Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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炎に消える

こちらをじっと見つめる怪人の大きな赤い目が光りだした。それを合図に祐達から少し離れた床下の点検口より何かが這い出てくる。見ていたステイルが不快感から眉を顰めた。

 

「ゾンビ、グール…呼び方なんてどうでもいいか」

 

現れたのは呻き声を発しながら低速で動く死体だった。間違いなくこの場で死んだ者達だろう。服装は白衣からステイルにとって見覚えのあるものと様々で、目の前の怪人が無造作に操っていると思われる。このような所業となれば嫌悪感を抱かざるを得ない。

 

「死体が見つからなかった理由は判明したな。何一つ嬉しくはないが」

 

真名が呟いた言葉にステイルは浅いため息を返した。先程からなんとも意見が合う。すると動きの鈍いゾンビよりも先に怪人がこちらに突進してきた。それと時を同じくして、祐が前に出て怪人の右手首と首元を掴み素早く押し返す。真名とステイルから怪人を引き離すように勢いを増して突き進み、その際発生した暴風に吹き飛ばされぬよう二人は踏ん張った。

 

「あれを部屋から出すつもりか!?」

 

「恐らくそうだろう!あいつがここで思いきり戦ったら施設ごと吹き飛ぶからな!」

 

相手に聞こえるように大きな声で話す。ゾンビは襲いくる風圧に耐えられず吹き飛ばされていたが無力化したわけではない。起き上がればまたこちらに向かってくるだろう。

 

「ガンナー、君はヴィジョンを追え」

 

「なに?」

 

「さっきも言ったが僕はチームプレーが苦手なんだ。彼は気にしなくていいらしいが、君は違うんだろ?」

 

「ああ、私を撃つようならお前にも何か飛んでくるのは間違いないな」

 

「なら行け。あの中には同業者もいる、弔いは僕の方でやらせてもらう」

 

そう言ってゾンビを見つめるステイルの瞳は強い意志を宿していた。ここで異を唱えるのは無粋だろう。それに詳しい実力など分からないが、先程の怪人よりもゾンビが強敵とは思えない。祐ならなんとかしそうでも、強い敵に戦力を集中させるのは当然のことだ。

 

「では失礼する。まぁ、一応言っておくが奴らの仲間入りはするなよ」

 

「早くしないと纏めて火葬するぞ」

 

睨んできたステイルに肩をすくめ、真名は跳躍すると立ち上がりつつあったゾンビを踏み台にして祐を追った。そちらには目もくれず、ゾンビはステイルに狙いを定めて近寄ってくる。それでいい、こちらにとって好都合だ。

 

「良く言えば彷徨う魂をあるべき場所に送る…ということになるのかな?」

 

ここに来るまで、外だけでなく施設の至る所に手は回した。まだ使うつもりはないが準備は万全である。ステイルは放るように煙草を捨てた。

 

「炎よ」

 

落下中の煙草の火が本来ならばあり得ない程燃え上がる。威力を増した火は炎となり、ステイルの右手に収縮し始めた。

 

「偶には神父らしい仕事をするとしよう」

 

 

 

 

 

 

掴んだ怪人を壁に押し付けながら出口へと猛スピードで進んでいく祐。ただでさえ酷い有様だった施設が更に悪化していくが、カプセルが置かれていた部屋が無事なら今更誰も気にはしないだろう。垂直に跳んで梯子を飛び越え雪原に出ると、空中から怪人を地面に投擲した。大地に叩きつけられた怪人は転がりながらも手足を使って勢いを殺す。着地した祐が相手を見つめる。

 

「厳しいか…殆ど残ってないな」

 

そう言った仮面に隠れる祐の表情は険しい。出来ることなら戦いたくなどないが説得は不可能と思えた。それ程までにあの怪人からは感情が見て取れない。とはいえ諦めて相手を消すにはまだ早い。その選択を取るのは手を尽くしてからで充分だ。

 

体勢を立て直した怪人の右肩にあるレンズが赤く光る。祐が上半身を捻りながら横にずらすと、先程まで左胸があった場所にレーザーが真っ直ぐ通過した。すぐさま怪人へと走り出した祐に向けて二発目が放たれる。スライディングで避けつつ右手から光弾を発射。腹部に着弾したことで仰け反った隙を見逃さず、滑り込みの状態から前傾姿勢に移行して地面を蹴る。距離が近づくと左フックで怪人の顎を撃ち抜いた。

 

大型車が追突したと見まごう衝撃に怪人は横に吹き飛び、確かな手応えに祐は思わず左手を振り払った。元からこの感覚は好きではない。人間だろうと動物だろうと、相手の肉体に痛みを与えるこの感覚が。そして今の敵は見た目こそとてもそうは見えないが、生まれてまだ3歳の子供なのだ。この場から逃げ出すつもりなどない。しかしだからとこの行為に何も感じない程割り切れる筈もなかった。そんなことが出来るなら、自分は今こうはなっていない。

 

頭を振って立ち上がり、レーザーを放出しながら怪人は祐へ一直線に向かってくる。身体能力等は非常に強力でも中身は幼いままなのだろう、相手を殺すこと以外は何も考えていない。両手を突き出して前面に光の壁を作る。光に当たったレーザーは反射して怪人に当たるが、自身の身体にレーザーが当たろうとも構わず放ち続けながら走るのをやめない。光を手で押し出せば、レーザーを反射しながら進む光が怪人に衝突する。接触した瞬間爆発を起こし、そこで怪人は流石に耐え切れず膝をついて足が止まった。

 

一瞬で間合いを詰めた祐が怪人の顔面を掴んで後頭部を地面に叩きつける。掴んだ手から光を流し、身体の動きを封じた。

 

(僅かでも残っているなら出来る筈だ!)

 

怪人の目が祐の顔を捉えた瞬間、祐の瞳が強く輝いた。

 

 

 

 

 

 

祐が瞼を開けると、どこまでも続く真っ白な空間に立っていた。その景色故探している相手はすぐに見つかる。地面に座り込み、本を読んでいる小さい背中にゆっくりと近寄った。近くにきたことで祐の存在に気が付いた幼い子供が顔を向ける。

 

「だれ?」

 

「初めまして、俺は逢襍佗祐って言うんだ。きみとお話がしたくて来させてもらった」

 

可愛らしい幼子を怖がらせないようにと片膝をつき目線を合わせる。こちらを見る目は痛い程真っ直ぐだった。

 

「名前、聞いてもいいかな?」

 

「フレド」

 

「フレドか、よろしく」

 

優しい笑みを浮かべた祐にフレドは頷いた。取り敢えず話は出来そうだ。胡座をかいてその場に座る。

 

「あの部屋で何してたんだ?」

 

「お母さんが起きるのを待ってた」

 

「…そうか。お母さん以外の人達はフレドが動かしてるんだよな?」

 

「起きてってお願いしたらみんな起きたの。でも前と違ってみんなゆっくり動いてる」

 

「お母さんの目を使ったんだな。あの青い蝶も」

 

「目の使い方はお母さんが教えてくれた。ちょうちょさんは命を運んでくれるんでしょ?だからそうしてもらおうと思って僕が作ったの」

 

話していると次第に心が締め付けられる。暗い顔になっていくのを隠そうと努めていると次に質問してきたのはフレドの方だった。

 

「ねぇ、今外の方はどうなってるの?」

 

「今何が起きてるのか、分からないのか?」

 

「最初はそんなことなかったんだけど、だんだんここしか見られなくなっちゃったんだ。もう外のことはなんにも分んない」

 

だから自分を見た時に誰か分からなかったのかと一人納得する。フレドの視線はつい先程まで殺し合いをしていた相手に向けられるものではなかった。

 

「今は少し危ないことになってる。なんとかする為にフレドにも手伝ってほしい」

 

「危ないこと?あっ、お母さんは起きた?」

 

「いや、お母さんは…起きてないよ」

 

「あの時お母さんにも起きてってお願いしたけど、おやすみしたままだった。なんで?」

 

目まぐるしく話題が変わるのは子供だから仕方のない部分か。祐は一度フレドから視線を逸らして下を見た。質問の方だが、理由は凡そ分かる。出来れば伝えたくない理由でも伝える以外になかった。嘘をつくことは、真実を伝えるよりも残酷だと思ったからだ。

 

「他の人と違って、フレドのお母さんは心が身体から離れた後だったからだよ」

 

「こころ?心ってどこかに行っちゃうの?」

 

「心と身体には強い繋がりがあるけど、別のものなんだ。きみが持ってるお母さんの目は、心を持つ存在にしか効果がない。他の人はまだ心が離れてなかったから、その目と魔力が効いたんだろうな」

 

「お母さんは死んじゃったってこと?」

 

これも子供だからと言えばいいのか、投げられる質問は良くも悪くも取り繕っていない。答える側からすれば心苦しかった。答えれば答えるほど、現実を叩きつけることになる。

 

「身体は生きてるけど、心はもうそこにはない。…ごめん、分かりにくいよね。お母さんは、もう亡くなってる」

 

この子に難しい言葉を並べても意味がない。ここに潜った時点でこうするつもりだったろうに、何を今更怖気づいているんだと自分に喝を入れた。初めから自分は無慈悲なことしに来たのだ。

 

「もう会えない?」

 

「残念だけど」

 

「じゃあ僕が死んだら?」

 

「……」

 

死んだ母親とフレドを会わせることは不可能ではないが、いくら祐でも無条件にとはいかない。あの時裕奈と夕子を引き合わせられたのは、二人の心が強く繋がっていたからだ。だからこそ裕奈を伝い、夕子の心に接触することができた。ならば何故それが今できないのか、それは偏にフレドと母親の心が繋がっていないからに他ならない。フレドは強く母親を想っているが一方通行なのだ。もう一つの方法としては、母親の方から祐にアクションがあればいいのだがこれもない。酷く残酷なことである。要は子供からの想いに、母親が応えていないということなのだから。

 

「身体から心が離れたら、心は別の世界に運ばれる。そこでなら会える可能性はある。絶対とは、言えないけど」

 

「僕もそこに行きたい」

 

「そうするには、身体から心を離すってことは…死ぬってことだ」

 

「うん、それでいい」

 

堪えきれず拳を強く握る。何に対しての憤りなのか、自分のことながら判断が難しい。今冷静さを保つことは何よりも困難と言えた。

 

「怖くない?死ぬことが」

 

「怖くないよ、だって死んだ人達と会えるんでしょ?お母さんも、きっとお父さんもいる」

 

祐は溢れ出しそうになる感情を必死に抑えて言葉を紡ぐ。それに反してフレドは何一つ不安なことなどないといった様子だった。無理もない、この年で生と死を理解するなど不可能だ。

 

「死んだら、もうこの世界には戻ってこれないよ」

 

「別にいい、だって誰も居ないもん。お母さんとお父さんに会いたい」

 

祐は遂に項垂れたように肩を落とした。こんな時「死ぬな、生きろ」と言うべきなのだろうか、だがその発言は無責任が過ぎるのではとも思う。この世界で平和に生きていくには、フレドは既に枷を負わされ過ぎている。その身体・その力・その出生・そしてこの場でしていたこと、その全てがまだ年端も行かない子供に伸し掛かるのだ。

 

そんな子供が死を望んでいる。祐は似たような境遇の人物を誰よりも知っている。だからこそ簡単に生きろと言えなかった。彼女なら、愛する家族である彼女ならなんと言うのだろうか。例え情けなくとも、今だけはこの場を代わってほしかったが、それは無理な話だ。自分の答えを出さなければならない。

 

身体の方は、どうにかなるかもしれない。今の世界なら元の人間の身体に戻せる可能性はある。本人が望むのかどうかは別の問題だが。

 

「もしかしたらきみの身体を元に戻せるかもしれない。普通の人間の身体に」

 

「いいよ。戻ったって、なんにも変わらない」

 

フレドの表情は不満気だ。恐らく祐が自分を死なせないようにしていることに気付いたのだろう。自分の意見を通そうと駄々をこねるのは年相応か。手を掛けることになるこちらの気持ちを分かってほしいというのも、土台無理な話である。

 

「お兄ちゃんは?お母さんとお父さんいるの?」

 

「この世界にはもういないな」

 

「会いたくないの?」

 

「会いたいさ、ずっとそう思ってる」

 

「じゃあなんで生きてるの?死んだら会えるんでしょ?」

 

本当に、残酷だ。純粋だからこその残酷さは祐の心を深く抉った。

 

「俺には死ねない理由があるから、かな」

 

「理由があったら、嫌でも生きなきゃならないの?」

 

「それは人によるね」

 

「お兄ちゃん、嫌なことやってる。痛いの我慢してる」

 

「そんなことないよ」

 

フレドは本を閉じると祐の両手を小さな手で握った。突然のことだったが祐は優しく握り返す。子供特有の高い体温を強く感じた。同時に嫌でも実感する。現実では似ても似つかない姿だろうと、自分はこの子に暴力を振るったのだと。

 

「嘘だよ、だって聞こえるもん。痛い、苦しいって」

 

「フレドの心の中だから、俺の心の声がデカくなったんだな。迷惑だから静かにしとかなきゃ」

 

ここではお互いの声がよく聞こえる。一度聞こえてしまったものはなかったことにはできない。それが耳を塞ぎたいことであっても。

 

「ねぇお兄ちゃん、お願い聞いて」

 

「それこそ、痛くて苦しいんだけどな…」

 

「お願い、お兄ちゃん」

 

母親譲りなのか、青く美しい瞳で見つめられる。その目に魅了の魔眼は遺伝していないが、同等の力はあると錯覚してしまう。払いのけて断ると言えるのが強さなのだろうか。もしそうならば、自分は本当に弱い。

 

 

 

 

 

 

地下から真名が飛び出してくると、目に映ったのは怪人の頭部を掴んで拘束している祐の姿だった。やはり心配はいらなかったかと思いつつ、次第に違和感を覚え始める。祐も怪人も、指一つ動かさずに固まっていたからだ。目の前の光景にどうするべきかと考えていたその時、祐と怪人が動きを見せた。

 

祐は静かに手を離し、怪人は怪人でゆっくりと上体を起こす。その状態でお互いを見つめる姿は奇妙以外の何物でもない。真名は益々現状が分からなくなったが、只事ではない雰囲気は十二分に感じていた。

 

(逢襍佗…)

 

 

 

 

 

 

室内にいたゾンビの最後の一体を炎で灰へと変えたステイル。全員纏めてそうすることもできたが、大規模な攻撃を行えば証拠品は元より施設ごと燃やし尽くしてしまうので少し抑えた。ゾンビ達がいた場所を見つめて十字を切る。

 

「安らかな眠りを」

 

一仕事終えたステイルは新たな煙草を取り出して火を点ける。先程見つけた動いている監視カメラへ近づくと、一つのデスクに目が留まる。周りのものよりも少し大きなデスクの下には金庫が埋もれていた。そのすぐ横にはカプセルにいる女と、結婚相手と思われる男の二人が写る写真が入ったフォトフレームが転がっている。そこでこのデスクが誰が使用していた物なのか見当が付く。ここであった戦闘の余波を受けたのか金庫は本来の役目を果たしておらず、少し力を入れるだけで開くことができた。

 

中には小物やクリアファイルが入っている。小物は彼女の思い出の品なのだろう、クリアファイルには沢山の写真が収められていた。他に何かないかと中の物を全て取り出している時、それは見つかった。乱暴に丸められた一枚の紙、ステイルは手に取って広げる。紙には先程の日記とは対照的に殴り書きと思われる雑な文字が書かれており、その内容を確認した。暫くして読み終わったステイルの表情は苦々しいものだ。

 

「これは、最悪だな」

 

 

 

 

 

 

上体は起こしても立ち上がろうとはしない怪人、祐はしゃがんで肩に手を乗せる。怪人に銃を向けながら真名が歩いてきた。

 

「ヴィジョン、状況がまったく分からん。説明してくれ」

 

「この子と、フレドと話した」

 

「フレド?…まさか、こいつの名前か…?」

 

怪人を見つめたまま頷く祐。現れた時と違って今はただ静かに座っている怪人に困惑しながら、真名は頭痛がしていた。そんな彼女を措いて祐はそっと怪人の手を握る。

 

「始めるぞ。いいな、フレド」

 

祐の言葉に怪人が手を握り返しながら頷く。その行動に驚きながらも真名は聞く。

 

「いったい何を」

 

言葉の途中で祐の身体から虹の光が溢れ出す。真名は思わず祐の肩を掴んだ。

 

「おい!何をする気だ!?」

 

「この子の心を、あの世に送る」

 

「なんだと!?」

 

輝きを増す光が怪人の身体を包み始めると、祐の手を握る怪人の力が少しずつ弱くなって倒れそうになる背中に腕を回した。痛みは無い筈だ。きっと、眠るように行ける。

 

完全に力が抜け、祐の胸に頭を預けた。その身体を優しく抱き留める。その瞬間祐にも、そして真名にも見えた。怪人の身体から光と共に幼い子供が現れるのを。

 

「魂、なのか…これが…」

 

「さようなら、フレド。向こうに行ったら、ゆっくり休みな」

 

『ありがとう、おにいちゃん』

 

小さく手を振って空へと上がっていく。祐と真名はその姿を消えるまで見つめ続けた。光が晴れ、降っていた雪が二人に積もり始める。真名が空から祐の背中へと視線を落とすと、祐は未だに怪人の身体を抱きしめていた。ひどく小さな背中だと真名の目には映り、無視できない不安を感じた。

 

「ヴィジョン」

 

「…母親の元へ運ばせてくれ。肉体も、近くに居たい筈だから」

 

怪人の遺体を両手に抱えて立ち上がり、祐は施設へと歩き出した。色々と問い質したいことばかりだ。しかし今は祐の行動を優先させよう。それが最善だと真名は思った。

 

 

 

 

 

 

祐と真名がカプセルのある部屋に着くと、そこには壁に寄り掛かって煙草を吹かせるステイルがいた。

 

「無事なようだな」

 

「そっちも…待った、それは死体か?」 

 

「そうらしい。魂が空に向かっていくのを私も見たよ」

 

「…ふざけた話だ」

 

真名の返答に一切取り繕わず吐き捨てるようにステイルは呟いた。魔術師の考え方や感性に寄り添うつもりはないが、それでもステイルに少し同情する。会話する二人を余所に祐はカプセルの前に怪人を寝かせた。見ていたステイルは眉間に皺を寄せる。

 

「それはどういう意図だい?」

 

「この子はずっと母親が目を覚ますのを待っていた。近くに居たいだろう、例え…繋がっていなくても」

 

「…その繋がりというのは、感情の話か」

 

「その返答が出てきたということは、何か見つけたんだな」

 

第三者からすれば祐とステイルが何を言っているのか理解できないだろう。現に真名はそうだ。だが嫌な予感だけはしている。ステイルは懐から先程見ていた紙を取り出して真名に手渡す。不思議に思いながら受け取って目を通した。

 

 

 

 

 

 


妙な胸騒ぎがずっとしてる。誰かがこの施設に来るのを感じて怯えているからだろうか。それならいい、その考えはおかしなものじゃない。でも、この恐怖がその相手ではなくフレドに向けられているものなら私は

 

馬鹿なことを考えてしまった。私があの子を怖がる筈がない、そんな理由がない。今でもフレドは私の言う事は聞いてくれる。私を愛してくれている。確かに人間性は日を増すごとに薄れていっているが、それでもこの子は私達の大切な子供だ。愛しているんだ、誰よりもフレドを愛してる。

 

ふとある考えが頭を過る、このまま強くなっていったらこの子はどうなってしまうのだろうか。私の言う事も聞かなくなり、誰にも手の付けられない存在になったら

 

私はこの子を愛せないかもしれない


 

 

 

 

 

 

最後の一文は乱暴に消され見にくいが、それでもなんと書いてあるのか分かってしまった。紙を持つ真名の手は異常な程に力がこもっている。怒りからくるものなのは誰が見ても明らかだ。

 

「自分から仕出かしておいて、どの口が」

 

仮面の下は恐ろしい表情なのだろうとステイルは想像しながら、しゃがんで怪人の胸に手を当てたまま動かない祐に視線を移した。

 

「君は色々と知っているような口振りだった。いったいどこで、そして何故知っている」

 

「この子と話すことができた。フレドは母親を強く想っていたが、母親からの反応は最後まで感じ取れないまま。そこで、なんとなく察しが付いた」

 

事務的に理由を話す祐に苛立ちを感じる。だからといって当たるような真似はしないまでも、ステイルの口調は少し鋭さを増した。

 

「外で何をしたというんだ。説明しろ、じゃなきゃ納得できない」

 

「フレドの心は完全に死んでいたわけではなかった。だから、心に触れて話をしたんだ」

 

「そんな与太話を僕に信じろと?」

 

「本当のことだ、信じてもらうしかない。お望みならマグヌス、お前で再現しよう」

 

挑発か、それとも脅しか。どちらにせよ喧嘩を売られているとステイルは受け取ってしまった。

 

「燃やされたいのか」

 

「冗談は言っていないが…燃やされるのも、今はいいかもな」

 

立ち上がってステイルと目を合わせる。臨戦態勢を取るのかと思ったが、祐は脱力して佇んでいるだけだ。その姿はまるで

 

「…やめだ」

 

祐に反して行動するつもりだったステイルも力を抜く。なんとなくだが祐の考えに気が付いた。

 

「危うく君のくだらない自傷行為に利用されるところだった。やりたいなら自分で勝手にやってくれ」

 

ステイルが祐から視線を外して監視カメラの確認を始める。残った証拠を集めるつもりなのだろう。二人を静観していた真名も室内の探索を開始した。残された祐は何も言わず、振り向いて怪人越しにカプセルの中にいる母親を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

満足いく証拠を収めることができたステイルは室内を後にし、真名達もそれに続いた。三人は外に出ると全員が施設の方を見る。

 

「仕事は終わり…でいいのか?」

 

「いや、最後の仕上げが残ってる」

 

応えたステイルを見る真名に目線だけ向けた。

 

「得られる情報は全て収集できた。であるならば、この場所を残しておくべきじゃない。さもないとハイエナに集られるからね」

 

「ハイエナか」

 

言わんとしていることは理解できる。この場所も中にあるものも、他の組織が介入する前に消しておきたいのだろう。残していれば碌なことにならないのは間違いない。はっきり言えば、臭い物に蓋をするというやつだ。

 

「早速始める。君達は離れていろ」

 

何をするつもりかは知らないが、特に反抗することなく真名と祐はステイルから距離を取った。すると周囲から巨大な魔力の流れを感じる。

 

「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」

 

「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

 

詠唱を開始した直後、周囲に地響きが起こる。地下からは炎の燃え盛る音が僅かに聞こえていた。

 

「その名は炎、その役は剣。顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ!」

 

最後の一説を唱え終わると同時に、地下施設への入り口を突き破って巨大な炎が巻き起こる。やがて一つの姿を形作り、炎の巨人が現れた。

 

「さぁ、後片付けだ」

 

炎の巨人『魔女狩りの王(イノケンティウス)』は作りだした炎の十字架を手に、施設を周囲の地形ごと破壊し始める。3000度の炎で形成されたその巨体によって全てが跡形もなく燃え尽きるのにそれほど時間は掛からなさそうだ。今も降り続き、積もった雪を溶かしながら暴れ回る巨人。その光景は破滅的ながらどこか儚さを感じさせた。もしかすると感じているのは無常なのかもしれない。どちらにせよ、暗い感情なのは間違いなかった。

 

「この分なら灰すら残らないかもしれんな」

 

「そうするべきなんだろう。きっと、それが一番だ」

 

離れて見ていた真名が祐の背中越しにそう言う。それに対する反応はあっても祐が振り向くことはなかった。見えるその背中はやはり影が落ちている。強い風に吹き飛ばされそうな姿に思わず真名は祐の手を取りそうになった。しかし寸前のところで手を止め、音もなく下ろす。戦いは終わったが今はまだ戦場にいる。仕事人としての心構えが真名に祐の手を握らせなかった。その時生まれた名状し難い感情には目を背け、祐と同じように消えていく施設を見つめ続ける。

 

ステイルも燃え盛る施設から片時も目を離していなかった。彼もこの光景を目に焼き付けているのかもしれない。

 

ここにあったものは直に全て消えてなくなるのだろう。だがどんなに燃やし尽くしても、ここで起きたこと、そして祐の心に残ったものは決して消えてなくなりはしない。

 

背負って生きていくのが己の役目なのだ、進んでいくしかない。祐は拳を強く握りしめた。ここであったことを絶対に忘れてはならないと、心に刻み付けながら。

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