Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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測り難きは人心

11月を迎え、秋の終わりと冬の訪れを感じ始める季節となった。季節の中で最も冬が好きな祐にとって、これからの季節は好ましいものだ。真夏と比べて透き通った空気と澄んだ空を体感する為、こうしてすっかり寒くなった早朝の道を特に当てもなく歩いている。

 

「逢襍佗さん?」

 

落ち葉で溢れる並木道を進んでいる途中で後ろから声がする。振り返ってみれば竹刀袋を肩に掛けた刹那がこちらを見ていた。丁度別の通路からこの並木道に出てきたところのようだ。

 

「お、桜咲さんじゃないっすか。おはようございます」

 

「おはようございます。どうされたんですか?こんな時間に」

 

「早起きしたんで散歩ですよ。寒い季節の日が昇り始めた早朝って、なんか好きなんですよね」

 

「なるほど、なんとなく分かる気がします」

 

祐の言ったことに刹那は少し笑顔を浮かべて同意した。抽象的な言い方だったが、祐の言わんとしていることは刹那に伝わったようだ。

 

「桜咲さんは…朝練ってわけじゃないよね?まだ早すぎるし」

 

時間としてはもう間もなく5時となる。ジョギングをしている人を数名見かけるくらいで、まだ夜が明けきっていない街は活動していない。

 

「私も早々に目が覚めてしまって。横になっているのもなんですから、こうして出歩いた次第です。服に関しては…私は出歩く用のものをこれくらいしか所持していないので」

 

ジャージ姿の祐と違い、刹那は既に制服を着用していた。その理由を少々恥ずかしそうに説明すると、それを見た祐は表情を暗くした。

 

「申し訳ございません…配慮が足りませんでした…」

 

この雰囲気と言葉からしてどうやら祐は勘違いをしているようだ。目に見えて落ち込む姿を見ては訂正せざるを得ない。

 

「あの、逢襍佗さん…一応言っておきますが、私は金銭的な理由で衣類を所持していないわけではありませんのでそう気を落とさないでください」

 

「となると…その理由は聞いても?」

 

「……単純に関心がないだけです」

 

「あっ…」

 

なんとも言えない空気が二人の間に流れる。刹那が金銭的に苦労をしていたわけではないのはいいが、この場の雰囲気は以前好転していなかった。

 

「ま、まぁ俺も服とかに興味があるわけでも知識があるわけでもないですし…人それぞれですよね!」

 

「そ、そうですね…そう言っていただけると」

 

「でもそれしかないってのは流石にどうなんですかね…?」

 

「放っておいてください!」

 

せっかくこの話題が終わりそうだったにも拘らず祐が余計なことを言った。相変わらず治めたいのか乱したいのかよく分からない。

 

「せっかくだから木乃香とかに聞いてみたらどうです?少なくとも俺達より詳しいでしょうし」

 

「いえ、こんなことでお嬢様のお手を煩わせるわけには…」

 

「木乃香も一緒に出掛けるなら、制服よりも普段着とかの方がいいと思うんじゃないですかね」

 

「うっ…」

 

「服を選んでください的な感じで誘ったら喜んでくれますよ」

 

「ぐっ!」

 

こう言われてしまっては刹那は揺らぐ。自分が出掛ける用の服を着るくらいで木乃香が喜んでくれるならばいくらでも着よう。彼女の幸せは自分にとっての最優先事項である。自分のような者が休日に誘うのは烏滸がましくそれでいて勇気がいることだとは思うが、それも喜んでくれると言うのなら勇気を出すべきだ。

 

「ほ、本当にお嬢様は…喜んでくださるでしょうか…?」

 

「そんなの当たり前ですよ、木乃香は桜咲さんのこと凄く大切に思ってるんですから。100%喜ぶに決まってます、断言してもいいです。いや、断言させてください!断言していいと言ってくれ!」

 

「知りませんよ!したいならすればいいじゃないですか!」

 

妙な部分で熱くなる祐に刹那はご尤もなことを言う。本日も平常運転な彼は気付けば腕時計を確認していた。

 

「さて、宴もたけなわではございますが俺はそろそろ家に戻りますね。桜咲さんも道中お気を付けて」

 

「え、ええ。ありがとうございます」

 

軽く挨拶をして祐は歩き出す。その背中を暫く見つめ、緊張しながらも刹那は声を出した。

 

「あの、逢襍佗さん」

 

「はい?」

 

「上手く出来る自信はありませんが…お嬢様のこと、誘ってみます。ご迷惑でないのなら、明日菜さんも」

 

それを聞いた祐はまるで自分のことのように嬉しそうに笑った。その優しい表情は刹那を安心させたが、刹那本人はそれに気が付いていない。

 

「絶対喜びますよ、二人とも。断言します」

 

今度は初めから言い切って背を向けた。祐の離れていく姿を見ていると一つの言葉が頭に浮かぶ。それを口に出そうとするが先程のようにはいかず、喉に詰まって発することができない。理由は分かっている、勇気が出ないのだ。両手を組んで親指を忙しなく動かしてみても心は落ち着かず、その間に祐は遠く離れていってしまった。今からではかなり大きな声でなければ届きはしないだろう。只でさえ口にするのが難しいというのに、それを更に大声でなどできるはずがなかった。刹那は落ち着いてきた胸の鼓動を実感し、大きなため息をつく。

 

「情けない…何をここまで緊張しているのだ、私は…」

 

『逢襍佗さんもよろしければご一緒にどうですか?』

 

たったそれだけの言葉なのに、刹那には言える気がまったくしなかった。

 

 

 

 

 

 

それから数時間後の麻帆良学園。次の授業の間の時間に刹那はもう何度目か分からない深呼吸をした。本当は朝の挨拶と共に誘うつもりだった。しかしいつものように話をしていると中々切り出すことができず、結局ここまで見送ってしまっていたのだ。このままではいけないと頭を振り、この時間に決めるぞと気合を入れ直す。そんな刹那を隣の席の円は困惑しながら見ていた。声を掛けていいものか悩んだが、放っておくわけにもいかない。こちらも勇気を出して話し掛けることに決めた。

 

「えっと、桜咲さん?」

 

「はいっ!?」

 

「ひゃっ!?」

 

円の声に驚いたのか、腰を抜かしたのではと思うほどの反応を刹那がした。見ていた円も同じようなリアクションになる。

 

「お、脅かさないでよ…」

 

「す、すみません!少し呆けていたもので…」

 

お互い冷静さを取り戻したようなので、円は一息ついて話を戻す。

 

「まぁいいけど…それで、どうかしたの?朝からずっとそんな感じだけど」

 

「いえ、別段何があると言うわけでは…」

 

「今のリアクションでそれは無理があるでしょ」

 

円の冷静な指摘に何も言えない刹那。円は分かり易く、そして素直過ぎるクラスメイトが少し心配になった。

 

「言いにくいことだったら無理に聞かないから、もしそうだったらごめんね?」

 

気を利かせてくれた円に警戒心が薄れる。純粋に心配してくれたのだろう。思えば彼女はノリはいいがA組の中でも比較的常識人で、周りに細かい気遣いをしてくれる人物であるという印象だ。こうして声を掛けてくれた厚意に甘え、刹那は事情を話すことにした。周りに聞こえないよう口に手を添えると、察した円が耳を寄せる。

 

「えっと、実は…」

 

「ん、なになに?」

 

小声で何故こうなっているのかを円に説明する。刹那が説明を終えると、円は顔を両手で隠しながら肩を震わせていた。

 

「く、釘宮さん?」

 

「ご、ごめん桜咲さん…少し待って…」

 

深呼吸を繰り返し、なんとか元通りになる円。こうなった理由は単純、刹那の落ち着かなかった理由がなんともいじらしくにやけるのを抑えられなかったのだ。しかし笑っているのを見せてしまえば刹那が更に恥ずかしがってしまうだろうと隠し通した。見事な行動である。

 

「オッケー、理由は分かったわ。あとはどうするかだけど、こればっかりは桜咲さんが勇気を出すしかないわね」

 

「はい、仰る通りです…」

 

縮こまって小さくなる刹那に苦笑いをして、円は優しくその背中を摩った。

 

「緊張するかもしれないけどさ、大丈夫だって。あの木乃香だよ?桜咲さんが誘ったら絶対喜ぶって、きっと明日菜もね」

 

「釘宮さん…」

 

ニッと笑うと今度は円が刹那の耳元で小さく話し始めた。

 

「ここだけの話、木乃香は勿論のこと明日菜もあれでいて結構寂しがり屋なとこあるの。だから友達とかに遊びに誘われると、内心かなり喜んでるっていう可愛いとこあるんだ」

 

「そ、そうなのですか?」

 

なんというか秘密の話を聞いている気がしていいのだろうかと思いつつ、耳が離せない刹那だった。

 

「うん、だからきっと大丈夫。ほら、自信もって!」

 

円に軽く肩を叩かれると、気のせいかもしれないが不思議と勇気が湧いてくるような気がした。チアリーディング部に所属しているからだろうか、人を勇気づける・応援するのに慣れているように思える。ここまで励ましをもらったのだ、拳を強く握ると刹那は椅子から立ち上がった。

 

「ありがとうございます釘宮さん。今ならいけそうな気がします」

 

「その意気だよ桜咲さん!ファイト!」

 

円は両手を握って気合を入れるような仕草を見せた。頷いた刹那は真剣な眼差しで木乃香と明日菜の席に向かう。ただ買い物に誘うだけと言えばまったくもってその通りなのだが、刹那にとっては一大決心なのだ。席に近づくと会話をしていた二人の視線が刹那に向いた。

 

「あれ、せっちゃん?」

 

「どうかしたの?」

 

いえ、なんでもありませんと言って自分の席に戻りたい気持ちに襲われる。だが応援してくれた人がいるのだ、その想いに応える為にもここで引く訳にはいかない。深呼吸をして二人を見つめ返した。その二人は刹那の様子に心底戸惑っている。無理もない。

 

「お嬢様、明日菜さん。不躾ながら私からお二人にお願いがあります」

 

「う、うん…」

 

「恥ずかしながら私は、所謂普段着というものを所持していません」

 

「えっ、そうだったの?」

 

言われてみると確かに刹那は休日も制服姿だった。明日菜と木乃香は何か刹那にこだわりがあるのだろうかとは思っても、深くは考えていなかったのだ。何やら緊張感漂う刹那に周囲の視線も集まり始めたが、本人がそれに気付いていないのは幸いか。真名は窓から空を見つめて笑いを堪えていた。しかし全身が震えている。

 

「そしてご存じかもしれませんが、私はそう言ったものに浅学非才です」

 

「そ、そこまで謙遜せんでも…」

 

(せんがくひさい?)

 

「ですからもしお二人がご迷惑でなければ私と、私と…」

 

そこで言い淀む刹那。木乃香と明日菜だけでなく、周囲も息を殺して刹那を見守っている。円はより身体に力を込めており、裕奈とまき絵に至ってはなんの場面なのか一切理解していないが声を出さす小さな動きで刹那にエールを送っていた。それに周囲も参加し始める。千雨は頬杖をつき冷めた目で遠くを見ていた。

 

「私と一緒に!お、お買い物に行って…私の普段着を選んでいただけませんか!」

 

決して気の利いた言葉ではなかった。だがそんなことは関係ない。これ程までに感情のこもった願いがあっただろうか、いや無い。その真っ直ぐ過ぎる願いは、一直線に聞く者の心に届いた。

 

「せっちゃ~ん!」

 

「お、お嬢様!?」

 

感極まった木乃香が満面の笑みで刹那に抱きついた。狼狽えながら木乃香を支える。

 

「や~っとせっちゃんから誘ってくれた!ウチすっごく嬉しい!」

 

思いの丈をぶつけるように強く刹那を抱きしめる。そんな二人を見て困ったように笑いながら明日菜も立ち上がった。

 

「真剣な顔してたから何事かと思ったけど、そんなことならお安い御用よ。とは言っても私も服のことなんて分からないけど…」

 

「明日菜さん…」

 

「言っとくけど、私だって刹那さんから遊びに誘ってくれるの待ってたんだからね?誘ってくれてありがとう、刹那さん。今から凄く楽しみ!」

 

「明日菜さん!こちらこそありがとうございます!」

 

「おわっと!」

 

今度は刹那が感極まって、木乃香を左腕で抱きしめながら右腕で明日菜を抱きしめた。周囲の目もあるので非常に恥ずかしいのだが、振りほどくことなどできないので甘んじて明日菜は受け入れる。すると周囲からまばらに拍手の音がした。その音は少しずつ勢いを増し、やがて万雷の喝采へと変化する。

 

「素敵だよ三人とも!素敵過ぎてしまった!」

 

「なんて、なんて穢れのない願いなの…」

 

「it's so beautiful…it's so beautiful…」

 

「本来ならば私は騒がしいことを咎めなければならない立場です…ですが!この光景を誰が邪魔できると言うのでしょう!讃えましょう皆さん!美しき友情を!」

 

「ブラボー!!」

 

「最高だ~!一年A組~!」

 

いつもであれば騒ぎを治めようとするあやかなのだが、この空気に当てられたのか涙を流して拍手に参加している。茶々丸が謎のバズーカを担いで窓から空に向けて発射した。祝砲ということなのだろうか。エヴァはその行動に頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

一方その頃B組。そこには手足を縛られた上で、段ボールで作られた三角形の棒を並べた台に正座をさせられている正吉がいた。

 

「アー‼︎」

 

「耐えろ梅原!これは厳正な審査の結果だ!」

 

「ただのじゃんけんだろ!」

 

「参加して負けたのは誰だ!」

 

「…無念!」

 

この意味不明な状況を説明するとこうだ。

 

今月の終わりに迫ったスキー・スノーボード教室に際して大雪を望んだB組男子(主に祐)。場所的に11月下旬では雪が積もっているかどうか怪しい為、そのことを憂いていた。そしてその時誰かが口にした、生贄を差し出そうと。あれよあれよという間に段ボールで江戸時代の拷問器具を作り出し、勝ち抜け方式のじゃんけんで負け越した正吉が生贄となった。説明しても意味不明である。

 

「重り投入します」

 

「アー‼︎」

 

ロッカーから取り出した国語辞典を正吉の膝の上に乗せる祐。重量はあると言ってもそれ程ではあるが、下にある三角棒のせいでその威力は馬鹿にできない。

 

「すまない正吉…だがこれも楽しい思い出の為なんだ…」

 

「俺達の人柱となれ」

 

「この外道め!人の心はないのか!」

 

「追加!」

 

「アー‼︎」

 

周りを非難した正吉の足に二つ目の国語辞典が乗る。とても理不尽だ。

 

「俺だって辛いんだよ!」

 

「嘘つけ!」

 

「嘘じゃないしん!」

 

「お前それ好きだな!」

 

「てか私達の行くスキー場ってスノーマシンあるとこだから、降ってようがなかろうがそんな関係ないんじゃない?」

 

楓達と世間話をしながら一部始終を見ていた薫からそんな情報が飛んでくる。しかし祐は納得していない様子だ。

 

「確かにスキー場だけ考えたらその通りではある。でもそれじゃ駄目なんだよ」

 

「駄目って何がよ?」

 

「俺は目的地に近づくにつれて、森林や道に少しずつ積もっていく雪が見たい。そして辺り一面に広がる雪景色が見たい!」

 

「あんたほんとに雪好きね」

 

「並々ならぬ情熱を感じるな。その情熱の向かう先がこれなのは如何なものかと思うが」

 

薫や鐘だけでなく、クラス全員祐は雪が好きだということを知っている。妙に子供っぽいところがあるのは微笑ましいと思えなくもないが、基本今のような奇行に走るので微笑ましくはない。

 

「こんなんじゃ雪は降ってくれないぞ!」

 

「更に追加するか!?」

 

「う~ん…悪くはないけど、あと一歩って感じだな」

 

「どういう判断基準なのかな?」

 

「たぶんよく考えてないぞ」

 

雪を降らせる為には、今の儀式だと物足りないのではと感じた一同。頭を悩ませる男子達を見て由紀香は疑問を口にした。それに対して楓の言ったことは正しい。

 

「よし、あれを使うか」

 

「何かあるのかケン?」

 

「ああ」

 

ベランダに向かったケンが何かを持って戻ってくる。ケンの手に視線を向ければ、そこにはあるものが握られていた。

 

「ご、ごぼう!?」

 

「ケン!まさかお前…!」

 

「ごぼうしばきの刑をするつもりか!?」

 

「おいふざけんなよ」

 

良い反応をするクラスメイトに反して正吉だけ顔も声も本気だった。

 

「なんて恐ろしいものを…そんなの見たら蒔寺さんが黙ってないぞ!」

 

「お前私とごぼうを紐付けすんなよ!」

 

自分の席から迫ってくる楓を見て祐は怯えだす。

 

「やばい!ごぼうガールが来たぞ!」

 

「誰がごぼうガールだ!」

 

「頼む蒔寺!ごぼうしばきだけは許してくれ!」

 

「やらねぇよ!やったこともねぇよ!」

 

生贄たる正吉も楓に恐怖を感じていた。そんなことは一度もしていないのに、とんだ風評被害を受けたものだ。

 

「どうしたごぼうガール、チキってんのか」

 

「…」

 

「アー‼︎」

 

祐の挑発にイラっとした楓は、ケンからそっと渡されたごぼうで祐を叩く。叩かれたのは自業自得であると同時に、それは真のごぼうガール誕生の瞬間でもあった。

 

「こ、降臨なされた…」

 

「嘘だろ!?あれは所詮伝説の話じゃないか!」

 

「伝説なんかじゃない…彼女は存在していたんだ!」

 

他の男子達は楓を囲んで崇めるようにひれ伏すと、中央に立つ楓の表情は無だった。

 

この儀式によって彼らの願いが届くのかどうかは神のみぞ知る。

 

 

 

 

 

 

「そう言えばさ、商店街で福引あったの知ってる?」

 

「なにそれ、初耳」

 

場所は次の休み時間中のA組に戻り、席の近いハルナ・美砂・夕映が雑談をしていた。

 

「二千円以上買い物をすると券がもらえて、福引に挑戦できると言うものだった気がするです」

 

「へ〜、当たると何がもらえたの?」

 

「確か一等は旅行券だったはず。他は…覚えてないわ」

 

「凄いじゃん。でも一回引く為だけに買い物するのもねぇ、予定が初めからあったらいいけど」

 

「確率はかなり低いものでしょうからね」

 

旅行券にはそれなりの魅力は感じても、まず当たることはないものなのでその為に何か買おうとまでは思えない。

 

「そもそもああいうのって本当に当たるのかな?」

 

「そりゃあ誰かは当たるでしょ」

 

「桜子さんがやれば当たりそうです」

 

「くそっ、その手があったか…」

 

「次あったら連れてくしかないわね」

 

(余計なことを言ってしまいました…)

 

一瞬夕映は桜子に申し訳ないことをしたと思うも、桜子であれば寧ろ喜んでやってくれそうな気もする。

 

「誰が当たったんだろ?知ってる人いないもんかね」

 

「聞いてどうすんのよ?その人見つけて盗み取るの?」

 

「ハルナ、どうか犯罪だけはやめてください」

 

「お前ら人のことなんだと思ってんだ」

 

単純に気になっただけだというのに随分失礼な奴らだとハルナが思っていると、話を聞いていたらしく和美が顔を出した。

 

「当たった人なら私見たわよ」

 

「えっ、なんで?」

 

「私もその時商店街にいたから。当たったのは背の高い若い男の人だったわ」

 

「それって祐君?」

 

「だったらそう言うでしょ」

 

「そりゃそっか」

 

そこで当選の瞬間を思い出した和美が、なるべく笑いを堪えながら続きを話す。

 

「その人もびっくりしたみたいでさ、当たった瞬間膝から崩れ落ちてたのよ」

 

「大袈裟過ぎでしょ」

 

「いやマジだって」

 

「見てたら私絶対笑っちゃうわ」

 

「余程嬉しかったのでしょう」

 

その時の光景を想像して笑うハルナ達。同じように笑っていた和美はふと真名の席に視線を移す。目を閉じ腕を組んで座っていた真名が見られていることに気付き、目を開けて和美を見つめ返した。

 

視線が交差すると真名が笑顔を和美に向ける。それに複雑そうな顔をして、和美は視線を逸らすようにハルナ達に戻すと会話を続けた。

 

 

 

 

 

 

昼休み中にトイレに向かっていた和美は、中にある水道で手を洗っていた。ハンカチを取り出して手を拭きながら前を向いて鏡を見る。その鏡越しにいつの間にか壁に寄り掛かっていた真名と目があった。驚いて悲鳴を上げなかった自分を褒めたい気分だ。

 

「口裏を合わせたわけでもないだろうに、自然とあいつのことを隠すとは。随分と献身的じゃないか」

 

「龍宮…」

 

真名はその場から歩き出して和美の隣に来ると、水道の囲い部分に背を向けて軽く座った。

 

「早乙女達はこれ以上探索してこないだろう。仮にしてもお前の言った通り、背が高く若い男が一等を当てたことくらいしか周りから聞くことはできん。中々上手いやり方だ」

 

「そりゃどうも、他に見てた知り合いがいなければだけどね」

 

「その心配はない、あの場を見ていた顔見知りは私とお前だけだ。そして、その後あいつをつけていたのもな」

 

「やっぱり気付かれてたか…」

 

祐が一等を手に入れたあの瞬間を見ていたのは真名だけではなかった。同じように見ていた和美も後をつけており、カフェに入ったところで声を掛けようとしたがそれを真名に先を越された形になる。

 

「あの時もしやと思ってたけど、横から掻っ攫われたってわけね」

 

「すまんな、早い者勝ちというやつだ」

 

会話をしても双方顔は合わせず、相手と反対を向いている。お互いのそれに意味があるのかは分からない。

 

「いつから気付いてたの?」

 

「あの場に着いた時だ」

 

「最初っからじゃん…」

 

「そうとも言うな」

 

軽い調子で話す真名に対して、自分は今こんなに緊張しているのにと少し恨めしく思った。以前から分かっていたことだが、彼女はクラスメイトどころか知り合いを含めても手強さで五本の指に入る。

 

「周囲に目を配るのは習慣のようなものでね、気配にも敏感なんだ。あいつも気付いていたかどうかは分からん。あれは相当勘が鋭いと思っていたんだが、常にというわけでもないのかもしれない」

 

「彼ってちょっと抜けてるとこあるから」

 

「同感だ。それで、お前が本当のことを言わなかったのはどうしてだ?」

 

ハンカチをしまって再度鏡を見ると自分の顔が目に映る。分かったのは顔がこわばっていることくらいだ。

 

「あんたらが話してるのを見て、この情報をどうするかは様子を見た方が良いと思ったから。だけどパル達が話してる時もあんたは余裕そうだったわね」

 

「まぁ、そこがバレたところでやり様は幾らでもある。それでもお前のおかげで手間が省けたことは感謝せねばな」

 

そこで一旦会話が終わる。少しこの雰囲気に息苦しさを感じているので、和美的にはそろそろお暇したいところだ。

 

「そんじゃ、私はこれで」

 

「朝倉」

 

この場を離れようとしたところで名前を呼ばれ、振り返った結果やっと二人は顔を合わせた。

 

「お前はカフェからついてこなかったな」

 

「先越されたから仕方なく退散しただけよ」

 

「そうか、では最後にもう一つ。お前はあいつの勢力に入っている、という認識でいいのか?」

 

「それってどういう意味?あと勢力って…」

 

先程から出ているあいつとは間違いなく祐のことなのは分かっている。しかしそれでも真名からの質問は和美を当惑させた。

 

「分かり易く言うなら、お前はあいつの仲間か?ということだ」

 

質問の意図が理解できたのに合わせて、その答えを考えながら視線を落とす。

 

「仲間って呼べる程近しいかは微妙ね。敵か味方かなら、間違いなく私は味方だけど」

 

「味方…そうか、味方か」

 

真名は笑って立ち上がると歩き出した。そして和美の横を通り過ぎる瞬間に囁く。

 

「どうも入れ込んでいるとは認めたくないようだ」

 

はっとした顔をして真名を目で追うが、当の真名はこちらを見ることなく去っていった。

 

「なんなのよ、エヴァちゃんも龍宮も…訳分かんないっての」

 

自分でもよく分からない歯がゆさを感じて頭を掻く。少し前からよく沸き起こるこの気持ちは好きではなかった。思考に靄がかかり、すっきりしないからだ。

 

「私は、私は第三者で…記者なんだから…」

 

自分以外誰も居ない女子トイレで呟くように言った。その言葉は誰に聞かせるでもなく、自分自身に言い聞かせたものだったのかもしれない。

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