旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~   作:愛川蓮

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第三十五話

 旭と夕陽が事態に気付く少し前……新街の中でも街外れに位置する場所……そこでは、いきなりそこへ転移させられた白龍と黒龍の姉妹が襲撃者と戦闘をしていた。

 

「く! こいつら……強い!」

「転移させられる奴だけでなく、こんなに強い人間まで……と、いうより都の結界はどうしたんだ!?」

 白龍と黒龍はまるで西方のドレスの様な衣装を来て大剣を持った少女と右手に刀を持ち、左腕がまるごと狼の様な妖の腕になっている入鹿と対峙していた。

 

「くそ……へまこいたな。他の奴らは一発でおねんねしてたんだがな……」

「しょうがあるまい、次々と他の護衛が連絡出来ない事を怪しんでいた所を連れてきたんだ。警戒されて当然だろう」

 入鹿は転移した直後に奇襲を仕掛けたにも関わらず白龍には方天画戟の棍形態で受け流され、黒龍には青龍偃月刀から放たれる風で吹き飛ばされたのを苦々しい顔で呻き、少女は大剣を構えながらそれをフォローした。

 

「白龍、ここでこうしている間にも佳世達に危険が迫る。……私が大技を出して牽制をするからその間に身体強化をして逃走して」

「……わかった」

 黒龍の小声での言葉に白龍は小さく頷くと、襲撃者達に向き直る。

 

「『雷を落とせ』、青龍!」

「うお!?」

「く!?」

「ここだぁ!」

 黒龍が青龍偃月刀から雷撃を発生させて牽制をすると、白龍は棍を利用して棒高跳びの要領で二人を飛び越えて都に向かって走り出し……

 

(……? 何故私の姿が空中、に……!?)

 白龍は自身の姿が鏡の様に写し出されている事に気付き、慌てて止まろうとしたが間に合わず……激突した。

 

「白龍!?」

「隙あり!」

「しま……あぐ!?」

 鏡の様に透明な氷の壁に激突し、力なく崩れ落ちた白龍に黒龍は愕然としながら声をかけるがそれに合わせて飛び込んできた大剣を持った少女の大剣の腹による打撃によって近くの廃墟の壁が崩れる程の勢いで叩き付けられてノックアウトされてしまった。

 

「夜刀神さん、入鹿さん……終わりましたね」

「ああ。これで隠行衆や橘商会の護衛は殲滅した。後は旭衆や鬼月家の下人だが……そっちの方は沙世に飛び付いた『あいつ』と龍飛が確保してくれる事になってる」

 そう言って十香と入鹿に話し掛けたのは左手に右目に眼帯の様な装飾を着けた兎のパペットを身につけたアルトだった。

 

「にしてもよ……なんで、武器を再現したら出てくんのがその人形なんだ?」

「……先祖が書いた書物曰く『氷結傀儡(ザドキエル)』の『武装再現』で出せそうなのが『これ(パペット)』しかなかったからだそうです」

「うむ! 『四糸乃(よしの)』は自身が嫌な事は相手にも味わわせてはならないという信念を持っていたからな! メカメカ団に追いかけ回されても攻撃をせずに『よしのん』と一緒に逃げ回っていたんだ」

「よしのん……」

「け、戦わなきゃ欲しいもんは手に入らないのによ……」

 入鹿が微妙そうな表情でアルトが左手に装備しているパペットを指差し、アルトのパペットに関する解説に十香は誇らしそうに胸をはりながらそう言うとアルトは真顔でパペットを見つめ、入鹿は消極的なその少女のあり方に不満そうな顔になった。

 

「……まあ、いい。とっとと神威と合流しようぜ」

「わかりました」

「あ、ああ……なあ、アルト」

「何、十香さん?」

 入鹿が興味なさげに走り出し、アルトや十香もそれよりも遅れて走り出し……十香はアルトに悩ましげに尋ねる。

 

「私達は、本当にこんなことをして良いのか?」

「良くはないけど、橘商会の膿を完全に取り除くにはこういう汚い手も必要なんだよ。……まあ、沙世様の場合は覚悟きまりすぎだけどさ」

 十香のその言葉にアルトは沙世がしている覚悟に溜め息を吐きつつ……

 

(とりあえず、十香さんの仲間達に犯罪に巻き込んだのを誠心誠意謝ろう……)

 十香を今回の騒動に巻き込んだのを十香の友人達に謝ろうと決意していた。

 

 ──────────

 

 龍姉妹率いる橘商会と隠行衆の護衛達の壊滅を鬼月旭経由で知らされ、密かに警戒用の式神を放ちつつ大衆食堂での食事を終えた俺達は次いで軽い運動を兼ねて市場の探索を始めた。雑貨店や露店の商品を見て、冷やかしていた。そして、俺は運良く、あるいは運悪くとある原作ゲーム『闇夜の蛍』に登場するサブキャラクターに遭遇する事になった。

 

「わあぁ………伴部さん、桜御姉様、これ見て下さい! どうです!? 似合いますか?」

「柚、試着をするならお店の人に一言言ってからにしなさい」

「え……? あ、ご、ごめんなさい!」

 露店の一つの前で止まった佳世が市女笠の隙間から俺と沙世にその蜂蜜色の髪を、正確にはその髪に簪を挿していて、くるりと回って見せびらかす。橘の甘い香りが周囲にふんわりと広がった。……その後で沙世に注意されて警戒する表情で佳世を見ている店主に気付いて慌てて謝るはめになったが。

 

(まあ、盗みのプロであれば極自然な所作で商品をどさくさ紛れに盗む事も出来る状況だからな。沙世の言う通り、自分から疑惑を作る必要もなかろうに)

 せめて一言店主に断りを入れるべきだろう。その辺りの意識が低いのはやはり御嬢様という事か。しかも………

 

(……よりによってあいつかよ。アクが強い奴を見つけてくれるものだな)

 俺は内心で突っ込みを入れる。佳世は唯の露天雑貨店とでも思ったかも知れないが、良く良く見ればその事実に気付く事も出来るだろう。そう、露天に陳列している商品の多くがただの装飾目的の物ではない事に……というか俺は一目で分かった。俺は実際に目にする前からこの露店商の事をある程度知っていた。

 

「妹が勝手に商品を着けてしまい、申し訳ありませんでした」

「此方からも失礼、連れが勝手に商品をつけたようで。他意はないのですが……何か問題はありますか?」

「ん? なぁに、問題はねぇよ兄ちゃんに姉ちゃん。流石に餓鬼が商品身につけてはしゃぐ程度で盗み扱いはしねぇさ」

『あれ? 鱒鞍さんじゃないっすか』

「げ……」

 椅子に座る屈強そうな中年の露店商はにやにやとした笑みを浮かべて答える……が、俺の肩に止まっている鬼月旭の式神である岩燕を見た瞬間にその笑みが凍り付いた。

 

『旭、このモグリの呪具師と知り合いですか?』

『北土でモグリ達に呪具を売ってる人間がいるって聞いて旭衆総出で北土中を追いかけ回したんすよ。最終的に朝廷に突き出さない代わりに旭衆に二、三ヶ月に一回、呪具を卸す契約を結んだんすよ。まあ、只人やモグリ達にも身を守る為の呪具は卸しても良いって契約も同時に結んだけど……』

『まさか都の市場で白昼堂々と露店を開いているとは……検非違使共は何をしているのでしょうかね?』

「まさか、旭様の知り合いだったとはな。たく、焼きが回っちまったぜ……」

(マジかよ)

 俺は鬼月旭の予想外の人脈に内心で唖然とする。

 

 ゲーム内の一部のイベントと低い確率で各地にランダムで出現するこの行商人は先祖を貶められ、没落した退魔士の家だ。

 

 鱒鞍杜屋は設定上は良くいる旅の行商人をしながらも、副業的に裏では朝廷の認可も受けずに呪具の作成と販売を行っている霊力持ちの男であり、ゲーム内部においては所謂レアアイテムの類いを売ってくれる人物である。

 

 とは言え一部のルートを除けばランダムでの出現のために遭遇するのも困難であり、最初の内は攻略スレでもガセ情報扱いされていた程だ。どれくらい難しいかって某世界的人気を博するモンスター捕獲ゲームの初代マボロシ島の十倍くらいは難しい。尚、乱数調整なんて製作陣はとっくの昔に対策済みなので無駄だぞ? 

 

 尤も、その遭遇率の低さに似合うように購入出来るアイテム類も値こそ張るが効果はかなりのものだ。実際、以前触れた妖母様をぶっ殺すためのレベルカンスト完全武装した上での地下水道殴り込み実験をしたプロゲーマーは主人公達に対してこいつから買った激レアアイテムを複数装備させていた。……まぁ、そんだけやっても無理だったんですけどね? 

 

(まさかこんなタイミングでこいつと出会すとは思わなかったな。これがゲームならば大喜びだが……今の俺が会っても仕方ねぇしなぁ……てか、旭衆が高性能な呪具を持っているのはそれが理由か)

 彼が自作して販売するアイテム……呪具の性能こそゲーム終盤でも十分通用する代物であるが、値段も相応のもので、実際ゲーム序盤の手持ち金がない状態でこいつに出会したプレイヤーは逆に運気を使い果たしたと御通夜状態になるあり様だった。しかも、設定が設定のお陰で退魔士の下人なんて立場の俺なんて然程友好的な関係は期待出来まい。それこそ主人公くらいの表裏なく人間的に魅力的な奴でなければな。……鬼月旭も表裏がなく、人間的な魅力を持っているからこそ、旭衆に呪具を卸してるんだろうな。

 

『伴部さん、品質や呪いに関しては大丈夫っすよ。この人はそこら辺は徹底してるんで』

「ああ、旭様の言うとおりだ。俺だって商品の安全性くらいは考えてる。流石に商品を無断でつける程度で呪いはしねぇよ。それに、こいつは買い取り手の防犯対策にもなるんだぜ?」

 俺の沈黙を鬼月旭はどう考えたのか行商人を擁護し、行商人もそれに苦笑いをしながら、そう言った。

 

「ですが旭様……朝廷も陰陽寮も、呪具の流通に規制を掛けている事は理解していると思いますが?」

『むぐ……』

「……てめぇ、チクる積もりか? あぁ?」

「此方も見て見ぬ振りというのも難しい立場ですので……」

『でしょうね……』

 せめて見えない所でやってくれって話だよ。俺だって佳世が商品に触れなければ関わらなかったさ。難易度が高いとは言え主人公のレアアイテム入手ルートを潰したくはない。

 

 佳世と沙世がいるのでこの場で騒ぐ事はないが……検非違使共が来る前に商品を畳んでトンズラして欲しいのが本音の所だった。

 

「え、えっと伴……権兵衛さん?」

「権兵衛さん?」

 俺と行商人の間に流れる何処か剣呑な空気に気付いたのだろう、佳世と沙世が何処か不安そうでバツの悪そうな表情を浮かべて俺に呼び掛ける。しかしながら俺はそれに容易に反応する訳にも行かぬ訳で……

 

「……あー、へいへい。そんな剣呑な態度してくれるなよ、兄ちゃん? 御互い仕事でやってんだ。上手くやっていこうや。な?」

『あはは……確かにそうっすね』

 暫しの沈黙の後、行商人は降参するような態度でそう呼び掛ける。呼び掛けながら周囲を警戒するように見渡してそう俺を宥める。彼もまた此方の事情にある程度気付いたらしい。何せ先祖が元退魔士で、今でも呪具をモグリ共や旭衆に売ってる身だ。その方面の事情くらいは理解している筈である。

 

 その上で御上のため態態争う事なぞ馬鹿馬鹿しいと彼は主張しているようだった。生きるために働くのであって、そのための労働で互いに不必要に損するどころか傷つき、命を危険に晒すなぞ馬鹿馬鹿しい、と。まぁ、その主張はある意味では真理ではあるが……

 

「ほれ、その嬢ちゃんの髪飾りはまけてやるからよ? お口チャックで頼むよ、な? 何ならほれ、兄ちゃんと姉ちゃんにも一つくれてやるよ。……ほれ、これなんてどうだ?」

 そうやってにかっと笑うと揃えられている商品から適当なものを二つ定め、そのまま押し付け気味に俺と沙世の手の内に差し出す鱒鞍杜屋。ようは口止め料である。トンズラするから今すぐここで検非違使なり警羅共に通報してくれるな、という訳だ。

 

「……質は悪くは無さそうですね。しかし、この出来ならば内匠寮なり陰陽寮なりに仕事の口はありそうですが? 態態こんな場所で危険を犯してまで露店売り等と……」

『無理っすよ。あたいもそれを打診してみたんだけど……』

 手の内に押し付けられたそれ………腕珠と蝶の形の髪飾りを品定めして俺は尋ねた。恐らくは賄賂として見つかりにくいものをという事で隠しやすいそれは流石に露店でバラ売りしているだけあってゲーム中で主人公達に売っている激レアアイテムに比べれば遥かに質では劣る。しかし、それでも其処らのモグリが安かろう悪かろうで同業者や民草相手に大量生産している呪具よりかは遥かに良質であるのが分かった。これだけの質が良ければ朝廷でも働き口があっても可笑しくはないのだが……というか、良く考えたら行商人してるよりもその方が原作ゲームのストーリー的にも都合良くない? 朝廷陣営強化してくれよ。

 

「あ? 旭様にも言ったが、冗談は止してくれよ。宮仕えなんざ懲り懲りだね。あんな息苦しくて面倒な所で働くなら豚箱行きの方がマシさな」

『やっぱり……』

 しかしながら、俺の提案に対して最大限嫌悪感を滲ませて鱒鞍はそう答えた。……いやまぁ、お前さんの場合御先祖様が痛い目にあってるからな。余り期待はしてなかったさ。さて、それは兎も角として………

 

「………金は払いますよ。こういうのは教育に悪いですからね。それに、賄賂扱いされたくはない」

『……そういうもんすかね?』

 実際、金を払った方が良かろう。傍らの佳世に対する教育上の観点からしても、後々の追及に対しての言い訳としても。

 

 朝廷がいくら規制していても、モグリ共の作った御守りや護札の類いは市井のその需要の大きさと公的機関からの供給不足もあって税が掛けられていない非合法品が大量に出回り、実質摘発は不可能な状態だ。故に正直な所、それを買い取るだけあれば然程の罪にはならない。そんなので一々捕まえていては牢屋が満杯になる。精々が罰金程度であろう。

 

 それでも無料で、というのは流石に宜しくない。善意の第三者として非合法品と知らぬままに買った、という事にしておくのが丁度良い落とし所か。

 

「……まぁ、良いさね。たく、小銭稼ぎに市場に来たと思えばよりによってこんな訳ありな奴らに引っ掛かるとはなぁ。旭様に捕まってから運がねぇな俺も」

『それ、どういう意味っすか?』

 品物の材質は兎も角、術式的な意味での質に比べればお買い得と言える代金を受け取った行商人は深く嘆息するとトンズラするために露店の商品をかき集め始める。

 

「さて、さっき会ったばかりの俺が言うのも何だがお前さんも頑張るこったな。何やら大変そうだが……精々上手く世渡りしろよ?」

「それはどういう……」

『…………』

 商品を傍らに止めていた馬に載せこみながら呆れ半分、同情半分に嘯く行商人。その言い様のニュアンスに何とも言えぬ違和を感じつつも、それを尋ねる暇は無かった。彼に声をかける前に直ぐ側にまで来ていた少女が不満げな表情で俺の服の袖を掴んでいたからだ。

 

「……伴部さん」

「権兵衛です」

「呼んでも無視されたので」

「う~ん……確かに」

 心底不機嫌そうな態度の佳世は答える。……そう言えば何か俺を何度も呼んでたなぁ。姉とともに蚊帳の外にされて拗ねたと言った所か。

 

「……申し訳御座いません、柚」

「佳世です」

「佳世、迷惑は……」

「御姉様?」

「はい、ごめんなさい」

「……はい、佳世様。申しわ」

「『佳世』です」

「……佳世、申し訳御座いません」

 恭しく答える俺に対して、しかし佳世は更に不機嫌な表情を浮かべる。いや、流石に俺にもこれ以上は何が不満なのか分からんわ。

 

『ん~……多分だけど、他に良ささそうなのや沙世姉に合いそうなのががあったんじゃないっすか? それを買えなかった上に、勝手に伴部さんが買ったから不満……だとか?』

『疑問形の必要はありません。まさにそれです』

 耳元からの助言で俺も理解した。思えば最初に佳世は俺に見せびらかして来ていた。鬼月旭の言う通り、気に入ったものや沙世に似合いそうなのが数点あって、実際に着けてみたり、沙世に着けさせたりして第三者としての俺の意見を聞いてから商品を買おうとしたのだろう。それを似合うかどうかの質問を無視されて、名前を何度呼んでも無視されて、挙げ句に勝手に買われたら不愉快になるものなのかも知れない。

 

『かも、ではありません。間違いなくそうなります。誰だって自身が蔑ろにされるのは不快でしょうからね。ましてや今回の場合は』

『まあ、そうっすね』

 チクチク、と見えないように俺の耳をつつく蜂鳥。うん、痛いから止めて。

 

「権兵衛さん、いいましたよね? 私を満足いくまで楽しませてくれるって」

「柚、権兵衛さんってそんな断言したっけ?」

 沙世の言う通り、そこまで断言はしていない、と言うと怒るだろうなぁ……取り敢えずここは謝罪の一手だな。言いたい事があろうとも、言い訳せずに素直に下手に出るのが一番良い事もある。

 

「……申し訳御座いません。今後挽回しますのでどうぞ寛大な処置を御願い致します」

「伴部さん、謝ったら許して貰えると思ってませんか?」

「滅相も御座いません」

『目が泳いでるっすよ?』

 ごめんで済めば警察はいらないからな。とは言え、今回は警察呼ぶ案件でもないけど。

 

「むぅ………、張り合いがありませんね。そんなに素直に、それも淡々と謝られたらやりにくいじゃないですか!」

「そう拗ねないの」

 そう言って頬を膨らませて沙世に頭を撫でられながら佳世は拗ねる。

 

「貴女と喧嘩をする訳にはいきませんし、したいとも思いませんので。柚は違うのですか?」

「それは……違いますけどぅ。……分かりましたよ。じゃあ、これから減った私の好感度を挽回して下さいね?」

 若干不満げにしつつも佳世はそう俺に命じる。そして同時に先程買った髪飾りと沙世が貰った髪飾りを差し出した。

 

「柚……?」

「これは?」

「どうせですから着けて下さい。嫌ですか?」

「ふえ!?」

「いえ……」

 折角此方の誠意に応えてくれるのだ、ここで拒否して空気を悪くするのも宜しくない。俺は命令に従って受け取った髪飾りを佳世の黄金色の髪と沙世の黒髪に添えるように飾る。

 

「えへへ、似合いますか?」

「あの……似合ってますか?」

「はい。色合いの組み合わせは悪くはありませんよ」

 黄色と青色、赤と黒の組み合わせは元々色彩的に互いを映えさせる。佳世と沙世の髪の色に花と蝶を象っ髪飾りとは良く似合う。

 

「それは良かったです。では!」

「ゆ、柚……?」

 当然のようにガシッ、と佳世は俺と沙世の手を引っ張る。そして宣うのだ。

 

「では今度は、私が行き先を指定しますね! 一度行って見たかった所があるんです。……良いですよね?」

 首を傾げて可愛らしく、態とらしく、そして有無を言わせぬ雰囲気で少女は尋ねた。無論、元より選択肢はないし、先程の件を思えば尚更の事、故に……

 

「……貴女のお気に召すままに」

 見よう見真似で西方の騎士宜しく、恭しくそうお姫様の御言葉を快諾する以外の道は無さそうであった……

 

「……で、その行って見たかった場所がここか」

「権兵衛さん、この書店に何か?」

『この店って、夕陽があたいや佳世ちゃんにはまだ早いって言ってた様な……?』

 商家のお嬢様に手を引っ張られて連れ込まれたのは書店だった。都の一角に構える一軒の有り触れた書店……しかし俺は原作のゲームでも舞台の一つとしてこの場所を見知っていた。

 

 確か好感度やゲームの進行具合によって幾つかのキャラクターとここで出会して本編とは余り関係ない小イベントが発生する場所であった筈だ。表は普通の書店で、裏では御忍びの貴人も足を運ぶ頭悪い意味で訳ありな書籍を売ったり貸したりしている店である。

 

「それで? どうしてこのような場所に?」

「女中達が前に立ち話してたのを小耳に挟みまして、御父様や鶴は余り自由に本を読ませてくれないんです。ですから……」

『まあ、教育に悪い本も世の中にはあるから……』

『親として読ませたくないって気持ちはわかりますね』

 決して大きくはない両手を合わせてニコニコと笑顔を向ける佳世。あざとい御願いのポーズである。

 

「幾つか読んで見たかった物語があるんです。一緒に探してくれませんか?」

「……私は責任は持てませんよ?」

「あ、文字読めるんですね?」

「……ある程度は」

「ふふふ、それは良かったです」

「……私もこの際、幾つか買ってみようかな?」

『(農民出身だと聞いたが……何故文字を読める?)』

 佳世の言葉に俺は墓穴を掘った事に気付いた。これまで基本的に無学で戦闘以外の技能に乏しい下人としての立場をアピールしていたが、書籍の題名が読める程度には文字の読み書きが出来る事に気付かれたようだった。実に面倒な………

 

 江戸時代宜しくこの世界にも寺子屋があるにしろ、人口の大多数は農民で、寺子屋自体無料ではない。ましてや農村では子供だって貴重な労働力である。識字率は高いとは言えない。男女合わせても半分あれば良い方だろう。ましてや俺のような下人なんていう消耗品は本来………

 

 幸いこの扶桑国で使われる文字は崩し字が多く、言葉の使い回しが古めかしいものの日本語である事には相違ない。故に多少苦労しつつも前世の知識のお陰で俺は村にいた時から読み書きは出来たし、雛の雑用として雇われた時には貴人用の文法や書体の聞き齧り程度には手解きも受けた事があった。

 

「……柚」

「分かっていますよ。安心して下さい。ちゃんと紙に題名は書きました。これなら御父様達に言い訳出来ますよね?」

「あれ? 私の好きそうな本まで……」

「桜御姉様は私に遠慮しそうですから!」

 にっこりと笑顔でそう宣い、万年筆で題名の書かれた紙の切れ端を差し出される。用意が良い事で。

 鬼月家は兎も角、橘家に俺が曲がりなりにも文字が読める事はバレたくなかった。今回のように余り彼方側の教育方針に反する書籍を探すとなると題名が読めるとバレたら恨まれる。表向きは題名の「文字の形」で探したという事にしたい。本の題名の意味が分からなければ中身も分かりっこないのだから。

 

「感謝致します。……ではお探しの本を探すとしましょうか?」

 俺は恭しく感謝の意を伝え、そのまま彼女達と手分けして目的の本の捜索を開始した。

 

「にしてもこの面子は……未来に行き過ぎだろ」

『あわわわわ……』

 淡々と本棚を見ながら、そこに並ぶ書籍の題名を内心で読みながら俺は突っ込みを入れる。いや、確かに現実の文学でも身分差物は当然として、百合も男色物も相当な昔からジャンルとしてはあるが……TSに異種姦、年の差、おねショタ、催眠物まであるとは業が深い。道徳観念と貞操観念に全力で喧嘩を売ってやがる。

 

『匿名での朝廷批判や過激な風刺画付きの瓦版や献策書もあるようですが……大半は取るに足らない娯楽本ですね。呆れた事です。貴重な紙をこんな下らぬものに使うなぞ……』

「はは、いやはや……人の欲望に際限はねぇな」

『際限がないにも程があるっすよぉ!』

 肩に乗った蜂鳥の軽蔑を含んだ声と岩燕の気恥ずかしさ全開の悲鳴に俺は苦笑いで応じる。棚にみっちり、それどころか棚の上にまで崩れそうな程載せられた書籍……その半分は明らかに不健全な内容の代物だ……の山を見つつ俺は呆れる。確かに前世と違って簡単に書物を廃棄出来る程に安い訳ではないがなぁ……

 

(まぁ、誰だって娯楽は必要だからな)

 方向性は兎も角、仕事ばかりでは精神が摩耗するものだ。内容は内容ではあるが、賭博なり酒や女で身持ちを崩すよりかはマシだと思うべきであろう。そんな事を思いながら俺は棚から佳世のお探しの本を捜索するのを再開する。

 

 そして、角を曲がると……

 

「放すデス! こんなふしだらな本を扱う店は更地にしてやるデスよ!」

「落ち着いてください、アリシア!」

「流石にそれはダメ!」

「アリシア、落ち着いて!」

「不味いって!」

 ……何故か白虎と赤穂紫と赤穂(ゆかり)、葛葉唯の四人が顔を真っ赤にして猛り狂うアリシアを抑え込んでいた。

 

 ──────────

 

「げ、この店か……」

「どうしたんだよ、唯」

 唯は伴部達が入った店を見て顔を強ばらせると、白夜が不思議そうに尋ねた。

 

「あ~……表向きは普通の本やなんだけど、裏は結構頭の悪い本を扱ってる事で有名なのよね……」

「ふーん……んじゃ入るか」

「ダメ! 白夜達未来組とアリシアは外で見張って……」

「アリシア様は既に入ってるが……」

「アリシア────!? あんたはもっとダメ────!」

 紫音の言葉に慌てて唯は本屋の中に突撃する。

 

「ん~……佳世達は何処に…わひゃ!?」

「痛!?」

 本屋の通路でアリシアは佳世達を探していると、床に座り込んで本を読んでいた誰かに褄付いてしまう。

 

「ご、ごめんなさいデス! 大丈夫デスか!?」

「だ、大丈夫です……って、アリシアじゃないですか」

「え、あ……紫でしたか」

「紫、大丈夫……アリシア」

「アリシア、どうかしたの……紫に(ゆかり)

 アリシアが褄付いたのは、羽織を纏い髪飾りをつけて、薄く化粧をし、首にマフラーを巻いた紫であった。声を聞き付けて白虎や(ゆかり)もやって来たが、すぐに和やかになる。

 

「ここには何をしに来たんデスか?」

「え、え~と……あ、あの男との『でぇと』で私は色々と女らしくなかったと再認識しまして……それで服装等の勉強の為に本屋を巡ってまして……」

「で、私は紫の付き添いで一緒に。アリシア達は?」

「……貴方達を含む七人と『でーと』したことを知った佳世が沙世も巻き込んで伴部とお忍びでーとをしてるから、その護衛」

「成る程……では、佳世達は今此処に?」

「はいデス」

 アリシアの問いに紫達が何故此処にいるかを言い、(ゆかり)の問いに白虎は溜め息混じりに答えた。

 

「ただ……白龍や黒龍が率いる橘商会と隠行衆の護衛が壊滅してるから、ちょっとキナ臭くなってきた」

「なんですって? 何故、中止にしないのです?」

「旭が私達を信頼してるからデスよ」

「……それでも限度がある」

「はい。なので適当な所で切り上げる予定デス。あ、落とした本を拾、い……」

「アリシア! ……遅かった」

 アリシアは紫達の発言に答えながら床に落ちた本を拾い……そこに描かれていた過激すぎる絵に顔を真っ赤にして凍り付いた。

 

「………………『天より来たりし玉座よ』」

「それはダメ────ー!」

 顔を真っ赤にしたアリシアが詠唱を開始すると、慌てて唯達四人はアリシアを抑え込んだ。

 

「放すデス! こんなふしだらな本を扱う店は更地にしてやるデスよ!」

「落ち着いてください、アリシア!」

「流石にそれはダメ!」

「アリシア、落ち着いて!」

「不味いって!」

 そう言って暴れ狂うアリシアを総出で止めていると……

 

「……何してんだ?」

『なにやってんすか、五人とも?』

『……これは一体?』

「そんな事は良いから、アリシアを止めてぇぇぇぇぇ!」

 そしてそれを見ている伴部、旭、牡丹は呆れ返り、唯はそんな伴部達にアリシアの制止を願った……

 

 ──────────

 

「全くもう! 何をやってるんですか、アリシアは!」

「……はい、ごめんなさいデス」

 あれから少しして、どうにか暴れようとするアリシアを止めた後で騒ぎを聞き付けてやって来た佳世が『偶々本屋にやって来たアリシアが紫に褄付き、その際にアリシアが本の内容を見て暴走して俺や唯達に迷惑をかけた』と解釈した事で佳世による説教が始まっていた。

 

「そりゃ、アリシアは初心で『こういうもの』に耐性がないのはわかりますよ? だからって、店を吹っ飛ばそうとしないでください」

「はい……仰る通りデス」

 実際に大迷惑をかけた為にアリシアは黙って佳世の説教を……? なんだ、この微かに聴こえる何かは……? 

 

『これ、子守……』

『何故此処で……』

 突如として、鬼月旭と牡丹の式神達が沈黙した。

 

「大体……ふえ?」

「あ、柚……見つ、け……あれ?」

「佳世、沙世!?」

 更に、アリシアに説教をしていた佳世ややって来た沙世が突如として倒れ伏した。

 

「これは……!?」

「敵襲デス!」

「おい、外の只人達や白夜達が倒れたぞ!」

「全員寝てるだけだけど、なんかおか…し、い……あにゃ?」

「花!? どう、し…んが?」

 そう言って飛び込んできた花や夜が倒れた時点で他の人間達も寝てると理解したんだが……

 

「アリシア、白虎! 気を付け……既に手遅れか」

「てか、私と伴部以外は全員が寝てるわよ。……歌で寝る?」

 何かに気付いたのか、葛葉唯は歌の聴こえた方向を見る。そこには……子守唄を歌っているアイドルが着ていそうな淡い黄色を基調としたドレスを着た紫紺のロングヘアーの美少女がいた。

 

「やっぱり……『誘宵美九(いざよいみく)』! つまり…この現象は、『破軍歌姫(ガブリエル)』の『独奏(ソロ)』! ……子守唄は、『寝て』っていうある種の命……令、ぐう」

(ちく…しょう……がぁ!)

 そこまで説明したところで葛葉唯は寝てしまい……俺もその意識を途絶えさせた。

 

 

 伴部達が完全に寝てしまい……それを確認してから沙世はゆっくりと起き上がり、耳栓を外した。

 

「龍飛さん、ありがとうございます。お陰で寝ずにすみました」

「誘宵の能力を聞いて、音なら聴かなければ良いと理解をしたからな」

 沙世は耳栓を書店の店員に変装していた龍飛に投げ渡すと、次いで美九に向き直る。

 

「誘宵さん、ありがとうございました。手荒な手段を使わずにすみましたので……」

「いえいえ。お礼は沙世ちゃんにたっぷりとぉ……」

「さ、計画を第二段階に移しましょう!」

 美九の熱っぽい視線に身の危険を感じた沙世は即座に竜飛に計画を先に進める事を宣言し……寝ている佳世の頬をゆっくりと撫でる。

 

「ごめんね、佳世。楽しい時間を終わらせちゃって……でも、佳世や彩衣さん、景季さんを傷付ける人達を終わらせるには、この方法しかなかったから……だから、罪の報いは全てが終わったら、ちゃんと受けるよ……」

 寂しそうに愛おしそうに佳世の頬を撫でた沙世はやって来た神威や入鹿達に佳世と伴部を運ばせ、何処かへと去っていった……




次回もお楽しみに!
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