Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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本心

「俺に、俺に戦い方を教えてください!」

 

大切なものを奪われた者が最も欲するものとは何か、その答えは一つではない。しかし、自分の無力さを呪った者が何を手にしようとするかは総じて決まっていた。

 

「力が欲しいんです!大切なものを守れる…俺の大切なものを平気で奪っていく奴らを倒す為の力が!」

 

奪われた者は今度こそ奪われないようにと力を求める。降り掛かる禍を払い除ける為に。

 

「大切な人が殺されるのを、見ていることしか出来ないままでいたくないから!」

 

「またあいつらが来るなら…今度こそ!今度こそ俺があいつらを殺してやる!」

 

憎しみを糧として、彼はその一歩を踏み出す。負の感情さえも今の彼には力を与えた。いつの時代、どんな場所にでも戦士という存在は生まれる。

 

これは、この世界に新たな戦士が誕生する瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

朝のホームルームを迎えた麻帆良学園。その一年B組の教室は、普段と違う空気で満たされていた。その理由となった人物はそこにいない。教室内に活気がないからだろうか、こちらに向かってくる足音がよく聞こえる。暫くして、麻耶がドアを開けて教室に入った。

 

「起立」

 

麻耶の入室を確認して詞が号令をかける。椅子から立つ生徒達の顔を確認し、朝の挨拶を行った。次いで着席をすると、そこで春香がおずおずと手を上げる。

 

「どうかしたの?天海さん」

 

「えっと…逢襍佗君がまだ…」

 

「…今日は体調不良でお休みだそうよ。本人から連絡があったわ」

 

麻耶の言葉に教室がざわつく。妙な噂が広まっていたのが原因だろう。

 

 

 

 

 

 

そして一年A組の教室。こちらにも普段とは様子の違う生徒が何人かいた。それに釣られてか妙に重苦しい雰囲気が漂う中、美砂が意を決して明日菜と木乃香に声を掛ける。

 

「ねぇ、二人とも」

 

美砂の声に顔を向ける二人。一瞬言葉に詰まりそうになるが、ここまで来たならばと口を開く。

 

「変な噂聞いたんだけど、二人は知ってる?その…逢襍佗君が、学校辞めるんじゃないかって…」

 

尻窄みしながらの質問に明日菜達が視線を下げる。その姿にまさかと思った。心のどこかでそんな話は嘘だと言ってくれると期待していたからかもしれない。

 

「…マジ?」

 

「ごめん、私達もまだ分かんないの」

 

「まだ?」

 

「祐君から連絡あったんよ。明日の放課後、話したいことがあるって…」

 

明日菜に代わって木乃香が説明をする。明日菜が昨日祐から直接聞いたなど隠している部分もあるが、明日の放課後に話がしたいと連絡があったのは本当だ。恐らくそこで明日菜以外の友人に説明をするつもりなのだろう。今日ではなく一日置いたのは準備をする為なのかもしれない、別れを告げる心の準備を。

 

「逢襍佗君、ほんとに辞めちゃうの?」

 

「私に聞かれても分かんないって」

 

話を聞いていた桜子が隣にいた円に聞くが円が真実を知る筈もない。ふと顔を見ると桜子はらしくない不安そうな表情をしていた。慰めにもならないとは分かっても円は桜子の頭を優しく撫でる。

 

A組生徒達も大きさに違いはあれど不穏な空気を感じているようだ。周りを見ていた千鶴は、その中でも特に思い詰めた様子だったあやかの肩に手を乗せる。

 

「あやか…」

 

「大丈夫ですわ千鶴さん。必ず、祐さんとはしっかり話をしますから」

 

「…そうね。きっと、それがいいわ」

 

妙な胸騒ぎを覚えながら、気持ちを乱されないようにと千鶴も気丈に振る舞った。あやかが耐えているのだ、自分が弱音を吐いている場合ではない。

 

そんな教室内で普段通り小説を読んでいたエヴァが視線を移す。視線の先の人物である超は一人静かに座っていた。その背中を暫し見つめ、そっと視線を小説へと戻す。

 

誰がどのように広めたのか定かではない。それでも祐が退学するのではないかという噂は、彼の顔が広いこともあって学園中に伝わっていた。突然なことに幼馴染達をはじめ、友人達も動揺している。出所不明の不確かな情報でも、近頃の祐を知っているともしやと考えてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

昼休み。祐の秘密を共有するA組メンバーが人気のない場所に集合した。刹那による人払いの結界も施し、秘密の話をするには万全の状態である。現在は明日菜とあやかから昨日の出来事を詳しく聞いたところだ。

 

「じゃあ、逢襍佗さんが学園を辞めるって話は…」

 

「本当、ってことね」

 

さよが途中で言い淀んだ言葉を和美が続けた。想像以上に込み入った問題に、全員が頭を悩ませる。

 

「元々変なところで責任感が強い方です。今回の一件が引き金になってしまったのは間違いないでしょう」

 

「だからって、こんなのないでしょ…祐君はみんなの為に怪獣を倒しただけなんだから」

 

「みんな、そう思っていますわ。本人以外は、ですが…」

 

ハルナが後頭部を掻く。あやかの言う通り、誰も祐が悪いなどとは思っていない。ただ唯一そう思えていない人物がいて、それが他ならぬ祐本人なのが問題なのだ。

 

「…ネギ先生はこの話を?」

 

「知ってる。今学園長と話してる頃だと思う、昨日からそうするって言ってたから」

 

刹那の質問に明日菜が答える。表側の教員はともかく、学園長達がどう動くつもりなのかも重要なところだ。刹那は腕を組んで俯く。

 

「やっぱ納得いかない、今から話聞いてくる」

 

突然後ろを向いてこの場を離れようとするハルナに全員が驚く。一番近くにいた和美が慌ててハルナの腕を掴んだ。

 

「ちょっと待った!まさか逢襍佗君のところに行くつもり⁉︎」

 

「そこ以外ないでしょうが!」

 

「行ってどうすんのよ!策もなしに考え直させられんの!」

 

「なんもないけど黙ってらんないって!」

 

和美を振り解いて進もうとするハルナをさよも止めようと抱きついた。

 

「お、落ち着いてくださいハルナさん!今はきっと下手に刺激しない方がいいですよ!」

 

「じゃあ報告の日までじっとしてろっての⁉︎私は明後日って言われたんだけど!」

 

「私だって明後日よ!仕方ないかもしれなけど明日菜達より遅いのムカつく!」

 

「和美さんまで怒らないでください〜!」

 

ハルナを止めてはいるものの、和美も怒りを露わにしてさよは慌てた。木乃香達もハルナを止めに入るが、明日菜は一人その場に留まる。

 

「行っても、どうせ無駄よ。あいつはもう決めちゃったんだから…」

 

「明日菜…」

 

小さな声だったが明日菜の発言はこの場に響いた。今の彼女からは諦めの感情が嫌というほど伝わってくる。

 

「散々言ったわよ、あんたのせいじゃないって。そんな責任ないって。でも駄目だった、考えを変える気なんて…最初からないのよ」

 

先程までの喧騒が嘘のように一瞬で静まり返る。大半が視線を落としたところでハルナが方向を変えて明日菜の元へ進んだ。

 

「でも明日菜、一番大事なことまだ言ってないでしょ」

 

「え?」

 

明日菜が顔を上げる。見えたハルナの顔は、彼女と出会った中で一番真剣な表情をしていたかもしれない。

 

「住む場所が変わらなくても、学園辞めて会えなくなったら寂しいって、辞めないでほしいってちゃんと言った?」

 

意味が分からず明日菜が首を傾げる。ハルナは明日菜の肩に両手を乗せた。

 

「これ、私の予想なんだけどさ…話聞いて思ったの。明日菜はちゃんと言葉にして言ってないんじゃない?行かないでほしいって」

 

確かに明日菜は言葉に出して辞めないでほしいとは言っていない。しかしそれがなんだと言うのか、明日菜の目が少し鋭くなった。

 

「だからなんだってのよ?私達が辞めないでほしいって思ってることぐらい、分かるはずでしょ」

 

「かもね、でもそれじゃ駄目な気がする。ちゃんと言わないと」

 

苛立ちを募らせ思わずハルナに詰め寄る。必死で説得しようとした、それでも祐の考えを変えられなかった。それが誰よりも悔しいのは明日菜自身だ。

 

「言ったら変わるってわけ⁉︎そんなんで変わったら苦労しないわよ!」

 

「変わらないかもしれないけど出来ることは全部やるのよ!全部やって、それでも駄目ならそん時考えればいいんだから!」

 

明日菜に負けない熱量でハルナは返す。二人を止めに入るべきかもしれない。だが今ハルナが言ったことはここにいる全員に刺さっていた。

 

「何もう諦めてんの!あんたそんなすっぱり諦めつくタイプじゃなかったでしょ!」

 

「勝手言って!こっちの気持ちも知らないくせに!」

 

「分かるわけないじゃん!言われてないんだから!言われなきゃ本当の気持ちなんか分かんないわよ!誰だって!」

 

「でもあいつは分かってる!人の心が見えるんだから!だったら分かんない筈ない!」

 

「見えちゃうから!見ないようにしてる可能性だってある!」

 

お互い一歩も引かない状態が続いていたが、そこで明日菜の動きが止まる。ハルナの発言が理解出来なかったからだ。

 

「相手の気持ちが分かるって、そりゃ便利で役に立つことも沢山あるとは思う。でも想像したら、私は少し怖い」

 

「人の気持ちが分かんないのは怖いけど、分かってても…それはそれで怖い気がするの。見たくない、知りたくない気持ちだってきっとあるから」

 

明日菜は何も言えなくなる。考えたことがなかった、相手の考えていることが見えてしまう。それがどんな気持ちなのか。

 

きっと優れた能力だ。様々な場面で大いに役立つだろうし、いくらでも使い道はある。だが一見脳天気のようでいて、その実色々と抱え込んでいる気にしいな青年が、自分達のよく知るあの優しい幼馴染が嬉々としてその力を行使するだろうか。明日菜の答えは否だった。

 

「ふざけてやろうとしたことはあったけどさ、祐君ってたぶん…いっつも誰かの心を覗いてはいないんじゃないかな。寧ろ、見ないようにしてるのかも」

 

「それなら…私もそう思う」

 

二人を静観していた和美が口を開く。思い当たる出来事があった。あまり自覚はなかったが、和美の中で印象に残っていたようだ。

 

「千鶴がさ、なんでか逢襍佗君を探ってた時期があったんだよね。私も逢襍佗君も理由は分からなくて、だったら千鶴の心を見てみればって私言ったの」

 

「そしたら逢襍佗君、それは嫌だって言ってた。軽い口調だったけどね」

 

こう思い返してみると、様々な点が繋がっていくような気がした。祐はどうも日常的に力を多用したくないのかもしれない。あくまで憶測だが、そう思うと腑に落ちる部分は多い。

 

「その時はよく考えてなかったけど、本当に嫌なのかもね。相手の心を見ちゃうのは」

 

謎に包まれているが、虹の力は万能と言って差し支えないものだろう。あの力をもっと自分に都合のいいよう使えば、楽に生きていくことも容易いかもしれない。だが祐はそれをしようとはしない。理由は単純で、祐はとことん不器用なのだ。

 

「驚異的な力を持っていても、それを思うままに使うことを良しとしない。寧ろ力を持っているからこそ、人以上に柵を抱えてしまっている」

 

「彼らしいですわ、本当に…」

 

刹那の考えにあやかが呟く。特殊な力を持つが故の苦悩、そんな力を持たないあやかにとって、祐の心情はどこまで行っても想像の域を出ない。本当の意味で理解を示せないのが、寄り添えないことが悔しくもあった。

 

対して刹那は種類は違えど特殊な力を持つ者だ。自分に当てはめた時、力を存分に発揮しない・或いはしたくない気持ちはよく分かった。不器用さならば、祐にも引けを取らないと自負している。もっと気楽に生きた方がいいなどとは口が裂けても言えなかった。

 

「だからこそ、祐君には思ってることを言葉にして正直に伝えなきゃいけない気がするの。お互い言い訳が出来ないくらいに」

 

「……」

 

明日菜は俯いてしまう。ハルナの言うことは一理ある、それでも自分の想いを正直に伝えるのは躊躇いがあった。それは明日菜が祐の過去を知っているからだ。何故祐が戦うことをやめないのか、その一番の原因は分かっている。大切なものを失った経験が今も祐を縛っていて、同時に大きな傷を残した。

 

「もしかして、何かあるの?逢襍佗君に気持ちを伝えられない理由とか」

 

明日菜の様子に和美は違和感を覚えた。だから先の質問をしたのだが、そう聞かれても明日菜は答えられない。伝えられない理由を説明するということは祐の過去を話すことに繋がる。勝手に過去の事件を明かすわけにもいかず明日菜は無言で目を逸らすしかなかったが、和美はその反応で『何か』があると察した。

 

祐には危険なことなどしてほしくないし、平和に暮らしてほしい。しかし彼にこの想いを伝えることが果たして正しいものなのだろうか。自分の気持ちを押し付けているようで、それが更に祐を苦しめることになったら。そう思うと、どうしても明日菜は強く言うことが出来なかった。

 

そして、そう考えているのは明日菜だけではない。

 

「明日菜の気持ち、ウチ分かるよ。たぶん、考えてること一緒やから」

 

今まで黙っていた木乃香が明日菜に近寄り、その手を握る。力のことは知っていても、祐の過去まで知っているのはこの場に限って言えば幼馴染の三人だけだ。だからこそ木乃香もあやかも明日菜の苦悩が理解できた。

 

「祐君、ずっと悩んどったと思う。今の生活のことだったり、事件のことだったり…ウチも祐君に辞めんでほしい。でも祐君だって辞めたいなんて思っとらんよ、きっと」

 

「相談してくれへんかったことは寂しい。ほとんは危ないことしてほしくないって言いたい。せやけど祐君は喜んで戦ってるわけやなくて、優しいから…誰かじゃなくて自分がやらなきゃって考えてるんやないかな」

 

見て見ぬ振りはしない、祐を知る者なら誰もが知っている。逃げられないのは危険なことを誰かに任せるのではなく、特殊な力を持つ自分自身がやらねばならないのだと祐が己に言い聞かせた結果でもある。その思考は奥底まで染み付き、そう簡単には消せない。

 

「悩んで悩んで、苦しんでる祐君に…こんなこと言うたら、もっと苦しめることになるかもって…」

 

相手のことを想うからこそ、自分の想いを伝えることが出来ない。互いが相手を傷つけたくないからと踏み込めない状態が、無意識に続いていたのかもしれない。そのツケが回ってきたような気がした。

 

「正直に言うと、怖がっていたのかもしれません。祐さんを追い詰めてしまうんじゃないかと…一歩踏み込むことが出来なかったのは、私も同じですわ」

 

大切な人を傷つけたくないのは誰でも同じだ。だから自分の想いは心の中にしまい、相手の意思を尊重したつもりだった。しかしそれが大切な人を険しい道に進ませることに繋がっているのなら、この選択は間違いなのかもしれない。残念ながら今この段階でも、何が正解かは不明のままだ。

 

「私は、三人ほど祐君のこと知らない…でも、だからってこのまま黙ってるなんて…」

 

明日菜に理解を示す木乃香とあやかの話を聞いて、それまで止まるつもりはなかったハルナも二の足を踏んでしまう。三人が祐の何を知っているのかは分からない。おそらく重要であろうそれを知らないからこそ、自分は躊躇わなかったのか。そう考えると何も知らず、自分の気持ちを伝えようとするのは酷く無責任なようにも思えた。

 

「これも、自分勝手な考えなの…?」

 

ハルナの問いに答えられる気がしない。明日菜達が口を閉ざしている時、声が聞こえた。

 

「いやいや、ハルナサン。私は貴女のような考えも必要だと思うヨ」

 

 

 

 

 

 

同時刻、学園長室にはソファに向かい合って座っている近右衛門とネギがいた。近右衛門から経緯を聞き、ネギは落としていた視線を少しずつ上げる。

 

「学園長は…祐さんの考えに賛成なんですか?」

 

「反対だとも。じゃが頭ごなしに否定はしたくなかった、いや…出来なかったが正しいな。こんな老いぼれが情けなく、怖気付いてしもうた」

 

「怖気付く…?」

 

首を傾げるネギ。近右衛門は自分の不甲斐なさに苦笑いを浮かべたくなった。しかし今はネギの前だ、気を取り直すかのように髭を撫でる。

 

「祐君には幼馴染を始めとした友人達にしっかりと事情を説明し、皆の意見を聞き、それからもう一度ここに来てくれと伝えた」

 

ネギに対しても祐から連絡があった。話したいことがあり、この日を空けておいてほしいと。明日菜から祐の決断を既に聞いていたネギは、連絡が来た瞬間に祐の元へ向かうつもりだった。しかしカモがそれを止め、『今感情に任せても動かせない、お互いに一度冷静になって話をするべきだ』と進言してきたのだ。完全に納得をしたわけではないが、いつになく真剣なカモを振り切って走ることをネギはしなかった。そのことを思い出し、膝の上に乗せていた両手を握る。

 

「そうした上でも考えが変わらなかったのなら、わしは強引にでも止めるつもりじゃよ。しかしそれは最後の手段としたい。これしかないとしても、可能な限り避けたい方法じゃからな」

 

近右衛門の話を聞いていたネギがあることを思い出す。何故この瞬間にその言葉を思い出したのか、それは分からないがどうにも今の話と無関係とは思えなかった。ただの勘でも聞かずにいられない。

 

「学園長、祐さんは…小さい頃にご家族を亡くしてしまった以外にも、何かを抱えていたりしませんか?」

 

聞かれた近右衛門は眉ひとつ動かなかった。動揺は見られなかったが真剣な表情を崩していないことからも、ネギの考えは的外れというわけでもなさそうだ。

 

「師匠が言っていたんです。祐さんは僕達が思ってる以上に脆くて不安定で、危険な存在だって」

 

「…そうか、エヴァンジェリンが」

 

「祐さんは今の生活と周囲の人達をとても大切にしてるって、見ていてそう思うんです。だから、それを捨てるなんて辛いはずなんです…本当はしたくないはずなのに、その道を選んだのは…きっと重大な『何か』があるんじゃないかって」

 

近右衛門は深く息を吐く。今己の中にあるいくつもの感情を体外へ放出するかのように。残念ながらそうしても心は晴れなかったが、初めから分かっていたことだ。こちらを見つめるネギと目を合わせる。

 

「すまんがネギ君、わしの口から詳しいことは話せない。本当に、申し訳ないが」

 

「が、学園長!そんな謝らないでください!」

 

頭を下げる近右衛門にネギは慌てた様子でソファから立ち上がった。近づいたネギと顔を上げた近右衛門の視線が再び交差する。

 

「あの子が持っているものは、とても大きなものじゃ。それこそわしや、個人の一存で話せるものではない程にの。それは祐君本人とて例外ではない」

 

祐の抱えているものが軽いものではないとは予想していた。しかし近右衛門の態度から、自分が思っていた以上に事は重大なのだと否が応でも感じる。僅かに触れかけた祐の秘密にネギは唾を飲み込んだ。妙な緊張感が自身を包んでいく。

 

「ネギ君、彼は生半可な覚悟ではない。それを止めようとするならば、同等かそれ以上の覚悟を持って当たらなければまず止めるのは不可能じゃ」

 

ネギも重々承知している。祐は一度決めたことを簡単には曲げない性格だと。良く言えば意志が固く、悪く言えば頑固だ。しかしそのおかげで救われたのもがある。現に祐が自分を貫いたことで助けられたものは一つや二つではない。元から彼に対して一種の尊敬の念を抱いているネギは、祐が間違っているとは思えなかった。例えそれが多くの人を、そして祐自身を悩ませる結果を招いていたとしても。

 

しかし今、ネギは祐が麻帆良を離れようとするのを止めたいと考えている。祐は間違っていないとは思う、それでも納得することができない。

 

矛盾している。いざ己に目を向けてみれば、なんともあやふやだと感じた。押されればすぐに倒れそうな頼りない今の立ち位置では、祐の前に立ったところで何の意味もないだろう。立ち塞がろうとするならば、ネギ自身の意志を明確に、それでいて強固に持つ必要があった。

 

自分の意志を押し通すか、相手の意志を尊重するか。最低限、そこだけでも決断しなければならない。

 

「覚悟を決めた者を止められるのは迷いのない者だけ。そして、心に訴えかけられるのは心だけじゃ。決して嘘偽りのない本心が唯一の武器となる」

 

年端も行かぬ少年に迫るには余りに難しい決断だろう。充分に歳を重ねた自分でさえも、自信をなくすことがあるのだから。ましてやネギは祐の隠された秘密を何も知らないのだ。そんな状態でどうするか決めろなど、無理難題もいいところだ。

 

酷なことをしている自覚はある。それでもネギにこうして話しているのは、近右衛門がネギに多大な期待を寄せているからに他ならない。この子の真っ直ぐな想いが、祐と親しい者達の想いこそが鍵となるだろう。少年少女に期待している自分を情けないと強く感じながらも、この期待を持たずにはいられなかった。

 

「僕の…本心…」

 

未だその心は迷いが支配している。果たしてこの霧は晴れるのだろうか、先の見えない不安は少年を簡単に覆った。迷うのは当然だ、簡単な問題ではないのだから。

 

それでも必ず少年は答えを出すだろう。確かな正解などない世界の中にあって、それでも自分の答えを出すならば、自分の心に従って答えを出すしかない。他でもない、彼自身にネギはそう教わったのだ。

 

 

 

 

 

 

「超さん…」

 

暗い空気も意に介さず、普段通りの様子で歩いてきたのは超だった。周囲が驚いている中、刹那だけは警戒の表情を向ける。

 

「人払いの結界を敷いた筈ですが」

 

「私も魔法関係にはそれなりの心得がある。あくまで心得だけ、だけどネ」

 

さらりと答える超に刹那は眉間に皺を寄せた。使用した結界は大規模なものではない。それでも一般人には突破不可能だ。それを通ってきたとなれば、超は一般人ではないことになる。初めから超がただの一般人とは思っていなかったがそれは一旦置いておく。

 

「あの、超さんはどう思われてるんですか?今回のこと」

 

「祐サンの想いを尊重したい気持ちも多分にあるガ、私は黙って見送るつもりはないネ」

 

聞いてきたさよに悩む素振りすら見せず答えた。思い切りがいいと言えばいいのか、彼女も祐と同じように既に決断をしているらしい。

 

「彼の想い、そしてここにいる皆の想い。どちらの方が正しいかなどと白黒つける気はないし、そんなことは無意味だと私は思っているヨ」

 

「確かなことは、私は祐サンをここに留めておく為に動くということネ」

 

「どうして、超さんは迷わないで動けるの?」

 

それは明日菜の純粋な疑問だ。出来ることなら自分もそうしたい。しかし様々な考えが浮かんで自分を雁字搦めにし、うまく動かない。この状況を打破できる何かがあるなら、それは今一番欲しいものだった。

 

「理由は至ってシンプルネ、私は明日菜サン達ほど優しくないからヨ」

 

「え?」

 

目を丸くする明日菜に超は微笑んだ。彼女達は本当に優しい、だから今の状況が生まれた。ならばそれを崩せるのはそうではない者、自分だけだ。

 

「祐サンを好意的に思っているのは私とて同じだガ、明日菜サン達と私では決定的な違いがある。それは祐サンの心情を最優先しているかどうかネ」

 

「祐サンに麻帆良へ居てもらう、それが私の最優先にすべきこと。例え祐サンの心情を押し通すことになったとしても譲れないことヨ」

 

言葉からも様子からも、超に迷いは一切ないと言っても過言ではなさそうだ。その姿はなんとも頼もしく思えるが、無視できない発言もあった。認識障害の件もあり、刹那は以前から持ち合わせていた超への警戒心を強くする。

 

「貴女は以前から逢襍佗さんの正体を知り、協力していた。それは何故です?今に至るまで貴女と逢襍佗さんの詳しい関係を私達は知らない」

 

「そうだろうネ。私も、その感じだと祐サンも周りに話していないようだカラ」

 

「正直に言うと、貴女を警戒しています超鈴音さん。逢襍佗さんをここに留めておきたいというのも、何か訳があるとしか思えません」

 

刹那と超の会話によって、不信感を抱いたのは刹那だけではなくなった。長い付き合いのクラスメイトを疑いたくなどない、しかし状況的にそうも言っていられなくなった。超は腕を組んで刹那を見つめる。

 

「訳ならばある。ここで教えるつもりはないガ」

 

「逢襍佗さんを利用するつもりですか」

 

「違う、とは言えない。ただし一言付け加えるなら、私達はお互いを利用し合っているの方が適切かもネ」

 

小さな訂正はあっても否定はしなかった。この場で自分を信用させたいなら、超がした今の発言は悪手だ。いったい何を考えているのか、悔しいが刹那には読めそうになかった。

 

「祐サンはお人好しの部分はあっても考えなしではない。私がなんの思惑も持たず協力しているわけでないことは、恐らく気付いているダロウ。彼の鋭さは特にこういった部分で強く発揮されるものだからネ」

 

「それでも今に至るまで私を拒んでいないのは、それだけの価値が私にあると思ってくれているから…と解釈しているヨ。少し私の願望が混じってしまっているかもしれないガ、そこはご愛嬌ネ」

 

空気が怪しくなり始めた状況でも、超の佇まいに変化はない。この場においても真実を口にしない超に苛立ちを感じながら、腹の探り合いを得意としていない自分にも刹那は苛立った。

 

「さて諸君、私への不信感を募らせてしまったところで申し訳ないが時間は有限。もたもたしていると本当に手遅れになってしまう」

 

「祐サンの覚悟は相当なもの。明日菜サンが言った通り彼の考えを変えるのは容易ではなく、変える方法も私の知る限り一つしかない」

 

祐の考えを変える一つの方法。それ以外にも超には聞きたいことが幾らでもある。それでもここにいる誰一人、超の言う唯一の方法を無視できなかった。

 

「超さん、貴女はいったい…どうしたいのですか?」

 

困惑を隠すことなく、素直に感情を表情に出してあやかは聞いた。それを受けた超は優しい笑みを浮かべる。今から話すことは、紛れもない本心だと伝えるように。

 

「祐サンを一人にさせたりはしない、彼に私達を仲間として認めてもらう。これが私のしたいことヨ」

 

「この二つを成すには、私だけでは駄目ネ。ここにいる貴女達の力が絶対に必要となる」

 

超はすっと右手を差し出す。それは彼女が、明日菜達に決断を迫ったことを意味していた。

 

「隠し事も、秘密も持っている。それでも祐サンに去ってほしくないのは嘘偽りのない本心。私を最大限疑い、警戒してもらって構わない。それでもどうかこの手を取ってくれないカ?あの人を、孤独にしたくないと思うのなら」

 

超の言葉は明日菜達にとって、まるで悪魔の囁きのようだった。その手を取ればどうなるか予想も付かない。だがその手を取ることが、暗闇に覆われた現状に光を見出す一番の近道のように思えた。

 

決断の時はすぐそこに迫っている。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、麻耶は何度目かも分からないため息をつきながら帰路についていた。ため息の理由は言わずもがな祐である。

 

改めて祐と話をしようと思った矢先に出鼻を挫かれた。休みの理由が家庭の事情から体調不良に変わったがそれは重要なことではない。そもそも彼が学園に登校しなければ話もできないのだ。まさかこれから登校すらしなくなるのか、そうなればこれからいったいどうしたものかと考えていると、いつの間にか目の前におでんの屋台が見えた。

 

「あっ、今日やってるんだ」

 

この今の時代珍しい屋台は不定期ながら冬季に摩耶の帰り道で営業をしており、店主と店の飾らない雰囲気が麻耶のお気に入りだった。ここのところ心労が溜まっている、少し息抜きをしてもいいだろうと屋台に向かった。

 

「こんばんはー」

 

「いらっしゃい。おっ、姉ちゃんか。いつもどうもね」

 

常連である麻耶を見て店主は微笑んだ。麻耶も笑顔を返して席に着く。ここの店主は無口というわけではないが、頻繁に話しかけてくるわけでもない。必要以上に干渉してこないところも居心地の良さに拍車をかけていた。早速何か頼もうといい匂いを漂わせているおでんに目を向けた時、誰かが屋台の暖簾をくぐる。新しい客だろうと麻耶はあえてそちらを見ることはしなかった。

 

「いらっしゃい」

 

「どうも〜」

 

店主と客が短い挨拶を交わした。屋台は小さく、カウンターの前に椅子が四つだけ並べられている。麻耶は左から二つ目の椅子に座っていたのだが、先程来た客は麻耶の隣に座った。なんとなく麻耶が隣に座った客を横目で確認すると、まず派手な赤い髪が目に留まる。そのまま視線を相手の顔に移すと、麻耶の顔が驚愕に染まった。

 

思い返すとどこか聞き覚えのある声だった気がする。それもその筈、横に座った相手はかつてのクラスメイト且つ親友だったのだから。久し振りだった為すぐには気付けなかったが、顔を見た今ならば彼女で間違いないと思えた。

 

「えっ⁉︎うそ!青子⁉︎」

 

「やっと気付いたか〜、ちょっと遅くない?」

 

思いもよらぬ再会に麻耶は未だ驚いていた。それに反し、数年振りに見た親友『蒼崎青子』は笑顔を見せる。その表情は当時の記憶から何も変わっていなかった。

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