重なる偶然
麻帆良学園都市の明かりが消え始めた時間帯。真名は人気のない高台で一人街を眺めていた。そこに足音が響く。少しずつ音の正体が暗闇から姿を現した。
「悪いな、こんな時間に」
「気にするな。寧ろこの時間帯でもなければ、お互い自由に動けんだろう」
やって来た元春はサングラスの位置を直すと、手すりに寄りかかる。
「さて、長話もなんだ。単刀直入に言うと、仕事の依頼がある」
「だろうな。取り敢えず聞こう」
特に驚いた仕草も見せず、慣れた様子で会話を始める。それもその筈、元春からの依頼があったのは一度や二度ではない。
「今回の話なんだが、少々いつもと勝手が違う」
言葉は発さず視線で続きを促す。それを受け取った元春はそのまま再開した。
「便宜上は調査依頼ってことになる。ただその結果次第で、後の対応は臨機応変にってやつだ」
「ああ、大体察したよ」
全て終わってからでなければ断言できないことは多いがこれは分かる。この仕事は面倒な類のものだ。今までの経験から真名は確信していた。
「その気があるなら詳しく説明するが、どうだ?」
聞いてきた元春に真名は静かに笑う。それを見てこの聞き方は意味がなかったなと思った。
「知ってるだろ土御門、どんな仕事だろうと私が受けるかどうかは一つの物で決まる」
「これ次第だ」
親指と人差し指で丸を作って見せる真名。文字通り現金な奴だとは思うが、だからこそ龍宮真名は仕事人として信用に足る。こうして何度も依頼をしているのがその証拠だ。
「ああ、そうだったな」
日曜日。昨日からエヴァの家に泊まっていた祐は、その帰り道で商店街に寄っていた。理由は単に日用品の買い出しである。
(なんかいつもより人が多いな)
元から栄えている商店街だが、今日は特に賑やかだと感じる。薬局で目的のものを買うと、レジで店員から赤い紙を差し出された。
「二千円以上お買い上げのお客様にお渡ししているので、宜しければどうぞ」
その紙を見てみると福引券と書かれている。盛況の理由はこれかと思いながら受け取った。
「ありがたく頂戴致します。これって何が当たるんですかね?」
「確か一等は旅行券だったと思います。どこだったかは忘れちゃいましたけど」
「なるほど。ではその一等は僕が頂くことになるでしょう」
「え?」
もらった福引券を手に福引会場へと向かう祐。目的地が近づくにつれて人の数も増えているようだ。見えた会場には大きな幕が飾られており、その横には景品も大きく記載されていた。
(一等は温泉旅行か。場所は群馬県…時期と所によっては雪見露天風呂が期待できる…最高かな?)
大自然をこよなく愛する祐にとって雪もその対象であった。またこの地域には雪が積もるといったことはまず起こらないので、それが雪を特別なものにしていた。すっかりその気になっている祐は回転抽選機の列に並ぶ。幸いなことにまだ一等は出ていないらしい。無意識に力が入って腕を組むその姿は、周囲から見れば人相も相まって恐ろしいものなのだが本人は気が付いていない。
「は~い、次の方どうぞ」
「どうも、一等を取りに来ました」
「が、頑張ってください…」
遂に自分の順番がやってきた。それこそ力を使用すればどうとでもなるが、運任せの福引にこの力を使うなどと無粋な真似はしない。福引券を渡し、深呼吸をしてからハンドルを掴む。祐一人だけ纏っている雰囲気があまりに違う為、周囲は困惑していた。機材を壊さぬよう、あくまで優しく抽選機を回す。少しして抽選玉が放出された。玉の色は金色である。それが意味するものは
「あ、一等だ」
見ていた誰かが呟くと、それを合図に鐘の音が鳴り響いた。祐は膝から崩れ落ちる。
「お、おい君!大丈夫か!?」
「良い事が起きると、これは夢なんじゃないかといつも思うんです…まぁ、俺寝ないから夢見ませんけど…あ、今の笑うところですよ」
「本当に大丈夫か!?」
後から肩を支えてくれた男性に訳の分からないことを言う。男性は本気で心配になった。逢襍佗祐、見事温泉旅行獲得である。
あれから景品を受け取った祐は、このチケットが盗まれはしないかと周囲を警戒しながら歩いていた。悲しいかな誰の目にも祐が一番の不審者として映っている。危険かもしれないと思いつつ逸る気持ちを抑えられなかったので、目に留まったカフェテラスに入ると飲み物を注文して温泉旅行の情報を詳しく調べ始めた。
「ん?これ二名様分か」
当たった衝撃でほとんど何も見ていなかった結果今知ったが、景品は二泊三日の温泉旅行ペアチケットであった。こうなると相手を選ばなければならない。
(どうすっかなぁ…誰を連れてっても角が立ちそうな気がするし。あと一人ってのがネックだな)
二人きりになるということで必然的に対象者は絞られる形にはなっても、その中でさえ一人を選ぶとなると容易なことではない。平和的解決を望むならば秘密裏に一人で行くのが無難かと考えていると、突然向かいの席に誰かが座った。
「やぁ、逢襍佗。奇遇だな」
声の主は真名であり、祐は内心驚きながらも表情は崩さず何かを言うより先にチケットを懐へ隠した。これぞ正に目にも留まらぬ早業である。
「こんにちは龍宮さん。龍宮さんも商店街に来るんだね」
「おいおい、私をなんだと思ってる。私だって買い物だったり娯楽だったりは嗜むぞ」
「そりゃそうか、失礼しました」
正直言って彼女にそのイメージが湧くかと聞かれれば答えは否だ。しかしそれを言う必要は何処にもないだろう。このまま話でもしようかと思っていた矢先、真名が口を開いた。
「遅ればせながら一等当選おめでとう」
「……何が狙いですか」
どうやらあの現場をしっかりと目撃されていたようだ。祐の警戒をこめた視線が真名に向けられる。自分の餌を守ろうとする子犬の威嚇のようなそれに真名は笑って肩をすくめた。
「そう怯えるな、私は単純に祝っただけだ」
「身体で払いますから」
「人の話を聞け」
相変わらずの祐にため息をつく。傍から見ている分には面白いが、いざ自分が話すと疲れる相手だ。取り留めのない会話で油断させ、こちらが隙を見せたら突こうとするからこの男は質が悪い。それ相応の気合を入れておかなければペースを掴まれる。
「旅行先は群馬だそうだが、詳しくは何処なんだ?」
「どうして教える必要があるんですか?」
「逢襍佗、私だって女だ。そう冷たくされると傷つくぞ」
「それが本当ならば可愛く『優しくしてください』と言ってみろ!」
「馬鹿かお前は」
早々に乱されそうになるのを冷静に対処する。これも祐の作戦の内なのかは分からない。
「朝倉さんなら言ってくれたろうに…」
「それが本当なら、あいつも大概乗せられやすいようだな」
「恐らく僕の巧みな話術によるものでしょう」
「確かに巧みな話術だ、現に私は臍で茶が湧いた」
「こいつ!バカにしやがって!」
そこで店員が祐の注文した飲み物を持ってくる。愛想のいい笑顔で受け取る祐の切り替えの早さに呆れた。
「なんだその飲み物は?」
「激甘黒蜜抹茶ラテだって。気になったから注文してみました」
視覚的にもその甘さを訴えてくる激甘黒蜜抹茶ラテは、人によっては見るだけで胸やけを起こしそうな物だった。早速祐が口にする。
「おっ、これは…いかん…」
「その名に恥じぬ実力のようだな」
想像以上の甘さに祐は分かりやすい反応をした。しかしそれは真名の好奇心を刺激したようだ。
「私も頼むか」
「大丈夫?思った以上にこいつヘヴィでっせ」
「偶には挑戦するのも悪くない」
手を上げて店員に同じものを注文する真名。余談だが彼女を見た女性店員の顔は仄かに赤かった。むかついたので真名に対する逢襍佗ポイント-1だ。因みにこのポイントが増減したところでなんの意味もない。
「それで話を戻すが、場所は?」
「めっちゃ聞いてくるじゃんこの人…まぁ俺も知らないからこれから調べるとこっす」
景品のチケットを確認しながらスマートフォンで対象の旅館を検索する。どうやら街中ではないようだ。
「近くにスキー場があるし、結構山の方っぽいな」
「どれ、ちょっと見せてもらおう」
怪しさしか感じないが素直にスマートフォンを渡す。画面に映る地図を見て真名が口角を上げた。嫌な予感しかしない。
「逢襍佗、途轍もない偶然なんだが…私はこの付近に近々行かなければならない用事がある」
「そうなんだ、凄い偶然だね!頑張ってね!じゃあね!」
席を立とうとした祐の腕を掴んだかと思うと流れるように下へ移動し、指を絡めて掌が重なるように繋いだ。
「そう急ぐなよ。休日なんだ、ゆっくりしようじゃないか」
その様子は周囲の視線を集めだす。元々目立つ外見の者同士、二人が目の惹く行動をすればこうなるのも当然だ。
「ハニートラップじゃねぇか…」
「人聞きが悪いな。それに、注文した物を残していくのは良くないぞ?」
テーブルに鎮座する激甘黒蜜抹茶ラテに視線を移す。真名の言うことは正しい。食べ物等を粗末にするのは祐の主義に反する行為なので椅子に座り直した。それを確認して真名の手がそっと離れる。
「はぁ…その用事ってのは?」
「残念ながら詳しいことをここでは話せない。人が多すぎるからな」
「視線集めといてよく言うよ」
「お前を留めておく為だ、背に腹は代えられない」
「然様でござんすか…」
薄々勘付いてはいたが彼女は口も随分と達者なようだ。周囲を色々と煙に巻いていそうである。しかしその点は自分も人のことを言えないので触れはしない。
「ここは世間話でもして、私の注文品を待とう」
「いいけど、龍宮さんって世間話が好きなようには見えないな」
「基本はな、だが相手にもよる。お得意の巧みな話術とやらで楽しませてくれ」
祐はため息をつくと少し身を乗り出した。
「いいかい龍宮さん、楽しい会話っていうのは片方だけじゃ駄目なんだ。互いに協力して作り上げていく共同作業と言ってもいい」
「勉強になるな」
「はいリアクションが小さい!喝だ!」
「なんだそれは…」
そうして注文の品がくるまで話をする二人。時折首を傾げたくなる部分はあったが、それなりに楽しめたとは真名の感想だ。その後新たにテーブルに置かれた激甘黒蜜抹茶ラテを真名が飲む。
「うっ、これは…」
「だから言ったじゃないの」
あれから例のラテを飲み干した二人は女子寮へと向かう途中にある広場に来ていた。ここは普段から人通りのない場所である。歩いている最中は二人とも腹部を摩っていたが、現在は大分落ち着いたようだ。
「さて、ここら辺でいいだろう。盗み聞きをしている奴もいないようだしな」
「確かに周りには誰もいないね」
祐も真名も周囲に人がいないことを感覚で理解していた。振り向いて真名と祐が向かい合う。
「用事というのは他でもない、仕事の依頼を受けた。その場所があの付近だったんだ」
「それ以上は教えてくれない感じだよね?」
「クライアントに対する私の立場もある。口の軽さは信用に直結するから、こればかりはな」
祐は腕を組んで黙って聞く態勢を取った。取り敢えずは聞いてからだ、指摘は後からすればいい。
「商店街でお前を見つけたのも、旅館の場所と目的地がそれ程離れていなかったのも本当に偶然だ。こうまで偶然が続くと少々気味悪いとは思うよ」
嘘を見抜くことには自信がある。そしてどうやら真名の言葉に偽りはないようだ。
「お前はそのペアチケットをどうしようかと悩んでいたが、様々なことを加味して誰も誘わず一人で行こうと考えていた。違うか?」
「仰る通り」
そこまで予想を立てていたとは大したものだ。日常生活での思考パターンは大体把握されてるのかもしれない。それ程深い付き合いでもないというのに恐ろしい話である。
「では本題だ。お前も予想は付いているだろうが、その券を私に一枚譲ってほしい」
「いやぁ、でも…バレて友達に噂とかされると恥ずかしいし…」
「くだらんことを言うな」
話の腰を折る祐に冷めた視線を向けた。どうでもいいが祐のネタは所々古い。
「先程も言ったが私の口は堅い。誰にもこの話は漏れないと約束しよう。それこそお前の方がヘマをしなければだが…」
「龍宮さんてよく失礼だって言われない?」
「有事の際のお前にはそれなりに一目置いているが、それ以外のお前はどうにも抜けているというのが私の正直な感想だ」
「否定したいのに出来ないって辛いよね」
「素直に認めるところは美徳かもな」
実際真名の口の堅さは信じていいだろうとは思う。彼女はこの若さで数々の修羅場を潜り抜けてきたれっきとした仕事人だ。寧ろ自分よりこの手のことは得意だろう。
「これは教えてほしいんだけど、このチケットを欲しがる本当の理由は?近くにあるとは言っても他に方法は幾らでもあるだろうし、温泉に行きたいからってわけでもないんでしょ?」
一番引っ掛かりを感じた部分はこれだ。はっきり言って真名とは二人で旅行をするような気心の知れた関係ではないことなど百も承知である。そんな相手に真名がこうして頼むのは目的地が近いからだけではない、何か本当の理由があると思えて仕方がなかった。
「簡単な話だ。それがあれば宿代がタダになる」
「…えっ、それが理由?」
想像以上に単純且つしょうもない理由に祐は聞き返す。対して真名は至って真剣だ。
「何を言う。無料で泊まれる選択肢があるんだぞ、選ばない手はないだろう」
「貴女意外とケチ…倹約家なんすね」
「一円を笑うものは一円に泣く。あと最初に聞こえた単語に関しては言い直したのに免じて許そう」
「ありがとうお姉さん」
「次私の方が年上のような物言いをしてみろ、その眉間をぶち抜くぞ」
「すみません…」
けちと言われるより年上と言われる方が我慢ならないようだ。人それぞれなのは前提として、真名の起爆スイッチが何処なのかいまいち判断できない。取り敢えず年齢関係はNGとしておく。
「それで、どうだ逢襍佗?お前はその景品を無駄にせず済み、私は無料で宿を得られる。どちらにも損はないはずだ」
「まぁ、確かに損はないですけど」
「寧ろお前にとっては得かもしれんぞ?宿にいる間は二泊三日で私と二人きりだ」
「フッ。あっ、やばい鼻で笑っちゃった…」
「知らなかったよ、お前は私の神経を逆撫でするのが上手いんだな」
笑顔で懐に手を入れる真名。いったいそこから何を取り出すつもりなのかを考える前に祐は両手を上げる。真名はその何かを掴むことなく腕を下ろした。一命は取り留めたようである。
「はぁ…分かりました、これどうぞ。このままいけば使わずに無駄にしてたってのはその通りだからね」
祐はチケットの一枚を取り出すと差し出した。先程とは違い、満足そうな笑顔で真名は受けとる。
「素晴らしい判断だ、協力感謝するよ逢襍佗」
「喜んでいただけたのなら何よりです」
改めてチケットを確認する真名。そこには有効期限なども記載されていた。
「期限は12月末までか、悪くない。少しだけ時間をもらうぞ、クライアントと話を詰めて詳しい予定を決める。11月中になるのは間違いないだろうが、お前の方は何か希望はあるか?」
「雪が見たいんで下旬がいいです」
受けた依頼は今すぐ動いてほしいといったものではなかった。準備に費やす時間はそれなりにある。肩の力が抜ける理由だが、券の所有者が言うのだから取り入れるべきなのだろう。
「…まぁ、この景品はお前のものだ。融通を利かせてもらえるよう取り合ってみる」
「多くは望みません。僕を白銀の世界に連れて行ってください」
「積もっていればいいな」
真面目に対応するのに疲れたのか、真名は投げやりである。
「そもそも11月の終わりにスキー・スノーボード教室とやらがあった筈だろう。そこで見れるじゃないか」
「綺麗な景色は何回見たっていいもんですから。何より雪の降っている中で露天風呂とか最高でしょ」
能天気な解答に真名は呆れながら小さく頷いた。
「ではまた何か決まり次第私から連絡する。言っておくが周りにバレるなよ?」
「本当に隠しておかなきゃならないことは大丈夫ですよ。そこに関してはお任せを」
「ああ…そういえばお前は謎ばかりだったな」
どこか深みを持たせた言い方をして真名は女子寮へと向かっていった。その背中を見送っていると、途中でこちらに振り返る。
「ではまた。温泉旅行、今から楽しみにさせてもらうよ」
「同じくです」
一度笑うと真名はそのまま帰っていく。腕を組んで一息ついた後、祐も自宅へと帰るために歩き出した。
(あっ、二泊三日ってことは一日学校休まないといけないじゃん…。まぁ、なんとかなるか)
寮に戻った真名が部屋のドアを開けると、リビングで刹那が夕凪の手入れをしていた。
「戻ったか」
「ああ」
お互い一言だけ交わして会話は終わる。知らない者が見れば険悪そうに見えるかもしれないが、双方口数が多い方ではないのでこれはいつものことだ。しかし真名の横顔を見た刹那はなんとなく会話を続けた。
「少し帰りが遅かったな。何かあったのか?」
「ちょっとな、今後のことで話し合っていた」
「今後のこと?」
刹那が聞き返すと、真名は冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出して振り返る。
「近い内に取り掛からなければならない仕事が入った。それに関することだ」
「なるほど」
刹那と真名は組んで仕事に取り掛かることもあれば、それぞれ単独で動くことも多い。相手の生活にあまり干渉しないことは共同生活を円滑に行う上で必要なことだと知っている。理由が仕事となればこれ以上は探索しない方がいいだろう。納得した様子の刹那を見て、真名は冷やしておいた水を一口飲んで壁に寄り掛かった。
「そうそう、この仕事は一日で終わるようなものではなくてな。少なくとも二日は掛かる」
「学園は休むのか?」
「そうなるな。詳しい日程はまだ決まっていないが、行くのは11月後半になるだろう」
仕事が長引くものならばそれも仕方がない。生真面目な性格の刹那だがそこに対する理解はあった。
「さて、私は大浴場に行くが…お前はどうする?」
「もうすぐ手入れも終わる。そうしたら私も行こう」
「了解」
それから少しして夕凪の手入れを終えた刹那が立ち上がると、真名が入浴に必要な物一式を持ってソファに座っていた。
「待っていたのか?」
「偶にはな。それ、終わったのならお前も準備しろ」
普段通り一人で早々に向かっているかと思えば、珍しいこともあるものだ。少々不思議に思いながら刹那も準備を始めた。
大浴場を目指して寮の廊下を歩く二人。お互い視線は少し先に向けたまま真名が呟くように言う。
「そう言えば、最近逢襍佗はどうだ?」
「…何故私に聞く」
僅かに不機嫌な顔をする刹那。普段から祐関連でいじり過ぎたかと真名は軽く笑った。
「お前や神楽坂達は周りよりあいつを見ているし、接する機会も多いだろう」
「それは、そうだが…」
確かに他のクラスメイトに比べて祐を監視しているし接する機会も多い。そう言われると妙に否定したい気分になるが本当のことなので認めるしかなかった。
「それと聞いた理由だが、単純に近頃の逢襍佗の動きが気になっただけだ。詳しくは知らんが麻帆良祭も途中で抜け、この前の留学生もどうやらあいつが絡んでいるようじゃないか」
「真名はララさんのことを学園から何か聞いているのか?」
「遥か遠くのお姫様ということぐらいはな」
「ほぼ全てではないか…」
ぼかした言い方だが、これはララが宇宙人であり王女でもあると知っている態度だ。ここを押さえていればララに関しては充分だろう。
「ララさんに関しては私もそれくらいしか知らない。逢襍佗さんの幼馴染の方が、偶然彼女と出会ったのをきっかけに付き合いが始まったとのことだ」
「なるほどな。それとやはりお前はララさんと呼ぶのか」
「そ、それは本人からお願いされたんだ!断るのも悪いだろう!」
恥ずかしそうに言う刹那の反応は予想通りのものだ。こうなるとどうしても真名は揶揄いたくなってしまう。
「お姫様は名前呼びなのに逢襍佗は苗字呼びとは。案外あいつは気にしていたりしてな」
「何故そうなる⁉︎」
「長い付き合いではないが、あいつとの方が関係性はそれなりにあるだろ?」
「逢襍佗さんからは特に何も言われていないし、彼だって私を苗字で呼んでいるぞ!」
「つまりお前は名前で呼ばれたいと」
「そんなことは言っていない!」
その後も刹那のいい反応を楽しみながら真名は歩いていく。今回の仕事、厄介なものとなる可能性は高いが報酬はそれに見合ったものを受け取れる予定だ。またそれとは別に、この一件を通して謎多き同級生の何かを知れるかもしれない。そちらも大きな収穫になりそうだと、真名は密かに期待していた。
人の気配もない暗く冷たい廊下には、至る所に損傷と乾いた血がついていた。争いの跡だと連想できるそれを本来照らす筈の照明も粉々に砕け散っている。そんな廊下をまっすぐに進むと、突き当たりに大きな一室があった。扉は吹き飛ばされ、瓦礫が散乱している室内の中央に巨大なカプセルが立っている。数えきれない程のコードが繋がれたカプセルは薄い緑色の液体で満たされ、微かに光を発していた。
そのカプセルの液体に浮かぶのはまるで眠っているかのように目を閉じている女性。それを少し離れた場所で見つめている者がいた。影が掛かりその全貌を確認することはできない。しかしそのシルエットは人型ではあっても、到底人間とはかけ離れた存在だった。