Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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伝えたいから、手を取って

程なくして後片付けは済んだ。役目を終えたイノケンティウスは少しずつ消えていく。ステイルは咥えていた煙草を手に取り、祐達に顔を向けた。

 

「こんなものかな。さて、次は君達だ。特にヴィジョン、キミのことは詳しく聞かなきゃならない」

 

話の通りなら目の前の人物は魂を認識し、そしてどういったわけか相手の心に触れたとのことだ。素直に全てを鵜呑みにするつもりなどないが、それでもこのまま放置はできない。

 

「そのことなんだがな、マグヌス」

 

横から入ってきた真名に不満そうな目は向けるが、何か言うことはなく続きを待つ。

 

「私の相棒に関しては、後日土御門を通して伝えることにする」

 

「それで納得するとでも」

 

「ヴィジョン!」

 

ステイルの言葉を遮って真名が祐を呼ぶ。すると最初から打ち合わせていたかのように祐が真名を両手に抱えて高く跳躍した。

 

「なっ⁉︎」

 

「すまんなマグヌス、また後日だ」

 

手の届かない空中から真名が手を振って別れを告げた。追撃しようとカードを取り出すが、これであの二人を止められるとは思えない。イノケンティウスを一度消してしまった事も含め、盛大に舌打ちをして懐に戻す。空を飛び、既に小さくなった祐達へ苛立ちを込めた視線を送る。

 

「説明は必ずしてもらう。覚悟しておけよ、土御門」

 

あの謎多き傭兵達の雇い主であり、連絡のつく相手である土御門にはそれなりの責任を取ってもらおうと考えながら、ステイルは一人雪原を歩き始めた。この後も残る諸々の事後処理に憂鬱になりながら曇天を見上げる。

 

「はぁ、さみぃ…」

 

 

 

 

 

 

同時刻、女子寮の自室でスマートフォンを見ていた木乃香が間もなく昼時を迎えることに気付いて立ち上がった。

 

「そろそろお昼の準備せな」

 

「もうお昼か〜、ほんと休みって時間経つの早いわ」

 

「ホンマやねぇ」

 

テレビを見ながら沁み沁みと呟いた明日菜に同意してスマートフォンをテーブルに置く。画面が点いたままだった為、明日菜は無意識に木乃香のスマートフォンを見た。

 

「おすすめの旅行先…なに木乃香、どこか行くの?」

 

「も〜明日菜、のぞきは犯罪やえ」

 

「確かに覗いたけど…いや、なんでもないわ…」

 

何かを言おうとしたが早めに切り上げるのが吉だと口を閉じた。明日菜の反応に笑いながら木乃香は立ち上がる。

 

「祐君が群馬に行っとるやろ?せやからなんとな〜く」

 

「ああ、そういうこと」

 

本格的に旅行先を考えているというわけではなく、本当になんとなく眺めていただけなのだろう。考えてみれば県を跨いだ移動など、中等部時代の修学旅行が最後だったような気がする。

 

「仮に行くとしたら何処がいいとかある?」

 

「そうやなぁ、色々あって難しいわ」

 

そんな会話をしている途中、すっかり定位置となったロフトからネギとカモが降りてくる。木乃香はそんなネギに声を掛けた。

 

「なぁなぁネギ君。ネギ君は日本で行ってみたいとことかあるん?」

 

「え?行ってみたいところですか?」

 

「うん」

 

考えるネギだったがすぐに思いついたのか、手を叩いて明るい表情を見せる。

 

「沢山ありますけどやっぱり京都ですね!日本の歴史的建造物も多いですし、嘗て京都で起きた歴史自体にも興味があります」

 

「建物ってのは分かるけど、歴史って?」

 

「詳しい知識はまだそんなにありませんけど、平安時代の京都には非常に興味深い出来事が多かったようなので」

 

「平安時代って、え〜っと…陰陽師とかいたやつ?」

 

陰陽師という言葉を出した明日菜にネギは意外そうな顔をする。純粋に明日菜からそんな言葉が出てくるとは思っていなかった。

 

「明日菜さん陰陽師をご存知なんですか?少し意外です」

 

「私も別に詳しいってわけじゃないわよ。ただ祐が昔陰陽師の映画にハマってて、私達も見たことあったってだけ」

 

「あ〜、あの映画。ちっちゃい頃みんなで見たんよね、懐かしいわ」

 

その当時を思い出す木乃香。初等部時代に陰陽師を題材にした少々古い映画を祐が持ってきて幼馴染で鑑賞したのだ。それほどホラー要素はなかったが、あやかは終始薄目だったことも覚えている。

 

「そん時は思わんかったけど、今考えたら平安時代を題材にしたお話って多い気するなぁ」

 

「平安時代と呼ばれる期間は長いものですから、陰陽師以外にも色々と伝承や物語があったようですね」

 

「長いって何年ぐらい?」

 

「390年間と言われています」

 

「ながっ」

 

想像以上に長かったので素直な感想が漏れた。一応授業で習った筈だが、それは今触れないでおこうと木乃香は苦笑いを浮かべる。

 

「所縁のあるもので言えば鈴鹿御前伝説に安珍・清姫伝説や大江山絵巻、九尾の狐である玉藻前。あと源氏物語で有名な源氏も平安時代の氏族ですね」

 

「源氏物語ってのは聞いたことあるけど、他は全然わかんないわ」

 

「凄いなぁネギ君、流石先生やね」

 

「あ、いえ…歴史とか英雄譚は個人的に好きなので」

 

木乃香に褒められてネギは少し顔を赤くした。ネギは世界各国の伝承などにも興味があり、個人的に調べているようだ。

 

「そう言えばこの間も神話だっけ?そんな感じの本読んでたし、ほんとあんたって変わった趣味してるわよね」

 

「明日菜もやろ」

 

「どういう意味かしら…」

 

「まぁ、姐さんの趣味は置いておいて…それこそ一昔前は夢物語で片付けられてた話も、今の世界を鑑みるとあながち創作物とは断言できねぇよな」

 

話を聞いていたカモが言ったことに全員が確かにといった顔をする。なんでもありと言って差し支えない世の中だ。何が作り話で何が真実なのか、その判断は10年前に比べて非常に困難である。

 

「てなこと言っといてなんだが、考えたってしょうがねぇっすよ。どうせ考えたところで分からないんすからね」

 

「うっわ、無責任」

 

「楽天家なもんで」

 

空気が軽いものに戻ったところで、木乃香は昼食の支度を始めようとする。キッチンで手を洗いながら思い出したようにネギを見た。

 

「そうやネギ君、京都に行くことがあったらウチが案内したげるよ」

 

「本当ですか⁉あ、そういえばご実家は京都でしたね」

 

「うん。近いうちにお父様に会いに行こう思っとったし…そうや!旅行も兼ねてみんなで行かへん?」

 

「みんなって、私も?」

 

視線を受けて明日菜が自分を指さす。木乃香はしっかりと頷いた。

 

「勿論やん。心配せんで明日菜、置いていかへんよ」

 

「なんか引っ掛かる言い方ね…」

 

「明日菜もウチも寂しがり屋さんやからね」

 

「べっ、別に私はそんなんじゃないんだけど!」

 

「隠さんでもええやん、今ウチも明日菜も祐君おらんくて寂しいもんな」

 

「木乃香!」

 

(京都か、京美人とやらに会えるかもしれねぇな…)

 

赤くなる明日菜と笑顔の木乃香、そんな二人を余所にカモは下心満載であった。

 

(京都かぁ、楽しみだな~)

 

ネギはまだ見ぬ千年の都に期待を膨らませる。憧れの場所の一つだ、きっと素敵な体験ができるだろうと想像しながら。

 

 

 

 

 

 

祐達が宿泊している旅館の部屋に虹色の粒子が現れる。やがて粒子は人の形となり、ステルススーツに身を包んだ祐と真名になった。真名はスーツを解除し、それに続いて祐も私服に戻る。

 

「無事に戻れたな、これにて仕事は終了だ」

 

「お疲れ様でした。少しは役に立てた?」

 

「毎回頼みたいくらいには満足しているよ」

 

「そりゃ良かった」

 

笑顔を見せて一息つくと、祐は置いてあった鞄から財布を取り出す。

 

「帰ってきて早々出かけるのか?」

 

「腹減ったからね。買うか食べるかしようかなって」

 

「…分かった。私はまだいいから、気にせず行ってこい」

 

「あいよ」

 

軽く手を上げて祐は部屋から出て行く。閉まった襖を見つめてそっと目を逸らすと、物音もしない静かな室内で真名は座椅子に腰掛けた。一人になれる時間が、今の祐には必要なのだろう。

 

 

 

 

 

 

「うい〜」

 

それから一時間程経った頃に祐は帰ってきた。座ったまま目を閉じていた真名が顔を上げる。

 

「ああ、戻ったか」

 

祐が部屋に入ってくると真名は鼻を鳴らした。

 

「油の匂い…揚げ物でも食べたか?」

 

「鼻もいいんだ、凄いね」

 

「人並みだよ」

 

祐は立ち止まり、自分の服を嗅ぐと真名を見る。

 

「結構気になる?」

 

「いや、それ程じゃない」

 

「ならいいか。ふらふら歩いてたら個人でやってる食堂があってさ、なんかの縁だと思ってそこでかつ丼食ってきた」

 

「味はどうだった?」

 

「美味しかったです!」

 

「気持ちはよく伝わったよ」

 

財布を戻し、畳に横になりながらテレビを点ける。昨日といい、食事の後は基本だらしないなとその姿を見みて口には出さないが思った。暫し無言が続く。お互いテレビに視線を向ける中、真名が口を開いた。

 

「逢襍佗」

 

「ここで名前間違える?他の男の名前だったら嫉妬で乱れ狂うぞ」

 

祐にそう言われてほんの少し目を見開く。らしくないヘマをしてしまった。

 

「すまん、今のは忘れてくれ」

 

「大目に見るよ、優しい彼氏だからね」

 

「自分で言うとは大した自信だ。流石自慢の彼氏だな」

 

冗談を言い合ってお互い笑みを浮かべる。祐は視線をテレビに戻し、姿勢を座る態勢に変えてテーブルに肘をついた。頬杖をしているので真名から祐の顔はよく見えない。

 

「恵麻ちゃんが気にすることはないよ」

 

真名は祐に目を向けるが、相変わらずその表情は窺えない。

 

「手伝ったのも、あの場でやったことも全部俺の意志でしたことだ。その結果で起きたことは、全部俺が持つのが当たり前なんだよ」

 

「君に責任はない。俺は思うままに動いたんだから」

 

真名も祐からテレビへと視線を移した。そして同じように頬杖をつく。

 

「そうか」

 

短く一言だけ返し、その後はテレビから流れる音声だけが部屋に響いた。お互いの顔は見ずに目は画面に固定されている。窓から見える雪の勢いは、先程より増していた。

 

 

 

 

 

 

夕食の時間まであと二時間になった。食事の前に温泉に入ろうと真名は大浴場に向かい、祐は部屋に付いている露天風呂を利用することにした。部屋と露天風呂の間にある脱衣所で服を脱ぎ、肌に直接冷気を感じながら外へ出る。かけ湯をしてから浴槽に入り、強く降り続く雪を眺めながら力を抜いて身体を預けた。

 

既に周囲は暗くなり始めていて、備え付けの電灯がその役目を果たしている。微かに見える遠くの景色に目を向けてから静かに瞼を閉じた時、物音が聞こえた。足音が近づいており、その音の正体は脱衣所に入ったようだ。

 

「えっ、なんで?」

 

この部屋に入ってくる人物など一人しか考えられないが、だからこそ疑問が浮かぶ。いったい何事だと脱衣所の扉を凝視していると、その扉が開かれた。

 

「おいおい、そういきなり見つめてくるものじゃないぞ」

 

「…いや、何してんの?」

 

フェイスタオルで申し訳程度に前を隠した真名は、困惑する祐に反してなんてこともなさそうに歩き出した。

 

「露天風呂だぞ、入浴しに来たに決まっているだろう」

 

「そういうこっちゃないでしょうよ…」

 

近づいた真名が桶を取って浴槽に入れる。

 

「ほら、もう少し右に寄ってくれ」

 

「なんなんすか…」

 

戸惑いは拭えないが取り敢えず言われた通り右端に寄って左側を空ける。真名は掛け湯をしてから両足を浴槽に入れると、タオルを淵に掛けて温泉に浸かった。

 

「今タオル置いたよね?」

 

見たい気持ちを必死で抑え、なるべく視界へ入れないようにと景色を真っ直ぐ見ていたが無視できない行動を察知してしまった。勝手に左を向こうとする瞳と人知れず格闘する。

 

「タオルを入れるのはマナー違反だ。それにこうしていれば見えない」

 

そう言われてつい左を見ると、真名は腕と足をそれぞれ軽く組んでいた。確かに肝心な部分は見えていないが、あまりに際どい。これはこれで素晴らしいとしょうもないことを考えつつ景色に視線を戻す。

 

「一緒に入る気はないって言ってた気がするんだけど」

 

「なに、今回お前の働きは素晴らしいものだった。労いに背中でも流してやろうかと思ったのさ」

 

「それは…まぁ、ありがたいっすね」

 

「素直な反応は嫌いじゃないよ。だが洗うにしても、もう少し身体を温めないとな」

 

現状祐は浴槽の右側に最大限寄っているが、真名はあまり左に寄ってはいない。それなりに大きな浴槽とは言え祐も真名も平均より大分背が高く、従って祐一人が縮こまったところで広々とはいかなかった。結果二人の肩は常に触れている状態だ。

 

「静かだな。仕事時の喧騒が嘘のようだ」

 

「まったくね、同じ日に起きた事とは思えないよ」

 

この静寂は少なくとも今の時間帯に麻帆良に居ては味わえないものだ。来た時も思ったが、雪が降り積もる景色も相まって同じ国とは思えない。それが余計に雪山での出来事も含めて幻だったのではと感じさせている気がした。本当に幻であれば良かったのだが、そうでないことなど痛い程分かっている。祐はお湯をすくって顔にかけた。

 

「さっきも言ったけどさ、責任なんて感じないでくれ。俺自身で決めてやったことだ」

 

「私が罪悪感からこうしていると?」

 

「正直に言うと、そう思えちゃうね」

 

「それは確認した結果か?」

 

視線を感じて横を向いた。真名の瞳がこちらを見つめている。

 

「いや、それはしてない」

 

「お前は、常日頃からなるべく相手の心情を覗かないようにしているな。出来るのにそうしないのは何故だ」

 

「…本音と建前、どっち言った方がいい?」

 

「両方言ってみろ、どちらが本音かは聞かん」

 

「そうきたか」

 

真名から視線を外し、揺れる水面をぼんやりと見た。

 

「人の心を勝手に覗くの良いことじゃない、だから可能な限り見ないようにしてる」

 

「心を覗くってのは怖いことだ、だからできれば見たくない。この二つ、順不同ね」

 

「なるほどな」

 

お湯をかけた際に濡れた前髪が外気に冷やされ固まってきていた。僅かな時間しか経っていないのにこうなったのは、それだけ寒い証拠だなと今の話とは関係のないことを考える。

 

「なんとも思っていないと言えば嘘になるさ。正直に話すと、お前なら仕事に協力するだろうとは最初から予想していた」

 

その言葉に祐が何か反応をすることはなかった。しかし耳を傾けているのは分かっているので話を続ける。

 

「旅行券を当てたのを見た時、私から行動を起こさなくてもお前はこの事件に関わることになるのではと感じた。これは本人の意志に関係なくだ。お前は…事件や争いに導かれているように私には見えてな」

 

「残念ながら否定は出来ないね」

 

自ら飛び込むことも少なくないが、巻き込まれることも決して少なくない。どちらの割合が多いのかは祐本人にも分からなかった。

 

「それならば突然出てきて予想外なことをされるより、目の届く場所に置いて行動を共にした方がいいと判断した。宿代を浮かせたかったのも本当だが、一番の理由はそれだ」

 

「なんと言うか、的確な判断だと思う。俺が言うのもなんだけど…」

 

どんな顔をすればいいか分からず、祐は取り敢えず苦笑いをする。微妙な気持ちにはなるが、真名の判断は恐らく正しい。彼女の言う通り別々に行動していたとしても、祐はきっとなんらかの形であの施設に行き着いていた。

 

「音を消すあの光、今使えるか?」

 

「え?…出来るけど、やった方がいいの?」

 

「出来れば頼みたい。私達二人だけ覆ってくれればいい」

 

断る理由もないので希望通りの範囲だけ薄い光の膜で覆う。万が一でも聞かれたくない話をするつもりだろうか。

 

「言葉を濁さず言うなら、私はお前を利用した。そしてその結果、お前に傷を負わせた。いくら自分の判断で行動したとは言っても、私に責任がないは無理がある」

 

「見ての通り俺は無傷」

 

言い終わる前に左肩を引かれ、強制的に目を合わせられる。射貫くような瞳がこちらに向けられていた。

 

「視覚的なことを言っているわけではない。分かっているだろう」

 

「今の俺が辛そうに見える?」

 

「見た目では分からん、お前はここぞの時に本心を周りは見せないようだからな。だが何も感じていないとも思わない」

 

「…まぁね、そりゃ感じるものはあるよ」

 

視線が交差する祐と真名。今はお互いの姿を気にしている様子はない。

 

「お前があの場でああしなければ、私は止めを刺していた」

 

こちらに向ける為に乗せていた手を祐の左肩から下ろした。真名の瞳には祐しか映っていない。目の前の相手しか見えていないのは祐も同じだ。

 

「仮に私がやらなくてもマグヌスがやっていただろう。恐らくあいつも、それができるタイプだ」

 

そこに関しては同感だ。勿論ステイルを詳しく知っているわけではない。それでも彼はやると決めたなら迷わず実行する精神力を持っていると、根拠などないが祐も感じていた。

 

「逢襍佗…お前が取った行動はあの瞬間、そしてあの場面で出来る一番優しいやり方だった」

 

「優しいってのは…それは嘘だよ」

 

「あの子供、フレドと話したと言っていたな。その時フレドはなんと言っていた?お前に自分はどうしたいのかを話したんじゃないのか?」

 

先に目を逸らしたのは祐の方だった。ゆっくりと俯いたことで視界に入った前髪をかき上げる。

 

「お母さんとお父さんに会いたいと言ってた。二人が居る場所に行きたいと」

 

『お願いお兄ちゃん、僕をそこにつれてって』

 

その時の声が頭に響く。フレドの願いは単純なものだ。単純でも簡単ではなく、許されることなら耳を塞いで逃げてしまいたかった。おかしな話だ、誰がそれを許さないと言うのか。それを許さなかったのは他ならぬ自分自身だ。

 

「俺は生きろとも、死ぬなとも言えなかったよ。そしてあの子の望み通りにした」

 

「この子はここで死ぬのが、一番良いんじゃないかって思っちまった」

 

ああ、だからこそ苦しんでいるのかと真名は納得する。フレドの心に触れ、願いを聞き、叶えたからこんなにも傷を負った。ただ気の毒な身の上の怪人として倒していれば、まだ良かったのかもしれない。もしくは殺さず無力化し、後のことをステイルに任せるのが一番楽だっただろう。その後必要悪の教会がフレドをどうしようと、祐には関係のない話だ。だが祐はそう思えないだろうし、思えなかったからこその結末になった。

 

掛ける言葉がすぐには思い付かない。なんと言うのが一番いいのか、この手の類は苦手だ。気の利いた言葉など、それこそ不得意もいいところである。それでもただ黙っていることはしたくなかった。あの時感じた名状し難い感情が今また浮上していることに気が付き、ならばあの時しようとしてやめたことをやろうと行動に移した。

 

底についていた祐の左手に自分の右手を重ねる。声は出さなかったが祐は驚いた顔をした。

 

「えっと…恵麻ちゃん?」

 

「今は本名でいい、その為に光を使ってもらった」

 

「その為って」

 

「名前とは意味のあるものだ、そして呼び方にも意味があると私は思っている。だから今は、本名でいい」

 

真名が言ったことの意図を読み取れず祐は固まる。気付くと重なっていた真名の手に下からすくわれ、指を絡めて握られた。チケットが当たった日のカフェを思い出す。ただし、その手から感じるものはあの日とは違う。

 

「生憎私は口が達者な方ではない。気の利いた台詞など出てこなければ、今自分の中にある感情も上手く言語化できないのが正直なところだ。だからそうだな…自分自身でもよく分からない状態ではあるが、確かに何かを感じている。それを伝えたい。こうしていれば、黙っているよりは伝わるかもしれん」

 

「少し試したいんだ、協力してくれ」

 

真名の言う通り、この手を通しても真名の感情はよく分からない。それでも自分に何かを伝えようとしてきているのはハッキリと分かった。それだけで充分な気がするが、協力を拒む必要はない。

 

「こんなんで協力できるなら、いくらでも」

 

そこで祐も力なく開かれていた指を動かし、真名の手を握り返す。

 

「心に対しては…俺も常に悩んでる。自分のことなのに、なんでこんなにも分かんないんだろうな」

 

「ああ、本当に…厄介だ」

 

幸せを感じるものが心なら、痛みも苦しみも、そして悲しみも感じるのは心だと言う。目には見えない、あるかどうかも不確かなもの。しかし無いとは断言できず、よく分からないものにこんなにも振り回されている。答えが見つかったのなら、少しは楽になるのだろうか。

 

「お前は自分がしたことで起きたことは、自分で背負うのが当たり前。そう言ったな」

 

「確かに言ったね」

 

「概ねそれには同意だ。ところでその荷物を一緒に持ちたいと言う奴がいたとして、お前ならどうする?」

 

「馬鹿なことはやめとけって言うかな。その人は損するだけだ」

 

「フッ、そうだな。それもそうだ」

 

露天風呂に入った当初よりも空は暗くなり、景色はすっかり夜に変わった。今では遠くの景色は見えないが、今の状態も悪くない。こんな経験、そう出来るものではないのだからそれも当然かと握る手を通して思う。

 

確かに傷を負った、決して小さくはない傷を。今日という日に自分がしたことは絶対に忘れないだろう。いや、忘れてはならない。子供を殺したのだ、忘れもしなければ何も感じない筈がない。どれだけ壊れていようが、ここにある以上感情は生まれる。今日のような出来事が初めてではなくとも。

 

「私も腹が空いてきた、旅館の食事も残すところ後二回だな」

 

「名残惜しいね、結構美味かったから」

 

明日には麻帆良に戻ることになる。そうなればスキー教室までは雪ともお別れだろう。

 

「そうだ、後でアイスを買いに行くのはどうだ」

 

「あれ、もしかしてハマった?」

 

「どうかな。ただまぁ、悪くないとは思ってる」

 

「俺のおかげかな」

 

「それは分からん」

 

「そこはもっと素直に言っても良いんじゃない?せっかくこうしてお互い腹を割って話したんだからさ」

 

「ああ、こうして腹どころか全身を晒した程の仲だ。学園の連中が知ったらどうなるだろうな」

 

「恐ろしいこと言わないでくれ…」

 

「冗談だ、私に自滅願望はない。それと余談だが、こちらを見た回数はしっかり数えておいたぞ」

 

油断した。すっかりそのことは隅に置いていて、突かれたら言い訳のしようがない。こんな時は屁理屈の出番である。

 

「何がいけない、俺は目を横に動かしただけだ」

 

「私にああ言ったんだ、お前も素直に言うべきじゃないか?」

 

「途中から隠してなかった方が悪いと思います。そっちも俺を見たわけだし」

 

「なかなか立派なものをお持ちのようで」

 

「おい、何処見て言ってんだ」

 

「野暮なこと聞くものじゃないぞ」

 

「あのなぁ…」

 

フレドの心をあの世へと送り、背負わなければならないことがまた一つ増えた。最早数えることすら億劫になる罪が。間違いなく、罪はこれからも増えていく。それは次第に、祐に温かな場所から遠ざかろうと決心させることへと繋がる。大切な人達が暮らすあの場所は、余りにも優しすぎるのだ。

 

「腹減ってきたならそろそろ出る?」

 

「ふむ、なら出る前に背中を流してやろう。今から肩まで浸かって100数えるか」

 

「急に可愛いことするじゃん…よし腹から声出すぞ」

 

「静かに数えろ馬鹿者」

 

「へいへい…はーい1!いてっ!」

 

それでも、今だけはと思ってしまうのは甘えだろう。自分はとことん弱い人間だ。そう自己否定をして、それでも繋いだこの手を離す気にはなれなかった。浴槽から出るまでその手を握っていてくれた、真名の優しさに溺れていたのかもしれない。

 

「因みに言っておくが、惚れたわけではないからな」

 

「勘違いもさせてくれないとは冷酷な奴め」

 

「残念だったか?」

 

「残念だ。結構気が合うかもって思ってたのにさ」

 

よく言う、そんなこと思ってもいないだろうとは口に出さなかった。どうにも気に食わないので、もう少し思わせぶりなことを言っておこう。

 

「まぁ、今後の行動次第だな」

 

 

 

 

 

 

夜が明けそれぞれが大浴場に入って朝食を食べ終わった後、予定の時間30分前まで部屋でまったりと過ごした二人はフロントでチェックアウトを行っていた。チェックイン時と同じ従業員に鍵を渡す。

 

「三日間お世話になりました」

 

「こちらこそありがとうございました。是非またお越しください」

 

「絶対また来ます!一緒にいる相手が違ってもスルーしてくださいね!」

 

「馬鹿なことを言って困らせるんじゃない」

 

真名に肘で小突かれた祐へ苦笑いを浮かべる従業員の女性。最後にお辞儀をしてバスへと向かう二人の背中を見送った。

 

「あの二人、なんだかんだで仲良くやりそうじゃない?」

 

「だねぇ、そんな気がする」

 

視線を変えて話していた隣の従業員を見ると、その従業員は腕を組んでまだ祐達を見つめていた。

 

「何をそんなに見つめてんの…」

 

「いやね、なんかあの二人…来た時より距離が近くなってる気がしてさ」

 

その言葉に釣られて祐達を改めて見るが、言われたような変化は感じ取れなかった。

 

「そう?」

 

「間違いないわ。きっと旅行中に距離が縮まる何かがあったのね」

 

「はぁ…まぁ、そういうこともあるのかな」

 

 

 

 

 

 

出発した駅まで向かうバスに乗り込んだ二人は来た時と同じように祐が窓側、その隣に真名が座った。まだ他の利用者はいないようだ。座席に深く腰を下ろし、窓から外の景色を眺める。

 

「一つ聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 

「どうぞ」

 

改まって聞いてくる真名を不思議に思いながら返事をする。真名の雰囲気はほんの少しだけ硬い気がした。

 

「お前は死んだ人に会おうとする、ないしは生き返らせようとすることをどう思う?」

 

「…ん~」

 

聞かれた祐は上を向いて考え始めた。一方真名はそんな祐を横目で見ている。

 

「良いんじゃないかな」

 

「随分と大雑把な回答だ」

 

「そうは言ってもね。生と死、命に対しての考え方なんてそれこそ人それぞれだから。ただ…」

 

「ただ?」

 

「死んだ大切な人に会いたいと思うのは当然だし、会えるならそれに越したことはないんじゃないかな」

 

外を見ながら祐は言った。その時真名には祐の目が景色に向けられているわけではないように感じたが、本当のところは分からない。

 

「大事なのは会いたいと思ってる人と死んでしまった人、二人の想いが同じかどうか、心が繋がっているかどうかだと俺は思う」

 

「……そうかもな」

 

「こんなんでよかった?」

 

「ああ、参考になったよ」

 

顔を窺うと、どうやら真名は納得してくれたようだ。再度景色を眺め始めた祐は、それ以上この話題を続けなかった。気を遣ってそうしたのかは定かでないが、真名にとってはありがたいことである。そうしていると他の利用者がまばらにバスへと乗車し始めた。先程の空気を一掃するように真名が新たな話題を出す。

 

「そう言えば、最近学園の食堂棟に新しく店ができたらしい」

 

「ふ~ん、どんな?」

 

「甘味処だ。軽く見たが内装も品もそれなりに凝っていた」

 

「ほ〜。…因みになんでその話今したの?」

 

「私の裸体を見た件で話があってな」

 

嫌な予感がしたので聞いたが、やはり碌なことではなかった。確かに目に焼き付けたのは揺るぎない事実でも、この件に関してはこちらにも言い分がある。

 

「入ってきたのはそっちだろ!」

 

「浴槽に入っているところまではいい。私が言ってるのは、背中を流してやっている時鏡越しにジロジロ見ていたやつだ」

 

「うわ、バレてる…」

 

「労いの為に背中を流してやったが、例えるならばお前は無料の基本コースに色々と有料オプションを付けたことになる」

 

「やめろよその例え…つかどれがオプションだ」

 

「窃視、手を握る、身体に触れる等だ」

 

「おいふざけんなよ!先に手を握ったのもそっちだし、身体が触れたのも意図的にはやってない!」

 

「窃視は?」

 

「それはしたよ!くそっ!」

 

詰んでしまった祐にもう逃げ道はない。俺は騙されたんだと声を大にして言いたかったが、言ったところで自分の首を絞めるだけだ。とんだ悪女に捕まってしまったのかもしれない。

 

「俺にいったい何をさせようって言うんだ…ここで脱げと!?」

 

「やめろ、誰も得をしない」

 

尤もなことを言って真名は腕を組んで背もたれに寄り掛かる。祐の顔を見つめ、フッと笑うと右の掌を差しだした。

 

「その新しい甘味処のあんみつは中々のものだそうだ、それで手を打とう。どうだ祐、乗るか?」

 

間の抜けた表情になる祐の顔を見て真名は更に笑った。今度はそんな真名の顔を見て祐が困ったように笑う。

 

「分かった。乗るよ真名」

 

差し出された手に自分の手を重ねる。これにて交渉は成立した。

 

「一応聞いとくけど、この触ったのはいいよね?」

 

「これくらいはいいさ。私は優しい彼女だからな」

 

「ああ、ほんと…自慢の彼女ですこと…」

 

今日の天気は晴れだ。連日の降雪で雪は積もったままだが、それでもまた違った雰囲気を感じる。間もなくバスが走り出す。祐と真名、今回の事件で僅かながらお互いのことを知れた気がした。これから更に知っていくことになるか、それは今のところなんとも言えない。ただ祐も真名も、より一層相手を注意して見ることになるのは間違いなさそうだ。

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