麻帆良学園高等部一年B組の生徒が朝のホームルームを前に次々に教室に集まってくる。そんな中、頭にリボンをつけた少女が教室に入って来た。名前は天海春香。B組の生徒であり、駆け出しではあるもののアイドル事務所に所属する現役女子高生アイドルでもある。
自分の席に進む途中クラスメイト達に挨拶をしていく春香。誰とでも分け隔てなく接する彼女は男女共に友人が多く、クラスの人気者だった。
自分の席に着くと、鞄から荷物を出している隣の席の人物に声をかける。
「おっはよ〜う逢襍佗君!」
「おはよう天海さん。珍しいね、今日は少し遅めだ」
「あはは〜、実はいつも乗ってる電車を今日は逃しちゃって…」
「そっか、天海さん家遠いもんね。毎日大変だなぁ」
春香が住んでいる場所は神奈川県であり、埼玉県にあるこの麻帆良学園に通学するには一時間以上かかってしまうため、なかなか大変そうである。
「確かに楽ではないけど、私そんなに通学嫌じゃないよ」
「マジ?誰かに無理やり言わされてない?家族人質に取られてるとか?」
「言わされてないよ⁉︎家族も無事だから!」
なんだ良かったと言いながら祐は再び荷物を出し始める。いきなり物騒な事を言われて驚いたが、気を取り直して春香も席に座る。すると祐が春香にペットボトルを差し出す。
「ん?どうしたのこれ」
「大量にゲットしたから良かったらどうぞ」
「大量にって、くじでも当たったの?」
「まぁ、ある意味大当たりしたかな」
よくわからないがせっかく貰えるのなら貰おうと春香はペットボトルを受け取る。
「ありがとね」
「いえいえ、いつもお菓子貰ってることに比べたらお釣りが来まっせ」
お菓子作りが趣味である春香は時折学校に手作りのお菓子を持ってくる。友人達に配っていて、祐は春香が作るお菓子が好きだった。
「こちらこそ、いつも美味しそうに食べてくれて作った甲斐があるよ」
毎回お菓子を美味しそうに食べる祐を見ていると、なんだか餌付けしているように感じる事は黙っておこう思った。それからも二人で話していると、こちらに正吉がやって来た。
「妬けるねぇ祐。我らがマドンナ天海春香さんを独り占めするとは」
「おはよう梅原君!あと煽てたって今日はお菓子出ないよ?」
「おっと、そんなつもりはなかったんだが。まぁそう言うことにしておくか」
「正吉」
「なんだ?」
「悔しいのう」
「あっ、今俺すっげぇむかついた」
「ふふっ」
そのあと3人で少し話していると、正吉が本日提出する課題のやり残しを思い出して急いで自分の席に戻っていった。少ししてそちらを見てみると、祐のもう一人の親友兼幼馴染の少年に課題を見せてもらっているようだ。そこにいつの間にか肩ぐらいの長さで強めの癖毛を持ち、ワイシャツの上にカーディガンを着ている少女もちゃっかり課題を見せてもらっている。まぁ、それはいつものことなのでさして気にしないことにした。
「そう言えば、この間のデパートの仕事だっけ?あれどうだったの」
「うん、ばっちりこなしてきたよ!と言っても着ぐるみの人と一緒に風船配る仕事だったけどね…」
アイドル関係ないよねと自虐気味に春香は笑った。そう言われた祐は悩んだ様子で腕を組む。
「どうしたの?」
「あ〜、芸能界や社会のことなんて何も知らない俺がこんなこと言っても説得力ないか…いや、敢えて言おう。積み重ねだよ天海さん」
「積み重ね?」
「うん、昔イエローマンが言ってたんだ。小さい仕事ができないヤツに大きな仕事は頼まないもんだぜって」
(イエローマンって誰だろう…)
「それに今はまだそうじゃなくても、絶対天海さんはハイパーアイドル…だっけ?そんな感じのやつになるよ」
「それってトップアイドルのこと?」
「あぁ、それそれ」
適当だなぁと言いつつ、春香は笑った。そしてふと少し意地悪な質問をしたくなった。
「えぇ〜、なんか信じられないなぁ。どうして私がトップアイドルになれるって思うの?」
「そんなの決まってるじゃない。天海さんは輝いてるからだよ」
真っ直ぐに言われて春香は少しほうけてしまった。少しずつ思考が戻って来て祐に聞き返した。
「か、輝いてるの?私」
「輝いてるよ。あっ、物理的にじゃないからね?あともし別の言い方がいいなら煌めいてるでもいいよ?」
「そこにこだわりはないかな…」
輝いてるなんて初めて言われたかもしれない。まだ彼とは短い付き合いだが、彼は本当に思っている事を言ってる時とそうでない時であからさまに態度が違うのはクラス中が知っているぐらいわかりやすい。今の言葉は前者の方だろう事がわかった。普段何を考えているかは正直未だにわからない事が多いが。
「でも、私より綺麗で可愛い子なんていっぱいいるよ?」
「それもアイドルとしては重要なんだろうけど、俺の思う輝きの前ではおまけのようなもんだから。なんて言うか…そうだな…」
「俺には天海さんがどのアイドルよりも一番輝いて見えてる。一番眩しく見えたんだ。もう眩しくて薄汚れた俺じゃ直視できないレベルで。今は直視してるけどスルーしてね」
「だから天海さんはトップアイドルになれるって思ってるよ。ならなかったらそれはこの世界の方が悪い。そんな世界カスだよ」
そこまではっきり言われるとすごく照れる。顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。
「それに心配せずとも天海さんは綺麗だし可愛いって」
「うっ…そ、そうかな」
「もちろん。みんな!天海さんは可愛いよな⁉︎」
「当たり前だよなぁ!」
「可愛いに決まっとろうが!」
「爆発しちゃうって‼︎」
「僕と付き合ってください」
「May I help you?」
「エクスキューズミー!」
いつから聞いていたのかクラスメイトの男子達が一斉に声を上げる。そしてそのまま女子も巻き込んでの天海コールが始まった。各々手を叩いたり拳を突き上げたりしている。
「「「「天海!天海!天海!天海!」」」」
怒涛の展開についていけず春香はもはやショート寸前である。しばらくコールが続いたそんな時、前のクラスであるA組から同じようにコールが聞こえてきた。
[ちう様っ!ちう様っ!ちう様っ!ちう様っ!]
「A組の奴らか⁉︎対抗して来やがったぞ!」
「なめやがって…カチコミ行ってくるわ」
そう言うと祐は鞄から鉢巻を取り出して額に結んだ。鉢巻には天海春香と書かれている。
「何その鉢巻⁉︎」
春香は思わず聞いてしまった。駆け出しである自分のグッズなんて発売されているわけがないので、あれは祐の自家製だろう。さすが自称ファン一号、ファンの鑑である。
「祐!かましてやれ!」
「きゃ〜!逢襍佗君ステキ〜!」
クラスメイトの悪ノリという名の声援を背中に受け、『漢』逢襍佗祐・出陣
「逢襍佗少尉、突貫します!」
やけに様になった敬礼を見せて祐がA組へと向かった。クラスメイトも祐に敬礼を返す。
「この間は二等兵だったからだいぶ昇進したんだな」
クラスの誰かがそう呟いた。
一人ぽかんとしている春香に、友人達が声をかける。
「いや〜春香、愛されてるねぇ」
「えっ!いやぁ、そうかなぁ…えへへ」
「多分あいつ半分以上は騒ぎたいだけでしょ…」
課題を写していた癖毛の強い少女がそう呟いた。
「あはは…まぁ祐ならそうかもね」
それに対して自分の課題を写させてあげていた少年が答える。それはこのクラスでは彼と一番付き合いの長い、幼馴染としての意見でもあった。
ーーーーーーーーーーー
「貴様達の言葉、宣戦布告とみなす」
「ほら来た…」
ところ変わって一年A組。祐がついに敵陣に突入した。A組の後ろのドアに一番近い席に座っていたエヴァは、ちう様コールがかかり始めた時に祐が来るだろうと見越して今は茶々丸を伴ってベランダで二度寝をしている。
「来たなーこの裏切り者!」
「私たちとは遊びだったのね!」
祐の登場に風香と桜子が早速反応する。
「何を言う、はなから俺はA組の味方などではないわ、この小娘どもが」
「あんた同い年でしょうが…」
祐の物言いに明日菜がツッコんだ。
「それで、我らがアイドル天海春香に喧嘩を売った命知らずはどこのどいつだ?」
「それはもちろん!こちらにおわすちう様だ!」
裕奈の声と共にA組の面々がさっと身を引き、未だに机に突っ伏している千雨が祐の視線に現れる。
「やはり貴女か長谷川さん、いよいよ現実世界侵略にも着手し始めたんだね…」
「私はそんなつもりは微塵もねぇ…」
(と言うか侵略とはなんでしょう)
紛う事なき彼女の本心であった。そして祐の言動に心で疑問を漏らした夕映。
「悲しいよ長谷川さん。確かに俺は天海春香ファン第一号だけど貴女のファンでもあるんだ」
「はぁ⁉︎まさかお前私のサイト見てたのか!」
突然の告白に千雨は思わず椅子から勢いよく立ち上がった。
「ずっと黙っていたけど白状するよ。見てるだけじゃなく、感想をよく書き込みしてる。ハンドルネームは虹を呼ぶ漢です」
「あれお前だったのかよ⁉︎」
ちうのサイトにはチャットルームや掲示板もあり、そこに毎回欠かさず衣装などの感想を書き込んでいる『虹を呼ぶ漢』という古参勢がいたのだが、それがまさかこんなに近くにいたとは。ちなみに最新の感想は「ちう様のバニー姿最高ナリ〜」である。
「し、死にたい…」
クラスメイトにばれたときもどうしようかとは思ったが、それでも同性ということ・クラス内だけで話が止まっているのもあって活動は続けていた。自分がちうであることを祐も知っているのは分かっていたが、まさかファンで尚且つ古参勢だったとは夢にも思わなかった。千雨は今人生で一番恥ずかしい気がした。
「ほんなら祐くんはどっちのほうが好きなん?」
「え?どっちも」
木乃香の質問に祐が答える。
「あ~!浮気はダメなんだよ!」
「そうよ!二股かける男とか本当最低なんだから!」
「さすが美砂、経験者が言うと説得力が違うよ」
「美空うっさい!」
祐のどちらも好き発言にまき絵が反応し、美砂がだいぶ感情のこもった発言をする。それを聞いて春日美空が茶化す。美砂は一年前に付き合っていた彼氏から二股をかけられていた経験があり、それからというものこの手の話題には敏感なのである。
「付き合うとかならまだしも、ただ好きなだけだ。そもそも一人しか愛しちゃいけないなんて誰が決めたんだ。俺はたくさんの人に愛を持って接しているだけだ…それの何が悪い!裸だったら何が悪い!」
そう言うと祐はその場で前転し始めた。「きゃー!」と悲鳴を上げながらA組がその場から離れていく。攻撃としては効果抜群のようだ。
「祐さんおやめなさい!幼馴染として恥ずかしいですわ!」
「うるせぇ!ババア!」
「誰がババアですか!!」
「アッス!!」
ババア発言が我慢ならなかったのかあやかがビンタをお見舞いする。どうも祐は攻撃を受けたときに少々おかしな発言をする癖があるようだ。
「うら若き乙女に向かってババアとは何ですか!ああもう…あなたといい明日菜さんといい、なんで私の幼馴染はこんなのばかりなんでしょう…」
「自分だけまともみたいな発言しないでくれる?」
「類は友を呼ぶんだぞあやか」
「おだまりなさいおバカ二人!」
あやかの発言に明日菜と祐がそう返す。さすが幼馴染と言ったコンビネーションだった。
「わかったよ、そんなに納得いかないってんならもう相撲で決着つけようぜ」
「意味が分かりませんわ…」
突拍子もない発言にあやかが呆れる。
「ビビってんの?」
「見くびらないでください!いいでしょう、吠え面かかせてさしあげますわ!」
あやかの煽り耐性はゼロであった。
「よ~し!行司は任せるアル!」
「VTR判定は任せるヨロシ」
「くーちゃんよく行司なんて知ってたね」
「ぎょうじってなに?」
「簡単に言うとお相撲の審判のことよ風香ちゃん」
勝負と聞いて
「みあってみあって~」
「ん?どうしたあやか?」
古菲の声に反応して祐が腰を下ろすが、あやかが何かに気づいたように顔を少し赤くさせた。
「いえその…今私スカートでして…」
「でしょうね」
「いいんちょは祐くんにパンツみられるのが恥ずかしいんだよ」
祐がだから何だという顔をしているとハルナがあやかの気持ちを代弁する。
「ああ、大丈夫大丈夫興味ないから」
「ふんっ!」
「アァッ!!」
あやかの音速のツッパリが祐に直撃して吹っ飛ぶ。
((((よわっ))))
ゴムボールのように吹っ飛んだ祐。180を超える身長の祐が一撃で沈めれられたのはあやかが強いのか、祐が弱いのか。
「負けた…宮崎さんになら勝てるのに…!」
「えっ⁉」
「あんた露骨にか弱そうなとこ狙うんじゃないわよ」
負け惜しみにすらなっていない発言に明日菜がツッコむ。突然名前を出された宮崎のどかは驚いていた。
「じゃあ今度は私と勝負だ!」
「よせよ椎名さん、ただじゃすまなくなるぞ」
「さっきの試合からなんでそんな発言が出せるんだ…」
「考えるだけ無駄だ」
桜子が次の対戦相手に名乗りを上げる。それに対する祐の発言に端のほうでその様子を見ていた桜咲刹那が疑問を浮かべた。横にいた龍宮真名は興味なさげにつぶやく。正解である。
「え~い!」
「アァッ!!」
((((やっぱよわっ))))
またも同じように負ける祐。さながらリプレイ映像である。
「なぜでしょう、普通に考えて逢襍佗さんの体格なら力負けするはずがないのですが」
「きっと遊びたいだけなんだと思う」
「相変わらず祐殿は相手を自分のペースにはめて転がすのがうまいでござるな」
「物理的には転がされていますがね」
負ける祐を不思議に思う葉加瀬聡美に大河内アキラはそう返す。祐の身の振り方を見て長瀬楓がそう零し、夕映が一言告げた。
そのままA組にかわるがわる転がされ続ける祐。祐はその後四葉五月に助けを求め、頭をなでられた。非常に情けない。
ちなみに最後に勝負した明日菜は祐が普通に投げ飛ばし、その後ビンタされた。
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