視界を覆い尽くすかのように降り注ぐレーザーは、まるで豪雨のようだった。しかしそれは足を止める理由にならない。誰よりも先に敵陣に突入する為、祐は更に速度を増した。音さえも置き去りにし、右手を突き出して直線上にいるソルジャー達をその拳で鉄屑に変える。
祐が突破口を開いたことにより、バッサール達の隊列は崩れた。その場から跳躍すると、ザスティンが入れ替わるように上空から降りてくる。大剣を地面に叩きつけ、発生した衝撃波が敵を吹き飛ばした。敵陣の中央に生まれた風穴はより巨大になる。
中心部に着地したことで距離はあるものの、必然的に敵に囲まれる状態になった祐とザスティン。だが彼に迫ろうとする者を正確にネギと真名が打ち抜いていく。ならばとその二人に攻撃を加えようと動いたソルジャーは明日菜と刹那によって押し返された。
「やっぱこれじゃ威力足んないわよね…」
両手に持つハマノツルギを見つめて明日菜が呟いた。敵を吹き飛ばすことはできても、この状態では魔法に纏わるものでない限り決定打とはなりにくい。そうしてる間にもソルジャーはこちらに迫ろうとしている。襲いくる敵を見据え、軽く深呼吸をすると腰を落として構える。
焦るな、確かに自分は実戦二回目の新米だ。命の取り合いに恐怖だって感じる。それでも今日まで続けてきた修行は決して生ぬるいものではなかった。こちらを本気で殺しにきているのではないかと感じる程エヴァにしごかれたのは一度や二度ではない。そのことにいつか覚えていろよと思っていたが、今は感謝してもいいかもしれない。彼女の殺気に当てられていなければ、生命の危機を感じていなければ、この足は恐らく震えていただろう。しかし今は緊張感を持ちつつも、それだけに支配はされていない。
そばにいると決めた。ここで尻込みしていては今度こそ遠くに行ってしまう。いくら手を伸ばしても届かない場所へと。
『この程度で根を上げるのか?ならお前にはやはり無理だな』
あの修行を、エヴァからの攻撃を耐え忍んでいた時だ。挑発するように言われたことを思い出す。
『なんの話よ!』
『分かるだろう?そんなものでは隣になど立てんよ』
『傷つくのが怖いなら大人しく指を咥えて見ていればいいんだ』
言葉は少ないが何を言っているのか理解できた。普段から自分の気が短いのは自覚している。それでもこの時ほど怒りが己を支配したことはなかった。
指を咥えて見ていろだと?悩み苦しむ姿を見ても放っておけだと?
放っておくものか。見捨ててなどやるものか。
そんなこと、認めるものか。
正面から迫るソルジャーを見据え、目を見開いてハマノツルギを握り締める。思い出せ、あの時の感覚を。そうすればきっとまた使えるようになる、あの時発動した力を。
目の前にいるコイツが、コイツらこそが幼馴染を苦しめている原因だ。コイツらが来るから大切な幼馴染は戦わざるを得ない。そう思うと感情が燃え盛った。
その瞬間、明日菜の武器は真の姿を表す。
「アンタらなんかーー‼︎」
横一線に全力で振り払ったことで目の前にいたソルジャーは両断され、後ろにいた集団は暴風にのまれて宙を舞う。今明日菜が持つアーティファクトは、カードに描かれていた通りの大剣へと変化していた。強い怒りと意思が呼び起こした彼女の力だ。宿る特殊能力はそのままに、見た目通りの攻撃力を得た。これも修行の成果と言えるだろう。
「
無防備になったソルジャー達を、ネギが放った雷の矢が貫いていく。空中で体制を立て直し、回避しようと動いた個体には逃すまいと追従していった。その結果、避けきれなかったソルジャーは上空で爆発する。現在のネギは正体を隠す観点から、ナギより譲り受けた杖ではなく指輪型の魔法発動体を付けている。最近になって格闘の修行を始めたことでエヴァから送られたものだ。因みにネギが魔法だけでなく格闘術にも強い興味を持ち始めたのは、間違いなく祐の影響であった。
いくつもの光が空に瞬く中、地上で敵を切り伏せる刹那が直感で頭を下げた。すると先程まで顔があった場所をレーザーが通過する。射線を確認すれば、そこではバッサール・リーダーがこちらに掌を向けていた。
「避けたか」
「貴様は…隊長格だな」
「その通りだ」
加速して距離を詰めるリーダーは刹那目掛けて拳を振るう。最小限の動きで攻撃を回避し、夕凪で首元を狙った。しかしその刃はリーダーの前腕によって塞がれる。
(硬い!)
ソルジャー達とは比べ物にならない強度に驚愕する。リーダーは空いている掌を刹那に向けた。回避の為に身体を反らせながら後方へ跳躍し、空中で体勢を立て直しながら着地する。追撃として放たれたレーザーは夕凪で切り裂くことで防いだが、そんな彼女に今が好機とソルジャーが大挙で押し寄せる。そちらを処理しつつリーダーからの攻撃も対応しなければならない苦しい状況に追い込まれた。
攻撃の手を緩めないリーダーだったが、先程と同様の小型装置が背中に張り付き、電流が流れたことで膝をつく。なんとか装置を取り外し、顔を上げたリーダーの目の前には起爆寸前の手榴弾が四つ投げ込まれていた。腕を交差して防御の姿勢を取るが衝撃を受け止めきれずに吹き飛ばされる。
「やはり電撃がお好きなようだ。おっと」
攻撃の主である真名は追撃を行おうと動く。しかし後ろから攻撃を仕掛けてきたソルジャーに阻まれてしまった。それでもリーダーからの攻撃がなくなったことで、僅かながら刹那に余裕が生まれる。
「神鳴流奥義!百烈桜華斬!」
放たれた斬撃は自身を中心に円状に広がり、周りを囲むソルジャー達を一網打尽にする。道を切り開いた刹那は急ぎ真名の援護に向かった。
こちらに走ってくる刹那を確認した真名は、自身の背中から奇襲を仕掛けようとしたソルジャーの顔面へと身体の向きは変えずに銃弾を撃ち込んだ。正面から迫る敵も視界に収めているが、そちらは相棒に任せる。すると期待通り、目の前の敵は刹那により真っ二つにされた。
「窮地を救ってやったんだから、もう少し早く来てくれ」
「これでも充分急いだぞ!」
「もっと必死さが欲しいところだ」
「お前には言われたくない!」
周りの敵を片付け、言い合いをしつつ二人は立ち上がったリーダーに視線を向ける。残念ながら先程の攻撃は致命傷とならなかったようだ。
「タフな奴だな」
「他の者とは桁違いの強度だ。損傷を与えたいならあの装甲を避けるべきだろう」
「ふむ、なら関節部分を狙うしかないな。或いは内部から破壊するか」
「内部から…やれるのか?」
「協力が得られればな」
作戦を立てる二人の元へ、周囲の敵を対処したネギと明日菜がやってくる。所々汚れ等見えるが、大怪我は負っていないようだ。
「来たかルーキー、まだやれそうか?」
「勿論です!」
「勿論!」
気合い充分な二人の返事に真名は頷く。実戦経験の少ない新人にしては悪くない動きだ。この四人で掛かるなら問題ないだろう。
「よし、それでは私達であいつを処理するぞ。他のはあちらの二人に任せる」
真名が顎でさした方向には残り僅かとなったソルジャー軍団の掃討と、リーダー二体を葬る為に突撃する祐とザスティンがいた。ネギ達がそちらに意識を持っていかれそうになっていることを察して手を叩く。
「今はこっちに集中しろ。下手を打つと殺されるぞ」
殺されるという言葉にネギと明日菜がはっとすると気を引き締め治す。刹那は敵前で迂闊だったと頭を軽く振るった。リーダーが間もなくこちらに向かってくる。説明を丁寧にしている時間はないだろう。
「協力して奴に風穴を開ける。全員、必死でやろうじゃないか」
進撃を続ける祐とザスティンを食い止めようとするソルジャーではあったが、力及ばず全滅となった。残るはリーダーだけだ。
「左はお願いします」
「勿論だ。もう一体は?」
「…あの子達に任せます」
「承知した」
迷う素振りは見せたものの、祐はリーダーの一体をネギ達に任せると決めた。ザスティンはただ一言返す。しかしこれは祐にとって大きな決断だということを理解していた。だからこそ、祐の肩に手を乗せる。
「間違ってないさ」
祐が視線を向けるとザンティンは凛々しい笑顔を見せた。
「さぁ、行くぞ!」
祐は頷き、ザスティンと共にリーダーへ向かう。あちらも同じように正面から突っ込んできた。祐は拳をリーダーの腹部に叩き込み、そのまま相手ごと上空に高く舞い上がる。
一方ザスティンは大剣を叩きつけるように振り下ろす。リーダーは両腕で受け止めたが、刀身が触れた箇所から軋みひび割れる音がした。
「見事な強度だ!だが私は器用な方ではないのでな!」
恐るべき腕力が耐えるリーダーに膝をつかせる。ザスティンの体内から溢れるエネルギーは大剣に伝わり、刀身が一回り巨大になった。触れ続けているリーダーの両腕は既に切断されかけている。
「押して駄目なら更に押す!」
加えて力を込める。いよいよ耐えきれなくなった両腕が吹き飛び、巨大な刃はリーダーの身体を捉えた。激しい火花が発生し、少しずつ刀身が食い込んで身体を切り裂いていく。
「戦闘…続行…不」
「さらばだ!」
別れを告げたと同時、大剣がリーダーを通り越して大地に触れた。その地点から一直線に地面がひび割れ、最終的には数百メートルの傷跡を残す。半分に別れたリーダーは機能を停止し、二つになった身体は力無く左右に倒れた。一度剣を振り払ってから地面に突き刺してグリップを逆手で持つ。
「やはりこの手に限る」
空まで浮上した祐はリーダーを押し出す。空中で体勢を立て直したリーダーだったが、既に目の前に拳が迫っていた。顔面に直撃し、首が強制的に振られる。そこから嵐のように打撃が放たれた。相手が防御しようとお構いなしに攻撃は止まず、寧ろそれごと叩き潰さんばかりに一方的な状態が続く。祐は一撃一撃に自身の中で渦巻く感情を込めていた。本人も無意識のうちにそうさせる理由は、激しく滾る怒りだけなのだろうか。残念ながら目の前の相手を何度殴り、蹴りつけたところで心が晴れることはない。硬い装甲の一切を無視して続く暴力は、続ければ続けるほど気分を害していく。
平和に暮らしている者をなんの躊躇も見せず殺そうとする相手だ、何を躊躇うことがあるのか。したことの代償を払わせろ、完膚なきまでに叩き潰せばいい。侵略者は許してはならない。こいつは敵だ、既に引き金を引いた者なら迷いはいらない。
一際強烈な殴打が炸裂して錐揉み回転しながら吹き飛んだリーダーは、その全身を歪ませていた。首を正面に向けようとすれば、錆びついたネジのような音が聞こえる。ツインアイ越しに向けられる祐の視線はどこまでも冷たいものだった。
腕を正面で交差させる。放出される光が両腕に集中すると、左右に振って螺旋状に変化させた。全てを飲み込むような渦となった光を投げつける。あらゆる箇所が正常に動かなくなっていた者に避ける術はない。渦巻く光を浴びたリーダーの全身に虹の光が駆け巡る。勝敗は決した。
「貴様らに首領がいるなら、そいつに伝えておけ」
いるのならと言ったが、確信していた。間違いなくいる。こいつらを使い、別次元に攻撃を仕掛けた存在が。どんな相手なのかは皆目見当もつかない。それでもやるべきことは変わらない。取るべき行動はたった一つだ。
「この星を、この次元を侵略するつもりなら覚悟しろ」
「必ずこの次元を守ろうとする意志が、お前の息の根を止める」
伝えるべきことは伝えた。握った拳を腰まで引き、正面に突き出しながら両手を合わせる。すると駆け巡る光はその場で停止し、リーダーは体内から大爆発を起こした。木っ端微塵に吹き飛ばされた残骸さえ、次第に光の粒子となって消えていく。最終的には塵一つ残ることはなく、相手を跡形もなく消し飛ばした。『レッシェン』という技の名通りに。ここに、バッサール・リーダーは完全に抹消された。
「今だ!」
「
「
真名の合図に従い、ネギは向かってくる敵へ拘束魔法をかける。身体が拘束され、動きが鈍ったリーダーに真名が三度小型装置を発射した。全身に電流が走り、体制が崩れる。
「二発目!」
「はい!」
駄目押しとばかりに拘束魔法が重ね掛けされた。初めての大規模な戦闘、そして魔法を立て続けに使用していることもあってネギは疲弊している。それでも弱音など吐くつもりはない。ここが意地を見せる時だ。絶対に負けるわけにはいかないのだから。
倒れた状態から無理やり身体を動かし、上半身を起こしたリーダー目掛けて明日菜と刹那が走る。お互い武器を振り上げ、僅かに装甲の隙間がある左右の腕の付け根部分に振り下ろした。一刀両断とはいかなかったが、二人の攻撃は両腕を斬り落とすまであと一歩に迫る。
だが電流の効果が消えたことで始めに脚の拘束を力ずくで解いたリーダーは、まず刹那に蹴りを放つ。刹那は後退しながら地面を転がることで回避はしたが、当然距離は開いてしまう。身体に突き刺さる夕凪とハマノツルギをそのままに、今度は明日菜に向けて脚が振り抜かれた。なんとか腕を断ち切ろうとハマノツルギを掴んでいた為、その蹴りは明日菜の腹部に直撃してしまう。
「うぐっ!」
蹴りの威力によって数メートル吹き飛ばされる。急いで刹那が距離を詰めるが夕凪はリーダーの腕の付け根に残ったままだ。上半身は未だに拘束されたままでも、リーダーは器用に両足で刹那に攻撃を放つ。いくら心得はあっても、肉弾戦では刹那に分が悪い。足払いを受け、身体が宙に浮いた無防備な状態で蹴り飛ばされてしまった。
リーダーは追撃を行わず、ネギと真名に目標を変える。高速で接近するリーダーに対し、真名は走りつつ遠距離用のスナイパーライフルから二丁のハンドガンに武器を変更して迎撃を行った。威力は下がるが構わない、重要なのは敵の目をこちらに引きつけること。それに損傷を負った部分を狙えば、この攻撃でも無視はできない筈だ。楽な仕事ではないがそんなことは百も承知である。
対象部分目掛けて弾丸を発射すれば、察知したリーダーは回避行動を取る。その正確な狙撃にこちらを脅威と見なし、真名に標的を絞った。ここまでは狙い通りだ。放たれる蹴りを寸前で回避しながらハンドガンを撃ち、相手の意識を自分に固定させる。あとはネギがこちらの意図を汲み取って動いてくれれば申し分ないがどうか。鋭い速さの右足が頬を掠めた時、正面の敵越しに呪文を唱えるネギが見えた。
(いい子だ)
胸部を狙って突き出された脚を両腕で防ぐ。直撃は避けられたが受けた威力に両腕が痺れてくる。間髪入れずに追撃はきた。左脚が真名の顔を狙おうと上げられた瞬間、刹那の体当たりがリーダーを阻止する。意識外からの妨害にリーダーは地面へ倒れ込んだ。
「どうだ!必死だろう!」
「ああ!文句の付け所がない!」
腹部に衝撃を受け、蹲っていた明日菜は懸命に呼吸を行う。目に涙を溜めながらも少しだけ痛みはマシになった。現状を確認する為に顔を上げれば、起きあがろうとするリーダーの脚をネギが再度拘束したところだ。傷付いた身体に鞭を打ち、明日菜は全力で走り出す。
倒れたことで夕凪とハマノツルギは地面に落ちている。刹那は急いで愛刀を取りに向かい、真名は起きあがる最中だったリーダーの顔面目掛けて低空ドロップキックを放った。与えたダメージは大きくないが時間稼ぎにはなる。夕凪を手にした刹那が斬りかかろうと接近した時、リーダーの両腕の上腕部分が強く発光した。
「なに⁉︎」
危険を察知した刹那と真名はその場から離れる。リーダーは上腕のみを自爆させ、その衝撃で拘束を解いたのだ。これで完全に遠距離攻撃の手段は無くなったが自由に動くことはできる。面倒な魔法を使うネギを潰すべきだと真名と刹那を放置して飛び出した。考えを察した真名は手を伸ばし、飛行するリーダーの右足を掴む。勢いを止めきれずに引きずられるが、そんな彼女の身体に後ろから刹那が抱きついて加勢した。
そしてもう一人、正面から走ってくる明日菜の手にはハマノツルギが握られている。距離が近づくと両足で強く踏み込み、高く高く跳躍する。発生した全ての勢いを、この身に残るありったけの力を込めて振り下ろした。
「でりゃーー‼︎」
渾身の一撃は見事リーダーの左腕を斬り飛ばす。着地した明日菜は震える脚を気力で動かし、空いている左足を捕まえた。準備は整った、後は最後の仕上げを行うのみだ。
「後は頼んだわよ!」
「ラス・テル マ・スキル マギステル」
明日菜に応えるかのようにネギの全身から魔力の光が溢れた。限界を超えて魔力を放出したことで意識が飛びそうになる。それでもネギの瞳は真っ直ぐに敵へと向けられていた。
「
生まれた雷が、強く握った右手に集まっていく。今から行うのはこの魔法本来の使い方ではないが、確実に内部へと届かせる為拳に纏う。激しく荒ぶる魔力の稲妻を手に、ネギは走り出した。
あの攻撃を受ければ終わりだ。そう予測したリーダーは出力を最大限に上げて離れようとした。だが決して逃すものかと明日菜達は抵抗する。
「おとなしくしてなさいっての!」
全員の腕が悲鳴を上げている。それでもこの手は離さない。このチャンスを、手繰り寄せた勝利をなんとしても掴み取らなければ。
「
跳躍して高度を合わせる。狙うは腕が吹き飛び、遮るものがなくなった箇所だ。歯を食いしばって大きく振りかぶる。
「
恐るべき速度で放たれた拳が損傷部分から上半身の内部まで進む。雷がけたたましく鳴いている。倒すべき敵を葬らんと暴れ回っていた。今のネギの拳に宿っているのは魔力だけではない。いくつもの想いが乗せられた拳だ、感じる心を捨てた相手に跳ね除けられるわけがない。
リーダーの身体から力が抜け、地面へと落下した。腕を体内まで貫通させたままネギも着地する。全員が動向を窺う。するとその瞳から徐々に光が消え、敵は物言わぬ廃物へと変化した。
対象の沈黙を確認し、緊張の糸が切れたネギが倒れそうになる。急いで明日菜が支えようと手を掴むが身体に力がまったく入らなかった。
「あっ、私もダメだ」
ネギと共に倒れ込む明日菜だったが、真名と刹那が二人を受け止める。おかげで地面への激突は避けられた。
「やれやれ、まだ甘いな」
「そう言うな。お疲れ様でした、お二人とも」
「あ、ありがとうございます」
「はぁ、もうヘトヘト…」
一仕事終えた四人を少し離れた場所からザスティンが見ていた。厳しいようなら助太刀に入ろうと思っていたが、その必要はなかったらしい。どこか初々しい若者達の懸命な姿に笑みを浮かべた。
耳に上空からの爆発音が届く。見上げれば察することができた、戦いが終わったのだ。
「…終わったの?」
「今のところ、周辺に金属野郎の反応はないみたいっすね」
ハルナの疑問にレーダーを監視していたカモが答える。どこからともなくため息が聞こえた。張り詰めていた緊張が切れたのだ。しかしこれで終わりではない。一つの大きな山場を超えたことは間違いないが、寧ろここからが正念場だ。超は静かに席から立ち上がる。
「戦闘は終わったガ、私達の仕事はこれからヨ」
車内にいるクラスメイト達に視線を送る。全員が言葉の意味を理解し、表情を引き締めた。もう一つの勝負の時が来たのだ。
空からゆっくりと降りてきた祐はネギ達を見る。刹那と真名は比較的問題なさそうだが、二人に支えられているネギと明日菜は満身創痍といった様子だ。祐は人知れず仮面の下で表情を変えた。
祐が地面に足をつけると、路面電車の中央部分からアンテナが伸びた。そこから光が発射され、周囲を円状に包み込む。程なくして電車からあやか達が降りてきた。
『これで外から観察されることはない。みんな素顔を出して無問題ヨ』
スピーカーから聞こえてきた超の声に、明日菜達は仮面を解除する。しかし祐だけは何故かそのままの状態だった。ただ静かに、その場に佇んでいる。
「祐…?」
祐の動きがないことに不安を感じ、明日菜が名前を呼ぶ。それでも反応が返ってこない。
「龍宮隊長、ありがとうございました」
「ん?…ああ、気にするな」
真名に支えられていたネギがお礼を言ってから一人で歩き出す。隊長という呼び方に違和感を覚えたが今は流すことにした。先程の戦闘が嘘のような静けさがこの場を包んでいる。少しだけ周囲から距離を置いた場所に立つザスティンは、静かに祐達を見つめた。
ふらふらとおぼつかない足取りで向かってくるネギを見ていた祐も歩み寄り、二人の距離は近づいた。膝を折り、正面から祐がネギの両肩を優しく支える。
「おつかれネギ、頑張ったな」
「祐さん。危ない瞬間もありましたけど、僕ちゃんと約束通り大怪我はしませんでしたよ。明日菜さん達もです」
「ああ、まだ経験も少ないのに大したもんだ」
「大変でしたけど、勝てました」
「ああ」
「みんな無事です。祐さんも、僕達もみんな」
「…ああ」
ネギは両手を伸ばし、仮面で覆われた祐の頬に触れる。当然そこから彼の熱を感じることはできず、硬い装甲の冷たさが伝わってくるだけだ。それがとてつもなく寂しい。
「祐さん、お顔を見せてくれませんか?」
暫く祐は黙り込んでしまう。ネギは急かすこともなく、その手で祐に触れ続けた。僅かでも自分の体温を伝えるかのように。すると頭部の装甲が開き始める。根負けをしたのは祐の方だった。
見えた顔にネギは強く胸を締め付けられる。現れた祐の表情が何かを耐えているように、苦しみを堪えているように見えたからだ。装備を解いた時に離した両手を再び祐の頬に当てる。ようやく体温を感じることができた。そして感じさせることも。
「祐さん、僕達は誰かにお願いされたから来たんじゃないんです。自分で決めて来ました」
「僕が我慢できなかったんです。こうしたかったんです」
祐は黙ってネギに耳を傾ける。ネギの手が頬から肩に移動し、スーツを強く握りしめた。次第にネギの目に涙が滲み始める。胸が苦しい、張り裂けそうだ。きっと貴方も同じなんだ。
「貴方のせいなんかじゃない。祐さん、貴方はなんにも悪くなんかない」
「だからお願い、悲しまないで」
音もなく涙がネギの頬を伝う。祐がこんなにも苦しそうな顔をしているのは、きっと自分を責めているからだ。自分のせいでと考えている。ネギも分かるようになってきた、祐がどのような人物かを。
どうか責めないでほしい。貴方を苦しめたくなんてない、悲しんでほしかったんじゃない。そんなこと望んでない。
「力になりたいって思ったから、少しでも協力できたらって…本当なんです…困らせたかったんじゃなくて」
「大丈夫だよネギ、ちゃんと分かってるから」
流れ続ける涙で視界が歪み、声だって時折詰まってしまう。それでも伝えたい、思っていること全部。この感情を包み隠さず全て。せっかく前もって伝えたいことを考えていたのに、残念ながら全て抜け落ちてしまった。それでも言葉は出てきてくれる。思考を置き去りにして心だけが前へと進み、この身体を動かしている。止める必要はない、このまま心に任せればいい。
「祐さんのこと大好きです。いつも優しくて、いつも気に掛けてくれて、いつも守ってくれる貴方が僕はとっても大切です」
既にネギは大粒の涙を流していた。できることならもっと上手に伝えたい。どれだけ貴方を大切に思っているのか、誤解などなく。もっと言葉を並べるべきなのだろうか。もっと言葉を知っておくべきだったのだろうか。
違う、本当に大切なのはそこじゃない。
「大切な人だから、祐さんの気持ちを尊重したい。だけど…嫌です」
「お別れするのだけは嫌です!」
ようやく言えた、一番伝えたかったことを。だがこれは祐を更に悩ませることに繋がっている。それを分かっているから言い出せなかった。それでも、これだけは納得できない。受け入れられない。
「祐さんが沢山悩んで出した答えだって分かってます!みんなの為に決めたんだってことも!でも…でも寂しいんです!会えなくなるのは寂しいんです!」
考えてみれば、泣きながら我儘を言ったのはこれが初めてのことのような気がする。昔からネギは賢く、父にも母にも我儘を言うことがなかった。今のネギは、生まれてから一番年相応なのかもしれない。
「危険でもいい!痛い思いをしてもいいから!それでも一緒にいたい!まだ…まだ祐さんと一緒にいたいよ!」
「お願いです!僕の前から居なくなったりしないで!」
祐は強い衝撃を受け、放心状態のようになってしまう。頭の中は真っ白で、何一つ言葉が出てこない。何か、何か言わなければ。そう思って頭を働かせても、言い訳のようなものしか思いつかなかった。
「ちょ、ちょっと待てネギ。学園を辞めるとは言ったけど、俺は別に居なくなろうなんて」
「あくまで今すぐには、だろ?」
遮って聞こえたのは真名の声だ。視線を向ければ彼女はどこか冷たい表情を浮かべていた。
「お前は学園を辞め、暫くしたら麻帆良からも居なくなる。全員そう思ってるんだよ」
「そんなことは…」
「違うのか?考えてもいなかったと?」
元から鋭い真名の視線が普段以上に突き刺さる。後ろめたさを感じる程に。これでは嘘を咎められているようだ。嘘など付いていないというのに。
「そんなことはしないと今ここで誓えるなら、多少の信憑性は増すかもな」
その程度なら簡単なことだ。『居なくなったりしない』と言葉に出すだけなのだから。それだけで少しは信用してもらえるなら安いものだ。
「……」
「…だと思ったよ」
何も難しくない。その筈なのにたった一言が喉に詰まる。声を失ったかのように、一向に言葉が発せられない。こちらを見つめてくる真名にも、目の前にいるネギにも目を合わせられない。気付けば自分の視線は下を向いている。
最終的には麻帆良を去る。無意識の内に、そのような道を辿ることになると決めつけていたからに他ならない。言い返せない自分への不甲斐なさを感じた時、ネギの握る力が強くなった気がした。
「祐さん…」
呼ぶ声に視線を上げれば、涙で濡れた瞳が不安で揺れている。その不安を払拭させる気の利いた言葉を思い浮かべたくなった。無い知恵を絞って考えてもいいが、例え思い付いたところで今は無駄だろう。言うべきことはもっと別のことだ。
「決断するなら、早い方がいい。今でも充分辛いけど、まだなんとかやっていけそうなんだ」
「先延ばしにすればするほど、辛さは増していくから。きっと動くならここだって、そう思った」
先程ネギにしてもらったように、今度は祐がネギの頬に両手で触れた。小さい顔だ。いや、顔だけではない。こうして改めて見ると身体もまさに子供の大きさで、こんな幼い子が自分なんかの為に身の危険を顧みず戦ってくれた。祐がその事実に感じたのは、喜びよりも罪悪感だった。
「ネギのこと、俺も大好きだ。ここにいるみんなのことも。みんながいるから、立っていられた。大切なものを守る為に戦うことは間違いなんかじゃないって…そう思えた」
祐も自分達のことを大切に思ってくれている。普段から感じることはできたが、口にしてもらうことで一層の安心感と幸福を得られた。
だが、ここで話は終わらない。その先は聞きたくない。耳を塞いでしまいたい。きっとこれから出るのは別れの言葉だから。
「ネギ、俺はさ…自分がズタボロになろうが、痛い目に遭おうがなんとも思わないんだ。だって死なないからね」
「実は俺って身体真っ二つにされても、頭吹っ飛ばされても死なないんだ。しかも数秒で元通りなんだぜ」
「伸びた髪や爪を切ったってなんとも思わないだろ?それと同じなんだよ、俺にとっては」
疑うようならこの場で証明してみせる気でいたが、その必要はないらしい。ネギ達から疑いは向けられていなかった。もっと早く伝えておくべきだったかもしれない。そうすれば掛けてしまった心配も多少は軽減できた可能性がある。しかしどちらにせよ今更な話だった。
「でも、俺にも我慢できないことがある。大切な人の命が脅かされることだ」
「正直に言うよ。さっきまでみんなが戦ってる姿見てて、不安で堪らなかった。大切な人が死ぬかもしれないって思ったら冷静とはいかなくて。震えがさ、止まんないんだよ」
祐の雰囲気が一瞬で変化した。ネギだけでなく、ここにいる全員が衝撃を受ける。祐が弱さを見せたからだ。それがどれだけ珍しいことか、彼との付き合いが長ければ長い程に感じる。それだけ今の祐には余裕がないということだった。
「どれだけ力を手に入れたって、過去に起きたことは変えようがなくて。俺はいつも、ここ一番って時に大切な人を守れない。守りたい、大切な人だったのになくしちまった」
「もう、大切な人が死ぬのだけは…俺だけが生き残るのは嫌なんだよ」
これが本音だ。もう大切な人が死ぬのは懲り懲りだ。人はいつか亡くなる、それは当然だ。しかし殺される姿など誰が見たいものか。そんなもの一度きりでも御免だというのに、俺はそんなものをあと何回も見なければならないというのか。そんなの冗談じゃない。自分のことなど知ったことか、どうせ死なないんだ。なら俺がやるべきだ、これで誰も死ななくて済む。
「俺のこの力も、命も…全部大切なものを守る為のものだ。それを脅かす奴がいるのなら、どんな存在でも戦う」
「俺は死なない。自分でもどうやったら死ねるか分からないくらいだ。少なくとも身体消えたくらいじゃ元に戻る。もう実際に経験した。だから俺の心配なんてしなくていい、俺が一番戦うことに適してる」
黙っているつもりだったことが、壊れた蛇口のように流れ出て止まらない。もうここまで来たのなら出し切ってしまおう。今更取り繕ったところで誰も納得してくれない。
逢襍佗祐は決して優しい人間などではない。誰よりも自分勝手で、相手の気持ちは二の次にする奴だから。両手を付き、額を地面に下ろした。
「だから…頼む、どうかみんなは平和に生きてくれ。そして俺には戦わせてくれ」
「大切なものを自分で守れてるって事実が欲しい」
「じゃないと、生きててもいいって思えない」
全て、言い終えた。終わったな、そう感じた。様々な意味でだ。ただ静かに、瓦礫を撫でる風の音だけが聞こえる。
望んでいる展開は、全員がここで見限ってくれることだ。せめて自分は、みんながこの場から居なくなるまで頭を下げ続けていよう。こんなことで贖罪なるとは思っていないが、しないよりはずっといい。
「貴方は…貴方は私達に見捨てろと、そういうのですか」
あやかの声が聞こえた。震えている声の理由は怒りか、それとも悲しみか。顔は見たくない、心を感じるなど以ての外だ。祐は黙って今の姿勢を維持した。
「何を…何をふざけたことを…!」
走り出したあやかは祐の前まで来ると、胸ぐらを掴んで無理矢理顔を上げさせる。
目が合ってしまった。ああ、だから見たくなかったんだ。そんな涙を流すに値する相手じゃないのに。
「頭が吹き飛んでも大丈夫!?死なないから心配するな!?馬鹿も休み休み言いなさい!」
鋭い平手打ちが飛んできた。今までくらったどんな平手打ちよりも効いた気がする。重さが比べ物にならない。
「死ななかったらそれでいいなんて誰が言いました!死ななければ心配しないとでも思ってるんですか!治ったところで貴方が傷付いたことに変わりはないんです!」
「自分が怪我をして何も感じないとしても!貴方は戦うことが好きではないでしょう!なら何も感じない筈がありません!」
「身体が元通りになったら!心の傷も治るんですか!貴方の心は癒されるんですか!」
その質問には答えたくない。心の傷も癒えるなら、こんな馬鹿な生き物は生まれてこない。そう答えるしかないから。
「学園を辞めて、麻帆良から離れ、戦いだけをするのが本当に望んでいることですか!私の目を見て言ってごらんなさい!」
そう言って鼻先が触れる程に顔を近づけてきた。残念ながら嘘は付けない。この場は本心のみをぶつけ、決着をつけなければならないからだ。
「できることなら卒業したかったよ」
「では私達と会えなくなるのは!」
「…寂しいさ」
「なら退学なんてしなければいい!私達といればいいではありませんか!」
「それよりも大切なものを守るのが大事だ。全部は持てない、だから選んだ」
「一人でやろうとしているからです!一人の持てる量に限度があるなら、誰かと協力すれば持てるものも増えます!」
「そんな余計な重荷を」
「背負います!貴方が勝手に私達を守ってくれたように!私も勝手に貴方を支えます!」
「他の誰でもない、この雪広あやかの心が命じたことです!誰にも文句など言わせません!」
一切の迷いもなくあやかは宣言した。胸に突き刺さり、祐の表情が歪む。それでも簡単に折れるわけにはいかない。それなりの覚悟は決めてきたのだ。しかしそれなりの覚悟をしてきたのは祐だけではない。
「何故ネギ先生が…私が泣いているか分かりますか!貴方に私達の気持ちが全然伝わっていないからです!貴方がそこから目を背けているからです!」
「……」
「今だけはちゃんと見てください!私達の心を!貴方が私達の為に戦ってくれたように、私達も貴方の為に何かをしたい!守られるだけではなく、支え合えるようになりたい!」
懸命に想いを伝えるあやかは勿論のこと、ネギも祐のスーツを掴んで離さない。それは絶対に離さないという強い決意の現れだ。そしてどうか伝わってほしい、知ってほしい。逢襍佗祐という人物はこんなにも
「愛されているんです!貴方は間違いなく!貴方も大切なものなんです!祐さん!どうしてそれを分かってくれないんですか!」
祐の感情は決して一方通行などではない。逢襍佗祐が大切な人達を愛しているように、その大切な人達もまた逢襍佗祐を愛している。誰かを愛し、そして誰かに愛されているのなら、どちらか片方だけが幸せであればいいとはならない。片方の悲しみは、もう片方の悲しみだ。大切な人の幸せを願うのならば、自分自身も大切なものの枠に組み込まなければならない。だがそれは、何にも増して難しいことだ。
唇を噛み締めていた明日菜はそこで我慢の限界を迎える。ない筈の力を振り絞って全力で走り、倒れ込む勢いで祐の右腕に抱きついた。
「明日菜…」
「祐!この前はごめん!もう知らないなんて言って!」
「本当はほっとくなんて無理!だってあんたのこと大切なんだから!どうでもいいなんて思えない!」
「あの時は言えなかったけど、今ちゃんと伝える!祐!いかないで!あんたが居なくなったら私がどんだけ寂しいと思ってるのよ!」
「こんなことでお別れなんて納得できるわけないでしょ!」
得意だと思っていた嘘も、その場凌ぎの言葉さえ出てこなかった。祐はどうしたところでこの場から逃げることはできない。
あやかの言う通りだ。目を背け続けていた、考えないようにしていた。自分が誰かの大切な人であるということを。でなければ躊躇ってしまう、迷いが生まれてしまう。自分を軽視することは間違いだと認めてしまう。
そうしたら全てを捨てられなくなる。全てが手放せなくなる。その結果、何一つ守れない情けない自分だけが残る。
「そんな怖いこと…出来ねぇよ…」
「祐…」
「どれも捨てたくなんかない、全部全部大切なんだ。でも全部守るなんて…俺じゃ無理だ…」
怖くて仕方がない。全てを守ろうとして、少しずつ失っていくのが。全部は無理だ、そんなに甘くないとよく知っている。だから取捨選択をするしかない。例えそれが、世界の残酷さに屈服したということでも。全てを失うよりずっといいと思ってしまうから。
「一人じゃ無理よ、誰だって。だから、協力するんでしょ?」
先程とは違い、明日菜は沈んだ祐の顔を覗き込んで優しく語りかける。自分の顔はきっと涙で酷いことになっているだろう。その自覚はあっても、そんなことはお構いなしで続ける。どんな形であれ、祐は今自分達に本音を語っている。心を開いてくれている。
なら繋がれる筈だ。お互いに心を開いているのだから。
「一緒よ、祐と私の大切なもの。今の生活が、周りにいる人達が私も大好き。一人じゃないよ祐、私も同じものを守りたい」
「ここにいるみんなも、他にも沢山いるから。祐と大切なものが同じ人達は。だから、絶対みんなで力を合わせられるわよ」
「同じ…みんなが…」
祐が大切だと思っているものは、祐以外も大切だと思っているもの。だから一人ではなく、大勢で守ることができる筈だと明日菜は言った。同じ想いを胸にして団結し、一つの意志のもとに集い戦う。祐はそれを知っている。だからこそ否定などできない。
明日菜の言葉は祐に響いている。何度も頭の中で繰り返されていた。しかし明日菜達が戦うことに、素直に首を縦に振れない。大切なものが奪われることへの恐怖が、祐にそれだけ深く根付いている証拠だ。そうしていると今度は左側から熱を感じる。明日菜達と同じくらい温かい熱を。
「祐君!ウチはまだ戦ったりできんけど…ウチも力になりたい!ウチも大切なもの守りたい!」
「もし危ない目に合わせたくないって理由でウチらと離れよう思っとるなら、そないな理由で居なくならんといて!」
「ウチ祐君に飽きとらんよ!飽きるまではそばにいてくれるって約束したやんか!」
今が勝負を掛ける時だ。自分の全てをぶつける時だ。他の仲間達も空いている個所から祐を押し倒さんばかりに抱きついた。
「いつか死んで別れるなら、せめて生きてる間ぐらいは大切な人と一緒にいるべきだと…逢襍佗さん!貴方が私に教えてくれた!」
「私にはそう言っておいて!貴方は手放すんですか!そんなこと許しません!」
「色々悩んだけど、やっぱり私の心は引き留めるべきだって言ってるから!心のままに信じて行動するわ!自分を信じていいって祐君があの時言ってくれたんだよ!」
「何か方法があるはずだって祐君!みんなで一緒に考えようよ!それくらいしたって罰当たらないって!」
「もう諦めかけてた私に手を差し伸べてくれたこと、今でも昨日のことのように思い出せます!」
「助けてもらったのなら、ちゃんとお返しをしなければなりません!私、まだ逢襍佗さんになにもお返しできてないです!逢襍佗さん!もう少しだけでもいいです!私達にお時間を頂けませんか!」
「情けないことに、諸々の悩みを吹っ飛ばす冴えたアイディアを今は持ち合わせてないけどさ…私達と知り合いや協力者も含めた全員の力合わせたら、きっと突破口は見つかるんじゃないかな?諦めるのはまだちょっと早いって」
「最後まで付き合うって言葉に偽りはないわよ。ねぇ逢襍佗君、もうちょっとだけでも誰かに寄り掛かってみない?」
窮屈に感じるほど、全方位から隙間なく体温を感じる。全員の心が身体を通して伝わってきた。わざわざ見ようとしなくても分かる、嘘偽りのない本心だと。自分の身体に回された腕をどうするのが一番いいのだろう。どの選択が正解なのか、大切なものを守る、その本当の意味はなんなのだろうか。力無く降ろされた両腕を動かすことができない。想いに応えるというのは、勇気が必要だ。その勇気が持てない。
小さく震えていた両手を優しく包まれた。両手の感触を確かめれば、ネギと明日菜に片方ずつ握られている。二人の熱が身体の奥底まで浸透していくような気がした。
「僕、絶対に強くなってみせます。祐さんの心配を吹き飛ばせるくらい。だから、もう少し近くに居させてください」
「ねぇ祐…私達の大切なもの、一緒に守ろうよ。どれかを捨てるんじゃなくて、全部持っていけるように」
「だから、ね。一緒に生きよう」
涙を流したままだったが、明日菜は微笑んでくれた。気が付けば手の震えは収まっている。あれだけ力の入らなかった腕が簡単に、思い通りに動かせた。伸ばした手を二人の肩に回す。壊してしまわないように、恐る恐る抱き寄せると、二人は自分から祐に抱きついた。そうして強く抱きしめ合う。本当はここにいる全員を一度に抱きしめたいのに、それが出来ないことが不満だった。
それでも問題ない。祐に応えるように、周りを囲むあやか達の抱きしめる力が増した。ちゃんと伝わっている、そう実感させてくれた。確かに繋がっているんだと信じられた。これが自分にとって何よりも大切なものなんだと、深く刻み付けていく。
もっと伝わってほしい、心の奥底まで。貴方をどれだけ大切に思っているのか、誤解など生まれないように。貴方が愛されている存在だということに、目を背けないように。ネギ達はそう願いながら、決して祐から離れなかった。
「力技でも結果良ければ、というやつか」
静観していた真名は一人呟く。まったくもって手の掛かる奴だと思いながらも、仕方なさそうに小さく笑みをこぼした。ふと横を確認するとザスティンが視界に入る。声こそ出していないが何やら号泣しているようだ。目から滝のように涙を流している。祐と親しい間柄のようだが、そもそも誰なんだこいつはと少し呆れた視線を送った。
『さぁ皆の衆!まだそのままでいたいだろうガ、そろそろオーディエンスが集まってくるネ!一旦麻帆良に戻るヨ!』
路面電車のスピーカーから超の声が聞こえてくる。乗り口に足を掛けた真名が改めて祐達を確認する。全員が名残惜しそうに祐から離れるが、その手は祐のスーツを掴んだままだ。それに祐は苦笑いを浮かべている。真名は再度小さく笑うと一足先に乗り込んだ。
「みんな、俺が悪いのは承知してるけど…流石に歩きづらい」
「離しませんよ。少なくとも麻帆良に着くまではこのままです」
あやかの回答に、これは無理だなと早々に諦める。周りも笑っているが、誰一人として手を離そうとしていない。まずは信用を取り戻すところから始めなければならないなと先のことを考えた。そこで左手を握るネギと偶然目が合う。ネギは祐に笑顔を向けた。
「帰りましょう、祐さん。僕達の街に」
祐はネギの手を握り返すと、ネギも強く握ってくる。それが何故だか嬉しくて、暫くはこのままでいいと思えた。せっかく繋がれたのだ。もう少し、このままがいい。
「うん。帰ろう、一緒に」
「はい!」
「よし!それじゃ家出少年をしっかり私達で連行するわよ!」
「はいな!絶対離さへんよ!」
「お供しますお嬢様」
「金縛りにしましょうか!」
「それやると引き摺らなきゃいけないからパスで」
「…まるで犯罪者だ」
「実際現行犯逮捕みたいなもんじゃない」
「悪かったって…」
「まぁ、謝罪は帰ってからたっぷり聞かせてもらうわ」
満面の笑みを浮かべたネギに強く腕を引かれる。周りも負けじと祐を引っ張った。非常に歩きにくいがそれも悪くない。倒れないように気を付けながら、その一歩を踏み出す。
険しい道だ、捨てずに歩いていくのは。今までよりもずっと難易度が高い。それでも、最後の瞬間まで争っていくことを選んだ。
大切なものに、その心に導かれ、祐は歩き出した。
「わざわざ貴重な物を持ってきてくれたところすまないが、現状あれの正体は掴めていない」
「そう。まぁ、そんな気はしてた」
どこにも窓がなく、ライトのみが室内を照らす無機質な部屋で二人の人物が話していた。一方は麻耶の親友であり、魔術協会でその名を知らぬ者はいない『真の魔法使い』の一人蒼崎青子。そしてもう一方は部屋の中心に置かれた、液体で満たされている装置の中で逆さまに浮かぶ男性とも女性とも取れる容姿をした人物であった。
「ただ、あの金属生命体を構築していたものは地球には存在しない物質だ。少なくともこの星で生み出されたものではないな」
「そりゃまた。じゃあなに?あれは宇宙からの侵略者〜とかそんなやつ?」
「『外』から来たことは、ほぼ間違いないだろう。それを指すのが宇宙か、それとも次元かは一考の余地はあるがね」
「そこは大して重要じゃない気がするけど」
淡々と会話が続く中、水槽の中の人物が珍しく表情を変える。青子はそれが気になった。
「ふむ…」
「どうかしたの?」
「君が遭遇したものと同種と思われる生命体が、数を増して押し寄せて来ていた。この国にな」
「は⁉︎ちょっと!そういうことは早く言ってよ!」
端を返し、外に向かおうとする青子に声が掛かる。こんな状況でもひどく落ち着いた様子を崩さずに。
「その対処は済んだようだ。例の虹の光が関与している」
虹の光という言葉に青子が反応した。その存在はこちらも認識している。彼女の中で今最も気になる存在と言っていい。
「まだ居る?そこに」
ぎらついた眼光を飛ばして問いかける。宛ら獲物を狙う捕食者の目だ。一般人が見れば身の危険を感じるに違いない。
「残念ながら空高く飛んでいった。今は行方知れずだ」
「くそ〜、チャンスを逃した」
悔しそうに呟く。日本に帰って来たのなら、あわよくば会えはしないかと期待していたのだ。他人から聞いた情報などではなく、この目で直接見ることでしか得られるものがある。
「こうなったら多少強引にでも探しだしちゃうか?」
虹の光に青子は何かを感じていた。その何かの正体も分からない。だが苦労をしてでもあの光と接触する価値は、間違いなくあるのだと思えて仕方がなかった。今もこの身体は未知との遭遇を渇望し、疼いている。
「無理に止めるつもりはないが、君が動くには些か早すぎるな」
「早い?今が絶好の機会だと思うけど?」
「まだその時ではないさ。それに焦る必要もない」
嗜められた感覚は否めないが、今は話を最後まで聞くことにする。長い付き合いではない。それでも相変わらず回りくどい言い方だなと思う程、常にこの人物の物言いは直線的なものではなかった。
「頻発する事件にあの虹の光は介入し続けている。手当たり次第と言っていい」
「どこの組織の虎の子かは知らないが、正体は自ずと知れ渡るだろう。如何なる組織もあれは無視できない」
連鎖的に起こる超常的な事件、その全てに虹の光の姿があった。正体を隠し通そうとしているなら、この行動は余りに迂闊だ。大規模な活躍は己の存在を世界へと知らしめる。今回の事件で更に注目を集めるのは間違いない。
「あれはこの次元が生み出した、言わば変革の兆しかもしれない。ここまで所詮私の妄言だが、取り扱いは慎重にすることをお勧めする。特に君はな」
ただの一般人や並みの能力者が興味本位で虹の光に関わろうとする分には然程問題はない。しかし青子はそのどちらでもなく、世界に多大な影響を与える人物なのだ。劇薬は使い方を間違えば、計り知れない代償を支払うことになる。
「古きものはより新しきものに、欠陥を抱えたものはより優れたものに取って代わられる。これは全てにおいて当てはまることだが、然るべき瞬間というものはある」
『虹の光』と『青』の邂逅は、この次元を新たな領域へ引き上げる可能性があった。だらかこそ、今はその時ではない。世界はまだその段階に至っていないのだ。
青子はしばらく無言で相手を見つめたが、そうしていても相手から続きが語られることはない。話は終わったらしい。
「…要は世界に余裕がないから、今は冷静になれって?」
「そうなるな」
「じゃあ最初からそう言いなさいよ…」
「喋り過ぎてしまうのが悪い癖でね」
「よく言うわ」
青子はため息をつき、腕を組んで不満そうな顔を隠そうともしていない。とはいえ青子も物事を無駄に引っ掻き回したいわけではなかった。不安定ながらも均衡が保たれていた世界が、今まさに崩れる一歩手前まで来ていると知っている。そこに水面下で緊迫状態となっている各組織間の情勢に揺さぶりをかける行動は、確かに得策ではない。
本当に不満だ、それしかない。こんなものを背負ったつもりなどないのに、それでも強すぎる力に責任は勝手に降り掛かる。気ままに生きているようでいて、その実この肩に乗せられてしまった重荷は軽くない。それに良い感情が持てるわけもなかった。
そんな青子の心情を知ってか知らずか、水槽の人物『アレイスター=クロウリー』は薄く笑ってから口を開いた。
「そう不服に思うことはない。仮にだ、虹の光が本当に君の持つものと同格と言える代物であれば、必ず邂逅の時はくる」
「どちらか片方が、ではなく。互いが互いを相応しい場所へと導いていくだろう」
「力とは、引かれ合うものだ。厄介だがね」
「現場はご覧のように、ここからでもその悲惨さを確認できる程に荒れ果てています」
建物が崩れ、至る所から黒い煙が巻き上がる街を背景にレポーターの悲痛を含んだ声が響く。ここ以外にもいくつものカメラが惨状を映し、そして何台ものヘリコプターが周辺を飛んでいる。平和な街を一瞬で荒廃させた衝撃的なこの事件は早朝の日本に、そして世界に瞬く間に広がっていった。
「取材の最中、付近にいた目撃者の方達からお話を伺うことができました」
「その証言によりますと、突如多数の隕石が飛来。地上に落ちたその隕石から謎の人型生物が出現し、街を無差別に攻撃したそうです」
荒れ果てた街を映しながら、神妙な面持ちのレポーターが続きを伝える。本人もこの現実を受け止めることに苦労しているだろう。
「俄には信じ難い話ではありますが…周辺には瓦礫だけでなく、その謎の生物と思わしき残骸が辺り一面に転がっている状態です」
カメラが破壊されたバッサールにズームする。誰かのいたずら嘘などではない。謎の生物による無差別攻撃が確かにこの場で行われていたのだと、今の光景が雄弁に物語っていた。
「どういった理由でこのような事件が起こってしまったのかは分かりません。現場に居合わせてしまった被害者の方々をはじめ、到着した警察や消防・救急隊も困惑を隠せない状況です。調査の末、正式な説明が待たれます」
「また、目撃者の方達からもう一つ気になる証言を得られました」
「攻撃を始めた生命体に対し、数名の集団が応戦をしたようだったというものです」
『そしてその中には、虹の光を発する人物もいたと』
テレビから流れるニュースにトールは目を離せなかった。予想だにしない大事件に関して会社の上司と電話を終えた小林が隣にやってくる。朝食を食べていたカンナも画面に釘付けの状態だったが、無視できない単語が出てきたことで更に関心が引かれた。
「トール…これって」
「…多分、あの子だと思います」
「あまた。あまたがやっつけた」
カンナが呟いたことは、恐らく正しい。あんなものを持っている者が不特定多数いるわけもない。ニュースの話を全て鵜呑みにするのなら、地球外から何者かが地球に攻撃を仕掛けてきたのだろう。そして、それをあの青年が撃退した。充分気になる話だ。しかし何よりも重く受け止めなければならないのは、この星が侵略攻撃を受けたということ。トールの表情が終始芳しくないのも、仕方のない話だった。
『虹の光は怪獣事件の際にも目撃されていましたが未だ全てが謎に包まれており、世間の注目はそちらにも向けられていると思われます』
ところ変わって住居であるビルの一室で珈琲を片手にテレビを見る橙子。その表情はトール達と同じく真剣そのものであったが、気に掛けているのは侵略とは別の問題だった。
(なんともまた、でかい事件にぶち当たったな)
珈琲を一口飲み、メガネの位置を直しながらソファに背を預ける。橙子にとって憂うべきは侵略攻撃ではなく、それに伴って起こるであろう世界の動きだ。間違いなく、各勢力が目を向けているのはただ一つ。
「流石にどこもかしこも動き出す。荒れるぞこれは」
最初から時間の問題ではあったが、この一件は方方の重い腰を上げるきっかけとしては充分過ぎる。悠長にしている時間はなさそうだ。
「どこぞの輩に粉を掛けられる前に動きたいが…さてどうする」
あれから変わらず祐を待ち続ける麻耶と愛穂。時間が経つごとに心配は募っていく。組んだ両手に視線を落とした時、足音が聞こえた。一人ではない、大勢の足音が。顔を上げればそこには待ち望んだ相手が近づいてきていた。
「逢襍佗君!…え?」
「なんだあれ…」
安心から表情が晴れる、しかし見えた光景に困惑した。麻帆良に帰った今も、祐は拘束から抜け出せなかったらしい。両腕以外にもあらゆる箇所を掴まれながら歩いている。
「えっと…どういう状況なんでしょうか…?」
「…まったく分からん」
成り行きを知らない麻耶と愛穂が首を傾げるのは当然のことだった。それでも愛穂は笑顔を浮かべる。ネギ達の目が泣いた後のように赤くなっているのは気になるが、全員の表情は穏やかなものである。どうやら悪い方向には進まなかったと見て良さそうだ。
「まったく分からないけど、逢襍佗は無事に戻ってきた」
「なら、これからじっくり話を聞けるじゃん」
「…はい、そうですね」
愛穂に麻耶が笑顔を返す。ゆっくりと歩く祐達を迎える為、二人も歩き出した。
「高橋先生、黄泉川先生」
「逢襍佗君」
「よう、逢襍佗」
向かい合い、祐の顔を見て様々な言葉が頭の中に浮かび上がった。言いたいこと、聞きたいことも沢山ある。何から言えば、聞けばいいか頭を悩ませる程に。祐以外が不安そうに双方を見つめる。それに気付いた頃には言うべき言葉が決まっていた。というより、最初から決めていたんだった。もう一歩祐に近づく。
「おかえりなさい、逢襍佗君」
驚いたのか、祐の目が少し見開かれた。だが徐々にその表情は変化する。送られた言葉を噛み締めているように。
「ただいま戻りました」
「ふむ、取り敢えずは一件落着カナ?」
「そうですねぇ、どうなることかと思いましたけど」
物陰に隠れながら祐達を観察をしているのは超と聡美と真名、そして成り行きで共に帰ってきたザスティンだ。
「祐…いい友を持ったな…」
「あの、ハンカチ使います?」
「かたじけない…」
(だから誰なんだこいつは)
また涙を流しているザスティンに聡美がハンカチを渡した。随分と涙脆いのか、その姿は戦闘時とはかけ離れている。格好も地球人としては馴染みがないこともあって不審者感が拭えなかった。ただし到底悪人には見えない。
「しかし、これからのことを考えると中々に頭が痛いな」
「そうネ。いよいよこの星へ明確に牙を向けてくる相手が現れ始めた。それに現状、地球が一致団結しているとはとても言えない」
「一筋縄ではいきませんよね、やっぱり」
祐の退学の件に関しては確かに話は纏まっただろう。それでも問題は山積み、更に今回の一件で目に見えて増えたと言っていい。
「まぁ、あれこれ考えてもしょうがないヨ。目の前のことを地道に一つずつこなしていくしかないネ」
「否定はしないが楽観的すぎるぞ」
「終始真面目だと肩が凝るネ」
「あいつみたいなことを言うな」
超は笑い、視線を祐達に戻す。
彼は捨てることを辞め、手を借りながらそのまま進むことを選択した。それは素晴らしい選択に見える。だがその道は茨の道だ。今より困難の連続になることは想像に難くない。誰よりも、彼自身がそれを知っている。それでも、逢襍佗祐はその道を選んだ。
素晴らしい、実に素晴らしい。それでこそ私が期待する漢だ。
敬愛しよう、貴方の選択を。そして讃えよう、より困難な道を進む意思を。出口の見えない暗闇を照らす希望の光を貴方に感じた、私の心が間違っていなかったと証明してほしい。貴方が要だ、そして鍵だ。いくつもの失敗と破滅の果てに辿り着いた、求めやまない究極の切り札が他ならぬ貴方であってほしいと強く希求する。これはその第一歩なのだ。
(ファースト・インベージョン…突破成功、カ)
学園長室の窓から近右衛門が中庭を覗けば、そこにはネギ達に拘束されつつも、愛穂に無理矢理ヘッドロックを掛けられている祐の姿があった。
「おらっ!これが好きなんだろ!遠慮しないで受け取るじゃん!」
「いでででで‼︎」
近右衛門は愛おしそうにその光景を見つめ、長い髭を撫でる。自分も間近で祐達の顔を見る為に部屋を出ようと扉へ手を掛けた時、振り返って机に視線を向けた。暫し見つめ、何も言わずに学園長室を後にする。
近右衛門が見つめていたものは机の中に隠された資料。そしてその資料の表紙には文字だけが印刷されていた。