独に過ごす事に怯えているカサンドラさんの肩を背伸びして、『ポン』っと叩いたっす、

 

「大丈夫っすよ、カサンドラさん。あたいも伴部さんも無事に帰って来るっすよ。だって……あたい達は覆せない筈だった予知をひっくり返したんすからね」

「旭……」

 あたいの言葉にカサンドラさんは『ハッ』とした感じで顔を上げたっす。

 

 三年前のカサンドラさんの予知は要約すると『王家とクロイツ家の抗争で新街が消し飛ぶ』、『ルード・クロイツ率いるクロイツ家過激派の反乱で都が火の海になる』、『誘拐された佳世ちゃんが山賊武士団もろとも妖に食われる』の三つだったっす。でも、抗争はあたいや伴部さん、夜に王家とクロイツ家穏健派の努力で回避されて、ルード・クロイツの反乱はあたいと夜や伴部さん、土壇場であたいの話を信じてくれた多々良さん達や王家、クロイツ家穏健派の連合軍の参戦、果ては佳世ちゃんとあたい、牡丹ちゃんに説得されたアリシアの離反によって未遂で終結。最後の佳世ちゃん誘拐事件も伴部さんと白虎が佳世ちゃんを保護してくれたり、紫姉との壮絶な死闘を繰り広げた結果正気に戻ったゆかちゃんや妖刀を真の意味で従えた紫姉の参戦、山賊武士団の協力によって(怪我人は出たけど)全員無事に生きて帰れたっす。

 

「だから……今回だってきっと未来は良い方向に返られるっすよ」

 あたいがそう締め括るとカサンドラさんはちょっと驚いた後で微笑みながらこう言ったっす。

 

「その底無しにも見える程の前向きな考え方が、他の未来を引き寄せるのね。実はもう一つ予知がでていたの」

「え、そうなんすか?」

「ええ、此処最近は私の予知に二つ目の予知が出ることがあるの。予知の内容は碧い鬼の影、轟々と真逆の方向に流れる河。そこから飛び出す不死鳥の雛と桃色の狼、紫色の蛇とそれらを従えるオレンジ色の龍と天使と白と黒の龍を従えた白い虎が太陽と月に覆い被さろうとする黒い影達を太陽と月の中にほんの少し影達の欠片を残して追い払っていたわ」

「本当に抽象的な内容っすねぇ……」

(内容は理解できるな。鬼の影は恐らく赤髪碧童子のお守り、真逆の方向に流れる河は未来から来たと言う白夜達だろう。天使と白黒の龍を従えた虎はアリシアと龍姉妹、白虎だろうな。……影達が旭と伴部に欠片を残すのはわからんがな)

 夕陽の考察に成る程と頷きながらあたいはカサンドラさんに言葉を紡ぐっす。

 

「そんなわけで、大掃除に備えて寝とくっすよ。カサンドラさん、お休みなさいっす」

「ええ……お休みなさい、旭。よい夢を」

 あたいはカサンドラさんに手を振りながら寝室に向かったっす。

 

「……そう、未来は返られる。それは、旭……貴女が示してくれたのよ」

 旭が去った後で、カサンドラは庭にでて星空を見ながら目を閉じる。

 

 浮かぶのは、絶望と諦観に染まった目で妖達とともにこの国を蹂躙する少女の姿。

 

 彼女は母と共にこの国に来た時にこれを見てしまったが故にこの国の民を救う為に奮闘し……呪いによってペテン師と罵られ、あまつさえ母まで失った彼女は絶望と共に国を出ようとした時に出会ったのが旭と伴部であり、そして……

 

「旭、ごめんなさい。実は、一つだけ嘘をついていたの……最近(・・)じゃなくて二つ目の予知が出るのは、出会ってからなの」

 カサンドラは再度目を閉じると、浮かぶのはもう一つの未来。それは件の少女と伴部を両脇に控えさせた旭が巨大な黒い影と自身を含む数多の仲間達と共に対峙する予知だった。これは旭と出会った時から見ている予知であり、未だに未来が確定していない証拠であった。

 

「未だに浮かぶということは、まだ未来は確定していない。彼女達は死なないって事ね」

 カサンドラはそう言って微笑むと、己も眠るべく与えられている寝室へと向かっていった……

 

 ──────────

 

「さてと……そろそろ作戦開始時刻っすね」

「……は」

 俺は鬼月旭の言葉に相槌をうちながら周囲の俺達の班の人員を確認する。

 

 俺達の班の人員は鬼月旭、俺、葛葉唯、白虎に鬼月白夜と鬼月雛子、アリシアだ。

 隣には赤穂紫と赤穂(ゆかり)の姉妹に率いられる夜、白龍と黒龍の姉妹に鳥谷有吾、鬼月紫音と赤穂九恩にアリス・クロイツの班がいた。

 

 因みに、龍姉妹は俺に対して凄まじいまでの威圧的な視線を向けていた。

 

「旭様、質問があるのですが」

「どうしたんすか?」

 俺は視線から逃れるために鬼月旭に疑問に思っていることを聞いてみる。

 

「何故、白夜様達が此処に?」

「あ~……どうもどっかの商会や公家が先走ったみたいで、あたいと紫姉の班の人員が足りなくなっちゃったんすよ。それで白夜さん達が立候補してくれて……」

 そのままなし崩しで班員になったと……

 

「旭様、夜さん、唯さん、伴部さん……その、お気をつけてください……!」

「兄貴、旭様達も気をつけてね」

 ゴリラ様と姉御様がいる牛車の側でそう答えるのは白丁姿の白と花であった。白は尻尾と耳をしなしなとさせて花と一緒に心底心配そうに此方を見やる姿は演技には見えない。……演技だったら流石に少しショックだわ。

 

「任せとけって。必ず戻る」

「大丈夫っすよ! 危なくなったら逃げるんで!」

「……あぁ。分かっている。危険を感じたら情報だけ集めて戻る積もりだ。旭様の言うように心配する事はない」

「……私達だけじゃ無理だったら、他の班と協力して戻ってくるから」

 本当は心配よりも依頼を受けたゴリラ様を姉御様と一緒に説得して欲しかったが流石にそれを詰る程俺も子供ではない。立場上絶対的な上下関係があるのは彼女も同様なのだ。その心配の言葉だけ素直に受け取り安心させる言葉を口にするのが年上の役目だろう。……いや、正確にはこの半妖の小娘の方が年上なのだろうけど。

 

「旭、お前と伴部が持っている御守りの入手経路は後でじっくりと説明してもらうぞ」

「ええ、私もお姉様も土壇場になって気付いたから何も言わないけど……何で御守りからあの女(赤髪碧童子)の気配がするのかしらねぇ……?」

「……はい」

 鬼月旭は鬼月旭で数日前に俺に渡してきた御守りについて姉御様やゴリラ様にじっくりと尋問される事がわかったせいで、かなり青ざめた顔になっていた。

 

(……そりゃあの鬼の手作りの御守りをもってるんじゃなぁ)

(だからって、持ってないとあんたと旭が殺されるわよ)

(だよなぁ……)

 だからこそ、あの鬼は超弩級の地雷女なんだしな……

 

 俺は主から手渡された鬼が作ったと言う御守りを思い出しながら溜め息を吐いた。

 

「……始まったようデスね」

 そう言ってアリシアが鬼月旭を見ると鬼月旭は頬を『バシン!』と叩くと、脇差しを腰に備えて手には各々提灯を手にしている明らかに堅気ではない雰囲気の案内役の人足達と俺達に声をかける。

 

「行くっすよ!」

「出陣です!」

 俺達は鬼月旭と赤穂紫の号令に答えると、下水道へと突入した……

 

 下水道の中は想定よりも存外に広かった。煉瓦造りの半円状、あるいはアーチ状の通路、その中心部に生活排水が流れ、通路の両端にはそれぞれ人が三人並んでも余裕がある程度の足場が続いていた。流石に灯りはないようで、数名の案内役の雑用が提灯を手にして前方天井、背後……隙や物影の出来ないように周囲を照らす。

 

「存外に臭わないのだな?」

 反対側の通路を歩く赤穂紫は先行する案内役に尋ねる。どうやら下水道という事でもっと酷い臭いを想定したらしい。

 

「あー、ここの排水は風呂とかのが中心でね。それにここに来る前に消毒薬をぶちまけられてますからね。まだまだこの辺りは言う程汚くはありませんよ」

「奥に行けば行く程汚い……つまり、妖が発生する原因にもなる穢れが多いって事っすね?」

 皮肉げに語る先頭の案内役。続くように他の者らが冷笑する。つまりはここから奥は更に酷い場所だ、と言っているに等しかった。……が、鬼月旭はそんな態度に怒るでもなく「みんな、注意するっすよ!」と警戒するように発言した。

 

「流石は旭の嬢ちゃん、豪胆だぜ……」

 そう言ったのは俺達の側の案内役の一人の孫六(まごろく)だった。

 こいつは三年前にこいつの妹が人攫いに拐われた際に質の悪い情報屋(売り飛ばした後で夜に顔が変形する位にボコボコにされたらしいが……)に同じ人攫いに売り飛ばされかけたが脱走した鬼月旭や人攫いに抵抗してボコボコにされた孫六と出会って事情を知った夜や松重牡丹によって救われた為にその恩を返すために今回の依頼に同行しているらしい。

 

 ……皮肉を皮肉と気付かずに笑顔で「注意してくれてありがとうっすよ!」と言う鬼月旭に他の案内人は内心では苛ついているみたいだけどな。

 

 因みに案内人達が赤穂紫を冷笑したのは、扶桑国の建国の前まで遡る。

 

 自分達を帝家や公家達と共に神話の時代の神々の子孫と称する退魔士一族の多くは、しかしその実は被差別階級がその源流である事は秘密である。

 

 考えてみれば簡単に導き出せる答えだ。俺もそうだが初期の霊力持ちは霊力があるとしても微弱であり、小妖相手ですら油断したら殺される程度の力しかない。いや、この原作の時代ならば妖相手の戦い方や鍛練のノウハウが豊富に残っている事を思えば、そんなものがなく、ましてや技術レベルの低さから武器の質も一層粗悪だった当時はそれ以上に絶望的だった事だろう。

 

 下手に霊力があるせいで化物共を呼び寄せる霊力持ちが、まだ国という概念がなく精々が村や里単位……人口にして数十から数千人……のコミュニティしかない古代においては災いを呼び寄せる、あるいは化物に魅いられた穢れた存在として差別され、排斥される存在として扱われたのもある意味道理であろう。

 

 彼らの扱いは悲惨を極めた。生まれた瞬間に殺されるのは当然として、家族ごとコミュニティを追放されたり、あるいは知性ある凶妖に屈服した村や里では生け贄として育てた霊力持ちの子供を定期的に差し出したりなんて例すらあったらしい。というかゲーム発売から五年もしてから発行された扶桑国建国の裏側を舞台としたスピンオフ小説でその辺りについてはかなり詳細に設定が明かされた。

 

 スピンオフ小説でも触れられたがコミュニティを追放された霊力持ちの者達は仲間同士で集まり、襲いかかる妖相手に自衛し、仲間同士で子孫を残した。それによって急速に力を強め、そして何時しか里や村相手に妖退治の依頼を受ける傭兵紛いの仕事をこなす様になると差別され、同時に畏怖される流浪の一族と化した。これが最初期の退魔士一族であるとされている。

 

 一四〇〇年余り前、何処からともなく現れたある男が、今では央土と呼ばれる凶妖共──それどころかその先の存在である神格的な存在すら複数跋扈して霊地を奪い合う地獄のような地方で、各所に隠れるように点在する里や村の長達をその口で束ね、最も強力な霊脈が流れる地を人外の化物共から奪い取り街を建設して国を立てた。それが半ば神話的な存在である初代帝であり、帝を支える公家衆の始祖であり、都であり、扶桑国である。

 

 当時圧倒的な戦力差があった扶桑国と妖……それでありながら霊脈を扶桑国が奪取出来たのは初代帝の圧倒的なカリスマもあるし、初代右大臣とその傘下にある隠行衆の命懸けの暗躍による情報操作とそれによる有力な妖共の潰し合い、あるいは人間に育てられた善良な天狗の少女の活躍もあるが、一番の決め手は扶桑国が差別されて行き場もなくさ迷っていた各地の妖退治の一族達の引き抜きをした事にある。

 

 彼らを支配者側に組み込み、妖達との戦いにかつてない規模で動員する事で扶桑国は辛うじて都を、その下に流れる霊脈を妖共から奪い取る事に成功し、退魔士達は土地と身分と名誉を手に入れて支配者の側へと組み込まれた。

 

 そして扶桑国の安定期に入るとその権威の維持──被差別階級に譲歩して権力を与えたなぞ口が裂けても言えない──のために情報統制によって極一部を除いて退魔士達が元々迫害された集団であった知識は抹消された。それこそ退魔士自身ですら殆どの一族はその事実を忘れ去っているし、公家衆も正三位以上の、建国以来の名家中の名家以外はその事を忘れてしまい下層の新参の家では退魔士の血統と婚姻を結んでいる家すら珍しくない程だ。

 

 

 数少ない真実を知る者達が同じ被差別階級に属する者達である。

 

 より正確には彼らも殆どが伝承で聞いているだけであり、殆どは半信半疑で確証を持っている者は極一部である。ただ、差別されている立場としては鼻持ちならない退魔士共が実は自分達同様の排斥される存在であったと言う『真実』は実に都合が良く、愉快で、故に彼らはその伝承を心の奥底で『信じて』いた。そして職業選択の自由がなく偏見と差別が当然の時代において地下下水道の案内役を担う手合いと言えば………

 

(確か原作だとそこら辺の人間の醜い感情を利用されるんだよなぁ)

 人妖大乱の時もそうだが、妖共は卑怯で卑劣で、狡猾だ。人間に対して素の力で上回る癖に人間の心の隙間に潜り込んで罠にかけることを好む。

 

 そして大乱時代に比べてかなり平和呆けした原作の時間軸ではそれが大いに力を発揮して、大乱時代の妖共の残党たる救妖衆は昔に比べて遥かに戦力的に弱体化しているにもかかわらずルート次第では扶桑国を崩壊させる事にすら成功するのだ。

 

 ……というかそれすら全て大乱の中盤に敗北の可能性に気付いた空亡が事前に計画していた策というのがね。いや、自分が封印される事すら想定してその後の指示や対策してるとかあいつマジ頭可笑しいわ。

 

「例の行方不明者が出たのもこの更に奥っすか?」

「……あぁ。この先は道がかなり入り組むからな。はぐれたら地上に出られる保証はない。俺らからはぐれねぇ事だ」

「みんな、はぐれないように気をつけるっすよ!」

(成る程)

 俺達の側の先頭の案内人の言葉を聞いた鬼月旭の注意に白虎達は頷き、俺は面の下から目を細めて内心で先導役らの言葉の裏の意味を察する。つまり彼らがくたばった場合も地上に戻れなくなるので全力で守れ、という事だ。保身もばっちりか。まぁ、そうでなければこんな危険な役目を引き受けないか……

 

 どれ程進んだだろうか? 次第に地下水道はその暗さを増していき、提灯で照らしても十歩も見えないくらいにほの暗い闇が広がっていた。粘度の高い水の流れる音が、時たま鼠か虫であろう鳴き声と這いずる音が微かに響く。

 

 次第に強くなる何とも言えない臭い……銭湯の排水が多く含まれている事も原因だろう、次第に空気中の湿度が高くなり場は重苦しくなる。言葉数が少なくなり、遂には誰も話さなくなる。

 

 無言のままに俺達は進む。するとふと先導役が足を止めた。ほぼ同時に俺達も足を止めていた。暗闇にその姿が見えなくても気配には全員気付いていたからだ。

 

 ちゅちゅ、と鼠の鳴き声が響く。俺は狭い地下水道での戦闘のために用意した短槍……その穂先は片鎌だ……を構える。恐らくは他の者達も各々の武器を引き抜いている事だろう。

 

 気配の音は次第に大きくなる。そして……提灯の灯りに照らされてその醜い姿が露になる。

 

『ちゅ……ちゅ………!!』

 思わず俺ですらその見た目に顔をしかめた。それは大柄な溝鼠だった。大型の猫程の大きさはあろう、全身ヘドロにまみれた赤目の鼠は、しかしその顎は四つに裂けていた。二本の舌が蚯蚓のようにのたうち、身体にはギョロギョロと数個の目玉が生えて蠢いていた。明らかにまともな生物ではなかった。

 

「しっ!」

 次の瞬間、突進した鬼月旭の振るった二つの小太刀によって幼妖の溝鼠は体を四分割にされて下水の中に突っ込んだ。ピクピクと蠢く化物はしかし数秒後にはズブズブと汚水の中に沈みこむ……

 

「ふう……さ、先に進むっすよ」

 鬼月旭の言葉を聴きながらこっそりと式神で横を見ると、赤穂紫も最小の動きで蝙蝠の幼妖を一撃で仕留めていて「此処から先は気を引き締めないと……」と呟いていた。

 

(おい、これって……)

(旭のお陰でしょうね。原作では基本的には此処が初陣だったから……最初で最後(・・・・・)の、ね)

 本来ならゲームのほぼ全期間、全イベントで死亡ルートがある彼女は、このクエストでの台詞の一つに「あ、妖を実際に仕留めるのは初めてでしたが……存外簡単なものですね?」と言うのがあるのだが……これは死亡ルートでの発言であった。あのルートではこの地下水道クエストが初陣だったからな……(そして彼女にとって最初で最後の妖退治となる) 

 

 本来ならあんまり妖退治の経験を積んでいない筈だったのだが……佳世ちゃん誘拐事件で大量に集まっていた人間の気配に釣られてやって来た妖の群れと戦った事、現在は義妹である(ゆかり)が自身の扱う妖刀に意識を乗っ取られた事で赤穂紫を殺す気で攻撃された結果甘さをある程度は捨てられた事、義妹や鬼月旭という切磋琢磨し合える存在が出来た事で腕前が原作よりも上がった結果赤穂紫の家族も渋々ながら妖退治に同行する事を許可したらしい。

 

「伴部さーん、唯ちゃーん! 先に言っちゃうっすよー?」

「ヤバ……行きましょ」

「……ああ」

 俺達は鬼月旭の呼び掛けを聞いて、慌てて走り出す。

 

 ……心の中にある焦燥感に蓋をしながらだが。

 

 ──────────

 

「む、これは……」

「どうしました、アリア?」

 アリアがなにかを感づいた様な顔になったのをみて、妖母は顔に手を当てて何があったのかを聞く。

 

「母上、侵入者じゃ。それも多数の、な」

「あら……退魔士?」

「いや、モグリの傭兵達じゃ。恐らくは此処のメンテナンスの為に訪れていた人足達を小妖や幼妖達が食ったからじゃろうな……此処を見つかったら不味いのう……」

「あらそう……私達の存在が地上にバレたら大変な事になっちゃうわね」

 何処か気の抜けた口調で妖母はぼやいた。実際、都の地下に彼女達のような存在がいるとなれば朝廷は全力でそれの駆除を試みる事だろう。そして、幾ら化物共の母であろうとも、今のように単独で、アリアの眷属達もいるとはいえ子供らの頭数も揃わぬ内に朝廷が本気で潰しにかかられては楽観出来ない事態に陥るだろう。少なくとも「今の」彼女達に勝機はほぼない。

 

 

「あらあら……困ったわねぇ。このままだと空ちゃんに怒られちゃうわぁ」

 一応、今の計画が御破算した際の代わりの計画は幾つか事前に伝えられてはいるものの、それはそれとして妖母は「友人」からの叱責を想像して頬に手をやって陰鬱な溜め息を吐く。その憂いを秘めた表情はそれだけで強力な「魅了」の権能を放っていた。

 

 そして、彼女の娘であるアリアも母が怒られるのは本意ではないのである。

 

「母上、心配には及びませぬ。入ってきた者達を全員始末し、母上に献上いたしましょう……」

「あら、頼もしいわね」

 アリアの言葉にニコニコと微笑む妖母を見てアリアもまた微笑むが、すぐに気を取り直して生まれ変わった己が一から産み落とした一族達や一族達が作り出した眷属達、母が産んで今現在目覚めている『弟妹』達に指示を出す。

 

「出陣じゃ! 誰一人として生かして地上に帰すでないぞ!」

 闇に蠢く化け物達はその号令を聞くと同時に動き始めた……




次回もお楽しみに!
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