Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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仕組まれた鉢合わせ

温泉を堪能した真名は私服から浴衣に着替えて部屋へと戻る最中だった。時折すれ違う旅館の客や従業員が彼女の姿に男女問わず目を奪われている。特に男性は通り過ぎた後も目で追ってしまうほどだ。それに気付きはしても特に反応を見せることなく歩いていく。その冷静な姿がより目を惹き付けてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

フロントで渡された二つある内の一つである部屋の鍵を使おうとした時、施錠されていないことに気が付く。そっとドアを開けると持ち込みの部屋着と思われる服装に着替えた祐がテレビを見ながら寝転がっていた。ドアが開いたことに反応した祐が振り向く。

 

「おかえり、温泉はどうだった?」

 

「存分に癒されたよ。お前も入ったのか?」

 

「勿論。最高だった、景色もよければ雪も降ってて言う事無しだな」

 

「後から行ったにしては早いな」

 

「帰ってきた時に俺が居なかったら寂しいかなって」

 

「そのまま帰って来なくてもよかったぞ」

 

「そんな酷いことを言えるのは人の心がないからと見た」

 

会話をしながら真名が荷物を置いて座る。祐が上半身を起こしてその姿を見ると何とも言えない顔をした。

 

「なんだその顔は」

 

「胸元開き過ぎじゃね?」

 

言葉の通り今の真名は浴衣の胸元を大きく開けていた。湯上り故に少し紅潮した肌とどこか妖艶な身なりは青少年の目に毒だ。

 

「温泉のおかげで身体が温まったからな。言っておくが外を歩いている時はちゃんと閉めていたぞ」

 

「今も閉めなさいよ」

 

「部屋の中なら別に問題ないだろう。もしかして照れてるのか?」

 

祐が今度は不服そうな顔をしたかと思うと背中を向けてテレビを見だした。初心と思える行動に少し真名が笑みを浮かべる。しかし残念ながらこの男は初心ではなかった。

 

突然室内にシャッター音が響く。やけに大きく聞こえたその音の正体はすぐに見つかった。背を向けた祐の脇越しにスマートフォンのカメラレンズが真名を捉えていたのだ。平たく言えば盗撮である。

 

「おい利久」

 

「なんだい恵麻ちゃん」

 

「スマホを見せろ」

 

「…それはできねぇ」

 

真名は近寄って祐の肩から顔を覗かせる。だが祐は鋭く突き刺さる視線から目を逸らして一向に合わせようとはしなかった。

 

「そんな格好してるんだから、見られても文句言えないと僕は思うな」

 

「見られるのは構わんが、写真を撮っていいとは言ってない」

 

「そもそも写真がなんのことだか…」

 

「ならカメラフォルダを開け」

 

「……」

 

「お前が丈夫なのはよく分かったが、このスマホはどの程度の強度なのか気になってきたよ」

 

言いながら先程祐を撃った拳銃の銃口をスマートフォンに押し当てる。これは超に作ってもらったお手製のものだ。こんなことでお釈迦にされるわけにはいかないので、断腸の思いでスマートフォンを渡した。カメラフォルダを開けば、やはりそこには着崩した浴衣姿の真名が写っている。素早い手つきで対象の写真は消去された。

 

「どうしてこんなことが…平然とできる…!」

 

「されて当然だとは思わんのか」

 

歯を軋ませて畳を叩く祐。悔しさを隠そうともしない姿勢は相手を呆れさせるには充分だ。

 

「せっかく使おうと思ってたのに!」

 

「いい、もう分かったから喋るな。それ以上詳しい話は聞きたくない」

 

「因みに使うっていうのは」

 

「いいと言ってるだろ!」

 

 

 

 

 

 

18時になったことで旅館内の食事処に向かった祐と真名。用意された料理を味わったのち、夕飯を終えて部屋に帰ってくるなり畳に滑り込んで横になる祐。よく言えば自然体だが、悪く言えばズボラだ。

 

「だらしないな」

 

「旅行なんだからだらしなくてもいいじゃない」

 

「やれやれ」

 

手足を投げ出して仰向けになる。恐らく一般的ならここで睡魔でも襲ってくるのだろうなと、長いこと感じていない感覚のことを考えた。すっかり指定の位置になった座椅子に腰かけた真名が一息つき、纏う雰囲気を真剣なものにする。それを瞬時に察知した祐が起き上がった。

 

「いつもそれくらい察しが良ければいいんだがな」

 

「それじゃ肩が凝る」

 

「どうだか」

 

指で眉間を揉んだあと、姿勢を正す真名。これから仕事の話が始まるのだろう。少しの間、おふざけはなしだ。

 

左手を軽く払うと二人を包む光の膜が出来上がる。視線は向けつつ、これはなんだと聞くことなく真名は話し始めた。

 

「今回依頼された仕事は簡単に言えば調査だ。この付近に隠されている施設のな」

 

祐は黙って真名を見つめる。真面目な時は基本無口になるのかと頭の片隅で思いながら続ける。

 

「その前に昔話をする。嘗て名も無い小さな魔術師団体に所属していた女が、表の世界に生きる一般人の男と出会った。二人は恋に落ち、女は血生臭い世界から足を洗って男と共に生きていく道を選ぶ」

 

突然話が逸れたように感じる展開にも祐は何も言わなかった。また今の話もここで終わればめでたしめでたしとなったかもしれないが、このタイミングでされたものとなればそうはいかないのだろう。

 

「詳しいことは不明だが、その後二人は旅行先で事故に遭う。女は一命を取り留め、男は死んだ」

 

「…事故ね」

 

「やめておけ、そこは私達には関係のないことだ」

 

言葉数は少なくとも真名が言わんとしていることを理解する。彼女の言う通り、この話はきっと別の問題だ。

 

「それから女は魔術師時代にできた伝手を頼りに、様々な人物を集め始める。その理由は生憎分からん。私がクライアントから知らされていないだけかもしれないが、これも別段関係のないことだ。まぁ、大方の予想は付くがな」

 

女は愛する男を失い行動を始めた。そうなれば目的はその男に関係することだろう、というのは想像に難くない。

 

「そしてこれが問題なんだが、その女は魔眼を生まれつき所持していた。強力な『魅了の魔眼』を」

 

「それを使って人集めをしたのか」

 

女は手段を選ばなかった。ある目的達成の為に有益となり得る人物は表・裏の世界問わずしらみ潰しに捜し出し、その魔眼を使用して己の協力者としたのだ。多くの柵すら意に介さない行動は、普通であれば絶対に集まることのない組織の枠を越えた面々を手中に収めるに至る。

 

「だがそんなことをすれば、当然組織は黙っていない。案の定、女はお尋ね者となった」

 

「隠された施設ってのにその女性がいるわけだ」

 

「その通り」

 

大凡の話は分かったが、一つ気になる点がある。

 

「俺の記憶だと魔術師ってのは同業者が起こした問題に対して、基本的に自分達で解決しようとする志向がある。それがどうしてこの件は仕事として流れてきたんだ?」

 

「魔術師も人手不足なんだろう」

 

そう言った真名だったが、祐が表情を変えずにこちらを見ていることに気付いて目を合わせる。

 

「それだけじゃないだろうと言いたそうな顔だ」

 

「実際そうだからね」

 

「女の嘘を見て見ぬ振りができる男はモテるぞ」

 

「一理ある。でもそうすべき時とそうじゃない時があるとも思う」

 

適当にはぐらかし続ける選択肢もあるが、その択は取らない方が良いだろう。ふざけていない祐に対して効果があるとは思えない。可能性は低いが最悪覗かれかねないことも考えると、素直に話すのが一番無難だ。

 

「一ヶ月ほど前、女の居場所を特定したイギリス清教の『必要悪の教会(ネセサリウス)』が数人で調査に向かっていた。結果は誰一人として戻ってこなかったそうだ」

 

聞いていた祐の目つきが少しだけ鋭さを増した気がする。気にはなるがそこには触れず、真名は続きを話すことにした。

 

「女は強力な魔眼こそ所持していたが戦闘に特化していたわけではなく、戦闘能力のみで見るなら評価としては中の下といったところらしい。そんな相手に遅れを取ったのは、対魔術師を専門とする組織として面白い話ではない。それに巨大な組織でも、被害は最小限に抑えたいと思うのは当然だ」

 

「依頼主である必要悪の教会は、他と違って良くも悪くも使えるものは使う。何か情報が得られればそれで良し、失敗しても雇った傭兵が消えただけ。どちらにせよこの結果次第で本腰を入れるといった具合だろう」

 

「それに納得してるの?」

 

「傭兵の扱いなどそんなものだ。仕事に見合った報酬を貰えるのなら私はそれでいい」

 

「そもそも失敗するつもりなど微塵もないしな」

 

最後の一言は確かな自信と固い意志を込めたものに聞こえた。そう易々と揺らぐものでもなさそうだ。

 

「大体こんなところだ。他に何か聞きたいことはあるか?」

 

「いや、大丈夫。ありがとう」

 

思いの外すんなりと祐が受け入れたことに真名は正直拍子抜けした。依頼元は真名を捨て駒のように考えていると聞いた時の祐は明らかに穏やかな表情ではなく、何か言ってくるだろうと思っていたからだ。ただ反論がないならそれに越したことはない。こんなところで言い合いや思想のぶつけ合いなど御免だ。

 

「今度は私が聞きたいんだが、あの蝶の話は本当に知らないものだった。お前はあの話をどう思う?」

 

「聞いた時から頭にずっと残ってる。この感覚がする時は大抵何かあるから、まぁ…関係あるだろうね」

 

「…なるほどな」

 

そう話す祐はどこか確信めいていた。これも経験からくるものなのだろう。信用するには証拠という証拠もないが、あの力を知っているとそれだけで信憑性を感じてしまうのだから困りものである。

 

「他に何かある?」

 

「こちらも大丈夫だ」

 

「了解。なら真面目にやるのは一旦終了だ」

 

話が終わったことで祐は立ち上がると、コンビニで買っていた物を冷蔵庫から取り出した。

 

「こんな時期にアイスか?」

 

「何を仰る、この寒い季節に温かい室内で食うから美味いんだよ」

 

そう言うと祐は両手に一つずつ持ったカップ容器のアイスを真名に見せる。

 

「物は試しってことで、一緒にどう?」

 

先程の雰囲気などすっかり消え失せた祐の姿に少し深い息を漏らした。祐の手にある二つのアイスを見つめて片方を指さす。

 

「チョコレート味」

 

「はいどうぞ」

 

机の上にチョコレート味のアイスと木製のアイススプーンを置き、祐も座ってさっそくもう一つのバニラ味を食べ始めた。

 

「これが雪見アイス、たまりませんな」

 

窓の外の雪を見ながら笑顔でアイスを食べている目の前の男は、きっと幾つもの顔を持っている。学園での顔・日常での顔・そして有事の顔。どこかそれぞれがまるで別人のように感じるのは自分だけなのだろうか。真名はそんなことを思いながら蓋を開け、アイスをスプーンで口に運ぶ。なんてことはない、普通の味だ。それでも何も感じないということはなく、寧ろ何故だか特別な気分がした。

 

「ふむ…悪くはないかもな」

 

「でしょ?」

 

同意を得られたことが嬉しいのか祐が笑った。その顔を見て肩から力が抜ける。真名は無意識に仕方なさそうな笑みを浮かべていた。

 

「分からん奴だな、お前は」

 

「なんかそれよく言われるよ。俺としては腑に落ちないけどね」

 

 

 

 

 

 

それぞれが歯磨きなど就寝前の準備を終え、押し入れから敷布団を取り出して畳に敷いていた。本来ならば旅館の従業員が行うのだが、祐が自分達でやるとフロントからの連絡時に伝えていたのだ。祐曰く、荷物や机・布団のポジションは自分で決めたいらしい。特に否定する理由もないので真名は何も言わなかった。

 

「一緒に寝るから布団は一枚でいいか」

 

「いいわけないだろうが馬鹿者」

 

「一緒に風呂も駄目!寝るのも駄目!そんなに俺といるのが嫌か!」

 

「少なくともその二つを共にする気はない」

 

「……出ていきなさい」

 

「静かな怒りを見せるな、理不尽だぞ」

 

結局人一人が通れる位の隙間を開けて二枚布団を敷き、部屋の照明を落とすと室内を照らすのは間接照明だけとなる。

 

「朝食の時間は?」

 

「六時からだね」

 

「そうか、ならその時間までには必ず起きるとしよう。まぁ、お前に心配は必要ないか」

 

「俺の早起き加減を舐めるなよ」

 

「そうだな…」

 

まさかまた一睡もしないつもりではないだろうなと思いながら、真名は布団へ横になった。

 

「私は寝るぞ、お前も身体を休めておけよ」

 

「承知。おやすみ恵麻ちゃん」

 

「ああ、おやすみ利久」

 

祐に背を向けて静かに瞼を閉じる。後ろから聞こえた音から察するに、祐も布団の中へと入ったようだ。明日は仕事だ、今は余計なことは考えず頭と身体を休ませるのが最優先である。それでも眠りにつくまで、真名は後ろにいる祐のことを考えてしまっていた。

 

(お前の本音はどれだ?お前の、本当の顔はどれだ?)

 

 

 

 

 

 

真夜中の山道を歩いているのは昼過ぎにコンビニにいた若者達だ。人数は男女二人ずつの計四人、スマートフォンのライトで先を照らしながら進んでいる。その内三人はこの状況を楽しんでいるようだが、一番後ろを歩いている男性はそうではなさそうだ。

 

「お前どんだけビビってんだよ」

 

「ほら、前歩いて前」

 

「おい!マジでやめろって!」

 

「あはは!ウケる!」

 

完全に腰が引けている男の背中を押しながら進んでいると、女の内の一人が目を見開いた。

 

「うそっ!みんなあれ見て!」

 

彼女が指さす方向を確認すれば、暗闇の中を悠々と飛んでいる白い光を放つ蝶が見える。辺りが暗いからだろうか、強い光で舞うその姿から目が離せない。先程まで怯えていた男すらどこか呆けたような状態になり、全員がその蝶の後をついていこうと足を踏み出す。

 

その瞬間、蝶と若者達の中間地点に火の玉が着弾した。

 

すると火は一瞬で勢いを増し、若者達を遮るように炎の壁を作った。虚ろだった瞳に光を取り戻した四人は、目の前の光景にそこで初めて気が付いた様子だ。

 

「うわっ!なんだこれ!」

 

「あっつ!」

 

「ま、まさか山火事!?」

 

「う…うわあああ‼」

 

「あっ!おいバカ!」

 

「ウチらも離れよう!」

 

「賛成!」

 

遂に耐え切れなくなった男が来た道を走って戻る。流石にこの場に留まることは出来ないので、他の三人も後を追いかけていった。四人の姿が見えなくなると燃え盛っていた炎は勢いを弱め、最終的に独りでに鎮火した。明かりのなくなった山道には既に光る蝶の姿もない。静けさに包まれた暗闇から、背の高い男が歩いてきた。

 

「好奇心に身を任せる輩がいるのは何処でも一緒か」

 

愚痴をこぼして周囲を確認してもやはり蝶は見つからない。口に銜えた煙草の煙を大きく肺に取り込み、ため息をついて男はどこかへ歩いていった。

 

 

 

 

 

 

ふと瞼が開き、意識が少しずつはっきりとしてくると窓から僅かに明かりが差している気が付く。そちらを見れば、窓際に設置された椅子に座って外を眺めている祐が居た。時間を確認すると今は五時を過ぎたところで、真名はゆっくりと上体を起こす。

 

「あ、起きた。おはよう」

 

「本当に早いな、ちゃんと寝たのか?」

 

「元気な俺がここにいるのが何よりの証拠だ」

 

「ならいいが」

 

起き上がり、顔を洗う為に洗面台へと向かう真名。決して警戒を怠っていたわけではない筈だが、途中で目を覚ますことなく熟睡していた。普段であれば人が起きた際の物音程度でも起きるというのに。冷水を顔に浴びせながら、鏡に映る自分に目を向ける。こちらだけ無防備な寝顔を見られたであろうことが、どうにも不満だった。

 

その後素早く温泉に入ってきた祐と共に、昨晩と同じ食事処で朝食を終える。部屋に戻ると真名は早々に準備を始めた。特に着替える以外にやることのない祐はぼーっとテレビを見ていると名前を呼ばれる。

 

「利久」

 

「へい?おっと」

 

振り返ると真名から何かを投げ渡される。なんとか掴んで見てみると、それは指輪だった。

 

「なにこれ?」

 

「この仕事が決まった後に、超に頼んで制作してもらったものだ」

 

「超さんにってことは…何か出来るってことだよね」

 

「お前のそのブレスレットと同じ様なものさ」

 

真名は祐に渡した指輪と同じ物を右手の薬指にはめた。左の人差し指で軽く三回指輪を叩き、こぶしを強く握る。すると真名の身体を光が包み、現れたのは全身を黒い装甲で覆った姿だった。目の部分が青い光を放っている。

 

「相変わらずどうなってんだあの人の科学技術は…」

 

「そこには同意するよ。私としては助かっているから、なんの文句もないがな」

 

聞こえる声も違うもので抜かりない作りだ。真名は装着する前と同じ動作を行うと元の姿に戻った。使用方法を見せてくれたのだろう。

 

「今回の仕事はこれを装備して行うぞ。何と出くわすか分からないからな」

 

「そりゃいいけどなんで二個持ってたの?予備?」

 

「お前が手伝いたいと言ってきた時の為に用意しておいた」

 

「あっそう…」

 

色々と言いたいことは飲み込んで、祐も指にはめようとして動きが止まる。

 

「どうした?」

 

「これって何処に着けるのが正しいとかある?」

 

「好きなところに着けて構わん」

 

「あ、そうなんだ。じゃあ取り敢えず同じとこに着けとくか」

 

真名と同様に右手の薬指にはめて装着の動作を取ると祐も装甲を纏った。問題はなさそうなので解除する。

 

「準備が済んだら出るぞ、可能な限り仕事はさっさと終わらせたい。無料で泊まれるのは今日までだからな」

 

「なら昨日から行けばよかったんじゃね?」

 

「常にそうとはいかないが、仕事は万全の態勢で行うのが一番だ。昨日の夜に心強い戦力も確保できた、取り掛かるには今日が好日だと思わんか?」

 

「勿体なきお言葉、感激であります」

 

「期待してるぞ、色男」

 

 

 

 

 

 

建物はなく、辺りが木々に囲まれた場所に空から何かが落ちてくる。その正体は黒いステルススーツに身を包んだ祐で、同じ姿をした真名を両手に抱えた状態で地面に着地した。その場を中心に大きな衝撃波を起こし、一帯の木々を揺らして積もっていた雪を吹き飛ばす。そっと真名を地面に下した。

 

「こんな荒い移動方法とは聞いてなかったが?」

 

「誰にも見られてないから目標達成でしょ」

 

旅館から目的地に向かうにあたり、なるべく周囲に目撃されないようにしたい真名が言った。ならばいい方法があると自信ありげな祐が行った方法はこれだ。

 

・まず身体を粒子に変えて旅館から人知れず上空へと飛び立つ。この技『蜃気楼』は以前ララを学園長室に運んだ際に使ったものだ。

 

・そして真名を抱えて空から目的地付近に向かう。真名はナビを務める。

 

・最後は華麗に地面へと着地。以上。

 

「まあいい。実際ここへ来るまで誰にも目撃されてないわけだしな」

 

「帰りもお任せください」

 

「旅館に空から突撃はするなよ」

 

「しないわ」

 

会話を終え、真名が先頭になって目的地へと向かう。暫くして見通しのいい雪原に出ると二人の足が止まる。祐も真名も周囲から何かを感じたのだ。その時真名の視界に通信の知らせが表示される。左の前腕部分を押して水平に上げるとそこから立体映像が浮かんだ。画面には[SOUND ONLY]と出ている。

 

『2003226』

 

「4132102」

 

通信は真名にしか聞こえていない為、祐からすれば急に数字を言い出したようにしか聞こえない。しかし今は仕事中だ、自分は監視に徹しようと周囲に気を配る。

 

『突然すまん、今問題ないか?』

 

「これから仕事に取り掛かるところだが、まだ大丈夫だ。何かあったのか?」

 

『上からたった今連絡があった。ふざけたタイミングなのは恐らくわざとだ、あいつはそういう奴だからな』

 

連絡相手から苛立ちを感じる。あの組織にも色々とあるようだが、そこに干渉する気はない。

 

『連絡の内容は、少し前に必要悪の教会からそっちに新しい担当を送ったってやつだ』

 

「なんだと?」

 

これには真名も顔をしかめる。担当していた者達が帰還しないことで、自分にこの仕事が回ってきた筈だ。

 

「まさか伝達が上手くいってなかったと言うんじゃないだろうな」

 

『誓って言うがそうじゃない。あっちは俺が既に手を回したと知った上で寄こしたんだ』

 

「なんの為に?」

 

『増援として呼んだと言っていたがそんなのは建前だ。本音は恐らくこの件にとっとと片を付けたいからだろう。ここに来て急に動いたとなると、魔術協会や聖堂教会に嗅ぎつけられたのかもしれん』

 

「ちっ、面倒な」

 

思わず舌打ちをした。仮にこの話が漏れており、あの二つがこういった事案に寄こす戦力は十中八九執行者と代行者になる。多くの意味で厄介な集団と事を構えるのは損しかない。

 

『ただ不幸中の幸いでいいのか、送られた担当者は俺の顔見知りだ。話さえできれば俺が間を取り持つことはできる』

 

「本当だろうな?」

 

『ああ。そいつと仲良しなんてことはないが、話くらいはしてくれる筈だ』

 

「だといいが。そいつの特徴は」

 

『服装は黒い祭服、見た目は背の高い赤髪の若い男。そして常に煙草を吸ってる重度のヘビースモーカーだ』

 

「なんだその色物は」

 

『お前にいらん迷惑を掛けたのは本気で申し訳ないと思ってる。だがこれだけは言わせてくれ、お前が言うな』

 

真名も真名で女子校生兼巫女兼傭兵と属性をこれでもかと詰め込んでいる人物だ。本人に自覚があるのか定かでないが、個性豊かなA組に所属している点を踏まえても相当の色物であることは間違いない。

 

そこで今まで黙っていた祐が遠くに視線を投げる。真名もそれに倣うと、こちらに近づく人影が確認できた。

 

「通話はこのまま繋いでおく、早速出番が来たぞ」

 

『なに?まさか…』

 

連日の降雪により、足を取られそうになる地面を鬱陶しそうに歩く背の高い男。服装・見た目・そして口に銜えた煙草と聞いた特徴が御誂え向きに全て揃っている。この男が送られてきた人物で間違いないだろう。祐が一歩前に出ようとしたのでその肩に真名が手を乗せる。

 

「待て、あの男に関しては少し私に任せてくれ。一戦交えなくて済むかもしれん」

 

祐は無言で真名を見つめ、納得したのか後ろに下がった。真名は頷いてみせると一人男に向けて歩き出す。

 

『他に誰かいるのか?』

 

「ああ、今回は相方が同伴している」

 

『おいおい、聞いてないぞ』

 

「安心しろ、プライベートでの親交もあって信用できる奴だ。ご希望なら後で紹介するよ」

 

『…信じていいんだな』

 

「約束しよう。お宅は大事な資金源だ、みすみす逃すような真似はしないさ」

 

『そうかい』

 

短いやり取りを終えて立ち止まる。男もこちらに気付いていたのか、二人を見てげんなりとした表情を浮かべた。

 

「日本に詳しいわけではないけど、その服装が浮いてるってのは僕でも分かるな」

 

「それはお相子だ神父様。貴方も負けず劣らずこの場にミスマッチじゃないか」

 

「そちら程じゃないと思うけどね」

 

会話だけ切り取れば険悪な雰囲気はない。しかし実際は双方相手をいつでも攻撃できるようにしている。真名と男の距離は5メートル程だ。

 

「何者かと聞いたら、答えれくれたりするのか?」

 

「そのつもりだ。聞いた話に嘘がなければ、貴方と私のクライアントは顔見知りらしいからな」

 

男は眉をひそめる。予想と違う返答に困惑しつつ、決して集中力は切らさなかった。周囲に下準備をした後とは言え、相手は二人。それも正体不明のだ。一瞬の隙が命取りとなる。

 

「クライアント…傭兵か」

 

「ご名答。今そのクライアントと通話中だ。是非とも話して確認してもらいたい」

 

「どうやって?」

 

「今からスピーカーに切り替える。左の前腕部分の立体映像を押させてもらうが、いいか?」

 

暫しの沈黙の後で男が口を開く。

 

「いいだろう。その代わり、こちらも懐に手を入れさせてもらうが…構わないよね」

 

「構わんさ」

 

真名は男を見ながら、男は真名と祐を視界に収めながらゆっくりと動き出す。そして真名の指が立体映像に触れ、通話の使用が切り替わった。

 

「準備完了だ」

 

『よう、聞こえてるか?同僚』

 

「…まず先に名乗ってもらおうか」

 

耳に届いた声は聞き覚えのあるものだが男は懐から手を出さないまま、通話相手に呼びかける。当然通話相手の音声は祐にも聞こえていた。こちらとしてもその声はよく知っているものだが驚きはしない。大きな声で言えないことをしているのは、お互い承知の上で付き合いを続けていたのだから。

 

『俺を忘れたなんて言わせないぜ?この土御門元春様をな』

 

『ルーンの魔術師、ステイル=マグヌス』

 

呼ばれた男『ステイル=マグヌス』は、面倒くさそうな顔をして空いている手で頭を乱暴に掻いた。

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