Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

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欲した訳は

放課後、部室で絵を描いている明日菜。

 

明日菜は美術部に所属しており、今日は夕刊のバイトも無い為久しぶりに部活へと参加している。

 

所属の理由は顧問がタカミチだったからと言う正吉並の不純な動機だったが、活動自体は真面目に行っていたのでなかなか上達している。他の部員曰く、『当初の落書きレベルの物から驚きの進化。これは現代の恐竜的進化だ』とのこと。

 

ふとキャンパスから視線を外し、窓を見るとこちらを見ているカモが視界に映った。

 

「おっす、姐さん。随分と集中してんな」

 

「は?…ちょっとあんたこんなとこで!」

 

声を掛けてきたカモに動揺し、立ち上がって周りを見渡す。しかしそこには明日菜以外の生徒はいなかった。

 

「あ、あれ?みんなは…」

 

「他の生徒さんなら少し前に帰ったぜ。姐さんが集中してたから、みんな気を使って声を掛けなかったんだよ」

 

「そうなんだ。てか、どうしたのよ学校まで来て」

 

「今朝言ったじゃないっすか、話したい事があるって。その為ですぜ」

 

そう言ってカモが窓から明日菜の書いていたキャンパスの前にやって来る。

 

「おお、どんな感じの絵を描いてるかと思ったが、こりゃ風景画ってやつですかい。なかなか上手いじゃないの」

 

「どうも。まぁ、それなりにやってきたしね。頻繁に来れてるわけじゃないけど」

 

キャンパスには川と青空、その上に架かる虹が描かれていた。

 

「虹か、虹ねぇ…」

 

「なによ?」

 

「いいや、なんでもねぇ。それより本題に入らせてもらっても?」

 

「へ?ああ、うん」

 

明日菜は椅子に座り、カモは近くの机に飛び乗った。

 

「話ってのは他でもねぇ。この間話した、戦う為の力に関してさ」

 

それは少し前の河童事件の際にカモから聞かされた事だ。あの時は木乃香がシャワールームから出て来た為に途中で話が終わってしまったが、それの続きだろう。

 

「そう言えばそんなこと言ってたわね」

 

「そんで、姐さんとしてはどうなんです?戦う為の力…手に入れたいとは思いませんか?」

 

明日菜は視線を落とし、一人思考の海に沈んだ。

 

あの時何が起こっているのか知っていながら、自分は黙って事件が終息するのを見ている事しか出来なかった。何も思わなかったと言えば噓になる。

 

ネギは幼いながらも教師として、魔法使いとして前に出ていた。そして…

 

「その顔、やっぱり兄貴達が心配なんすね」

 

「そりゃ心配に決まってるじゃない。ネギはまだガキなんだし…。ん?達?」

 

「あの虹の光を出す旦那の事っすよ。あの人が何もんかは俺っちは良く知らねぇが、姐さんにとって大事な人って事はわかってますぜ」

 

明日菜は顔を赤くした。

 

「べ、別にそんなんじゃないから!あいつはただの幼馴染ってだけ!ただ、あいつはバカだから…危ない事してるだろうし、無茶もするから心配になんのよ」

 

「なるほどね、大体わかったぜ」

 

「本当にわかってんでしょうね…」

 

疑いの視線をカモに向けるが、カモはわかっていると言うような表情を返してきた。

 

「兄貴もその旦那も無茶をするから心配になる。だけど自分が近くに行ったところで戦う力が無いから足手纏いになる。だから悩んでる、ってとこじゃないっすか?」

 

明日菜は静かに頷いた。

 

「わかる、わかるぜ姐さんの気持ち。痛いほどな」

 

「わかるって、あんたが?」

 

「もちろんでさぁ、見ての通り俺っちはオコジョ妖精。兄貴達みたいに戦えるわけじゃねぇからな。俺っちにも自分に何が出来るのかと悩んだ時期もあったのさ」

 

遠い目をして語るカモ。言った事全て信用するつもりはないが、この事に関しては嘘をついているようには見えなかった。

 

「世の中努力で大抵の事は何とかなるかもしれねぇが、どうにもならない事もある。俺っちがどれだけ努力しようと、残念ながら兄貴みたいに戦う事は出来ねぇ」

 

「だが、姐さんには出来る可能性がある」

 

視線を向けられた明日菜が、少し驚いた顔をする。

 

「どういう事よ。私に魔法の修行しろって事?」

 

「まぁ、それも悪くはないかもしれないが…。実はもっと簡単で手っ取り早い方法があんのさ。俺っちが伝えたい事はその事だ」

 

「なんか怪しいわね…。本当にそんな都合の良い方法があるの?」

 

カモは自慢げに笑うと、指し棒を取り出した。

 

「あるぜ、姐さん。それはずばり…『仮契約』だ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

残りの仕事を片付けるべく教員室へと向かうネギ。部活も終わった時間帯の為、校内に残っている生徒は見当たらない。

 

そうしていると、明日菜が壁に寄りかかっているのが見えた。気になったネギは声を掛ける事にした。

 

「明日菜さーん!」

 

「ネギ…」

 

真剣な顔をした明日菜がこちらを見る。その顔はどこか悩んでいるようにも見えた。ネギは駆け足で近づき、顔を覗いた。

 

「明日菜さん、どうかしたんですか?」

 

「うん…まぁ、ちょっとね」

 

ネギに視線を合わせるとすぐにその視線を外す。一度深く呼吸をすると再度ネギを見た。

 

「えっと…明日菜さん?」

 

「ねぇ、ネギ。あんたは仮契約って知ってるの?」

 

「え?仮契約って、誰からそれを…?」

 

「カモのやつから聞いたの。その仮契約ってのをすれば、戦う力を身に付けられるって」

 

明日菜が一歩前に出る。緊張からか胸の前で右手を強く握っていた。

 

「それに、仮契約したらあんたも魔法使いとして一つ成長出来るんでしょ?なら…」

 

「なら、私としてくれない?その…仮契約」

 

「明日菜さん…」

 

はっとした明日菜は急に慌てた様子になる。

 

「あっ!言っとくけど方法はキスじゃないやつね!カモのやつそれが一番簡単とか言ってたけど、ちゃんと呪文を唱えればそんな事しなくても契約出来るって事らしいし!それならお互い問題なく」

 

「明日菜さん。明日菜さんは…どうして仮契約をしたいと思ったんですか?」

 

そう聞かれた明日菜はバツの悪い顔をした。

 

「理由は大体二つ。まず一つは、悔しかった。河童の事知ってたのに、見てる事しか出来なかったから…。ネギと、桜咲さんや龍宮さんが何かしてる時に何も出来ないのが」

 

「あの時直接は見てないけど、たぶん祐もいたんでしょ?あいつも、戦ってたのよね?」

 

ネギは素直に頷いた。今は隠すべきではないと思ったからだ。

 

「もう一つは、あんた達が心配だから。近くにいて、無茶しようとしたら引っ叩いて止めたいけど…今の私が行ったって止められないし、足手まといになるだけ」

 

「だから、私も何かできる力が欲しい。自分からやたらと危険に飛び込むつもりはないけど、あんた達が何かしてる時に力を貸してやれるぐらいにはなりたいの!その為に仮契約をするのは、ネギを利用してるみたいで、どうなんだろうって思ったけど…」

 

明日菜が先ほどからどこか申し訳なさそうにしている原因はこれだとネギは思った。きっと明日菜はどんな理由であれ、力を手に入れる為にネギと仮契約を結ぶという事は、ネギを利用している事になると思っている。

 

彼女は少々乱暴なところはあるが、面倒見が良く本当は優しい人物である事はネギも知っている。そして、見ている事しか出来ないという事の辛さも。

 

彼女が自分と仮契約してくれるなら、むしろネギとしては心強い。半年以上一緒に暮らし、多少なりとも人となりをお互い理解しているつもりだ。だがだからこそ、今ここで答えを出す事は出来そうになかった。

 

ネギは申し訳なさそうな顔をして明日菜を見る。

 

「少し、少しだけ時間を頂けませんか?あまり長い時間は掛けません、必ず答えを出しますから…」

 

明日菜は頷く。その顔はネギと同じように申し訳なさで暗いものになっていた。

 

「うん、こっちこそごめん。いきなりこんなこと言ってさ…。困らせちゃったわよね」

 

「い、いえ!そんな事は…」

 

明日菜は一歩近づくとネギの頭に手を置いた。

 

「ごめんね、ネギ。すぐじゃなくていいからさ!どちらにしろ、決まったら教えてね!」

 

「はい。必ずお伝えします」

 

お互い何とか笑顔を作る。しかし、その笑顔は双方心からのものでは無かった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ネギと明日菜の仮契約の話から三日が経過した。

 

学園から自宅へ帰宅していた祐は、途中で前を通り過ぎた変わった虫を何となしに付け回していた。その虫が木に止まると、観察をする。

 

「なんだこの虫?キモイな」

 

その感想は見た目からではなく、その虫が纏っている雰囲気からきた物だった。すると虫が祐の顔めがけて飛んでくる。それをなんて事もなさそうにデコピンの要領で弾き飛ばと、虫は若干ふらつきながら祐から離れていった。

 

その姿を眺めていると、スマホが着信を知らせる。画面を見ると、そこには神楽坂明日菜と表示されていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「うーん…ようやく終わったぁ。ちょっと遅くなっちゃったな」

 

教員室にて今日の仕事を終え、自身の席で伸びをするネギ。今日はやけにやることが多く、普段よりも遅い時間になってしまった。一応今日は遅くなると明日菜達には連絡してある。

 

そろそろ帰ろうと支度をしていると、背中をパンっと優しく叩かれた。

 

「ネギ先生!お疲れ様でーす!」

 

「あっ、藤村先生!お疲れ様です」

 

振り向くとそこにいたのは、未だ気力が有り余っている様に見える藤村大河だった。

 

「今日は珍しいですね、この時間まで残ってるなんて」

 

「あはは…今日は少しやらなきゃならない事が多くって」

 

「なるほど、この歳で自分の職務に責任をもっているなんて…。教育者の鑑ね、ネギ先生!」

 

「い、いやぁ…そんな事ありませんよ」

 

いつもの調子の大河にネギは苦笑いで答えた。

 

「それに、僕はまだまだ頼りないし…未だに皆さんには助けられてばかりで」

 

少し表情を暗くしていうネギに、再度大河は優しく背中を叩いた。

 

「何言ってるのネギ先生!それでいいんですって!」

 

先程よりも若干威力が増したことにより、少しふらつくネギ。姿勢を直すと、大河は優しい笑顔を向けていた。

 

「周りに助けて貰うって事は、そんな悪い事じゃないですよ」

 

「え?」

 

「周りの人がネギ先生を助けてくれるのは、周りの人達が心からネギ先生を助けたいと思ってるからなんです。そう思われるって、とっても素敵な事だと思いませんか?」

 

「藤村先生…」

 

「ネギ先生が一番しないといけない事は、それを申し訳なく思う事じゃなくて、それを誇りに思ってそのまま努力を続けることだと私は思います」

 

「感謝の気持ちを忘れないって事に関しては、ネギ先生は言わなくても十分わかってるみたいですからね」

 

ネギは何も言わず大河を見つめた。大河は再び笑ってネギの肩に手を乗せる。

 

「頑張れ少年!少年少女の仕事は、たまに悩んでたまに頑張って、ご飯を食べてしっかり寝て、楽しく過ごす事!」

 

ネギは柔らかく笑った。

 

「ありがとうございます、藤村先生」

 

「なぁに!教師の先輩として、人生の先輩としてのちょっとしたおせっかいみたいなもんです!」

 

「何か困ったことがあったら何時でも頼ってくださいよ!」

 

そう言ってネギの肩をバシバシと叩く大河。抑えてはいるようだがそれでもそこそこの力にネギはなんとか笑顔を保った。そんな中、先ほどの言葉からある人物に言われたことを思い出す。

 

『何か困った事があったら…いや、なんも無くても声かけて下さいね。いつでも待ってます!お便りはこちらから!』

 

(何かあったら、何もなくても…)

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

学園から出ると明日菜達にもう少しだけ遅れると連絡し、ネギは一人ある場所を目指していた。

 

学園都市の住宅地を抜けると、周りが芝で覆われた場所にポツンと小さな一軒家が建っている。表札を確認した後、チャイムを鳴らす。

 

「ふぇ~い」

 

中から気の抜けた返事が返ってくると、程なくして玄関の扉が開いた。

 

「はいはい。おっ、珍しいお客さんだ」

 

「こんばんは祐さん、夜分にすみません」

 

お辞儀をするネギに祐は笑って答えた。

 

「いいのいいの、気にしないで。むしろ来てくれて嬉しいよ。せっかくだし、上がってってくださいな」

 

「は、はい!失礼します!」

 

どこか緊張した面持ちのネギに祐は笑うと、中へと招き入れた。

 

 

 

 

 

 

「結構広いんですね、1LDKですか?」

 

「そうだね。一人で暮らすには広すぎるような気もするけど、大は小を兼ねるとも言うし結構気に入ってるよ」

 

フローリングを抜けて祐の部屋へと進む二人。ネギ用の座布団を出すとテーブルを挟んで祐が座った。お礼を言ってから座布団に座るネギ。珍しそうに辺りを見渡していると祐が何かに気づき立ち上がる。

 

「何か飲み物でも出すよ。あ、駄目だ。水しかねぇや。水でいい?」

 

「あ、すみません。わざわざ」

 

「ネギはお客さんなんだから気にしない気にしない。まぁ、出せる飲み物が水しかないんですけどね!ハハハハハハハハ!」

 

何が面白いのか爆笑しながらコップを取りに行く祐。その背中を困惑しながら見ていると棚の上に幾つか飾られている写真立てが目に入ってきた。思わず写真立てに近づき写真を見る。

 

そこには幼い祐と明日菜達の写真などが飾られていた。

 

「お待たせ。ん?ああ、その写真か」

 

「ご、ごめんなさい!勝手に見ちゃって!」

 

「別に見られて困るもんは無いから問題ないよ。残念ながらうちにエッチな物はございません。はい、誓ってございません」

 

「エッチな物って…」

 

「期待してたとこ申し訳ない…」

 

「期待してませんよ!?」

 

二人は先ほどの場所に座りなおした。ネギは一口水を飲むと、真剣な表情になる。

 

「祐さん、実は…今日は聞いて頂きたい事があってお邪魔させてもらったんです」

 

「そっか、じゃあ良ければさっそくその話を聞かせて貰おうかな?」

 

ネギは頷き、ぼんやりとテーブルを見ながらぽつぽつと話し始めた。

 

「魔法使いの仮契約についてはご存じですよね?」

 

「うん、まぁね」

 

ネギは頷くと話を続ける。

 

「三日前の放課後、明日菜さんに仮契約をして欲しいって頼まれたんです」

 

「明日菜さんが仮契約を望んだ理由は二つあって…一つは僕達が何か大変な時、少しでも力になりたいからその為の力が欲しいと言う物でした。それを聞いた時、正直僕は嬉しかったんです」

 

祐は黙ってネギの話を聞いていた。

 

「明日菜さんがパートナーになってくれるなら、すごく心強いなって思って。でも…」

 

「でもそれは、明日菜さんを僕ら魔法使いの世界に…戦いに必然的に巻き込む事になるって…」

 

ネギは膝の上に乗せていた両手を強く握った。

 

「教師として、明日菜さんには危険だからと断るべきとも思いました。でも…言えませんでした」

 

「もう一つの理由で、明日菜さんは見ている事しか出来なかったのが悔しかったって言ってました。それが、僕と同じだと思ったから」

 

「前に言ってた、雪の日の事か」

 

「はい…」

 

ネギが三歳の頃、ネギの住んでいた村が突如悪魔達に襲われる事件が起こった。突然の襲撃に村人たちは大勢が傷つく事となるが、多次元の脅威から世界を守る為に世界中を駆け回っていたナギが運よく帰ってきた事で最悪の事態は免れた。だがその事件は幼いネギの心に大きな傷を残した。

 

「僕が立派な魔法使いを目指したのも、大切な物を守れる人になりたいからなんです。だから、明日菜さんの気持ち…わかる気がして」

 

「明日菜さん、この話をしている時すごく申し訳なさそうでした。力の為に僕を利用してるみたいだって言って」

 

気付くとネギは目に涙を溜めていた。

 

「本当なら、僕一人で解決しなきゃいけないのはわかってるんです…。でも、どうするのが正解なのか、僕…わからなくて…」

 

「そんな時祐さんが何かあったら声を掛けてくれって言ってくれた事を思い出して、それで僕」

 

先程、人に助けてもらう事は悪い事ではないと教えて貰った。しかし壁に当たった時に、自ら誰かに助けを求めている自分が情けなく思えてきてしまった。それが、ネギは悔しくもあった。

 

「ネギ」

 

名前を呼ばれ、そちらを向くと祐が立ち上がった。そのままネギの隣まで来ると膝をついて、ネギの頭を撫でた。

 

「ありがとう、話してくれて。沢山悩んだんだな」

 

優しい声にネギは涙がこぼれそうになったが、何とか押しとどめた。

 

「俺の身勝手な意見を言わせて貰うなら、明日菜には危険な事をして欲しくない。それはネギ、お前にもだ」

 

予想していなかった後半の発言に、ネギは少し驚いた顔で祐を見た。

 

「少なくとも俺が大切に思ってる人は、何にも苦しまずに幸せに暮らしてほしい。でも、そんなのは土台無理な話って事もわかってる」

 

頭から手を離し、ネギの両肩に手を置く。

 

「それに、俺自身が周りに無理言って好き放題やってるんだ。なのに他の人には危険な事して欲しくないなんて、そんな都合の良い事言う権利俺には無い」

 

「俺は魔法使いじゃないから、ネギの代わりに仮契約してやる事も出来ない。この問題は、俺がどうこうしろって言うべき事じゃないんだろうな。確かにこれは、ネギと明日菜で決めるべき問題だ。ただ…」

 

ネギの顔をのぞき込み、目と目を合わせた。

 

「ネギと明日菜の決めた事なら、俺はその答えを尊重する。どちらを選んでもね」

 

「俺は二人を信じてるよ。だから二人が決めた事ならそれを応援したい」

 

祐はネギの目を見て、何か気付いたような顔をした。

 

「もし違うんならそれでいいんだけど…ネギ、自分から誰かの手を借りようとする事は情けないんじゃないかって思ってない?」

 

「えっ?何でわかったんですか!?」

 

祐は苦笑いを浮かべながら自分の頭を掻いた。

 

「いやぁ、なんせ俺も前に同じ事言われてさ。だからまぁ、よくわかるよネギの気持ち」

 

「ただそん時に言われたんだ、本当に勇気のある人は自分が辛い時にはちゃんと助けを求めるって。助けを求めるのって、案外すごく勇気のいる事だと思うんだ」

 

「だからネギは凄いよ。俺はそれが出来るようになってきたの、つい最近なのに。大したもんだ!」

 

それを聞いてネギの目から遂に涙がこぼれ落ちた。慌てて眼鏡を外し、涙を乱暴に拭う。祐はネギをゆっくり抱き寄せると背中に手を回し、背中をトントンと優しく叩いた。

 

「俺も、見てる事しか出来ない事の歯痒さは、それなりにわかってるつもりだ」

 

ネギも祐の背中に腕を回すと、思い切り抱き着いて顔を祐の胸に擦り付けた。

 

「難しいよな。どれだけ悩んで出した答えだって見方を変えたり、見る位置が違えば正解なんて変わるんだから。ちょっと前の俺も、何が正しいのか答えが出せなかった。結局捻り出したのは、到底相手を納得させられる様な物じゃなかった」

 

「どうするべきかわからない事だらけだよ。それでも、答えを出すとしたら…たぶん自分を信じるしかないと思うんだ。出した答えがあんまりにもアホな答えだったら、きっと自分の大切な人達がぶん殴ってでも止めてくれるよ」

 

「大丈夫だよネギなら、だってこんなに優しいんだから。お前は自分を信じていい」

 

泣きながら小さく頷いたネギ。祐は抱きしめる力を少しだけ強めた。

 

 

 

 

 

 

「あの…すみません、お恥ずかしいところを…」

 

あれから暫くして落ち着いたネギは恥ずかしさからか、座布団の上で正座をしながらこれでもかと言うくらい縮こまっていた。

 

「気にする事ないって、泣く事って恥ずかしい事じゃないからさ。不謹慎かもしれないけど、そういう姿を見せてくれたのはちょっと嬉しかったよ。心を許してくれてる気がして」

 

笑って再びネギの頭を撫でる。ネギの顔は赤みを増した。

 

「なぁ、ネギ。良かったらさ…明日学校休みだし、今日泊まってかないか?」

 

「えっ?でも、いきなり迷惑じゃないですか?」

 

「全然?むしろお願いしたいぐらい。人肌恋しい季節だからね」

 

後半はよくわからなかったが、祐は本心でそう言っている様に感じる。それにネギとしても、今はもう少し祐と一緒にいたい気持ちがあった。

 

「えっと、その…。お、お世話になります」

 

「おっしゃ、任せろ。まずは保護者に連絡だな。ネギは先に風呂入っときな。その間に色々やっとくから」

 

「そんな、それくらい僕が」

 

「今日くらい諸々俺に任せてくれ、悪いようにはしないから。シャッチョサン、二万デドウ」

 

「しゃっちょさん?」

 

「いや、何でもない。忘れてくれ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「明日菜〜、祐君からの連絡見た?」

 

「あ〜うん、さっき見た。ネギが泊まってくらしいから着替えとか貰いにくるってやつでしょ?」

 

二人に来た連絡の文章には[今夜は寂しさに震えそうなのでネギに頼んでうちに泊まってもらう事になりましたで候。私奴が取りに向かわせていただきますので、お手数ではございますがお泊まりに必要な物を見繕っていただきたいでふ。でふって何だよ?]と書かれていた。

 

「うん。取り敢えず用意しといたんやけど、今夜の分だけでええよね?」

 

「たぶん二日分必要ならそう言うと思うわよ」

 

紙袋にお泊まりセットを入れた木乃香が中身を確認しながら言う。

 

「ええなぁネギ君。ウチも祐君のお家泊まりに行ってみたいわ」

 

「さ、流石にそれは不味いんじゃない…?」

 

「え〜、何でなん?」

 

「何でって、それは…」

 

明日菜が言い淀んでいると、二人のスマホが同時に鳴った。通知を見ると[窓のカーテンを開けてご覧ください。そこには俺の姿が]と出ていた。窓に行き、明日菜は閉めていたカーテンを開けた。

 

「どうも、こんばんみ」

 

「こんばんわ〜」

 

「何でそんなとこから来んのよ」

 

そこにはいつの間にかベランダに寄り掛かっている祐がいた。明日菜は呆れた視線を向ける。

 

「玄関から来たら他の人に見つかっちゃうかもしれないからさ。自分から来といてなんだけど、見つかったらやべぇ事になる」

 

「ここから来るのもどうかと思うけど…」

 

そう話していると木乃香が紙袋を手渡す。

 

「はいこれ、ネギ君のお泊まりセット。今夜分だけでええんよね?」

 

「ありがとう木乃香。うん、大丈夫。拉致するのは今のところ今日だけだから」

 

「いや、言い方」

 

「あっ」

 

木乃香が何かを思い出し、パンっと両手を合わせる。

 

「歯磨き粉入れるの忘れとった。ちょっと待っててな」

 

そう言って洗面台へと向かう。残された二人はその背中を見ていると、祐が明日菜を見た。

 

「明日菜、ネギも話してくれたよ。仮契約の事」

 

「そう…」

 

「俺からは自分を信じて決めてみなって言っておいた。後は、どっちを選んでも俺は二人の出した答えならそれを尊重するって」

 

明日菜は落としていた視線を祐に向ける。祐は明日菜に左手を差し出すと、明日菜は静かにその手をとった。

 

「答えは人の数だけあるからさ、全員を納得させられる答えなんてないのかも。だからこそ、最後に決める要因は自分自身になると思う」

 

明日菜は少し力を強めて祐の手を握る。

 

「あの子はきっと自分の答えを出すよ。いや、もう出してるかもね。だから明日菜も自分と、自分の大切なものを信じてみて。そうすればきっと答えが出るよ、明日菜の答えが」

 

「うん、ありがと祐」

 

明日菜が少し笑う。祐はそれに笑顔で返した。

 

「大丈夫、明日菜がアホな事したら俺がちゃんとアホだなって言うから」

 

「それあんたにだけは絶対言われたくない」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

あの後自宅に戻り、ネギに荷物一式を渡した。晩御飯は祐が普段食べているオートミールにプロテインをかけた物とゆで卵にブロッコリーを出すと、ネギは若干引いていた。

 

現在は布団を敷いているところである。

 

「敷布団って言うんでしたっけ?何枚かあるんですね」

 

「たまに友達とかが泊まりに来るからね。その時用だよ」

 

隣り合わせに布団を敷くと、お互いの布団に座る。

 

「さて、そろそろ寝ますか。オートミール美味かったでしょ?美味かったと言いなさい」

 

「お、美味しかったです…」

 

「いいだろう」

 

「何がですか…」

 

電気を消し、布団に入る二人。

 

「んじゃ、おやすみネギ。良い夢見ろよ!あばよ!」

 

「えっ!?は、はい…おやすみなさい祐さん」

 

 

 

 

 

 

辺りは静まり返り、聞こえてくるのは外の風の音だけ。ネギは寝返りを打つと、隣の仰向けになり目を閉じている祐を見た。

 

「祐さん、起きてますか?」

 

「うん」

 

「あ、起きてた」

 

祐が目を開けてネギに視線を向けると、どこか緊張しているように見えた。

 

「どったの?」

 

「あの…その~…」

 

祐は身体を横向きにしてネギの言葉を待った。

 

「よかったら、そっちの布団に行っても良いですか?」

 

「……」

 

祐は黙ってネギを見る。なんだか恥ずかしくなって、ネギは毛布で顔を目の下まで隠した。

 

「あぶねぇ…落とされるとこだった…」

 

「落とされる?」

 

ネギが疑問を浮かべていると、祐が毛布を広げた。

 

「こんなとこでいいなら、いくらでもどうぞ」

 

「は、はい…。お、お邪魔します…」

 

すすっと祐の胸元に近寄りそこに収まった。それを確認すると祐は毛布を掛ける。

 

「狭くない?」

 

「はい、大丈夫です。それに、なんだかとっても安心できて…」

 

そこで言葉が止まり、祐がネギの顔を覗くと小さな寝息を立てている事に気づく。優しく笑うとネギの頭をそっと撫でた。

 

「言うは易く行うは難し…自分だって碌に出来て無いくせにな。随分偉そうなこと言っちまった」

 

「都合良いよな、ほんと」

 

体勢を仰向けに戻すと祐は目を閉じる。気付くと自身に抱き着いて眠っているネギの温かさを感じた。

 

たとえ眠る事は出来ずとも、今夜は何時もより安らぎを感じられた気がした。

 

 

 

 

 

 

翌朝。ネギは昨夜の事を思い出し、起床時は祐に対して若干ぎこちなかったが、その表情は憑き物が落ちた様に見えた。

 

ネギと共に朝食をとる祐。出した物は昨晩と全く同じ物だった。ネギは引いていた。

 

「美味しいと言いなさい」

 

「美味しいです…」

 

「いいだろう」

 

(何だろうこの一連の流れ…)

 

別に不味い事はないのだが、何とも淡白な食事に見えるのは普段から木乃香が作ってくれる食事を食べているからだろうか。そもそも祐は毎日これを食べているのかと気になったが、何だか聞かないほうがいい気がして、結局聞く事はなかった。

 

時間が10時頃になるとネギが荷物を持ち、玄関から外へ出る。祐も一緒に出て家の前で向き合った。

 

「祐さん、今回はありがとうございました」

 

「いや、なんもしてあげられなくてごめんね。嫌じゃなかったらまたいつでもおいで。また一緒に寝ような!一晩中抱きついてくれよ!」

 

「ゆっ、祐さん!」

 

顔を赤くしてアワアワとし出すネギを見て笑うと、頭を撫でた。

 

「覚えといて。いつもそばにいるわけじゃないけど、いつだって出来る限り力になるよ。ネギが困った時もそうじゃない時も、俺は待ってるから」

 

そう言われたネギは、僅かに不安な表情を浮かべた。

 

「祐さんは、どうして僕にそこまでしてくれるんですか…?僕は祐さんに、何も出来てないのに…」

 

弱々しく言うネギを見て、しゃがんで視線を合わせる。

 

「俺は無条件で人を好きになったりしない。博愛主義者でもなければ、無性の愛を持ってる様なタイプでもない」

 

「ネギの力になりたいと思ったのは、お前が悩みながらでも前に進む事をやめようとしないからだ」

 

ネギも祐の目をしっかりと見返した。

 

「悩むのが辛くて、悩む事をやめる人が大半な中で、お前は悩むのをやめない。だから力になりたいと思った。俺にそう思わせたのは、ネギ…お前自身だ。一生懸命な人は、応援したくなるもんさ」

 

立ち上がり両手をネギの肩に乗せると、くるっと半回転させる。背中を優しく押して、ネギを一歩進ませた。

 

「行ってこいネギ。俺だけじゃない、沢山の人がお前の力になりたいと思ってるぞ」

 

ネギは振り向き、改めて深く頭を下げる。少しして頭を上げると、その顔に不安はなかった。

 

「祐さん…出ました、答えが。今の僕の答えが」

 

祐は頷く。

 

「伝えてあげな。ネギの答えを」

 

「はい!」

 

前を向き、駆け足で進むネギ。途中で走りながら振り返ると大きく手を振った。

 

「祐さん!またお泊まりさせてください!今度は、何もない時に来ます!」

 

祐は笑って手を振り返す。

 

「おう!待ってるよ!今度はいつものじゃなくて、ちゃんと飲食系は用意しとく!」

 

遠ざかるネギを見送り、腕を組んで一息つく。

 

「別に悩むのをやめる必要はない。悩み続けたって、最後に少し前に進めたんならそれでいい、だったっけか」

 

「ナギさん、貴方の息子は強い子ですね」

 

祐のこぼした独り言は、誰にも聞こえる事はなかった。

一番好きな章は?

  • 序章・始まりの光
  • 幽霊と妖怪と幼馴染と
  • たとえ世界が変わっても
  • 消された一日
  • 悪魔よふたたび
  • 眠りの街
  • 旧友からの言葉
  • 漢の喧嘩
  • 生まれた繋がり
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