Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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なんでもない日


時空管理局内の長い廊下をクロノは少し早い速度で歩く。そうするのも心の中にある焦燥感のせいだろう。地球が謎の生命体に攻撃を受けたとの知らせはこちらにも届いた。詳細な情報はまだないが、少ない情報でも気に掛かることばかりだ。そして何よりクロノが心配しているのはあの青年に関することだった。

 

「クロノさん!」

 

後ろから呼ぶ声に振り向く。そこには自分のよく知る相手、ティアナがいた。彼女も情報を聞いてこちらに来たのだろう、急いだ様子で走ってくる。

 

「ティアナ、その様子だと君も事件の話を聞いたようだな」

 

「はい。というか、今はどこもその話題で持ちきりになってます」

 

「それもそうか」

 

別次元だが何かと関係の深い地球が謎の勢力に攻撃を受けたとあっては情報が広まるのも早くて当然だ。クロノは苦い顔をする。

 

「タイミングが悪過ぎる。ただでさえ彼の問題は慎重に運びたかったというのに」

 

「この件を上層部はなんと?」

 

「そのことで召集を受けた。今から話を聞きにいくところだが…正直いい予感はしない。今回は怪獣事件と同等かそれ以上に多くの目が向けられている」

 

クロノの深刻な様子に視線を落とす。ティアナも予想はしていた。今回の事件は今までとは違い、身内だけで処理することはできない。クロノの言う通り、余りに注目を集めてしまった。

 

「僕達にもこの速度で情報が渡ってきたんだ、ならあちら側の耳に入らない筈がない。隠し通すのも、いよいよ厳しいだろうな」

 

謎に包まれた虹の光、新たな侵略の兆し、そして発案されたあの計画。まるで全てが噛み合って動き出したかのようだ。こうも連鎖的に引き起こっては、嫌でも関連性を感じざるを得ない。本当に、いつだって世界は儘ならないものだ。

 

「今は地球の各勢力が功を焦らないことを祈るばかりだ。いや、それはこちら側にも言えることか…」

 

「…アマタ君」

 

 

 

 

 

 

早朝。登校前の準備をする祐は洗面台で顔を洗うと、前にある鏡で自分の顔を確認した。暫く見つめてから大きなため息をつく。

 

「すっげぇ気が重いな」

 

地球に対し攻撃を仕掛けてきたバッサール軍団を迎え撃ったのが3日前。その日が金曜日だったので土日を挟んで本日は月曜日。即ち休み明けの登校日だ。

 

あの後明日菜達から聞いたが、自分が退学するという噂が学園中に広まっていたらしい。いったいどこのどいつが広めたんだと恨めしく思ったが、実際退学するつもりだったことは真実であり自分がとやかく言う資格がないのも間違いなかった。

 

クラスメイト達にどんな顔をして会おうかと考えると足が重たくなるも、かといって休むわけにはいかない。もう一度ため息をついてからタオルで顔を拭くと、通学鞄を持って玄関へと向かった。

 

「ん?」

 

ドアノブに手を掛けたと同時にチャイムが鳴る。不思議に思いながらゆっくりとドアを開けた。

 

「おっ、ちゃんと支度してるな」

 

「この感じだと、初めから登校するつもりだったみたいだね」

 

チャイムを鳴らした相手はリトと純一だった。制服を着た祐を見てどちらも安心したような表情をしている。

 

「なんだ?どうしたんだよ二人して」

 

「どうしたもこうしたも。見にきたんだよ、祐のこと」

 

「今日はちゃんと来るのかなってね」

 

「…あ〜」

 

ばつが悪い顔で後頭部を掻いた。こう言われると返す言葉がない。無性に申し訳なくなって祐は頭を下げた。

 

「あの〜、なんと申しますか…取り敢えず色々とご心配お掛けしまして…」

 

「本当にな」

 

「困ったもんだよ」

 

(くそ…何も言えん…)

 

呆れた表情も黙って受け入れるしかない。むしろこれだけで済んでいるのはありがたいことだ。幼馴染の優しさやら何やらで目が染みる。

 

「来てくれて嬉しいよ二人とも!そうやって今日は俺を存分に責めればいいさ!楽しいだろ!」

 

「逆ギレしやがったぞこいつ」

 

「なんて捻くれた奴なんだ…」

 

そうは言いつつリトと純一は笑顔を浮かべた。確かに祐がここに居る。普段通りの日常は二人にとって喜ばしいことなのだから。

 

「まぁ、色々言いたいことはあるけど…まずは行こうぜ」

 

「だね。せっかく今日は早く来たんだし」

 

「……リト、純一」

 

登校しようと歩きだす二人の背中に声が掛かる。振り向けば先程とは打って変わって真剣な表情の祐が見えた。

 

「本当にごめん。それと、ありがとう」

 

リトと純一は一度顔を見合わせる。するとどちらも何も言わずに祐に近付き、その肩に手を回して横一列に並んだ。

 

「謝ったから許してやる」

 

「お返しは期待してるよ」

 

「ああ、マジで…少しずつ返していくよ、時間掛かると思うけど」

 

祐の手がそれぞれの肩に乗せられる。より強く肩を組んだ二人がこのままで少し歩こうと思っていると、突然腰に手を回された。

 

「「え?」」

 

「まず手始めに楽しませてやるよ!」

 

片腕でそれぞれリトと純一を持ち上げた祐はその場で高速回転を始める。洒落にならない速度に二人は顔を青くした。

 

「おい!やめろ馬鹿!」

 

「出る!口から何か出る!」

 

「途中降車は出来かねます」

 

「お前の匙加減一つだろ!」

 

微笑ましいと言っていいのか分からない光景が繰り広げられる早朝。そこに更に数名が近づいて来ていた。祐の元に向かっていたのは二人だけではなかったのだ。

 

「あれ?もうどなたかいらっしゃいますね」

 

「朝から何やってんだか…」

 

こちらに気が付いていない祐達を見ながら歩いているのはネギ・明日菜・木乃香・あやか・刹那の5人だ。来た理由は現在祐に振り回されている二人と同様だが、僅かに一歩遅れる形となった。

 

「あれは…皆さんの幼馴染の方でしたよね」

 

「うん、うちの男連中ね」

 

「あ〜ん!また先越されてもうた〜!」

 

麻帆良祭前夜の時と同じく、一番に来れなかったことが木乃香は悔しそうだ。それを受けてあやかが明日菜に視線を送る。

 

「どこかの誰かさんが二度寝をしたせいですわね」

 

「うるさいわね!あんたと違って私は暇じゃないから疲れてんのよ!」

 

「まぁ、嫌ですわ!自分の非を認めずに癇癪を起こすなんて!」

 

「何よ!あんたもあんな感じで振り回してやろうか!」

 

「やってごらんなさい!この野蛮ゴリラ!」

 

「誰が野蛮ゴリラだ!」

 

「ああ!お二人とも落ち着いてください!」

 

急に騒がしくなったことでネギ達に気が付いた祐が動きを止めてそちらを確認する。現在は掴み合っている明日菜とあやかを周りが止めようとしているところだった。

 

「朝っぱらから何やってんだあいつら?」

 

「お前が言うな…」

 

「あと下ろしてください…」

 

首を傾げる祐に抱えられた具合の悪そうなリトと純一。依然取っ組み合いを続ける明日菜、あやかを宥めるネギ達。なんとも混沌とした登校前だった。

 

 

 

 

 

 

「というわけで被告人逢襍佗祐はクラスメイトのみならず、多くの人達に心配を掛けたことは明白であると断言できます」

 

「間違いねぇ!」

 

「意義なし!」

 

「この不良生徒めが!」

 

幼馴染達によって気が重かった登校を無事にこなすことができた祐であったが、ここにきて新たな困難に直面していた。

 

まず教室に入った祐を見たクラスメイトは一瞬で彼を包囲し、質問の嵐を浴びせてきた。その内容は無論祐の退学に関してのことだ。心配を掛けたことを申し訳ないと謝罪しつつ、辞めることはないと説明した。結果祐が退学はしないと分かり、クラスメイト達は笑顔を浮かべる。しかしそれも束の間、主に男子がいつぞやの時と同じく机や椅子を移動させ、室内を裁判所のような構成へと変化させた。そしてあれよあれよという間に学級裁判が開かれる。

 

現在はすっかり検察官の立場がお決まりになった楓が罪状を読み上げ、傍聴席のクラスメイト達が同意しているところであった。

 

「よし、では有罪」

 

「お待ちください裁判長!一方的過ぎます!私目の言い分も聞いていただきたい!」

 

「……」

 

「裁判長‼︎」

 

相変わらず裁判長の鐘は祐の意見を完全に無視している。各人物の役割は基本以前と変わらないが、唯一違うところがあった。それは今回祐に弁護士が付いていないことである。頼みの綱であった詞には弁護を丁寧に断られ、孤立無援の状況に立たされてしまったのだ。それに加えて不公平な裁判長とどうやら敵寄りの民衆(クラスメイト)に囲まれたとなれば敗訴が濃厚だが諦めるわけにはいかない。こんな裁判がまかり通る世の中にしてはならないのだ。

 

「こんな魔女裁判認められるか!そもそも僕は学園を辞めるなんて君達に一言も言ってないぞ!」

 

「じゃあ退学するって噂は真っ赤な嘘だったってことか?」

 

「それはぁ〜…あれですよぉ…」

 

「嘘じゃないだろその反応は!」

 

楓に指摘されて祐は焦る。相変わらずここぞの時に襤褸を出すのは健在であった。早く治したほうがいい。

 

「違う!今のは便意を感じて反応が鈍っただけだ!」

 

「下品だぞ!」

 

「生理現象に品もクソもあるか!クソだけに!」

 

「しょうもなっ⁉︎」

 

「そもそも色々あったんだよこっちは!でも最終的には辞めないことになったの!お前らもまた俺に会えて嬉しいだろ!ほら泣け!今ここで咽び泣いてみせろ!」

 

「こいつやべぇ奴だな」

 

勢い任せの力技で時間を稼ぐが事態は好転しない。こうなれば仕方がないと、周囲を見回してこんな状況でも仲間になってくれる可能性がありそうな相手を探す。そうしてふと目に入った由紀香へと祐は滑り込んで近づくと、膝立ちで両手を握った。

 

「ひゃっ!」

 

「三枝さん!頼む、僕を助けてくれ!」

 

「なんと情けない姿だ、流石に涙を禁じ得ない」

 

(あの悪徳裁判長め…いつか見てろよ…)

 

由紀香に縋る祐を見て鐘がハンカチで目元を拭った。ただし涙は流れていないし、無表情のままである。思うところは多分にあるが、下手なことを言うと有罪にされるので心の中で呟いた。

 

「貴女は優しい人の筈だ!どうかこの哀れな男に慈悲をください!ついでに養ってください!」

 

「図々しいなあの被告人」

 

「え、え〜っと…」

 

困った顔の由紀香だったが、こうも頼まれては無碍にできない。彼女は祐の言った通り優しいのだ。由紀香は少し屈んで高さを合わせると、口元に手を添えて祐の耳に寄った。

 

「あのね、多分だけどみんな逢襍佗君といつもみたいに話せて喜んでるだけだと思うよ」

 

「え?喜んでる?」

 

そう告げた由紀香に祐は首を傾げると由紀香は笑顔で頷く。

 

「うん、みんな逢襍佗君のこと心配してたから。もちろん私もだし、蒔ちゃんと鐘ちゃんも。辞めるわけじゃないって分かってみんな嬉しいんだよ、きっと。だからもうちょっと付き合ってあげて」

 

「…そっか」

 

頭を掻いた祐は立ち上がると法廷に戻る。不思議そうに楓がそれを見つめていると、祐は頭を下げた。

 

「え〜…確かに私逢襍佗祐は、皆様に余計な心配を掛けてしまいました。それは素直に謝罪したいと思います」

 

「それと、みんなありがとう。こんな奴のこと、愛想をつかさずに心配してくれて」

 

「教員だけじゃなく、友人にも恵まれました。俺は幸せ者です」

 

言い終えて顔を上げるとあれだけ騒がしかった教室が静まり返る。祐の真面目な謝罪を周りも真剣に受け取ったのだ。しかしこんな空気はB組らしくない、真面目にやるのはここまでにしよう。

 

「なので、今から感謝の気持ちを込めて愛の抱擁をしていきたいと思います」

 

『???』

 

B組全員の頭に上記のマークが浮かんだ。そんな周りの反応を気にせず、祐は歩き出すと傍聴席の最前列にいた薫の正面にやってくる。

 

「え…な、なに?」

 

「失礼いたします」

 

一言告げるとあろうことか祐は薫を抱きしめる。一瞬時が止まるが、みるみる顔を赤くした薫の悲鳴がこだました。

 

「キャーーー‼︎何してんのよあんた!」

 

「ですからこうして私の愛をですね」

 

「そんなのいらないから離しなさい!」

 

突然のことについていけず、呆気に取られていた周囲も我に帰ると急いで祐に掴みかかった。

 

「何やってんだお前!」

 

「許せない!本当に許せない!」

 

「引き剥がせ!今すぐ!」

 

薫から祐を離そうと無数の手が祐を引っ張るが、祐はその場から少しも動かない。恐るべき体幹を遺憾なく発揮し、周囲を驚愕させた。

 

「な、なんて強靭なフィジカルなんだ⁉︎」

 

「まさに動かぬこと山の如し!」

 

「こんな素晴らしいものを持っているのが、よりにもよってこんなしょうもない人間とは…」

 

「かつてこれ程までの宝の持ち腐れがあっただろうか」

 

「いや、ない」

 

「お前ら人のことなんだと思ってんだ」

 

「くだらないこと言ってないで早く解放してくんない⁉︎」

 

そんな騒がしいB組の声は隣のA組にもしっかり聞こえていた。先日とは打って変わった賑やかな雰囲気に彼女達の表情も明るい。

 

「ようやくいつも通りって感じ」

 

「ほんと。ここ最近な〜んか息苦しかったからね」

 

「逢襍佗君、戻ってきて良かったね!」

 

こちらも普段通りに戻った桜子が笑顔で明日菜と木乃香に顔を寄せる。それを受けた二人も同じように笑った。

 

「うん、ホンマ良かった」

 

「世話の掛かるヤツよまったく」

 

「またまたそんなこと言って〜、随分嬉しそうな顔しちゃってんじゃないのよ」

 

「今朝だって仲良く一緒に登校してたしね〜」

 

「あ、あれはちゃんと来るつもりがあるのか気になっただけで」

 

美砂と円に揶揄われるように言われて明日菜は顔を赤くした。いじり甲斐のある反応が微笑ましく二人は笑う。しかしそんな周りに反して明日菜を恨めしそうな目で見ている者もいた。

 

「「抜けがけ〜抜けがけ〜明日菜は裏切り者〜」」

 

「ちょっとそこ!変なの歌うな!」

 

教室の後ろでおかしな歌を披露したのはハルナと和美だ。今朝明日菜達が祐と一緒に登校しているのを見つけ、仲間外れにされたと拗ねている。そんな二人の横にいるさよは苦笑していた。

 

「除け者にしておいて何よ!」

 

「君にはがっかりだ!」

 

「そんなつもりじゃないってば!てかそもそも私だけに言うのはおかしいでしょ!」

 

「それもそうね。お前もだこの裏切り者!」

 

「こ、こっちに来た⁉︎」

 

自分の席で気配を消していた刹那に和美が迫る。まさか明日菜達を通り越してこちらに矛先が向けられるとは思わず刹那は驚愕した。

 

「乙女の怒りを思い知れ!」

 

「いたたたた!」

 

慣れた動作で流れるように刹那へコブラツイストをかける和美。ならばこちらはとハルナは木乃香に魔の手を伸ばす。逃げ出すのが一足遅く、木乃香はハルナに捕まってしまった。

 

「この!このっ!かわいい顔して強かな女め!」

 

「や〜ん!脱がさんといて〜!」

 

「あんたはなんですぐ脱がそうとすんのよ!」

 

「ハ、ハルナ…落ち着いて…」

 

「今日は一段と荒れてますね…」

 

ハルナの暴走を見かねたのどかと夕映も明日菜に加勢する。ハルナが取り押さえられている中、一人難を逃れたあやかはこのまま我関せずでやり過ごそうと考えていた。

 

「あらあやか、いけないわ。自分だけ助かろうなんて」

 

「えっ⁉︎な、何を仰っているのですか千鶴さん…」

 

「みんな〜、ここにも一人裏切り者がいるわよ〜」

 

「千鶴さん⁉︎」

 

大きな声で手を振り、クラスメイトに呼び掛ける千鶴。和美やハルナが何に怒っているのかなどまったく分からないが、そんなことはA組生徒には関係ない。大切なのは自分達も騒げるきっかけを得たということだ。

 

「なんだと!」

 

「これは許せんなぁ!」

 

「うお〜!いいんちょ!うお〜!」

 

砂糖に群がる蟻のように雪崩れ込んでくるクラスメイトに恐怖を感じ、あやかはその場から駆け出した。いつも通りというか、いつも以上に騒がしい教室内で桜子は腕を組む。

 

「これはみんなに心配を掛けた逢襍佗君にも責任を取ってもらわないといけませんな!」

 

「椎名、それなら丁度今日の昼食を祐にご馳走になろうと思っていたところだ。お前も来るか?」

 

珍しく話しかけてきた真名に若干驚きつつ、その内容に桜子は目を輝かせた。

 

「ほんと⁉︎いくいく!みんなも行くよね!」

 

『いく〜!』

 

 

 

 

 

 

廊下にも響くA・B組の声にそれぞれの教室へと向かっていたネギ・タカミチが苦笑いを浮かべ、麻耶は大きなため息をついた。

 

「はぁ…元通りになったのはいいけど…」

 

「ここ数日の反動が一気にきた感じですね…」

 

「でも、やっぱりこっちの方がいいですよ」

 

二人がネギを見る。その顔は明るく、憑き物が落ちたように晴れやかだった。そんな表情に釣られたのか、タカミチと麻耶も笑顔を浮かべる。

 

「確かに、暗いよりはよっぽどいいね」

 

「明る過ぎな気もしますけど」

 

話をしていると教室に着いた麻耶は立ち止まり、二人と会釈を交わしてからドアに手をかけた。そこでふとガラス越しに教室内を覗く。そこから見えたのはクラスメイト達に祐が転がされている光景だった。

 

「諦めるわけにはいかない!せめて、せめて天海さんを抱き締めるまでは…!」

 

「お前は今、最も犯してはならない禁忌を犯そうとしている!」

 

「棚町で妥協しろ祐!」

 

「おい、妥協ってどういう意味だ」

 

「頼む!蒔寺で我慢してくれないか!」

 

「しばくぞテメェ」

 

「あ、あの〜…ぎゅってするくらいなら私は別に…」

 

「血迷ったか春香!そんなことしたら汚されるぞ!」

 

もう一度ため息をつくが、その顔はどこか嬉しそうに見える。本日は賑やかな1日となりそうだ。まず手始めに生徒達を鎮めるところから始めるとしよう、まったくもってやり甲斐のある仕事だ。

 

 

 

 

 

 

「いや、これはおかしい」

 

そしてやってきた昼休み。祐は珍しく食堂に来ていた。というのも先程真名に捕まり、仕事の報酬を払えと連れてこられたのだ。仕事とは間違いなく先日の戦いの件だろう。確かに助かったがその仕事の雇い主は自分ではないと至極真っ当な意見を述べる。しかし真名からは「そうか、今日私はハンバーグの気分だ」と返ってきた。同じ言語を使用している筈なのに、何故か話がまるで通じていない。

 

ただあの時世話になったことは事実なので一食ぐらい奢ってやろうと思った矢先、到着した食堂には既にA組の大半が集まっていた。途轍もなく嫌な予感がする。

 

「私達も心配していたのですから、何か見返りがあってもいいのではないでしょうか」

 

「丁寧な言葉遣いしたところでその卑しさは隠せんぞ」

 

本日の学食が記載されたメニューを両手で持ちつつ話す美砂に祐の冷たい視線が突き刺さる。しかし本人はどこ吹く風といった様子だ。

 

「逢襍佗君、私愛には愛を持って返すべきだと思うの」

 

「その意見には概ね同意するけど、いつ貴女から愛をもらったというのか」

 

「なんて酷い発言!私の愛が分からないの!」

 

「少なくとも俺には伝わってない、なら無いのと一緒だ!愛は相手に伝わって初めて形になる!言葉にして伝えてみろよ!貴女の愛を!」

 

「逢襍佗君!愛してる!」

 

「言葉だけで信じられるか!」

 

「じゃあ言わせんな!」

 

美砂は横にいた円にメニューを手渡すと祐に詰め寄る。受け取った円はそちらに参加することなくメニューに目を通し始めた。

 

「あまりに軽い言葉だ!軽すぎて飛んでいってしまうわ!」

 

「よりにもよって私に愛が軽いと言うなんて!この愛の化身たる柿崎美砂に!」

 

「何が愛の化身だ!インドの山奥で修行でもしたのか!」

 

「どういう意味?」

 

「知らんよ…」

 

まき絵の質問に亜子は当然答えられなかった。そして周りを置いてきぼりにして2人はヒートアップしている。

 

「そもそも本当に愛ってんなら見返りなんか求めんじゃないよ!愛とは無性なもんだろ!」

 

「笑わせないで!無償の愛なんて幻よ!」

 

「真実の愛とはそういうもんだ!……そうか、柿崎さんはあの男から偽りの愛を向けられてしまったせいでそんな考えになってしまったんだな…」

 

「クソッタレーー‼︎」

 

「いてぇ⁉︎こいつ言い返せないからって暴力振りやがった!」

 

美砂の拳を受けた肩を摩りながら祐は後退して近くにいた刹那の背中に隠れる。小柄な刹那に守ってもらおうと縮こまっている姿は実に情けない。

 

「か、かっこ悪い…」

 

「それでいいのか逢襍佗君!」

 

「やかましい!文句があるならかかってきやがれ!」

 

「せめて隠れずに言ってもらえませんか…」

 

背中からの声に刹那は呆れた表情を浮かべる。言葉だけは勇ましいが、少女を盾にした状態で言っても惨めさが増すだけだ。有事の際の祐を知っている刹那からすれば、今自分の後ろにいる青年がそれと同一人物とは到底思えなかった。

 

「関係ないですが、桜咲さんは凄くいい匂いがしますね」

 

祐が呟いた瞬間、戦闘時もかくやと思える速度で刹那がその場から飛び退き急いで木乃香の背中に隠れる。盾を失った祐は再び無防備となった。

 

「褒めたのにいったい何がいけない」

 

「今の発言はマジでキモい」

 

「逢襍佗君土下座した方がいいよ」

 

「もう訴えよう刹那さん。大丈夫、私達が証人だから」

 

「犯罪者は然るべき場所に隔離するべきですわ」

 

「一致団結しやがってクソがよ」

 

総バッシングを受けても祐はこの状況が不服らしい。まだまだ続きそうな小競り合いだったが、食堂で働く中年の女性が食券の受け取り口から声を掛けた。

 

「あんたらいつまでも喋ってないで注文するなら早くしな!昼休み終わるよ!」

 

『すみません』

 

 

 

 

 

 

結局以前祐が参加したとある賭け事で大量に儲けた食券を使い、予め昼食を用意していた者以外に奢る形となった。手に入れたはいいものの、常に同じ食事しか取らない祐にとっては宝の持ち腐れだったので手放す良いきっかけではある。実のところ彼女達は奢ってもらうつもりなどなく祐と話にきた者が大半だったのだが、くれると言うなら貰おうと特に遠慮はせずご馳走になることにしたようだ。各々が食事を開始する中、風香が思い出したように話し始めた。

 

「そう言えばさ、先週の金曜日のやつなんだけど」

 

「金曜日のやつって…街が襲われた話?」

 

「そう、それ」

 

学園全体が休校となり、その原因となった正体不明の生命体による無差別攻撃は当然彼女達も周知している。そして、他の生徒以上に無視できない理由もあった。当事者でもある明日菜達は一瞬ひやりとしたものを感じる。ただ横目で祐を見ても、彼はまるで気にした様子もなく注文した炒飯を味わっていた。

 

「やっぱりあれも虹の人がなんとかしてくれたっぽいよね」

 

「目撃情報があったんでしょ?虹の光を見たって言うなら…まぁ、間違いなくあの人でしょうね」

 

風香と円が話していると、裕奈は何かを考えているような様子だ。それに気付いたアキラ・まき絵・亜子が裕奈の顔を覗く。

 

「裕奈」

 

「やっぱり気になるよね」

 

「そりゃね。直接じゃないけど、また助けてもらったようなもんだし」

 

「被害出たんはここからそんな遠くない場所やから…もしかすると、こっちまで来てたかもしれんよね」

 

「うわ、そう考えると鳥肌立ってきた」

 

「今回は虹の人1人じゃなくて、何人かいたって話もあったわね」

 

「てことは…あの人にも仲間がいるってこと?」

 

「多分そうなんじゃない?」

 

話を聞いていたクラスメイトも会話に参加し始める。別に後ろめたいことなどないのだが、どうにも明日菜は居心地が悪かった。親しい相手に対して秘密を抱えているというのも、中々に気苦労が絶えないものなのかと知る。そんなことを考えていると袖が優しく引かれた。相手を確認すると引いていたのは裕奈だ。

 

「あの人の仲間って、もしかしてマーリンさんとかなのかな?」

 

「…あ〜、うん。その可能性はあるかも…」

 

咄嗟のことで歯切れの悪い反応しか返せなかった。だが裕奈は特に気にしていないようだ。元々明日菜は嘘や隠し事が得意ではない。しかし自分達が原因で祐の秘密が広まるのだけは、なんとしても阻止すべきことだ。こういった類は苦手中の苦手だが、多少なりとも慣れておかなければならないだろう。祐も勿論だが、彼との深い関係性を一切感じさせなかったエヴァも恐らく得意な気がする。少し彼女に相談するべきかもしれない。

 

会話が続く中、夏美がなんとなく祐を見た。相変わらず会話に参加することなく食事を続けており、邪魔をして申し訳ないとは思いつつもつい話しかけてしまった。

 

「ねぇ、逢襍佗君はどう思う?虹の人のこと」

 

「ん?」

 

手を止め、夏美に目を向ける祐。秘密を知る者達にのみ緊張が走った。周りも夏美の質問が聞こえたのか、そちらに視線が集中する。

 

「どうって、特にないけど」

 

その回答に大半のクラスメイトが椅子から落ちそうになった。何かを期待していたわけではないが、もう少しあってもいいだろう。

 

「それだけ⁉︎」

 

「いや、だって…みんなを助けてくれたらしいし感謝はしてるけど、俺は直接会ったわけでもないから。みんなの方がよっぽど関わりあるでしょ?」

 

「ま、まぁそうなんだけど」

 

「寧ろみんなはどう思ったの?その虹の人」

 

「かっこよかった!」

 

今度は祐が質問をすると、いの一番に手を上げた風香が答えた。実にシンプルな回答である。

 

「凄かったな〜、空から虹色の光が降ってきてさ!そこから出てきて後はもう、ドカーン!ズドドドド!って感じ!」

 

「凄そう」

 

「それじゃ伝わらないよお姉ちゃん…」

 

抽象的すぎる説明に祐はそう答えるしかなかった。そこから風香の影響であの時のことを全員が思い返して語り始める。

 

「クールな雰囲気だったよ。無口でいかにも冷静って感じ」

 

「シャイなんじゃね?」

 

「いや、分かんないけど…」

 

「みんなを助けてくれたし、優しい人だと思う」

 

「俺だって優しいけど!」

 

「そ、そうだね…」

 

「あれは間違いなく強者アルヨ、手合わせしてみたいアル」

 

「俺だって強いし!」

 

「謎の張り合いやめるアル」

 

何一つ違和感なく、祐は真実を知らない彼女達と虹の光を放つ男の話を続ける。まるで本当に他人事のような口振りは見事なものだった。知っている者からすればなんとも言えない気分になる。

 

「あとね〜イケメンだった!」

 

「顔見たの?」

 

「ううん、でも多分イケメンだよ」

 

「ただの願望じゃねぇか」

 

「いや!私の勘が言ってるの!きっとあの人はイケメンだって!」

 

祐に呆れた視線を送られても桜子は譲る気がないようだ。どこからこの自信が湧いてくるのか心底謎である。

 

「顔見てねぇなら分かんないだろ!ブサイクだったらどうすんだ!勝手に期待されてガッカリさせるとかその人が可哀想だと思わんのか!寧ろ頼む、ブサイクであってくれ!」

 

「こら!あの人のこと悪く言っちゃだめっ!」

 

「なんだ明石さん!貴様もイケメン派か!精々顔見た時にガッカリしないことだな!」

 

「イケメンかどうかは関係ないよ!私達の恩人なんだから!」

 

「そんなこと言ってイケメンだったらなぁとか考えてんだろ!」

 

「……そんなことないし?」

 

「その間はなんだ!」

 

「というか逢襍佗君、さっきから何をそんなにムキになってんの」

 

「俺以外の男が女性に良く言われてるのが気に食わない」

 

「びっくりするくらい理由がダサい」

 

「気に食わないんだなも」

 

「だなもってなんだ」

 

それからも特に実りのない会話が続く。くだらないと思いつつも、今も話し続ける祐達を見て明日菜は無意識に微笑んでいた。

 

騒がしくて大切な日常が、なんでもない日が戻ってきたと実感できたから。

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