サービスエリアを出発したバスが暫く走っていると、車内から見える景色が大きく変わってきた。主に建物の数が減り、森林や山などの自然が視界の多くを占めるようになったのだ。
「いよいよ来たな…感じるぜ、大自然の息吹を」
祐は少し前から窓ガラスに張り付いて景色を眺めている。真名も横目で景色を見つつ聞いてきた。
「随分と自然が好きなようだが、何か理由でもあるのか?」
「一時期暮らしてた場所が自然に囲まれたところでさ。その場所を田舎って言っていいのか分からないけど、山とか森とかそういうのを見てるとそこを思い出すんだよね」
「故郷に懐かしさを感じるというやつか」
「そうだね、そんな感じ」
祐の表情はその場所を思い出し、懐かしんでいるように見えた。大切な思い出が残る場所、そういったものがない真名には共感できない話だ。どこかに想いを馳せて懐かしむことを羨ましいと感じるかどうかさえ、正直分からなかった。
それから今度は天気が変化する。麻帆良では晴天だった空が段々と厚い雲に覆われていき、気が付けばまばらに雪が降り始めていた。
「恵麻ちゃん!見てるか!雪だぞ!雪が降り始めてまんねん!」
「見えてるよ。あと落ち着け、言葉遣いがおかしくなってるぞ」
興奮して口調がおかしくなる祐といつも通りの真名。対照的な二人の姿は傍から見るとそれはそれで微笑ましいものである。興奮状態にあっても、しっかりと本名では呼ばなかった点は評価してもいいと真名は思った。
目的地である温泉旅館は標高の高い位置にある。それに伴って曲がりくねった山道を進んでいくことになるのだが、そこを通る頃にはいよいよ本格的に雪が降り積もっていた。除雪された道路以外は白一色の景色となっている。
「あー!最高だ!これぞ美しき白銀の世界!暮らすの大変そう!」
「大変だろうな」
「恵麻ちゃんと暮らすのも大変そう!」
「ぶちのめすぞ」
長距離移動を終え、遂に温泉旅館へと到着した祐と真名。周辺には多くの旅館やホテルが一つ一つ距離を置いて立っており、温泉街と呼ばれる場所になっていた。
バスから降りて荷台にしまってあったスーツケースを従業員から受け取る真名。そこで祐が近くに居ないことに気が付いて辺りを確認すると、積もった雪に大の字になって埋まっているのが見えた。一瞬放置して旅館に入ってやろうかと考えるが、こんな所で凍死されても面倒なので声を掛けることにする。ただし一日放っておいても祐が凍死するかは微妙なところだ。これと言った理由はないが案外大丈夫な気もしていた。
「何をやっているんだ馬鹿者」
「おっ、いいところに。引っ張ってくれ、出れねぇ」
「そのまま生き埋めにしてやろうか?」
うつ伏せになったまま助けを求める祐の姿は情けないことこの上ない。今の気温にも負けない冷たい視線を向けた後、ため息をついて祐の腕を掴んで引っ張った。しかし祐は真名の腕を掴み返してはきても身動き一つ取らない。
「おい!起き上がる気はあるのか!」
「気持ちに身体がついてこないんだ」
「本当に埋めるぞ」
祐の態度に呆れていると、隙を突くかのように祐が真名を引っ張り始めた。急いで力を入れて抵抗する。
「なんのつもりだ!」
「俺と一緒に雪を味わうんだよ!」
「私を巻き込むな!」
「うおおおお‼」
「くっ!この馬鹿力め!」
踏ん張るが地面の雪の影響もあって少しずつ引きずられていく真名。最終的にはその身で存分に雪を味わうことになった。
「二名で予約している佐藤利久です」
「佐藤利久様ですね、お待ちしておりました」
ロビーにてチェックインを行う祐。受付の女性は祐の服に雪が付いているだけならまだしも、左の頬にくっきりと付いている手形が気になって仕方がなかった。しかしそこはプロ、感情は表には出さず笑顔で手続きを進める。滞りなく確認が終わり、部屋の鍵を受け取った祐は会釈をして離れていく。その背中を無意識に目で追うと、ロビーの椅子に座っていた真名と少し話して二人で部屋に向かうのが見えた。
「あの二人って恋人かな?」
「そうじゃない?二人で来てるんだから」
横にいた同僚の女性とそんな会話をする。この時間帯のチェックインは祐が最後だったようで、現在ロビーに客はいない。
「いいなぁ、高身長カップルじゃん」
「だね。彼女さんもかなり大きかったけど、彼氏さんの方がもっと大きかったし」
「二人ともかなりきりっとした目して、お似合いって感じ」
「まぁ、手形が滅茶苦茶気になったけど」
「何やったんだろうね…」
階段を上がって長い廊下を渡り、宿泊する部屋に着いた二人。祐が鍵を使用して扉を開ける。部屋は畳が敷かれた和室になっており、四人で泊まっても不自由がないと思える程の広さがあった。窓から見える景色も素晴らしいが、何より目を惹くものがある。
「マジかよ…露天風呂付いてんじゃん…」
旅館自体に大浴場と露天風呂があることは確認済みではあったものの、どの部屋に泊まるのかは知らなかった。まさか露天風呂付き客室に泊まれるとは予想外である。
「言っておくが入るなら私が居ない時に入れよ」
「え?混浴イベントは?」
「あるわけないだろうが」
真名は荷物を置くと座椅子に腰かけて机の上に置いてあるせんべいを手に取ったが、包装を見るとかごに戻した。
「ダイエットですか?」
「つくづくデリカシーのない奴だな。そもそも体形など気にしたこともない」
「それ女の人の前ではあんま言わない方がいいと思う」
「お前が言うな」
祐が真名の向かいに座ると同じようにせんべいを見る。
「おっ、えびのせんべいか。結構好きだ」
「なら全部食べてもいいぞ。私はエビがあまり得意じゃない」
「へ~、なんか意外。好き嫌いとかなさそうなイメージだったわ」
「それしかないのなら食べるが、好き好んでは食べない。言っておくが私にも好き嫌いくらいある」
「例えば他に嫌いなものは?」
「オクラだな」
「俺は好き」
「食の好みは合わんようだ」
「悔しいよ…」
「何がだ…」
こうやって話しているとただの能天気なちゃらんぽらんにしか見えない。それだけであれば分かりやすい人物だったのだが、そうではないから質が悪い。恐らく明日菜達を始めとした幼馴染でさえ、祐の全貌は把握できてはいないだろうとは真名の推測だった。
「サービスエリアからなんも食ってないし、ありがたいことにコンビニが目の前にあるからなんか買ってくる」
立ち上がってリュックから財布を取り出す祐。現在時刻は15時を過ぎたところであった。夕食の時間は18時なのでそれにはまだ時間がある、とはいえサービスエリアから三時間程しか経過していない。
「それほど時間は経っていないだろうに、よく食べるな」
「育ち盛りの食べ盛りだからね」
「まだ大きくなるつもりか」
「40メートルくらいにはなりたい」
「お前は本当に馬鹿だな」
「シンプルに悪口言うんじゃねぇ」
出る準備をする祐を見て真名も立ち上がった。
「一緒に行く?」
「私も少し周辺を見て回りたい」
「よしきた」
来た道を戻り、ロビーを通って旅館の外に出る。先程も思ったが、広がる景色は麻帆良と比べると同じ国とは思えない程違った。
「すげぇなぁ、県が違うってだけでこうも変わるもんか」
通路を確保する為に寄せられた結果、自分の腰辺りにまで積もっている雪を触る。表面はさらさらとした手触りだ。
「また雪に飛び込むようなら今度は置いていくぞ」
「俺と一緒に雪まみれになろう」
「断る」
コンビニは道を挟んだすぐ向かいにある。雪国特有の入口が二重になっている部分を興味深そうに見てから中へと入った。何人か先客がおり、スキーやスノーボードをしていたのであろう若者もいる。祐と真名がそれぞれ分かれて物色していると、若者達の会話が耳に入ってきた。
「さっき聞いた蝶々の話ってマジかな?」
「ウケる、信じてんの?」
「いやいや、幽霊とか妖怪がいんだぞ。光る蝶々くらいはいてもおかしくねぇだろ」
「そこじゃなくてその後だよ。ついていったらのやつ」
「それだって分かんないだろ」
「なんなら今日見に行ってみる?」
「いや、それはいいよ」
「ビビりかよ」
「ださ~」
「うっせぇ!」
数人の男女がそんな話をしながらレジへと進む。何を言うでもなく、祐はその背中を少し見つめた後買い物を再開した。
買い物を終えた祐がコンビニから出ると、一足早く外にいた真名がスマートフォンで地図を確認している。
「おまたせ」
「ああ」
スマートフォンをポケットにしまい、こちらを向く真名。二人の視線が交差した。
「なんだ?」
「さっきの話聞いた?」
「蝶がどうとかいう話のことなら聞いたが」
「これって仕事と関係ある?」
祐の質問に真名が表情を変えることはなかった。暫く見つめあう時間が続き、真名が口を開く。
「さぁな。取り敢えず仕事のことだが、お前が私に協力したいと言うのなら考えよう。そうではないのなら、これ以上探索しないことだ」
「覚えておくよ」
「それでいい。旅館に戻るか?」
「一回戻ろうか。これ置きたい」
手に持った袋を少し上げてそう言った。真名は頷くと旅館に向けて歩き出し、祐もそれに続く。
先程聞いた話が頭の中に残っている。そして今自分の中にある感覚は詳しく言葉にできなくとも憶えがあるものだ。ということはつまり、そう言うことなのだろう。
部屋に戻って飲み物を冷蔵庫に入れている時、机に置いてある祐のスマートフォンが着信を知らせた。画面に映し出される名前を真名が確認する。
「近衛からだぞ」
「えっ、どっちの?」
「近衛木乃香の方だ。学園長を近衛とは呼ばん」
「そりゃそうか」
スマートフォンを手に取る祐。真名はなんとなしに点けていたテレビの音量を小さくした。
「もしもし、逢襍佗祐だったものです」
『えっと…じゃあ今は誰なん?』
「俺は、
『すーぱー祐君やと言いづらいから祐君でええ?』
「いいよ」
しょうもないことを言っているのに慣れたのか、真名は無反応でテレビを見ている。律儀に返してくれる木乃香の優しさが沁みた。
「それでどったの?」
『祐君今日休みやって聞いたから、どないしたんかなぁ思って』
「ああ、そういうことね。取り合えず何か問題に巻き込まれた訳じゃないよ、ただ今日から日曜まで用事があったってだけで」
『危ないことやないん?』
「全然。至って平和だよ」
心配をさせてしまったことに申し訳なさは感じる。しかしこの旅行は内密にしておきたいので致し方ないのだと自分に言い聞かせた。そこで真名を見ると咳払いをして声の調子を確認している。何故このタイミングでと思いながらも通話を続けた。
『そっかぁ、なら安心やね』
「ごめんね、なんか心配させちゃったみたいで。お詫びにお土産買ってかえ」
「まだ電話終わらないの〜?」
謎の声に祐が思考と共に身体も停止する。声の元を目で追えば、そこにはなんともいい笑顔をした真名しかいない。となると今の声は真名が発したものということになるが、地声からは想像もつかない猫なで声だった。
『へ?だれ?』
「…詳しく説明すると今群馬の親戚の家にいるんだ。そこの子だよ、中々の構ってちゃんで困ったもんですわ」
『なんやびっくりしたわ。でもその子、祐君に久し振りに会えたから嬉しいんやないかな』
「そう言われると悪い気はしないけどね、ははは」
「も~、早くデート行こうよ~」
「分かった分かった、今電話中だからちょっと静かにしてようか恵麻ちゃん。いいか、もう一回言うぞ?静かにしてろよ?じゃねぇとぶっ飛ばすぞ」
『よ、よく分らんけど落ち着いた方がええんちゃう…?』
明らかに焦っている祐を見て真名は声を出さずに笑っている。この後覚えておけよと心の中で呟いた。
『えまちゃんやったっけ?あんま待たせたらあかんし、一回切るわ。気をつけてな~』
「ありがとう木乃香。お土産楽しみにしてて」
『はいな!ほなまた~』
なんとか無事に通話を終わらせた祐は深く息を吐いてから真名を見る。
「なんのつもりだ貴様」
「なに、さっきの雪のお礼だよ。楽しめただろう?」
「やられたらやり返すとでも言うのか!そんなことだから争いは終わらないんだぞ!」
「まずお前から仕掛けてきたということを忘れるな」
「許さねぇ…やられたらやり返す!」
「たった今自分が言ったことも忘れるな」
体勢を低くしたかと思えばその場から祐が消えた。一瞬呆気にとられるが気配を感じて振り向く。すると真名のスーツケースを開けている祐が見えた。こんなことに力を使うなと言いたい。
「何をやってる!」
「どこだ!どこにある!ん?おいなんだこれ⁉︎銃刀法違反だろ!」
何かを探していた祐がまず見つけたのは拳銃である。仮に従業員が見つけたら卒倒ものだ。
「そのケースには特別な認識障害を掛けているから一般人には見つからん!というかなんでお前は見える!」
「俺の瞳は真実を映す!」
「片腹痛い!」
尚も荷物を漁り続ける祐を止める為、真名はスリーパーホールドを掛けるがこの暴走列車は停止する気配もなかった。
「あ、見つけたぞ!なんて破廉恥な下着だ!こんなものは高校生にはまだ早い!」
「見たな!生かしてはおけん!このまま締め落とす!」
「悔いはねぇ!」
「悔い改めろ!」
「なんて言ってた?」
「親戚の人の家にいるんやて。群馬のお土産買ってきてくれる言うてたよ」
明日菜が電話を終えた木乃香に聞くと、返ってきたのはなんてことはないものだった。
「そっか、事件とかじゃないのね」
「みたいやね。あと声が聞こえたんやけど、親戚の子にえらい懐かれとったわ」
「あいつらしい。普通の用事みたいだし、美空ちゃんに言っても問題ないか」
激しい戦いの末祐は畳に倒れ伏し、その背中に真名が組んだ足を乗せている。今の祐は宛ら足置きだ。
「反省したか?」
「……ウッ!」
反応がないので少し足を上げて踵を素早く落とすと呻き声が聞こえた。効果は抜群である。
「返事が聞こえんな」
「すみませんでした…」
「次はないぞ」
「ありがとうございます。ついでに足をどけてください」
「あと一時間はこのままだ」
「許してよお姉さん…アァッ!」
ダメ押しの一撃を食らい、おとなしく真名の足置きとなる。きっかり一時間後に解放された祐はそのまま畳に寝転がった。
「酷い目にあった」
「誰のせいだ」
室内には当然祐と真名しかいない。テレビから流れる音声を背景音楽にして時間が流れていく。窓から見える雪景色と二人きりの空間はどこか非日常を感じさせた。
「明日は予定あんの?」
「朝食を食べたら私は仕事に取り掛かるつもりだ」
「ほ~ん」
天井を見つめて何かを考えている祐。暫くすると上体を起こして真名を見た。
「これだけは教えてくれ。その仕事ってのは危険なもん?」
「まだ分からん。だがその可能性は高い」
「そう。じゃあ俺も手伝う」
即答した後、無言の時間が続いた。真名が腕を組み、座椅子に寄り掛かる。
「理由は?」
「危険なことなら、俺が役に立てる気がしたから」
「お前に報酬は出ない。働くだけ損だぞ」
「そういうのは要らない。無事に帰れればそれでいい」
「無事に帰りたいのなら、余計に手伝う必要がないだろ」
「俺だけ無事じゃ意味がない。二人無事に帰らなきゃ駄目なんだよ。俺と君、両方が」
「お前が私を守ってくれるとでも言うつもりか?それとも私が甘く見られたか」
「どっちが強いかなんて知らないけど、これだけは自信をもって断言するよ。絶対に俺の方がしぶとい」
その一言に真名の視線が鋭くなった。冗談は許さないといった雰囲気だ。
「しぶといと言うのは、端的に言ってどういう意味だ」
「そのまんまだよ、ちょっとやそっとのことじゃ死なないってこと」
「だから危険な時は壁になってくれるとでも?」
「優秀な壁になる自信は結構ある」
「随分な自信だ。どこからきているのか知りたいものだな」
「経験からくるもんだ、根拠もある。なんなら今俺の眉間を撃ち抜いてくれ、証明できる」
「気でも狂ったか?」
「論より証拠でしょ。口ではなんとでも言える、なら信頼は行動で得る」
祐が言い終わると同時に真名の手には拳銃が握られ、その銃口は祐の額に向けられていた。
「私は口だけの奴は嫌いだ。吐いた唾は呑ませんぞ」
「冗談でこんなことは言わない」
先程とは違い、室内を張り詰めた空気が支配する。真名が人差し指に僅かに力を込めた瞬間、祐が腕を伸ばして親指で真名の指越しに引き金を引いた。そうなれば当然弾丸は発射され、祐の眉間を撃ち抜く。
予想外の行動に目を見開いたのは当然のことだ。しかし弾丸を受けて仰け反った祐は額に手を当てるとすぐに体勢を戻した。着弾箇所だと思われる部分が少し赤くなっているがそれだけの変化しか見られない。
「いってぇ…ただの弾じゃねぇな」
その手に乗せられた弾丸を見ながら呟く。その弾丸はより硬いものに衝突したかのように形を歪なものにしていた。
「お前…」
「これで多少は信憑性増したでしょ?無駄になった弾に関しては…投資だと思ってくれ」
祐は真名に向けて弾丸を放る。真名は危なげなく左手で掴んで自分の目でも確認した。
「小細工ではない…本当に当たった結果、弾丸の強度が負けたか」
「俺の方が勝てたのは来るって分かってたからってのもあるけど、ぶち抜かれてても死なないよ」
「普通頭を撃ち抜かれれば生物は死ぬ」
「普通じゃない証明になったわけだ」
真名はゆっくりと拳銃を下ろし、大きなため息をついた。今日はなんともため息の数が多い。
「元々お前が普通だとは思っていなかった。しかし、これからは想像以上にイカれた奴だと認識を改めなければなるまい」
「その認識に思うところがないわけじゃないけど、それでもいいや。戦闘時は気兼ねなく盾として使ってくれ」
「死んでもいいと思っているのか?」
「まさか、死ぬつもりはないよ」
「今のお前の言動からはとてもそうは思えん」
不信感を隠さず思ったことを伝えた。祐がいつ死んでもいいと考え、仕事に協力すると言うのなら真名は協力を断るつもりだ。生と死をなんとも思っていない者に一定の信頼など置けない。
「約束がある、死なないって約束が。破るわけにはいかない」
「矛盾している、ならどうして自らを危険にさらす」
「頭撃ち抜かれようが、身体真っ二つにされようが死なないからだ」
ふざけたことをぬかすなとは言えなかった。祐の表情もさることながら、信じられないといった態度を見せれば目の前の男は証明の為に自分で身体を真っ二つにしかねないと思ったからだ。今更死体を見て取り乱すような人生は送っていない。だが嬉々として残酷な行為を見るような感性は持ち合わせていないのだ。
「死なないと分かっているから、お前は危険な行為を続けていると」
「生きて帰ってこれるなら何も問題ない。やばくなったら逃げるし、なんとかなりそうなら逃げない。自分の強みを最大限に有効活用してるんだ俺は」
達者な口はなにも嘘だけに使われているわけではないらしい。普段は周りの流れに身を任せる姿勢を取っているくせに、ここぞの場面で我を通す面倒な性格の男だ。
「もういい、お前の考えはよく分かった。頑固者が、神楽坂達が苦労するわけだ」
「それは生半可なものじゃ、意志の強い子に自分の考えを認めさせられないからだよ」
「…まさかあの時、刹那にも同じようなことをしたんじゃないだろうな?」
あの時とは河童事件のことだ。今までは木乃香と向かい合うことをしなかった刹那があの夜は自分の意思で足を止めた。その結果二人はお互いの想いを知り、再び近くに居られるようになる。そのきっかけを作ったのは間違いなく祐だとは真名も知っていたが、先の行動を見るにかなり過激なことをした可能性がある。
「結果として二人は仲直り出来たんだ。俺が何したかは重要じゃない」
「したんだな。よく分かったよ」
してないと言わない時点で認めたようなものだ。今も祐が何一つ言わない辺り、否定も肯定もするつもりはないらしい。真名は立ち上がると、入浴用に用意されているタオル一式を手に取った。
「お前と話していて疲れた、一度温泉に入ってくる。仕事の詳しい話は夕食後にでも伝える」
「ごゆっくりどうぞ」
「そうさせてもらう」
タオル以外の荷物も持って真名は部屋のドアを開けた。そこで振り返って祐を見る。
「先程の発砲音だが」
「たぶん聞こえてないよ。あの時みたいにこの部屋だけ覆っておいたから」
「…気が利く奴だよお前は」
そのまま受け取るなら褒められていることになるが、残念ながらそうではないとは祐でも分かった。ドアを閉め、部屋には祐だけが残される。
「頑固なのはお互い様だったりしないかね」
まず洗い場で髪と身体を洗った真名は、内湯で身体を温めることなく露天風呂に直行した。少し暗さを増した空には相変わらず雪が降り続けている。美しい風景だ。碌に温まっていないので外の空気は寒すぎるがそれが今は丁度いい気がした。右足のつま先からゆっくりと入れていく。肩まで浸かった際には思わず吐息を漏らした。上を向けばそこには屋根がないことで遮るものが何もない。顔に落ちてくる雪を感じながら空を見つめる。
『似たような相手に対して抱く感情は大きく分けて二通り。一つは嫌悪感、もう一つはその真逆ネ』
旅行に向かう前、訪ねたクラスメイトの研究室で言われたことをふと思い出す。一度瞳を閉じて鼻で笑った。
「あれと似ている?酷い冗談だな」
類似点が皆無とは言わない。確かに幾つかは重なる部分もあるだろう。しかし彼を似たような相手とは到底呼ぶことは出来ない。先程の会話でそれはより明確になった。視線を空から水面に移す。温泉に溶けて消える雪を眺めながら背中を浴槽に預けて足を延ばした。日頃の疲れが溜まった身体を休ませる為にも、もう少しこの温泉を楽しませてもらおう。