Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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最悪な仕事

元春の声を聴いたステイルの反応から見て他人ということはなさそうだ。このまま上手く纏まってくれれば一番だが。

 

「君が先方ってわけか…僕のことは予め伝えておくと上は言っていたが」

 

『ああ、伝達はあった。ほんの数分前にな』

 

「…なるほど」

 

うんざりしているのと同時に、どこか納得しているような態度に見える。組織内の問題には関わらないという考えに変化はないが、少々必要悪の教会の体制が心配になる真名だった。

 

「取り合えず、この二人は君が雇った傭兵で間違いないか?」

 

『間違いない、何度も仕事を依頼した相手だ。この傭兵は信用していいぜ、腕の方もな』

 

「それは結構」

 

銜えていた煙草を手に持って肺の中にある煙を大きく吐き出した。ため息も兼ねたものだと傍から見ているだけでもわかる。ステイルはそのまま視線を真名から少し後ろで佇んでいる祐に向ける。未だ一言も発さず、ただこちらを観察している姿は表情も窺えないこともあって非常に不気味だ。

 

『上は事態の早期決着を望んでいる。だったら伝達をしっかりしろって話だが、今更言ったところで無駄だから捨て置くぞ。最大主教(あれ)に対しては頭を悩ませるだけ損だ』

 

「色々と同感だ。僕としても早くこんな寒くて殺風景な場所から離れたいし」

 

『なら決まりだな、悪いがこのまま仕事に取り掛かってくれ。間違っても潰し合いなんぞしてくれるなよ』

 

「こちらにそんな意思はない。神父様はどうだ?」

 

「おかしなことさえしなければ危害は加えないよ。おかしなことさえしなければ、ね」

 

わざと強調した発言に真名は肩をすくめた。双方お世辞にも人当たりがいいとは言えない性格で、両方を知る元春は正直不安が拭えない。しかし既にこうして出会ってしまったのだ、この二人に任せるしかない。

 

『すまんが頼んだぞお二人さん…いや、お三方だったか。何かあれば連絡してくれ、それじゃ…健闘を祈る』

 

通話が終了し、真名とステイルの視線が重なる。とはいえ真名は顔も含めた全身が装甲に覆われているので、ステイルからすればどこを向いているのかなんとなくでしか分からない。

 

「さて、僕はこれから仕事に取り掛かる。土御門はああ言ってたけど、君達は帰ってもらって構わないよ」

 

「ほう、我々は必要ないと?」

 

「君達の実力なんて知る由もないし、どちらが上かと言うつもりもない。ただ僕の使う魔術はチームプレーが大の苦手でね、目の前をウロチョロされると却って邪魔になる」

 

「こちらも正式な依頼を受けてここにいる。それに今の話はお互いが上手く立ち回れば済むのではないか?」

 

「無駄なことに神経を使いたくないから言っている」

 

「要はそちらに上手くやれる自信がないということだな」

 

元春の願いも虚しく、早速険悪な雰囲気となってしまった。真名は周りに喧嘩を売るタイプではないが、かといって温厚と言うわけでもない。相手の態度が刺々しいものならそのまま返す主義だ。

 

「私はただ働きは勿論だが、報酬泥棒をする気もない。そんなことをすれば信用に傷がつく」

 

「まるで自分の仕事に誇りを持ってる奴の台詞だ」

 

「だったらなんだ。傭兵風情が、と続けるつもりか?」

 

その時今まで黙っていた祐が真名の肩に手を乗せて、ステイルから距離を置かせる為に少し後ろに引く。不満はあったが祐が物理的にも間に入ったことで一旦冷静にはなれた。

 

「ステイル=マグヌスで合ってるよな?あんたはどの距離が得意なんだ」

 

「なんだ、君喋れたのか」

 

「初対面の相手と話すのは得意じゃなくてな」

 

どの口が言うのかと真名は思った。しかし口に出せば話の腰を折ってしまうので心の中にしまう。

 

「それで質問に戻るが、これくらいは教えてもらいたい」

 

値踏みするように祐を見る。だがその姿から視覚的に情報を得られるとすれば、体型が逞しいことくらいだ。どういった意図で聞いてきたのかもこの二人がどんな人物かも分からない為、土御門が雇った傭兵というのは確かでも明言する気にはなれなかった。

 

「強いて言うなら、殴り合いは趣味じゃないね」

 

「そうか、なら俺が前に出る。そちらはうちの相方と後ろから撃つなりなんなりしてくれ」

 

「聞いてなかったのか?纏めて焼かれることになるぞ」

 

「俺のことは気にしなくていい、こっちでなんとかする」

 

淡々と話す祐に訝しむ表情のステイル。冗談で言っているわけでもなさそうだが、本気で言っていてもそれはそれで問題だ。

 

「忠告するのはこれで最後だ。僕は撃っていいと言われたら躊躇わずに君を撃てる。それでいいんだな?」

 

「二言はない」

 

こうまで言ってのけるとなると、何か手があるのだろう。どんな手を使うつもりなのかは想像も付かない。だが他ならぬ本人たっての希望だ、望みを叶えよう。

 

「そこまで言うなら、希望通り前衛は君に任せるよ。そして僕は後ろで好きなようにやらせてもらう」

 

「決まりだな。ガンナー、場所まで案内してくれ」

 

「…ああ」

 

呼ばれた真名が色々と心情を飲み込んで歩き出す。ガンナーとは今回の仕事中のコードネームで、移動中に即席で決めたものだ。

 

「ガンナーね…君は?」

 

「ヴィジョンだ。そっちはマグヌスでいいか?」

 

「お好きなように」

 

真名・祐・ステイルの順番で一列に目的地を目指す。無言で歩くこと数分、真名が立ち止まった。

 

「ここだ」

 

視覚的には周囲と変わらない雪原だ。しかし祐は嫌な雰囲気をひしひしと感じていた。間違いなく、この下には何かがある。

 

すると後ろにいたステイルが懐からカードを取り出し、少し先の地面に投げつけて指を鳴らした。マークのようなものが書かれたカードは一瞬で燃え盛り、周囲の雪を急速に溶かし始める。

 

「ルーン文字か、そういえばルーンの魔術師と言っていたな」

 

「君は読めるのか?」

 

「いいや、ただ見たことがあっただけだ」

 

真名の返答に頷きながらステイルが雪の溶けた場所を見る。そこには破壊されたと思われる鉄の扉と、底が見えない地下へと続く梯子が現れた。

 

「さぁ、道ができた。ヴィジョン、先頭は君の担当だ」

 

「失礼する」

 

一言だけ返して祐は梯子を使わず、躊躇なく落下していった。真名とステイルは呆れた表情で下を覗き込む。

 

「君の相方、もしかして死にたがりじゃないだろうね?」

 

「本人曰く死ぬつもりはないそうだ。行動を見る限り疑問だがな」

 

答えてから真名も地下へと向かった。その背中を見送りつつ、相手にするのが面倒なのはガンナーではなくヴィジョンの方かもしれないと思いながらステイルも後に続いていく。余談だが祐以外はしっかりと梯子を使用した。

 

 

 

 

 

 

同時刻。女子寮の自室で各々が趣味に没頭している中、一息つこうとペンを置いたハルナが背もたれに寄り掛かって大きく伸びをした。飲み物を取る為冷蔵庫に向かう途中、読書に耽っている夕映とのどかに視線を向ける。そこで見えた夕映の読んでいる本の表紙がやけに気になった。というのも、その表紙が真っ白な背景の中央に水色のパール塗装された蝶が大きく描かれた目を引くものだったからだ。

 

「ねぇ夕映、それってなに?」

 

「この本ですか?数年前に発売された絵本ですが」

 

「絵本?」

 

夕映は児童文学研究会にも所属しているが、絵本と児童文学は違うものだ。ハルナは首を傾げた。

 

「夕映ってそっちにも興味あったっけ?」

 

「専門外ですが、この絵本には少し興味がありまして」

 

二人の会話が耳に入ったのどかが同じように夕映の持つ本を見て反応する。

 

「あっ、その絵本私も知ってるよ」

 

「のどかも?これってもしかして有名なやつだったりする?」

 

「いいえ、誰もが知る程有名ではないかと」

 

「本屋さんで偶々見つけて、表紙が独特だったから気になって調べたんだ」

 

「ふ~ん。じゃあ夕映がその絵本に興味がある理由は?」

 

聞かれた夕映は本を閉じてハルナに表紙を見せた。ハルナが顔を近づける。

 

「見ましたか?」

 

「うん、見た」

 

すると今度は裏表紙を見せる。訳が分からず再度首を傾げた。

 

「何か気になりませんか?」

 

「…なにが?」

 

「本の題名・出版社などは記載されていますが、作者名は書かれていないんです」

 

「え?あ、ほんとだ」

 

改めて見直しても夕映の言う通り、作者名は載っていなかった。表紙には題名と蝶のみ、裏表紙は出版社名だけだ。

 

「別の所に書かれてるってわけでも」

 

「ないですね」

 

「…なんで?」

 

「分かりません」

 

返答にこけそうになるハルナと苦笑いを浮かべるのどか。反して夕映の表情は真剣だ。

 

「そこが気になる点なのです」

 

「というと?」

 

「作者不明ということで、この出版社には問い合わせが相次いだそうです。しかし、出版社から作者の名前が語られることはなかったとか」

 

「私が調べた時もそう書いてあったよ。なんでも作者さんの名前を出さないのが条件でこの絵本を出したんだって」

 

「何から何まで謎だらけってわけか」

 

腕を組んでその本を見るハルナ。謎の多い本となると急に興味が湧いてくるのは、探求心を刺激されるからだろうか。

 

「因みに本の内容はどんなもんなの?」

 

「簡単に説明すると、蝶が古い世界と共に消えてしまいそうな命を新しい世界に運んでいくというお話です」

 

「思ったよりファンタジーね」

 

「蝶は古来より魂や命と結び付けられることが多く、神聖視されていました。それに由来していると思います」

 

「でもこの絵本、悲しいお話だよね」

 

「そうですね」

 

内容を知っている夕映はのどかに同意するが、知らないハルナからすればなんの話かさっぱりだ。それに気付いたのどかが説明する。

 

「蝶々さんは沢山の命を新しい世界に運んでくれるの。そのおかげで命は消えずに新しい世界で暮らしていけるんだけど、最後にその蝶々さんは力を使い果たして古い世界で眠っちゃうんだ」

 

「しかしその蝶の命は誰にも運ばれることなく、最後には存在も忘れ去られて古い世界と一緒に消えていく…という結末です」

 

「そりゃあ…確かに悲しい話ね」

 

絵本の中には考えさせられる内容のものであったり、決してハッピーエンドと呼べない終わり方をするものも少なくない。この絵本もその一つなのだろう。作者不明の件も相まって、なんと言うかしこりを残す作品だ。

 

「他にも気になる点があります。この蝶は始めは真っ白なのですが途中で赤に変わり、最終的には青色になります。ですがこのことに一切の説明はありません」

 

「それにも意味があるかもしれないし、ないかもしれない的な?」

 

「そんなところです」

 

「なるほどねぇ…」

 

聞けば聞くほど興味深い絵本で、この後自分でも少し調べてみようと思うハルナであった。

 

破滅へと向かう世界と命。その全てを新しい世界に導いた蝶は、全てのものに忘れ去られて消える。その蝶を愛したものの記憶からさえも。

 

 

 

 

 

 

全員が地下に到着し、その先に続く通路を進んでいく。その地下は無事な部分がないのではないかと思える程荒れ果てていた。

 

「随分と散らかしてるな」

 

「間違いなく戦闘の痕だろう。これで全員が戻ってきていないとなると、生存は絶望的か」

 

始めから期待はしていなかったが、この惨状を見て確信に変わった。第一陣は全滅だ。

 

「女はボディガードも引き入れていたと見るべきかもな」

 

「魔眼を使った引き抜きか、なんとも野蛮な引き抜きもあったもんだ」

 

ステイルの言葉には皮肉がこもっていたがそれも仕方がないことだ。取り乱したりはしないが、それでも同じ教団の仲間が殺されたことに何も感じないわけではない。するとこれまた破壊された入口が見えてくる。中に入ってみれば、状態は更に酷いものであった。

 

「至る所に損傷と血の跡」

 

「これだけ散乱としているのに、死体の一つもないのは流石におかしいな」

 

真名の言う通りここまで傷痕や血痕は至る所に確認できたが、死体に関しては一度も見ていない。どう考えても不自然である。

 

「誰かが運びでもしたのか?」

 

「だろうね。なんの為かは分からないし、誰がしたのかも分からないけど」

 

周囲に目を配る三人。進む前に何かないかと探索していると、先に続く通路から見えるものがあった。青い光を放つ蝶だ。

 

「あれは…」

 

「昨日もこの付近で見た。やはり関係があったか」

 

昨夜の出来事を思い出しながらステイルは蝶を見る。真名も同様に注視すると、顔を顰めた。

 

「魔力で生み出されたものだな。嫌な感じもする」

 

「相手の思考力を弱め、何処かに誘導しようとしているみたいだ。微弱なものだけど、魔力に耐性のない相手は引っ掛かるだろうね。これも一種の魅了の力だ」

 

「魅了か、例の女と無関係などと言うことはないだろうな」

 

そう話す二人と違い、祐は黙って奥へと消えていく蝶を見つめていた。それに気付いたステイルは面倒くさそうな雰囲気を醸し出す。

 

「まさか掛かったりしてないよね?」

 

「心配するな、無事だ」

 

「それは良かった。あとうるさい奴は僕も嫌いだが、君はもう少し喋った方がいいんじゃないか?」

 

「留意しておく」

 

本当にする気があるのか疑わしい反応をしながら、祐は振り返って二人を見る。

 

「どうやらこの施設の道は一本しかない、結果的にあの蝶を追うことになるが構わないな?」

 

「異議なしだ」

 

「まぁ、それしかないか」

 

二人からの返答を受け、祐達は最深部を目指して歩き出す。どちらにせよ、進む以外に道はないのだ。

 

先程よりも慎重に歩みを進める。相変わらず死体はないが、内部の損傷具合は増していく一方だ。それは要するに、この先に何かがあることを言葉ではなく光景で語っていた。少ししてまた新たな部屋が見えてくる。今までの部屋よりもかなり広い部屋だ。辺りを見回しても入ってきた入口以外確認できないことから、ここが最深部と見て間違いないだろう。そして部屋の中央には緑色の光を放つカプセルが置かれている。一人の女性が、眠るようにカプセルの中で浮かんでいた。

 

「目標の女か…」

 

「見つけたのはいいが、この状況がまるで理解できないのはいただけないな」

 

魔眼を使い、多くの人物を操った目標の女性はカプセルの中。このままでは何一つ分からないままだ。

 

「眠っているのか?」

 

「いや、死んでいる」

 

即答したのは祐だ。そんな彼にステイルが聞く。

 

「どうして分かる」

 

「悪いがそう感じるからとしか言えない。正確には肉体は生きている。いや、生かされてるのか。この装置の影響だろうな」

 

「では死んでるというのは?」

 

「あの身体には魂がない。もう、そちらは旅立っていったようだ」

 

「魂だと?」

 

「魂の存在は証明されている。畑違いとはいえ、それは知っているだろ?」

 

「…第三魔法」

 

確かにこちらの管轄ではないが、この世界に身を置くものなら知っていて当然だ。『第三魔法・魂の物質化』それは魔術やネギ達が使用する魔法とは一線を画す、魔術協会が『真の魔法』と呼ぶ奇跡そのものだ。

 

「それは勿論僕だって知っているさ、だが重要なのはそこじゃない。今の発言は君が魂を視覚化ないしは感知出来ていなければ成り立たないものだ」

 

「そういうことになるな」

 

「ヴィジョン、ふざけているのなら発言に気を付けろ。君の言う通り畑違いとはいえ、僕も魔術を行使する者だ。魔術師相手に、その冗談はセンスがなさすぎる」

 

ステイルは睨みつけるかのような視線を送る。祐はそれに感情の読み取れない仮面で覆われた目を向けた。

 

「この場で嘘をつく理由がない」

 

「だとしたら、余計に笑えないぞ」

 

ステイルの醸し出す雰囲気が明らかに変化した。ただし、誰がどう見てもいい方向にではない。しかしそんな中にあってマイペースに辺りを探索していた真名が口を開いた。

 

「それは後回しにしてくれないか?今はここを調べるのが先決だと思うが」

 

「何を馬鹿な!分からないのか!?君の相方は今、到底聞き捨てならないことを言ったんだぞ!」

 

「生憎私は魔術師でも魔法使いでもない。まぁ、私もこいつの力が気にならないなんてことはないが…今は仕事を片付けるのが最優先だ。目的を履き違えるなよ、必要悪の教会」

 

「…チッ!」

 

ステイルは隠す気のまったくない大きな舌打ちをした。一度深い息を漏らしながら真名は祐を見る。

 

「お前も、今の発言は軽はずみなものだったぞ。魔術師や魔法使いにとってこの手の話はデリケートなものなんだ。少し気を遣え」

 

「すまない」

 

先程とは逆に、今度は真名が二人の間を取り持った。真名とステイルに頭を下げる祐。真名はなんともないが、ステイルは納得していない顔だ。冷静になる為に新しい煙草に火を点けるが、これで忘れられる筈もない。この仕事が終わり次第本人に詳しく話を聞くか、最悪元春にこいつのことを説明してもらわねば納まりが付かないことだ。そんなことを考えていると、真名があるものを発見する。床に捨てられているように置かれた本とノートだ。

 

「何かのノートとこれは…絵本?」

 

ノートはまだしも何故こんなところに絵本がとまずそちらを調べる。表紙の蝶が印象的なもので、先程見えた光る蝶と重なった。

 

「青い蝶…これと何か関係があるのか」

 

「ノートの方を貸してくれ」

 

普段通りとはいかないまでも、なんとか冷静さを取り戻したステイル。真名は素直にノートを手渡した。ノートを受け取ったステイルがページをめくる。双方自分が持つ物に集中していたからだろう、祐の視線が絵本の方に固定されていることには気付かなかった。奇しくも夕映が読んでいたものと同じその絵本に。

 

「日記、恐らくこの女のものだ。書かれている量は意外と少ないな」

 

そう言ったステイルから魔力の流れを感じる。何か魔術を使用するつもりなのだろう。ステイルの手からノートが宙に浮き、一番最初のページが開いた。そして何処からか機械的な音声が聞こえる。どうやら日記の内容を読み上げているようだ。

 

「文章を読み上げる魔術か、随分可愛らしいものもあるんだな」

 

「この方が同時進行で別のことを行える。今時は機械でも出来るんだろう?こういうの」

 

「みたいだな。私は使ったことはないが」

 

真名は絵本を見ながら、ステイルは他にめぼしいものはないか探しながら日記の読み上げに耳を傾ける。祐は静かに絵本『みちびくひかりのちょう』からカプセルに浮かぶ女性に視線を移した。

 

 

 

 

 

 

なんとか人数も集まってきた。正直まだ足りないけど作業を始めることは出来ると思う。時間がない、やることは沢山あるのに。あの人を殺した奴らの復讐だってしなきゃならないのに。でもそれより先にやるべきことをやらなきゃいけない。もう私は無くすわけにはいかないのだから。

 


 

そろそろ人集めもいいだろう。欲をかき過ぎると足元を掬われる。それに私ももうすぐここから身動きがとれなくなる。不安だ、何事もなく上手くいくだろうか。こんな時あの人が居てくれたらってどうしても思ってしまう。生きてきた中で、間違いなく今が一番不安だ。

 


 

まずは無事に終えることができた。ある意味ここが一番の山場だったから、正直ほっとしてる。でも全てが終わったわけじゃない。まだまだ、やるべきことは残ってる。身体はまだ本調子とはいかないけど、ここで頑張らないといけない。

 


 

あの日、旅行中に寄った本屋であの人が興味本位に手に取った絵本。生まれてくる子にあげる一番最初のプレゼントだって年甲斐もなくはしゃいでた。それをなんとなく読み聞かせてみたら、あの子が笑ったのだ。そして楽しそうに蝶を指でなぞっている。きっとお父さんに似たんだね。本当に、私に似なくてよかった。

 


 

移植も成功だ。もう両目でこの子を見ることはできないけれど、それでもいい。この目で大変な目にも遭ったけど助けられたこともある。この力は私にではなく、この子に必要なんだ。

 


 

成長のスピードが凄まじい。今はもう歩き回り、言葉も少しだが話せるようになった。まだ半年も経っていないというのに。成功だ、だけどまだ足りない。もっともっと大きく強くならないと、この子は安全に生きていけない。

 


 

日に日にこの子は大きくなる。2歳になった現在は身長も私を越して、見た目で言うところは13歳くらいだろうか。やっぱり似ている。特に笑った時の顔がそっくりだ。それと、生まれてからずっと読み聞かせている本を未だに私に読んでとせがんでくる。もう話も分かりきっているだろうに、読んであげると嬉しそうに笑うのだ。この笑顔を見ていると、何度だって読んであげたくなる。

 


 

遂にここまできた。成長したこの子に更なる強靭な肉体を与え、丸三年掛かったこの計画の第一段階は終了だ。あとはこの子を育て上げ、何者も手出しできない完璧な生命体にするんだ。そうすればこの子はきっと幸せに生きていける。

 


 

まずい。どうやら私達の居場所に気付き始めた奴が出たらしい。追ってきている組織の候補は幾らでもあるがそこは重要じゃない。なんとしても逃げ切らないと。

 

それと同じくらい不安なことがある。力が強くなるにつれて、あの子の凶暴性も増している。今のところ私の言うことは聞いてくれているが、他の人間になるとダメだ。それでも私にとっては唯一の家族だ。この子だけでも、絶対に守ってみせる。

 

 

 

 

 

 

そこで読み上げが全て終わる。その頃にはステイルも真名も、嫌な予感がこれでもかとしていた。読み上げの途中ステイルは部屋の中にまだ生きている監視カメラの装置を発見したが、まずこの話を落とし込みたかった。同じ思いだったのか真名が呟く。

 

「…子供を身籠もっていたとはな」

 

「この日記が本当なら、相当に狂っている。何をしたかまでは正確に書いていないが、愛情を向けている実の子供にこの女は人体実験をしたんだ」

 

改めて説明されると激しい怒りが湧いてくる。真名は思わずカプセルの中にいる女を睨みつけた。

 

「この日記の後、必要悪の教会がやってきた。そしてここに居たものはどちらも全滅…女はカプセルの中…そうなるとこれをやったのは」

 

「来るぞ」

 

暫く沈黙を貫いていた祐がそう言いながら二人の前に出た。祐は勿論、真名とステイルも戦闘の準備は既に済んでいる。自分達が歩いてきた通路から足音が聞こえてくるが、音からして人間の足音とは思えなかった。

 

その正体は少しずつ暗闇から姿を表す。薄暗い灯りに照らされ、全貌が確認できた。シルエットこそ人型ではある。だが見えた存在は人間などではなかった。生物と機械を合わせた装甲のような肉体・両肩から横に突き出した棘・左胸と右肩にはカメラレンズのようなものが付いている。顔も肉体と同様、生物と機械・そして人間と昆虫の掛け合わせを想像させるものとなっていた。唸り声を出し、こちらに近づいてくる様はまさに『怪人』だ。

 

「ヴィジョン、一応聞く。あれがなんだか分かるか?」

 

どうか違ってくれとは思っても、頭に浮かんだそれ以外の答えは返ってこないだろうと真名も充分理解していた。それはステイルとて同じだ。真名の質問に、祐は怪人へと視線を固定したまま答える。

 

「向けられてくる感情は狂暴だが、同時に余りにも純粋だ。見た目に反して中身は、幼い子供だな」

 

「そうか…最悪の仕事だ」

 

とんでもない貧乏くじを引かされた。悲しいかな、それは今ここにいる三人の意見が初めて一致した瞬間でもあった。

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