早朝三時。目覚ましのアラームが鳴り響くと明日菜は目を覚ました。
バイトである新聞配達を行う為、一人静かに支度を始める。
「よう姐さん、まだ日も登ってないってのに大変だなぁ」
「カモ?ごめん、起こしちゃった?」
ネギと木乃香に作ってもらった専用のベットから明日菜の元へやってくるカモ。
「いや、気にしないでくれ。ふと目が覚めただけでさぁ」
「そう。まぁ、楽じゃないけどもう慣れちゃったわ」
「涙ぐましいねぇ、姐さんってもしかして以外と尽くすタイプかい?」
「何の話よ…」
話もそこそこに、支度を終えた明日菜が玄関へと向かう。
「それじゃ私行ってくるから」
「行ってらっしゃいませ姐さん。あっと、一ついいですかい?」
ドアを開けたところでカモに呼び止められ、進む勢いを殺して振り向く。
「何よ、あんまり時間ないんだけど?」
「なに、ちょっと話したい事があるんすよ。今日暇な時に少し時間をくれねぇか?」
「話?まぁ、いいけど…」
「感謝するぜ姐さん。そんじゃ、俺っちは二度寝と洒落込むかな」
「はいはい」
ドアを開け、外に出ると辺りはまだ暗い。カモの言う話の事を頭の片隅に置きつつ、バイトへと向かった。
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「そんな感じで、最近の逢襍佗はどうも怪しいと思うんだ」
「う〜ん…確かに少し前はどこか行っちゃう事多かったけど、休み時間とかだけだし、最近は別におかしくないんじゃ」
「それにしたって毎回どこ行ってるのかって話だよ。クラス以外に友達は結構いるみたいだけど、そいつらと会ってるって訳でも無いみたいだし」
「私としては、何故蒔の字がそんな事まで知っているのかの方が気になるが」
「私は気になった事はとことん知りたいタイプなんだよ」
午前の体育の授業中、クラスメイトの試合を見ながら蒔寺楓が由紀香と鐘と話していた。内容は最近の祐についての事である。
現在女子は体育館でバスケットボールを行なっている。体育は男子と女子に別れ、女子に関してはA組とB組は合同で行うこともある。
今回はバスケットボールでクラス対決といった具合であった。
「裕奈ー!いけー!」
「バスケ部の意地を見せろー!」
「バスケ部弱いけどー!」
「ほっとけ!」
ボールを手にした裕奈が、クラスからの声援なのか罵倒なのかよくわからないものを受ける。事実麻帆良学園高等部の女子バスケットボール部は強豪とは言えなかった。
「相変わらず賑やかだなぁ、A組は」
「しかし、なかなかの強者揃いだ。特にあの鈴の髪飾りをつけた少女…。遠坂嬢と互角だぞ」
「遠坂さんも凄いけど、あの子も凄いね」
視線の先にいたのは明日菜だ。先程から目を見張る動きを繰り返していた為、B組の注目を特に集めていた。
「明日菜ファイトー!」
「行け行けゴリラー!」
「繰り出せ馬鹿力ー!」
「あんたら貶してんでしょ!」
一連の流れに楓は呆れ顔、由紀香は苦笑いである。鐘はいつも通り無表情だった。
「お嬢さん方、うちの明日菜に目をつけるとはお目が高いね」
「あんたは…A組の人か?」
「どうもどうも。私は朝倉和美、報道部やってます。よろしく」
「あっ、どうも」
横で同じ様に試合を見学していた和美が三人に話し掛けた。何故か首からカメラをかけている和美を楓と由紀香が不思議に思っていると、鐘が何か考える様な仕草をした。
「朝倉和美…聞いた事があるな。確か麻帆良のパパラッチと呼ばれているのは貴女だったか?」
「おっと、そこまで知ってて貰えてるなんて光栄だね」
「パパラッチ?」
「あ〜、だからカメラ持ってるんですね」
楓はパパラッチの意味がよくわからなかったのか首を傾げ、対して由紀香はどこか納得した様だった。
「うん、何時いかなる時もスクープを逃さない為にね。普段はもう少し小さいカメラなんだけど」
そう言ってカメラを手に取り、コートをレンズ越しに覗く。
するとコートではボールを渡された春香が何も無いところで躓き、盛大に転倒した。
「ちょっと春香⁉︎あんた大丈夫?」
「あう〜…大丈夫だけどごめんなさい…」
同じく試合に出ていた薫が春香に駆け寄る。怪我はない様だが、恥ずかしさで春香の顔は赤かった。
「なるほど、あの子が天海春香。あれを天然でやる辺り、駆け出しとは言え流石はアイドルってとこ?」
写真を撮る和美を楓はどこか疑いの目で見ていた。
「それ、ネットにばら撒いたりしないよな?」
「まさか。これでもちゃんと信念を持ってやってきてるつもりよ。私はただ真実が見たいだけ。誰かを貶めたりするのは主義に反するわ」
「なら良いけど…」
「ところで、貴女達に少し聞きたい事があるんだけど…いい?」
「聞きたい事?」
コートから三人に視線を移し、和美が聞いてきた。
「うん。私実はさ… 逢襍佗君の事を取材したいの」
「逢襍佗の事を取材?」
「何でまた?」
その質問に待ってましたとばかりに笑顔を見せる。
「私もそれなりに話した事はあるけどさ、実際彼のこと何も知らないのよ。わからない事が沢山あるって言うべきかな。とにかく、逢襍佗君って意外と謎な部分が多いと思うの」
和美の言う通り、祐は謎な部分が多い。彼は普段からちゃらんぽらんで自由人だが、自分の事をあまり話さない。その為、彼の事で知っている事はあまり多くない。何となくわかってくる事を強いて挙げるならば、悪い奴ではないという事ぐらいだろうか。
「だから取材!まずはその第一歩として、同じクラスの貴女達から何か知ってる事があれば教えて欲しいんだけど、どうかな?」
三人は顔を見合わせると、直ぐに和美に視線を戻した。
「その、朝倉だっけ?悪いんだけど…」
「我々も逢襍佗の事は碌に知らないんだ」
「ちょっと前に、不思議な人だねって話してたくらいだし」
楓・鐘・由紀香がそう言うと、和美は顎に手を当てた。
「なるほど…。これは思った以上に手強い相手かも」
「ところで朝倉嬢、こちらからもいいか?」
「え?ああ、どうぞ?」
鐘が和美の後方を指差す。そこには少し宙に浮いて、元気いっぱいにクラスメイトを応援するさよがいた。
「彼女が例の幽霊の少女という事で間違いないか?」
「あっ、本当だ」
「自然と溶け込んでたから気付かなかった…本物じゃん…」
「うん、そうだよ。相坂さよちゃんね。紹介するよ、おーいさよちゃん!」
「はーい?」
呼ばれたさよは和美の隣に飛んでやってくる。
非現実的な光景に元から心霊系が苦手な事も手伝って、楓は何とも言えない顔をしていた。
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同時刻のグラウンドでは、男子達がドッジボールに興じていた。
「死にやがれー!」
「ホオォッ!?」
「ケーーーン‼︎」
クラスメイトの凶弾を腹部に受け、ケンが崩れ落ちる。純一が駆け寄って抱き起こした。
「き、気絶してる…」
「いかん…早く保健室に!」
「落ち着けみんな、ここは俺に任せろ。俺が責任を持ってケンを保健室に連れて行く」
祐が前に出て、ケンを保健室に運ぼうとする。しかし他の男子が待ったを掛けた。
「待て祐!お前は残れ…俺が行く」
「おいおい、馬鹿言うなよ。ここは俺の出番だろ?」
「僕に任せてくれ、こんな時の為に力をセーブしておいたんだ」
「下がれ君達!君達はどうせ御門先生か天原先生に会いたいだけなんだろう⁉︎恥ずかしくないのか!」
祐はそう言って名乗りを上げた者達を非難した。
「お前だってそうだろ」
「俺はこんな事でもない限り保健室に行く理由が無いからいいんだよ!」
「なんだお前⁉︎」
「みんな落ち着いてよ、ここは僕が行くよ」
『黙ってろマル○メ‼︎』
「ひ、酷い…」
マ○コメと呼ばれた坊主頭の少年が膝をつく。彼はクラスメイトからマル○メと呼ばれている。理由は単純でマル○メ君に似ているからだ。因みに彼本人は寺の子でもなければ運動部でもない。ただ坊主なだけである。
「天原先生好きは童貞。間違いない」
「おい、ちょっとこっち来いよ。今の発言は、戦争だぜ…?」
「御門先生好きな奴は脳が下半身にあるんだろ」
「誰の頭がチ○コだ!ああ⁉︎」
「ふゆきたんかわよ」
「おんどれ如きが天原先生の名を呼ぶ事、片腹痛し!」
クラスメイト達によるバトルロワイヤルが勃発する。血で血を洗う惨劇が繰り広げられる中、言い合いがヒートアップし始めた頃から祐はしれっとケンを抱え、保健室へと向かっていた。
用事で少し外していた体育担当の黄泉川愛穂が戻ってくるまで、勝者なき戦いは続いたのだった。
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「あー、結局決着つかなかったよ。不完全燃焼だ」
「綾子を本気にするなんて、A組って意外とやるわね」
「よく言うよ、アンタだって最後らへん本気だっただろ?」
「さぁ、どうかしらね」
あの後同点のまま授業は終わり、両者引き分けという形で幕を閉じた。若干の悔しさを浮かべるのはB組の美綴綾子だった。
「それにしても、あの鈴が付いたリボンの子…。ありゃなかなかの逸材だわ」
「そうね、何かやってる子かしら?」
「どうだろ。無所属なら是非うちに欲しいところだけど…。あっ、今思い出したけど多分あの子って逢襍佗の幼馴染の子じゃないかな」
「逢襍佗君の?」
「そう。A組に何人か幼馴染がいるって言ってたし、鈴が頭に付いてるって言ってた気がする」
「へぇ」
凛は少し真剣な顔つきになったが、綾子はそれに気付かなかった。
「あの子、なんか遠坂に似てるよな。素の遠坂と、ね」
「ちょっと、余計な事言わないで貰える?」
「悪い悪い」
笑って謝る綾子に凛はジト目を向けた。
「ねぇ、綾子は逢襍佗君の事どれくらい知ってるの?」
「逢襍佗の事?う〜ん、それこそ話はするけど詳しい事はなんにも。そう言われてみれば身の上話とかした事ないな」
「なるほどね」
「なんだ遠坂?もしかして逢襍佗の事気になってるのか?」
「この前の幽霊の件といい、謎すぎるからね彼。そう言う意味では気になってるわ」
「なんだ、そう言う感じか」
「悪かったわね、ご期待に添えるようなものじゃなくて」
二人はその後も会話を続けながら、教室へと戻っていった。
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「祐の事?どうしたのよ急に」
「それがさ、意外と逢襍佗君って謎な部分が多いでしょ?だから、少し取材がしたいと思ったの」
体育の授業を終え、教室で着替えをしている際に明日菜は和美にそう言われた。
「さっきB組の子達にも聞いてみたんだけど、あまり芳しくなくてさ。ここはやっぱり幼馴染の明日菜達に聞くのが一番かなと思ってね」
「そうは言ったって、そもそも何が知りたいのよ?」
「そうね。例えば…彼女がいるかとか!」
「いるわけないでしょ」
「即答⁉︎」
一瞬の考える素振りすら見せなかった事に流石に和美は驚いた。
「逆にいると思ったの?あいつが変人って事は朝倉だって知ってるでしょ?」
「まぁ、確かに個性的だとは思うけど…。それでも顔だって悪くないし、いたっておかしくはないんじゃない?」
「少なくとも、私は祐が誰かとそういう関係になってる姿は想像できないわ」
「甘い、甘いよ明日菜!」
話を聞いていたハルナが二人に割って入ってくる。こういう事に関しては、相変わらずの地獄耳である。
「甘いって、何がよ?」
「男子、三日会わざれば刮目して見よって言うでしょ。それは祐君だって例外じゃないって事よ」
「何それ、ことわざ?」
「パル、明日菜はバカレットなんだから、もう少し解りやすく言ってあげないと」
「そうだった、ごめんね明日菜」
「ねぇ、マジに謝らないでくれる?普通に言われるよりムカつくんだけど」
運動神経は抜群な明日菜だが、学力に関してはお世辞にも良いとは言えず、全校生徒の中でも下から数えた方が早いレベルであった。A組では学業ワースト5の事をバカレンジャーと呼び、明日菜は赤担当である。
「あぁ、やめてっ!暴力だけは!」
「しないわよ!」
「締め切りギリギリだけは勘弁してください!」
「それはあんたが勝手にやってるだけでしょ!」
「まぁまぁ、明日菜。さっきのは簡単に言うと、時間が経てば人は変わるから三日も合わなかったら注意して見なさいって事よ」
「そう言う事。明日菜達は祐君とは長い付き合いだから想像しにくいかもだけど、祐君だっていつまでも小さい頃のままじゃないと思うよ」
「う~ん」
確かに人というものは大なり小なり変わっていくものだ。それが長い月日が経てば尚の事。それは明日菜も理解しているが、祐がそうかと言われるといまいちピンとこなかった。
「祐君は確かにおっきくなったもんな~。今はちょっと上向かな顔見えんもん」
「木乃香、たぶんそう言う事じゃないと思う…」
横からひょっこり顔を出した木乃香が言った事は、恐らく意味が違うと明日菜もわかった。
「木乃香から見た祐君はどうなの?昔から変わった事とかさ」
ハルナにそう聞かれ、木乃香が顎に指をあてて上を向き考える。やがてハルナを見て答えた。
「変わっとらんよ。祐君はなんも変わっとらん」
「それって成長してないって事?」
和美が何気なくそう聞くと、木乃香は首を横に振った。
「そうやないよ、祐君は成長しとると思う。でもウチはそれって変わるって事とは違うと思うんよ」
三人は黙って木乃香を見る。
「祐君の大事なところはきっと変わっとらん。変わらないで欲しいところ、ウチが好きなところは昔も今もずっとおんなじやから」
「「ぐわああああ!!」」
木乃香がそう言うと和美とハルナが同時に倒れだした。
「ちょっと何よ!?」
「眩しい!眩しすぎる!」
「今の私達じゃ、木乃香を直視できない!」
「これが、幼馴染の余裕ってやつなの!?」
「こんな恐ろしい子だったとは…私の目を以てしても見抜く事ができなかったわ!」
明日菜には二人が何を言っているのか全くわからなかった。しかし今回の原因は、自分が勉強が出来ない事とは一切関係ない事はなんとなくわかった。
「これでもウチ、伊達に祐君の幼馴染やっとらんよ」
得意げに胸を張り、腰に手を当ててフンスと言わんばかりの表情を浮かべる木乃香。
「「おみそれしました」」
和美とハルナが頭を下げる。明日菜はそれを呆れた顔で見ていた。
「随分楽しそうね。あやかは参加しなくていいの?」
「なぜ私が参加しなければなりませんの?」
少し離れた場所で四人の話を聞いていた千鶴が、横にいたあやかに声を掛けた。
「だって、あやかも逢襍佗君の幼馴染でしょ?あやかから見た逢襍佗君の事、私少し気になるわ」
「これと言って特にありませんわ。木乃香さんの言う通り、良くも悪くも出会った時から何も変わっておりません。本当良くも悪くも、です」
「あらあら、手厳しいわね。ふふっ」
「な、なんです千鶴さん…」
自分を見て笑った千鶴に、少し頬を染めてあやかは聞いた。
「あやか、逢襍佗君の事になると子供っぽくなるから。明日菜さんの時とはまた違った感じでね」
気恥ずかしさからあやかの頬がさらに赤みを増した。
「な、何をおっしゃるかと思えば!気のせいですわ千鶴さん!逆に私は、何時まで経っても子供な祐さんに頭を悩ませているくらいです!」
焦ったように捲し立てるあやかに、千鶴はより笑みを浮かべた。
「大体!祐さんと言い明日菜さんと言い、高校生としての自覚が足りません!曲がりなりにもこの私、雪広あやかの幼馴染として恥の無い生活をですね!」
「あんたに恥とか言われたくないわよ!このショタコン女!そっちの方がよっぽど恥ずかしいっての!」
あやかの声が聞こえていた明日菜が、聞き捨てならない事を言ったあやかに食って掛かった。
「なんですって!ご自身の事は棚に上げて、よりによって私を恥と言うなんて!もう少し客観的になられる事をお勧めいたしますわ!まぁ、貴女に言っても無駄でしょうけど!」
「だからあんたにだけは言われたくないわ!」
久し振りの明日菜とあやかの言い合いに、クラスが盛り上がり始めた。
「久々に始まるか!明日菜に一票!」
「なら私は委員長だ!」
「ファイッ!」
桜子が自分の机からゴングを取り出し、木槌で叩いて開戦を宣言した。
なぜか律儀にそれに倣って取っ組み合いを始める明日菜とあやか。クラスメイト達は二人を中心に集まり始めた。
「あんた何でそんなもん持ってるのよ…」
「この前逢襍佗君が誕生日プレゼントにくれたの!必要な時に使ってって!」
「あっそう…」
貰った本人が喜んでいるようなので、円はそれ以上ツッコむのはやめた。
ーーーーーーーーーーーー
「結局保健室には誰がいたんだ?」
バトルロワイヤルには参加しなかった事で説教を免れた正吉と純一が、ケンを送り届けてきた祐にそう聞いた。
「天原先生だった。なんか俺の名前憶えててくれててさ。いやぁ、そこそこ目立つ見た目しててよかったよ」
「目立ってるのは見た目だけじゃ無いと思うよ…」
純一の言った事は真理だった。
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