Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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理解の起首

「クソォアーー‼︎遅かったぁ‼︎」

 

先程まで通話をしていたハルナがそんなことを言いながら床に滑り込んだ。のどかは怯え、夕映は呆れた顔をしている。通話の相手は祐だったのだが、この様子ではパーティーの誘いは上手くいかなかったらしい。ハルナは悔しさから床を叩いており、見ていて不憫だ。

 

「先約でもありましたか?」

 

「B組の人達と一緒に行く約束をしたと…今日したと!あと一日早く動いてさえいれば…!」

 

「そ、そうですか…」

 

「ざ、残念だったね」

 

夕映とのどかは居た堪れなくなってハルナの背中を摩った。そこまで悔しがることかとは思うが、僅かな差で機会を逃したとなればこうなるのだろうか。

 

「来年もあるんですから、その時誘えばいいではないですか」

 

「私は過去でも未来でもなく、今を生きているんだ!」

 

「今を生きているのなら未来にも目を向けましょう」

 

「正論言うな」

 

不貞腐れたハルナは寝そべった状態からゴロゴロと転がり出した。現在それに巻き込まれたのどかが下敷きにされている。

 

「ひゃ〜!」

 

「真空!地獄車!」

 

「何くだらないことしてるんですか…」

 

見かねた夕映がハルナの両足首を掴んで引きずる。体格差から踏ん張りつつ、少しハルナの悔しがり様に違和感を覚える夕映だった。

 

「離せクモナポレオン!」

 

「誰ですかクモナポレオンって!」

 

 

 

 

 

 

「ケーキ作り?そんなことやってたのか」

 

次の日の昼休み。一人外のテラスで昼食を取っていた祐のもとに明日菜・木乃香・刹那・ネギの四人がやってきた。今は25日に明日菜達の部屋で行う予定のクリスマスケーキ作りの誘いを受けたところだ。

 

「中等部からやったかな?ウチらの中では毎年恒例なんよ」

 

「僕は呼ばれたの初めてなんですが?」

 

「アンタその頃は碌に連絡すらつかなかったじゃないの」

 

「…無念」

 

それを言われると返す言葉もない。どう考えても原因はこちらにあった。そういったことから遠ざかる道を選んだのは他ならぬ自分自身だ。

 

「そんで今回は祐君も来てくれんかな〜って」

 

「そりゃ勿論、喜んで」

 

返事をしながら祐は隣に座っているネギの結んだ後ろ髪を指でつついている。明日菜と木乃香はいつもの特に意味がない行動だと思い何も言わないが、ネギと刹那は困惑していた。

 

「あ、あの…祐さん、くすぐったいです」

 

「ん?ちょっと失礼」

 

「ひゃん!」

 

何がどうしてそうなるのか、今度はネギの首筋から手を入れて背中に触れた。祐の手が直接肌に触れる感覚につい艶っぽい声が出てしまう。

 

「何やってんのよ!」

 

「オウシッ!」

 

流石に無視できなかった明日菜に頭部を叩かれる。木乃香は苦笑いで済んでいるが、刹那からは冷たい目を向けられた。当然である。

 

「相手を理解するために触れ合おうとすることの何がいけないんだ…」

 

「気障ったらしい言い方してもやってることはセクハラでしょ!」

 

「まぁ、そういう見方もあるよね?」

 

「他の見方がないわよ!」

 

話は大幅に脱線しつつも、最終的には25日に明日菜達の部屋に集まることで纏まった。昨年までとは違い、前日のクリスマスパーティー等年末の予定が埋まっていくことがなんとなく嬉しい気がする祐だった。

 

 

 

 

 

 

昼休みも残り僅かとなり校内へ戻る明日菜達。最後列を歩いていた祐は他の三人が前を向いていることを確認してから隣を歩くネギに顔を近づけた。

 

「ネギ」

 

「はい?」

 

小声で名前を呼ばれたので、それに倣い小さく返事をする。祐の瞳が真っ直ぐ向けられ、ネギは何故か緊張していた。

 

「少し疲れが溜まってるだろ、偶にはちゃんと休みな」

 

「えっ」

 

突然だったので上手く反応できなかった。しかし祐が言ったことに思い当たることならある。最近は修行に今まで以上の熱を入れており、そのせいか次の日でも疲労が抜けきっていないことは自覚していた。ただ誰かにこのことを話した覚えはない。そうなると今の自分は見るだけで分かるほど疲れている様子なのだろうか。そこまでとは思っていなかったネギは少し不安になる。

 

「そんなに疲れて見えますか?」

 

「いいや、ただなんか違和感があったからさ。触ってみたらよく分かった」

 

先程なんの脈略もなくネギに触れたのはそれが理由だ。疲労の原因が修行を頑張りすぎているせいだとは誰に聞かなくても分かる。あの場で言ってもよかったがネギの性格を考慮し、こうしてそっと助言する方がいいだろうと判断した。

 

「身体が資本だぞ、何をするにもね。まぁ、要領はこれから覚えていくか」

 

「ネギは俺なんかよりよっぽど利口だからな」

 

そう言って頭を優しく撫でられる。向けられる笑顔、そして彼の手から伝わる熱がネギを温めた。

 

もう少し自分が素直な性格で子供らしくいられる人間だったならば、きっと今感じている照れくささも喜びも一緒くたにして思い切り抱きつけるのに。そうして力一杯抱きしめれば、わざわざ言葉にしなくてもこの感情が伝わる筈だ。貴方ならきっと感じ取ってくれる。

 

そう思っても羞恥や自制心がネギの行動を抑制する。祐はああ言ってくれたが、ネギは自分が利口だとはとても思えなかった。こんなにも伝えたいことがあるのに、その一つも貴方に伝えられないのだから。

 

「あ、ありがとうございます」

 

やっと捻り出せた言葉はこれだけだ。本当はもっと言いたいことがある、しかし今はこれが精一杯だった。自分のことながら煩わしさを感じざるを得ない。素気なくも見えるネギの反応に、祐は笑顔でもう一度頭を撫でてくれた。以前にエヴァからは祐に心酔気味だと言われたが、そうなってしまうのも仕方ないとネギは思っている。こんなにも自分に寄り添ってくれる相手なら、誰だって信頼してしまう筈だ。

 

「……」

 

祐とネギの会話を明日菜と木乃香は気が付いていないが、刹那は二人の声に聞き耳を立てていた。一瞬だけそちらを見て、そっと視線を前方に戻す。どうにも腑に落ちない想いを抱えたまま。

 

 

 

 

 

 

日が暮れ、街を彩るイルミネーションが灯り始める。そんな景色を写真に収める若い男女が集まる場所に、地面を伝う黒い影が迫っていた。スマートフォンの画面越しに景色を眺めていた女性がふと振り返る。そこには恋人である男性がいる筈だったのだが、近くに彼の姿がない。不審に思い周囲を見回すと、何故か通路脇で膝を抱えてうずくまっているのを発見した。恋人が街中でそんなことをしている恥ずかしさと驚きを感じつつ、急いで近寄る。

 

「ちょ、ちょっと!何してんの⁉︎」

 

声を掛けても男性は顔を上げない。仕方なく女性もしゃがんで彼の肩に触れたところで、何か小声で呟いていることに気が付いた。

 

「何がクリスマスだよ…くだらない…」

 

「は…?」

 

そこで周りから声が上がり始める。女性が視線を移せば、周囲の男性も同じように膝を抱えて項垂れていた。

 

「どうせ結婚するつもりはないんだから、付き合ってる意味ないよな…」

 

「浮気してるの知ってるけど怖くて言い出せない。こんな状態でクリスマスとか辛すぎる…」

 

「こんな場所に俺一人で何やってんだ…」

 

突如男性のみがネガティブな発言をしながら塞ぎ込んでいる。周りの女性達も訳が分からず困惑していた。女性はこの光景に唖然とするしかない。

 

「なんなのこれ…」

 

その場から離れていた人々も異変に気付き始め、街は先程までとは違った理由で騒がしくなっていく。誰もが謎の現象に不安を掻き立てられている中、青白い髪の少女はしゃがんだ状態で頬杖をつきながらビルの屋上より状況を窺っていた。

 

「なんか思ってたのと違うけど…ま、いっか」

 

すっと立ち上がり、街に背を向けて歩き出す。期待通りというわけではないが、このまま続ける程度には興味が持てた。

 

「もっと集めてみよ。これはこれで面白そうだし」

 

 

 

 

 

 

大浴場での入浴を終えた刹那は一人自室へと戻っていた。そうしてロビーを通りかかった時、設置されているソファに座って封筒を確認しているあやかを発見する。普段賑やかな彼女ではあるが、こうして見ると動作や佇まいから気品を感じた。

 

あやかは財界でその名を知らぬ者はいないとまで言われる家の令嬢だ。本来ならば自分とは住む世界が違う。同じ学園、そしてクラスメイトでなければ一生関わることはなかったと言えるだろう。そう考えると縁とは奇妙なものである。

 

「あら、桜咲さん」

 

そんなことを考えていると視線に気が付いたあやかに声を掛けられた。盗み見してしまったような申し訳なさを感じつつ、お辞儀をしてから近寄る。

 

「すみません、不躾な真似を」

 

「お気になさらず。ご友人ですもの、嫌ではありませんわ」

 

柔らかい表情を向けるあやかを、純粋に美しいと刹那は思った。そして彼女から友人と呼ばれたことに小さくない喜びも感じる。照れくさいが素直に受け取っておこう。

 

「その、何か見ていたようですが」

 

「ええ、パーティーの知らせが来ていたので。とは言っても、学園のものではなく私の家に関するものですが」

 

苦笑いであろう表情から察するに、彼女にとって楽しいものではなさそうだ。名家同士の宴会などには参加の経験がない刹那でも、気苦労が多いのだろうとは想像できた。

 

「大変なのですね、その…色々と。私にはそういった知識も教養ないので、当たり障りのないことしか言えませんが」

 

「そう言っていただけるだけでもありがたいですわ。確かに大変ですけれど、これも雪広家の長女たる者の務めですね」

 

生まれた時から決まっていた背負うべきもの。彼女にもきっとあったのだろう。そしてそれは種類は違えど自分にもある。こうした考え方をすれば、少しだけあやかに親近感を覚えられる気がした。

 

いや、烏滸がましい。彼女と自分ではあまりにも違い過ぎるだろう。失礼なことを思ってしまったとその考えを消した。すると今度はあやかがこちらを見つめている。刹那は首を傾げた。

 

「雪広さん?」

 

「今思ったのですが、こうして二人だけでお話をするのは…もしかして初めてかもしれませんわね」

 

「言われてみると…確かに」

 

明日菜や木乃香を介してであれば何度も会話をした。しかしあやかの言う通り、二人きりで話すのは恐らく初めてだろう。そう考えると刹那は謎の緊張感に包まれた。

 

そんな刹那の心情を察してかは分からないが、あやかは少し笑って横にずれると隣を軽く叩く。

 

「桜咲さんさえよろしければ、少し私にお付き合いいただけませんか?是非、こうしてお話ししてみたいと思っていたのです」

 

「わ、私などでよければ…」

 

より緊張してしまった刹那があやかの隣に恐る恐る座った。借りてきた猫のような姿に愛らしさを感じる。木乃香の気持ちがなんとなくだが理解できた気がするあやかであった。

 

「では桜咲さん、私に質問などございませんか?」

 

「し、質問ですか?」

 

「ええ、せっかくですからなんでも聞いてくださいな」

 

どこか期待しているような眼差しが刹那を射抜く。刹那の脳内はほぼパニック状態であった。聞きたいことなら幾つもあるし、特にありませんなどと失礼な発言をする気はないが、かと言ってどこまで踏み込んでいいのかが分からない。

 

一日の中で今が最も頭脳を働かせているだろう。こういう時はまずお互い共通の話題を出すのが無難な気がした刹那は、今日あった印象的な出来事からある人物の名前を選出した。

 

「あの…逢襍佗さんのことなんですが…」

 

言いながらあやかの顔色を窺うと、彼女は不満気な表情をしている。よく分からないがこれはしくじったか、選択を誤ったかもしれない。

 

「あ、えっと…」

 

「私のことを聞いてくださると期待してましたのに、妬けてしまいますわ」

 

想像とは違い、拗ねた理由は随分と可愛らしいものだった。それでも間違いを犯したことに変わりはなく、刹那は慌てる。

 

「こ、これはですね!まだお互い知らないことばかりですし!まずは共通の知り合いである逢襍佗さんの話から始めた方が当たり障りないかなと思った次第でして!決して雪広さんに興味がないわけでは!」

 

必死で弁明している最中、あやかが小さく笑っていることに気が付いた。急に恥ずかしくなった刹那は顔を赤くする。

 

「ふふ、ごめんなさい。ついつい意地悪をしてしまいました」

 

「ゆ、雪広さん…」

 

勘弁してくださいと顔に書いてある刹那に再度笑みを浮かべてから、僅かに開かれていた二人の物理的な距離を詰める為に近寄った。

 

「お話を遮ってしまってすみませんでした。それで、祐さんがどうかされましたか?」

 

「…そのですね、今日あったことなんですが」

 

そこから刹那は昼休みの出来事を掻い摘んで説明する。木乃香達の部屋に祐が来るとあやかが知れば問題になってしまうので、申し訳ないがケーキ作りに関しては上手くぼかしておいた。ネギの服の中に手を入れたという段階であやかから殺気が溢れ出すアクシデントはありつつも、一応最後まで伝え終わる。

 

「ということがありまして」

 

「はぁ…なんと羨ま…んん!なんと破廉恥なとは思いますが、それに関してですか?」

 

「いえ、私が気になっていることはそこではなく…逢襍佗さんの生活態度に関してです」

 

刹那の返答にあやかは首を傾げる。彼女がどこに引っ掛かりを覚えているのか見当が付かなかった。

 

「彼は周りをよく見ています。ネギ先生の疲労に気付いた点もそうですし、相手や空気の変化に敏感と言いますか」

 

「…そうですわね」

 

刹那の言ったことに同意はしたものの、最終的にこの話がどこへ着地するのかは謎のまま。あやかはひとまず最後まで聞くことを選んだ。

 

「きっと、優しい人だと思うんです。私やお嬢様の間を取り持ってくれた時や…それ以外にも。そもそも誰かの為に身を挺して戦っているんですから」

 

そこまで言って刹那の表情が変化した。不満なのだろうか、納得ができないといったように見える。

 

「なのに普段は能天気に見える態度をとっています。ふざけたり突拍子もないことをして…それしか知らない人からは軽薄な人物だと感じられるかもしれない。本当はそんな人ではないのに」

 

「あの人のことをよく知っているなどと大言壮語吐くつもりはありません。それでも逢襍佗さんが沢山悩んでいること、その上で一所懸命なことは知っているつもりです」

 

先程までとは違い、強い意思で刹那は言葉を紡いでいる。ここまでくれば彼女が何を言いたいのか、あやかは理解できた。

 

「様々な理由から、逢襍佗さんが自分のしてきたことを周りに言わないのは理解できます。それでも、もう少しまともな…彼の優しい部分も見せていけば、周りの評価はもっと良くなるはずなんです」

 

「なのに、あの人はそれを表に出さない。そこに利点があるとは私には思えま」

 

言葉の途中で刹那はあやかに視線を向けると、彼女は驚いた顔をしていた。どうしてだろうかと一瞬考え、自分が無意識のうちに熱くなって捲し立てていたからだと気付いた。

 

「す、すみません…私ばかり長々と」

 

「い、いえ…確かに少し驚きましたが、お気持ちはとても伝わりましたわ」

 

たった今まで見せていた勢いは形を潜め、刹那は別人のように縮こまってしまった。急激な変化に置いてきぼりをくらいそうになるが、気を取り直して身体ごと刹那に向ける。

 

「桜咲さんの仰ることはよく分かります。日常生活で彼は落ち着きというものが足りません。本当、昔から」

 

幼少期の頃から祐は賑やかな性格だった。まだ昔の方がまともだったような気がしないでもないが、その差は微々たるものだろう。

 

「私も祐さんには多少なりとも真面目な部分を表に出してほしいとは思っています。ただ…」

 

「ただ?」

 

「祐さん本人が、そういった部分をあまり見せたくないと思っているのかもしれません」

 

「それは…どうしてですか?」

 

刹那はより不可解に感じた。周りからの評価を良くする為に、自分を大きく偽る必要はないとは刹那も思っている。しかし祐の場合は逆だ。優しく真面目な性格を表に出さないのは、なんのメリットがあるのだろうか。

 

「本人に聞いたわけではありませんから、所詮は私の想像になってしまいますが…相手から軽くあしらわれる程度の関係が、気軽だと思っているのではないでしょうか」

 

「気軽…」

 

「どうにも彼は、感謝されたり褒められたりするのが得意ではないようなので。今の周囲からの評価に満足している可能性がありますわ」

 

「な、難儀な性格ですね…」

 

「仰る通りです」

 

祐自身も自分は面倒なやつだとよく言っているが、まさにその通りである。しかも他ならぬ本人が現状に満足しているというのなら、こちらからは何も言えない。

 

「私も思うところは多分にあるのですが…情けないことに、彼の表情を見ていると強く言えません」

 

「表情?逢襍佗さんのですか?」

 

「はい。誰かと取り留めもない会話をしている時、祐さんはとても楽しそうに笑うんです」

 

そう話すあやかは困ったような、それでいて優しい顔つきだった。刹那はその表情に少し胸が痛む。

 

 

 

彼の話をする時、私はそんな表情を浮かべられない

 

あの人がどんな人なのか、自信を持って言えない

 

逢襍佗さんのことを、私はほとんど知らない

 

 

 

「少々雑に扱われたりしても嬉しそうというか…そこは正直私には理解できませんが、彼にとってはそれこそが心地よい関係性なのかもしれません」

 

刹那も不思議に思うところだった。祐はどんな形であれ、相手から反応があると嬉しそうにする。そういえば以前、真名も祐は他と関わることを心から楽しんでいると言っていたのを思い出す。

 

「ここだけの話にしてくださいね?そんな嬉しそうな顔をされると、どうしてもこう…色々と大目に見てしまうんです」

 

「ただそれでは祐さんのためにならないかもしれませんし…私がこんなことでは、木乃香さん達に甘やかしすぎだなんて言えませんわね」

 

改めて理解した。あやかがどれだけ祐のことを大切に思っているのか。本人は素直に認めたがらないだろうが、なんとも思っていない相手にここまで関心を向けることができる筈がない。そしてそれは決して一方通行などではない。

 

 

 

確かな繋がりを他者でも感じ取れるあなた達の関係を、私は羨ましいと思っているんだ

 

 

 

「あら、今度は私ばかりが話してしまいましたね」

 

失礼しましたと口に手を当てるあやかはやはり品があった。よく教室で明日菜と取っ組み合いをしている人物とは到底思えない。切り替えがはっきりしていると言えばいいのだろうか。

 

「大変、勉強になりました。当然ですが、私よりも遥かに逢襍佗さんのことを理解してらっしゃる」

 

「どうでしょう?私も彼に関しては分からないことだらけですわ」

 

謙遜ではなく本心からそう思っている雰囲気で、刹那からすればその反応は疑問だった。あやかはソファに深く座り直す。

 

「暫く顔を合わせていなかった期間もありましたが、もう長い付き合いです。それでも、つい最近まで祐さんの力のことは知らなかったんですから」

 

祐があやか達に力の秘密を明かしたのは今年の話だ。10年程の深い付き合いだからこそ、明かせなかったことはあやかも分かっている。それでも知らないことがあったのは事実だ。

 

「エヴァンジェリンさんと暮らしていたことも、宇宙人の方と知り合いだったことも知ったのは最近の話。こう考えると、私も知らないことが沢山だと思いませんか?」

 

「た、確かに…」

 

「まだまだ抱えているものはあると思います。普段あれだけよく喋るのに、自分の話は滅多にしない人ですから」

 

大切な人に秘密にしている話は自分にもある。今も秘めたままの刹那には耳が痛い話だった。自然と視線が下に落ちる。

 

「まぁ、諸々の秘め事は気長に待つとします。生憎、待つことには慣れてますから」

 

あやかの声に視線を彼女へと向けた。見えた彼女は苦笑いを浮かべていたが、どこか芯の強さも感じられた気がする。

 

「その時がきたら、きっと教えてくれるでしょう。いつになるかは、分かりませんけれど」

 

強い人だ、彼女は間違いなく。確信を持ってそう言える。この僅かな間であやかの優しさと強さを垣間見ることができた。木乃香の周りには、こんなにも素敵な人が何人もいてくれている。刹那はそれが自分のことのように嬉しかった。

 

「雪広さんは、強いですね。その強さは私も見習わなければなりません」

 

「あら、褒めていただいても何もありませんわよ」

 

「おだてているわけではありません。私の素直な感想です」

 

二人はそこで笑い合った。あやかの前で刹那は初めて自然な柔らかい表情を浮かべることができたかもしれない。

 

(ほんの少しだけでも、親しくなれたと思いたいですわね)

 

言葉には出さず、あやかは心の中で呟いた。こちらも急ぐ必要はない。彼女とも繋がりはできたのだ、ゆっくりと進んでいければいい。

 

「ありがとうございます、桜咲さん」

 

「え?私は何もしていませんが…」

 

「祐さんのことですわ。あの人が悪く思われないようにと、心配して考えてくださったのでしょう?」

 

「あ、いや…これはその…」

 

また赤くなる刹那は同性の自分から見ても愛らしい。同じクラスになって四年目なのだが、知らないところが沢山ある。これからの楽しみが一つ増えた。あやかはそっと右手を差し出す。

 

「改めて、よろしくお願いしますね桜咲さん」

 

刹那があやかの優しさを感じたように、あやかも刹那の優しさを感じていた。相手を知るには、やはりこうして話すことが重要だ。二人の会話はそれほど長い時間ではなかったが、あやかにとって非常に有意義なものとなった。

 

「もうご存知かと思いますが、彼は非常に手の掛かる方です。ですから貴女がいてくれるのはとても心強いですわ」

 

「それに加えて騒がしい世界です。お互い、力を合わせていきましょう」

 

刹那は暫しあやかを見つめ、そして笑顔を浮かべた。差し出された手を取る。二人はしっかりと握手を交わした。

 

「微力ながら、協力させていただきます」

 

当初は木乃香からのお願いで始まったものだ。しかし今は、刹那自身の意志で選択した。この人達を、そして彼を放っておくことなどできない。

 

「一緒に頑張りましょう。変わっていくこの世界で、私達の大切なものを守っていけるように」

 

「勿論ですわ、刹那さん」

 

名前を呼ばれ、刹那の肩が跳ねた。続いてあやかからは期待の眼差しを受ける。先程はしくじったが、もう間違うわけにはいかない。深呼吸してから意を決して見つめ返した。

 

「お、お手柔らかに…あやかさん」

 

あやかと面と向かって話したことで、彼女の人となりをより理解することができた気がする。であるならば、祐ともこうして話せた時は彼のことをもっと知ることができるのだろうか。試してみる価値はあるように思う。但しそれは、多くの意味で刹那にとって難易度の高いことであった。

 

 

 

 

 

 

大通りをサイレンを鳴らしながら走るパトカーの助手席でこめかみを摩っていた源八は、何度目か分からないため息をついた。

 

「ゲンさん、気持ちは分かりますけどため息つかないでくださいよ」

 

「…ああ、すまん」

 

運転席でハンドルを握る若手もそう言いつつ、心境は源八と同じであった。というのもこれから向かう現場が、先に対応していた警官から詳細を伝えられても首を傾げるしかないものだったからだ。

 

「また人間じゃない奴等の仕業ですかね」

 

「さぁな。そうかもしれんし、超能力者って線もある。どっちにしたって、意味が分からんことは同じだ」

 

「間違いないですね」

 

現場に着く前から二人は疲れた表情であった。寒空の下、パトカーは冷たい風を物ともせず進んでいく。もう年の瀬だというのに、厄介事というものはいつも唐突に舞い込んでくる。こちらの都合など一切関係なしに。

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