Arco Iris   作:パワー系ゴリラ

47 / 131
眠りの街
始まる夏休み


晴れ渡る青空、辺りに建造物などは見えず澄んだ海が一面に広がっている。陽の光が降り注ぐ広場にネギは立っていた。その視線の先にいるのは茶々丸である。少し離れた場所にはエヴァとチャチャゼロ、そしてカモがいた。

 

「始めろ」

 

エヴァの号令と共に茶々丸の目からレーザーが発射される。ネギは横に転がる事でそれを避けつつ、視線は茶々丸から外さない。

 

「ラス・テル マ・スキル マギステル」

 

戦いの歌(カントゥス ベラークス)!」

 

ネギは体に魔力を纏い、続けて放たれるレーザーを回避していく。

 

「兄貴のやつ、呪文を唱えながらの動きがなかなかスムーズになってきたな」

 

「流石ハアイツノガキッテトコカ?」

 

エヴァは特に表情を変える事なくネギ達を見ている。

 

「確かにぼーやの潜在能力は大したものだ、間違いなく天才の部類だろう。だがそれだけだな」

 

「どう言う事っすかエヴァの姉御?」

 

カモを一度横目で見てから、ネギ達に視線を戻す。

 

「言葉通りの意味だ。今ぼーやにあるのは才能だけ、経験から何から全てが足りん。とは言え10歳の小僧、それは詮無き事か」

 

広場では茶々丸が動き出し、空中を飛びながらレーザーに加えてロケットパンチを放っている所だった。

 

「祐に付いて行けば嫌でも経験は積める。ついでにぼーやの覚悟に関してもどれ程のものか見れるだろう」

 

「覚悟って…」

 

「あいつの隣に立って戦うならそれ相応の覚悟は必要という事だ。別にぼーやにそんな義理はない、とっとと考え直した方が身の為だと思うがな」

 

カモは腕を組んでから頭を捻る。

 

「なぁ姉御、あんたはダンナの師匠で保護者なんだろ?」

 

「それがどうした」

 

「どうも兄貴を始め、姐さん達をダンナから遠ざけようとしてる様に見えるんだが…俺っちの勘違いですかい?」

 

「さてな。ただ、そう思って貰っても一向に構わん」

 

食えないなと思う。相手は600年を生きる真祖の吸血鬼だ、そう簡単に考えが掴めるなどとは思ってはいなかったがそれにしても読めない。

 

エヴァと祐の間には確かに強い繋がりがあるのは間違いない。だから祐を独占したいと思っているのかとも考えたが、その考えはどうもしっくりこなかった。

 

「ブフゥ!」

 

気が付くとロケットパンチがネギの頬に直撃した。それを合図にエヴァが手を叩き終了を知らせる。茶々丸はネギに駆け寄った。

 

「すみませんネギ先生、大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫ですよ茶々丸さん。なんせ修行ですから、むしろお付き合い頂いて感謝してます」

 

「いえ、それこそお気になさらず」

 

差し出された手を取り、ネギが立ち上がる。エヴァが腕を組んだまま歩いてきた。

 

「まだ短いが、当初に比べれば多少は逃げられる様になったか。次の段階に進んでもいいだろう」

 

この茶々丸からの攻撃に反撃せず逃げ続けるという修行は、始めた頃には数十秒と保たなかったが今では多少時間を稼げる様になった。まだ一ヶ月も経っていないがその成長速度は常人のものではない。

 

「本当ですかエヴァンジェリンさん!」

 

「言っておくがまだスタート地点にも立てていないぞ、ぬか喜びするな」

 

「は、はい。すみません…」

 

ネギは一瞬で肩を窄める。見かねたカモは声を掛けた。

 

「姉御、兄貴は充分やってるじゃないっすか。まだ始めたばっかっすよ?」

 

「私に口答えする様ならチャチャゼロのおもちゃにするぞ」

 

「オッ、ナンダカモミール。オレト遊ビテェノカ?」

 

宙に浮いた状態でスッと近寄ると、自身の身長より僅かに大きなナイフを出現させ両手に持った。

 

「いやぁ!やめて!狩られたくないっ!」

 

全力でチャチャゼロから離れてネギの肩に飛び乗る。ネギは苦笑いだ。そんな時、チャチャゼロの持つナイフは僅かにだが光を纏っているのをネギが気付く。その光は間違いなく虹色の光だった。

 

「チャチャゼロさん、その光って…」

 

「チャチャゼロは魔力によって動くが、私が力を抑えられている影響でここ以外では満足に動けなかった。それを見て祐が勝手にこいつに力を流したのさ。この光はその影響だろう」

 

「オモシレェダロコレ?アイツミタイニ光ヲドウコウッテノハデキネェガナ」

 

言いながらナイフを回すとそれに沿って光が残像を作る。ネギとカモはそれを感心した様に見つめた。

 

「そんな事も出来るんですねぇ」

 

「ほんとだぜ、あの光は逆に何が出来ねぇんだ?」

 

「それがわかったら苦労せん。あいつが勝手な事をしたお陰で、こいつは常時動き回るわ飛び回るわでこちらとしてはいい迷惑だ」

 

「妬クナヨ御主人」

 

「妬いとらんわ!」

 

 

 

 

 

 

「一旦休憩にしましょう」

 

「了解。ふ〜、にしてあっついわねぇ」

 

「夏本番ですからね」

 

女子寮の前の芝生広場で打ち合いをしていた明日菜と刹那が木陰へと向かう。向かう先でそれを見ていた木乃香が二人にタオルを差し出した。

 

「はいどうぞ〜」

 

「ありがと木乃香」

 

「ありがとうございますお嬢様」

 

昨日の超包子にて、剣術の指南を刹那から受けている事を木乃香に話した。魔法の事は言えずとも、それぐらいは問題ないだろう思ったからだ。

 

「にしても凄いなぁ二人とも。ウチには絶対無理や」

 

「木乃香は私に出来ない事沢山出来るじゃない、これぐらいは私に勝ち譲ってよ」

 

「明日菜は運動神経以外だと…うん!人それぞれやもんな!」

 

「なんだとこいつ〜!」

 

「きゃ〜」

 

大袈裟に構えて追いかけると楽しそうに木乃香が走っていく。刹那はそんな二人を微笑んで見つめた。

 

(しかし、明日菜さんは本当に目を見張るものがある。今まで一度も戦闘経験がない一般人とは思えない程の。何か理由があるのか?)

 

「せっちゃ〜ん助けて〜」

 

「えっ?」

 

明日菜から逃げる木乃香が刹那の背中に隠れる。一人考え事をしていた刹那はすぐに反応できなかった。

 

「木乃香、刹那さんに頼るの反則!」

 

「そこまで言われちゃしゃあない!相撲で決着つけよか!」

 

少し腰を落として気合充分に構える木乃香を見て、明日菜は何とも言えない顔をした。

 

「木乃香…最近あいつの影響強く受けてきてない…?」

 

「それは由々しき事態です。お嬢様、少しお話をしましょう」

 

刹那の目は真剣そのものだった。彼の事は好ましく思っている部分もあるが、木乃香が彼から受けている影響はとてもでは無いが好ましいものとは言いづらい。取り返しが付かなくなる前にしっかりと話し合うべきだろう。

 

「のこったのこった〜」

 

「お嬢様⁉︎」

 

「話を聞きなさい話を」

 

突如刹那の腰に腕を回して距離を詰める木乃香。相撲と言うよりただじゃれついているだけだが、早くも押し出しによる決着がつきそうである。そんな二人を明日菜は少し呆れた目で見た。

 

 

 

 

 

 

所変わって麻帆良市の外れにある山寺『柳洞寺』に祐は来ていた。というのも少し前にここで発見された日本刀を見る為だ。現在は寺の中で丁寧に保管されている日本刀を、この寺を実家に持つ友人である柳洞一成付き添いの元鑑賞させて貰っている。

 

「は~、どんなもんかと思ったが随分長いなこりゃ」

 

「長さは約1.5メートルだ。日本刀は数あれど、こんな長さのものはそう無いらしい」

 

興味深そうに刀を見つめる祐は一成には少し意外に映った。

 

「少々意外だな、逢襍佗がこういった物に興味があるとは」

 

「日本刀マニアって訳じゃないけど、なんだかすごく気になってね。せっかくだから友人のコネを使って見せて貰おうと思ってさ」

 

「まぁ、別に見せるぐらいはかまわんが」

 

「長い日本刀ってのは武器としてはどうなんだろうな?」

 

「鑑定に来た人物からすれば、誰にでも扱える代物ではないと言っていた。持っていたのは余程の物好きか、常軌を逸した達人かの二択ともな」

 

腕を組んで少し考える顔になると、一成に視線を向ける。

 

「一成はどっちだと思う?」

 

「ここで発見されたとなると、持ち主は柳洞寺と何かしら縁がある人物という事も考えられる。従って俺個人の望みとしては達人であってほしいな」

 

「なるほど…うん、俺も達人の方がいいな。そっちの方がロマンがあるし」

 

そう言って笑顔を見せた後再び視線を刀に移し、様々な方向から眺める祐。その後ろ姿を見ながら一成は少々遠慮気味に口を開いた。

 

「その、逢襍佗…どうだ最近」

 

「どうした一成?何話していいかわからない父親みたいなこと言って」

 

一成はメガネの位置を直しつつ答える。

 

「ここ最近の多発した事件、トラブル体質のお前が巻き込まれてやしないかと気になってな」

 

祐は屈んだ姿勢から立ち上がると、一成と向き合う。

 

「いくら何でも心配し過ぎだよ、何かあるのは基本学園の外でしょ?」

 

悩ましい顔をする一成。自分でも何と言えばいいのか今一わからないといった雰囲気に見える。

 

「俺自身上手く言葉に出来ないんだが、お前は…放っておくと何処かにふらっと消えそうな危うさがある」

 

「他の人にも言われたけど、俺ってそんなに危なっかしいかな?」

 

「あの衛宮も言っていたぐらいだ」

 

「嘘だろ…それを士郎に言われるとか俺終わってんな…」

 

「あんまりな言い方だな、気持ちはわからんでもないが」

 

祐は苦笑いを浮かべる。自分の力を明かしたあの日、木乃香は急に自分が居なくなるのを心配していた様子だった。他の友人にも思われていたとは少々自分を見つめ直すべきかと考える。

 

「もう少しみんなに安心してもらえる様に頑張るわ」

 

「何を頑張るかは敢えて聞かんでおこう」

 

 

 

 

 

 

それから二人はその場を後にし、街へと続く長い階段の前にいた。

 

「付き合ってもらって悪かったね。おかげで良いもの見れたよ」

 

「それは何よりだ」

 

「ありがとな、一成」

 

一呼吸置いてからの一言に、一成は祐の顔を見た。

 

「なんだ改まって」

 

「心配してくれてたみたいだからさ。悪いとは思うけど、心配してもらえるってのは嬉しいもんだ」

 

笑顔を向ける祐に一成は軽く笑った。

 

「お前は問題児だが悪い奴ではない。友人として心配ぐらいする」

 

「俺は問題児ではない」

 

「そこを頑なに認めないのは相変わらずか…」

 

呆れた顔をする一成。少し合わない内に多少雰囲気が変わった様な気がしたが、大本は変わっていないという事がわかった。それが良いのか悪いのかは置いておく事にしようと思う。兎にも角にも我が友人は相変わらずだ。

 

「それじゃ、また来るよ」

 

「ああ、大したもてなしは出来んがな」

 

「そんなのいいさ、俺は一成に会いに来てるんだから」

 

「今の言葉、言ったのがお前でない、もしくは言われたのが俺でなければもう少し華やかだったろうな」

 

「キュンときたろ?照れんなよ」

 

「逢襍佗。この階段、転がった方が早いと思わんか?」

 

 

 

 

 

 

一成と別れ、しっかりと歩いて階段を下りる祐。すると少し先に男性が登ってくるのが見える。相手は祐もよく知る人物だった。

 

「葛木先生、こんにちは」

 

「逢襍佗か」

 

彼は学園の教員である『葛木宗一郎』、現代社会と倫理を担当している。二年ほど前から柳洞寺に客分として居候している。寡黙を絵にかいたような男性で、口数は少なくお世辞にも愛想が良いとは言えないが生徒や同僚からの評価はそれなりに高かった。

 

「何か用事か?」

 

「一成に頼んで例の日本刀を見せてもらってたんです」

 

「そうか」

 

彼が必要以上に話そうとしない人物である事は祐も重々承知している。お辞儀をすると祐は階段を降りていった。

 

「逢襍佗」

 

「はい?」

 

後からの声に振り向く。宗一郎は感情の読み取れない目で祐を見ていた。

 

「夏休みだからと言って、あまり遅くまで出歩かないようにな」

 

「お任せください、何せ僕は優等生ですからね!」

 

「……気をつけて帰れ」

 

言われた宗一郎は祐から目線を逸らし、喉まで出かかった言葉を飲み込んでからそう告げて歩き出した。

 

(もしかして葛木先生にも問題児だと思われてるのか…?)

 

そう思ったがその背中に声を掛ける事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

夕刊の配達を終え、自室へと帰ってきた明日菜。キッチンを見ると何やらご機嫌の木乃香が夕食を作り始めている。テーブルにはネギとカモ、そして刹那の姿が見えた。

 

「あっ、おかえりなさい明日菜さん!」

 

「おかえりなさい明日菜さん。お邪魔してます」

 

「うん、ただいま。いらっしゃい刹那さん、どうしたの?」

 

「本日、お嬢様に招待頂いたので」

 

そこで明日菜に気が付いた木乃香がこちらに来る。

 

「おかえり明日菜~。もうすぐ祐君も来るから支度してな~」

 

「へ?なんて?」

 

「あれ?言うてへんかったっけ?今日祐君うちに食べに来るって」

 

瞬間明日菜が慌てだす。

 

「聞いてないわよ!そういう事は前もってちゃんと言ってよね!」

 

「すまんすまん、でも前も来た事あったやろ?」

 

「そうじゃなくて!夏で汗だって沢山かいてるし!と、取り合えずシャワー浴びてくる!」

 

着替えからその他諸々を抱え込んでシャワールームへと消えていった。

 

「明日菜さんどうかしたんですか?」

 

「急いでいる様でしたが、私にも詳しくは。夕食の前にシャワーを浴びたかったのでしょうか?」

 

(だめだこりゃ…)

 

この部屋で明日菜の乙女心を理解しているのはカモだけだった。

 

 

 

 

 

 

怒涛の速さでシャワーを終えた明日菜が髪を乾かしながらネギに聞く。

 

「そう言えば今日もエヴァちゃんのとこ行ってたんでしょ?なんか変な事されてないでしょうね」

 

「されてませんよ…。明日菜さんエヴァンジェリンさんの事どう思ってるんですか?」

 

「どうって…」

 

そう聞かれると明日菜自身も答えられない事に気が付いた。勿論嫌いという事は無いが、それでも形容しがたいものがあった。それ自体を言語化する術を明日菜は持っていない。頭を悩ませていると刹那が明日菜に耳打ちをする。

 

「ネギ先生はエヴァンジェリンさんの元で魔法の修業を?」

 

「うん、でもまだ基礎の事しかやってないって言ってた」

 

「なるほど…」

 

そこでふとベランダを見ると、何やら肘をついて決めポーズを取りながらこちらを見ている祐が目に入った。冷めた目を向けつつ、窓を開ける。

 

「来たんなら言いなさいよ」

 

「気が付かれるのを待ってた。そっちの方が面白いと思ったから」

 

「どんぐらい待ってたのよ…」

 

「10分ちょっと」

 

「馬鹿じゃないの?」

 

「辛辣だな明日菜、でも嫌いじゃないぞ」

 

「あっそ…」

 

ベランダから入り、ネギ達と挨拶を交わす。

 

「祐君いらっしゃ~い」

 

「お呼び頂いて感謝致します。早速ですが本日は何ですか?」

 

「今日は~…ハンバーグや!」

 

「やったーーー!キモチィィィィ!!」

 

「うるさいわ!周りにバレるでしょ!」

 

「一気に賑やかになりましたね…」

 

「まぁ、祐さんですから」

 

 

 

 

 

 

料理を並べ、全員がテーブルに着いて手を合わせてから食事を開始する。祐は黙々と料理を平らげていく。

 

「ほんとあんたよく食べるわね」

 

「美味しそうに食べてくれるから見てて楽しいわ」

 

「食べ盛りですから。そもそも美味いしな、木乃香の料理」

 

「嬉しいわぁ祐君。超包子とどっちが好き?」

 

「…ネギ、ちゃんと食ってるか?成長期なんだからしっかり食べなきゃだめだぞ」

 

「は、はい…」

 

「露骨に話題を逸らしましたね」

 

「桜咲さん、木乃香と明日菜どっちが好き?」

 

「…お嬢様、この料理大変おいしいです」

 

「ねぇ、ギスギスするのやめてくれる?」

 

 

 

 

 

 

食事を終え、今は自ら買って出た祐とネギが皿洗いを隣り合ってしていた。明日菜達はテーブルで話しながらテレビを見ている。

 

「どうだいネギ、修行の方は」

 

「大変なのは間違いないですけど、それ以上に充実してます。とは言ってもまだスタート地点にすら立ててないって言われちゃいましたけど」

 

苦笑交じりに言うネギを見て祐は笑った。

 

「気持ちは逸るものだからね、焦るのも無理ないよ。俺も修行を始めた頃は焦りまくりだった」

 

「祐さんもですか?」

 

「勿論、落ち着きが無さ過ぎるってよく怒られたよ。急ぎ過ぎて今が何も見えてないって」

 

ネギは祐を見つめる。祐は手元に目線を置き、作業を止めず続けた。

 

「俺は未だに視野が狭いからさ、広く見るって事が苦手なんだ。その点、ネギは俺よりよっぽど利口だし飲み込みも早い。ぼーっとしてるとすぐ抜かされちゃうな」

 

「そんな…僕なんかまだまだで…」

 

そこでお互い皿洗いが終わった。祐は手を拭いてネギの頭を撫でる。大きな手だ、そこから伝わるものにネギは安心を覚えた。

 

「おまけに謙虚ときた。俺はネギと兄弟弟子になれて嬉しいよ」

 

ネギは顔を赤くする。むず痒いが決して嫌な感覚ではなかった。

 

「僕も、その…祐さんと兄弟弟子になれて嬉しいです」

 

「かわいい奴だなお前は!」

 

「えぇ!?」

 

唐突にネギを抱きしめるとネギはどうしていいかわからず、あたふたし始めた。

 

「仲ええなぁ」

 

「何やってんのよあいつは…」

 

三人がその姿を見ているとチャイムが鳴った。

 

「ん?誰やろ」

 

「私が出ます」

 

刹那が立ち上がり、玄関に来ると覗き窓から外を確認する。いたのはハルナ・のどか・夕映の三人だった。不思議に思っていると隣に明日菜が来ていた。

 

「だれ?」

 

「ハルナさん達です。何か用事でしょうか?」

 

明日菜も首を傾げる。祐は中にいるがそのままにしておく訳にもいかないのでチェーンを付けた状態でドアを開けた。

 

「みんなしてどうしたの?」

 

「おっす明日菜。さっきからラブ臭が漂ってるんだけど、この部屋からな気がするから開けて?」

 

「何言ってんの!?」

 

まったく要領を得ない発言にそう返すとハルナがドアの隙間に足を入れる。宛ら悪徳セールスである。

 

「このチェーンは何かな明日菜?見られて困るものであるのかなぁ?」

 

「何という悪人の面構えなんだ…」

 

クラスメイトの見せる表情に刹那は戦慄した。この顔はやろうと思っても出来るものではない。

 

「べ、べつに?…あっ!ほら、今日は刹那さんがいるしそれじゃないかな!何てったって木乃香とラブラブだし!」

 

「明日菜さん⁉︎」

 

「いや違う。もっとこう攻めと受けがはっきりしてた」

 

「何よ攻めと受けって!」

 

「知りたい?」

 

「…やめとく」

 

本能的に回避した明日菜の選択は間違いではない。何せ明日菜はこういった系統の話が苦手であった。

 

「ハ、ハルナ…そろそろ戻ろう?」

 

「何言ってんの!今は夏休みよ⁉︎ここで諦められないでしょ!」

 

「……わかんないよぉ」

 

ハルナの言った事を何とか読み取ろうと思考を巡らせるが、のどかには理解不能だった。そもそも言っている本人もよくわかっていない。

 

「明日菜さん、こうなったハルナは気絶でもしない限り止まりません。扉を開けるかしばくかの二択です」

 

「夕映ちゃん意外とバイオレンスね…」

 

この業況をどうしたものかと考えていると、その原因とも言える祐が玄関に来ていた。

 

「どうも皆さん、こんばんわ」

 

「あっ!ちょっと!」

 

ハルナ達三人が呆けた顔をする。女子寮の一室から祐が出てくれば当然の反応ではあった。

 

「明日菜…あんた達そこまで進んでたの…」

 

「これは流石に予想外です」

 

「あの、この事は秘密にしておきますから…」

 

「違う違う!よくわかんないけど絶対勘違いしてる!」

 

「立ち話もなんだし上がってってよ」

 

「ここ私達の部屋なんだけど⁉︎」

 

「木乃香〜?いいよね?」

 

「ええよ〜」

 

「…」

 

「てな訳でどうぞ」

 

チェーンを外し、ハルナ達を招き入れる。

 

「それじゃお邪魔しま〜す!」

 

「「すみません…うちのハルナが…」」

 

リビングへと向かうハルナ達を見送ってから、明日菜が祐に視線を移す。

 

「なんで出てきちゃったのよ…」

 

「そっちの方がいいかなって思って。それに、心配ないよハルナさん達なら」

 

そう言った祐は冗談で言っている様には見えない。明日菜はそれが気になった。

 

「何かやけに信用してない?パル達のこと。またいつもの勘ってやつ?」

 

「それもあるけど、ハルナさんに関しては根拠的なものもあるからね」

 

「根拠?何よそれ」

 

祐は明日菜と刹那に近寄ると小声で話す。

 

「たぶん、ハルナさんは俺の力の事気づいてる」

 

驚いて声を上げそうになる明日菜を口を、同様に驚きつつも刹那が手で塞ぐ。

 

「何故です?」

 

明日菜の代わりに刹那が質問した。それに同意する様に口を塞がれた明日菜は首を縦に振っている。

 

「見られた訳でもないし、直接聞かれた訳でも言った訳でもない。でもあの後話してて感じたんだ、恐らく感づいてるだろうなぁって」

 

確信めいてそう話す祐に二人は何も言わなかった。

 

「でも周りにその事を言ってないみたいだし、俺は何も聞かれてない。だから大丈夫だよ」

 

もう問題ないだろうと刹那が手を離すと、明日菜が口を開く。

 

「言い触らされてたらどうするつもりだったのよ…?」

 

「そん時はそん時さ。この事を知ってどうするか、どう思うかはその人に任せる。俺はそれを受け入れるよ、どんな結果になってもね」

 

笑顔で言っているが、きっとこれは昨日今日決めた事では無いのだろう。もしかすると明日菜に明かしたその日から決めていたのかもしれない。少なくとも二人にはそう感じられた。

 

「さっ!堅っ苦しい話はここまでにして、俺は女子会に紛れ込んで世の男性達を嫉妬で狂わせてくるぜ」

 

そう言ってリビングに向かう祐。明日菜は黙ってその姿を見つめた。

 

「何となく、明日菜さん達の気持ちがわかってきた様な気がします」

 

隣の刹那に視線を向けると、刹那も同様に祐を見ていた。やがて刹那が明日菜の方を向く。

 

「あの人は放っておけない。力が強いとか弱いとかそういう事ではなく、とても心配になる人です」

 

明日菜はそれに笑顔を見せた。

 

「刹那さん、それ正解」

 

返された言葉に刹那も笑う。また一つ二人の仲が深まった瞬間だった。

 

「木乃香~、あんたも隅に置けないわねぇ。男子二人を侍らせるなんて」

 

「ややわぁハルナ、人聞きが悪い事言わんといてぇな。ネギ君はいつも一緒に暮らしとるし、祐君とは昔からの幼馴染やから」

 

「おのれ!勝ち誇った顔を…!」

 

「強者の余裕というやつですかね」

 

「何に対しての強者なのかな…」

 

「木乃香は強いよ、俺も頭上がらんし」

 

「逢襍佗さんは基本誰にでもそうでは?」

 

「なかなか言うじゃないか、ゆえきっちゃん」

 

「何ですかその呼び方は…」

 

楽しそうに会話をする祐達を見て明日菜は呆れつつも表情は柔らかいものだった。

 

「私達も行こっか」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

「そんでみんな寝ると」

 

「皆さんはしゃいでましたから」

 

あれからテーブルを囲んで話し込み、現在時刻は3時を回っていた。祐と刹那以外の全員は力尽きてそのまま雑魚寝している。

 

「みんな無防備だな、ネギはともかく俺もいるのに」

 

「信頼されているんですよ、きっと」

 

「ではその信頼を利用させて頂いて」

 

「逢襍佗さん、斬りますよ?」

 

明らかに目が本気だったので素直に座り直した。いくら何でもここで刀の錆にはなりたくない。

 

「桜咲さん、一ついい?」

 

「何でしょうか?」

 

「俺ってさ、危なっかしいかな?」

 

祐からの質問に少し目を見開く。

 

「自覚があったんですか?」

 

「いや、まったく。てかそう言うって事は桜咲さんにもそう思われてたのか…」

 

うなだれた様に肩を落とす。その状態で頭を掻くと寝ている木乃香を見た。

 

「前に木乃香に聞かれたんだ、どこかに急に居なくなったりしないよねって。今日会った男の友達にもふらっと消えそうな危うさがあるって言われた」

 

「別に俺はどこかに行くつもりなんてないんだけど、どうしたもんかなぁと思ってさ」

 

手持ち無沙汰になったのか、祐は横で寝ているネギの頭を優しく撫でる。撫でられたネギはどことなく心地よさそうに見えた。

 

「逢襍佗さんは…もしそういう状況になったら、みんなから離れる選択を取りますか?」

 

自分でも余りに突拍子もない質問だと思う。言葉が足りなさ過ぎる気もするが、すっと口から出てしまった。

 

祐は刹那から視線を外し、少し考える。暫くして答えが出ると、思わず自分で苦笑してしまった。

 

「取るだろうね、離れるって選択を」

 

祐をまねた様に、刹那は横で眠る木乃香の頬にそっと触れた。

 

「もしかすると…どこかでそれに感づいているのかもしれません。お嬢様だけでなく、明日菜さんも雪広さんも」

 

「だから、きっと心配なんです。貴方の事が」

 

刹那の視線を受け、祐は寝ている明日菜達を見る。

 

「…みんな鋭いからなぁ。俺なんかよりずっと色んなものが見えてる」

 

明日菜達を見ている様で、その瞳は別のものを見ている様に刹那には感じられた。それが何かまでは、到底わからないが。

 

「私は、お嬢様達に一つ頼み事をされています」

 

刹那の言葉に祐は視線を向ける。刹那はそれに真っすぐ見返した。

 

「貴方が無茶しないかどうか、私にも見張っていて欲しいとの事でした。何せお嬢様達ての頼みです、無論私はそれをお受けしました」

 

「逢襍佗さん、貴方の事は私も見ています。貴方には監視の目が多い方がきっといい。そうすれば、貴方はもしもの時に立ち止まる時間が長くなる。その隙に私達が貴方を取り押さえてしまえばいい」

 

祐は暫く刹那を見つめると、周りを起こさない様に声を殺して笑い出した。余程愉快だったのか肩が上下に揺れている。

 

「参ったなこりゃ、逃げたくても逃げられそうにない」

 

額を手で覆いつつ笑う。少し落ち着くと胡坐をかいた両ひざに手を置いて頭を下げた。

 

「それじゃ頼むよ桜咲さん。俺の監視、貴女にも任せた」

 

「委細承知しました」

 

刹那は姿勢を正し、その依頼を受けた。祐は顔を上げると人差し指を上に向けて刹那に見せた。

 

「一つ、こちらからもお伝えしておきます。刹那さん、これからは俺も貴女を見ます」

 

その言葉に、今度は大きく目を開いた。それだけ予想外だったからだ。

 

「木乃香とは幼馴染ではありますが、貴女達二人の関係に関しては出過ぎた真似はしないよう心がけていました。でも、貴女が俺の世話を焼いてくれるのなら話は変わります」

 

「例え貴女が木乃香達から離れようとしても、俺が貴女を逃がしません。世界中のどこへ行っても必ず見つけ出して連れて帰ります」

 

唖然とした顔をする刹那。少しして整理が追いついたのか、徐々に困った様な表情を浮かべた。

 

「それは…困りましたね。まさか逃げ道を断たれるとは…」

 

「折角です、持ちつ持たれつで行きましょう」

 

そう言って普段通りの笑顔を見せる祐。釘を刺しておくつもりが同じ様に刺されてしまうとはまさかだった。それでも嫌悪感は無い。それもどこか刹那には不思議だった。

 

「ま、俺がどうこうしなくても木乃香達で何とかするでしょうけどね」

 

改めて横にいる木乃香を見る刹那。木乃香へと向けたその表情は祐に途轍もなく美しく映った。

 

「う~ん…ラブ臭が…渋滞してる…」

 

思わず刹那の肩が跳ね上がる。声の主は寝返りを打ったハルナだった。本人は未だ夢の中だが大きく跳ねた二本のアホ毛が忙しなく動いている。

 

「どうやって動いてんだこのアホ毛?」

 

「そもそも彼女は超感覚でも保持しているのでしょうか…」

 

 

 

 

 

 

「…ん?う~ん…」

 

時刻は6時。寝ていた木乃香が目を覚ました。辺りを見渡すとまだ他のメンバーは眠っている。

 

「お嬢様、おはようございます」

 

「あ、せっちゃん。おはよ~」

 

横に座る刹那が木乃香に声を掛ける。目を擦りながら体を起こすと、祐の姿が無い事に気が付く。

 

「あれ、祐君は?」

 

「少し前に帰られました。改めて直接言うとは言っていましたが伝言を頼まれています。『料理美味しかった。ありがとう』と。…それともう一つ」

 

木乃香は首を傾げる。刹那はその姿に少し微笑んで続きを話した。

 

「『ちゃんとここに帰ってきたいと思ってる。ここが俺の居場所だから』だそうです」

 

木乃香は少しの間固まると、僅かに目を潤ませた。

 

「なんや、祐君にはお見通しかぁ」

 

嬉しそうな表情を浮かべ、木乃香は刹那の膝に頭を乗せる。それに驚きながらも、今は大人しくそのまま木乃香の頭を撫でた。

 

(安請け合いをし過ぎたかもしれません。これは簡単な依頼ではありませんね)

 

そう思う刹那だったが、その言葉に反して表情は晴れやかだった。

一番好きな章は?

  • 序章・始まりの光
  • 幽霊と妖怪と幼馴染と
  • たとえ世界が変わっても
  • 消された一日
  • 悪魔よふたたび
  • 眠りの街
  • 旧友からの言葉
  • 漢の喧嘩
  • 生まれた繋がり
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。