旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~   作:愛川蓮

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遅れて申し訳ありません!


第三十七話

(っで、蔵街に着いたわけだが……佳世達が閉じ込められている場所に心当たりがあるのか?)

「ないんで……片っ端から蔵に忍び込んで探すっすよ」

(日が暮れるわ! ……式神から辿れないのか?)

「それが……霊力が遮断されてるみたいで、探れないんすよ」

 あたいは蔵街に着いてから、どうやって佳世ちゃんや沙世姉、伴部さんを探すか頭を悩ませていると……

 

「すまない、君は旭衆の人間かな?」

 あたいが声に気付いて顔を上げるとそこには……何処か軽薄な笑みを浮かべた男がそこにいたっす。

 

「まあ、そうなんすけど……あんたは誰っすか?」

「ん? ああ、僕は『白鷺丸(しらさぎまる)』……橘商会幹部に雇われた陰陽師さ」

「ふーん……っで、なんの用っすか?」

 あたいは白鷺丸さんを訝しげな目で見ながら用を尋ねる。

 

「いやぁ、僕も雇われている幹部に言われて佳世お嬢様を護衛しようと思ってた矢先に拐われてね……だから、一緒に探さないかい? 幸いな事に、監禁場所に幾つか心当たりがあるんだ」

(夕陽……この人、信用できるっすか?)

(わからん。……が、手懸かりがない以上は提案を飲むべきだろうな)

 あたいは腕組をして悩むふりをしながら夕陽と相談して、頷きながら言うっす。

 

「わかったっすよ。案内をしてほしいっす」

「わかった……此方だよ」

 あたいは白鷺丸さんの先導に従って走り始めたっす。

 

 ……後で知ったんだけど、白鷺丸が案内した場所は佳世ちゃん達が居た場所から反対方向だったらしいっす。

 

 ──────────

 

「入鹿、知ってるか? 最近、面白い連中が現れたらしいぜ?」

 そんな事を入鹿の郷の仲間が入鹿に話したのは鬼月旭が旭衆を結成してから一年後の事だったらしい。

 

「あ? なんだよ、面白い連中って?」

「なんでも、扶桑の人間も俺達も関係なく安い報酬で依頼を引き受けては妖を退治してるんだってよ。そいつらに助けられた連中が話を少しずつ広げてるらしいぜ」

 旭衆の話を仲間から聴いて、入鹿は不満に思ったらしい。

 

「は! どーせ、最初はそうしておいて次第に扶桑国には安くて、俺達には法外な報酬を要求するんだろうぜ? やって来た扶桑の商人達みたいによ!」

 入鹿は扶桑国からやって来た商人達が蝦夷の民達に対して最初は友好的に接しておきながら、最終的に法外な値段で商品を売り付けた手法を例として出して反論をしたのだと言った。

 

「そうかぁ……? 山向こうの村の話じゃ、必死にかき集めた金を集めた事を誉めた上で一割だけしか受け取らなかったって話だぜ?」

「んなもん、後からどーとでも言えるだろうよ」

 その言葉にそう言うと、入鹿は少しだけ考えた後でこう言ったのだという。

 

「……んじゃあよ、俺がそいつらの化けの皮を剥いでやるよ」

「どうやってだよ?」

 仲間の疑問に入鹿は笑いながらこう言ったらしい。

 

「此処は結構辺境だろ? 偽の依頼を出して冬に此処に来る様に仕向けんだよ。冬はここら辺は雪に覆われて扶桑国の人間なんざ、来るわけがねぇ。それを理由に騙されてる連中に扶桑国の人間なんざ信用出来ないって言い触らしてやるんだよ」

「そんな上手くいくかぁ……?」

 入鹿の作戦に仲間は疑問に思いながらも、入鹿の話を聞き付けた周囲の仲間達がなんか面白そうだと金を賭ける事になり、最終的に偽の依頼を出したのだらしい。

 

 そして、その年の冬……

 

「にしても、今年は一段と雪に覆われてるなぁ……」

「想定外だけど、これなら余程の命知らずのバカでもない限りは扶桑国の連中なんて来ねえだろ!」

 その年の冬は例年よりも深い雪に覆われた為に入鹿は勝ちを確信したのか、高笑いをしていたらしいが……

 

「ぜぇ、ぜぇ……ご、ごめんなさい…此処って、近くに村がないっすか……?」

「つ、疲…れた、デス……」

「し、死ぬかと思った……」

「冬のこの地を甘く見てたぜ……」

「……へ?」

 明らかに武具とわかる包みを杖の様に突きながら冬用の重装備の鬼月旭達が息も絶え絶えになりながら、やって来たらしい。

 

「え、あ~……まあ、確かに俺らの郷が近くにあるけどよ……お前ら、商人か?」

 勝ちを確信した直後にやって来た為にそれを否定したいのもあって、そう尋ねたらしいが……

 

「ありがとうっすよ……あたいは、ってか、あたい達は冬にやって来る妖を退治してくれって依頼が出されてたんで来たんだけど……いやぁ、冬の蝦夷ってすごい雪が積もるんすね。道に迷って遭難しそうになること三回、雪崩に巻き込まれそうになること五回、吹雪にあって雪洞を掘ること二回もあった上に、食料が昨日で失くなっちゃって……漸く此処に来れたんすよ」

「つ、次からは……もう少し早めに来て準備をしましょうね……?」

 そう言って「あっはっは!」と笑う鬼月旭に疲れはてた様子の葛葉唯がそうツッコンだと入鹿は告げる。

 

「旭ちゃんらしいなぁ……」

「いや、冬の蝦夷地を嘗めすぎでしょ……」

 入鹿からの話に佳世はくすくすと笑い、沙世は鬼月旭の命知らずの行動に呆れ果てていた。

 

「話を続けるぜ」

 佳世と沙世の言葉に苦笑いをしながらそう告げる。

 

 話を終えた鬼月旭や疲労困憊の旭衆を見て入鹿が最初にしたことは……仲間と一緒に相談をすることだった。

 

「おい、本当に来たぞ!?」

「いや、元はと言えばお前があいつらを試そうって言うから……っで、依頼はどうするんだよ? 適当な妖の巣にでも案内するか?」

「本当に来るとは思わなかったから、適当な妖の巣なんてねえよ!」

「んじゃあ、『嘘の依頼を出しました』って謝るか?」

 そんな仲間の言葉に入鹿は「それはそれでなぁ……」とぼやいていたそうだが……

 

「お前達、すぐに来い! 妖の襲撃だ!」

 そこに入鹿達を呼びに来た龍飛が来たのだという。

 

「どうしたんだよ、龍飛? 小妖の襲撃なんて、何時もの事……」

「小妖じゃない……大妖に率いられた群れだ! どうやら、空腹に負けて徒党を成して来たようだ」

「マジかよ!?」

 龍飛の言葉に入鹿は驚きながら龍飛に着いていき……

 

「あたい達も一緒に行くっすよ!」

「了解デス!」

「たく……しょうがねぇなあ!」

「やっぱり……」

 鬼月旭達も一緒に着いていったようだ。(まあ、当然だろうが)

 

「お前達は扶桑国の退魔士か……金はだせんぞ?」

「お金は結構すよ! 吹雪とか雪崩で近くの村に足止めされた際の妖退治や商人を護衛した際のお金で依頼の2、3回分のお金は貯まっちゃったんで!」

「そうか……行くぞ!」

 龍飛と鬼月旭はそう話すと、腕が異様に発達した熊の様な大妖とそれに率いられた小妖の群れと戦いに突入したらしい。

 

「んで、それを倒した後で偽の依頼を出した事が旭経由で龍飛にバレてよ……しこたま殴られた上に飯抜きで夜通し死ぬかと思うほどの訓練を食らったんだよ……」

 そう言った後で入鹿は「二度とやりたくねぇ」とぼやいていた。

 

「……旭ちゃんはどうして即決で蝦夷に行ったんですか?」

 佳世はそんな疑問をポツリと漏らす。……まあ、当然だな。蝦夷……前世では北海道に位置する場所は今の段階ではほぼ未開拓だ。冬には雪が積もる極寒の大地に道なき道、少しでも整備してある街道から離れると活きの良い妖が襲ってくる嫌なおまけ付き……普通なら命知らず若い商人くらいしか行かない場所だ。

 

「……旭曰く、『あたいや皆の手や足が届く範囲で助けられる命を見捨てたくないからっすよ』だってよ」

 入鹿はそう言った後で「ところでよ……」と一拍置いた後で俺に聞いてきた。

 

「何をどうしたらあの旭があんなにキレるんだよ? 見てて訳がわからなかったぞ……」

「あ、それは私も気になってました」

 入鹿は訝しげに佳世は純粋に鬼月旭と俺との関係への不安から何故鬼月旭が俺に対してキレた理由を尋ねる。

 

「理由は俺にもわかりませんが……」

 俺は鬼月旭がキレた原因と夕陽に言われた事を二人に説明する。

 

「あのよ、言っちゃ悪いかもしれねぇけど……鬼月の姫さん達はお前の事を好きだぞ?」

 ……説明を終えたところで、溜め息を吐きながら入鹿が訳もわからない事を言い出した。

 

「……何を、言っている?」

「いや、よ。まず、一の姫がお前を好きになりそうな理由は考えられるな?」

「……まあ、な」

 姉御様の世話係を任されていた頃に一緒に遊んでたし、遊びで鬼月家からの脱走計画を練った事もある。

 

 しかし……

「俺が雛様を見捨てて逃げた辺りで百年の恋も覚めそうなんだがな」

「恋する乙女を舐めないで下さい! 例え一時的に覚めたとしても、また恋をします!」

「お嬢様の言う通りだな。寧ろ、一時の激情でお前を下人に落とした事を後悔していたかもしれんぞ?」

 姉御様が俺に対して恋をしていないとする言葉に佳世が強く否定し、龍飛がそれを補填した。

 

「……それは、そうかもしれんが」

「それに、お前を救う為に敵対関係にある二の姫と協力したんだよな? 嫌ってる相手の為にそんなことをするか?」

「旭様の次いでの可能性もあるぞ?」

「だったら、旭の分だけしか作らねえだろうよ」

 俺の言葉を神威は呆れたような顔で否定する。

 

「次に二の姫がお前を好きになる理由はわかるよな?」

「数年前の謀略の件なら、旭様にも言ったがあれは旭様への礼の次いで……」

「だったら、お前に直接術を指導したり化け狐の件で助けに来たりしないだろ」

「……お気に入りの玩具を助けに来ただけだろ。それに旭様と一緒に無理難題を言い付けられた事も一度や二度じゃない」

 俺の言葉に入鹿は「旭がキレた理由もわかるような気がするぜ……」と呆れていた。

 

「あの~」

 俺達がそんな話をしていると、さっきまで黙っていた誘宵美九が話し掛けてきた。

 

「その人、好きな人程苛めたくなる人なんじゃないですかぁ? だからこそ、その人が慌てるような難題を言うんじゃないのかと……」

 ゴリラ姫の本質の一端ではあるな。だが、しかし……

 

「あの才能しか見ていない葵様があの事件で救ったとはいえ、俺に引かれるなど……」

「……なあ、さっきから聞いていたのだが……伴部、お前は一の姫が伴部を好きだというのは疑問に思いながら受け入れられるのに何故葵に関してはそうも警戒心を抱いているんだ?」

「……は?」

 俺はそんな夜刀神十香の言葉に疑問を抱いて……ふと、気付く。

 

(確かに姉御様はゴリラ姫に比べてまともで平等な性格だが……ぶっ飛んだバッドエンドがない訳じゃない。確か、主人公君を自分もろとも異能で焼いて心中するなんてのもあった筈だ)

 特に上洛前に仲良くしておいて、上洛中にゴリラ姫と仲良くしていた場合に良く起きたバッドエンドだ。

 

(だから、警戒すべきなんだが……何故、俺は姉御様に警戒心を抱かなかった……?)

 俺は夜刀神十香の言葉から端を発したその疑問を深く考えようとして……

 

「来た」

 リリシアの言葉でその疑問を考えるのを中断する。

 

「……ついに来たんですね? 私を拐う様に言った人が」

「その通りだ、お嬢様。入鹿、念のために下人を強く縛っとけ。……いざと言う時の為に縄を切れる道具も渡しておけ」

「わかった。……ホラよ、これを使え」

「元はと言えば俺のだぞ……」

 俺は縄を少しばかりキツく縛りながら入鹿が手渡してきた小さな刃物で縄に少しずつ切れ込みをいれていく。

 

 足音が複数聞こえる。……どうやら護衛も多数連れているようだな。

 

「そ、そんな……どうして貴方が!?」

 佳世の驚愕の声と共に現れたのは……

 

 ──────────

 創業家たる橘家の分家筋の生まれにして、商会が幹部の一人、北土及び東土と央土間の交易を監督する橘倉吉は決して無能でも先見の明がない訳でもなかった。

 

 甥に当たる橘景季の商会を立て直すための幹部粛清は当然身内にも及んでいたし、その中を生き残り曲がりなりにも広大な北土と東土での商売の全権を預かっているこの七十一歳の経験と実績豊かな老商人はその地位について以来自身の管轄内で赤字を出した事もない。特に北土からの獣毛や鮭や鱈、昆布等の海産物、東土からの砂金や木材輸入では莫大な利益を商会にもたらしている。

 

 そう、有能……優秀な商人である事は事実であった。しかし、幾ら優秀といって人格的に高潔である保証もなければ、優秀な商人同士で分かり合える保証もない。

 

 老商人は朝廷からの禁則事項として固く戒められている北狄や東夷……合わせて蝦夷とも称する……と手を結びその特産品を入手し、あるいは同じく北や東の土産品を得ようとする同業者を蛮族らに襲わせて妨害せしめ、その引き換えに武器や雑貨を売り捌いて裏帳簿で莫大な資産を得ていた。

 

 いや、それどころか朝廷が監視の目の届かない事を良い事にこれ等辺境の地で捕らえた妖共を養い、開拓村を襲わせて、肥えたそれらの血肉を裏で売買してすらいた。更には表では開拓村や朝廷に武器を売り、用心棒の斡旋で利益を貪っていたのだから最早仏をも恐れぬ所業というべきか。

 

 尤も、この老商人からすればそれらの所業に対して危険こそ承知していても、罪悪感なぞ一切感じてはいなかった。商会の金や商品を私的に流用して贅沢三昧していた追放された幹部達よりも自らが遥かに高潔だと彼は信じていた。商人が信奉するのは金銭であり、尊ぶべきは契約で、それ以外は塵芥同然なのだ。

 

 故に橘景季がその所業に勘づき始め、秘密裏の内に自身を追放し裏での商売から撤収しようとした時のこの老人の失望と怒りは想像を絶していたし、同時に自身の立場の危うさを自覚した時、その防衛本能は身内であろうと一切容赦呵責のないものであった。

 

 利益を分かちあっていた朝廷の高官との相談後、この老商人は丁度朝廷とのいざこざを起こしていた東夷から下手人を借り受け、橘景季の失脚がための計画を開始した。普段こそ無意味に彼女達の警備は厳しいものの、隙がない訳でもない。特に彼女達が希に御忍びで庶民共の街に出掛けるのを倉吉は知っていたし、その際にはどうしても警備が薄くなる事も把握していた。

 

 そしてあの男は優秀だが溺愛する娘の事となると途端に計算が出来なくなる人物である。故に一度その娘を人質にして見せれば後は煮るなり焼くなりは思いのままだ。根回しは十分、彼には裏で貯めた莫大な資産がある。先日、地下水道で面倒な騒ぎがあったのも幸いだ。その収拾に意識が向いている今が好機、全てを闇に葬って会長の椅子を得る事も可能だろう。

 

 そう、全ては順調で、何も問題はない筈だったのだ。しかし………

 

「本当に問題はないのだろうな? 退魔士共……特にあの山猿までこの件に巻き込むなぞ………」

 内裏の一角で老人は件の利益を分かちあっていた官吏……弾正台少弼に問う。客人を持て成すために差し出された舶来の南蛮茶器に注がれた紅色の茶の水面が震えていた。そこに映る自身の姿はこれ迄にない程に不安に満ちていた。

 

「これはこれは異な事を。これまでも極刑物の取引を幾度も成し遂げて来た会長らしくない御言葉ですな?」

 木造三階建ての國衙の執務室、その窓辺から広がる内裏を一瞥した後、傍らに吊るされた鳥籠の中に飼われている大鳥の頭を優しく撫でつつその男は嘯く。

 

 年は三十路くらいだろうか? 理知的で端正で、温和な雰囲気を醸し出す男は朝廷の高級官吏の衣装に身を包んでいた。

 

 その一応の安定とともに腐敗が始まり久しい扶桑国にて各省庁の長官は名家が箔をつける名誉職になりつつあった。そんな状況で実際に実務と実権を握り大臣らと政務を行うのは次官以下の官吏達である。そして弾正台の第三位、実質的な第二位たる役名が「弾正台少弼」の立場である。故にその執務室は機密保持のために防音障壁の結界が張られており、その会話は例え窓辺越しであろうがその内容が聞こえる事はない。そのためこのような危険な会話も可能な訳であるが……

 

「余り窓辺で話してくれんでくれぬか? 確かに声は聞こえぬが、口元が動かぬ訳でもなかろう……?」

 倉吉は懇願するように要求する。確かに声は聞こえぬが、遠くから読唇すればある程度は何を話しているのか発覚する可能性はあった。この老商は恐れ知らずではあったが無謀ではない。今日の今日まで危険な橋を渡ってこれたのはこの用心深さのお陰だ。

 

「これは失礼を……しかしながら今日という日が娘達を拐かすのに絶好の日取りだったのは事実でしょう? ましてや事態の発覚を遅らせるためにもお目付け役共を放置する手はありますまい?」

「それはそうだが………それでも生かす意味は無かろう? 随行するその護衛もさっさと殺せば良かろうに」

 既に密かに同行していた隠行衆や橘商会の護衛は始末したという。にもかかわらず傍らについて随行していたという鬼月の下人の方を未だ生かしたまま捕らえている必要性が倉吉には今一つ理解出来なかった。

 

「いやいや、鬼月と言えば北土が退魔の名家。それがこの時節に旭衆以外で景季と接近するのです。何かあると考えるのが普通というもの……ならば念入りに、そう念入りに調べなければなりますまい」

 相も変わらず鳴き声をあげる鳥の頭を指で撫でつつ、少弼は冷笑とともに嘯いた。これには老商も否定は出来ない。都で蠢いていた狐の化物しかり、地下水道での妖騒ぎしかり、どちらも橘商会に関わりあり、何よりも橘景季の失脚の可能性があった出来事だ。それを回避せしめたのが鬼月家と旭衆であり、一枚噛んでいる事もまた倉吉も把握している。そして北土は彼の縄張りだ。

 

「此方の得た情報によると娘さん達の護衛は丁度その二件の際に動員された下人だとか。しかも鬼月の三の姫直轄の手駒とも聞きます。ならば始末する前に尋問の一つや二つ、構わんでしょう?」

「うぅむ………」

 否定は出来ない。出来ないが……しかし倉吉は何とも歯切れの悪い返事しか出来なかった。

 

 ……暫く周囲を支配する沈黙。老商は普段の大胆不敵にして余裕泰然とした姿はどこえやら、落ち着かないように貧乏揺すりをして、キョロキョロと視線を泳がす。そして、半ば無理矢理気味に話題を作り上げて口を開く。

 

「その鳥、先程から随分と世話を焼いているようだな。以前ここに来た際には見なかったが………」

「えぇ。然る貴婦人が我が子のために、と贈られましてね。珍しいでしょう?」

 それは賄賂の一種であると倉吉は受け取る。公然と、とする程に腐ってはないがあの手この手で言葉を変えた賄賂がこの国の行政に蔓延していた。特に公家にしろ、大名家にしろ、退魔の一族にしろ、一族の誰かしらが朝廷の役職を得て出仕すればその身内が隠然とした便宜を引き出すためにこのように上司らや同僚、挙げ句には部下達にまで有象無象の「粗品」を送りつけて来るものだった。

 

「見たところ……洋鵡、かの? 南国の鳥だった筈、いやはやこのような鮮やかな色合いのものは初めて見ましたな。物珍しさからして売れば五十両にはなろうて。ははは、珍しい、いや本当にまた……………」

 そういって乾いた笑い声を上げる倉吉。しかしその笑い方には力なく、空虚で、かなり無理をしているのが一目で分かった。そして直ぐにそんな笑い声も木霊するように消えていき……再び沈黙が訪れる。

 

「……御気持ちは分かりますがね、倉吉殿。そう焦る事はありません。追及の手筈は整えておりますし、万一にも逃走される事は有り得ません。蛮族にしては随分と質の良い手合いが送られましたし、私も念のために一人駒を送りつけたではないですか。しかも、旭衆都組からの裏切り者もいる、何を恐れる事がありましょう?」

 半ば同情したような口調で、そして安心させるように少弼は倉吉に語りかけた。そして実際問題、その言葉は何らの裏づけのない無責任な慰めではない。

 

 この官吏は蛮族や裏の手の者達からの要望で幾人もの人物を朝廷の手足に雇い入れていた。特に此度はその一環で弾正台に潜り込ませていた蝦夷の間者を援軍として都に潜入した下手人二名に合流させていた。到底下人程度で勝てる相手ではない。何も恐れる事はない。

 ……問題はその三人がとっくの昔に倉吉を裏切っている事とリリシアの裏切りが虚偽だという事だが、官吏はそれを倉吉には倉吉を篩にかける意味もあって言っていない。

 

「それとも……大姪の事が気になりますかな?」

「っ……!?」

 官吏の言葉に鋭い眼光をもって倉吉は応える。その眼光には怒りが込められていたが、同時にそれは動揺も含んでおり、官吏の言葉を裏付けるものであった。

 

「聞いた話によれば此度の護衛は大姪さんご自身で指名されたとか、何やら随分と御執心だそうで………」

「儂も暇ではないっ!! そろそろ行かせてもらうぞ……!!」

「それは結構、見送りを付けましょう。どうぞお気をつけて下さいませ」

 何処から仕入れたか知れぬ噂を口ずさめば不機嫌そうに声を荒げてそう叫ぶ倉吉。対して歯に衣着せぬ物言いで官吏は答える。その余裕綽々の物言いに一層倉吉は神経を逆撫でされた。

 

「……貴様、裏切るなよ? 儂が何らの対策もしていないとでも思うているか?」

 最悪社会的に、法的に道連れにする用意は幾重にもしてある。そうでなければ此度の企てにこの男を加える事はない。老商はあくまでも用心深く、狡猾だった。

 ……最も、その狡猾が裏目に出たことで蝦夷の三人が裏切る切っ掛けにもなったのだが。

 

「御信用頂けないのであればどうぞ、心行くまで保険を掛けて下さいませ。それで貴方の心の安寧が得られるのであれば幸いです」

「………ふんっ」

 心底不愉快そうに鼻を鳴らして、忌々しげに商人は客室より立ち去る。その姿を賑やかな微笑みで官吏は見送った。勢い良く扉が閉められる。そして部屋に訪れる静寂………

 

「……どうやら男の嫉妬というのは醜いもの、というのは本当らしいね」

 弾正台の少弼はその表情は変えず、しかし何処か無機質な口調で宣った。商売となると冷徹にして冷静な人間ではあるが……そんな人物でもこの手の話題となると平静ではいられないものらしい。

 

「全くもって感情というものは度しがたいものだね。人間にしろ、妖にしろ、ね?」

「ドシガタイモノダ! ドシガタイモノダ!」

 鳥籠の中の洋鵡が反芻するように鳴く。その言い様は何処か嘲りの感情が見てとれた。否、事実この畜生は嘲笑っていたのだ。

 

「……やれやれ、余り興奮しないでくれるかな? 口が裂けてるよ?」

 官吏が大人が子供を叱りつけるかのように指摘する。……洋鵡の口は四つに裂けていた。刃のような牙が生えた顎、その喉奥から飛び出すように小さな、しかし間違いなく眼球のない人間の赤ん坊のような顔がその醜悪な姿を覗かせる。

 

 本当に困ったものだ、あの老人がこの部屋にいる間押さえておくのが面倒だった。頭が悪過ぎると此方の意図どころか威圧すら理解していない場合もある。勝手な事をせぬように牽制しておくのも一苦労だ。

 

「言う事を聞きなさい。さもないとご飯はお預けだよ?」

 微笑みながら吐かれた言葉は底冷えするような何処までも冷たい忠告で、警告だった。

 

「…………」

 洋鵡に欺瞞した化物はちらりと眼球のない顔で官吏を一瞥する。数秒後、それはズズズと涎を滴らせながらその口を閉じた。官吏が瞬きをした次の瞬間にはそこにいたのは唯の可愛らしい洋鵡でしかなかった。

 

「……やれやれ、彼女ももう少し頭の回るのを寄越してくれれば良いのに。こんな鳥頭じゃなくてね」

 かつての旧友にして、生きとし生けるものらを愛する妖魔の母に対して困り果てたように彼は嘆息した。最後に「手紙」を寄越したのは何百年前だろうか? 

 

「久方ぶりの連絡と思えばこんな出来損ないとは……随分と慌てて産んだようだね」

 材料の質次第とは言え、身の腹の中である程度知能や造形、能力を操作出来るというのに寄越してきたのは伝令としては出来損ない四歩手前のようなこの小妖である。

 

 明らかな急造品……そして送ってきた内容は新しい息子と娘の自慢話八割、娘とのじゃれ合い一割、地下水道での計画の放棄と娘の吸血鬼との合流、今後の行動について一割と来ていた。色々と言いたい事はあるが………やはり一番注目するのはあれにいたく気にいられてしまった人間達の話であろう。

 

 あらゆる命を対等に愛する……即ち羽虫と人間を同様の水準で慈しむ事が出来る……妖魔の母がここまで、ただの人間の二人についてはっきり認識し、必死に語り、強く執着するのは付き合いの長い彼にすら意外過ぎる事態であった。

 

「カワイイボウヤ! ジマンノムスメ! メニイレテモイタクナイ! タベチャイタイクライ!」

 母親から仕込まれた文言を、伝言役は片言で何度も何度も叫ぶ。彼女が覚えるまで根気よく言い聞かせたのだろうが、残念ながら鳥頭のこれは発音は兎も角その言葉の意味まで理解してはいまい。男は肩をすくませる。

 

「やれやれ……全く、良くもまぁあれ程呑気に子供の自慢話が出来るものだよ」

 元より扱いにくい彼女であるから、大して期待していた訳ではないが………計画が露見して都の地下から撤収する事になった事への謝罪の言葉なぞ殆んどなかったのは神経が実に太い事だ(寧ろ彼女の娘の吸血鬼がこの小妖の足に結び付けて送ってきた手紙の方がよっぽど謝っていた)。

 

「………まぁ、私も人の事は言えないかな?」

 そう宣いつつ男は懐から袋を取り出し、その中身を取り出す。袋の中から出てきたのは……指と一房の髪だった。第一関節の辺りで切断された人の指と紐で括られたオレンジ色の髪………

 

「まぁ、この姿もそろそろ、怪しまれ始めていたからね。どうせなら掻き回せるだけ掻き回すのに丁度良い機会だ。その序でと考えれば、ね?」

 バタバタと興奮するように翼を広げて「ご飯」をねだる鳥籠の中の怪物。そんな怪物に無感動に「指」をつつかせながら男は嘯いた。

 

 結界の内に、そしてこの国の上層部に潜入を果たす事一世紀余りである。

 

 以来彼はかつての命令に従い自らの役目を果たし続けてきた。幾人もの人間に姿を変えて、掏り替わり、でっち上げてこの国の屋台骨を気付かれぬように少しずつ、そう少しずつ腐らせてきた。その中には敢えて殺されて見せた事も少なくなく、此度の配役もまたそのように終わらせる積もりだ。

 

 その意味では僥倖だった。今回の陰謀なぞ、寧ろ露見した方がこの国の動揺を誘える。そしてどうせならば彼女が御執心の「坊や」と「娘」にちょっかいをかけて見るのも悪くはない。それに………

 

「既に二度も、私達の企みを邪魔したんだ。今回が三度目、少しくらいは痛い目にあって貰わないとね……?」

 そう語りながらにこにこと朗らかながら、人当たりの良さそうな優しい笑みを浮かべる男。そんな彼の身体から伸びる影が異様な程に大きく、禍々しく、そして明らかに人のそれではなかった事を、しかしそれを見た者は眼前の鸚鵡以外にこの場にはいなかった………




如何でしたか? 次回もお楽しみに!

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