Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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決断の先で

おでん屋台で思わぬ再会を果たした麻耶。高校を卒業してからというもの、学生時代に親友だった彼女『蒼崎青子』とは会える機会が極端に減ってしまった。理由は麻耶自身の大学等私生活が忙しかったこともあるが、一番の理由は青子がそもそも日本に居なかったからだ。

 

時折連絡を取ってみれば何をどうしてそうなったのか、世界中を股にかける毎日を送っていると青子は言っていた。聞いた当初は何を言ってるんだ?と信じていなかったものの、疑いを感じ取ったのか以降は写真付きで現状報告が送られるようになった。一瞬加工写真かとも考えたが、わざわざそこまでする必要もなければ、失礼ながら青子がこんな手の込んだ且つ面倒なことをするタイプとは思えないので納得するしかなかった。

 

ただそうなると、いったい何の為に世界を飛び回っているのかという疑問が必然的に湧いてくる。実際本人に聞いてみれば「私という人間が必要とされる場所を青子センサーで感じ取り、そこに観光がてら馳せ参じている」とのことだった。再度何を言ってるんだ?と思ったのは当然である。この時ほど自分の親友を様々な意味で心配したことはない。しかしこちらがどれ程根気強く聞いても、青子からは終ぞ明確な回答が来ることはなかった。

 

隠し事は誰にでもあると分かってはいても寂しさは感じてしまうものだ。そう思っていたのはいつ頃だったか。教師になるという夢を叶え、青子に連絡をするのも気が引け始めていた時、唐突に日本へ帰ってきた青子が麻耶の前に現れたのだ。青子は驚く麻耶が落ち着くのも待たず、夢を叶えたことへの祝福の言葉を掛けた後に謝罪をした。色々と言われたが要約すると『事情があって何をしているのか詳しく話すことができなかった。それでも貴女のことは心から親友だと思っている。だから見捨てないでください』というものだった。まるで彼女に縋り付く別れを切り出されたダメ男のようだ。

 

青子には青子なりに全てを話すことができない理由というものがある。これは自分の心情だけで完結する話ではなく、麻耶が表の世界に生きる人物であることも大いに関係していた。嘗ては同じ環境で生活していた二人だが、今では文字通り住む世界が違う。二人の間に立つ壁はとても厚く、そして高いものだ。青子は間違っても麻耶をこちらの世界に来させようとは思わない。麻耶は青子にとって数少ない表側の友人なのだから。しかし麻耶が不満を感じていることも理解している。それ故こうして直接顔を合わせ、可能な限り麻耶へ説明をするとにした。

 

国家権力にお世話になるような犯罪行為はしていないが、危険な世界に身を置いていること。自分はかなり強いこと。そして、なんの変哲もない一般人ではないことを。

 

きっと嘘はないのだろう。話を聞いていた麻耶に今回は疑いの感情が湧かなかった。いつになく真剣な青子の表情がそうさせたのかもしれない。思うところは多分にある。心配に思う気持ちは寧ろ前より増したし、本当は全てを聞きたいとも思った。重要なことはほとんどぼかされていて、察することもできない。正直に言えば不安だってある。それでも彼女と過ごした日々は紛れもなく宝物で、自分との友好関係を断ちたくないと必死に謝罪を重ねる姿を見ていると、冷たくあしらうことなど出来そうになかった。彼女が悪事を働く人間とは到底思えない。これまでも、そして現在も青子をしっかりとこの目で見ていた。そんな自分の心を、そして青子を信じると麻耶は決める。こうして無事仲直りと言っていいのか、兎にも角にも友情を再認識した二人は今も変わらず親友としての関係を続けていた。

 

 

 

 

 

 

「ほんと!秘密だったり問題だったり多くて困っちゃうわ!特に最近世の中荒れすぎなのよ!」

 

「うん、まぁ…そうよね…」

 

そして現在、青子と久し振りの再会を果たした嬉しさとアルコールの力が相まって麻耶は荒れていた。近頃心労が溜まっていたことも影響しているだろう。彼女はお世辞にも酒癖が良いとは言えず、そのことを今になって思い出した青子は声を掛けるタイミングと場所を誤ったかと後悔していた。また麻耶の発言全てに自分は無関係とは言えない為、当たり障りのない返事しか出来ていない。これは暫く落ち着くのを待つしかないかと考えていた時、一度大きなため息をついて麻耶はカウンターに突っ伏した。

 

「私、やっぱり頼りないのかな…」

 

「…どうしたのよ、らしくない」

 

「だってさぁ…あの子結局なんにも言ってくれないんだもの。終いには登校すらしなくなってきたし…なんか、距離を置かれたって言うか、突き放された気分よ」

 

どうやら随分と気にしているようだ。麻耶からは滅多に出ることのない弱音を聞いてそう思った。今まで彼女の落ち込んだ姿を見たことがないとは言わないが、早々お目にかかることがないのは確かである。

 

「その問題児君ってのは中々手強いみたいね。麻耶をここまでさせるんだから」

 

「私のことなんだと思ってるのよ」

 

「スーパーガンコ人」

 

「悪かったわね」

 

軽く肩をはたかれて青子は笑った。年数は経ったが変わらないやり取りに心地よさを感じる。長年の友人だからこその空気感がそこにはあった。

 

「悪い子じゃないとは思うんだけど、現状来てくれないことにはどうしようもないからなぁ…」

 

八方塞がりというやつなのだろう。頭を悩ませる麻耶だが、青子からすれば取るべき行動は一つしかないような気がした。いや、正確に言えば二つだ。しかしそのうちの一つを麻耶は選ばないだろう。だから一つなのだ。

 

「正面突破しかないでしょ。麻耶の方からガンガン行っちゃいなさいよ」

 

「もう…それが出来たら苦労しないっての」

 

思わずため息が漏れた。それが出来ないからこうも悩んでいるというのに、簡単に言ってくれる。

 

「麻耶が優しいのは私も知ってるけどさ、それしかないでしょ。その子のこと、もう放っておくって選択を取るなら話は別だけど」

 

「それ、見捨てるってこと?」

 

「まぁ、そういう言い方もあるかもね」

 

「それこそ出来るわけないでしょ」

 

「やっぱり」

 

予想通りである。彼女は相変わらずだ。そんな性格だから気苦労が絶えないんだろうと思うのと同時に嬉しくもなった。それでこそ、自分の親友だ。

 

「じゃあもうこれしかないわよ。この手段で私も落としたんだから」

 

「落としたって…結局ぼかされてる部分が多いけどね」

 

「それは麻耶のことが大事だからよ。…ん?」

 

急に視線を上げて考え始めた青子に麻耶も首を傾げる。暫くすると青子は恐る恐る口を開いた。

 

「あの、まさかだけどさ…あんたその問題児君とデキてるわけじゃないわよね…」

 

言っている意味が分からず、麻耶はぽかんとした表情で固まる。やがて少しずつその意味が理解できると青子に向けて前のめりになった。

 

「デキてるわけないでしょ!どう考えたらそうなるのよ!」

 

「いや、だって…そう考えるとしっくりきたから」

 

「はぁ?どういうことよ」

 

これまた理解できずに聞き返すと、青子は肩に掛かった長い髪を一度後ろに流した。赤色の美しい髪に無意識に目が移る。昔は一般的な髪色だったのがある日を境に真っ赤に変化し、それを見た当時の驚きといったらなかった。急に不良になったのかと思ったがそうではないとは青子本人談である。今思うとそこから青子は色々と変わっていった気がした。彼女が少しずつ遠くに行くような、そんな気がしていたことを覚えている。

 

「私が麻耶に全部を話せないのは麻耶のことが大切だから。これは前にも言ったわよね?」

 

「…聞いたけど」

 

「だから、その子もそう思ってんじゃないかなって」

 

「逢襍佗君が私を?いや、ないない。勿論受け持ってる生徒だから話とかはするけどその程度よ」

 

「アマタって言うのねその子。珍しい苗字…名前?」

 

「苗字よ」

 

「ふ〜ん」

 

つい祐の苗字を呼んでしまったが、これを知ったところで青子が何をするわけでもないかと流す。それにしても突拍子もないことを言う。それ程深い仲ではないし、そもそも相手をよく知っているのならもう少し楽だっただろう。

 

「話戻すけどさ、分かんないわよ?なんたって思春期の男の子なんだから。年上の女性教師に淡い恋心を抱いてたっておかしな話じゃないと思うけど」

 

「やめてよ、教師と生徒の恋愛なんて冗談でも笑えないんだから」

 

世の中に実例がない話ではない。だからこそ笑えない話なのだが、青子は完全に冗談というわけでもなかった。

 

「聞いた感じ、件のアマタ君は色々と苦労してるっぽいんでしょ?そんな子なら親身になってくれる人を憎からず思うこともあるわよ。恋かどうかは置いておいてね」

 

そこで麻耶は小萌や純一達から聞いた話を思い出す。そこから考えると確かに青子の発言はあながち的外れではないのかもしれない。何かあっても何も言わない。祐を知る人達はそう言っていた。

 

『優しいから、嘘をついちゃう困ったちゃんもいますよ』

 

彼は周囲の人々を大切に思うからこそ、問題を抱えていても一人でどうにかしようとしている。自分がその大切なものの中に入っているかどうかはさて置いて、なんとなくだが逢襍佗祐という人物が見えてきたような気がしてきた。

 

「もし、もしあの子が…本当に周りの人を思って嘘を言ってるなら」

 

「うん、麻耶はどうしたい?」

 

聞きはしたがなんと答えるか当たりはついている。見えた瞳が、そして顔つきがその考えを確かなものにしていた。

 

「なんとかしてあげたい、力になりたい。私の大切な教え子なんだから」

 

そうだ、それでいい。自分の導き出した答えを胸に突き進むべきだ。彼女にはその資格がある。自分を信じて進む資格が。青子は人知れず満足そうな顔をした。

 

「それに一人二人くらいしつこい奴がいたっていい筈よ。あの子はまだ子供なんだから、身の回りのこと全部背負わなくたっていい。ううん、人間なんだもの。誰かと一緒にやっていけばいい」

 

「一緒にやっていく人なら私がなる。生半可な覚悟で教師になったわけじゃないってこと、きっちり教えてやるんだから。本当にあの子にとって迷惑だったら…その時はちゃんと謝るし…」

 

少し言葉尻が弱くなってしまったが充分だろう。それなりの時間悩んで行動できなかったが、これなら多少は動けそうである。行動指針が決まるのは良いものだ。やるべきことが見えたのだから。

 

「その感じなら、もう大丈夫そうね」

 

「ごめん、久し振りなのにいきなりこんな相談して」

 

「何言ってんの、私達は持ちつ持たれつでしょ?」

 

笑顔で応える青子に麻耶も笑顔を見せる。誰かに話すことで問題が解決することも、気持ちが楽になることもある。勿論毎回上手くいくわけではないだろうが、それでも価値のある行為だと改めて実感した。願わくば、祐にとってもそうであることを期待する。

 

「ふふ、そうね。高校時代は随分青子に振り回されたし」

 

「ちょっとちょっと、それこそお互い様じゃなかったっけ?」

 

「まさか。比率で言ったら絶対青子が頭一つ抜けてるわよ。じゃなきゃ『人間ミサイルランチャー』なんて呼ばれないでしょ」

 

「あっ!そんなこと言う⁉︎流石『初代ミスサンタ』は違うわね!」

 

「その話するのはやめて!」

 

少し話がおかしな方向に進んだが、それもいいだろう。それからも暫く楽しい時間が続くが、明日に備える為に余裕を持って飲み会はお開きとなる。屋台から少し離れた場所で二人は向き合った。

 

「本当に送って行かなくて大丈夫?」

 

「大丈夫よ、家まで近いし人通りも多いから。青子は?」

 

「私こそ問題ないわよ。ホテル近いし、仮に喧嘩売ってくる奴がいたらぶっ飛ばすから」

 

「だから心配なのよ…」

 

何年経っても青子への心配は消えそうにない。それでも相変わらずの青子に安心感もある。帰宅をしている時とは比べ物にならない程、麻耶の心は軽くなっていた。

 

「ありがとう青子。色々ね」

 

麻耶からのお礼に始めは意表を突かれた顔をする。しかし次第に微笑んで見せた。顔が少し赤いのは、きっとお互いにアルコールのせいだ。

 

「こちらこそよ、今日は楽しかった。また連絡するわね」

 

「ちゃんとこまめにね」

 

「はーい」

 

「まったく…それじゃ、またね」

 

「うん」

 

もう少し話していたいが麻耶は明日大事な用事がある。名残惜しさを感じながら手を振り、麻耶はその場を離れた。

 

「麻耶」

 

後ろからの声に振り向く。手を腰に当てて立つ青子の姿は自信に溢れているように映った。高校時代もそうだったが、この歳になるとよりその姿が眩しく感じる。敵わないな、改めてそう思うほどに。

 

「なに?」

 

「また困ったことがあったらいつでも言って。世界中のどこにいても飛んでくから」

 

「頼りにしてるわ」

 

「まっかせなさい」

 

やけに様になっているガッツポーズを見せてから、青子は軽く手を振って歩いていった。その姿を苦笑いをこぼしながら見送る。そして明日に向けて青子からもらった力を取り込むように気合を入れ、軽い足取りで帰路に着くのだった。

 

 

 

 

 

 

「噂の問題児君ってどんな子なのかしら。ご尊顔を拝見したいけど、でも麻帆良かぁ…行ってバレたら面倒よねぇ」

 

そう呟いた青子の独り言は誰にも聞かれることはなく消えていく。有名人も辛いものだと冗談混じりに考えていた。

 

 

 

 

 

 

次の日の朝。早朝の麻帆良学園を麻耶が眉間に皺を寄せながら歩いている。やはりというか予想通りというか、祐は本日も休むつもりらしい。しかし今はまだ生徒が登校してくる時間には早く、何故それを既に知っているかといえば朝起きた時に留守番電話が入っていたからだ。連絡は祐からのもので、一方的に本日も休むとだけ言って終了していた。

 

家庭の事情を始め、色々と悩んでいるのではと思った麻耶が相談しやすいようにと少し前に祐へ個人的な連絡先を教えていたのだが、こんな用途で使われるとは非常に不本意である。

 

(上等よ、そっちがその気ならこっちだってやってやるんだから!)

 

しかし今の麻耶は昨日までとは一味違う。覚悟を既に決めている麻耶は迷うことなく学園長室へと向かっていた。まだ近右衛門が出勤していない可能性は大いにある。それでもその足が止まることはなかった。こんなところで二の足など踏んでいられないのだ。

 

 

 

 

 

 

学園長室を後にした麻耶は、現在祐の家の前に立っていた。運良く既に出勤していた近右衛門にこれから自分がどうするつもりか説明すると、驚くほど簡単に送り出された。本日担当する授業が昼からとはいえ、担任としてホームルーム等別の仕事もあるのだがそこは此方がなんとかすると請け負ってくれたのだ。反対されることも覚悟の上だった麻耶からすれば若干拍子抜けだが、許可をもらえたならそれに越したことはない。

 

玄関の前に着くと、そこで自身が強い緊張感に包まれることに気付いた。心臓が自覚できるほど強く脈打っている。だがここまで来たのだ。同僚や上司、そして親友に背中を押され、悩みながらも自分の答えを導き出した。ここで引き返す選択肢などない。大きな深呼吸を行うと必要のない強い力を右腕に込め、ゆっくりとインターホンを鳴らした。

 

祐の家が閑静な場所に立っているからか、近づいてくる足音が家の中から聞こえてくる。次いで解錠された音が響き、目の前の扉が開かれた。そうして現れたのは神妙な面持ちをした祐だった。

 

「おはよう、逢襍佗君」

 

「高橋先生」

 

ここに麻耶がやって来たことは予想外だったらしい。僅かだが祐は困惑しているようだ。家から出て麻耶と向かい合うとお互いを無言で見つめる。先に話し始めたのは祐だ。

 

「どうかされたんですか?その、随分朝早いですけど」

 

自分で言ったことだがなんとも白々しい。しかしこれよりも上手く会話を切り出せる自信がなかった。今の麻耶の目が、祐の最も苦手とするものだったからだ。また相手を見縊り過ぎていたのかもしれない。今更気付いたところで後の祭りだが。

 

「体調不良って言うから見に来たの。でも元気そうね」

 

「…そうですね、また嘘をつきましたから」

 

悪びれる素振りを見せずに答える。罪悪感など微塵も感じていないかのように。本当は今すぐにでも地面に額を擦り付けて謝りたいくらいだが、そうするわけにはいかない。麻耶には愛想を尽かしてもらう必要がある。その為にこんなくだらない嘘を続けているのだ。

 

「そう、何の為に?」

 

「えっ?」

 

すぐさま返ってきた麻耶の問いに思わず聞き返してしまった。嘘をついた理由など休みたいから以外にないだろう。それは麻耶も分かっている筈で、祐は質問の意図が分からなかった。

 

「君が嘘をつく理由はなに?生活のことも自分のことも、本当のことを話してくれないのはどうして?」

 

瞬間祐は心臓を掴まれたような錯覚に陥る。自分の核心に触れられそうになっていることに内心冷や汗を流した。麻耶は両親が亡くなっていることは知っていても、重要な秘密は何も知らない。にも関わらず自分が何かを隠していると、くだらない理由で学園に来なかったことが嘘だと思っているようだった。いったい何故そう考えているか、祐は不思議でならない。

 

「どうしてもなにも、僕はただズル休みしたいから嘘をついただけですよ。そういう奴だって、この間話したじゃないですか」

 

「それが本当じゃないって思ったから、こうして貴方のところに来たの」

 

「本当じゃないって…なんでそんなこと分かるんですか。僕自身がそうだって言ってるのに」

 

職員室で話した時には、間違いなく怒りと失望を向けられていた。ただ時間が経ったことで考えが変わった可能性もある。家族がいない子供だからだろうか。故に問題を抱えていると思われたのか。だとしても他でもない本人が怠けていたと言ったのだ。特別親密な関係でもない彼女が、教師として面倒な存在である自分のことなど信用するわけがない。

 

「貴方の友達や周りの人達に話を聞いたからよ。困ったことや大変なことがあっても黙ってる、周りに相談しないで自分で何とかしようとするって言ってたわ」

 

一人考えを巡らせている間に、正解は麻耶から伝えられた。誰かは知らないが、余計なことを言ってくれたなと思わずにはいられない。露骨に表情を歪めなかった自分を褒めたい気分である。

 

「全部を洗いざらい話してくれなんて言わないわ。けど、わざわざ嘘をついてまで自分を悪者にする必要なんてないじゃない。何かあったなら、少し困ってるくらい言ってくれれば学園生活とかのフォローはできる」

 

「お節介だって言われたらその通りよ。でも君の力になれるならなりたいの。教えて逢襍佗君、貴方にとって私は邪魔?」

 

どうして彼女はこうまで必死になってくれるのだろう。ただの生徒と教師だ。自分はお世辞にも出来の良い生徒などではないし、寧ろ面倒ばかり掛けている。そんな祐の自己肯定の低さも相まって、麻耶の想いを素直に受け取ることができない。いや、単純に厚意を受け取るのが怖いのだ。受け取ってしまったら、彼女に寄りかかってしまいそうで。

 

「先生…先生も俺の友達もみんな優しいから…騙されてるんですよ、普段の取り繕ってる俺に。良いように解釈してます」

 

「良いように解釈するのは、悪く解釈できなかったからよ。もし君が自分を悪い奴だって言うなら、私を納得させてみて」

 

祐の表情が変わる。明らかに不満を感じている反応であった。そんな顔を見ても麻耶は真っ直ぐに祐を見つめている。

 

「言ったら納得してくれるんですか、そんな感じには見えないですけど」

 

「内容によるわね」

 

端的に返し、麻耶は一歩祐に近づいた。それに対し思わず祐は一歩後退りたくなる。麻耶の決心に、その迷いのなさに動揺している。

 

「君が悪い子じゃないって私が思ってるのは、私の信頼してる人達が貴方を信じてるから。そしてこの9ヶ月間、君を見てきた私の感覚を信じることにしたから。もう私は君を信じるって決めた。あとは逢襍佗君、貴方の答えを聞くだけよ」

 

「もう一度言うわ、私は貴方に協力したい。逢襍佗君はどう思ってるの?それだけは、教えて」

 

前回とは比べられない程の意志の強さだった。祐の心は戸惑いながらも大いに揺らいでいる。情けない話だ、決断ならこちらももう済ませた。だからこうして嘘をつき、相手を失望させる、または傷付けることになろうとも行動を起こした筈だ。これが最善だと信じて。ならばここは麻耶を突き離す以外にない。

 

迷惑だ、放っておいてくれ。そう言えば麻耶は今度こそ見限ってくれるかもしれない。言うべきことは分かっている。なのに祐の口は中々動いてくれなかった。今も向けられ続ける視線が思考を鈍らせる。

 

甘えるな、戦いに専念すると決めただろう。自分の都合に彼女を巻き込むな。どこまで行っても麻耶は他人だ。こんなことに他人を付き合わせて良いわけがない。その相手が善人なら尚更だ。もうこれ以上欲しがるな、戦わなければ生きていけない破綻者の分際で。戦うことを選んだのは俺なんだ。

 

言え

 

はっきりと伝えろ

 

もう関わらないでくれと言葉に出せ

 

助けなど必要ないと拒絶しろ

 

誰かを犠牲にするな

 

俺が都合よく使っていいものは俺だけだ

 

 

 

『お前のような存在に、平穏が訪れることなどない』

 

 

 

ああ、よく知ってる。お前に言われるまでもない。だから俺の脳裏を過ぎるな。それだけでも虫唾が走るんだよ。たった一度しか、もうお前を殺すことができないのが悔しくてたまらねぇんだよ俺は。おかげで気分は最悪だ。

 

「先生、もう俺のことは」

 

やっと口が動いた。声も出た。これで終わる。自分の望んだ通りの結末になる。

 

そう思ったのにまた言葉が止まった。無意識に麻耶から逸らしていた視線を自分の手に向ける。彼女に握られた両手が瞳に映り、思考は完全に真っ白になった。

 

「ごめんなさい、逢襍佗君」

 

繋いだ手が僅かに震えているのが分かる。不安と、これは恐怖だ。相手を傷つけてしまうかもしれないと怯えている。でも貴女が罪悪感など感じる必要はない。悪いのは俺なんだから。

 

「苦しませるつもりなんてなかった…貴方の力になれるならって、本当にそう思ってるの」

 

おかしなことを言う。苦しそうなのは、悲しそうなのはそっちじゃないか。今にも泣き出しそうな顔をして。最近は誰かを悲しませてばかりだからよく分かる。その顔は悲しんでいる顔だ。

 

「疑ってなんていません。痛いくらい、伝わってますから」

 

悲しまないでほしい、自分を責めないでほしい。こんな奴の為に。

 

貴女は拒絶を恐れている。あの時手を差し伸べてくれたのに、俺が振り払ったからだ。なのに、こうしてもう一度寄り添おうとしてくれている。やっぱり、貴女は俺には勿体なさすぎる先生だ。俺なんかと一緒にいていい筈がない。

 

だから

 

「……俺は」

 

手を振り解こう。そうして扉を閉めれば、少なくともこの場は凌げる。

 

「今まで沢山の人に助けてもらったんです」

 

「うん」

 

だんまりを決め込めばあちらも何も言えなくなるだろう。口が過ぎれば襤褸が出る。喋るべきじゃない。

 

「なのにこれ以上みんなに助けられたら…俺は、最後まで一人で立てる奴になれないんじゃないかって心配になる」

 

学園を辞めた後はどうしたものか。それはこれから考えればいいだろう。その為の時間なら増えるのだから。

 

「いい加減一人で立てるようになりたい。もっともっと、強くならないといけないから」

 

どうにも思考と言葉が酷く相違している。その自覚はあるが修正はできそうにない。彼女の手だって離せていない。せめて口を閉じればいいだろうに、溢れてくる感情を堰き止めることもできない。これではエヴァに成長がないと叱られても何も言い返せないだろう。

 

麻耶はやっと重なった祐との視線を決して逸らさないように、その瞳を見つめ続ける。正面から向き合うと改めて祐の身体的な逞しさを実感した。なのにどうしてこうも弱々しく感じるのだろう。視覚からの情報と感じるものがかけ離れている。麻耶は一段と祐の両手を強く握った。

 

離してなるものか。ようやく彼が本当の気持ちを、心の声を聞かせてくれようとしているのだ。

 

「俺はもう」

 

その時、祐の意識に何かが走った。ざわついている、これは脅威の気配だ。先程までのことなど端からなかったかのように、一瞬にして思考を切り替える。気配の原因を確かめる為、周囲に意識を飛ばした。

 

突如変化した祐の様子に麻耶は戸惑っている。それも当然だ。たった今まで吹けば飛んでしまいそうだった相手が、突然鋭さを感じる雰囲気に変化したのだから。どう考えても普通ではない。

 

「あ、逢襍佗君…?」

 

麻耶が声を掛けたのと同時に祐のスマートフォンが着信を知らせる。申し訳ないとは思いつつ、祐は画面を確認して断りもなく即座に通話を始めた。

 

「ザスティンさん」

 

『祐、突然済まないが緊急事態だ!今こちらで』

 

言葉の途中で祐が空を見上げる。困惑している麻耶も釣られて視線を空に向けた。

 

何かが、遠くの空で光っている。

 

光はどうやら移動しているようだ。少しずつではあるが近づいてきているように見える。麻耶は目を凝らし、遠くの光にピントを合わせようとした。目が慣れてきたところで気が付く。光は一つではなかった。

 

あれはまさか隕石だろうか。幾つもの物体が空から地球に飛来していた。ここから見える物体の進む方向から察するに、落下場所は麻帆良学園ではないように思えるが安心はできない。

 

「こちらでも確認しました」

 

その声で我に帰った麻耶が祐を見る。状況に一人取り残されている感覚が麻耶をより一層心細くさせた。

 

『そうか、一応だが予測到達地点を送る。私もこのまま向かう、そこで合流しよう』

 

「お願いします」

 

通話を終え、祐は麻耶に視線を戻した。こちらを不安気に見つめる麻耶と目が合う。奴らの狙っていたかのようなタイミングに内心舌打ちをするも、今は思考が透き通っていることに気が付く。やるべきことがはっきりと見える。先程と違い、そこに翳りはない。他にやりようのないこの状況がそうさせた。

 

今までのことは徒労で終わった。散々悩んだ末の、最善だと思った行動も結局は上手くいかなかった。彼女を必要以上に悩ませただけで、全て悪手だったのだ。はっきり言って大失敗だ。

 

だが不甲斐なさも後悔も、痛みも怒りも今は置いておこう。行かなければならない。大切なものを守る為には。いつだってこの行動にだけは、迷いが微塵も生まれない。

 

今の状態はただの自暴自棄なのかもしれない。しかしこれが諦めだったとしても、心が軽くなったのは事実だ。戻ったら、相応の報いを受けよう。そう考えながら、祐は麻耶の両肩に手を乗せた。

 

「すみません高橋先生。話さなきゃならないこと、沢山あるんですけど…緊急事態なので」

 

「ま、待って逢襍佗君…いったい何が起こってるの?」

 

正直に話したところで信じてはもらえない可能性が高い。しかし今は伝えるしかないだろう。せめて誠意が伝わるようにと少し屈んで、お互いの目線をしっかりと合わせた。

 

「あれは別次元からの侵略者が攻撃を仕掛けてきたんです。落下地点はこの辺りじゃなさそうですが、学園に避難してください。あそこなら安全です」

 

「侵略者って…いきなりそんな話されても」

 

「ふざけてると思われるようなこと言ってる自覚はあります。でも本当に今起きてることなんです。どうか、信じてもらえませんか?」

 

真剣に語りかける祐に言葉が出ない。懸命に伝えようとする姿は冗談を言っているようには見えないが、簡単に信じることはできない。荒唐無稽さでいえば以前の嘘の方がまだマシだ。そんなことを考えていると祐の手が麻耶の肩から離れる。それと同時に麻耶は急いで祐の両手を掴んだ。どうしてかは自分でも分からない。ただ、そうしなければならないと思ったのだ。祐はその行動に驚いた後、優しく麻耶の手を握って笑った。

 

「このままどこかに消えたりなんてしません。ちゃんと帰ってきて、そこで話します。俺が隠してたこと」

 

「きっと、貴女を嘘で言いくるめることはできない。本当に失礼ですけど、先生や周りの人のこと甘く見てました。甘かったのは俺なのに」

 

彼女には本当のことを話そう。そうした上で、自分の意思を伝えよう。こうなった以上、本心を語らなければ事は動かない。最後の最後まで面倒を掛けてしまって申し訳ないが、文字通りこれで最後だ。

 

「貴女が真っ直ぐに向かってきてくれたことに報いるには、それが一番だと思うから」

 

「逢襍佗君、貴方は…」

 

何か言葉を掛けようとしたところで祐の全身が白い光に包まれた。眩い光に反射的に祐から手を離し、瞼を閉じる。少しずつ開いていくと、そこに見えたのは戦闘服に身を包んだ祐の姿だった。当然この姿のことなど知らない麻耶は目の前の出来事についていけていない。

 

「高橋先生、俺が虹の光の正体です。俺はこの力で、あいつらみたいな奴と今までも…そしてこれからも戦っていきます」

 

「詳しいことは必ず戻ってお話しします。だから今は、もう一度だけ俺の我儘に付き合ってください」

 

「ちょっと待っ」

 

再び手を伸ばそうとするが、それよりも早く祐が手をかざした。すると麻耶の全身が光に包まれる。白ではなく、『虹色の光』に。

 

 

 

 

 

 

光が晴れ、麻耶の目に映ったのはまだ誰もいない麻帆良学園の中庭だった。唖然としながら遠くの空に視線を向ければ、降り注がんとする隕石を追って虹色の光が一直線に突き進んでいるのが見えた。

 

虹色の光、麻耶とてその存在は知っている。あれだけ世間を賑わせたのだ、知らないはずがない。だからこそ麻耶は今起こったことに驚愕し、全身から力が抜けたようにその場へ座り込んでしまう。これは夢だろうか、一瞬そう考える。しかし身体中で感じる空気や感触が、これは現実だと麻耶に伝えているようだった。

 

そしてこの身に浴びた光を麻耶はまだ感じられていた。自分を包み込んだ、優しく温かい光の熱を。

 

「嘘でしょ…」

 

予想外ではあるが、予想通りでもあった。祐は何かを抱え込み、隠している。麻耶の予想は確かに当たっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

登校時間を控え、室内で支度をしている明日菜達。今日はいつものように登校間際ではなく、余裕を持っての行動だったがそれには理由がある。本日行う予定の祐との話し合いに万全の体制でま臨む為だ。祐に指定された時間は放課後なのでまだ先なのだが、全員もれなくその表情から緊張が見て取れる。

 

みんなで考えた祐に伝えるべきことを、各々が心の中で復唱しながらの支度が終わろうとしたところにチャイムが鳴り響く。三人と一匹は同時に玄関へ視線を向けた。

 

「え?誰よこんな時間に」

 

「クラスの方ですかね?」

 

「つってもそろそろ登校し始める時間だぜ?」

 

「うち見てくるわ」

 

玄関の一番近くにいた木乃香が小走りで向かい、扉を開ける。するとそこに立っていたのは超だった。木乃香は元より、彼女の背中越しに様子を覗っていた明日菜達も驚いた顔をしている。

 

「やあやあ、おはよう諸君」

 

「超さん、何かあったんですか?」

 

部屋から木乃香の前に出たネギが尋ねる。それに対し超はにこやかに、それでいて何処か真剣味を感じさせる表情を浮かべて答えた。

 

「早朝から忙しなくて申し訳ないガ、緊急事態発生ネ」

 

その一言で全員の顔つきが変わる。誰もが同じ人物のことを思い浮かべたのだ。この様子ならすぐに取り掛かれそうだと、超はこの場での詳しい説明を省くことにした。

 

「準備の時間は碌にないが、覚悟はいいカナ?」

 

言いながら一応全員の表情を確認する。緊張も感じるが、同時に強い意志も感じた。ならば充分だろう。ぶっつけ本番、当たって砕けろだ。皆のここ一番での勝負強さを期待しよう。

 

「さあ、行こうカ。出番がきたヨ」

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