学生達が下校していく中、凛も自宅を目指し歩いていく。僅かではあるが進展を見せた祐に関してのことを考えていた時、急に誰かの顔が視界へと入り込んできた。
「どうもどうも、遠坂サン。ちょっとよろしいカナ?」
「超さん?えっと、何かしら?」
突然話しかけてきた超に顔が強張りそうになる。なんとか抑えたつもりだが見破られてはいないだろうか。そんなことを思う凛を他所に超は笑顔を浮かべた。
「実は遠坂サンと是非お話がしたいと思ってネ。時間があるならば、私に付き合ってくれないカ?難しそうなら日を改めるネ」
「…先に教えてほしいのだけど、お話ってどんな?」
質問に超が笑みを深くする。どうにもこの顔は苦手だ。無性に裏を感じ、そして自分の考えを見透かされている気がしてならない。
「貴女が知りたいと思っていることに関して…と言ったらどうカナ?」
思わず繕っていた表情が崩れ、目を見開いてしまった。迂闊だったと今になって思う。彼女に対して隙を作ってしまったが後の祭りだ。ならば今は後悔するよりも切り替えるべきと目を閉じ、一瞬にして気合を入れ直した。
「ええ。是非、お話を聞かせてちょうだい」
今の心情のせいか早歩きで廊下を進む愛穂。少し先に探していた人物の背中が見えると更に速度を上げる。追いついて手を伸ばし、相手の肩を掴むと強引に身体をこちらに向けさせた。
「逢襍佗、お前どういうつもりだ」
嘘や冗談は許さないと視線を鋭くする。端からそんなつもりはないのか、振り向いた祐の表情は普段と違うものだった。
「状況が厳しくなってきました。やるなら早めに手を打たないと、潮時です黄泉川先生」
「分かるように話せ。それじゃ全然伝わらないじゃん」
そこで祐は周囲の気配を探る。どうやら近くに聞き耳を立てている者はいないようだ。ならここで話してもいいだろう。
「詳しいことはまだ分かりませんが、『外』から来た金属生命体と戦いました。この星の戦士と戦うのが目的だったそうです。恐らく侵略者の類でしょう」
祐が昼休みから居なくなったとは愛穂も聞いていた。今の発言から、その金属生命体とやらが原因のようだ。
「奴は、虹の光を見たことでこの次元と星に目を付けた言っていました。あの怪獣を消した時のものを観測したと」
今の説明で愛穂は聞きたかったことの結論に辿り着く。そして祐がこの出来事をどう受け止めたのかも。
「俺が奴を呼び寄せてしまった。会話の最中に我々とも言っていました。きっとあいつ一人じゃない、この話はこれで終わりにはならないでしょう」
やはり予想は当たった。祐の性格から考えて、そう言われたのなら責任を感じるに決まっている。それはそれ、これはこれなどと都合よく思えるタイプではないのは愛穂も分かっていた。
「俺がとった行動の結果です。責任は取らないと」
これはまずい、物事が悪い方向で祐の決心を後押ししている。今も瞳に映る祐の表情には迷いが見られない。誰かは知らないが随分余計なことを言ってくれたなと愛穂はその金属生命体に心の中で悪態をついた。
「恐らくこれから戦いは激しくなってきます。それに専念するなら、今の生活は送れない」
「だから、まずは学校を辞めようって決めました」
淡々と語る姿に愛穂の表情が僅かに曇った。祐の考えがまったく理解できないわけではない。だが納得などしていないし、首を縦に振ってなどやらない。そんなことを許せるはずがないのだ。
「変な言い方かもしれませんが、今回のことはいいきっかけに」
「違う、違うぞ逢襍佗。そんな責任の取り方は誰も望んでない」
話を遮って愛穂が言う。このまま続けさせては駄目だ。改めて言葉にすることで、決意を揺るがぬものにさせてはならない。
「そもそも責任ってなんだ、お前はあの時大勢を守っただけじゃんよ」
肩を掴む力が無意識に強くなっていた。きっとこの手を離すべきではない。離したら目の前の相手は遠くへ行ってしまいそうだと、そう思った。
「大切なものが沢山あるってお前言ってたろ。なのにそれを自分から捨てる奴があるか」
祐の両肩に手を置き、優しく語りかけるように目を見て話す。気持ちとは裏腹な行動をしたのは祐を下手に刺激したくなかったからだ。
愛穂は謎の焦燥感に駆られていた。興奮して大きな声を出ないようにと努めているが、内心冷静とはいかない。今も心臓は素早く脈打っている。きっとまだ間に合う、遅くはないと自分に言い聞かせた。
「お前が居なくなったら、お前の大切に思ってる人が悲しむじゃん。それはお前のやりたいことか?」
「…悲しませるのは、嫌ですね」
祐の表情に変化が生まれた。揺さぶることができたならば活路はある筈だ。
「だったら」
「悲しませたくない。けど、それよりも優先するべきことがあるんです」
今度は愛穂が遮られる形になった。その瞬間、物理的距離はこんなに近いのに祐が遥か遠くにいる錯覚に陥る。自分から離れていくような、そんな錯覚を。
「沢山あります、大切なものが。全部を持てるならそれが一番。だけど無理なんですよ先生、全てを持って歩くには今の俺じゃ力が足りな過ぎる」
言葉にすればする程自分の情けなさを祐は痛感する。もっと強ければ、こんな悩みなど吹き飛ばせたのだろうか。それが理想の姿ならば、理想とはこんなにも遠いのかと嫌気がさした。
「でも、数を絞ったら…やれそうな気がするんです。全部は手放したくないから、俺は…持てる分だけ持ちます」
祐は一歩下がって愛穂から離れた。少し前まで強く掴んでいた手が、驚くほど簡単に滑り落ちる。悲しいかな、その時の愛穂の手に力はなかった。
「ごめんなさい黄泉川先生。少なくともこれが、今の俺にできる精一杯です」
「お、おい逢襍佗」
「馬鹿なこと言いますけど、先生に技掛けられるの俺結構好きでしたよ」
「⁉︎まっ…」
突拍子もない発言に気を取られ動きが遅れる。その僅かな隙に祐は姿を消した。光の粒子となって目の前から。固まっていた愛穂は伸ばし損った手を思い切り強く握る。
「くそ…くそっ…!何やってんだ私は!」
両手で頬を一発叩いて自分に喝を入れる。なんて情けない、傷付けたくないからと臆病風に吹かれてまるで動けなかった。あの時話していた『ぶん殴ってでも止める』今がまさにその時だったと言うのに。だが後悔している場合ではない、こんな展開認めてたまるか。これで終わったら死んでも死に切れない。
「ふざけんなよ逢襍佗…!こんなんで、私は諦めないじゃん…!」
脇目も振らず走り出す。普段は廊下を走る生徒を注意する立場だが、今だけは許してもらいたい。それだけ緊急事態なのだ。全力で駆け抜ける愛穂が向かう先は既に決まっている。
先頭を歩く超の一歩後ろをついていきながら凛はその背中を観察する。こちらに対する警戒は感じられないが、かと言って隙だらけというわけでもない。こうして注意深く見てみれば、超の身体の動きは洗練されたものに映った。確か彼女は多くの部活を兼任しており、その中には中国武術に関するものもあった筈だ。その活動が反映されているのだろうか。
暫く歩けば学園から随分と離れた場所に来た。人数も比例して少なくなると、いよいよ凛も警戒を強くする。それを感じ取ったのか超が振り向いた。
「そう警戒することはないヨ。貴女をどうにかしようなんて考えていないネ」
「できれば信じたいけど、そう思える要素がなさすぎるわ」
「ふふ、否定しようがないネ」
緊張がまったく見て取れない超に眉を顰める。しかし超としても、このまま凛に話を聞いてもらえないのは望むところではない。そこで一つの提案をした。
「今から遠坂サンの親しい人に連絡をしたらどうカナ?これから同級生と話をすると。私の名前を出してもらっても構わないヨ」
「……」
そうすれば何かあった時、超鈴音という人物に疑いの目が向くからだろう。この提案をしてきたのは本当に何もする気はないのか、それともそんな手を回したところで問題にならないのか。どちらにせよ凛に連絡をしないという選択肢はない。そもそも一番安全なのはついていかないことなのだが、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。今更臆してこの場を後にするなどもっての外である。
しかし困った。親しい友人は何人かいるが、全員が表の世界の人間である。今からする話が裏の世界と関わりのあるものかは定かでないが、そうでなくとも面倒事に一般人を巻き込みたくはない。そうなると連絡できる相手は自然と絞られた。あまり気は進まないが背に腹は変えられない。両手でスマートフォンを持ち、慣れない手つきで連絡帳を開く。その中のある人物を探して一度ため息をついてから電話を掛けた。
少しすると相手が出たようで、僅かにこちらから距離を取って通話を始める凛から視線を外し超は自分のスマートフォンを操作する。手持ち無沙汰になったからではない。『親しい人』を確認する為だ。超の画面には現在凛が電話を掛けている人物の名前が映し出されていた。
(言峰綺礼…やはりネ)
机の上にある書類を整理していた近右衛門は、一息つくために書類から目を離して晴明に指を当てると軽く揉んだ。
(やれやれ、老体に鞭を打つのも限度があるのう)
近右衛門の元には学園のあれこれから魔法教会に関することなど幅広く舞い込んでくる。多忙な身だがこれが自分の仕事だ。直接現場に出る者達の為にも自分の役目を果たさなければならない。しかし押し寄せる年の波に勝てるかといえばそれは別問題だった。また現在手に持つ書類に記載されているものはこの世界にとって特大の劇薬と言ってもいい。見ているだけで神経が擦り減る代物だ。
そんなことを考えていると足音が近づいてくる。どうやら相当急いでいるようだ。近右衛門は書類を魔法も使用した上で厳重に隠してから長い髭を撫でた。
「学園長!」
ノックもせずに扉を開けたのは愛穂だった。思わぬ人物であったことを意外に感じるも冷静さを保つ。肩で息をして焦った様子の愛穂にあくまで普段と変わらぬ様子で接した。
「どうした黄泉川先生、随分急いでおるようじゃが」
教員室では小萌が淹れてくれた紅茶を麻耶が少しずつ飲んでいた。引いてきた椅子を麻耶の隣に置いて小萌が向かい合う形で座る。その手には自分用のカップが握られていた。あれから幾分か落ち着きを取り戻すことができたが、未だに麻耶の表情には翳りが見える。
「すみません月詠先生、ご迷惑お掛けして」
「そんなこと言わないでください、私はただ紅茶を淹れただけですよ」
「それでも…助かりました」
事実小萌が居てくれたことで麻耶は救われていた。気落ちした姿を見て、小萌は紅茶を一口飲んでから話し掛ける。
「高橋先生。高橋先生は逢襍佗ちゃんの話、どう思いました?」
「え?」
「本当だと思いましたか?それとも、嘘だと思いましたか?」
核心を突かれたような感覚が麻耶を襲い、その表情がまた一段と暗くなった。酷な事をしている自覚はある、それでも聞かねばと小萌は返答を待つ。
麻耶は温かいカップを強めに握る。揺れた紅茶が自身の心情を表しているようだった。
「…分かりません。結局私は逢襍佗君のこと何も知らなくて、判断が出来ないんです…」
彼の担任を受け持って半年以上が経つ。世間話も数えきれない程した。それでも麻耶が祐に関して知っていることは少ない。祐が自分のことを話さないのは基本的に誰に対してもそうだった。
「あんな理由で抜け出してたって言われても、どう受け止めていいのか…」
「じゃあ次の質問です。高橋先生から見て逢襍佗ちゃんはどんな子ですか?」
急に話題が変わり、ついていけなかった麻耶は固まる。それでも視線を上げないまま、呟くように話した。嘘偽りのない正直な想いを。
「おかしなことを言ったりやったりする子でしたけど、それが誰かを笑わせたり和ませてる時もありました。意外と周りを見ていたり…だから、優しい子なんだろうなって…」
「私も、高橋先生と同じ意見ですよ」
落としていた視線を小萌に向ける。お互いの瞳が真っ直ぐに重なった。
「逢襍佗ちゃんが家ではどんな生活を送っているのか、家庭の環境がどうなのか、本当のところは私も分かりません。そういう意味では、私達は逢襍佗ちゃんのこと全然詳しくないです」
「それでも、あの子のことはちゃんと見てました。例えそれが学園内だけでも、分かることはあります」
いつになく真剣な表情の小萌から目が離せない。周りのことは一切気にせず、麻耶は小萌の言葉に耳を傾けていた。
「逢襍佗ちゃんはみんなに好かれてました。B組の子達だけじゃなくて、関わっていた人達みんなに。それはきっと逢襍佗ちゃんが優しい子だったからです。あの子がいると、その場が賑やかになりますよね」
「…そうですね」
その光景を思い出しているのか、小萌は自然な笑顔を浮かべた。柔らかい表情を見て少しだけ、悔しさが募る。小萌がどう思っているのか聞いていないが、それでも察したのだ。小萌は祐を今も信頼している。自分にはそれが出来なかった。それが、悔しい。
「だから、余計に分からないんです…そんなことする子じゃないって気がしても、確証も何もない。私達がどんな風に思っても、本人がそうだって言ったらそうじゃないですか。仮に嘘だったとして、なんでそんな嘘を」
進んでそう思ったわけではない。出来れば祐を最後まで信じていたかった。だから悩みながらも一歩を踏み込んだのだ。それでも結局返ってきたものは、あまりに呆気のない理由だった。
ここまできてやっと分かった。自分は祐を信じていた、信じていたかった。それは一方的な感情と言われればその通りだろう。だが祐から居なくなっていた理由を聞いて思ってしまった。裏切られた、騙されていたと。きっと何か訳があるんだと信じていた相手だ。勝手な思い込みだとしても何も思わない筈がない。だからこそ麻耶は悲しかったのだ。
「優しいから、嘘をついちゃう困ったちゃんもいますよ」
小萌の言葉に麻耶は今日何度目か分からない疑問を浮かべる。有事の際、自分の思考とは案外役に立たないんだなとあまり嬉しくない情報を得た。
「逢襍佗ちゃんと仲の良い子達はみんな口を揃えて言うんです。逢襍佗ちゃんは信用できないって」
「し、信用できない?」
先程までの話を根本から覆すものが出てきた。親しい人達がそう言うなら、やはり信じてはいけないのではないだろうか。
「はい。あいつは大丈夫じゃなくても大丈夫って言う、ほっといたら無理して何するか分からない。上条ちゃんはそう言ってました」
「何かあっても何も言わない。これは確か…間桐ちゃんでしたね」
上条当麻と間桐慎二、小萌の担当する一年D組の生徒だ。自分の記憶が正しければ祐とは中等部時代からの仲だった気がする。祐の友人達の証言を話す小萌は仕方なさそうで、それでいて何処か愛おしそうでもあった。
「他の子達も同じようなことを言ってました。そう考えてみると、なんとなく想像できるというか… 逢襍佗ちゃんは中々の困ったちゃんなのです」
全員が口裏を合わせている可能性はゼロではないが、限りなく低いだろう。どうやら友人達の祐に対しての意見は満場一致のようだ。何かあっても周りに黙っているという前例が幾つもあったのなら、今回もその例に漏れないのかもしれない。麻耶がそう考えていると小萌が笑った。
「ふふ、丁度適任な子が来ましたね」
「え?」
麻耶が首を傾げると小萌が教員室のドアを指差す。その指先を目で追えば、そこにはこちらを窺う生徒達がいた。
「橘くん?梅原くんに棚町さんも…」
麻耶と目が合った三人は苦笑いを浮かべた。頭を下げながら教員室に入ってくる純一達に困惑していると、小萌が椅子から立ち上がる。
「せっかくですから高橋先生も聞いてみてください。あの子達から逢襍佗ちゃんの話を」
振り向いた麻耶に小萌は微笑み掛けた。きっと祐に近しい彼らなら、麻耶の判断を手助けしてくれるだろう。自分の役目はここまでだ。
「みんなから話を聞いたら、その時改めて考えてみてください。そうしたら出てきますよ、高橋先生の答えが」
「月詠先生…」
「さて、私は残りの仕事を片付けちゃいます!それではまた!」
自分のデスクへ戻っていく小萌の背中を暫く見つめ、麻耶は頭を下げた。後で感謝を言葉にして伝えるのは当然として、今は来てくれた純一達と話をしよう。そうすれば、何かが見えてくるかもしれない。
緊張した様子の純一が先頭に立ち、麻耶の元までやってくる。話したいことはお互い同じだろう。本当に、彼は周りから大切にされているようだ。
「あ、あの…高橋先生、お時間よろしいでしょうか?」
「緊張しすぎでしょ」
「言ってやるな。気持ちは分かるが」
後ろから聞こえる二人の声に恨めしそうな顔をする純一。そんな彼らを見て、少しだけ暗い気持ちが晴れたような気がする。麻耶は椅子から立ち、純一達と向かい合った。
「勿論よ。私も、みんなに聞きたいことがあるの」
人影もない森の中。そこに着陸したザスティンの宇宙船へと祐が入っていく。中にはザスティンとブワッツ・マウルがいた。
「ザスティンさん」
「ああ、来たか祐。こっちだ」
ブワッツとマウルにも挨拶をしてザスティンの後をついていくと、そこにはケーブルに繋がれたカプセルが置かれている。中には破壊されたバッサールが入れられており、二人はカプセルを見つめる。
「現時点での話をする。あれから色々調べたが、駄目だな。この残骸から目ぼしい情報は見つけられなかった」
「…そうですか」
残念ではあるがこの結果は予想していた。先陣を切ってきたこの金属生命体は、言うなれば捨て駒と思われる。ここからそう易々と敵の正体には辿り着けないだろう。
「ただ分かったこともある、と言っていいのか…この金属は私達の銀河に存在するものではなさそうだ。我々が知らないだけの可能性もあるがな」
「デビルークを持ってしても未知なら、それはもうこの宇宙のものではないんでしょうね」
「それを前提とすると、可能性が高いのは」
「外宇宙、それとも別次元か」
二人の纏う雰囲気が一段と冷たいものに変わる。祐とザスティン、お互いに外宇宙と別次元には思うところがあるからだ。
「そのどちらにせよ、侵略が目的ならば当然無視はできないな」
「はい。そろそろ俺も、本腰を入れようと思います」
そう言われたザスティンはバッサールを見つめ続ける祐に目を向ける。本人から感じるものは大分変わったが、それでも見えるこの横顔はあの時と同じだった。
「今の生活を辞めるのか?」
「そうですね、踏ん切りつけるにはいいタイミングなのかなって」
目を合わせる二人。ザスティンは真剣な表情を変えないまま続ける。
「少し、時期尚早ではないか?楽観視するつもりはないが、まだその時が来たとは思えない」
「かもしれません。でも色々と要因が重なってきてて、遅いよりも早い方がいいと思いますから」
「…そうか」
短い言葉だったが、その一言には様々なものが含まれていた気がする。言いたいことを一旦自分の中にしまってくれたのだろう。それが今の祐にはとてもありがたかった。
「生活は変えますけど、やることまでは変えません。ララさんの護衛も勿論継続します」
「引き続きよろしく頼む。私達がそばに居るより、君が居てくれた方がララ様も喜ぶだろう。親衛隊としては複雑ではあるがな」
「喜ぶ…ですか?」
不思議そうな顔をする祐。それを見てザスティンは笑った。
「ララ様とは定期的に連絡を取っている。この星や学園での話題も多いが、君に関する話もよくされるよ」
「なんか恥ずかしいですねそれ…」
希望的観測も含めて悪く言われていることはないと思いたい。ザスティンの反応からも恐らく大丈夫だろう。そうであってほしい。そこで優しい表情だったザスティンの顔が再び真剣なものになる。
「今後の動きはどの程度決めたんだ?」
「学校を辞めて…住むとこはまだ変えないつもりでいます。戦いに集中する、決めてるのはこれぐらいでそれ以外は全然って感じですね。動くのを決めたのもついさっきなんで。取り敢えず、まずは事情を知ってるみんなに説明ですね」
「大仕事だな」
「間違いないですね…まぁ、スムーズにいくとは思ってませんよ」
それから暫く今後のことを話し合い、祐が宇宙船から出ていこうとする。
「それでは皆さん、また」
「ああ、何か分かったらこちらからも連絡する」
「お願いします」
お辞儀をしてから進んでいく祐。その背中に声が掛かった。
「祐」
「はい?」
「先程の話だが、君が考えて決めたことだ。今の君を取り巻く環境を話でしか知らない私がとやかく言うべきではないと思っている」
「それでも、これだけは言わせてくれ。祐、その時が来ても一人で戦おうとは思うな。少なくともここに一人、君になら命を預けていいと思っている馬鹿な男がいるぞ」
祐を見つめ、ザスティンは自分の胸に手を置いてそう言った。祐のザスティンへの信頼は、あの日々を通して揺るがぬものとなっている。冗談で言っているわけではない。それが確かに伝わっているからこそ、祐は自然と笑みが溢れた。
「ありがとうございます、ザスティンさん。俺はもう一人じゃ戦いません、その時には一緒に戦いましょう」
本当に大切なものを手放しはしない。だがこの身は一つ。捨てたくないものの為、持っていた荷物を下ろすことも時には必要となる。
自分には仲間がいる、信頼できる心強い仲間が。祐の意思はより強固なものとなった。
夕方の新聞配達を終え、女子寮に戻っている最中の明日菜。強く吹いてくる冷たい風に耐えながら歩いているとスマートフォンが鳴る。
「ん?…純一?」
画面に映し出される相手の名前を確認して電話に出る。ふと空を見上げると、もう間も無く景色が夜に変わろうとしていた。
「もしもし」
『もしもし明日菜、今大丈夫?』
「大丈夫だけど、何かあった?純一から電話くるなんて珍しいし」
『まぁ、何かあったと言えばあったんだけど…』
なにやら歯切れの悪い返答に嫌な予感がした。どうにも胸がざわつく。
『単刀直入に言うと祐のことなんだ。ちょっと、明日菜にも聞いてもらいたくて』
嫌な予感ほど良く当たる。いつだったか聞いた言葉だ。予想や予感が当たっても、それが嫌なことならまったく嬉しくない。祐はいつもこんな気分を味わっているのだろうか。明日菜はそんなことを考えた。