旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~   作:愛川蓮

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第五話

 八ツ半時……あたい達は白く深い霧に覆われた森に来ていた。それこそ一寸先すら見えるか怪しい深い、深い霧に覆われた森に……

 

(そんでもって森だっていうのに、獣どころか虫の一匹もいないんすもんね……しかも、ご丁寧に濃い妖気が漂ってるし……これは大当たりっすね)

 あたい達は伴部さんを先頭にした五人の下人衆と下人達に囲まれている退魔士と一緒に霧の中をゆっくりと進んでいるっす。

 

「旭、これは……」

「大当たりかもしれないっすよ。アリシア、『ローラン』、白虎、黒虎……何時でも動ける様に準備をしとくっすよ」

「了解デス。『術式』も準備しとくデスよ」

「了解した。警戒は厳重にしておこう」

「了解。白虎とローラン、警戒は頼んだぞ」

「この濃い妖気の中でどれくらい警戒の術が効くのかわからないけど……やってみる」

 あたいは今回連れてきた四人にそう伝えながら今回の依頼を思い出す。

 

 依頼は鬼月家本家の屋敷から山を五、六程越えた先の国境付近の山間部の近場の村の一つからで、内容は『ここ最近森に狩りに出た猟師や樵が次々と行方不明になっているので調査をしてそれが妖や山賊の仕業なら退治してほしい』というものだったっす。

 

 んで、調査にやって来たんすけど……丁度別の村から依頼されてきた退魔士……(義理の)親戚であたいの弓術の師の一人の『鬼月綾香(あやか)』こと綾姉に共同戦線を組むことを提案されてそれを了承したら、一緒に出向く事になったっす。

 

 ……綾姉の話によると先行した隠行衆二名は送ったきり式神一つ送らずに帰ってこなかったようっす。

 

(ということは事は相手は最低でも大妖……最悪の場合、凶妖の可能性も考えていた方が良いって事っすね)

 あたいはちらりと恐らく主力である綾姉と綾姉の支援兼囮として行動を共にしている伴部さん達下人衆一個班を見るっす。

 大妖だった場合はまだどうにかなるかもしれないっすけど、凶妖だった場合は即時撤退も考えなきゃいけないっすね。……まあ、前提条件として霧をなんとかしなきゃいけないっすけど。

 

「ローラン、磁石は?」

「案の定狂ってて役にもたたん。黒虎、目印は?」

「……見事にぐるぐる回らされてるな。念のために鬼月家の連中とは離れた場所につけた目印がある」

 あたいがアリシアの兄である『ローラン・クロイツ』に持ってきた方位磁石の方向を尋ねると、ローランは溜め息をつきながらぐるぐると回って一定の方向を指さない方位磁石を見せ、黒虎は目印としてつけた傷を指差すっす。

 

 基本的に妖と対峙する時は、五感は頼りにならないんすよね。視覚、嗅覚、聴覚、触覚は勿論の事、味覚まで全力で集中しないとやっていけないっすし、いつの間にか欺かれている可能性も考えて警戒しないといけないんすよね。

 

 だからこそ、道具とかに頼るんすけど……今回の様に役にたたないことが多いんすよね。まあ、今回の場合は『多分、凶妖は薄いかな?』程度には役にたってるんすけどね。凶妖ならもっと狡猾かつ悪辣に迷わせて来るっすからね。

 

「……やはりもう『妖』の術中に嵌まってしまっているのでしょうか?」

 綾姉が目印を調べているあたい達と伴部さんに馬に乗ったまま近付いて来て、そう言うっす。

 綾姉は何処か不安げで、緊張した面持ちの銀髪の女の子っす。その服装は退魔士らしく動きやすい(脇とかを露出した)和服に身を包んでて、手元には(ある意味当たり前っすけど)弓矢を携えているっすね。その弓は神木を削って作られてて、その弦は龍の髭を張った逸品っす。因みに、あたいの弓矢はその兄弟とも言える弓で綾姉があたいにくれた物っすね。

 ……あたいと二歳違い(綾姉は十四歳。あたいは十二歳っす)なのに露出してる脇から横乳が見えるくらいに実ってるっす。……不公平っす。

 

 性格は臆病で気負いやすくて、だけど身分に関係なく優しくてお姉ちゃん気質っす。実際、一族だけじゃなくて家人の子供等からも年上のお姉さんとして慕われているんす(当然、あたいも雛姉や葵姉程じゃないにしても慕ってるっす)。

 

「? 伴部さん、どうかしましたか?」

「……いえ、少し考え事をしておりました」

 ……? 何を考えてたんすかね……あ、この状況から抜け出すための方法っすかね? 

 あ、綾姉が伴部さんの事を名前で呼んだっすけど、これって退魔士全体から見て珍しい事なんすよね。雛姉や葵姉……どころか鬼月家ほぼ全員が下人の一人一人の顔や名前なんて覚えてないっすからね(なお、雛姉や葵姉、胡蝶様の場合、伴部さんは除くっすけど)。あたいもなるだけ覚えようとしてるんすけど……仮面を被られると、どうしても混乱しちゃんすよねぇ……そういう面でも綾姉は善良なんすよね。本来なら消耗品の下人さん達が相手ですら対等に接する事が出来るんすから。

 

「……」

「?」

 伴部さんの視線に気付いたのか、綾姉は首を傾げる。……後、隠行衆に所属している綾姉の幼馴染みであたいと顔見知りの『葉山(はやま)』さんの事もあるっすから、綾姉だけは絶対に逃がさないとっすね。

 

「……恐らくそうでしょう。ですが、そこまで悲観したものでもありません。賢い『妖』であればもっと狡猾な筈です。相手はそこまで頭が回る訳ではないようです。あるいは能力の活用出来る幅が狭いのでしょう」

「あたいもそう思うっす。これなら凶妖じゃなくて、大妖くらいなんじゃないっすかね?」

 伴部さんの言葉にあたいも同意して、予想できる相手の力量を言うっす。だって、凶妖レベルに賢い妖だったら磁石を狂わせてぐるぐる回らて迷わせるんじゃなくて針をゆっくりと動かして誘導すれば良い話だし、目印も排除する筈っすからね。

 ……てか、凶妖なら霧なんて作らずに幻術で偽りの世界を見せられてる筈っすしね。

 

「では……」

「だからって、油断は大敵っすよ?」

「旭様の言うとおり油断は禁物です。この霧、視界が悪く奴らの接近にも気づきにくい。特に綾香様と今回の旭様の戦いは遠距離向きのもの、となればこの状況は楽観は出来ないかと」

「は、はい……」

 あたいと伴部さんの言葉ですぐにしょんぼりとする綾姉。直ぐに調子に乗って失敗するのが綾姉の悪い癖なんすよね……あたいも調子に乗って失敗しちゃう事もあるけど、それは日常生活でだけっす。表裏がない性格は魅力的だけど(あたいもそれに救われた部分もあるっすし)……少なくともこの仕事をしている上では油断はあってはならない過失なんすよね。

 

 それはそれとして……

「やっぱり綾姉は可愛いっすね」

「な……! と、年上のお姉さんをからかうんじゃありません!」

 あたいがけらけらと笑いながら言うと、綾姉は顔を赤くして逃げ回るあたいを追いかけるっす。……うん、完全に目下のあたいや伴部さんに指摘されて恐縮する綾姉って可愛いっすよね。

 

(ひのえ)柏木(かしわぎ)は天幕を張れ。朝霧(あさぎり)は綾香様と旭様の側に。平群(ひらむれ)、お前は俺と……」

 伴部さんがこんな状況に陥った際の定石通りに陣を作ろうとして……あたい達はそんな悠長な事をしている場合じゃないと理解をする羽目になったっす。

 え? 何故かって? だって……最後尾にいた伴部さんの次くらいに強そうな感じのした下人さんがもう何処にも居なかったからっす。

 

「……総員、周囲警戒! 綾姉、後ろと左は任せてっす!」

「なら前と右は任せて!」

「各員、綾香様と旭様の周囲を囲み警戒……!!」

 あたい達の言葉を聞いて、下人衆と旭衆の人員が交互に四方八方を警戒する形で武器を抜いて、周囲を囲み塩を蒔いて簡易の結界を構築すると、あたいと綾姉はその中心で弓を手に取るっす。

 

 伴部さんは葵姉から教わった簡単な式神の作り方に沿って紙を動物の形に切り揃えると、自分の血液で呪文を書いてそれを地面にばら蒔いたっす。

 すると、紙はポンッと音をたてて式札を目の辺りに貼った栗鼠になったっす。

 

「あ、あのっ、その式神では塗る血が多すぎでは……」

「承知しております。これは斥候用のものではありません」

 綾姉の言葉に伴部さんはそう言うっす。……確かに、斥候用だったらもう少し塗る量を抑える筈っすよね。

 

(……って、事はあれは囮用っすね)

 あたいは伴部さんの言葉の意味を瞬時に捉えて、矢筒から矢を出して弓を構えるっす。

 

「綾姉、準備しとくっすよ」

 あたいの言葉で伴部さんが何をしたいのか悟ったのか、綾姉も矢筒から矢を出して弓を構えるっす。

 

 すると……伴部さんが無言で左に指を向けたので、あたいが弓に霊力を込めて矢を射ると断末魔の悲鳴すら残さずそこにいた(多分中妖くらいの)化け猪の頭の骨と脳漿が石榴のように弾けて周囲に飛び散ったっす。

 その死骸に周囲の犬やら虫やらの小妖が群がるっすけど……あたいと綾姉が射た細かく雨霰のように降り注ぐ光の矢によって切り裂かれていくっす。

 

「綾香様、続いて正面から三体、猿が来ます……!!」

 伴部さんの言葉に綾姉は即座に三本の矢を射って事前の情報がなければ人にも見えたそれの腹に当たると硬い毛皮と皮下脂肪、そして妖力で保護された身体を上と下で真っ二つに引き裂く形で倒したっす。

 

「……各員、雑魚が来たぞ。綾香様達を御守り申し上げろ」

「来るぞ! 旭達を守れ!」

 あたいと綾姉が四方八方に矢の嵐を放っていると、伴部さんが淡々と下人さん達に命じ、同じくローランがみんなに命令をしたっす。

 同時に霧の中から散発的に現れる小柄な妖……小妖を各々が持つ武器で切り伏せていったっす。

 

 因みに、妖には小妖、中妖、大妖、凶妖の区分があるっすけど、その他にもなりかけで中途半端な『幼妖(ようよう)』って言うのがあるっす。それらが時間をかけて霊脈から霊力を奪ったり、他の妖や霊力を持っている人を喰らって徐々に成長をすることで進化していって……最終的に生きてる災害とも言うべき凶妖に進化するっす。

 

 でも、そこまで成長できる個体は稀っすね。あたい達、退魔士は妖がいる可能性があるところには積極的に狩りに行くし、見付けた妖は片っ端から皆殺しにしているからっす。

 だからこそ、妖の九割は幼妖や小妖で下人でも対処は可能なんすよね。

 

 だから……

「丙さん、危ないっす!」

「……!? 旭様、申し訳ありません!」

 あたいが中妖の大熊に襲われそうになった丙さんを大熊を倒して救うと、丙さんは小妖を切り捨てながらお礼を言ってきたっす。

 

「このままだと、不味いっすね……」

 あたいは数が多すぎて押されてきた状況に歯噛みをするっす。一応、あたいは近接戦闘用に刀を持ってるんすけど……綾姉は弓矢だけっす。そして……弓矢は絶望的に近接戦闘が苦手なんすよね……

 

「アリシア! 『マーキング』は!?」

「もう終わってるデス!」

「ローラン、霊力の練り込みは!?」

「何時でもいける……!」

「なら、良し! 綾姉、下人の皆さん! 切り札を切るから、少しの間耐えてほしいっす! 白虎、黒虎!」

「心得た」

「わかった! ローラン、アリシア……一撃で仕留めろ!」

 あたいの言葉に「何言ってんだこいつ!?」的な視線を飛ばす伴部さんを無視して、あたい達は術式を準備する二人の援護の為に弓を背中に背負うと刀を抜いて妖達と切り結ぶっす。

 

 それから、かれこれ少しぐらいたって……

「準備完了だ……! 凪ぎ払うぞ!」

「何時でもいけるデスよぉぉぉぉぉ!」

 ローランの持っている大剣から光が迸り、アリシアの持っている二本目の剣に刻まれている刻印が妖しく光輝いたっす。

 

「全員、伏せて!」

「『輝ける剣よ……それは世界をも滅ぼす終焉の剣よ、我が呼び声に応えて全てを打ち払え』! 『聖剣術式(せいけんじゅつしき)』・第七番……『レーヴァンテイン』!」

「『邪竜を打倒せし我が猟犬よ……我が敵の匂いを辿り、かの者を撃ち抜き我に勝利をもたらせ』! ……Kill、Freaks! 『聖剣術式』・第十番……『フルンディング』!」

 あたいが全員に伏せるように言うと同時にローランが持っている大剣を振るい、迸る光が周囲にいた全ての妖を打ち払い、焼き払い、切り滅ぼしたっす。

 アリシアは剣を投げると投げられた剣はまるで光の流れ星の様になって、その射線上にいた妖達を撃ち抜きながら突き進み……少しして遠くで腹から来る轟音が響いたっす。

 

「……手応え、あり! しかし……倒すことは出来なかったようデス」

「あ、あれは一体……!?」

「クロイツ家謹製の秘術だそうっす」

 確か、言い伝えや伝説に記されている聖剣の力を術式という形で限定的に再現した物……だったすかね? 

 

「なんにせよ、チャンスっすよ! 周囲にいた妖はほぼ全滅寸前だし、霧も薄まってきたっすしね! いざ、本丸!」

「あ、うん。皆さん、行きましょう!」

『……ふふ、迷いなく仲間を信じてその力に頼る……それでこそ旭だよなぁ。じゃあ、難易度調整をさせてもらおうか』

 あたい達が手傷を負った妖を倒すために進もうとして……刹那、耳元で囁くような、楽しむような、それでいて粘ついた声が響いたっす。これって……! 

 

『かあぁぁぁぁぁ!』

『にゃあぁぁぁぁぁ!』

 あたいと伴部さんが嫌な予感と共にほぼ同時に構えると、薄まった霧の中から理性を失っているらしい大きな狒々と尾が四本の化け猫が飛び出してきたっす。

 

「ぐぅ!?」

「うあ!?」

「旭ちゃん、伴部さん!」

 あたいと伴部さんはその攻撃を受け止めたものの、吹き飛ばされ木に叩きつけられたっす。

 それを心配して綾姉が走りよってこようとしてるっすけど……

 

「綾姉、作戦変更! 一旦撤退して、態勢を整えてっす! 大妖が複数いるんじゃ霊力を使い果たしてるローランとアリシアは足手まといっすからね! せめて日を跨いで、霊力をある程度回復させてほしいっす!」

「で、でも……」

「でももくそもないっすよ! 黒虎!」

「了解した……! 旭、下人! 死ぬなよ!」

 あたいが黒虎に声をかけると、黒虎は綾姉を肩に担ぎ上げて仲間や下人さん達と一緒に走り去って行ったっす。

 

「伴部さん、立てるっすか!?」

「なんとか……!」

 あたいは伴部さんに手を貸しつつ、化け猫と狒々に向き直るっす。

 

 ……せめて、一匹は倒したいっすね。

 

「行くっすよ!」

 あたいは刀を使って飛び掛かってきた化け猫を受け流すと、そのまま殴りかかってきた狒々の腕を切り捨てるっす。狒々は悲鳴をあげるけど、もう片方の腕で凪ぎ払いを仕掛けてきたのを避けて親指と小指を切り裂くっす。

 

「なめるな!」

 伴部さんはあたいに受け流された勢いそのままにのし掛かろうとする化け猫に爪を伸ばしてある人差し指と中指に霊力を流してそのまま目潰しを食らわせたっす。悲鳴をあげてのたうち回る化け猫にそのまま葵姉から渡された短刀を心臓に叩き込むと、それを引き抜いて今度は眉間に刺突を打ち込み止めを刺したっす。

 

「よっし……あ」

「旭様!」

 あたいは狒々の蹴りを避けて……木の根っこに引っ掛かって、ひっくり返りそうになったのを近くにいた伴部さんが受け止めるけど、あたい達は態勢を崩して根っこの近くにあった縦穴洞窟に落ちていった……

 

 

「……良く生きてたっすね、あたいら」

「幸か不幸か……悪運は良いようですね」

 あたい達はずぶ濡れの状態で岩の間にいたっす。

 

 縦穴洞窟に落ちたときには本気で死を覚悟したんすけど……運良く地底湖に通じている縦穴だったみたいで、九死に一生を得たあたい達は地上には戻らず(狒々が出待ちしてるかもしれないっすからね)洞窟の奥に退避して現在いる岩の間で野宿をすることにしたんす。

 

「あの、伴部さん……あの声って……」

「……恐らく、旭様の思うとおりかと」

 やっぱり。あの囁き声にそれと同時に現れた大妖……どう考えても『あの人(いや、鬼っすかね?)』の仕業っすね。

 

「……寝ますか」

「……そうっすね」

 あたいは濡れたせいで破れそうなお札を慎重に使って結界を構築し、伴部さんもあわせてお塩を使うことでその内側に簡易的な結界を張るとあたい達は刀と槍を持ったまま岩を背にして眠り始めたっす……

 

 ────────────────────

 

 丑三つ時、化物達が一日で一番気性が荒くなり、力を増す時間、それは現れた。

 

 黒い霧だった。瘴気とも言うべきかも知れない。明らかに善くない妖気の奔流……それは半人前の張った結界と下人風情が見よう見真似で張った結界を容易に擦り抜け、お札は燃え落ち、邪気避けの塩は腐さって無力化されてしまう。

 

 そして黒い瘴気は下人と旭を見つけると、次第に一ヶ所に固まり、それは人のシルエットにも似た影を作り出す。

 

『…………』

 数秒程、影は向かい合う形で寝付く下人と旭を見つめると、ゆっくりと歩み始める。そして最初に下人の目の前に来ると、そのまま影は下人の顔に近づき……

 

「しっ!」

「ふ!」

『おっと』

 寝たふりをしていたあたいはこっそりと影に近付いて首に向けて居合い抜きをし、同じく寝たふりをしていた伴部さんは槍を首筋に向けて突きだしたっすけど、影はそれをあっさりと受け流しあたい達と対峙する形になるっす。

 

『おいおい、酷いじゃないか? 折角俺様がお手製の妙薬を飲ませてやろうというのにさ』

 男勝りな口調でドス黒い妖力を放つ影は語りかけてくるっす。友好的な口調ではあるんすけど……妖の言葉は元々信用出来ないものだし、この人についてはその正体を知ればまずその言葉を聞こうともせずに逃げるか殺しに来るかのどちらかになるんすよね。……まぁ、余程高名な退魔士でなければ返り討ちにされて食われるのがオチになるんすけどね。

 

「……毎度思うが、お前も何で趣味と違う俺になんて近付いて来るんだ? 左手の薬指くらいならもう食べても良いから。一生俺に近づかないでくれるか?」

「あたいとしてはこの人が興味を持ってくれるのならそれでも良いんすけどね。……前に言ったことを実行しやくすなるっすし」

「酷い言い様だな? 別に俺の目的はお前達を食べる事じゃないぞ? もっとお互い友好的にいこうじゃないか」

 影は凝縮するように集まり、明確に人の形を取り出して、そして色がつき始めるっす。

 そこにいたのは青い美女だったっす。青い長髪に同じく蒼い瞳、着こむは托鉢坊主を思わせる意匠の僧侶の衣服……だけど、その染め色は碧い。頭には笠をしているがそれは彼女の出自を隠すためのものっす。長身で線は細く、しかし程々に胸元が曲線を描く。……羨ましくなんかないっすからね! 

 そして何より悪目立ちするのは彼女が背中に背負っている巨大な錨……

 

「どの口で言ってやがる。これまで散々食って来た癖によ」

「そこにかんしては同感すね」

 何時か越えたい目標の一つではあるし、彼女の究極の目的を否定したいのもあるんすけど人を食った事にかんしては許せないんすよね。

 

「さてさて、腹は減ってないか? 握り飯くらいしかないが携帯していてね。一緒に食べないか? 君達下人がいつも食べている玄米じゃない、旭が何時も食べてるような銀舎利だ」

 にこにこと、その人は当然のようにあたい達の目の前に座り込む。そして笠を脱いだっす。……頭から曲線を描いた二本の太い傷だらけの角が見えるっす。

 ……そういえば銀舎利はどっから盗んできたんすか? 

 

「ほら、食べるが良い。具は梅に昆布に鰹、どれも旨いぞ? 遠慮なく食うが良い。あ、喉が渇いたのかな? 水筒も用意しているぞ?」

 ははは、と余裕のある、人の良さそうな笑みを浮かべて卑怯で卑劣で、傲慢で身勝手で、だけどどこまでも純粋に自分を討伐してくれる英雄を求める()はそう言ったっす。

 

 赤髪碧童子……それが大昔帝直々に討伐の勅命が発せられる程に都で悪名を轟かせた凶妖であり、あたいが苦難を乗り越えて調伏することでその思想を終わらせたい鬼の名前っす。




次回もお楽しみに!
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