妖怪・悪霊にご用心
女子寮の一室、21時過ぎにまき絵と亜子はテレビを見ていた。
「ふぁ~」
「そろそろ寝よか。明日も学校あることやし」
「そうだね〜。…あっ」
「どしたん?」
何かを思い出したまき絵がスッと立ち上がる。
「洗濯物出しっぱなしだった」
「も~不用心やで」
「えへへ、面目ない」
笑いながらベランダへと向かうまき絵。亜子はテレビを消して伸びをした。
「でもここ女子寮だし、出しておいても大丈夫じゃないかな?」
「そういう問題ちゃうと思うけど…」
扉を開け洗濯物を手に取ると、その姿勢でまき絵が固まる。
「まき絵?どないしたん?」
「ない…」
「へ?」
「私のパンツがな~い!!」
ーーーーーーーーーーーー
『下着泥棒!?』
「ちょ、ちょっとみんな、声大きいって…」
翌朝、A組の教室で大きな声が上がり、それを亜子が宥める。
昨日の夜、まき絵が洗濯物を取り込もうとした際にそれは発覚した。どういうわけか干していたまき絵の下着が無くなっていたのである。
「落としたとかじゃなくて?」
「一回外見てみたけど見つからなかったんよ。そもそも他の洗濯物はそのままやったし」
「パンツだけが無くなっていたと…」
聞いていたハルナが顎に手を当てる。
「ひどいよ!お気に入りのパンツだったのに!」
当のまき絵は怒り心頭といった具合である。クラスメイト達は各々意見を出す。
「間違いなく下着泥棒の仕業だよ!」
「でもどうやって盗ったんだろう?まき絵達の部屋って六階だよ」
「確かに…」
「女子寮の誰かがやったのかな」
「何の為に?」
「さぁ?」
真面目に考える気があるのかないのか、意見が飛躍していく。
「六階となると、巨人とか?」
「いやバッタ男かも!」
「何よバッタ男って」
「さぁ?」
「桜子さっきから適当過ぎ」
「バッタ男と言えば仮面ライダーでしょ」
「仮面ライダーってバッタなの?」
「噓でしょ⁉︎そこから!?」
「逆になんでハルナは知ってんのよ」
ああでもない、こうでもないと話が盛り上がる。下着が無くなった件でこうも盛り上がれるのは彼女達が逞しいからなのか、それとも能天気だからなのか。気づけばまき絵もその話に加わっていた。ショックを受けて落ち込むよりはいいが、亜子は何とも言えない気持ちになった。
「もしかして幽霊の仕業だったりして」
「「ゆっ、幽霊!」」
美砂がそう言うと鳴滝姉妹が反応する。スマホのライトで自分の顔を下から照らし、続きを話し始めた。
「そう、夜な夜な女性のパンツを求めて女子寮を徘徊する悪霊。もしパンツを盗る瞬間を目撃してしまったら…」
「「しまったら…」」
「その悪霊はこう言うの…お前のパンツもよこせーー!!」
「「きゃーーーー!!!!」」
(く、くだらねぇ…)
千雨は心の中でそう漏らした。対して鳴滝姉妹には効果絶大だったようである。髪を前に下ろした美砂が逃げ回る鳴滝姉妹を追いかけている。
その姿を見ていた夏美はふと斜め前の席に座る和美を見る。普段であればこういった話題に食いつくはずの彼女は何か考え事をしているように見えた。
「朝倉、どうしたの?こういう事に反応しないなんて珍しいじゃん」
「えっ?ああ、まぁね」
声をかけられた和美は少し視線を下げた後、口を開いた。
「実はさ、今の悪霊ってのが関係あるのか無いのかわからないけど…最近なんか違和感を感じるのよね」
「違和感?なんの?」
「なんのって言うと難しいんだけど、場所的にはここから…」
そう言って和美は自分の隣の席を指さした。夏美がそちらに視線を向けると、そこには誰も座っていない席があった。
「ちょっと前からさ、この席から気配を感じるというか…視線を感じると言うか…」
「ちょ、ちょっと…冗談やめてよ…」
夏美は少し顔を青くする。和美の表情を見るにどうもふざけているわけではなさそうだった。
「中等部の頃から私の隣の席って空席だったじゃない?その時から少し前までは何も感じないどころか気にもしてなかったんだけど…」
和美と夏美は件の席に視線を向ける。暫く見つめていると僅かに机がガタっと揺れた。
「「きゃーーー!!!!」」
思わず悲鳴をあげた二人は、一番近くの席にいる楓の後ろに隠れた。
「何ですか二人とも⁉︎いきなり大きな声を出して!」
和美の横にいたあやかを始め、クラスメイトの視線が集まる。
「そこの机が一人でに動いたのでござるよ」
「いや冷静!」
「ほんと⁉︎」
クラス全体の視線がその机に集中する。皆が息を潜めて机を見つめるが、いくら経っても動きは見られなかった。
「動かないじゃん」
「いや本当に動いたんだって!」
「夢でも見たんじゃないの?」
「朝倉!お前は一週間の謹慎だ!」
「何でよ!」
「パルの口調は何なのよ…」
「なんかの台詞やない?」
確かに机が動いたのを見た二人は、同じ様に見たであろう楓に助けを求めた。
「楓も見たでしょ⁉︎」
「動いたよね⁉︎」
「確かに動いた様に見えたでござる」
「「ほら!」」
味方が増えたことで和美と夏美は自信ありげにクラスメイトに向き直る。
「でも楓バカブルーだからなぁ」
「それは関係ないでしょ!」
「はっはっは。これは一本取られたでござるな」
「本人が納得すんな‼︎」
味方の頼りなさに二人は肩を落とした。そんな中、ずっと熱心に本を読んでいた夕映にハルナが気づく。
「ちょっと夕映、さっきから何読んでるの?」
「妖怪大図鑑です」
「妖怪大図鑑?」
夕映は読んでいた本の表紙をハルナに見せる。そこには格調高い表紙にでかでかと妖怪大図鑑と書かれていた。
「何これ?」
「読んで字の如くです」
「最近夕映こればっかり読んでるよね」
「非常に興味深いので」
読書仲間でもあるのどかもこの本のことを知っていた様だ。確かにいつも変なジュースを飲むか本を読んでいるかの二択な夕映だが、今はこんな本を読んでいたのかとハルナは思った。
「妖怪か〜。あっ、じゃあさ!その本にパンツを盗む妖怪とか載ってないかな!」
話を聞いていた裕奈が夕映にそう質問する。ハルナは呆れ顔だった。
「そんなピンポイントな奴いるわけないでしょ?」
「いますよ」
『えっ?』
話に参加していた全員が反応する。夕映はページを捲ると、クラスメイトに向けてそれを見せた。全員が本を覗き込む。
「妖怪『エロ河童』です」
そこにはいかにもな嫌らしい表情を浮かべ、女性用下着を掴んでいる河童の絵が描かれていた。説明文には[女性の下着(主にショーツ)を狙う]と書かれている。
『………』
クラスがしんと静まり返った。見ていた全員が何とも言えない顔をする。
「夕映…ふざけてる?」
「失礼な、私は大真面目です。なにせこのエロ河童は全国で多数の目撃情報があります」
「え〜」
「おっと、早速ヒットしたネ」
いまいちな反応をするハルナ。他のクラスメイトも同じ様な反応の中、超がそう言った。
「何アルか?」
「妖怪エロ河童の事ヨ。調べてみたら色々とあるみたいネ」
今度は超がいつの間にか開いていたノートパソコンに視線を移す。少しブレているが、パンツを掴んで全力疾走しているであろうエロ河童の写真などが出てきた。
「本当だ…」
「こいつのこの顔腹立つわね」
「くだらないですわ。そんな物、合成か何かでしょう」
「おや、以前委員長さんが言ったのではありませんか。十数年前ならいざ知らず、今の世界では何が起こっても不思議ではないと。実際妖怪の存在も少なからず確認されています」
「それはそうですが、下着を専門的に狙う妖怪なんて…」
「今の世界は可能性に満ち溢れています。絶対など無いのです」
「夕映、なんかかっこいい」
「これで話し合ってる事がエロ河童の事じゃ無ければね…」
親友のいつになく真剣な姿にのどかとハルナはそう思った。
「もし犯人がエロ河童なら、捕まえたら一攫千金も夢じゃないかも!」
「捕まえるったってどうするのよ?」
「あんたまさか…」
桜子の発言に美砂が尋ねる。円は嫌な予感がした。
「勿論パンツを囮にするんだよ!」
「やっぱり…」
予想通りの回答に円は頭を抱えた。しかしクラスは再び盛り上がりを見せる。
「いいね!エロ河童捕獲作戦だ!」
「あら?風香ちゃん、妖怪は怖くないの?」
「何言ってんの千鶴!幽霊と妖怪は全然違うよ!」
「お姉ちゃんのセーフラインがわからないです…」
「史香でもわかんないなら、誰にもわかんないって」
姉の謎の線引きは史香にもわからない様だ。美空は史香の肩に手を置いた。
「そんなはしたない真似はおよしなさい!」
「え〜!いいんちょつまんな〜い!」
「そんなこと言ってるといんちょ、妖怪ガミガミおばばになっちゃうよ!」
「誰が妖怪ガミガミおばばですか‼︎」
「「でた〜‼︎」」
怒ったあやかが桜子と風香を追いかけ始めた。
「ウチらもやってみる?」
「勘弁してよ…」
「明日菜のくまパンじゃ釣られてくれないでしょ」
「もう履いてないわよ!」
明日菜が中学生の時までは履いていた熊がプリントされたパンツは、今はもう押し入れで眠っている。
妖怪の話で盛り上がるクラスをよそに、刹那が静かに真名に近寄った。
「真名、休み時間に話がある」
「ん?ああ、わかったよ」
そう短く交わすと、刹那は自分の席に戻っていった。
「ところでお嬢ちゃん…お嬢ちゃんはどんなパンツ履いてるんだい?」
「ちょっと、ここにエロ親父がいるわよ」
いつもの様にぼーっと外を見ていたザジにハルナがセクハラを仕掛ける。そんなハルナに対して美砂はエロ親父認定をした。
ザジはスッとハルナの方を向くと、口を開く。
「黒のTバック」
「「マジッ!!?」」
ハルナと美砂は心からシンクロする。
この下着泥棒騒ぎはネギが教室にやってくるまで続いた。
ーーーーーーーーーーーー
1時間目の授業が終わった後、刹那は真名を連れて屋上へとやって来た。もともとこの時間にここに来る者は滅多にいないが、刹那は念の為人払いの結界を張る。
「随分と念入りだな。それで、話というのは?」
「先ほどのクラスでの話のことだ」
「エロ河童の事か?」
「……真名」
「悪かったよ、下着泥棒の事か?」
避難する様な視線に真名は肩をすくめた。刹那は一度ため息をつくと話を再開する。
「ただの人間である可能性もあるが、悪霊や妖怪の類という可能性も十分あると考えている。真名はどうだ?」
「少し前に学園の結界を越えて何かが侵入したと小耳に挟んだ。それから音沙汰は無かったはずだが、何か関係しているかもな」
「結界を…」
「ここの結界はなかなかの物だが万能というわけでもない。紛れ込んだ魑魅魍魎が今回の犯人という事もあるだろう。エロ河童かは知らんがな」
刹那はその言葉に小さく頷いた。
「しかしやけに気にするな。たかだか下着が盗まれただけだぞ」
「それはそうだが…」
刹那が言い淀むと、真名はニヤッと笑う。
「そんなに近衛木乃香の下着が心配か?」
「ま、真名!」
顔を真っ赤にして反応する刹那。本当にこのルームメイトはいじり甲斐があると真名は思った。
「そう照れるな。それと、いい機会だ。ここらで近衛の好感度を稼いでおかないと、彼に追い越されるかもしれんぞ?」
「な、何の話だ…」
「さてな。まぁ、下着泥棒の件は仕事としてなら協力しよう。学園の警備に含まれるだろうからな。そのかわり、学園側にこれは弾んでもらうが」
真名は親指と人差し指で丸を作る。
「お前という奴は…」
「追加報酬という奴だ。生憎タダ働きはしない主義でね」
そう言って真名は教室に戻っていく。刹那はその背中を見送った。
『ここらで近衛の好感度を稼いでおかないと、彼に追い越されるかもしれんぞ?』
先ほどの真名の発言を思い出す。しかしすぐそれをかき消す様に頭を軽く振った。
「何を馬鹿な。私は、お嬢様をお守り出来ればそれで…」
自分にそう言い聞かせる様に呟く。しかしその脳裏には、先日寮の前で楽しそうに抱き合っていた木乃香と祐の姿が焼き付いていた。
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「ハーショイッ‼︎」
「うおっ、びっくりした」
「風邪?」
次の授業を前に、純一と正吉の三人で話していた祐が大きなくしゃみをした。
「いや、この感じは誰かに噂されてたな」
「何でわかるんだよ…」
「噂じゃなくて悪口じゃないか?」
正吉がニヤつきながら言う。
「えっ?僕の様な子の悪口を言う人がいるんですか⁉︎」
「お前おめでてぇな」
「あれ?いるって想像したらめっちゃ腹立ってきた…。誰だ悪口言った奴!」
「情緒不安定かお前」
「俺…その人の事、なんにも知らない…!」
「こいつ何言ってんだ…」
「わかんない…」
正吉と純一は祐の言動に対して深く考えるのをやめた。
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「くしゅんっ!……私も戻らないと」
一番好きな章は?
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序章・始まりの光
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幽霊と妖怪と幼馴染と
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たとえ世界が変わっても
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消された一日
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悪魔よふたたび
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眠りの街
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旧友からの言葉
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漢の喧嘩
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生まれた繋がり