Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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First Invasion
変化


「私だ」

 

仕事用のスマートフォンを取って通話を始める。まず最初に相手側から聞こえてきたのはため息だった。

 

『…ステイルは相当お冠だったぞ』

 

真名に連絡をしたのは元春である。その声から疲れ気味なのが容易に読み取れた。色々とステイルに詰められたのだろう。あの別れ方をしたのなら当然の反応と言える。

 

「それは申し訳ない。だがあの場で根掘り葉掘り聞かれるのは御免被りたくてな」

 

『そっちにもやんごとなき事情があるってのは理解してる。にしたってだ、もう少しなんとかならなかったのか?おかげで苦労したぞ』

 

「様々なことを加味して、あれが最善だと思ったが故の行動だ」

 

真名の返答に元春は二度目のため息をつきたくなった。このまま続けてものらりくらりと躱されるのは目に見えているので、さっさと話しを進めることにする。

 

『お前のことなら多少は話せるが、噂の相方については俺も知らん。改めてステイルには説明する場を設けることで取り合えずの納得はしてもらった。分かってるとは思うがお前にも付き合ってもらうぞ』

 

「勿論だ。すまんな、迷惑をかける」

 

『…まぁいい、元話と言えば今回はこちらに不備があった。それに依頼は完遂してもらったんだ、感謝してる』

 

「それこそ気にするな。それが私の仕事だ」

 

『頼もしい限りだ』

 

ステイルには後日説明すると言ったのだ。あの時は煙に巻いたが、お得意先である元春の為にも知らない顔はできない。その件も含めて祐には話をするかと真名は考えていた。

 

 

 

 

 

 

「今回もご苦労だったわステイル。期待通りの仕事ぶりでした」

 

「光栄です、最大主教」

 

こうして褒められても素直に喜べなくなったのは何時頃からだったか、思い返してみると初めからだった気もする。そんなことを思いながらロンドンにある教会の中でイギリス清教の最大主教『ローラ・スチュアート』に頭を下げるステイル。日本から戻り残りの仕事をしようとしたところ、早速こうして呼び出されたのだ。

 

「帰ってきて早々申し訳ないのだけれど、今回の詳しい話を聞かせてもらいたいと思いたるのよ」

 

笑顔でそう言ったローラにステイルは眉を顰める。

 

「詳しいことに関しては、帰りしなに文章に纏めたものを既にお渡しした筈ですが?」

 

「勿論それは読ませてもらったわ。なんとも興味深いものばかりで驚きを禁じ得ないといった具合ね」

 

「ではいったい何故?」

 

あの報告書には事件の顛末を事細かに記載したつもりだ。必要悪の教会に対してから始まり現地で出会った傭兵ガンナー、そしてヴィジョンへの鬱憤も熱量高めに記したがそれは余談か。

 

「貴方が会ったという二人の傭兵、特にヴィジョンと言ったかしら。その人のことを貴方の口から直接聞きたいの。きっと文章だけでは上手く伝わらないことを体験したと思いたるからこそね」

 

「…新しいものが出てくるとは思えませんが」

 

「まぁまぁ、騙されたと思って話してみなさいな。一度頭に通すより、そのまま口に出した方が素直な感想になりけるものよ」

 

「そのまま口に出せば、少し…主観の強いものになってしまいます」

 

「私はそれを期待したるのよ、ステイル」

 

 

 

 

 

 

祐達の旅行から一週間が過ぎた12月3日。いよいよ2022年最後の月となり、寒さも厳しいものとなっていた。寮の自室で日課である夕凪の手入れをしている刹那に真名が声を掛ける。

 

「今から少し出てくる。そう遅くはならんだろうが、何かあれば連絡するよ」

 

「ん?ああ、分かった」

 

返事をした刹那は夕凪に視線を戻した後、ふともう一度真名に目を向ける。その視線を感じた真名が振り返った。

 

「どこに行くのか気になる、といった顔だな」

 

「いや、なんと言うか…珍しい言い方をするなと思ったんだ」

 

真名が一人で出かけること自体は多い。しかしその時は買い物に行く、仕事で出る等何をするのか伝えていた。些細なことだが何故か気になったのだ。

 

「別に隠す事でもないから教えるよ、食堂棟に行ってくる。新しくできた甘味処にな」

 

真名の言う食堂棟とはその名の通り、中が地下から屋上全て飲食店で出来ている建物のことである。平日休日問わず多くの生徒達で賑わう場所の一つだ。

 

「前に言っていた店か」

 

「運よくそこのあんみつを奢ってもらえることになった。ありがたく頂戴してくる」

 

真名が甘いもの全般を好んでいるのは刹那も知っている。その甘味処も気になっているとは聞いていたので、行くこと自体は何らおかしな話ではない。

 

「奢ってもらう?誰か食券でも当てたのか?」

 

「いや、ちょっとした話の流れで祐に奢ってもらうことになった」

 

「そうなった経由は想像もできないが、逢襍佗さんに変なことを言ったんじゃないだろうな…?」

 

「失礼な、別に変なことはしていない」

 

正直上手いこと口車に乗せたのではないかと疑うが、なんの証拠もないので口には出さない。しかし今の会話、どうにも違和感がある。何に対してそれを感じているのか刹那は頭を捻った。

 

「そろそろ約束の時間になるから私は行くぞ」

 

「あ、ああ…気を付けて」

 

「どうも」

 

普段通りの様子でドアに向かって歩いていく真名。気付けば刹那は夕凪を置き、腕を組んで思考に耽る。先程の会話を頭から思い出していると、違和感の正体に気が付いた。

 

「……真名、今お前は逢襍佗さんを名前で」

 

「ではな」

 

「おい真名!」

 

座っていた状態から片膝を着いて手を伸ばすが、真名は素早くドアを閉めて出ていった。その状態で固まり、刹那は再び思考の海に沈む。

 

「ど、どういうことだ…何故真名が逢襍佗さんのことを名前で呼ぶ…?」

 

同い年で隣のクラスだ。接点もそれなりにあることから名前呼びをしたところで問題などない。しかし真名は余程仲が良くない限り相手を名字で呼ぶ。現に同じクラスのA組も大半は名字呼びであった。そこに関しては刹那も同様だが今は置いておく。

 

「親しくなったのか?いやだが何処で…あの二人に何があったんだ…」

 

どうしてこんなにも気になるのか、それさえも分からないが無性に気になる。襲い来る悶々とした感情に刹那は頭を抱えて床を転がりだした。

 

「わ、分からん!なんだと言うんだ!?何故こんなにも気に掛かる!私はどうしてしまったんだ!?」

 

一人悶えるその姿を誰かに見られたのなら、見た全員が漏れなく当惑するだろう。それが刹那を知っている者なら猶更だ。室内なので誰にも見られてはいないのが救いか。

 

一方そんな部屋の外。ドアに腕を組んで寄り掛かり、聞き耳を立てていた真名は期待以上の反応に笑ってからその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

所変わって食堂棟。本日も繁盛している光景を、少し離れた場所から祐が観察していた。祐はこの食堂棟には片手で数える程度しか来たことがない。最後に来たのも随分前のことだった為、微かに残る記憶と今の景色を照らし合わせていた。

 

「ここってこんなんだったっけな?」

 

建物自体は変わっていないだろうが、中は色々と変化を繰り返しているのかもしれない。まるで大型百貨店のレストラン街のようだ。今日は土曜日の為基本的に学園都市に住んでいる生徒しか利用していないが、それでもかなりの数だ。なんとなく流れていく人の波に視線を向けていると、そのうちの一人に目が留まる。

 

「あっ、で○こちゃん」

 

壊れた自動販売機の一件で知り合った少女、御坂美琴がそこにいた。思えばあれは何か月程前だったか、月日が流れるのは早いものだと沁み沁みする。

 

どうやら美琴は人を探しているようだ。声を掛けようとも思ったが、誰かと待ち合わせをしているのなら邪魔になるだろうと視線を外す。近くの壁に寄り掛かって再び周囲を見ていた時、偶然にも美琴と目が合った。驚いた顔をした美琴は人を避けながらこちらに歩いてくる。来てくれるのならば挨拶ぐらいはしようと壁から離れた。

 

「誰かと思ったら、随分久し振りじゃない」

 

「こんちはでん…え~っと、ミサカさん」

 

「今で○こちゃんって言いかけたでしょ」

 

「違うよ、これは俺の語尾だでん」

 

「前会った時は一度も言ってなかったでしょ!」

 

突然のボケにも反応を見せてくれた。初対面の時も思ったが、やはりこの子はいい子だと思う。口調は少々乱暴かもしれないが。

 

「それにしてもほんとに久し振りだね。同じ地域に居ても意外と会わないもんだ。あ、もんだでん」

 

「ここってあり得ないくらい人多いし…あとそれもういいから」

 

「お気に召さなかったか」

 

「ぶっちゃけちょっとイラつく」

 

「刺してくるねぇミサカさん、俺はその反応結構好きだよ」

 

「…そりゃどうも」

 

祐としてはフレンドリーに話し掛けてくれるのはありがたい。下手に畏まられるより歓迎だ。

 

「ねぇ、その御坂さんてのやめない?そっちの方が年上なんだし、あんたにそう呼ばれるのなんかしっくりこないわ」

 

「じゃあやっぱりで○こちゃ」

 

「それはイヤ」

 

早々に突っぱねられて祐は不服そうな顔になる。それに呆れていると美琴は少しずつ怪しむ顔をした。

 

「そう言えば気になってたんだけど、なんで私のことで○こちゃんって呼ぶわけ?」

 

「そんなの顔が似てるからに決まってんでしょ」

 

「似てないわよ!えっ、似てないわよね?」

 

「俺は似てると思ったんだよ!」

 

「逆ギレしないでくんない⁉︎」

 

(素早い返し、やはり俺の目に狂いはなかった。この子はいい腕をしている)

 

本人の与り知らぬところで妙な評価が上がる美琴。ただし本人に伝えてたとしても喜びはしないだろう。

 

「その話は一旦置いておいて、じゃあミサカちゃんでいい?俺下の子は基本そう呼んでるから」

 

「なんかむず痒いけど…まぁいいわ。さん付けやで○こちゃん呼びよりはマシだし」

 

「決まりだね。改めてよろしくミサカちゃん!」

 

右手を差し出すと弱めではあるが握手をしてくれた。少し警戒はされているがお互い名前程度しか知らないことを考慮すれば充分過ぎるだろう。

 

「そうなると、ミサカちゃんは俺をなんて呼んでくれるのかな?」

 

「えっ?」

 

まったく考えていなかったようで美琴の動きが止まる。必死で考えているのか目は忙しなく動いていた。

 

「……あ、あんた」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇぞ!」

 

「だからキレんじゃないわよ!」

 

「キレるだろ!そっちは呼び方に文句を言っておいて、あんただと!?そんなに呼びたくないのか!この逢襍佗祐って素敵な名前を!」

 

いつの間に取り出したのか、祐はメモ帳を開いてご丁寧に『逢襍佗祐』と漢字で書いて美琴に見せる。

 

「素敵って自分で言うのはどうなの…てか珍しい漢字ね」

 

「俺自身同じ人に会ったことない。あと素敵なのは本当のことだから」

 

(なにこの自信…)

 

自分の名前を嫌っているよりはいいのだろうが何事にも限度はある。それはいいとして祐の発言自体は正しいと思う。こちらもそれなりに相手が納得する呼び方をするべきだ。

 

「なんて呼んだらいいのよ?」

 

「逢襍佗でも祐でも好きに呼んでくれ。ニックネームでもいいよ。ただ馬鹿とかカスとかの悪口はやめてほしい」

 

「そうは呼ばないわよ」

 

馬鹿なんじゃないだろうかと思う発言は度々見受けられても、流石に名称として馬鹿呼びをするつもりはない。これは祐を馬鹿だと思っているかどうかは別の問題だ。こう考える時点で恐らく馬鹿だと思っている。

 

「えっと…じゃあ、その…あ、逢襍佗でいい?」

 

「さんはどうした小娘!」

 

「急に厳しい!?」

 

こちらの反応を笑う祐に美琴は少し不思議な感覚がしていた。異性との関わり自体少なく、あまり会ったことのないタイプというのも手伝って美琴から見た祐はどうにも謎な相手だ。ただ話していると警戒心を持って接するのが無駄な気がしてくる。

 

「冗談冗談、是非ともこれからはそう呼んで」

 

「ったく、変なやつ…」

 

「おね~~さま~~~~!!」

 

突然大きな声が辺りに響き、同時に少しずつ近づいてくる足音に祐が辺りを見回す。対して美琴は額に手を当てた。声の正体はすぐに目の前に現れ祐と美琴の間に滑り込むと、美琴を守るように両手を広げた。

 

「ご無事ですかお姉様!その美貌故暴漢に襲われるとはお労しや…ですがもう安心です!貴女の、そう貴女の白井黒子が参りました!」

 

「知らなかった…俺は、暴漢だったのか…」

 

声で分かっていたがやはり正体は黒子だった。そして黒子のみならず、祐の反応にも美琴は頭痛がした。

 

「お姉様!ここはわたくしに任せてどうか安全なところへ!」

 

「あのね黒子…気持ちはありがたいけどこいつは暴漢じゃなくて」

 

「いや、ミサカちゃん…俺暴漢なのかもしれねぇ…」

 

「なんであんたが話をややこしくすんのよ!」

 

纏まりそうだった状況をぶち壊して新たな爆弾を投入する祐の悪い癖が出た。これで何度も痛い目を見ている筈なのに懲りない男である。

 

「み、御坂ちゃん!?おのれこの卑劣漢…!お姉様を気安く呼ぶとは!万死に値します!」

 

「お前も気安く呼んでやるよ!名前教えろ!ラインやってる?」

 

「なんですかこいつ!?」

 

「お願いだから黙れ逢襍佗」

 

感情の無い瞳で見つめられ、祐はすっと黙った。切り替えの速さが凄まじい。

 

「はぁ…いい黒子?こいつは逢襍佗祐って名前で私の…一応知り合い」

 

「そ、そうだったんですか…これは失礼致しました…」

 

そう言って祐に頭を下げる黒子。取り敢えず落ち着かせることはできた、これで少しは話ができるだろう。

 

「気にしないでよお嬢さん。俺は楽しかったよ」

 

「は、はぁ…」

 

(おかしな方ですわね…)

 

嫌そうな顔一つせず、笑ってひらひらと手を動かす祐にどうにも毒気を抜かれる。

 

「あっ、そうだ。てか黒子、初春さんと佐天さんはどうしたのよ?」

 

「おっとそうでした、11時には駅に着くそうです。ですからこちらを先に見ておく時間はあるかと」

 

「そっか。まぁ目星くらいは付けられんでしょ」

 

何かを思い出した美琴が黒子に聞く。恐らくこれから友人と会うのだろう。ならばあまり時間を取らせるものではない。

 

「友達と会う予定があるみたいだし、俺も用事があるからここら辺で失礼するよ」

 

「えっ?ああ、うん。悪かったわね、うちの後輩が」

 

「全然、寧ろ話に付き合ってくれてありがとう。それではお二人さん、縁があったらまたね」

 

手を振って足早にその場を離れる祐。人が多いこともあって、その姿はすぐに見えなくなった。少し呆気に取られながら二人は祐の歩いていった方向を見つめる。

 

「なんか、突然行っちゃったわね」

 

「もしかするとわたくし達に気を使ってくれたのかもしれません。初春達の名前を出しましたから」

 

少し悪いことをしたかなと思っていると、黒子が今も同じ方向を見つめているのに気が付く。

 

「どうかした?」

 

「いえ、ただ…なんというか、掴みどころのない方だったと思いまして」

 

「確かに不思議な感じがするやつよね、あんまりいないタイプだとは私も思うわ」

 

「いったいあの方とはどちらでお知合いに?」

 

「それは…別に?ちょっとした偶然の重なりって感じ」

 

「お姉様…」

 

黒子の疑うような視線に美琴はたじろいだ。

 

「な、なによ!まだ何も言ってないでしょ!」

 

「お姉様がそういった反応の時は、言いづらいことをしていた確率が高いもので」

 

「ぐっ!」

 

例の自動販売機を蹴っ飛ばした時に会いましたとは言いたくない。その件は黒子に度々注意されていたことで、またお小言をもらうのはご御免である。

 

「ほ、ほら!二人がくる前に下見しておかないと!さぁ!行くわよ黒子!」

 

「お姉様、分かり易すぎますの」

 

 

 

 

 

 

美琴達から離れ、祐は近くのベンチに腰掛ける。そろそろ約束の時間なので真名もじきやって来るだろう。そう考えていると流れる動作で隣に誰かが座った。

 

「すまん、待たせたな」

 

「いやいや、予定時間の10分前。素晴らしいね」

 

顔を横に向けるとそこにいたのは真名だ。真名は背もたれに寄り掛かって足を組む。

 

「そっちはだいぶ前から居たようだ。もしや、今日が楽しみだったか?」

 

「真名には負けるって」

 

「言うじゃないか」

 

「実際楽しみだったろ?」

 

「それなりにな」

 

取り留めのない会話をして祐はベンチから立ち上がる。

 

「さて、主役も来たことだし早速行きますか。俺はここに詳しくないから案内してくれると助かる」

 

「いいだろう、私に任せておけ祐。下調べは完璧だ」

 

真名も立つと自信有り気に歩き出す。普段よりも機嫌の良さそうな彼女に続いた。

 

「楽しそうでよかったよ」

 

「ああ、人の金で好きなものを食べられるのは気分がいい」

 

「現金な奴…」

 

真名の言葉に偽りはなく、完璧な下調べの結果か迷うことなく目的地へと到着。それなりに客はいたが満席ではなかったので席にもすぐに座ることができた。

 

「さて、どれ程のものか確かめさせてもらおう」

 

にこやかな表情でメニューを開く真名。テーブルを挟んで向かいの席からその姿を見て祐は少し笑った。

 

「ん?なんだ?」

 

「いや、別に」

 

大人びた見た目と性格を持つ真名も16歳の少女だ。様々な経験をしてきたであろう彼女のこのような顔が見れたのは嬉しい気がした。しかしそれを口に出しては気にして普段通りにされてしまうかもしれない、それは勿体無いので黙っておく。

 

「そっちは決めたか?」

 

「俺も同じのにするよ、気になる」

 

ここに来た目的であるあんみつを祐も頼むことにした。店員を呼んで注文すると一息つく。

 

「話は変わるんだが、最近刹那とはどうだ?」

 

「脈略なさ過ぎだろ…なんだよ急に」

 

「特に何と言うわけではない、ふと気になっただけだ」

 

何にそう興味を持っているのか。何かを期待しているようだが、そう聞かれて思い返してみても特別なことなどない。

 

「どうって言われてもな、会ったら挨拶はするし世間話くらいなら少しはって感じかね」

 

「普通だな、もっと他にないのか」

 

「ねぇよ…何を期待してんだ」

 

「お前にとってはそうではないだろうが、刹那からすればお前は会話をする数少ない異性だ。だから何か面白い話でもあるんじゃないかとな」

 

残念なのかどうか祐にとってはなんとも言えないが、実際面白い話などない。そう考えると祐は刹那のことは碌に知らないことに気がついた。しかし話すようになったのも今年の6月からと思えば、寧ろそれなりに仲良くなったと言える。取り急ぎ距離を詰める必要もないので今の関係に祐は不満などなかった。

 

「そんなもんはない」

 

「なんだ、つまらん」

 

「悪かったな…もしかして真名も人の色恋沙汰が好きなタイプか?」

 

「誰の話でも、と言うわけではない。だが少なくとも祐、お前に関連することなら是非とも聞きたいと思っているよ。そこらに転がっているものより面白そうだ」

 

「よく趣味悪いって言われるだろ」

 

「さて、どうだったかな」

 

内容としては深い話をしているわけではない。それでも旅行前ならこんな話はしていなかっただろう。なんてことはない話題、そして祐の自分に対する口調、諸々の僅かな変化を感じ取り真名の中には無意識に優越感が生まれていた。こちらに対して全幅の信頼を寄せているなどとは思ってもいないが、それでも祐がここまで砕けた口調を取る相手は意外と少ない。その相手に自分が入っているのは悪い気がしないものだ。

 

「フフッ」

 

「え、なに?どうした急に」

 

「いやすまん、なんでもない」

 

「禄でもないこと考えてたんだろ」

 

「お前じゃあるまいし」

 

「本当に失礼だな貴様」

 

真名は外部のバイアスロン部に所属していることもあって、日頃から同学年だけでなく年上の男性とも関わることが多い。それでもこのように軽口を叩き合う関係の人物はいなかった。新鮮味と言うのだろうか、そんなものも真名は感じていた。

 

「少し見ない間に仲が進展しているようだネ。龍宮サンも侮れないヨ」

 

「よく分からないけど、仲が良いのはいいことアル」

 

あたかも最初からこの場に居たかのように会話に入ってきたのは超と古菲の二人だ。流れるような動作で祐と真名の隣の席にそれぞれ座ると祐達は無言で超達を見た。

 

「しれっと入ってくるねお二人さん…」

 

「ここで会ったのも何かの縁。ご一緒させてもらいたいネ」

 

「いやまぁ、俺はいいけど…」

 

そう答えながら真名に視線を送ると、仕方ないといった表情で真名が肩をすくめた。相方の了承も得たので二人の同席を認めるとしよう。

 

「大方甘いもの好きな龍宮サンが上手いことを言って祐さんに奢らせてるのカナ?」

 

「その通りなんすよ超さん。ひでぇ奴だと思いませんか?」

 

「双方納得した上だったろう祐、今更そんなことを言われるのは悲しいな」

 

「達者な口だよこの子は!」

 

祐への名前呼びに気付いた超は興味深そうな目で真名を見た。目が合ったがそこには触れず真名が話題を変える。

 

「そういうお前達はどうしてここに?」

 

「噂になっているお店がどんなものかと気になったアルヨ」

 

「所謂敵情視察というやつネ」

 

「物騒な言い方だな」

 

「商売敵となりえるからネ」

 

そうは言ってもこの店を潰してやろうなどと考えているわけではなく、来たのも同じ飲食店を営む者として単純な好奇心によるものだ。多くのものに触れればその結果新しい発想をもらえることもある。逞しい商売魂だと思っている間に古菲がメニューをテーブルに開いて祐と話していた。

 

「何頼んだアルか?」

 

「これ、あんみつ」

 

「なら私もそれにするアル」

 

「では私も」

 

「視察なんだから違うものにした方がいいんじゃない?よく分からんけど」

 

「これはきっと同じものを食べたいといういじらしい乙女心ネ」

 

「超さんとクーさんが?こいつは傑作だぜ!」

 

「あっ!たぶんだけど祐が私達を馬鹿にしてるアル!」

 

「よく分かったねクーさん、成長してるよ」

 

「フフン、そうでもないアルヨ」

 

「古はそれでいいのか?」

 

「古はこれでいいネ」

 

それから満を辞して運ばれてきたあんみつは噂に違わぬ一品だった。あんみつに関して一家言ある真名にも、そして料理の腕も一流である超にも好印象だったのであまり詳しくない祐もそれならばいいものなんだろうと思った。個人的には美味しかったという単純な感想しか出てこないのは知識が乏しいからだろうかと考えつつ、同じように美味しそうに食べている古菲を見ているとそれでもいいかと感じる。こんな風に笑顔で食べてもらえたのなら作った人もあんみつも本望だろう。

 

少しだけ世間話をした後、四人は店を出てなんとなく広場の方面へ向かった。超と古菲が先程のあんみつのことを話している後ろで祐が真名に小さな声で話し掛ける。

 

「そう言えば例の説明会、本当に俺は出なくていいの?」

 

「その方がいい。少しは土御門の顔を立てる必要はあるが、何もかも洗いざらい話す責任まではない」

 

「真名がいいんなら俺は文句ないけど、変に波風立てるのも良くない気がしてさ」

 

「そう心配するな、上手くやる」

 

自分のことを秘密にできるのならそれに越したことはない。それでも真名の立場に問題が生じるなら協力も吝かではないと考えていた。真名本人からその必要はないと言われては反論もないが、少し心配にはなる。

 

「この世界に自分の手の内を全て明かす奴などいない。明かしたのならその相手は必ず始末するところまでがセットだ」

 

「恐ろしい話」

 

前を歩く超達をつかず離れずで追う祐と真名。双方視線は前に向けていた。

 

「何か問題が起きたらその時話す」

 

「そうしてくれ。まぁ、あっち側の人と会うのも今回が最後じゃないだろうけど」

 

立ち止まって真名が祐を見たので釣られて祐も足を止める。

 

「勘か?」

 

「そんな感じ」

 

「…お前が言うなら、そうなるんだろうな」

 

「あれ、信用してくれんの?」

 

「多少はな」

 

「マジか、ちょっと嬉しいかもしんねぇ」

 

僅かに笑った真名が祐の背中を軽く叩く。それに対して祐も笑顔を浮かべた。

 

「やはり変化はあった、ということカ」

 

「ん?なんの話アル?」

 

「いやいや、なんでもないネ」

 

古菲の質問を軽く誤魔化して超は後ろの二人を見た。

 

「先程の店以外にもいくつか気になっている店があるネ。よかったら一緒にどうカナ?」

 

「いいだろう、この後に予定があるわけでもない。祐、財布の紐は緩めておけよ」

 

「俺に払わせようとしてんじゃねぇよ」

 

「もしかしてお金持ちアルか?えっと…祐は太ってるアルね!」

 

「こいつ急に悪口言ってきたぞ」

 

「太っ腹と言いたいのか?」

 

真名の言葉に反して財布の紐はきつく締めておこうと思いながら超と古菲についていく。懐の金銭事情は一旦置いておくとして、今日は楽しい休日を満喫できそうだ。

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