旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~   作:愛川蓮

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第三十二話

 多分、傍目からすると異様な光景であっただろう。整然と区画整理され碁盤の目のように広がる都、その通りを一台の牛車と七人一組の人影が並びながら進む。

 

 いや、そこまでならば何らの問題もない。問題は幾人かの女中と下男を侍らせた豪奢な牛車に刻まれたその家紋と、何よりも中の人物の常識から逸脱気味と言わざるを得ない行動であった。

 

 扶桑国において五本と言わずとも確実に十本の指に入り、特に舶来品等、海外貿易のみで言えば三本の指に入る大商会で知られる橘商会、その商会の所属である事を意味するとともにその商会長を世襲する橘家そのものをも表す橘の家紋が牛車には堂々と金字で飾られていた。

 

 当然のように海の向こうの珍品が多く集まり、商会の本店が構えられている都で、この家紋はそれだけで絶大な権威を持つ。殿上人や大大名であれば兎も角、形ばかりで碌な荘園も持たぬ貧乏公家や百人程度の武士団しか動員出来ない零細大名家程度であればすごすごと道を譲ってしまう程だ。

 

 今一つ衆目の注目を与え、そして同時に見る者に奇異な印象を与えるのはその牛車に乗り込んでいる少女と牛車と並んで歩いている少女の奇行とも、暴挙とも言うべき行いだろう。

 

 牛車に乗り込む少女は橘商会の商会長の娘である橘佳世である。この国では珍しい鮮やかな蜂蜜色の髪と翡翠を思わせる瞳……西方の南蛮人を思わせる異国情緒溢れる色白で可愛らしい顔立ち、着込むのは南蛮の意匠も盛り込んだ緑色を基調とした袴。橘の家にちなんだのか仄かに柑橘系の甘い香りがするのは香水のためだろうな。おおよそ珍しさしかないそんな人物が牛車の物見窓を開けて顔を見せれば確かにそれだけでも注目を浴びるだろうな。高貴な女性は不特定多数の面前で不必要に顔を見せびらかさないものだから、その衝撃は一入だろう。

 

 牛車と並んで歩いているのは八百年も続く名家である鬼月家に養子に入って都でも有名になりつつある集団『旭衆』の長を勤めており、私が寄生している人間である鬼月旭だ。本来なら佳世に勝るとも劣らない程の大勢の下男や女中、護衛を引き連れて牛車に入って移動していなければならないんだが……旭本人が体の調子を見るためや寝たきりの間に衰えた体への訓練、何よりも孤児院の人間達への好奇の視線を避けるために伴部や白を伴って徒歩で行ったんだ。(まあ、そのせいで伴部が殺意や怒りの籠った目で都の男達に睨まれたわけだが)

 

「やっぱりそのお面、可愛くありませんね? やっぱりお外し為さったら如何ですか? 視界も宜しくないでしょう、足下が危ないのでは?」

「佳世ちゃん、伴部さんのお面は仕事の為の道具っすよ。下人衆を抜けられてないのに外せるわけがないじゃないっすか」

「その御提案については旭様の言うとおりです。私はただの下人ですので」

「それは残念です」

 ましてや普通の一般人から見て雲の上の御嬢様な彼女が物見窓を全開まで開けて、親友である旭は兎も角、下人の伴部と白丁の白に笑顔で殆ど一方的に話しかけていれば悪い意味で周囲の耳目も惹くのは自明の理だろう。しかもその会話の内容が義務的な内容ではなくて明確に私的なものであれば……

 

「うわあ……悪目立ちしてらぁ」

「……まあ、しょうがないんだけどな」

「佳世様が旭様に話し掛けるならまだしも……伴部さんにも積極的に話し掛けてるんだもんね」

「……伴部さんは何故、都中の男達に睨まれているんだ?」

 私達と共に牛車の横を歩いている白夜達が周囲の視線に苦笑いをする。……沙世の子孫だと思われる少女の質問には男子は二人揃って顔をそらしたが。いや、本当に伴部には埋め合わせを考えんとな。

 

 とは言え……旭経由で屋敷に帰るには遠回りになるのを承知で一行を中央の大通りから外れるよう進言して正解だったな。今ですら擦れ違う度に人々からの好奇や疑念、驚愕、あるいは(伴部に対する)憎悪や嫌悪……様々な感情を向けられていると言うのに、これが渋滞気味な朱雀通りだったらどうなっていたのやら……

 

 ……嫉妬もない訳ではないだろうが、そもそもこの国は身分社会であり成り上がるどころか生きるのもやっとで、その上娯楽も少ない。そんな中で格上の相手に目をかけられた格下の人間……伴部は悪目立ちし過ぎる。先週の『でぇと作戦』を経たせいで分を弁えず、卑しくも世間知らずの御嬢様や鬼月家、赤穂家の姫君達に取り入る卑劣漢に見えない事もないし、仮に違ったとしても奴らには構わない事である。

 

 ……真実も、実情も、実際も、そんな事は重要ではないのだ。ただこの苦しい世の中において憂さ晴らしの、八つ当たりの対象が欲しいだけなのだ。そして今の伴部はその対象として絶好過ぎる。

 

「そうそう、先日の事についてはかねがね聞いていますよ? 御父様が随分と御迷惑をかけたそうですね?」

 佳世の語る先日の事……それは地下水道での一件を意味しているのは明らかだな。

 

 ……地下水道の一件は箝口令が敷かれ、当然のように旭衆や伴部には朝廷の使者から口封じの呪いを掛けられた。朝廷の立場としては旭や紫、伴部の報告に対して懐疑的であるようだったが、それでも『妖母』ではなくても何かがいたと理解しており、極秘に退魔士を動員して地下水道の残敵を掃討している……というのは旭が雛姫や葵姫から聞いた話だ。

 

 朝廷からしたら『妖母』が足下にいたなんて信じたく無かろうし、殺した妖共にしてもその大半は紫や旭衆、雛姫や葵姫、赤穂家の剣士達に肉片残らず消し飛ばされたり、あるいは共食いで消費されたのだろう。物的証拠は隠滅されたといって良い。

 

 あるいは一部の退魔士の異能を使い記憶を覗く、という手段も必ずしも万能ではない。元より記憶は曖昧なものであり、時間が経過すればする程それは顕著となる。

 

 退魔士の使うそれは覗かれる側がそう思い込めば記憶を覗く側もそのような曖昧な記憶を閲覧する事になる欠点があった。あるいは偽の記憶を捩じ込まれていればそれはそれで意味がない。更に言えば記憶を覗く事で精神的、人格的な悪影響を受ける事すら有り得た。

 

 何よりも記憶を見られるなぞ相手に丸裸にされて洗いざらいの秘め事全てを吐かされるのと同意だ。これ程の恥辱はない。一族の秘伝の技や秘密も知られかねない。大罪でも犯さぬ限り退魔士は無論、公家や大名とて記憶を覗かれる行為は拒否するものであり、それは認められている。

 

 当然ながら、地下水道での目撃者の内、一番発言の信用度の高い紫の記憶を覗くのは親族一同で大反対するだろう。とは言え生き残った孫六を含む案内役達の記憶を覗くなぞ、身分制度の強固なこの国では退魔士側から願い下げだろうな。穢れが移ると鳥肌を立たせながら拒否するだろう。

 

 旭は……長老達の内、旭を毛嫌いしている者は諸手を挙げて賛成するだろうが、雛姫や葵姫、御意見役が大反対をするだろうな(と言うか、実際にそうなったらしい)。

 確実に記憶を覗く手段がないわけではないが……その対象である伴部は雛姫や葵姫が頑強に抵抗しているので大丈夫だろう。……伴部は雛姫は兎も角、葵姫に関しては義妹の持っている玩具を『壊され』たくはないからだと誤解をしているらしいが(それを聞いて旭が怒って、葵姫が伴部に恋をしている事を言おうとして葵姫に折檻された)。

 

(まぁ、それはそうとして……)

 この場で佳世がそれに触れたとなると次の狙いは………

 

「態態私に謝罪の言付けは必要御座いません。既に鬼月家には景季様より使者が遣わされております。佳世様がここで改めて謝罪の御言葉を口にせずとも宜しいかと」

「そうっすよ。景季さんが頭を下げたんだから、佳世ちゃんがそれをする必要はないっすよ」

「安心してください。私が謝罪するのは鬼月ではありません。親友である旭ちゃんと……」

 謝罪は不要だと言った旭や伴部に対して佳世は伴部をチラリと見た後でその言葉を……

 

「佳世、それは不味いぞ。お鶴が私をお目付け役にしたのは、それを避けるためなんだからな!」

十香(とおか)さん、いきなり割り込まないでくださいよ!」

「んが!?」

「伴部さん!?」

 旭達が歩いている反対側に立っていた若い女中が佳世の言葉を遮り……容姿を見た瞬間、伴部がずっこけた。

 

「あれ、新しい女中さんっすか?」

「はい。お鶴はちょっと腰が……」

「あ~~……」

 佳世付きの老女中の腰の話題が出ると、旭は目をそらす。なんせ、その女中が腰に爆弾を抱えたのは三年前に旭が金で伴部を買おうとした佳世にキレて頬を叩いた際に怒って薙刀を持って旭を追いかけ回したからだ。

 

「に、女中さん! 名前はなんて言うんすか?」

「私か? 私は『夜刀神(やとがみ)十香』だ。宜しく頼む」

 女中に対して負い目も持っている手前、余計な事を佳世に言われる前に話を遮った女中に名を聞くが……その名前、ルード・クロイツが言ってた名前の一人だな。

 

「あれ? それって……」

「ああ……錯乱していた際の妄言だと一蹴していたお祖父様の話に出てきた人間の一人だ。……小百合様や柚子様と一緒にやって来たアリシアの子孫もあわせて、今日のクロイツ家は上へ下への大騒ぎだったぞ」

「アルトも来てるのか……」

「私はルードの家族があんなにいたのに驚きだったぞ」

 ……アリスが疲れている様に見えたのは、その騒動があったからか。

 

「そういや、小百合はどうして橘商会の牛車に乗っていたんだ?」

「ああ、佳世様に『旭ちゃんが私と勘違いをするか、賭けをしませんか?』って、誘われたんですよ。まあ、賭けにならないから純粋に試しただけなんですが……」

「私は未来の橘商会の事を聞けただけでも満足でしたよ? あ、そうだ! 旭ちゃん、このまま逢見の屋敷までお帰りになるのですか? 何だったら伴部さんや白ちゃんと一緒に屋敷まで牛車で送っても良いですよ? どうですか?」

 白夜の質問に小百合が答えると、佳世はそれに対してくすくすと笑った後、名案を思い付いたようにころりと表情を変えると首を傾げて提案する。

 

 まだまだ幼く、無邪気そうな物言いであるがその声や表情、仕草の一つ一つが異国情緒溢れる美貌も相まって同性の私から見ても蠱惑的で魅力的で魅惑的で、しかしながら一歩引いて考えるとある種のあざとさすら感じてしまう。問題はその何処までが演技で何処までが素なのかだが………

 

「宜しいのですか? 彼女は……」

「狐白さんの根源なんですよね? でも、旭ちゃんと仲良く接しているのは演技じゃないでしょうし……何よりも旭ちゃんが信じてるのなら、私も信じなきゃダメじゃないですか!」

 伴部が白を理由に乗車するのを断ろうとするが……まあ、旭の親友で孤児院にも一緒に言ってる時点で半妖に対して差別的な偏見など持つ筈がない。それに狐白の件の顛末も知ってるからな、今さら白を乗せるのを恐れるわけがないので……詰めが甘いな、伴部。

 

「ん~佳世、三人も乗ると狭くはないか?」

「夜刀神、『様』を付けろ」

「あ~……あたいや白ちゃんは兎も角、体格的に伴部さんも入ると狭いっすね」

「あ」

 夜刀神と旭の言葉に今気付いたのか、佳世が『唖然』とした顔になる。……楽をするために牛車に乗せるのにその牛車の中が狭くちゃ話にならんからな。

 

「うう……旭ちゃんの馬鹿」

「ごめんなさい……」

 恨めしそうな佳世の言葉に旭は目をそらしながら謝る。

 

「……佳世様、今更言うまでもありませんがこのように何時までも憚られるような行いは為さらないで下さい。余りお父上を困らせるべきではありませんよ?」

 そんな佳世に畳み掛ける様に伴部はそう言う。まあ、確かにそうだな。佳世が家の牛車を並走させて家畜や奴隷よりはマシ程度の人間とだらだら会話していたなんて話、景季さんにとっては噂でも広がって欲しくはないだろう。それだけこの国では身分の壁は厚く、体面が重視されている。

 

「それでしたら良い解決方法がありますよ、伴部さん? 私がお父様に言って伴部さんを………」

「佳世ちゃん、お金で買い取るって言うなら次は拳で殴るっすよ?」

「違いますよ!? 旭衆の都組に移して貰うんですよ! まあ、長老達に対して袖の下は送って貰いますけど……

「あ、そっちすか」

 佳世が良い考えを思い付いたと言うような表情で案をだそうとしたが、旭が拳を握り締めながら怒りを込めた言葉を呟くと、佳世はそう言って反論する。……小声で言った事は旭には言わないでおこう。伴部を下人衆から抜け出させる為には御意見役を除く長老達を黙らせないといけないからな。

 

「……ん? 抜け出させる……? 待って、これなら……! 佳世ちゃん、ちょっと耳を貸して欲しいっす」

「? わかりました」

 そう言って旭は空天でほんの少しだけ浮き上がると佳世の耳の付近に顔を寄せ、今考えたらしい作戦を言う。

 

 ……かなりの遠回りかつ運任せで、伴部が旭や旭衆の補助ありとは言え英雄的な活躍をしなけりゃ成立しない策だが……成功すれば確かに下人衆から旭衆への移籍は可能になるな。

 

「まあ! それは確かに大変な策ですね。わかりました、お父様に言って多少は援助させていただきますね。で、旭ちゃん。見返りなんですけど……」

「わかってるっすよ」

 そう言ってチラリと伴部を見る佳世に旭は苦笑いをしながらそれを了承する。……伴部、どうやらお前はまた『でぇと』をすることになりそうだな。

 

「……佳世様、旭様と一緒に何を企んでいるのですか?」

「ふふふ、秘密です! 楽しみにして下さいね?」

「内緒っすよ!」

 伴部の質問に佳世は無邪気に笑いながら、旭は苦笑いをしながらそう答える。

 

 そんな事をしている内に、私達は若築橋の前に迄辿り着く。広大な都には何本かの川が流れており、縦に十丈半、横幅三丈余りあるこの若築橋は丁度公家衆の屋敷の集まる区画と中流平民の集まる区画を分ける境界だ。平民が足を踏み入れる事自体は許されているが、橋の両岸には小屋があって、槍を携えた兵士が背筋をのばして佇み、こそ泥等怪しい者なぞが入ればこれを捕らえる事となっている(旭衆都組も時折手伝っているらしい)。

 

「……では、今回はこれくらいにさせてもらいましょうか。旭ちゃん、期待させてもらいますね?」

「了解っすよ」

 物見窓から身を乗り出して、ニコニコと幼い愛らしさと美しさを兼ね備えた笑顔を見せて佳世は旭に対して約束を取り付ける。その笑顔はあざといが、魔性と言って良い程だった。……正直、女でも特殊な趣味を持っていればそれに対してみとれてしまいそうだな。

 

「……すみません、伴部さん。何か失礼な事考えてましたか?」

「恐らく気のせいではないかと」

 何か失礼な事を考えていたらしい伴部に対して首を傾げて怪訝な表情を浮かべる佳世に淡々と伴部は応じる。何を考えていたのかは知らんが、失礼な事は考えないようにしてほしいんだがな……

 

「……まぁ、良いでしょう。それでは皆さん、失礼致しますね? また後日……」

「佳世ちゃん、また後日っす」

 何処か納得いかない、という表情を浮かべつつも佳世はニッコリと笑みを見せて一礼する。旭もそれに対して一礼し、伴部と白、未来組は旭に習って一礼をする。

 ……小百合と柚子も此方に来ることになったんだよな。まあ、未来に帰る事になった際に一塊になってないと不味いという理由もあるらしいが。

 物見窓が閉じられた音が響いた。牛車がゆっくりと動き出して目の前を通過していく。一瞬牛車の傍に控える護衛の下男が舌打ちしたような音が聞こえたが気にしないでおこう。

 

「……行きましたか」

「うん、行った……って、わぁ!? さ、沙世姉!?」

 佳世が話声が聴こえない程遠くに行ったのを確認してから出てきた沙世に旭は思わず驚いてしまう。

 

「ご、ごめんね? 佳世にはちょっと聴かれたくない話をしたかったから……」

「佳世ちゃんに聴かれたくない話……?」

「……旭ちゃん、伴部さんに皆さん。これからも佳世と仲良くしてください」

「いや、それは当たり前っすけど……」

 なんの話をされるのかと思ったら、余りにも旭にとっては当たり前の話だったので私は思わず呆れてしまう。

 

「うん、わかってる。でも……幼い時から見てきたけど、佳世は本当は寂しがり屋なんだ。けど……」

「あ~……橘商会の一人娘だもんな……」

「そう言えば、小百合も橘コンツェルンの娘だからって凄い気を遣われたりしてたもんな……」

「そうなんですよね……」

 ……確かに、未来ではどうか知らんが……現在の扶桑国は島国根性で村社会で階級社会だ。そこに南蛮系の血を引き継ぐ佳世は唯でさえ浮いた存在だ。ましてや父親たる景季さんは若くして橘商会を盛り立てた才人ではあるが……同時にその強引で昔からの伝統や因習を無視したやり方は少なくない反発もある。商売敵からの嫉妬もあるだろう(大体、旭と佳世が出会った切っ掛けは商売敵が佳世を人質に取ることで重要な取引を破談させようとしたからだ)。

 

 故に佳世は浮く。どうしても浮いてしまう。そうなるとやはり中々友人が出来ない(仲の良い沙世は義理の姉だし)。で、景季さんはそれに対する謝罪の意味もあって甘やかせてしまう、という訳だ。

 

「けど、旭ちゃんっていう友達が出来てから初恋もして、子孫が来たお陰で夢も出来て……だから、旭ちゃんも伴部さんも私が佳世の側からいなくなっても全力で支えてあげてください」

「何を言ってんすか! 沙世姉も佳世ちゃんとずっと一緒すよ!」

 そんな旭の言葉に沙世は微笑むが……笑顔には不穏な空気を纏っているな。まるで、役割を終えたら自分が橘商会から追い出されるのを確信しているかの様だ。ただ、な……沙世。子孫の柚子が『橘』の名字を名乗ってる時点でお前の予感は絶対に外れているぞ。

 

「……沙世様。碌な学もないたかが一下人の浅知恵でありますし、沙世様には深い思慮がおありなのかも知れません。ですが佳世様御自身のためにも、佳世様の一時の感情のままに振る舞わせるのは宜しくないだろう、と」

「伴部さん!?」

 そんな沙世の言葉に伴部は進言をする。

 

「何せ歳が歳です。恐らくは半分も本気ではないでしょう。お遊びのようなものです。一時の感情のために佳世様に要らぬ噂が纏わることが宜しくないのは自明でありましょう。どうぞ御再考下さいますよう」

「……三年っす」

「旭様?」

 佳世の事を思っての言葉なのだろうが……その言葉は悪手だぞ馬鹿たれ。

 

「三年っすよ! 佳世ちゃんが伴部さんを恋い焦がれていたのは! あたいに対して送ってくる手紙にもそれが書かれてて、葵姉や雛姉、白虎が伴部さんの側にいるからずっと不安だって文面からわかって……それなのに、それなのに……! 白虎の思いには答えず、雛姉や葵姉、佳世ちゃんの気持ちにも気付かない伴部さんなんて、もう知らないっす! 何処へでも行っちゃえ!」

「あ、旭様!?」

「旭ちゃん!?」

「おい、これは……」

「日誌にも書かれていた騒動だな……」

「……泣いてましたね」

 旭は泣きながらそう叫ぶと脇目も振らずに逢見家の屋敷へ走り出す。

 

「旭、お帰りなさ、い……?」

「旭……?」

(やれやれ……これは、長引きそうだ)

 何故か屋敷の前にいた雛姫や葵姫にも気付かずに走り抜ける旭に私は心の中で溜め息を吐く。

 

 伴部の鈍感ぶりに腹を立てていて、自分が何時、何処で妖化するかわからず不安になっていて、雛姫や葵姫にそれで負担を掛けていて……それが原因で精神的に不安定になっていたからだろうな……恐らくだが、都にいる間は『何か』が起きない限りは旭は伴部を絶対に許さないだろうな……

 

 私は旭が激怒した理由を推測しながら、どうしたもんかと思った……

 

「くっ、くっくっ。イレギュラーと下人の連携にヒビが出来たぞ……佳世ちゃんの心の中からあの二人を消し去るなら、これを利用しない手はないなぁ……」

 そんな旭が伴部に激怒して暴言をぶちかました現場を遠目で見ていた人間がいたこと。それが原因で旭や伴部。佳世や沙世、佳世付きになった新任の女中にアリシアの子孫が橘商会の覇権を巡る騒動に巻き込まれ……そして、旭や伴部に大問題が起きるなど、この時の私は知る事すらなかった……




次回もお楽しみに!
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