旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~ 作:愛川蓮
広大な都の中でも、特に中流平民層の住まう邸宅が集中するのは内京の中でも東部から南部……東京と南京と呼ばれる地域である。
いや、より正確に言えば北が公家衆や大名、豪商の屋敷や蔵、政府関連施設が集まり西が職人街や工房が密集する工業地帯となっているので必然的に東と南にそれ以外の民衆と彼らの利用する施設を集めるしかなかったというべきか。地理的に南部と東部が守りにくい事も無関係ではあるまい。まぁ。流石に見殺しという訳にもいかないので都の南と東側には出城代わりに有事に立て籠れる寺社仏閣の類いが多く建築されてはいるが。
……話が少し逸れたな。ようは此度の護衛相手である橘佳世と橘沙世にとって北京の市場は幾度も足を運んだ事があり、職人街としての趣の強い西京もまた婦女子の遊ぶ舞台としては相応しくない。つまり此度彼女達が訪れる場所となると都の東か南か、という事になる。つまりは………
「はぁ……牛車で何度か通りがかった事はありますけど、直に歩いて見るとまた雰囲気も違って来るものですね?」
「旭ちゃんと一緒に来たときも基本は牛車の中だったもんね」
市女笠の隙間から外の様子を窺いながら佳世は感嘆するようにそう呟き、沙世はそんな佳世に微笑みながらそう言う。
朝廷が認可した東西南北の市場の内、最も広大で雑然とし、しかし活気に満ちているのが東市である。都の住民の大多数を占める庶民の需要を満たすためなのだからさもありなんだ。
碁盤の目のように整理された区画では米屋に八百屋、魚屋、呉服店に書店、床屋、薬屋、湯屋、花屋、大衆食堂に居酒屋、その他雑貨屋に露店……生活必需品から贅沢品、遠国や舶来の珍品まで、様々な商品が所狭しと並べられた店が立ち並ぶ。行商人は街道を商品片手に練り歩き客引きを行っていた。人が多いが都の治安を司る検非違使の兵が定期的に巡回もするので治安も悪くない。
とは言え、やはりそれは都の平民らの基準であり、特に北京に密集する公家や大名家、退魔士、豪商らにとってはこの国で一番繁栄する東市すら好んで行きたがるような良い場所とは言い難い。故に佳世もまた牛車で通りがかる事はあれどどうやらこのようにして通りを直に歩いて見物する事は初めてのようだった。まぁ、牛車だと家紋見た瞬間通行人がどっと道開けて黙りこむからなぁ。
「最初は何処を見て回りましょうか、柚?」
「甲斐性がありませんよ? 御自身で宣言したのですから先導くらいして下さい。それに……旭ちゃん主導で雛姫様や葵姫様達とデートした事は知ってるんですよ?」
「あはは……」
俺が尋ねると少女は市女笠の下からでも分かるくらいにむっ、とした口調で命令する。これはこれは……流石に反論は出来んな。てか、既に鬼月旭の連続デートの事を知っていたのか……
(とは言えなぁ………)
俺は彼女の期待、それに監視役らの事も考えて改めて予定を考える。
彼女……橘佳世にとっては此度の外出は恐らく色々と期待して、楽しみにしていた事であろう。これは色恋的な意味ではなくて純粋に娯楽的な意味においてである。
豪商の家に生まれた彼女は大名家や公家のように公的な身分がある訳ではない。それでも実質的な扱いはそれに準ずるものであっただろう。
ましてや父親は過保護と来れば……これまでも変装して下市民(とは言え都の内に住まう時点でこの国の人間としては中流以上なのだが)に交じって遊んだ経験があるかも知れない。だが恐らくは立場や責任もあって余り自由に遊ばせなかった筈だ。橘沙世の言葉を借りれば父親たる商会長の不興を買ってまで彼女に自由を与えなかっただろう。当たり障りのない物見見物で終わった筈だ(鬼月旭もそこら辺はどうにも出来なかっただろうしな)。
(同じようにしてやっても良いが………)
どうせ鬼月家の都での上洛と警護の役務もそろそろ終わりなのだ。後一月もすれば一部の留守番組を残して鬼月の領地に戻る事になる。適当に応対してそのままおさらばしてやるという手もあるにはある。だが……
(……まさかとは思うが俺のせいで主人公の足を引っ張りたくはねぇしなぁ)
親友である鬼月旭やストッパーである沙世の存在によって可能性は高くないが俺のせいで彼女の鬼月家への当たりが強くなる事も有り得た。何気に希少アイテムの取り揃えが良いんだよなぁ、橘商会。
そうでなくても下手に不興を買うと娘に甘甘な父親が鬼月家や旭衆にあれやこれやと圧力をかけて来かねない。そうなるとあの家における俺の立場が厳しくなり、無駄に死亡フラグが立ちかねない。
いや、それだけならまだ良い。問題はそれが波及してエンカウントしてきた主人公との接触とサポートが難しくなる可能性だ。それは不味い。流石に主人公が達磨になったり監禁されたりした後になると俺の実力では助ける事は不可能だ。主人公にはこの国を救って貰うしかないし、そのためには彼に立ちまくるフラグを芽の内に摘みまくるしかないのだ。サポートが困難になるのは避けねばならない。
「そうですね。僭越ながらそうさせて頂きましょう。では、最初は………あそこ等、どうでしょうか?」
「ああ、芝居小屋ですね?」
思考実験の果てに予定を組み上げた俺は、一先ず芝居小屋を指差してそう宣ったのだった。
芸能というものは古来より時の権力者にとって政治的な意味合いを持つ存在である。
史実を見れば分かるが元より芸能は祭事的、儀式的なものであり、時代とともに簡略化や世俗化、大衆化して娯楽と化していった。その一方で権力者はそれら娯楽が民衆の勤労意欲を失わせ、時として権力批判に繋がるために弾圧し、しかし時代を経るに従い受容されて逆に国家の保護を受ける文化となった例も少なくない。
そしてそれはこの世界におけるこの国、扶桑国も例外ではなかった。
古来から続く儀式的側面の強い雅楽や神楽が朝廷から保護されて好まれているのに比べ、この国ではそれ以外の芸能は一段低く見られる傾向があった。辛うじて歴史的偉業や神話を下地にした能が公家や大名家に容認されているくらいであろうか。滑稽劇としての側面が強い猿楽や人間臭い内容や風刺の側面が強い歌舞伎は世俗的過ぎて少なくとも表向きは有力者が好む事を認める事はほぼほぼない。それどころか内容次第では摘発する例もある。
それでも上に政策あれば下に対策あり、と言うように史実のそれ同様に遂に御上もこの手の娯楽を完全に摘発は出来なかった。娯楽が少ない時代である。庶民の数少ない楽しみであり、不満のガス抜きとして歌舞伎の存在を否定して抹消仕切れなかったのも一因だろう。
そして何よりも、御上の中にも歌舞伎を密かに楽しむ者も少なくなかったのだ。
(で、あんな出で立ちで見に来る訳か……)
広い歌舞伎座の客席、そこにぽつりぽつりと虚無僧笠や市女笠を被った集団が座っていた。市女笠で顔を隠す少女や夫人にそれらを守るように囲むのはきりっと背筋を伸ばして傍らに刀を置く男連中である。恐らくは何処ぞの大名家の者らであろう。御当主様の娘や妻とその護衛、あるいは秘密の恋人や浮気相手なんて事も有り得るかも知れない。服装の家紋が無いのは何処の家の者か知られたくないからだろう。
……辺りを軽く見回すと、龍姉妹や未来組、夜と花の兄妹に白虎とアリシアのコンビもいたが。
……現代における映画鑑賞に近い歌舞伎座での演目が俺が佳世と沙世に最初に勧めたものであった。
無論、歌舞伎とは言え内容は千差万別であり何でも良い訳ではない。流石に騒がしく下世話過ぎる内容のものは好ましくはあるまい。客人の層も考えて、女性向けの恋愛を主軸に置いた内容をチョイスした。そうすれば客人も女性が多くなり騒がしさも薄れると考えたためだ。まぁ、沙世が見たいと小声で言ったものではあるが。
(……楽しんでくれてはいるようだな)
芝居の内容に集中しているようで、先程から一言も話さず御行儀良く観劇している佳世と沙世をちらりと俺は覗きこむ。物語のストーリーは身分違いの恋物語で、謎解きで客を煙に巻く美しい遊女の謎解きを初めて解いた高貴な青年とのやり取りが主な物語なんだが……何故かこの物語の話題になると吾妻雲雀は遠い目をするんだよなぁ……てか、こんな内容の芝居は原作にはなかったぞ?
(それに、ちと眉唾物だしな)
なにせ、遊女の相手が朝廷の腐敗に思い悩む帝の息子って辺りがな……
そも、身分違いな恋をしている時点でこの歌舞伎の内容は十分過ぎる程この世界の常識ではファンタジーだった。この世界では自由恋愛も、ましてや身分の釣り合わない者同士で結ばれるのは異例中の異例であり、例え双方が想いあっていたとしても、大抵その先には不幸しかないのだ。……そう、例えば姉御様の両親のように、な?
「……いや、そういえばこいつの両親はそうだったか」
ふと、傍らの佳世と沙世の両親の事を思い浮かべる。そして先程の意見を撤回するべきか思い悩んだ。少なくとも彼女達の両親について言えば親馬鹿ながら優秀な父親が上手く立ち回って家族を守っていた事は外伝その他の媒体からも察する事は出来たから。まぁ、流石にそんな父親でも脳味噌プリンしてくる狐にはどうにもならなかったがね。残念ながら暴力には勝てないからね、仕方ないね。
(で、それを回避したらこんな馬鹿げた役回りか。世の中どう回るか分からないものだよなぁ)
はぁ、と傍らの少女達に気付かれぬ程に小さく思わず溜め息を吐く。まぁ、だからといって天涯孤独になった幼い佳世が爺共の慰みものやらお偉いさん相手の接待役(意味深)を強いられ、挙げ句には性夜の白濁サンタな薄い本ネタにされるのを放置しろってのも後味が悪過ぎる。脱力しそうではあるが後悔はしていなかった。いや、したくなかった。
……さて、転生前の感性で言えば生々しく、この世界における感性で言えば砂糖菓子のように甘く、男の俺にとっては少々苦痛なお芝居はそれ自体は一刻程で終わった。時間が短いのはこの歌舞伎を見に来る者達の客層を考えて敢えてであろう。
(最後はどっちかと言うと、ビターエンドって感じか?)
最後は遊女から抜け出て故郷の村で農民になっていた女が帝となった青年と再会をするも、互いの立場を考えて『再会出来た事は嬉しいが、貴方と私は違う道を行っている。愛していたという事実を胸に生きてほしい』という意味の歌を送り、互いに自分達の道を行く……というエンディングだった。
「……どうして、愛し合っている二人が身分の違いで結ばれる事がなかったんでしょうか? ……悲しいです」
多くの庶民らに紛れて芝居小屋を出てから何処か泣きそうな顔で佳世はそう言う。……身分が違っても、愛し合って結婚した両親を知っているからこその疑問なんだろうな。
「……身分が違ったからこそじゃないかな?」
「御姉様……?」
そんな佳世の疑問に沙世はゆっくりと話し始める。
「互いの身分が違うから、その身分のせいで自身の大切な人の足を引っ張りたくないから……だから、あの人は自身の意思で遊郭から出て愛した人の前から姿を消したんだと思う。……例え、それがその人の身勝手だとしても」
沙世は自身の胸に手をやってそう言った後で「なんて、ね。あれはお話だから、こう解釈できるって言いたかったの」と顔を赤らめながらそう言った。
『中々に見事な解釈ですね。話を考えた人間にとっては良き客でしょうね』
「……そういう解釈もあるんですね。権兵衛さん、お次はどのような予定なのですか?」
都の内だからこそ、滅多な事はあり得ぬとは理解していたが……念のために松重の翁に支援を頼んだ結果、その役目を担うことになった牡丹がそう呟き、佳世も目を閉じて義姉の解釈に納得した後で次の目的地について尋ねてくる。……さてさて、次の候補地ねぇ。
「そろそろ小腹が空いて来た頃ですね。休憩も兼ねて何処かの店にでも入りたい所ですが………そうですね。不躾な質問ですが柚と桜は好き嫌いはありますか?」
「好き嫌い、ですか? そうですね………納豆ですとか梅干しは余り口に合いませんかね?」
「私は基本的にはなんでも食べられますが……」
佳世の口からでた食材はどちらも和食の鉄板かつ外人の嫌がる御約束の面子である。そして、ぶっちゃけると俺も余り好きではない。奇遇だな。
「正直自分も余り好きな方ではありませんね。ではその辺りも考慮しますと………そうですね。折角の都ですし、私も少し贅沢したい所です。あのお店にしましょうか」
「……美味しいのに」
何処か残念そうな沙世の言葉を無視しながら俺はきょろきょろと通りを歩きながら視線を動かし、そして選んだのは歌舞伎小屋から少し距離を置いた所にある料亭……というよりかは大衆食堂というべき店であった。
──────────
「ん~! 美味っしい!」
「これからも尾行を続けんだから、あんまり食い過ぎるなよ?」
伴部達が大衆食堂で食事を注文している近くの机で花と夜も昼食を食べていた。
「にしても……天麩羅蕎麦や鰻を食べた事がないなんて、人生を半分は損してるわよね」
「そうだな」
花は鰻重の鰻の蒲焼きを食べながら残念そうに言い、夜はそんな妹の同情を含んだ言葉に苦笑いをしながら同意した。
「……って、蕎麦を音を立てさせないように食べる子を初めて見たわ」
「おい、人の食い方に文句をつけんなよ」
「文句じゃなくて、純粋に驚いてるだけ」
佳世が音を立てない様に蕎麦を食べるのを見て興味深そうに見る花を夜が嗜めると、花はそう反論する。
「っと、んじゃあ食後の……あ、向こうも団子を食べるみたい」
「みたらしか……良い選択なんじゃねえか? ……沙世は兎も角、佳世が食いきれるかは怪しいけどな」
「確かに……あ」
そう言って食後に団子を食べようとする二人だったが……二人が食べきれるか心配していた佳世が伴部に「はい、あーんして下さい!」と言った事で表情が凍り付いた。
「……葵姫様、激怒してるんだろうなぁ」
「雛姫様も怒ってんだろうよ。園遊会に行ってなきゃ、今頃二人とも足止めをしようとする旭を引き摺ってでも乱入して場をぶち壊しにしてるぜ?」
「だよねぇ……」
冷や汗を滴しながら宇右衛門が手を回して遠ざけられた伴部を思う二人の姫君を思い浮かべながら、同じように尾行をしている人間を見ると……そこには、佳世が差し出した団子を食べている伴部を涙目で見る白虎とそんな彼女に苦笑いをしているアリシアがいた。
「……白虎の思いをもて余してるのはわかるけど、なんで伴部って佳世様や姫様達の想いに気付かないんだろ?」
「そこは俺も不思議なんだよなぁ……なんか、『別の人物に興味が向くだろう』とか『この人が俺に想いを向けるわけがない』とか『俺を玩具として見てる』とか思ってんじゃねえのか?」
「うっわあ……それ、腹立つ勘違いだわぁ」
涙目で伴部を見ている白虎から目をそらし、食堂を出る伴部達を追跡しながら、花と夜は『伴部が何故恋心に疎いか』の理由を考えながら歩き……ふと、夜は何かに気付いた。
(……隠行衆と黒龍と白龍率いる橘商会の護衛達の気配が、ない?)
「兄貴、早くしないと伴部達を見失うよ!」
「え、ああ! わかった!」
不穏な気配に眉を潜める夜だったが、花の急かすような言葉に慌てて走り出した。
──────────
「ん~、大衆食堂っすか……あたいもそこは佳世ちゃんには行かせてあげられなかったんで、感謝っすよ。と……下人さん」
(まあ、基本的に佳世や沙世を連れ歩く時はクロイツ家や王家以外の護衛を撒く都合上ゆっくり腰を落ち着けて食べる大衆食堂に連れていくのは無理で、歩きながら食べる事が出来る屋台物が中心だったからな……まあ、佳世には新鮮だったみたいだが)
「そういう意味ではお手柄っすよ、と……下人さん」
(…………)
あたいが伴部さんが歌舞伎を見た後に行く場所に昼食を食べながら式神で見て感謝をするっす。
……てか、夕陽。何か言いたいことがあるなら聞くっすよ?
(いや、なんでもない。……それにしても、何故芝居小屋では式神の視覚を私に譲渡したんだ?)
「え? お金を払わずに芝居を見るのは、芝居小屋に失礼じゃないっすか。だったら、普段は芝居を見れない夕陽に見てほしかったんすよ。……まあ、これも失礼かもしれないけど」
(確かに普段芝居を見る時は私も旭との視覚の共有を切ってはいるが……)
夕陽があたいの言葉に呆れた様な口調でそう言うっす。
……でも
「あたいが芝居小屋に行った時に見た『
(話の最後は違うがな。五百年前は英傑と一緒に讃えられるではなく、英傑は一人で良いという考えで姿を眩ませ、百年前は相手の子を妊娠して産んで育てたらしいからな……流石に、帝の皇子は法螺だろうが)
あたいは人妖大乱時に時の英傑と一緒に活躍したと言われる退魔士集団の戦いを芝居にした活劇譚や沙世姉が見たいと言った芝居の内容があたいがぐずった時にお母さんが聞かせてくれたご先祖様達の物語の内、五百年前と百年前のご先祖様の話に似ている事に首を傾げ……
「(あ)」
佳世ちゃんが伴部さんに団子を差し出して、それを食べさせて……
「あ、旭様……内裏の方から何やら殺気が……」
「……雛姉と葵姉っすね」
(雛姫と葵姫が自分達が出来ない事をされてキレない理由はないしな……)
あたいの側に控えていた白ちゃんが震え、あたいと夕陽も一瞬だけ内裏から立ち上った殺気を誰が発生させたかを理解していたっす。
「にしても……景季さんと彩衣さんって、毎回あんな事をしてるんすね」
(仲が宜しくて良き事だな……ははは)
「あははは……」
あたい達は佳世ちゃんと沙世姉、伴部さんのでーとが終わった後のあたいに対する雛姉や葵姉の怒りと殺気の迫力を考えない為に話をそらして……あれ?
「夕陽、隠行衆は何処にいるんすか? ちゃんと護衛と監視がされてるかどうか心配なんで」
(ん? ああ、なら少しばかり探知の範囲を……は?)
あたいが夕陽に式神を利用した探知術の範囲を広げて貰おうと声をかけたら、夕陽は何故か困惑したっす。
「どうしたんすか?」
(……隠行衆どころか、白龍や黒龍の率いる橘商会の護衛が誰もいない)
「え?」
(いや、『いない』は語弊があるな。正確に言うなら、白龍や黒龍を含む全員が新街の一角にいる)
なんでそこに……まさか!?
「敵の襲撃っすか!?」
(恐らくな……どうする? でぇとを中止させて佳世と沙世を守るように夜達や伴部に言うか?)
「ん……ぐ……」
あたいは夕陽の提案に言葉を詰まらせる。……本音で言えば、それが一番良いってのはわかってる。でも……
(佳世ちゃんは今日のでーとを楽しみにしてた。それを中止させるなんて……でも、佳世ちゃんと沙世姉の安全には変えられないし……)
あたいの頭の中でグルグルと考えが回り、大混乱に陥る。佳世ちゃんや沙世姉の笑顔か、それとも佳世ちゃんと沙世姉の安全か。どっちにすれば……
(……『悩むな!』とは言わん。しかし、お前が早めに選択をしなければ最悪の場合は犠牲者が出るぞ)
「う~……あー、もう! 黒角さん、伊吹さん!」
「大将、どうかしたか?」
「どうしたの?」
「問題が発生したっす! 新街に行って、白龍達の援護を! それが終わったら、佳世ちゃんと沙世姉の護衛をお願いするっす!」
「あいよ!」
「了解!」
あたいの指示に黒角童子さんと伊吹童子さんは武器を持って走っていったっす。
「夕陽、あたいの側にいる式神を旭衆と伴部さんに動向させてる全式神と同調! 全員にこの事態を通達するっす!」
(つまり、でぇとは中止か。……伴部への呼び方も戻ったな)
「緊急事態だからっすよ! 後、でーとは中止にはしないっすよ!」
(なんだと!?)
あたいの言葉に夕陽が驚く。だけど……
「みんなを信じてるし……何よりも佳世ちゃんや沙世姉の悲しい顔を見たくないんで!」
(随分と自分勝手だが……まあ、それならそれで私が注意すればいいか)
あたいの発言に夕陽は苦笑い気味の声を出しながら、全員の式神と同調させるっす。
「……あ、白ちゃんは万が一に備えて雛姉や葵姉、宇右衛門様に今回の事を報告に行ってほしいっす」
「は、はい!」
(まあ、雛姫や葵姫は何時もどおり式神で伴部を見ているんだろうがな)
「それは言わない約束!」
あたいは白ちゃんに指示を出すと、夕陽の軽口を注意しながら全員に指示を出し始めた……
次回もお楽しみに!