始まりは激流をもたらす
早朝。街に朝日が差し始めた頃、毎日の日課である新聞配達をこなす少女が居た。
彼女の名は神楽坂明日菜。今年16歳の花も恥じらう女子高生である。
親のいない彼女は高校生ながら、新聞配達のバイトで学費を支払っている苦学生でもある。
普段通りに仕事を進めていく明日菜。
新聞の入った鞄を抱え、オレンジ色のツインテールを揺らし、走りながら配達を行う。
本人は軽く流しているつもりだが、はたから見るとかなりの猛スピードで駆け抜けている。
他の配達員に比べいつもいち早く配達が終わるのは、彼女の常人離れした身体能力のためだろう。
最後の一つを配達し終えた彼女は朝食を取る為、自分たちが生活している寮へと足をすすめる。
すると寮の途中にある自動販売機の前で、腕を組んで立っている幼馴染の少年の姿があった。
明日菜はその少年に後ろから声をかけた。
「おっす、おはよー」
「ん?ああ、おはよう明日菜」
黒のTシャツに下はジャージというラフな格好で佇む少年。
「あんた今日はやけに早いのね」
「まあね、たまには早起きして散歩でもしてみるかなって思って」
「ふーん」
頭一つ以上身長の違う幼馴染を見上げる明日菜。小さい頃は大して身長は変わらなかったはずだが、いつの間にこんなでかくなったのかとふと思った。
「それより明日菜、少し困ったことになった」
「なにかあったの?」
「説明するより見てもらった方が早いか、これを見てくれ」
そう言うと少年は目の前の自動販売機を指差した。そしてその指先にある物を見て、
明日菜の顔が何とも言えない表情になる。
「…なにこれ」
「俺はこの自販機に500円玉を入れたんだ。そしてペプシを買おうとそのボタンを押した。
そうしたら取り出し口から大量にペプシがなだれ込んできた。まさに激流の如し」
「は、はぁ……」
「僕はね…どうしようかと思ったんだ、明らかに500円の量じゃない。だがこのまま放ってけば、ここを通り過ぎた奴にペプシが持っていかれるだろう。知らないやつに持っていかれるのは気に食わない。かといって全部持って行くのも気がひける。明日菜、俺はどうしたらいい?」
「……知らないわよ」
凄まじくどうでもいいことに明日菜はげんなりとするが、幼馴染のよしみでもう少し付き合ってやることにした。明日菜はガサツなところはあるが、その実面倒見のいい少女である。
「でもあんたはちゃんとお金入れて買ったんでしょ?」
「まあそうなんだけどな。でもほら、500円で買える本数なんて3本程度だろ?明らかに10本以上ある。これを取ったら俺は窃盗犯の仲間入りとなる可能性がある」
「うん、それはわかるわ」
「だからと言って、見ず知らずの奴に持っていかれるのもしこりが残る。
これってトリビアになりませんか?」
少年は何かよくわからないことを言ったが、明日菜はそこに触れないことにした。
「う~ん、気持ちは分からないでもないけど…これ全部飲みたい?」
「いや別に」
二人の間に沈黙が流れる。
「…明日菜」
「なに?」
「お前最近太ったろ」
「ぶん殴るわよ」
突然の話題転換に面食らったが、それよりも出してきた話題に明日菜は怒りを覚えた。
当然である。
「もし違ったのなら言ってくれ。その時は素直に謝るし、罵倒でも拳でも受け入れよう」
「…………」
「…………」
「確かに…ちょっと増えた…かも…」
彼女は嘘を付けないタイプの人間だった。きっとこれからもこの素直すぎる性格で苦労するだろう。そもそも仮に太っていなくとも、少年は失礼な発言をしたことに対して謝罪するべきである。
「やっぱりな、なんでまた増えたんだ?」
「しょ、しょうがないじゃない!うちにネギが来てから木乃香が今まで以上に張り切っちゃって料理が増えてるのよ!」
「なるほどなぁ、木乃香の料理美味いしなぁ。残すのも悪いし全部食べちゃうよな」
「そうなのよ、やんわりと多くない?とは言ってるんだけど、ネギも私たちも育ち盛りだからたくさん食べた方がいいって言って」
「それで体重が増えたと」
明日菜は少し顔を赤くしながら目線を逸らし、そうよと言った。
「なぁ、明日菜。言葉足らずだったが、俺はお前の体重が増えたことを悪く言うつもりはないんだ」
「えっ?」
「前々から思ってたんだが、お前らは少し細すぎる。もう少し肉付きが良くなった方がいいんじゃないかと考えてた」
「つまり?」
「つまりだな、是非とも俺としてはこのまま順調に明日菜には体重を増やしていってもらいたい」
「…なんでよ」
「いや待て、勘違いしないでくれ。別に太れとかデブになれと言っているわけじゃない。ただ俺は明日菜に健康的でいて欲しいんだ。そしてあわよくばそのまま俺好みの体型になってくれたらもう言うことはない」
「なんか今変なこと言わなかった!?」
「気のせいだよ」
「絶対に言った!!最後のが本音でしょ!」
「まぁ落ち着けって」
「誰のせいでこうなってると思てんの!」
「わかった認めよう、つい本音が漏れてしまった。私こそ本音を隠せない男、
「はぁ、もうなんなのよ…」
「もうお前とも長い間幼馴染やらせてもらってるが、昔から顔も性格もタイプだったんだ。
あとは体型までハマったらこれはもう、treasureだよ」
相変わらず自分の幼馴染はどこかおかしい。こうして自分達への好意を隠さず伝えてくるところも昔から変わっていない。そこだけは見習いたい気もしないでもない。
昔から変わっていない。そこだけは見習いたい気もしないでもない。
「はぁ…。はいはい、ありがとね」
「わかってくれたか」
「うん、まあね。あんたが変わり者だってことはよく知ってるし」
「俺自身変わり者とは思ってないけど、そこには目を瞑ってやろう」
「相変わらず自覚ないんだから…とりあえず私は朝ごはん食べに寮に帰るから」
「おう、気をつけて帰れよ」
「はいはーい」
そう言うと明日菜は自分の寮へと走っていった。祐はそれを手を振って見送る。
遠くなった距離で明日菜がこちらに振り返り、手を振って今度こそ走って帰っていった。
明日菜を見送った後、祐はペプシの件を思い出した。
「あ、こいつのこと忘れてた」
こちらもそろそろ帰って学校の支度などしなければならない。早々に決断しなければ。
「祐さん?どうかされたのですか?」
「お、茶々丸じゃないか」
「おはようございます」
後ろから現れたのは絡繰茶々丸。祐の同級生にしてガイノイドタイプのロボットである。
そう、ロボットである。所々球体関節が確認できる体に緑色の長髪、女性としてはかなり長身である。
「おはよう、どうしたんだこんな時間に。なんかあったのか?」
「私は普段からこの時間帯に猫に餌をあげておりますので」
茶々丸はその優しい性格から町で人助けや動物の餌やりなどを行っている。
その姿から今ではすっかり街の人気者となった。ちなみに猫はちゃんと去勢済みである。
「そうか、立派だな茶々丸は。未だに睡眠を貪ってるであろうどこかの誰かとは大違いだ」
「確かにマスターはまだ眠っておられますが、昨日は夜遅くまで研究をしておりましたので致し方ないかと」
「あ~、また夜更かしか。若くないんだからあまり無理しないで欲しいんだけどね」
「あまりご無理をなさらないで欲しいのは、私も同意見です」
「おい、それでは私が年寄りだと言っているように聞こえたが?」
話し込んでいる二人の背後からまた別の人物が声をかける。
「おっと師匠、今日はお早いようで。おはようございます」
「ふん、相変わらず調子のいい。まったく誰に似たんだか」
彼女はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。祐たちが話していた件の人物である。
腰より下まで伸びた金髪に碧眼、小柄な体系のかわいらしい少女だが、茶々丸のマスターにして祐の師匠、そして保護者でもあった人物である。彼女にはまだまだ秘密があるがそれはまた別の機会に紹介することになるだろう。
「何をおっしゃいますか、ここまで大きくなれたのは師匠のおかげですよ」
そう言われるとエヴァはどこで育て方を間違えたか…とひとり呟いた。親の心子知らずである。
「ところで師匠、こちらに500円玉を入れたら何故か大量に出てきたペプシがございまして、これに対しての師匠のご意見をいただきたいのですが」
「なに?…なんだそれは」
自販機を見たエヴァは何とも言えない表情をした。先ほどの明日菜と瓜二つである。
「言葉通りですよ師匠」
「ふむ、ボタンを押したらこの量が出てきたのか?」
「はい、それはもうドバッと」
「茶々丸」
「はいマスター」
名を呼ばれた茶々丸が前へと出てきた。そのまま目から緑色の光線が放たれ自販機を照らしていく。
「分析完了。どうやら中の機材の故障により、正しい量の排出ができなくなっているようです。詳しいことは分かりかねますが、外部から強い衝撃と電撃を浴びた形跡が見受けられます」
「なんとも野蛮なことする奴がいるもんだ」
「電撃というのが少し引っかかるが、まぁいいだろう。機械の故障というのならお前に非があるわけでもあるまい。好きにすればいいさ」
「師匠の後押しがあるなら持ってくしかねぇぜ。師匠もいります?」
言われた後の祐の行動は素早かった。おそらく最初から自分の行動の後押しが欲しかっただけだろう。
「そうだな……たまには飲むのも悪くないだろう。貰うとするよ」
祐はどこからか取り出したエコバッグにペプシを詰めていく。その途中で一本をエヴァに渡した。
「どうぞどうぞ。あっ、茶々丸もいる?これ」
「お気持ちはありがたいのですが、私は…その…少し炭酸飲料が苦手で」
「え?可愛い」
「えっ?」
手の動きを止め、祐が茶々丸の方を見る。当の本人は言われたことに驚いているようだ。
「おい馬鹿弟子。人の従者を口説こうとするな」
「そんなご無体な師匠。固いことをおっしゃらず茶々丸さんを僕にください」
「誰がやるか!間違ってもお前にだけはやらんわ!」
「そこをなんとか!この通りです!」
そう言いながらバッグを置き、エヴァの尻を触る祐。
「どういう通りだ⁉やめんかこの痴漢め!!」
顔を赤くしたエヴァのローキックが祐の右足に炸裂した
「YES!」
そのまま崩れ落ちる祐。蹴られた時のリアクションとしては発言がおかしい気もするがエヴァはスルーした。
「全く油断も隙もない…」
「茶々丸、俺はいつでも歓迎するからね」
右足を抱えて横向きに倒れたまま茶々丸に告げる祐。
「あっ、えっと…私はどうすれば、マスター…」
「ええい!こいつの話を真面目に受け取るな!話半分に聞いておけ!」
「なんとも高い壁だ…でも乗り越える壁は高い方が燃えますよね師匠」
「お前は少し黙っていろ!」
「すみません師匠!」
そう言ってまたエヴァの尻を触る。今度は両手でしっかりと掴んで揉んだ。
「きっ貴様ぁああ‼︎今度はゆるさんぞ!後悔させてやる‼︎」
「これが代償というのなら、受け入れましょう。俺を糧にして最近流行りの暴力系ヒロインとなってください」
「相変わらず訳が分からんなお前は!こんな子になってしまって私は悲しいぞ!」
「マスター、落ち着いて下さい。コーラがこぼれてしまいます」
早朝からなんとも騒がしい光景が広がっていた。
エヴァからの折檻を受けた祐はペプシを持って帰り、冷蔵庫で一旦冷やしてから一式を持って学校へと向かった。
一番好きな章は?
-
序章・始まりの光
-
幽霊と妖怪と幼馴染と
-
たとえ世界が変わっても
-
消された一日
-
悪魔よふたたび
-
眠りの街
-
旧友からの言葉
-
漢の喧嘩
-
生まれた繋がり