旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~   作:愛川蓮

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第二十五話

 半妖の白狐の少女……白はそわそわと牛車の御簾からちらりと外の景色を見た。

 

 未だに仄暗い地下水道の入口から人の気配は感じ取れず、それは五感が人間より遥かに鋭敏な獣の半妖たる彼女からしても同様だった。心配そうな表情を浮かべて尻尾と耳を萎れさせる少女。

 

「白」

「ふえ!?」

 そんな白に花は主に用意された菓子を白の口の中に入れ、白は驚きながらそれを咀嚼し始める。

 

「あらあら、そんなに二人が心配なのかしら?」

「葵、お前もだろう?」

「お姉さまもでしょう?」

 そわそわしている白に葵が茶化すように言うが、そんな葵も同じだろうと言う雛に葵もそう返すが……そんな二人の視線はバチバチと火花を散らしていた。

 

「あの……葵姫様、雛姫様。質問したい事があるのですが……」

「ええ、別に良いわよ」

「良いぞ。それと、花。この牛車は外からは見えず声も聞こえないから敬語は無理にしなくても良い」

「あんがと、雛姫様。それじゃあ聞くけど……」

 花の言葉に対して葵は興味なさげに花が淹れた茶を飲み、雛も菓子を口に運ぶ。

 

「凄く失礼かも知れないけど……二人とも、伴部の事を好きでしょ?」

 そして、花の言葉で二人は少しばかり凍り付き、白は花の余りにも直球な質問に目を剥く。

 

 雛と葵はまさかの質問に動きを止めていたものの、気を取り直してその質問に答え始める。

 

「……ええ、好きよ。どんなに高価な着物や物を贈られても彼を譲りたくないわね」

「私もだ。初めてあった時からずっと……ずっと、あいつの事を見ていたんだから……」

「やっぱり……狐白さんの騒動の時の旭に向ける視線とは違う熱っぽい視線だから『もしかして?』って、思ったのよね」

 花は二人の答えを聞くとうんうんと頷き、次の言葉を紡ぐ。

 

「でもさ、好きなら好きでどうして白虎みたいに想いを遂げるために行動をしようとしないの?」

 花の口から出た名前に二人は表情を一瞬険しくしたが、すぐに気を取り直す様に話始めた。

 

「確かに花の言う通りなんだが……私は一度それをやってあいつを下人衆に落とす切っ掛けになってしまったからな。慎重になるしかないんだ」

「そうねぇ……何処かの誰かさんが伴部を下人衆に送り込む様な事をしなければ旭も苦労をせずにすんだでしょうに」

 嘲るような目で雛を見る葵に雛も睨み返すが、言葉は悪いが葵の言う通りだと思っているのかその視線は少し弱々しかった。

 

「まあ、確かに鬼月家は大きな家だから色んなしがらみがあるんだろうけど……少なくとも好意があることを示さないと白虎や佳世達に伴部をかっさらわれるわよ?」

「……ほう?」

「……何故かしら?」

 そう言う花を見る二人の目が暗く淀んだ目になっているのに気が付いた白は思わず震え上がるが、花は気付かずに話を続ける。

 

「姫様達の行動は伴部に好意を気付いてもらう前提の言っちゃ悪いけど、受け身なヤツでしょ? それって、そういうのに敏感な人は気付きやすいけど、気付かない人は気付かないのよね。対して白虎や佳世達の行動は伴部に好意を持ってもらう事を前提に据えたものだから気付かれ易いのよね。実際に伴部も白虎の思いに気付いてはいるみたいだし……まあ、もて余し気味みたいだけど」

 花の言葉に雛と葵は自身と伴部の行動を思い起こし、思い当たる節があるのか二人は揃って溜め息を吐いた。

 

「本当に意地悪な男……少しでも意識させてあげないとね」

「……少し危険だが、旭に伴部の単独警護で出掛けさせてくれるように交渉をするか」

 二人はそう言うと、目の前に座っている自分達に助言をしてくれた花と今でもそわそわとしている白に視線を向ける。

 

 そう。あの時、旭に調伏された悪辣で残酷な化け狐から彼に守られた時の白狐の少女と目の前の少女の表情を見ていた葵と伴部に対する態度で雛は確信していたからだ。白はまだまだ幼く心が発達していないが故に、花は孤児達の世話があったためそれ(・・)に目を向ける余裕がなかった為に余り意識はしていないだろうが、あれは間違いなく………

 

「……本当、酷い男よね」

「女たらしめ……まあ、そういう所も含めてあいつなんだからな」

 そう罵倒する少女達の口元は、しかし愉悦と恍惚の笑みに歪んでいた。

 

 ……正しく、それは愛に狂った女のそれであった。

 

 ──────────

 

「……!?」

「伴部さん、どうかしたんすか?」

「い、いえ。何やら悪寒が……」

「確かに悪寒を感じそうなくらい、何かの大きな気配を感じるんすけど、一体何処から……」

 俺が唐突に感じた悪寒に震えると鬼月旭はそれに同意しつつ考察をするが……俺と葛葉唯はその大きな気配の正体を知っている。

 

 原作ゲーム『闇夜の蛍』はバラエティー豊かな多種多様のバッドエンドが用意されているが、正直な所主人公とその周囲だけがエグイ目にあうだけならばかなり有情な方であったりする。

 

 三桁に届くのではとも言われる絶望に満ちたバッドエンドルートの半分近くでは、主人公達がくたばるだけに留まらず、扶桑国そのものが崩壊する。

 

 そのパターンの幾つかでは地下水道から一斉に沸き出した大量の妖共が崩壊の一因を担う。何らかの対策も取らなければゲーム終盤にて地下水道から溢れ出てきた万を越える数の妖共が都のあちこちで蜂起する。内裏や内京は近衛兵や上洛している武士団や退魔士達によって防備が整っているため被害を出しつつも最終的に妖共を殲滅するが……都に住まう者の大多数、つまり中流以下の民衆は相当数がこの蜂起によって食い殺される事になる。

 

 ……というか態態逃げる民衆が次々と残虐に食い殺されていくシーンを十分かけたムービーにしなくて良いと思うの。エログロどころかグログロバイオレンスなんだけど? 何でそこだけ劇場版クオリティで製作するの? 

 

 そしてこの襲撃において大量の妖を揃えたのが都の地下水道に長年潜伏していたかつての空亡率いる人外の軍勢共の最高幹部が一体にしてクロイツ家の獲物であり、作中では一貫して『妖母』とのみ呼称される妖を産み、育み、従わせる能力を持つ存在である。

 

 外伝やその他の媒体でもビジュアルこそあるが名称は『妖母』としか記されていないこの化物の正体はファンの間でも長年議論が為された。少ない記述を読み取るに元々は遥か南蛮の地にあった西方帝国から戦いに敗れ扶桑国に流れ着いたらしい事、元々は上位の神格的な立場から零落した存在であるらしい事、更には妖としては最初期に発生した存在であるらしい事等から、その能力や性格も伏せてモデルはギリシャ神話のガイア辺りではないかと考察されている(だからこそ西方の退魔士であるクロイツ家が追いかけ回しているんだろうし)。

 

 ………その正体は兎も角としても、その力は凶悪であり、その人格は作中でも上位を争うぶっ飛び具合を誇る性格破綻者である。そして、ヒロインフラグのない純粋な敵キャラでもある。

 

 いや、サービスシーンは沢山あるんだよ。そもそも上半身全裸なので常にサービスシーンみたいなものだ。しかし、逆説的に言えばサービスシーンはそれだけだ。

 

 原作主人公がこのおぞましい化物と関わるとなるとほぼ確実に催眠によって妖母に甘えながら頭からむしゃむしゃされるグロシーンとなる。百歩譲ってマシなパターンでも主人公が妖母によって触手プレイされた上で彼女の子供達によって獣姦虫姦輪姦大凌辱パーティーさせられて男なのに牝堕ちさせられる。おう、誰得だよ。

 

 そして何よりぶっ飛んでいるのが性格だ。彼女の母性愛は本物ではあるが……その愛の形は余りにも歪で、異様でおぞましい。話が通じているように見えて全く通じないその価値観は相対的に碧鬼や白狐がまともに思えるレベルである。お陰様で薄い本関係でもマニアック過ぎる趣向な作品ばかり作られている有り様で………止めろ、性癖歪めさせるな。

 

 さて、問題はこれからの事である。こうしている間にもより深く地下水道を進むのはクロイツ家の連中がいる旭衆を含めても百人前後の傭兵やそれらを案内する数十人の人足達……当然ながらこの状態のままで妖母をどうにかするのは非現実的過ぎる選択だった。それこそ……

 

「……」

 さっきから無言のままのアリシアが下水の中から現れた巨大な蚯蚓の化物を斬撃で細切れにする。限りなく中妖に近かったそれは本来ならば最低十人の兵士で挑まないとならないのを目の前の少女はあっさりと倒した。しかし、それでも……

 

(それこそ、数がいて鬼月旭やアリシアの様な正規の退魔士がいたとしても、な)

 彼女達の力を鑑賞しつつも、俺は辛辣に断言する。

 

 確かに鬼月旭の率いる旭衆は強い。流石にゴリラ姫や姉御様、原作に出てくる強者ポジションの退魔士達には能力や経験は劣るがそれでも尚彼女達の実力はモグリは勿論、そこらの数代の歴史しかない退魔士一族なぞでは到底対抗も出来ないだけのものである事に間違いはない。ない、が………それでもあの気狂い妖の軍勢を相手取るには体力も霊力も数も圧倒的に足りなさすぎる。

 

(まあ、主人公と赤穂紫しかいかない原作よりは遥かに増しだがな)

 原作では主人公と赤穂紫がこの地下水道探索を行うとほぼ無限湧きしてくる妖共に物量で圧殺される。一時期はこのクエストをクリアしようとレベルカンスト装備最大強化アイテム保有MAXで依頼を受ける検証動画が動画サイトにアップされまくったが、結局は無駄だった。

 

 倒しても倒しても現れる妖の大軍、しかも後続集団程強力になっていき、検証動画の終盤に至ると主人公勢とほぼパラメーターが同格の敵が大量にエンカウントしてきた。あるいは裏技を見つけて一気に『妖母』様の目の前まで行く隠しルートを見つけた猛者もいたがそれも製作陣の悪意の想定内だ。うん、戦闘すら許されずにバッドエンドムービー始まるとか意味分かんねぇ(しかも無駄にクオリティ高いしエロティックだった)。

 

「伴部、どうかしたの?」

 何時の間にか側にいた白虎が声をかけた事で俺は現実に意識を戻す。目の前には心配そうな表情で此方を見やる俺の妻を自称する退魔士の少女……

 

「悪い、考え事をしてた」

「そう……具合が悪ければ何時でも言って。旭に休んでもらう様に交渉をしてみるから」

 俺の言葉に白虎は微笑みながらそう言う。毎度思うが、それは俺に向けるべきじゃない笑顔だと思うんだがな……

 

(とは言え……断るにせよ、思いを受け止めるにせよ、俺に対する白虎の恋心への答えはちゃんと出さないとな)

 白虎(こいつ)(黒虎)妹達(白龍と黒龍)に殺されない為にもな……

 

 俺はこてんと首を傾げながら俺を見る白虎の視線とジト目で俺を見る葛葉唯の視線から逃れる為と安全の確認を取る為に一度背後を振り向いておくことにした。一応後ろには案内役が一人いるが念のための行動だった。

 

(まぁ、この手のダンジョンでは後ろの奴から消されるのは定番だしな)

 半分冗談気味にそう思いながら俺は振り向きながら背後の案内役に声をかけた。

 

 ……次の瞬間、俺が見たのは周りに何かの燃え滓が落ちている腰を抜かした案内役と視線を上に向け、眉間にシワを寄せて刀を抜いて構えていた鬼月雛子の姿だった。

 

「……全員、上を警戒して! 何かいる!」

 鬼月雛子の言葉で全員が上を警戒しながら鬼月雛子の所まで撤退し……

 

『来るぞ』

『来ます!』

『びゃ、白夜様、上から来ます!』

 耳元でその助言が響いたのと、俺と鬼月白夜が襲撃を察知して迎撃をしたのがほぼ同時だった。刹那、霊力で強化された短槍と小手を振るい、俺達は真上から飛び込んできた赤黒いそれを短槍と風の刃で数体切り捨てる。

 

「っ……!? ちぃ!!」

「うお……!?」

 大の男の腕程の太さがあろう長い紐状のそれは体を半分にされながらも切断された双方がうねうねと粘膜に覆われた身体をくねらせて更に襲いかかる。咄嗟に短槍と拳を叩きつけて下水の中にぶちこむ。糞、こいつは……!! 

 

「糸蚯蚓先輩かよ……!!」

「冗談じゃないわよ……!?」

 俺と葛葉唯は天井の壁一面に張り付きグロテスクな肉の塊のようになっているそいつらを見て吐き捨てる。奴らは原作ゲームファンにとって尊敬と嫌悪の両方を集める醜い化物だった。

 

 この地下水道等でエンカウントしてくる、妖母の眷族の一つたるこの糸蚯蚓を模した妖は精々が小妖、相当大柄な個体ですら中妖が限度の格しかないが、真に恐るべきはその数と繁殖能力だ。有性無性、卵生の癖に分裂や寄生、同族だろうが異種族相手だろうがお構い無くあらゆる方法での繁殖行為が可能で一体残ればそこからあっという間に増えまくる。

 

 原作ゲームにおいては救妖衆の使役する雑魚妖としてゲームの全期間を通じて登場、初期ステータスの主人公にすらワンパンされるが兎に角数ばかり多かった。そしてそれ以上に注目するべき点は多くのプレイヤーの性癖を歪めに来た妖だという事だろう。

 

 ……うん、エロゲーお約束の謎の服だけ溶かす白濁色の粘液を吐き出すだけじゃ飽きたらず、そのまま穴という穴に入り込んで快楽神経刺激からの触手プレイからのアヘ顔産卵プレイのコンボとはたまげたなぁ……ははは、『闇夜の蛍』の同人誌界隈でのエンカウント率の高さもあって先輩扱いされるのも残当である。

 

「って、笑えねぇんだよ!!」

「数が多い……!」

 天井から次々と剥がれ落ちながら襲いかかって来る赤黒い触手を切り捨てながら叫ぶ。女性ならまだこいつは産卵プレイをしたがるので尊厳的な意味では死ぬが生物学的に死亡する確率は低い。だが、相手が男性は冗談抜きでヤバイ。皮膚を突き破って寄生して、その内側に卵を産んで来やがるのだから。全身寄生された奴なんて悲惨だ。どれくらい酷いかと言えば祟り神ごっこが出来る位には酷い。つまり………

 

「旭様、ここは一旦退きましょう……!!」

「当たり前っすよ! 一旦退いて紫姉達と合流するっすよ!」

 そう言って俺達は適度に戦いながら撤退を開始し……

 

「嘘だろおい!?」

「旭、あなたの方にも!?」

「もしかしてて、紫姉達の方にもいたんすか!?」

 同じような判断を下したらしい赤穂紫達が俺達と同じように蚯蚓の化物と戦いながらやって来ていた。

 

「ひぃ……向こうからも来やがった……!!」

「こ、こっちからもだ!?」

 案内役達が悲鳴を上げて叫ぶ。その方向に視線を向ければ俺達の退路を断つように入り組んだ地下水道の横道から大量の化け蚯蚓が躍り出てきていた。小さいものは縄程度の、大きいものは牛の首程はあろうかという太さの蚯蚓が数百、数千と集まり一つの生物のようになって蠢き、此方へと突撃してくる。

 

「か、囲まれた!?」

「も、もうダメだ……」

 俺達が焦っていると、案内役達は完全に絶望した表情になり……

 

「……『精霊の樹(セフィロト・エレメンティア)』、起動(アクティベート)

「『太陽より賜りし聖剣よ……邪智奸佞を巡らせし悪鬼羅刹を討つ焔を顕したまえ』……聖剣術式、二番!」

「雛子!」

霊魂珠(れいこんじゅ)、装填!」

「狐白さん、夜!」

「任された!」

「白狐降霊戦器、『二尾(にび)の太刀・狐徹(こてつ)』……」

 アリシアが前の群れに、アリスが後ろの群れに、鬼月雛子が左の群れに、夜と狐白が右の群れに向かい……

 

武装再現(アムディア)、『灼爛殲鬼(カマエル)(メギド)』!」

「『ガラティーン』!」

「『滅却炎斬波(めっきゃくえんざんは)』!」

「燃えよ!」

「『無限連斬(むげんれんざん)』!」

 次の瞬間、四方に放たれた炎と斬撃が全ての化け蚯蚓を焼き払い、凪払い、この世から焼失させた。

 

「……嘘だろ?」

「……へ? てか、アリシアが使ったのって……マジで?」

 いくら初期ステータスの主人公がワンパンで倒せる敵だと言っても限度があるだろ。あれを全部一辺に倒せるって、どんな火力だよ……

 

「……旭、私とアリス姉様は此処でお別れデス。私達は奥に向かうから、旭は小妖とはいえあり得ない数の妖が潜んでいたことを伝えて下さい。アリス姉様、行きましょう」

「……ああ。夜、じゃあな」

「アリシア!? アリスさんも……って、もういない!?」

 アリシアとアリスはそう言って俺達から離れて走り出す。鬼月旭はそんな二人を「なに考えてるんすか!」と追い掛けそれに「やれやれ」、「嬢ちゃん、落ち着け闇雲に走ったらヤバいぞ!」と言いながら狐白と孫六が慌てて着いていった。

 

「……これは」

「私達も行かなきゃヤバいでしょうね」

 葛葉唯が親指で首を斬る仕草をする。……まあ、だろうな。義妹を見捨てるなんて真似をしたら下手をしなくても姉御様やゴリラ姫に殺される。

 

「それで……夜。お前と紫音様が首根っこを掴んでいる案内役と雛子様が助けた案内役以外の連中はどうした?」

「……脱兎の如く逃げやがったよ」

 漫画とかだったら怒りの四つ角が出ているであろう苛立ち紛れの声を出しながら夜は自身が捕まえていた案内役を放り出すと「出るまでの間は死ぬ気で護衛してやる。ただし……もう一回逃げようとしたら容赦はしねえ」と、殺気混じりの脅しを受けて捕まっていた案内役は青ざめた顔でぶんぶんと首を縦に振り、鬼月紫音に捕まっている案内役もガタガタ震えながら「逃げようとしなきゃよかった……」とガックリと肩を落としていた。

 

「で、なんで貴方は逃げようとしなかったの?」

「ん? ああ……小妖とはいえ、あんなにいるんじゃ逃げてもどっかに入るのに喰われるかもしれないだろ? だったら、まだ退魔士様達の側にいた方が生き残れるだろうと思ってな」

 雛子の言葉に案内役は肩を竦めながらそう言った。

 

「それじゃあ、行きましょう。早くしなければ旭に追い付きません」

 赤穂紫の言葉と共に俺達は歩きだそうとして……!? 

 

「危ない!」

「下がれ、下からなにか迫り出して来るぞ!」

 俺、白虎、葛葉唯、赤穂紫、鬼月白夜、赤穂九恩が前に夜、赤穂(ゆかり)、鬼月紫音、鬼月雛子、白龍と黒龍、鳥谷有吾は後ろに下がる事で迫り出して来た何かを回避した。

 

 回避したそれは……無数の糸蚯蚓と人肉をおぞましく融合させたうねうねと蠢く壁だった。

 

「な、何ですかこれは……!?」

「俺達を分断するための壁かよ……」

 俺達はまさかの展開に頭を抱えながらも何処かで合流できるだろうと検討をつけて鬼月旭がクロイツ家の姉妹を追い掛けていった先へと歩み出した。

 

 ……退路を失った事に対する焦燥や不安を押し隠しながらだが。

 

 ──────────

 

「はあ、はあ……た、退魔士なんかと心中なんざ出きるか……!」

「ああ、そうだな……!」

 旭や伴部達を見捨てた案内役達は今まで居た場所に最も近い出口を目指しながら必死に走っていた。

 

 時折、後ろや上に目を向けて妖がいないかどうかを確認して……

 

「ぶへえ!?」

 先頭を走っていた案内役が何かに激突する。

 

 他のメンバーが何事かと前を見ると、そこには伴部達を分断した蠢く壁があった。

 

「こんな所に壁なんか無かったぞ……!?」

「どう考えても小妖や中妖の仕業じゃねえ、もっと大きな……おい、何時までそれにぶつかったまま……」

 壁に激突した態勢のままの仲間を引き寄せ……そこにあったのは、体の前半分を食い付くされた死体であった。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぎゃ!?」

 悲鳴をあげた案内役は壁から飛んで来た触手に足を刺されて引き摺られると……

 

「や、止めろ! た、助け……ギャアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 仲間達に助けを求めたのも束の間、そのまま蠢く壁に断末魔の悲鳴をあげながら飲み込まれていった。

 

「ひ、ひいぃぃぃぃぃ!?」

「こ、此処はダメだ! 別の……」

『ア、アア…ニグ、だ……!』

『シャアぁぁぁぁぁ……!』

「さあ、新鮮な肉を食わせろ!」

 慌てて別の出口を目指そうとした案内役達に多種多様な妖達が一斉に襲いかかった。

 

「ひ、ひぃ……た、助け……」

 ある案内役には人の死体が動いているが似合う妖に群がられて貪り喰われ……

 

「や、止め……」

 ある案内役は牛並みもある大きさのゴキブリの妖の突撃に巻き込まれて挽き肉にされ……

 

「あ、あがが……ぼげ……」

「うめえ、うめえ」

 またある案内役は頭が狼になった妖に頭からバリバリと貪られた。

 

「うわーお、肉片も残らなかったな」

「しょうがないわよぉ……所詮は案内役の人足が数人だし、あの子達は大食漢だもの」

 そう言いながら現れたのは貴族の衣装を着ていてもなお隠せぬチャラついた雰囲気を持つ吸血鬼と豊満な肉体を惜しげもなく晒すように衣装を着崩している吸血鬼であった。

 

「そういやよ、『リーナ』。お前、今回の討伐隊で好みの奴いたか? 俺は紫髪の気の強そうな女が好みなんだが」

「『ラール』兄さん……そんなんだから、お母さんの子供の中でも最古参に近いのに男爵(バロン)のままなのよ? あ、私はオレンジ髪の男の子が好みね」

「お前もだろうよ」

 そんなグロテスクな場面が繰り広げられている場で朗らかかつ楽しそうにそう言うのは『ラール・ローゼンクロイツ』と『リーナ・ローゼンクロイツ』。当たり前だが吸血鬼である。

 

「っと、次に行くべき場所が示されたぜ」

「それじゃあ行きましょ」

 そう言って二人は眷属達や母の異形の弟妹達を連れて次の獲物へと向かう。

 

 ……討伐隊は一部を除いて静かに、しかし確実に狩られつつあった。




次回もお楽しみに!
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