旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~ 作:愛川蓮
橘商会の会長、橘景季は自身の専門外の事であれば兎も角、決して商売人として無能ではない。寧ろ相当優秀な部類に入るだろう。
宮中の権力抗争に破れての都落ち。落ちぶれた公家衆として衰退する筈だった橘家は、しかしその血筋から来る信用と人脈で当初は基本的な米に元々の一族の出生地であった漁村の海産物や塩を、直ぐ後にその延長として舶来品を取り扱う商家として再興した。以来数百年、扶桑国内でも十の指に入るだけの豪商としての地位を確立するに至る。
……しかし栄枯盛衰は世の常であり、停滞は即ち衰退へと繋がるものである。現状維持と既得特権の死守のみに奔走して胡座を掻いていた橘家は、実の所父親が事業の失敗の衝撃で血管が千切れて急死し橘景季が若くしてお飾り当主となった時には債務が利潤を上回り、しかも国内外問わず競合する古豪商家に新進気鋭の新興商家によってその権益が相当切り崩されていた。それを一代にして、再び盛り返した景季の実力は決して馬鹿にされるべきではない。
大商家の当主として就任した彼が最初に行ったのは名称の改称だった。海塩屋という名称から橘商会に名称を変更した。それは経営の心機一転を決意しての事だ。
無論ただ看板をすげ替えただけでは意味がない。内部改革にも彼は熱心だった。彼の事業再編や資産管理方法の変更、内部の贈賄や癒着等の腐敗の一掃はそれだけでも彼が非凡な商人である事を証明していた。
特に人材収集と教育は目を見張るものがあっただろう。元より舶来品の取り扱いが主力な事もあったが、彼は現地の事情や文化に詳しい、あるいは技能を持つ大陸人や南蛮人を積極的に雇い入れ、しかも必要であれば商会の幹部に躊躇なく引き抜いた。一部の者達は扶桑国風の「屋号」から南蛮風の「商会」という名称に変更したのはこのためであったと語る者もいる。
同時に同じ扶桑国人の教育も大きく転換した。これまで多くの商家では五人に二人が残れば幸運と言われた丁稚奉公で店員を雇用していたのを、彼は南蛮の言葉で言う所のマニュアル化を中心により先進的な指導教育体制を採用して、同時に待遇を改善した。
別に雇用人を思っての事ではなく優秀な人材の確保や多くの商家で問題となっていた奉公人の逃亡や汚職、引き抜き防止、教育費用の低減と期間の短縮のためである。
一族直系の彼を傀儡として操ろうとしていた一族の保守派、それに父や祖父の代からの商会幹部の反対を膝詰めで説得し、あるいは強制的な引退等で強引に推し進めたその行動力、改革案の鋭い先見性と思い切りの良さ、その急進的過ぎる改革をもっても尚商会を分裂させずに纏め上げ、これまでの商売相手の信頼を失わず繋ぎ止め、それどころかその規模を拡張せしめた統率力に話術……橘景季の商売人としての実力を疑う者は最早内外に殆んどいない。
……無論、商売人として一流でも、それ以外の分野……特に私人としても完璧である保証はない。どのような人間にも欠点というべきものはあるものだ。彼もまたその例外ではない。
彼の欠点は大きく分けて二点挙げられよう。一つは彼の妻である。
橘景季は腐っても豪商橘家の跡取りな事もあって幼少時代から幾人も許嫁の候補はいたし、彼が二十歳になる前に急遽当主に祭り上げられた際には同じ豪商だけでなく、公家や大名家からも見合いの申し出があり、一族の者達も誰それが良かろうと勧めたものだ。……彼はその全てを断ったが。
最終的に改革と大掃除、橘商会の復権の後、彼が妻に迎えたのは幼い頃から商会本店で奉公人として、看板娘として働いていた南蛮移民の少女である。これはある者は南蛮系の従業員の信任を得るためとも、下手に有力者の娘を妻にする事で他家の影響や口出しを許すのを阻止するためだとも噂しているが……何にせよ何処の馬の骨とも知れぬ女を妻にした事が少なくない者達の顰蹙を買ってしまったのは事実だ。
そして今一つの理由、それは………橘景季がその商売人としての狡猾さ、計算高さからは信じられなくなる程に自身の一人娘と養子であり親友にして盟友だった商人の忘れ形見の少女に対して余りにも駄々甘過ぎた事であった……
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師走の月のある昼頃、仕事の合間の時間を縫って商館から併設された橘家の和洋折衷の屋敷の廊下を一人の男が誰かを探しながら進む。
「佳世~、沙世~何処かな? 顔を見せておくれ~? パパが素敵な贈り物を持って来たぞ~?」
「なあ、『アルト』……あれは本当に店長なのか? 何時もと違いすぎるぞ……」
「『商会長』だよ、夜刀神さん。まあ、確かにドン引きもんだけどさ……あれもあの人の側面でしょ」
髭面の中年の男がニコニコ顔で腰を曲げて、猫なで声でそんな事を言いながら屋敷中を彷徨き回る姿は正直な所ドン引きものであった。しかし、屋敷に勤める女中も、雑人も、男に対して誰も何も言えないし言わない。ただ顔をひきつらせるだけだ。下手な事を言って解雇されたくない。娘達の事になるとこの優秀なキレ者商人の理性と知性は全く信用出来なかった。
佳世と沙世の子孫である小百合と柚子の口利きで橘商会の女中として雇われた十香とアリシアの子孫であり、従業員兼旭衆として雇われた『アルト・クロイツ』はそんな彼に対して引き気味になりながらもヒソヒソと話をしていた。
アルトの言うとおり、橘商会を一代で再興させた橘景季の、これが私人としての姿であった。その手にあるのは大陸様式の絵柄で彩られた絹布、着物なり何なりに使えば良く映えるだろう。懇意にしている大陸商人からの贈与品である。売ればこれだけで平民の家族が十年は食べていけよう逸品だ。
しかしながら、普段から時間があれば理由もなく娘達にあれもこれもと高級品や珍品を買っては贈る景季にとって、これは特段に特別な品という訳ではない。つい先週も彼は大粒の真珠を贅沢に使った首飾りを佳世に同じく大粒の真珠を贅沢に使った腕飾りを沙世に贈っていたのだ。
「会長、そろそろ御時間です。近衛中将殿との商談が……」
「佳世~? 沙世~? 何処に隠れているんだい? 御願いだから姿を見せておくれ~!」
「あぁ、もう! この人はこれだから……!」
「諦めよ、何時もの事だ……」
手首に巻いた南蛮式ゼンマイ時計の針を一瞥した後、大陸人と扶桑国人の混血である秘書は頭を抱え、そんな秘書の肩を景季の護衛を勤めている鳥谷敏隆は諦め気味にポンと叩く。
この会長は決して馬鹿でも無能でもないのだ。商人としては確かに優秀なのだ。ましてや出島の遊郭で客と遊女の子として雑用として働かされていた自分を雇い、色眼鏡で見ずに実力を見定め、今では帳簿の管理を任せる程に信用してくれている恩義のある大人物だ。それは分かる。分かるが………
(とは言え限度があるだろうに………)
はぁ、と何処までも疲れた溜め息を吐く秘書。他所の私財と店の金を混同する豪商達とは違い、ちゃんと私的な支払いは個人資産に限定してはいる。その辺りの分別はある人なのだ。……それでもやはり幼い娘がいきなり理由も話さず千両箱を一個丸々中身ごとおねだりして二つ返事で蔵から持って来させるのはどうなのだろうか? せめて用途くらい尋ねて欲しいのだが。
ましてや彼が正に娘達に贈ろうとしている三反分の絹布。何処ぞの大大名なり大臣なりの夫人やら娘やらにでも売り込めば最低でも百両以上の値はつくだろうそれを彼は微塵も思わず娘に贈ろうとしているのだ。これまで贈った分すら満足に使いきれていないというのに……親馬鹿にも程があるというものだ。
「むむむ、可笑しい。普段ならそろそろ出てきても良い筈なのに。一体何故だ? 何かあの子達が腹を立てるような事でもしたか……?」
「あ~……」
何時まで経ってもやって来ないし見つからない娘達の姿に景季も流石に訝むように険しい表情を浮かべる。その表情は普段商談をしている時のように険しく引き締まっていた。つまりは、今の彼は大口の商談をしている時や他家の謀略への対処を考案している時と同じくらい集中して真剣に娘の行方を考え込んでいた。
要は、完全に能力の無駄遣いであった。
それに対して敏隆は佳世が親友である旭にだした依頼を思い出しながら景季から目をそらす。なにせ、親馬鹿の景季が『それ』を知ってしまえばショックで寝込みかねないからだ。
「あら? 女中が言うから来て見れば……貴方、これは一体何事ですか?」
「奥方様……夜刀神、お前が連れてきたのか?」
「うむ。お鶴がこんな時には『奥方様を連れてきなさい』と言ったのだ」
そこに廊下の奥から十香に連れられて異国風の紋様が描かれた和服に身を包む夫人が姿を現す。蜂蜜色の髪に碧みがかった翡翠色の瞳が垂れ目がちに夫を見つめる。異国風の整った顔立ち……橘夫人の事、橘彩衣である。
出自としては南蛮移民の二世であり、亡き両親こそ扶桑国外の生まれであるが彼女は扶桑国生まれの扶桑国暮らし、ましてや扶桑国以外の言葉も話せない存在であり、顔立ち以外は生粋の扶桑国人とは殆んど変わらないと言えた。その美貌から商会の看板娘としては働いていた時は大人気で、幾人もの貴公子から側室や妾の誘いがあった事、それらを受け流して景季の求婚を二つ返事で受け入れた事は世間でも有名であった。
「あぁ、彩衣か!? 佳世と沙世が何処にいるか知らないか? 探しているんだが見つからなくてな………」
「おお! 何時か、私もシドーとあんな感じの事が出来るだろうか……?」
挨拶代わりのハグを当然のようにした後、景季は心底心配そうに娘の行方が何処かを尋ねる。その言葉にうんうんと妻は頷いた後、ぱぁっと看板娘時代に多くの顧客達を魅了した笑みを浮かべて夫の疑問に答えた。
「安心して下さい、貴方。何も問題はありませんよ? ………あの子達なら少し御忍びデートしているだけですからね!」
何の問題もないように宣った夫人の言葉に次の瞬間場の空気が凍った。何なら夫は硬直しながら手元の絹布をぼとりと力なく床に落としていた。……その表情は完全に感情を消し去っていた。場に流れる重苦し過ぎる沈黙。
「か、景季殿……?」
「あ、ヤバい」
動かなくなった景季を揺する敏隆を見ながら霊視で景季を見ていたアルトが顔を凍り付かせる。
「どうしたんだ?」
「いや……景季さん、魂が天に召されようとしてる」
そんなアルトの言葉にやって来たアーサーや紅虎が景季を見て……そして、それが本当だとわかった瞬間に騒ぎが起きる。
「か、景季殿ぉぉぉぉぉ! お気を確かにぃぃぃぃぃ!?」
「天に召されるには速すぎますよ!?」
「網、網ー!」
「その前に術で魂を捕まえろー!」
「いや、その前に奥方様! なんで言っちゃったんですか!」
右往左往する退魔士達や女中、雑人を見ながら秘書は遠い目で嘆息し項垂れ、確信するのだ。「あぁ、今日一日これで潰れたな」、と………
「…………」
そして、そんな光景に居合わせた屋敷の雑人の一人が、冷たい表情で静かにその場を立ち去り、自室に隠していた伝書鳩に伝言を括って放……
「確保」
「が!?」
「夜刀神さん」
「う、うむ……」
す前にリリシアに叩きのめされてリリシアが伝書鳩に別の伝言を括って放した姿を、誰も目にする事はなく、新米の女中と従業員が抜け出したのを誰も知らなかった。
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師走時にしては晴れ渡った空模様だった。冷え込みはするがそれも都の結界の内側であれば其ほどのものでもない。寧ろ程好く涼しくて外出日和とも言えよう。都に住まう民草にとっては良き天気である事だろう。そう、都の民草にとっては。
「憂鬱だ………」
「伴部、それは失礼」
それが、この日の朝に目が覚めてからずっと俺が感じていた感情である。遂にこの日が来てしまったかと俺は逢見家の屋敷の端の縁側で項垂れる。……そして、そんな俺に茶菓子を差し出す白虎に溜め息を吐きながらそれを受けとる。
「しかし、旦那。そう悪い話でもねぇんでしょう? 費用は全て彼方持ちだそうじゃねぇですかい? 普段なら出来ない贅沢が出来る良い機会じゃねぇですかい?」
そんな俺にそう訝るように語りかけるのは孫六だった。
俺よりも何歳か年上のこの日焼けした痩せ気味の、しかし筋肉質なこの男はあの地下水道での一件以降、地下水道が立ち入り禁止になって職にあぶれていた所を他の案内人諸とも旭衆に雇われて、今では家族や仲間と共に旭が自腹を切って建てた敷地の隅のそれなりに豪華な小屋に住み込みながら働いている。身に着ける服装は当時と同じ木綿ではあるが、支度金が出たようで襤褸切れのような汚れまみれのお古から一応新品のそれに代わっている。
……この引き抜きは恐らくは俺と鬼月旭の身体に関してが理由であろう。彼の立場からしてその発言が信用出来ないとしても一応の保険として手元に確保している、といった所か(まあ、そんなの関係無しに雇った可能性もあるが)。というか今更ではあるが年上相手に旦那旦那言われても違和感しかないな。
「気楽に言ってくれるな。自由奔放お嬢様達の護衛役だぞ? そんなの気を抜いてやれるか」
先方からデ……宇右衛門に送られた達筆な手紙の内容は婉曲的で形式的で、長々としていたが九割方省略すればようは「姉と一緒に御忍びで町遊びをしたいので護衛一人貸してくれ」である。しかもこれまた事細かに条件設定しての実質俺の名指し指名である。加えて先日の地下水道の件での迷惑料も兼ねたレンタル費用に千両箱丸ごと投げつけて来られてはあの守銭奴の豚がノーを口にする筈もない。
「が、頑張って下さい伴部さん!」
あわあわと、心配そうに、慰めるように白狐の半妖が宣う。
「ん、あぁ……それよりもお前さんこそ頑張れよ? 何せ今日の姫様はカリカリしてるからな」
「今日というか、ここ最近はずっとイライラしてる」
「まあ、そうなんだが……」
白虎の言うとおりであの暴言の後、鬼月夕陽に何かを言われたのか俺は逢見家の屋敷に入れてはいるが……鬼月旭の目は完全に俺に対して敵対的な物へと変貌していた。言葉は恐ろしく刺々しく、以前は無邪気に接していたにも関わらず今ではガン無視だ。
「お前が何を思ってあの発言をしたのかはわからない。しかし……旭にとってはお前が親友の恋心を無碍にし、義姉達の好意には気付かず、白虎の思いに胡座をかいてる最低野郎に見えてしまったんだろうな。……とはいえ、お前は此処に至るまで毎回何かしらの騒動に巻き込まれていたから、そういう予防線を引いたんだろうけどな」
心に籠ってしまった鬼月旭と入れ替わっていた鬼月夕陽は苦笑いをしながらそう言いつつ、「まあ、雛姫の言葉や葵姫に関する騒動のせいでお前に対して理想像的なものを抱いてしまったのもある」と言った後で「旭がすまなかった」と謝ってはくれたが……
(まさか、な……)
世話役を勤めていた姉御様は兎も角、あの傍若無人なゴリラ姫が俺に好意なんて……
「伴部さん、そろそろ佳世達が来るデスよ」
俺が物思いに耽っていると、アリシアがそう言って走りよってくる。
太陽の昇る位置からしてそろそろと思ってはいた。ぶっちゃけかなり不本意ではあるが……仕事なんて基本そんなものだ。労働は美徳であっても楽しいものではない。
「あぁ、そうだ。白、今の内に渡しておくぞ? ほれ、この前は済まなかったな。大事に食べろよ?」
「私からも、白龍と黒龍がごめんなさい」
思い出したようにそう言うと、俺は懐から菓子袋を取り出すと白に手渡す。中にあるのは金柑の飴で、この前あの商会の御嬢様相手の言い訳の出汁に使おうとしたお詫びである。チョイスは冬なので風邪に備えてだ。
……因みに代金は今日の仕事のために宇右衛門に手渡された臨時収入からだ。千両も貰ったのに一両どころかその半分も俺の手元に来ないとかブラック企業かな? え? 臨時収入あるだけ喜べ? やっぱり封建社会って糞だわ、革命起こさなきゃ(使命感)。
「って何馬鹿な事考えてるんだろうな、俺」
「はい……?」
「いや何、世の中金が全てだなって話さ」
「確かに大事な要素ではあると思うけど……」
首を傾げる白と孫六、何か言いたげな白虎に俺はそう言い捨てて、アリシアと一緒にやって来たお迎えの雑人に一礼すると共に歩き始める。まぁ、働かざる者食うべからずって事さね……
──────────
「あ、伴部さん! 今日はお日柄も良くて、外出に絶好の日ですね!」
「伴部さん。今日は佳世共々、宜しくお願いいたします」
逢見家の屋敷の裏口で、いけしゃあしゃあと少女は宣った。目立たぬように紋章もない牛車、そこから降りた橘佳世と橘沙世は雑人に呼ばれて顔を出した俺に対してにこりとあざとい笑みを浮かべる。
御忍びで都を練り歩く彼女達の姿は、所謂垂衣姿と呼ばれる出で立ちであった。
市女笠を被り、そこに縫われた白い垂衣が少女達の印象的で特徴的な風貌を白地の下に薄く隠していた。冬の寒さから首元を守るようにマフラーのような懸け帯が巻かれていて橘佳世は緑を基調とした和装に身を包み、橘沙世は青を基調とした和装に身を包んでいる。靴は舶来品を取り扱う商会の娘らしく草履ではなくて毛皮のブーツだった。一見すれば着飾ったそこそこ裕福な家の町娘の姉妹と言った所か。全く、とまでは行かぬが少なくとも堂々と橘紋の牛車に乗って市場に繰り出すのに比べれば百倍マシな姿であろう。何よりも……悔しいが良く似合う。
「はい。そのようですね」
取り敢えず当たり障りのない返答をするオレである。するとむぅ、と栗鼠のように頬を膨らませて商家の御嬢様は拗ねる。
「そこは『良くお似合いですね佳世』か『良くお似合いですね沙世』って言うのが正解ですよ! 何なら顔を赤くしたり嘆息しながら言えば完璧です!」
「佳世。無理を言って付き合ってくれるんだから、そんなに注文をつけちゃダメ」
「御姉様、折角のお忍びデート何ですからそう言っても良いじゃないですか!」
沙世の嗜めをむー、と非難の眼差しを向ける佳世。そしてそのまま俺の出で立ちを見て一層不満げな表情を見せる。
「その姿は何ですか? 折角の私や御姉様とのデートなのに風情も趣もありませんよ?」
「私用ですので。後デートではなく物見でしょう」
「それはそうなんですけど……」
そして俺の役目は公式にはお目付役兼護衛兼荷運びだ。
そして護衛役という表向きの役割のある俺の出で立ちは実に目立たぬように工夫されたものだった。笠を被っているのは当然として認識阻害の外套で顔立ちや声が欺瞞されていた。印象に残りにくくする事で仮に佳世と沙世の身分がバレたとしても俺が何処の誰なのかが分からないようになっている。まぁ、下人相手にさっきから馴れ馴れしい口調で話しかける彼女への配慮だ。
尚、彼女は自分や姉とのデートと宣ったが実際はそんな馬鹿げた事はない。下人風情だけの護衛なぞ論外だ。実際は宇右衛門が隠行衆を監視に放っているし、恐らく彼方さんからも遠目から尾行している護衛がいる事であろうし、旭衆もバッチリと配置されているだろう。何かあれば大問題なのだから俺一人に全てを任せるなんて有り得ない。事実俺は『自身で要請した』ものとは別にうっすらと、本当にうっすらとだが視線を感じていた。意識してなければ気づけない程のものではあるが………ただ、俺を睨むような視線は橘商会からの護衛の龍姉妹……黒龍からだろう。
「序でに言いますと御嬢様達のお名前は柚と桜ですし、自分の呼び名は権兵衛ですのでお忘れなきよう」
この世界では名前は重要な意味を持つ。そして階級社会である。有力者とその子弟の名を下下の者らは重ならないように避けるし、逆に親しき者はそれに肖る。
当然ながら都において佳世と沙世の名前を持つ少女は限りなく少なく、ましてや御嬢様等と口にする訳にはいかない。「柚」と「桜」、それが今日限りのこの御嬢様達の名前だ。
「権兵衛って適当過ぎませんか? 名無しの権兵衛から取りましたよね、そのお名前?」
「ですが一般的で可笑しくない名前ですので。印象にも残りません」
「私の『桜』や佳世の『柚』みたいにですね?」
英語圏でのジョン・ドゥや独語圏ハンス・シュミットと同じように何処にでもいるありきたりな名前として名無しの権兵衛という言い方が前世の日本であったし、それはこの世界でも同一である。
「ですけれど余りに味気無さすぎですよ……」
「それはそうだけど、伴部さんもお仕事だから」
沙世に宥められるも不満を隠す気もなく呟く佳世である。そんな事言われてもねぇ、文句ならデ……宇右衛門らにでも言って欲しい。俺は命令に従うだけで、細々とした計画を立てたのは彼らだ。
(とは言え、このままだと何時まで経っても拗ねるだろうしな……)
小さく嘆息する俺の脳裏に過るのは千両箱の中の小判を数えながら俺に命令していた宇右衛門と俺の隣で俺を睨み付ける鬼月旭の姿である。この御嬢様達に傷一つ付けずに御忍びでの物見を最大限お楽しみ願うのが俺に課せられた仕事だ。当然ながらあからさまに不満げな態度をされたら俺が困る。後々監視役から報告も受けるだろうしな。
だからこそ、ご機嫌取りのためにこんな接待も必要となる。
「御嬢様。いえ、柚。失礼を」
極自然に監視役から陰になるだろう場所に移動した後、俺は恭しく膝をついて次いで海の向こうの騎士のように彼女の白く細い腕を手袋越しに掴んだ。
「えっ……?」
「わお」
非礼と言われても言い逃れ出来ないその行動を、流石に想定していなかったようでびくっと佳世は驚いて、若干呆けた表情で此方を見つめる。
「御要望を全て受け入れるのは難しい事お許し下さいませ。代わりに今日は最大限お楽しみ頂けるように可能な限りの歓待はさせて貰います。どうぞ御容赦を」
態と演技がかったような態度で彼女の手の甲に顔を近づける。……流石に口付けまではしないがね。
何はともあれ彼女は俺を(玩具として)気に入っており、そして同時に設定集や短編SSでの彼女が恋愛小説や舶来の騎士道物語が好物なのも知っていた。ならばこのように半分道化染みているとは言え彼女の好みのやり方で嘆願すれば恐らくは……そして幸いな事にその読みは正解であった。
「……むぅ、約束ですからね?」
「はい、お誓い致しましょう」
「良かったわね、佳世……じゃなくて、柚」
暫しの沈黙の後、渋々と、しかし若干楽しそうに、浮わついた声で沙世に頭を撫でられながら御嬢様は答えた。一応平静を装っているが多分内心は子供らしく興奮していると思う。余り好感度を上げるのも良くないのだが、仕方無い。兎も角も、機嫌を直してくれて一安心であった。
「それはそうとその外套も似合いませんね? その被り物だけでもお脱ぎになったらどうでしょう?」
「いえ、結構です」
「だから、お仕事に必要なんだってば」
取り敢えず、あからさまにかつ自然な所作で口より先に手が伸びて来ていたので、俺はさっと彼女のその腕を擦り抜けるように回避したのであった………
「……あんな気遣いが出来るのなら、先にやるっすよ」
(刺されだっても、何もならん。それに、あんなに激しい言葉遣いをしたのを後悔して謝る機会を逸していたのも知っているぞ)
「むぐ……」
伴部さんの佳世ちゃんに対する気遣いで苛立っていたあたいが苦笑い気味の声でそう言う夕陽に渋い顔をしていると、遊び人風の装いの夜、町娘の装いの花さんと白虎、佳世ちゃんや沙世姉と同じ格好をしたアリシアがやって来たっす。
「んじゃ、行ってくるぜ」
「気を付けるっすよ。白夜さん達も先行してるんで、時には合流しての尾行もしてほしいっす。それと……あの下人が佳世ちゃんや沙世姉に不埒な真似をしたら斬っても良いっすよ!」
「その言い方、いい加減疲れないデスか? 旭の怒りは長くは続かないんですから、早く謝れば良いんデスよ」
「兎に角! 佳世ちゃんと沙世姉に危険が及ばない様に頼むっすよ!」
「了解。それから伴部も助ける」
あたいはアリシアの言葉に目をそらしながらそう言うと白虎は夜達と苦笑いをしながら出ていったっす。
「……夕陽」
(……なんだ?)
「このままで、良いんすかね?」
(なんでだ?)
「……胸騒ぎがするんすよ」
(……私もだ)
その胸騒ぎの意味をあたい達はまだ知らなかった……
次回もお楽しみに!
蛇足:『闇夜の蛍』に旭がいた場合の台詞集11『佳世編2』
デートへのお誘い
佳世「環さん、明日は一緒に環さんが着る衣服を買いに行きませんか?」
旭「んじゃ、あたいはこれで~」←旭、画面から『そそくさ~』と退場
旭への思い
佳世「旭ちゃんは私の大切な親友で命の恩人なんです」
旭「あたいも佳世ちゃんは大好きな親友っすよ!」
佳世エンドafter『絶対の信頼』
佳世「大丈夫。決戦に向かったのは、貴方達のお父さんと……私の大切な親友ですから」←都に迫る救妖衆に怯える子供達を宥めながら大切な人達を思う佳世のCGで締め。