旭奇譚~和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件~   作:愛川蓮

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第六話

 赤髪碧童子……今から千年近く前、この国……『扶桑国(ふそうこく)』の都に攻めいり巣くった四体の凶悪な凶妖である『四凶』が一体、その巣くっていた場所から「右京の青蛮鬼」の異名で呼ばれた大鬼っす。ただ、あたい達の前にいるのは本人曰くその『残骸』なんすよね。

 

 元々は大陸で相当暴れていた妖だったみたいで(黒虎や白虎達の一族にも凶悪な鬼として言い伝えられてたっす)、その後、海を渡ってからは都や近隣の村を従えた有象無象の妖達と共に右京を文字通り『食い荒らした』という恐ろしい存在だったっす。

 

 でも、時の帝によって集められた高名な陰陽師や武士、僧侶からなる『退魔七士』達によって配下は皆殺しにされ、本人も何度も手足を引き千切られて、内臓を引き摺りだされ、首を何度も切り落とされと、文字通りズタボロになって必死になって逃げ出したらしいっす。

 ……あたいが鬼月家に来るまでに住んでいた村にいたあたいの一族の昔話にはこの追われた後の逸話があったんすけど……今は言わなくても良いっすね。

 

「やれやれ、人が折角用意してあげた食事を無視するなんて、君達も困った奴らだね? 人の善意は素直に受け入れたらどうだい?」

「大昔から、化物から食べ物を貰うのは危険だって言い伝えがあるからな。ましてや大嘘つきな『鬼』の用意したものなんざ何が入っているか知れたものじゃない」

「あたいもお腹が空いてるんで正直食べたいところなんすけど……伴部さんの言うとおり、妖のご飯を食べてその伴侶になっちゃった逸話って結構あるっすからね。それに安易に手を出して『英雄じゃない』って、判定を食らいたくないんすよ」

「おやおや、毎度の事ながら随分と警戒されている事だね? 俺としては常に君達に敬意礼節をもって接している積もりなんだが……流石にこういう時ですら敵意しかない視線を向けられるのは悲しいな。人間というのはこういう怖くて辛い時は人肌を求めるって聞くのだが?」

「そうだな、人肌だったら求めていたかもな」

「いや、それが適用されるのは男女だけっす……あたいは女っすよ? ……あ、そう言えば麓の村で貰って後で食べようと思ってた沢庵を背負い袋に入れてたの忘れてたっす。伴部さん、一緒に食べましょうよ」

「なんでそんなもの背負ってたんですか……しかも、丸々一本」

 伴部さんが呆れながらもあたいが刀で切り分けた沢庵を口にいれ始めると、背中に背負う大重量の錨を無視すれば托鉢僧にも見える出で立ちの赤髪碧童子は、苦笑して肩を竦めつつ男座りのまま目の前に用意した笹の葉でくるんだ握り飯を自分で頬張りつつ面白げに、そして無警戒であたい達を見続けるっす。

 

「「……」」

 一方、あたい達は岩を背にして刀と槍を何時でも持てるように傍らに置いて、沢庵をぽりぽりと食べつつ最大限に警戒するっす。

 ……うん、緊張感が全然ないっすね。それでも五感は総動員して一挙一動を注目するっす。但しその瞳だけは瞳術にかからないために直視はしないっす。出来れば言葉も言霊術への警戒のために聞きたくもないんすけど……流石にそれは周囲の物音を警戒する必要もあるために出来ないんすよね。

 

(……やっぱり、今でもあたいや伴部さんの事を自分を殺しうる英雄だと考えてるんすよね?)

 だからこそ、大妖を二体もけしかけるなんて真似をしてきたと思うんすよね。……だからこそ、あたいはそれすらも自分の糧にしてあなたに勝ちたいと思うんすよ。

 

「何が目的だ? どうしてここに貴様がいる? 何故俺に付きまとう?」

 それは伴部さんの心からの問いかけだったっす。

 

「貴様の目的は以前散々聞かされた。だったらこんな所で俺の相手しているよりもやる事があるだろう? こうしている間だって何処かで才能に満ちた英雄様が生まれているかも知れないぞ?」

 いや、伴部さんって自分が考えるよりも英雄的な素質を持ってるっすよ? 今は弱いだけで諦めない心もどんな困難な状況でも知恵を振り絞る姿も、必死に己を鍛えるところも……全部がこの人が求める英雄の条件に当てはまるんすよ。

 

 ……あたいや伴部さんはこの人の目的を(半ば一方的に)聞かされていたっす。

 この人は時代に取り残された妖っす。かつては莫大な力を持ち妖の軍勢を率いていたその力は間違いなくこの国でも五本の指に入るものだった筈なんすよ。そう、かつては。

 

 時代は移ろい行くものっす。長い時の中でかつてはその名をほしいままにした彼女も、それは過去の栄光へと成り下がってるっす。今でもその力は強大ではあるんすけど……それでもかつてのような力はなくて、軍勢もないし、だからこそ悪名も轟く事はないんす。それどころか妖について記述された記録では自身の力を過信して退魔七士達に追われた間抜けな妖として記されているんす。完全に笑い者なんすよね。

 ……あたいの知ってる昔話ではあたいのご先祖様達を節目節目に守ってくれた心優しい鬼なんて言われてるんすけど、この事を言うと赤髪碧童子は露骨に話題を反らすし、伴部さんは「んなアホな」と言いたそうな顔になるんすよね。

 

 ……話がそれたっすね。笑い者として伝えられている赤髪碧童子っすけど、だからって復讐を仕掛ける事は出来ないんすよね。あたい達人間が千年前に比べて遥かに強くなったからっす。退魔士達が互いに婚姻してその力を増していっただけじゃなくて人間という種族自体が増えて、技術が発展して、さらに妖殺しのノウハウも向上したからなんすよ。

 それに五百年前の『人妖大乱(じんようたいらん)』で都は術式的な要塞みたいな場所になってるんす。大乱後の新街なら兎も角、目標たりうる都の中心部……特に政治の中心部である内裏に侵入するなんて(全盛期なら兎も角)今のこの人には絶対に無理だし、よしんば侵入出来たとしても帝を守護する扶桑国でも最高位の実力を有する高名な退魔士、陰陽師、僧侶に巫女、武士達がいるっすから弱体化してるんじゃ一矢報いれるかどうかもわからないんすよね。

 

 そして、下手に知性があるために長い時を生きて時代の移ろいも見てたからこそ、赤髪碧童子という妖は理解しちゃったんすよね。最早自身が過去の遺物となりつつある事を、そして滅びるべき時を見逃したって事を。

 

 かつて自身と共に都を恐怖の底に落とし、街路に文字通りの死体の山を築き上げた四凶もこの人以外は退魔七士に討たれていって、それ以外の地方で悪名を轟かせた有名で長き時間を生きた妖達も一体また一体と討伐されていって、ましてや国中、いや大陸からすらも妖の軍勢をかき集めて人妖大乱と呼ばれる程に人間達との全面戦争を引き起こした『空亡(くうぼう)』すら時の英傑によって封じられたっす。

 

 もうこの人と同じかそれ以上に古く、強大な妖は少なくともこの扶桑の国ではそう多くはいないっす。妖という存在は未だに人間達にとっては強大な脅威であるはあるんすけど、大昔程じゃないっす。そして百年や二百年なら兎も角、次の千年後には恐らく妖は人間の脅威じゃなくなっているかもしれないっす。だからこそ……

 

「おいおい、前にも教えてやっただろう? 俺があの屋敷に紛れていたのは俺をぶっ殺せる程の英傑を探しての事さ」

 赤髪碧童子は頬杖をして飄々と嘯くっす。そう、この人の願いはとんでもなく迷惑で、自分勝手なものなんすけど……だからこそ純粋な願いなんすよ。

 

 過去の同胞達は英傑達の好敵手として討たれていったっす。そして討った英傑達と共に永遠に歴史に名を残しているっす。

 

 ならば、最早忘れられようとし、過去の物と成り果てようしている自身もまたかつての同胞達のように名を残したい。それが英傑達の輝かしい功績の一部分となっても、時代の流れに取り残されて何時の日か有象無象として『処理』される時代が来る前に、まだ妖が妖として人々から恐怖し、恐れられている内に、英傑に討たれる事で自身の存在を残したい……それがこの人が鬼月家に使用人の一人として潜入していた理由っす。

 なんでも自分を討ち取るに値する者がいるかを探して扶桑の国の北に根を張る鬼月家を調査していたようっす。あたいや伴部さんと会ったのも、あたい達が正体を知ったのもほんの偶然だったんすけどね。

 

「本当に鬼は身勝手だな? 殺されたいだけならば都にでも突撃すれば良いだろうに。よりによって死に舞台に我が儘やケチを付けるとは」

「いやいやだからこそさ。俺は鬼だからね。死ぬにしてもそれに相応しい舞台があるというものさ。流石に記録書に二、三行で記述されるだけの最期なんて物寂しくて味気がないだろう? どうせ死ぬのなら出来るだけ劇的な場面で死にたいっていうのが人の情……いや、鬼の情というべきかな?」

 楽しげにそう嘯いて瞼を閉じ笑みを浮かべる赤髪碧童子。その表情の意味をあたいは知ってるっす。これは相対している稀代の英傑と血を血で洗う死闘を繰り広げ、最期は力及ばずその首を切り落とされる瞬間を想像してるって事を。

 

 だけど……

「やっぱり、あたいは嫌っす」

「!?」

 あたいがそれにワクワクしている赤髪碧童子に悲しそうにそう呟くと、伴部さんはそんなあたいの言葉に物凄く焦ったような顔になるっす。

 うん、まあ理解は出来るんすよね。下手をすれば殺されるかもしれないっすし。

 

 でも……

「あたいは顔見知りが……ううん、あたいにとって越えるべき壁の一人があたいのその後の活躍を見ずに死んじゃうのは、その理不尽に振り回された人間としては『ふざけんな!』って気持ちになるんすよ。その理不尽に振り回された分をあんたを式神として調伏して、あたいがしわくちゃのお婆ちゃんになって死ぬまで一緒にいて……その分の人生……この場合は鬼生っすかね? 全部を英雄譚の相棒として語り継がれる位の事をさせないと、あたいとしては割に合わないんすよ」

 あたいが自分の感じている気持ちを全部真剣な思いで言うと、赤髪碧童子はふっと、微笑みながらあたいの頭をかなり加減してグシャグシャと撫でながらこう言ったっす。

 

「やれやれ、本当に『あいつ』の娘だよなぁ……いや、『彼女の子孫』とも言うべきか? 俺の考えを否定しながらそんな事を言う奴なんて普通はいないぞ……どっかの誰かさんも見習ってほしいよ」

 赤髪碧童子はそう言いながら伴部さんを見て「よよよ」と嘘泣きをするっす。伴部さんはそれをげんなりとした顔で見てると、今度は嘘泣きを止めて「はぁ」と溜め息を吐いたっす。

 

(旭!)

「夕陽、どう……し、たん……?」

 あたいがいきなり話し掛けてきた夕陽に応答をしてると、急に視界がくらりと揺れ出したっす。更に頭痛がして、眠気が強烈になっていくっす。

 

 横を見ると、伴部さんも同じようにふらついてるっす。

 

「おやおや? お疲れかい? ははは、今日は大変だったからな。途中で睡眠の邪魔をしてしまったし、何だったら俺が夜の番をしてやろうかい?」

「まさ、か……!?」

 あたいが赤髪碧童子のその楽しげな表情に何をしたのかを気付くと、あたいの鼻は漸く何かの甘い匂いを捉えたっす。

 

「てめぇ、まさか……吸引式の睡眠薬か何かを……!」

 伴部さんが片膝をつきながらそう言うと、あたいは重い瞼を擦りながら刀を持ち上げようとするっすけど……ダメ、だ……眠気で、力が……

 

「いやはや、意外と粘ったよな。この手、意外と手練れはあっさり引っ掛かるんだよ。ここまで粘るのは驚きだ。あ、そういえば……伴部は個人的に薬師衆(やくししゅう)の知り合いから毒とか貰って耐性つけているんだっけ? 旭の方は……無意識に霊力で防御してたのかな?」

「て…めぇ……何を……」

「何で、伴部さんが……そういう特訓をしてる事を……知って、るんすか……? それに、何で……」

 あたいは眠気に耐えながら、こんなことをする意味を尋ねるっすけど……もう、意識が……

 

「さてさて、そんな事はどうでも良い事だろう? それより無理は良くないな。健康重視の鬼からの忠告だ、身体の欲求には素直になるべきだよ? なぁに、寝ている間に取って食いはしないから安心する事さ」

 赤髪碧童子の言葉にあたいの意識はだんだんと暗闇の中に落ちて行くっす。

 

「御休みなさい、二人とも。良い夢を見れる事を祈っているよ?」

「うる…さ…い…ばけも……いつ…ぶっ…ころ………」

「いつ…か、ぜっ、たい……に……」

 あたい達は捨て台詞も完全には言えずに意識が完全に途絶えたっす……

 

 ────────────────────

 

「せあ!」

「よっと」

「ちいぃぃぃぃ!」

 夕陽は即座に跳ね起きると、旭が意識を落とす前に持っていた刀で目の前の鬼に対して刺突を行う。……が、鬼もそれを読んでいたのかあっさりと受け止めて投げ飛ばすと、夕陽は壁に叩き付けられる寸前で空中に結界を張ってそれを足場に跳躍し、鬼に向けて刀を振るう。

 

「やれやれ……なんで旭を休ませないんだい?」

「そんなもの、お前が信用できないからに決まってるだろう!」

 夕陽は呆れた表情でそう呟く鬼に苛立ち混じりの視線を向けながら連続で刀で斬りかかるが、鬼はそれを右へ左へと巧みに受け流す。

 

「大体……! お前は何故、旭にまで唾をつける!? お前を殺す英雄は伴部だけで充分だろうが! 有り様も、行動もどれもお前が求めるに足る物だ! この上、何故旭にまでその手を伸ばす!?」

「おいおい、旭が聴いたら怒るぜ? 『伴部さんを見捨てるんすか!』ってな」

「私は旭の幸せを願ってるんでなぁぁぁぁぁ!」

 キレ気味にそう言った夕陽は大上段の構えで鬼に斬りかかるが……

 

「隙ありだな」

「しまっ……がは!?」

 その一撃を横に避け、がら空きの腹に手加減に手加減を重ねた拳を叩き込むと夕陽は岩壁に強かに叩き付けられる。

 

「お休み」

「く、そ……」

 夕陽は憎々しげな表情で鬼を見るが、徐々にその表情は柔らかくなり「すー、すー」と寝息をたて始める。

 

「やれやれ、相変わらず実力はまだまだだな。でも、それは悔しがる事じゃない。最初は誰だってそうさ」

 鬼はそう言って旭をゆっくりとお姫様抱っこで抱き上げると、同じく寝ている伴部の側にそっと寝かせる。そこまでの所作は壊れ物を扱うように慎重で、繊細だった。彼女は自分の握力では本気になったら人の体の骨なぞ簡単に壊してしまう事を何千という経験から良く良く理解していた。

 

「そうさ、伴部を気に入ったのはその人格やあり方が俺の好みだったからさ」

 鬼は同じくらい慎重で、繊細な動きで伴部の頬を愛おしそうに撫でる。

 

「旭は……あいつの、鬼の俺を『友人』だなんて呼ぶ女の娘で……俺のやり方に真っ向から異を唱えるなんて真似をしてきたのはこいつが初めてだからさ。何より、俺を『心優しい』なんてほざけるあの女の子孫だからな」

 鬼はすやすやと気持ち良さそうに寝ている旭にニコニコと微笑みながら、そう呟く。

 

「旭……お前や伴部を見て思ったよ。俺を殺す英雄英傑を探すよりも、育てる方がずっと楽しいし、確実だ」

 鬼は想像する。何の才もなく、血統もなく、天運もなき存在……伴部が血反吐を吐きながら高みに上り詰める姿を。伴部が名もなき存在から万人に認められる英傑になるその姿を。そして、その英傑へと上り詰める伴部の最初の英雄譚の相手が自分である情景を。

 同じく想像する。数多の人間達の教えを受け継いだ旭が艱難辛苦を乗り越えながら高みに上り詰める姿を。旭が一部を除いた退魔士達から蔑まれる存在から万人に認められる英傑になるその姿を。そして、その英傑へと上り詰める彼女の最初の英雄譚の相手が自分である情景を。

 

 空想する。名もなき、虐げられていた弱者……伴部が圧倒的強者に食らいつき、食い下がり、絶望の中で力と知恵と勇気を総動員して、細い勝機を掴み取る瞬間を。

 同じく空想する。旭が自分が英雄たり得ないと思っていた者達を束ね、自分達に足りないところを補い合いながら自身に食い下がり、旭がそれらと共に自分に勝利する瞬間を。

 

 妄想する。千年先でも伝えられる壮絶な必死の覚悟で死力を尽くした死闘の末に、弱者であった筈の者の研鑽され、計算された一撃が自身の心の臓を的確に貫く刻を。

 同じく妄想する。千年先でも伝えられる旭と彼女の仲間達の数多の思いと努力によって束ねられた結束の一撃が自身の渾身の一撃を打ち砕き、打ち倒す姿を。

 

 英雄が伴部の場合は、伴部によって自分の骸から首が切り落とされる、大衆の面前で晒される。多くの人々がその瞬間英雄の誕生を目にするだろう。そして稀代の怪物を殺す程の実力者であれば、下人程度の立場に納まる事なぞない。最後は多くの物語がそうであるように高貴な立場の女性と結ばれてめでたしめでたしだ。

 

 英雄が旭の場合は、全力で旭は自分を調伏して式神としての契約を結ぶだろう。そして稀代の怪物を従えた英雄は彼女を慕い、協力する数多の者達や自分と共に凄まじき数の英雄譚を築き上げるだろう。最後は……『家族と共に自身の生涯を振り返りながら死ぬ』だろうか? 

 

 素晴らしい、実に素晴らしい。最高の舞台ではないか? 正に時代を越えて語り継がれるだろう事は間違いない。その素晴らしい物語の礎となれるなぞ、妖冥利に尽きるではないか? 鬼は恍惚の表情を浮かべる。

 

「だけど……」

『本当にそれで良いのだろうか?』と思う自分がいてしまう。人間の寿命は妖に比べれば短く、儚い。伴部が血反吐を吐き、苦しみつつ英雄となって天寿を全うしても尚物足りないだろう、旭が必死の努力と仲間との結束の果てに英雄となって天寿を全うしてしまってもまだ物足りないだろう。

 

「なら、いっそのこと……まぁどっちも食べてくれないんだけどさ」

 足下に残る握り飯の残りを見てぼやく鬼。妖の食べ物を食べた者は妖になるというのは有名な言い伝えだ。ましてや鬼の体液が入っていれば尚更。無論一度や二度では駄目だろうが何十何百と食べさせれば……

 

「それは、許さんぞ……!」

「……寝言で注意するかい」

 気絶した状態でも炎の術を行使して握り飯の残りを焼却する夕陽の根性に鬼は苦笑いをする。

 

「……まあ、良いさ。時間はまだあるんだからね」

 鬼はそう言って二人の寝顔を笑顔で見つめる。そして、二人の耳元にこう囁いた。

 

「だからさ……二人とも、俺を失望させてくれるなよ?」

 ぺろり、と鬼は二人の耳をねぶるように一舐めずつした。それは何処か犬のマーキングにも似ていた……




次回もお楽しみに!
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