「さて、そろそろ冬休み。そして24日はクリスマスパーティーだ」
一年B組の教室の端で正吉が話している相手は祐・純一・ケン・マサの四人である。その場はにぎやかな雰囲気ではなく、祐を除いた全員が深刻な表情を浮かべていた。
「諸君らも知っているとは思うが、クリスマスってのは独り身には大変厳しい日でもある」
「何せ恋人達の日、なんて言われているからな」
「俺達には縁がない日だってまざまざと見せつけられる。世知辛い話だぜ…」
「人によって幸せの落差が生まれる日なんて、僕は悲しいよ」
「わかるわかる」
各々がクリスマスに対する心境を語り出すと、その全てが好い印象ではなかった。一人に関しては適当に相槌を打っているだけであるが純一達は流す。彼らの気持ちを痛い程理解している正吉は何度も強く頷いた。
「ああ、分かる。よく分かるぞ同志達よ。だからこそお前達を呼んだんだ」
「「「というと?」」」
皆の視線が正吉に集中する。それを受け、彼は重い口を開いた。
「このままいけば俺達は去年のように男連中のみで過ごすことになる。男の友情が尊いものなのは疑いようがない。だがそれとこれとは話が別だ」
「わかるわかる」
「ではどうするというんだ?」
「今年は攻めるんだ。クリスマスパーティーに向けて女子へ声を掛け、共に参加する為に」
「「「なっ⁉︎」」」
正吉の提案に純一達は驚きの声をあげる。それは渡るにはあまりに危険な橋だった。
「正気か梅原!」
「そんな難易度の高いことを…俺達にやれって言うのか⁉︎」
「む、無理だ…出来るわけがない…」
「馬鹿野郎!」
「アウチッ!」
既に及び腰な友に正吉は喝を入れる。全員を代表してケンがビンタされた。
「簡単でないことなど百も承知だ!しかし!虎穴に入らずんば虎子を得ず!恐れているだけでは何も得られない!俺達は一歩を踏み出すべきなんだよ!」
「それはそうかもしれんが…」
「まぁ聞け、何も一対一でパーティーに参加するとは言ってない。俺達四人、そして相手も数人の大人数で参加しようと誘うんだ。そうすればハードルは極端に下がると思われる」
「成程…」
「でも声を掛けることが高難易度なことに変わりはないような」
「そこはコラテラルダメージというやつだ」
「使い方あってるか?」
「細かいことは気にするな」
「コラテラル〜エレキテル〜。メカニカル、アリエル」
「こいつは何言ってんだ…」
「多分思いついたことを言っただけだ」
「ジョ○マンかな?」
祐に話の腰を折られたので、正吉は咳払いをして気を取り直す。ここからが肝心だ。彼らは大きく揺らいでいる、決めるにはここをしっかり押さえなければならない。
「勇気がいるのは間違いない、それでも俺はやるぞ。その価値はきっとある。…だが俺一人では無理だ。同志達よ、どうかお前達の力を俺に貸してくれ」
頭を下げる正吉に純一達は顔を見合わせた。正直に言うと臆している。だが正吉の言葉に心を動かされかけているのも事実であった。散々寂しいクリスマスを送ってきたのだ、ここは恥を忍んで動き出すべきではないだろうか。まだ自分達は大抵の失敗を若さ故の過ちと笑って流せる年齢だ。ならば、今しかない。
「分かったよ梅原。僕も覚悟を決めた」
「橘…」
「こうまで言われたらな、男を見せる時か」
「マサ…」
「偶には熱くなってみるのも悪くない」
「ケン…」
「玉子焼きは甘い方が好きだ」
「聞いてねぇよ」
祐に呆れた視線は送ったが、友人達がその気になってくれたことに正吉は感激した。
「恩に着るぞみんな。さぁ、善は急げだ!早速取り掛かろうぜ!」
「…とは言えだ梅原、何か当てはあるのか?」
「……」
(((あっ…)))
その無言で純一達は正吉の無計画さを悟る。これからどう話を切り出そうかと全員が悩む中、今までふざけていた祐が口を開いた。
「予定が入ってなかったら薫は付き合ってくれるんじゃない?」
「棚町か、確かにノリがいいし…じゃあ祐、頼んだ」
「いきなり人任せとは、発起人として恥ずかしくないのかね?ん?」
「俺はあくまで最も効率的且つ成功率の高い方法を選んだにすぎない」
「小賢しい言葉を並べおってからに」
そこで気付いたが、周りを見れば正吉だけでなく純一達からも期待の眼差しを向けられていた。他力本願ここに極まれりである。
「お前らもかよ!さっきの威勢はどこ行ったんだ!」
「「「我々はあくまで最も効率的且つ」」」
「もういいわ!」
今度は祐が呆れつつ、言い出した責任もあるので不満は抱きながら薫の元へ向かった。どうやら薫は春香と恵子の三人で雑談しているようだ。祐は会話がひと段落したタイミングを見計らって声を掛ける。
「薫、ちょっといい?」
「ん?なに?」
振り向いた薫も含めた三人の視線が祐に向けられる。それを特に気にした様子もなく祐は続きを話し始めた。
「24日なんだけど、何か用事とかある?」
ポカンとした表情を浮かべる薫達。その中でいち早く我に返った薫は揶揄うように笑った。
「ちょっと何よ〜、もしかしてクリスマスのお誘い?」
「まぁ、そうだね」
祐の回答に三人は再びポカンとした表情になった。しかし先程とは違い、薫の表情は徐々に信じられないといったものに変化していく。
「え…マ、マジ?」
「うん、俺今年は学園のクリスマスパーティーに行こうと思ってるんだ。正吉達と行くから、薫もよかったら一緒に行こうよ」
「…あ、そういう感じね」
先程まではうるさいくらいに跳ねていた心臓は既に正常に戻っていた。私の驚きを返せといった目で祐を見るが、そもそもこの男がそういった行動をとるわけないかとため息を漏らす。
「まぁ、まだバイトも入れてなかったし別にいいけどさ〜」
「そりゃありがたい、じゃあ当日はよろしくね薫。俺は行くの初めてだから色々教えてくれ」
何処か不貞腐れたような表情に気が付いていないのか、祐は薫が参加してくれることに嬉しそうな顔をしている。その表情に薫は改めてため息を漏らしてから仕方なさそうに笑った。
「当日はなんか奢りなさいよね」
「付き合ってもらうんだからそれくらいはお安い御用だ。腹パンパンにして家に帰してやる」
「そこまでは求めてないわよ…」
「あ、そう?というわけで、天海さん田中さん。お二人も如何でしょうか?」
「「えっ、私も?」」
「ほんと、あんたってそういう奴よね」
「ありがとう、オリゴ糖」
「褒めてない。あとそれふる」
「薫!それ以上は言うな!」
少し離れた場所から動向を窺っていた正吉達はとんとん拍子に予定を進めていく祐の手腕に感心しつつ、薫だけでなく恵子と春香も参加してくれることに喜びから拳を握った。
「やはり祐に任せて正解だったぜ」
「ああいうところだけは見習ってもいいかもな」
「他は見習いたくはないが」
「確かに」
「お前ら聞こえてるぞ」
話が纏まったのか祐が薫達を連れて戻ってくる。彼女達が加わったことで、男子しかいなかったこの場の雰囲気が一気に変わるのはなんとも不思議なものだ。
「おら雑兵共、俺達なんかに付き合ってくれる心優しき女性陣に頭を垂れろ」
「「「「ありがとうございます」」」」
打ち合わせをしていたかのように見事に揃ったお辞儀を披露する四人。薫達は反応に困った。
「三人が引いてるだろ!とっとと頭を上げろ!」
「あんたがやらせたんでしょうが」
薫のツッコミを合図に頭を上げた正吉達が批難の目で祐を射抜くが、祐は煽るような表情を返した。それが更に彼らの火に油を注いだのは明白である。しかしせっかく女子が参加してくれることになった手前、下手なことはしたくないのでここはぐっと堪えた。
そんな一連の流れを密かに観察していたB組男子は緊張感に包まれている。あんないい思いを奴らだけに味合わせるわけにはいかない。なんとかして自分もその輪に加わろうとするも、互いが互いを牽制して膠着状態が続いていた。犬も食わない醜い争いが密かに繰り広げられている。
「みんな!よかったら僕も入れてよ!」
「マル○メ貴様!」
「抜けがけしようとしたってそうはいくかよ!」
一足先に動いたマル○メであったがその行為が他の男性陣の逆鱗に触れ、ラグビー試合もかくやと言わんばかりのタックルで阻止された。こうなるともう動くしかなく、戦いの火蓋は切って落とされた。
「俺も予定がないんだ!どうか…どうか俺も仲間に入れてくれ!」
「いや!俺の方が寂しいクリスマスを過ごしてきた!俺こそが相応しい!」
「てめぇは今年も一人涙で枕を濡らしてろ!」
「言ったな…!言ったな‼︎」
暴徒と化した男子生徒がその場で大乱闘を始める。この争いはどちらかが倒れるまで終わらないだろう。
「まずいぞ梅原!」
「このままでは俺達のクリスマスがその他大勢のクリスマスになってしまう!」
「…ケン、それどういう意味?」
「そこは置いとけ大将!せっかくのチャンスなんだ!奴らに譲ってたまるかよ!いくぞみんな!」
「「「おう!」」」
正吉達も戦闘に参加するとB組男子達による骨肉の争いが繰り広げられた。女子はそそくさと教室から退避し、祐もしれっとそれに続く。廊下から教室の様子をスマートフォンで収める祐に呆れながら薫が隣に立った。
「これどうすんの?」
「この感じだと俺らだけでってのは難しそうだし、薫達が嫌じゃなかったら行ける人全員で行くのが平和的だろうね」
「私は別にそれでもいいけど」
そう答えながら薫は恵子と春香に視線を送る。受けた二人は顔を見合わせた。
「私も大丈夫だよ。春香ちゃんは?」
「うん!問題なし!あっ、なら他の人も誘っていい?」
「どうぞどうぞ」
祐の承諾をとれたので、春香は廊下にいるB組の友人達に声を掛け始める。春香からの誘いということもあり、順調に参加人数が増えていった。
「なんか結局クラスの大半が来そうね」
「俺は楽しく過ごせるなら大歓迎だ」
言葉通り祐はなんの不満もなさそうであり、寧ろ楽しそうだ。そこでふと薫は気になることができた。
「そういえばアンタ、A組の子とか誘わないの?明日菜とかさ」
「え?あ〜、そうだなぁ…」
「何よ?はっきりしないわね」
腕を組んで悩み始める姿を不思議そうに見ていると、答えが出たのかこちらを向いた祐と目があう。
「やめとくよ。あの子達を誘ったら多方面に角が立ちそうだ」
祐の言ったことがよく分からず、薫は首を傾げた。
もうすぐホームルームの時間になる。今も争っている男子達に麻耶の雷が落ちるまで、それほど猶予はないだろう。
授業の合間である休み時間。次の授業に向けて教員達が忙しなく動く職員室で麻耶は自分の肩を揉んだ。
「よう高橋先生、早くもお疲れ気味じゃん」
肩を優しく叩かれて振り返ればそこには愛穂の姿があった。気の抜けた姿を見せてしまったと、恥ずかしさから少し顔が赤くなる。
「あっ、黄泉川先生」
「なんか今朝はB組が賑やかだったらしいじゃん。また逢襍佗か?」
愛穂はどこか楽しそうな表情で聞いてくる。あの一件から麻耶と愛穂は今まで以上に会話することが増えた。今日はこんなことがあった等の話もするのだが、その時の愛穂は決まって羨ましそうな反応をする。彼女は問題児や手の掛かる生徒が特に好きだと噂程度には聞いていた。正直麻耶としてはあまり理解できない部分である。
「今回は珍しく逢襍佗君は参加してませんでした。クリスマスパーティーのことで男の子達がはしゃいでたみたいです」
「あー、もうそんな季節か」
麻帆良学園の恒例行事の一つであるクリスマスパーティーは、24日という冬休み期間にも関わらず多くの生徒達で賑わう。学園主催ではあるがお祭り好きの生徒達も自主的に様々なイベントや屋台を企画し、学園側の許可を得られれば実行する形を取っていた。
「今年もみんな張り切ってるみたいですよ。ほんの数ヶ月前に麻帆良祭があったというのに、みんな若いですねぇ」
「月詠先生、なんや年寄りくさいで」
「誰が年寄りですか!私はまだぴちぴちですよ!」
(ぴちぴちって…)
話を聞いていたのか麻耶の向かいの席に座る小萌とななこも会話に参加する。苦笑いを浮かべつつ、麻耶は小萌の言うことも分かる気がした。
「そういえば…ネギ先生はクリスマスパーティー始めてじゃん?」
「え?」
自分の席で授業に使うプリントを整理していたネギが愛穂の声に反応して顔を上げる。机の上でうたた寝をしていたカモも、クリスマスパーティーという言葉に反応して目を覚ましたようだ。
「あれ?ネギ先生って去年の九月には麻帆良に来られてましたよね?」
「あ、はい。ぜひ参加したかったんですけど、帰省との兼ね合いで予定が合わなくて」
「ああ、ご出身はイギリスですもんね。簡単に行き来できる場所じゃないか」
「今年はどないしはるんですか?」
「日本で過ごすつもりです。ですからクリスマスパーティーにも参加させてもらおうかなって」
去年の様子は明日菜達から写真を見せてもらっていたので、楽しそうな雰囲気と異国である日本のクリスマスに興味を持っていた。実家に帰るのは春頃にでもと予定を立て、今年はネギにとって初の日本での年越しとなる。
「ほうほう。ところでネギ先生、一緒に行く相手はおるんか?」
「そうですね、明日菜さん達と行くと思います」
「あ〜…」
「黒井先生は何を期待してるんですか…」
物足りなそうな表情のななこに小萌は冷めた視線を送る。年齢で言えば小学生の子供に何を聞いているんだと目が語っていた。
「ほんなら好き子とか」
「やめなさい」
流石に見かねた小萌がななこの口を手で塞ぐ。小萌も気にならないわけではないが、あまり子供を揶揄うものではない。
「今度は黒井先生がおじさんみたいですよ」
「ちょい待ってぇな高橋先生。あくまで健全な生活を送れてるかの確認みたいなもんですやん」
「何目線なんですか…」
ななこ達の会話に苦笑いを浮かべているネギの腕が軽くつつかれる。そちらを見るとカモがメモ帳を向けていた。どうやらここに書かれている質問をしろということらしい。意図が分からないまま、ネギはよく考えずに質問を読み上げた。
「え〜っと、皆さんはクリスマスのご予定とかあるんですか?」
ネギの声が聞こえた瞬間、愛穂以外の動きが固まる。まるで時が止まったかのようだ。突然覆われた異様な空気にネギは一気に不安になった。
「あ、あれ?皆さんどうしたんですか?」
助けを求めて唯一変化のなかった愛穂に視線を送るも、愛穂も状況が分かっていないらしく首を傾げる動作を返してきた。
「ネギ君ネギ君」
声に振り向くと少し焦った顔の瀬流彦が立っていた。どうしたのだろうかと考えている間に優しく手を取られる。
「ちょっとお話がありますので、ネギ君はお借りしますね」
「え?あのちょっ」
ネギの反応を待たずに早歩きでその場を離れる瀬流彦。愛穂はそれにも首を傾げてから麻耶達に視線を戻すと、未だ彼女達は動きが静止したままだった。
「なんなんだ?」
本日も学園生活は終わり、1日の疲れを癒すために多くの寮生が大浴場の涼風に集まっていた。
湯に浸かりながら手足を投げ出して完全に脱力した裕奈が話しだす。
「クリスマスパーティーだけどさ、参加はするとして一緒に行くのはお馴染みのメンバーだよね」
「そうちゃう?というか、それしかないというか…」
亜子は自身が恋愛のれの字もない虚しさから視線を逸らせて答えた。気にしすぎと言われればそれまでだが、多感な時期の少女ともなれば致し方ないのかもしれない。
「毎年恒例が悪いってわけじゃないけど、少しくらい変化は欲しいにゃ〜」
「変化って…例えば?」
「誰か新しいメンバーを迎えるとか」
「新しいメンバーって…例えば?」
「質問ばっかしてないでちょっとは自分でも考えて!」
「なんで私怒られたの…?」
「大丈夫、今のは裕奈が理不尽なだけだから」
怯えた様子のまき絵がアキラの腕に抱きついた。少々不憫だったのでアキラはまき絵の頭を撫でる。
「新しいメンバー言うても、普段一緒やないけどウチら全員と知り合いってなったら早々おらんよ?」
「全員と知り合いじゃないとダメかな?」
「少なくともウチは初対面の人といきなり遊ぶんはハードル高いわ」
「亜子もそこそこ人見知りだからね」
「…まぁ、そうやけど」
否定はできないので亜子は不満ながらしぶしぶ受け入れる。初対面の相手にフレンドリーに接することができるかと言われれば、正直言って無理だ。亜子は多少ではあるが、A組の中でも警戒心が強い方である。
「あっ、ネギ君はどう?」
「ネギ君は毎日一緒だし、新メンバーとは呼べないなぁ。連れてくけど」
「連れてはいくんだ…」
どうやら裕奈の中ではネギを同伴させるのは決まっていたらしい。この様子だと本人の許可は取っていないのだろうが、ネギと一緒に参加することに関しては全員賛成であった。
「可愛い弟枠は押さえたけど、肝心のかっこいい異性枠が抜けてるわね」
「凄いナチュラルに入ってくるやん」
話を聞いていた美砂が泳ぎながら会話に参加する。いくら浴場が広いとはいえ本来泳ぐのはマナー違反だが、そんなことに目くじらを立てる者は一人もいなかった。
「どうせ出発地点も目的地も一緒なんだから、今年も参加する人は全員で行きましょうよ」
「まぁ、そうだね」
「まずい!このままじゃ本当に去年の繰り返しになるよ!何か…何かないのか!」
「そもそも裕奈は何をこんなに必死になってんの?」
「分かんない」
「斯くなる上はお父さんを!」
「お前だけで行け」
クリスマスパーティーに関しての話は裕奈達だけではなく、大浴場にいる生徒の殆どがしていた。洗い場で髪を洗っていた夕映は横に座るハルナを見る。
「私達はどうしましょうか」
「へ?行くでしょ。ねぇのどか」
「えっ?あ、うん。みんなが一緒なら」
二人が参加するのなら自分もそうしようと、特別楽しみなわけではないが夕映も参加を決めた。リンスをシャワーで勢いよく流し、タオルで軽く拭いてる最中にハルナが手を叩く。
「そうだ。祐君誘ってもいい?」
「逢襍佗さんですか?私は構いませんが」
「逢襍佗さんなら、私も大丈夫」
「オッケー。んじゃ後で連絡しとこ」
「何か理由でもあるですか?」
一旦会話が終わり、浴場に向かおうとハルナが席を立ったところで夕映から声が掛かった。立ち止まって彼女と顔を合わせる。
「理由って…何が?」
「いえ、急に逢襍佗さんの名前が出てきたので。何か理由があるのかなと」
夕映としては単純に気になっただけで、特に探るようなつもりはない。ハルナは腕を組んで考えだした。
「う〜ん、一緒に行ったら楽しそうだから?」
「どうしてハルナが疑問系なんですか…」
「ふふ。でも逢襍佗さんがいてくれた方が賑やかだよ、きっと」
「まぁ、そこは同意です」
周囲がそれぞれ盛り上がる中、隅でひっそりと入浴していた千雨はなんとも言えない表情を浮かべて大浴場から立ち去った。
浮かれた雰囲気が漂っている場所では、心も身体も休めることはできない。
自室に戻った千雨はすぐにデスクでモニターを見つめていた。つまらなそうな表情で画面をスクロールしていると、デスクの隅を誰かがコンコンと叩く。僅かな音と振動を感じ、ヘッドホンを外して相手に視線を向けた。
「なんだ?」
予想通り音の正体はザジだ。無言で背後に立つなと言い続けた結果なのか、最近彼女はこうして一動作付けるようになった。部屋に気配もなく戻ってくるのは相変わらずだが、以前のように突然声を掛けられるよりはいいので千雨は現状に満足している。
「こちらを千雨さんに」
差し出された紙を手に取る。表紙を見るにサーカス公演のチケットのようだ。
ザジは曲芸手品部という麻帆良特有の珍しい部活に所属しており、この部が主催しているナイトメア・サーカスなるものにも出演している。千雨はチケットに記載されている日付に目を通した。
「これクリスマスパーティーの日か」
「はい。行う内容もクリスマス仕様です」
クリスマス仕様のサーカスとはなんぞやと思う。サンタの格好をして大道芸でもやるのだろうか。ただ、こうして興味を惹かれている時点で策にはまっている気がした。
「千雨さんはパーティーに参加されますか?」
「すると思うか?」
「どうでしょうね」
「…しねぇよ」
自分という人間を多少なりとも知っているならすぐに分かる筈だ。千雨は大勢が集まるお祭り事やイベントが好きではない。学校行事で強制参加の麻帆良祭ならいざ知らず、自由参加のクリスマスパーティーなど誰が進んで参加するものか。
「そうですか、ですがそれはお渡ししておきます。興味が湧いたのなら是非お越しください」
「…分かった」
きっと行くことはないだろう。日陰者である自分にあの空気は合わない、今年も一人自室で平和に過ごすつもりだ。しかしこのチケットを要らないからと返すのは気が引けた。罪悪感でも覚えているのだろうか。ここで返そうが返さなかろうが、行かないのなら結局は同じだというのに。
「それでは」
千雨の芳しくない反応も気にせず、ザジはいつもの様子でその場から離れた。彼女がどこに向かったのかは分からない。部屋から居なくなったところで、千雨は後頭部を掻いてばつが悪そうにした。
「なんなんだよ…」
ある都市の繁華街は鮮やかなイルミネーションや装飾が施され、すっかりクリスマスムード一色だ。そんな街を若いカップルが仲睦まじく歩いていくのをすれ違ったサラリーマンが横目で見た。
「…はぁ」
誰にも聞こえない大きさでため息をついて前を向く。夜の凍える寒さに身震いをして、歩く速度を少し早めた。彼以外にもこの街には沈んだ様子の者、反して浮かれ気味な者などその雰囲気は様々である。
そんな街にそびえる高層ビルの屋上。煌びやかな街並みを見渡しながら、青白い髪の少女は笑みを浮かべていた。
「やっぱり、ここにも沢山」