「おまたせー!ふぃ~、今日もちかれたちかれた」
「お疲れさん裕奈」
「裕奈も来たし、帰ろっか」
「うん」
それぞれの部活を終え、待ち合わせの場所から帰宅を始める裕奈達。照り付ける太陽から夏を感じつつ、通いなれた道を歩く。
「裕奈、なんかご機嫌だね」
「あ~、やっぱりわかっちゃう?」
まき絵の言った事に裕奈が嬉しそうに反応した。
「今日久し振りにお父さんお母さんとご飯食べるんだ!」
「あれ?夕子さん帰って来てたん?」
「うん、少し前にね。今日はおふくろの味を堪能してくるよ」
「おふくろて…」
「ふふ、よかったね裕奈」
少しして三人と別れると、裕奈は両親が住む教員住宅へと向かった。逸る気持ちから歩く速度も上がり、気が付けば階段を駆け上がっていた。扉の前に着くと勢いよくドアを開ける。
「たっだいま~!」
すると中からエプロンを付けた夕子が笑って裕奈を出迎えた。
「おかえり裕奈。部活お疲れ様」
「うん!お母さん、私すっごくお腹すいた!」
「はいはい、お父さんももうじき帰ってくるから先にお風呂入っちゃいなさい」
「は~い!」
「……」
目を開けるとその景色は消えている。代わりに見えてくるのは女子寮の天井だけ。スマホで時間を確認するとまだ時刻は5時だった。
アキラを見ると彼女はまだ寝ている。裕奈はアキラを起こさぬ様、一人静かに膝を抱えた。
「超さん…」
「何かなハカセ…」
「そろそろ睡眠とりませんか…?」
「そうした方が良さそうネ…」
学園都市にあるラボにて聡美と超が向かい合った机越しに会話をしている。どちらも疲れているのか瞼は下がり、頭がふらふらと揺れている。
「タイマー掛けました…」
「助かるヨ…」
「では、また四時間後…」
「うむ、良い眠りを…」
その言葉を最後に二人は糸の切れた人形の様に机に突っ伏した。少ししてから扉を開けて茶々丸が入ってくる。二人の状態を確認すると、畳んで置いてあった薄手の毛布を二人にそっとかけた。
「お疲れ様です、お二人とも」
夏休みが始まってから超と聡美の二人は基本的にラボにこもり、寮に風呂に入る、又は寝に帰るか力尽きてラボで寝るかの生活を続けていた。これもひとえに完成間近の発明品を仕上げる為である。怪獣騒動以降これと言った事件は起きてはいないが、だからこそ今仕上げる必要があった。茶々丸はそんな二人を見かねて、出来る限り二人の身の回りの世話を行っている。
眠る二人の顔を興味深げに見つめた。茶々丸もスリープモードと呼ばれる状態になると、名前の通り眠った様な状態になるが夢を見る事は無い。夢と呼ばれるものがどんなものなのかエヴァに聞いた事があるが、彼女が言うには碌なものじゃないとのことだ。
自分が経験していないからだろうか、それでも夢を見られる事が茶々丸には少し羨ましく思えた。
昼時の学園都市を、赤い髪の青年が興味深そうに辺りを見回しながら歩いている。青年にとって目に映るもの全てが興味を引く対象だった。
「面白いですね、住む世界が違えばこうも生活は変わるものなのか」
独り言を呟きながら散策をする。人の多い通りに出ると立ち止まり、より深く観察を始めた。
(夜まで待つのもいいが、そろそろ局地的に始めてもいいでしょう…)
青年は高く跳び上がる。二階建ての建物の屋根に登るほどの跳躍力を見せるも、周りの人達はそれに一切反応しない。端から青年の事が見えていないかの様に。
「皆さん見たい夢を見れて良い気分でしょう?」
「ずっと見ていたいぐらいにね」
人々を屋根から見下ろし、その赤い瞳を輝かせた。
「ソニューム」
後ろから声を掛けられ、目の光を消してそちらに振り向く。呼ばれたのは自分の名前だ。
「おや、どなたかと思えばまさか姫様とは。お久し振りで御座います」
音もなく後ろに立っていたのはザジだった。青年『ソニューム』は頭を垂れる。
「人間界にいらっしゃるとは聞いておりましたが、まさかこんな所におられるとは」
「最近、この街の夢を操っているのは貴方ですね」
ザジは普段の様に無表情だが、その口数は普段通りではなかった。ソニュームは静かに笑う。
「操ると言うと少し語弊がありますね。私は彼らが一番見たいものを繰り上げて見せているだけです」
「それは何の為ですか?」
「理由はただ一つ、夢をよく知る為です」
立ち上がり、ザジと向き合うと自分の胸に手を添えた。
「姫様もご存知の通り、私は気になった事はとことん調べ尽くさねば気が済まないタチでして」
「人間の見る夢は多種多様で我々とは一味違います。まぁ、少々我が種族は血生臭い所がありますからね」
何か返答や表情を返す事なくザジはただ相手を見つめ、ソニュームは気にする事なく続ける。
「夢、そして眠りとは身近にありながら未だ解明されていないもの。それを紐解く事によって、心の存在の証明に繋がると私は考えています」
「心、ですか」
笑みを深くすると両手を広げ芝居がかった様に語り始めた。
「その通りです姫様!私は心臓にもなければ脳にもない、第三魔法によって存在が確定した魂でもない!心の存在を証明したいのです!」
「その為には多くの判断材料が必要になります。幸いこの街は優良な素材で溢れている。何の力も持たない人間から特殊な力を持つ人間、そして人間でないものまで!」
「こんな特殊で魅力的な場所、見過ごす訳にはいきません」
興奮によるものか、彼の瞳は再び赤く光り始める。恍惚となるその表情を受けて尚、ザジが表情を変える事はなかった。
「貴方の目的はわかりました。では私からの通告です」
「ソニューム。今すぐこの街から手を引きなさい」
瞳から徐々に光が消え、ソニュームの表情は不服を隠そうともしていない。
「何故です姫様?いくら貴女といえど、納得のいく説明をして頂けない事には承諾しかねます」
「この街に、ここに住む者達に軽はずみな行動を取るのは得策ではない。貴方も言った通り、この街は特殊です。中には手を出すべきではない相手もいる」
ザジは一歩前に出てソニュームの瞳を見つめた。
「これは貴方の為でもある。貴方の賢明な判断に期待します」
ソニュームは目を閉じ、片膝をついて頭を下げた。
「素直に従えぬ思いは多分にありますが、仕方ありません。いくら私とて、貴女と事を構える程身の程知らずではありませんからね」
取った姿勢を続けるソニュームを見下ろした。その目からは何も感じ取れない。
「その言葉、嘘ではないと思わせてもらいます」
「誓って」
顔を上げると既にザジの姿はなかった。ゆっくりと立ち上がり深く息を吐く。
「姿は同じでも、甘いですね妹君は」
ソニュームは遠くを見つめると、そちらに向かって歩き出した。
自室で昼食の準備を始める木乃香を見て明日菜が声を掛けた。
「あれ?木乃香、今日は刹那さんとご飯食べに行くんじゃなかったっけ?」
「ほえ?そんな事ウチ言うたっけ?」
「だって今朝…あ、ごめん…これ夢の話だったわ」
少し恥ずかしそうにする明日菜を見て木乃香は笑った。
「も~、それじゃ明日菜もハルナの事言えんよ~」
頭を掻く明日菜。木乃香は準備に戻りながら続ける。
「この後みんなと遊びに行くんやからしっかりせな」
「みんなと?そんな話私聞いてないけど」
「だって昨日…あれ?昨日みんなとロビーで話したやんな?」
明日菜は首を横に振る。木乃香は悩むような顔をするとハッとした。
「あはは…これも夢の話やった」
お互い口を閉ざすと気まずい空気が流れた。
「私達相当ぼけてるわね…」
「すこ~し気抜け過ぎとったかもな…」
二人の姿を見たネギは肩にいるカモに小声で話し掛けた。
「カモ君…これって」
「ああ、どうもきな臭くなってきやがった。なぁ兄貴、一応確認なんだが…」
「なに?」
「麻帆良に混浴温泉が出来たのって夢じゃねぇよな?」
「夢だと思うよカモ君…」
「クソがっ!!」
「ひゃっ!ネギ君、どうしたん?」
悔しさから声を荒げてしまったカモの声を聞いて、その正体を知らない木乃香がネギの出した声だと勘違いする。
「あっ!いや…スマホに通知が来たみたいです!新しい通知音にしてみたんですけど、これは変えた方が良いですね!あははは…」
「なんやぁ、急にネギ君が怒ってもうたんかと思ったわ」
「す、すみません…」
明日菜がカモを睨むと、カモは必死で明日菜から視線を逸らし続けた。
明日菜と木乃香に起きた事は何も二人だけに限った事ではなく、この町に暮らす者達のほとんどに起こり始めていた。夢と現実、その境界線が不確かになり始めていたのだ。
昼過ぎの時間帯。裕奈は一人土手の芝生に座り、川の流れを眺めていた。
(はぁ、ほんと最近どうしたんだろ私。こんなにお母さんの夢を見るなんて…)
母である夕子が事故で無くなってからもう今年で11年になる。夕子が亡くなった当初にあれだけ周りに心配を掛けたのだ、今更この事で周りに心配させたくなかった。
(お母さんがいなくなって、私はもう沢山泣いたんだ。いつまでも引きずる訳にはいかないよね)
周りの友人達に、そして愛する父に今の裕奈の悩みを打ち明ける事は出来ない。苦しいのは自分だけではない、そう思うからこそ弱音が出せなかった。
「現実というのは残酷ですね。辛い事、見たくない事、それを見なければ先に進む事すら許されないとは」
「え?」
突然の声に振り向くと、知らない赤い髪の青年がすぐ隣にいた。その声、そしてその表情は柔らかい物の様に感じる。
「あの、どちら様で…」
「貴女が見ている夢さえ、現実は否定してきます。それは、とても酷い事だと思いませんか?」
こちらに語り掛けながら青年、ソニュームは裕奈の瞳を覗く。裕奈はその光る瞳から目を逸らせなかった。
気が付くと空は赤く染まり、夕日が川を照らしていた。目を擦り、体を伸ばして仰向けになる。先程まで何かしていた様な気がするがよく思い出せない。どこか憂鬱な気分を感じつつ、上体を起こした。
「ふぁ~、結構長い時間居眠りしちゃった。そろそろ帰ろ」
あまり連絡もなく帰りが遅くなればアキラ達も心配するだろうし、特にその事が母に伝わったら雷を落とされるかもしれない。それは堪らないので早く寮に戻る事にした。少し駆け足で進み出した所でその足を止める。
「私…今何考えて…」
焦点が定まらない瞳で遠くを見る。覚束ない足取りでフラフラと進み出した。
「あれ?…お母さんって、今どこにいるんだっけ?」
足が縺れ、身体が前に倒れる。どこかそれを他人事の様に感じながら、少しずつ地面が近づいた。
そんな時、後ろから手を優しく掴まれ身体を支えられる。自分が倒れそうになっていた事に今気が付いたかの如く息をのんだ裕奈。先程と違い意識がはっきりとした状態で後ろを振り向くと、よく知る青年が自分を支えてくれていた。
「逢襍佗君…?」
「間一髪ってやつだね。足元注意だよ明石さん」
優しい表情を向ける祐。暫くその顔を見つめていると今の状況を思い出し、体勢を立て直した。
「ご、ごめんね!なんかぼーっとしてて!」
「お気になさらず、怪我しなくてよかったよ」
掴んでいた手をそっと放し、裕奈の顔を覗き込む。
「大丈夫?まだ寝ぼけてたりしない?」
「うん、もう大丈夫、って…もしかして寝てたとこ見られた?」
「歩いてたら明石さんらしき人が見えたから挨拶でもしようと思って来たんだけど、やっぱあれ寝てたんだ」
少しずつ顔が赤くなる裕奈を見て祐は少し笑った。
「人間は寝るもんだよ明石さん。別に恥ずかしい事じゃないって」
「それはそうだけど!そう言う事じゃないよ!」
「なら俺も今から寝るから明石さんが起こしてくれ。それで解決だな」
「ごめん、理屈がわかんない…」
再び祐は笑うと、裕奈の隣に進んだ。
「これから寮に帰るのかな?もしよければ送っていくよ」
「えっ、でも…」
「俺もそっちの方面に用事があるからさ。あっ…あれか、俺が信用出来ない様なら友達と通話しながらでもいいよ」
「そんな事ないけど…でもどうして?」
「目の前で倒れそうだった知り合いがいたら心配になるでしょ?また倒れちゃったら危ないし」
特別親しい訳ではないが、祐の事は見ていたし明日菜達を通してどんな人かも知っている。それなりに信用はしているが自分に付き合わせるのは悪い気がした。それに恐らく用事があるというのも嘘だろう。
しかし本音を言えば裕奈は今、誰かに隣にいてほしかった。何故かわからないが、先程までひどく心細かった気がする。だからこそ、祐の申し出は有難かった。
「え~と…じゃあ、お願いしよっかにゃ~…」
「お任せください!その代わり、俺が倒れそうになったら何としても助けてね」
「逢襍佗君を支えられる自信はないかなぁ…」
隣り合って進み始める二人。少しして裕奈は祐に質問をした。
「ねぇ逢襍佗君。逢襍佗君ってさ、夢って見る方?」
「全然」
素早く帰ってきた返答に少し面食らう。少しも考える素振りが無かった。
「そ、即答だね」
「まぁね、きっと眠りが深いんじゃないかな?わかんないけど」
適当な発言に少し呆れていると、今度は祐から質問がきた。
「明石さんは?」
「私は…最近ね、すっごく見るんだ。それと何を見たかまでよく覚えてる」
そう話す裕奈を見て、祐は少ししてから口を開いた。
「よかったらさ、その話詳しく聞かせてくれない?」
「え?」
「なんか悩んでそうだったからさ。お節介だとは思うけど、これも何かの縁だと思ってくれないかな?それにこんな事言うのもなんだけど、深い仲じゃないからこそ話せる事ってあると思わない?」
「…いいの?」
「勿論、寧ろお願いするよ」
それから裕奈は自分の母が既に亡くなっている事、そしてここ数日の夢の内容を話した。周りに心配を掛けたくないからと黙っていた事も、話し始めてしまうと自分でも驚くほど口から零れていった。この状況がそうさせるのか、それとも相手が祐だからなのか、理由は本人でさえよくわからない。
「なるほどね…」
「ごめんね、こんな暗い話しちゃって」
「いや、そんな事ないよ。話してくれた事、感謝してる。ありがとう明石さん」
それから何か考え始めた祐の顔は裕奈からすれば初めて見る真剣な表情で、そんな顔もするんだと少し意外に思った。
「ん?どうかした?」
「あ、いえ…なんでもないです…」
見つめていた事に気付かれたのが少し恥ずかしく、思わす敬語になった裕奈は顔を正面に向ける。その恥ずかしさをごまかす様に自嘲した。
「だめだよね私。あれからもう10年ちょっと経ってるのに、未だに引きずっててさ」
「う~ん、俺はそうは思わないよ」
返ってきた言葉に反応して祐を見る。対して祐は正面を向いたままだった。
「だって大切な人が亡くなったんだよ?何年経とうが悲しいものは悲しいって」
「例えば俺はじいちゃんを病気で亡くした。これも10年ぐらい前の話だけど、今だって思い出すと寂しくなるし」
裕奈は視線を少し落とした。そうだ、自分だけが大切な人を亡くした訳ではない。みんな何かしら抱えて生きている。だから自分だけ悲しむ訳にはいかないと思っていたのだ。
「きっと自分よりも辛い目にあっている人、悲しい思いをしてる人は沢山いる。でも、それとこれとは話が別だと思うんだよね」
「大事なのは自分が辛いかどうかだよ。自分より辛い人がいるからって、自分の辛さが軽くなる訳じゃない。あの人よりは辛くないから大丈夫なんて考え方、悲しいよ」
歩みを止めて祐は裕奈に体を向けると、裕奈も同じように止まって向き合った。
「明石さんは今、辛い?」
直ぐに答えられず、裕奈は迷う。ここで正直に言ってしまっていいものかと思ってしまうのだ。祐はそれを見て少し屈むと目線を合わせた。
「おし、んじゃ立場を変えて考えてみよう。そうしたらイメージしやすいかも」
裕奈は言われた事に困惑の表情を浮かべると、祐は人差し指を立てた。
「明石さんの大切な人が同じ様に悩んでいたとしたら、明石さんはその人に何て言って欲しい?自分は大丈夫だって言って欲しい?」
それに対して裕奈は首を横に振った。祐は頷いてもう一度聞いた。
「明石さん、今辛い?」
裕奈はそこでゆっくりだが頷いた。それに対して祐は微笑むと立ち上がり腕を組んだ。
「それじゃ、大切な人にそれをちゃんと伝えないとね。今頃待っててくれてるんじゃないかな?そんな気がする」
首を傾げる裕奈。祐はどこか自信ありげだった。
「きっと直ぐにわかるよ」
女子寮が近づくと祐は足を止めた。
「それじゃ俺はこの辺で。またね明石さん」
「ありがと、逢襍佗君。わざわざ送ってくれて」
「とんでもない。あ、あと一つ」
「大丈夫って言葉、使い過ぎない方がいいみたい。信用してもらえなくなるからね、経験者からのアドバイス」
裕奈は少し笑うと頷いた。
「了解!気を付けとく!」
手を軽く上げてから背を向け去っていく祐。その背中を見送り、裕奈は寮へと戻った。自室の前に着くと、一度深呼吸をしてから扉を開けた。
「ただいま」
明けた瞬間破裂する様な音が鳴り、紙吹雪を正面から被る。
「へっ!?な、なに!?」
顔に張り付いた紙吹雪を急いで外すと、目の前にはアキラ・まき絵・亜子・美砂・円・桜子がクラッカーを裕奈に向けて立っていた。
『おかえり裕奈!』
声を合わせて言うアキラ達に唖然としていると、桜子が腕を絡めてきた。
「さぁ裕奈!はやくはやく!」
「ちょ、ちょっと!」
腕を引かれリビングに連れていかれると、テーブルの上にはたくさんの食べ物と飲み物が用意されている。そして立てられていたプラカードには『ゆーなを元気づける会』と書かれていた。
「最近あんた元気がないっぽいからみんな心配してたんだよ?」
「なんか悩みがあるんならお姉さんに話してみなさい」
円と美砂がそう言いながらリビングへとやって来る。
「本当はもっと呼びたかったんだけど、この人数でも部屋ギリギリだからねぇ」
「堪忍な裕奈」
「今日は楽しくやろうよ」
まき絵・亜子・アキラも裕奈に声を掛けた。裕奈は震えると、勢いよくアキラ達に抱き着く。
「あ~もう!みんな大好き!愛してる!」
「俺も愛してるぜ裕奈」
「なにその声…」
「彼氏役やろうかなって」
「なんか嫌…」
「え~!」
桜子の彼氏の演技はどうやらお気に召さなかった様だ。
帰り道を歩く祐は、不意に立ち止まった。
「どうもザジさん、何か御用ですか?」
正面を向いたまま言う祐の後ろからザジが現れる。振り向くとザジがお辞儀をした。
「どうも逢襍佗さん。突然で申し訳ありませんが、少し聞いて頂きたい事があります」
こちらに視線を向けるザジを見つめ返し、祐は答えた。
「喜んで」
「そんな過去があったなんて!ゆーな!今日は私が一緒に寝てあげる!」
「ぐえっ!ちょ!ギブギブ!」
「桜子、技決まっちゃってるから」
裕奈の母について知らなかったチア部三人に対してその事を話し、最近元気がなかった理由も話すと桜子が泣きながら裕奈に抱き着く。想像以上の力に裕奈は顔を青くした。いったいこの細い体のどこにこんな力があるのだろうか。
解放されると少し息を整えてから、裕奈は周りを見渡した。
「心配掛けちゃってごめんね、これからは何か困った事あったらちゃんと言う様にするから」
笑顔で頷く一同。すると今度は裕奈が円に抱き着いた。
「えっ!?なんで私!?」
「どうかその豊満な胸で私を温めて…」
「あんたの方がおっきいでしょうが!」
「気にしないで、円の方がまき絵と亜子より大きいよ」
「「ひどい」」
楽しそうにする裕奈達。昨日までより笑顔に無理が見えなくなったのを感じ、アキラは優しく微笑んだ。
自宅へと着いた祐は先程のザジとの会話を思い出していた。
「その男が夢を?」
「ええ、どうやら彼は夢に対して随分執着している様です。警告はしましたが、安心は出来ません」
「夢に執着する理由はなんです?」
「彼が言うには、夢を紐解く事は心の証明に繋がると話していました。彼の真の狙いは心が存在していると証明し、それを解明する事」
「心…」
祐はその表情を険しくする。
「彼の力は夢を操り、その夢に潜り込むもの。そして厄介なのは、その力を受け続けた者はいずれ夢と現実があやふやになる事です」
「それは起きた事が夢でなのか現実でなのかがわからなくなるって事ですか?」
「その通りです」
床に仰向けに寝転がると天井を見つめる。
「まさか、眠れないのが困る出来事に当たるとはな」
そしてもう一つ気がかりな事、それはザジが終わり際に言っていた事だ。
「夢が優しく、現実がただ悲しいものなら、やがて現実を拒み始める。拒んで眠りを選んだら、そこに目覚めは訪れない」
そして今日も夜が来る。眠りを受け入れたのならば、夢から逃れる術はない。
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